ボクの助っ人
う~ん,それにしてもなんだか不思議な運命を感じるよ。だって,支倉常長がローマの地を訪れたのが1615年10月27日でしょ。400年後の2015年はこのプロジェクトの10年後でもあるんだよね。ボクのことがきっかけになって宮城がイタリア野菜の発信地になっていればいいなあ。そんな夢を目指してスタートラインにたったような気分だよ。
でも,まだボクはほとんど知られていないし,いくらボクのことが大好きな人がたくさんいても,ボクのことを育ててくれたり,ボクのことをよくわかってお料理してくれたり,それを喜んで食べてくれる人の輪が広がらないと,一時的なブームで終わってしまっていつのまにか忘れ去られてしまうかもしれないんだ。
だから,ちょっとだけ宮城県産業経済部産業政策推進室の新食材振興チームの人たちがこの輪を広げるお手伝いをしてくれることになったんだ。ボクに人気者の素質があれば宮城のブランド野菜の仲間入りをすることになるかもしれないね。そうなったらうれしいな!
(写真:宮城県庁)
投稿者 punta : 17:19 | コメント (1) | トラックバック (0)
なんでも,宮城県の「中新田」という地域で活躍している「新園倶楽部」の人が教えてくれたんだって。フランス料理で使われる「サボイ」の生産量日本一を誇る生産者グループの人たちだよ。さすが,20年も前から西洋野菜の栽培に取り組んでいた人たちはちがうよね。ボクのことも10年前から作り始めていたそうだよ。芽はなかなか出てこないし,形にならないし,最初の3年間はとても苦労したんだって。
でも,これってごく自然なことだと思わない?ヒトだって同じ顔,形の人はいないでしょ。まあ,ボクの場合はあまりにもばらついているから,同じような大きさや形になるように面倒をみてもらったことがあまりないのかもしれないね。

政宗は今から約400年前に家臣の支倉常長率いる慶長遣欧使節団をスペイン・ローマに派遣しているんだ。常長一行は,帆船「サン・ファン・バウティスタ号」に乗って石巻市の月浦から出航し,はるばるスペイン・ローマを目指したんだよ。1615年10月にローマの北西約72㎞に位置する「チビタベッキア」という港町に到着し,ここからローマに向かったんだ。



