あるもの探しの旅

  •  美味しいものって、私たちを幸せな気持ちにしてくれますよね。
  • ふだん私たちが何気なく口にしているもの。
  • それはどんな人が、いかなる風土のもとで、どんな思いで作っているのか。
  • そんなことを考えてみたことってありますか。
  •  自分の体に取り込むものだからこそ、もっと知りたい。
  • 大量生産品が持ち得ないモノたちが秘めた飛びっきりなストーリー。
  • どうやら東北に暮らす私の足元と、ハンドメイドな職人王国のイタリアには
  • そんな物語がたくさんあるようです。
  •  ご一緒に「あるもん探しの旅」にちょっと出てみませんか
  • 読んで美味しい知ってうれしいお話を、どうぞ召し上がれ。Buon appetito!

2017/04/19

土佐日記風 会津日記 【序章】 @ 摂津国

じもてぃもすなる あさらーといふものを
しょういたもしてみむとてするなり


 代々官職に就く朝廷に仕える下級貴族で、平安時代中期に藤原公任(ふじわら の きんとう)が、万葉の時代からの優れた歌人として挙げた三十六人撰(三十六歌仙)の一人としても名高い紀貫之(868 or 872~945)。

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【Photo】現存する最古の三十六歌仙を描いた絵図の部類となる「佐竹本三十六歌仙絵」下巻より紀貫之(国重要文化財・13世紀・耕三寺博物館蔵)。913年(延喜13)、律令制における正六位 大内記に叙せられた紀貫之。4年後には従五位下となり加賀国・美濃国などの次官にあたる介や大監物などを歴任。930年(延長8)に土佐守(高知の国司)となり、高知に赴任した

 土佐守として赴任した4年の任期を終えて934(承平4)に京都へと帰還する間の出来事を、58の短歌と共に日記風に綴ったのが、本邦初の紀行文とされる「土佐日記」です。

 やんごとなき身分の男性が、公式に使う文章は漢文が通例であったこの時代。公人としては異例の女性が使用するカナ文字を使い、虚構や諧謔的な表現を織り交ぜながら家人や従者と小舟に分乗しての55日間の出来事が語られます。

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【Photo】土佐の国府が置かれた現在の高知県南国市比江を出立した紀貫之ら一行。当時は大津と呼ばれた同県船戸から小舟に乗り京都へ向かった。船戸から南西12kmほどの距離にあり、古くは浦戸と呼ばれ、現在は坂本龍馬像が立つここ桂浜付近に立ち寄り、阿波・淡路・和泉と海路を進み、難波から淀川を遡上。山城国へと入り山崎からは陸路を進み、桂川を渡って二月十六日(太陽暦で3月28日)に我が家に着くまで55日を要した

  をとこもすなるにきといふものを、をむなもしてみむとてするなり。 それのとしのしはすのはつかあまりひとひのひの、いぬのときにかどです。

 【現代語訳】男性が綴る日記というものを、女性である自分も試みてみる。とある年の十二月二十一日(太陽暦で2月2日)、午後8時に出立することとなった。

 醍醐天皇(885-930)の勅命による我が国初の勅撰和歌集が「古今和歌集」です。紀友則、凡河内躬恒、壬生忠岑ら4人の撰者の中で中心的な役割を果たした編纂の任に当たった当時、30歳代であった紀貫之は、宮中の文書管理を担う次官級の御書所預(ごしょどころあずかり)の職にありました。

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 奈良県櫻井市にある花の寺「長谷寺」を訪れた折、宿の主から「しばらく音沙汰がなかったですね」と言われた貫之の返歌として詠まれ、古今集に収められたこの和歌は、百人一首にも取り上げられています。

 人はいさ 心もしらず ふるさとは 花ぞむかしの かににおひける

 【現代語訳】さぁ、あなたはどうでしょうね。人の心もようは分からないけれども、馴染みの里に咲く梅の花は、昔と変わらず香っています。

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【Photo】紀貫之による自筆本の筆跡を再現した古写本「土左日記」(尊経閣文庫蔵)。現在は散逸した原本が残っていた平安時代末期から鎌倉時代初期にかけ、勅撰和歌集から秀作を選んだ小倉百人一首を成立させた藤原定家による写本

 貫之が和歌について論じた古今集の仮名序は、日本文学が漢詩の影響を脱し、源氏物語に代表される女流古典文学の確立に向けた指針を示したとされます。

  やまとうたは ひと(人)のこころをたね(種)として よろず(万)のことのは(言葉)とぞなれりける

 【現代語訳】和歌は人の心の機微を表現し、数え切れぬほどの言葉を編み出していった

 京都で生まれ、赴任先に伴ってきた可愛い盛りの女児を土佐を発つ直前に病で亡くす不運に見舞われた紀貫之。大津から浦戸に向かった12月27日に詠じたのは ー

 みやこへと おもふをもののかなしきは かへらぬひとのあればなりけり

 【現代語訳】いよいよ都へと帰還するのだけれど、どうしても悲しいのは、帰らぬ人がいるからなのだ

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【Photo】京都・嵐山付近を流れる桂川の流れを見守る松の古木とて、紀貫之が生きた時代など知るよすがもない平成の世。世界各国から訪れる観光客が行き交う渡月橋は、現在とは異なる位置にすでに架けられていた。天皇の内裏(皇居)であり、公務を執り行った京都御所近くの京都御苑の一角に紀貫之の居宅があったといわれる

 長旅を終え、貫之が京都の自宅に戻って詠んだのは、帰還の喜びではなく、人の命の儚さを憂うこの和歌でした。

 生まれしも帰らぬものを我がやどに小松のあるを見るがかなしさ

 【現代語訳】ここで生まれた我が子が帰らないというのに、元は無かった小さな松が庭に生えているのを見るのは辛い

 亡き娘を思う悲哀を込めた短歌は、時代を越えて庄イタの胸にも響いてくるのです。

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 紀貫之の生年である貞観年間は、天変地異が頻発した時代でした。

 861年(貞観3)、現在の福岡県中部の直方(おのがた)市にある須賀神社境内に記録が残る世界最古の隕石が落下。864年(貞観6)、当時は常に噴煙を上げていた富士山が大噴火を起こし、現在は青木ヶ原樹海となった膨大な溶岩を噴出。

 1000年に一度の規模といわれた東日本大震災と同規模の大津波が三陸沿岸を襲ったと推定される貞観地震の発生が869年(貞観11)。その2年後には鳥海山が噴火しています。

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【Photo】文献に残る噴火が537年から十数回を数える鳥海山。現在の頂上部が形成された1800年(寛政12)の噴火による死者は8人。直近では1974年(昭和49)に水蒸気爆発し、噴煙を上げた〈上画像〉

 マグニチュード7.4と推定される相模・武蔵地震の発生により、南関東地域に大きな被害が及んだのが878年(元慶2)。887年(仁和3)には南海トラフを震源とするマグニチュード8規模の仁和地震で近畿地方に甚大な被害が及ぶなど、大規模な地殻変動が各地で頻発します。

 794年(延暦13)、桓武天皇(737-806)により凶事が相次いだ長岡京から平安京に都が移され、1192年(建久3)に鎌倉幕府が成立するまでの平安時代の幕開けは、かくも平安ならざる天変地異が続いたのです。

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 昨年8月、天皇陛下が退位のご意向を色濃く滲ませた「お気持ち」を表明されたことで、平成の終わりが見えてきたこの春。2007年6月のブログ開設以来、Viaggio al Mondo~あるもん探しの旅は10年目を迎えます。

 10年目でひと区切り。

 私事ですが、4月の定期異動で大阪に赴任し、東北をフィールドに駆け巡ってきた庄イタにも転機が訪れました。

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【Photo】六甲山地の東端付近に源を発する夙川(しゅくがわ)。2.8kmの遊歩道が整備された公園緑地には枝ぶりが見事なクロマツと共に1,660本のソメイヨシノやオオシマザクラなどの桜並木が続く。5月から6月にかけて阪急甲陽線苦楽園駅の上流域ではホタルが見られる。そこは神戸出身の作家・野坂昭如の小説「火垂るの墓」の舞台となった

 プレ創刊100周年の1996年(平成8)、バブルの余韻に浸りつつ6年を過ごした東京支社から仙台本社に帰還。山形営業所の立ち上げに携わった2003年(平成15)に庄内系へと突然変異。創刊120周年の節目を迎えたこの春、摂津守として北前船で酒田湊から上方へと赴いた格好です。

 紀貫之が土佐から京の自邸に戻った日と同じ3月28日、かつては摂津国と呼ばれた関西に初めて居を構えました。

 そこは「さくら名所百選」に数えられる夙川(しゅくがわ)河川敷緑地・夙川公園まで徒歩30秒。天然記念物「コバノミツバツツジ群落」が見られ、参拝天照大神を祀り、阪神タイガースが必勝祈願に参詣する廣田神社も徒歩圏という風雅な地。

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【Photo】日本書紀に神功皇后の創建による記述がみられる由緒正しき廣田神社。16,000坪の境内には三本に分かれた小さな葉が特徴的なコバノミツバツツジ2万株の群落が見られ、樹齢300年を数える古木もある

 新任地は、京都へ向かう紀貫之が遡上した旧淀川の中之島を挟んで北の堂島川の南を流れる土佐掘川のほとり。対岸の中之島には日本赤煉瓦建築番付における西の横綱「大阪市中央公会堂」や、ギリシャ神殿に倣ったコリント式円柱を備えた重要文化財「中之島図書館」が、すぐ眼下にあるハイカラな土地柄でもあります。

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【Photo】ウォーターフロント中之島のシンボル的存在「大阪中央公会堂」は明治期に在阪の株式仲買人・岩本栄之助が大阪市に寄贈した現在の貨幣価値で数十億の浄財をもとに建造された

 久方ぶりに触れる外の空気は新鮮そのもの。着任早々、京都で桜を愛でる機会があったかと思えば、新世界にある串かつの名店や、迷宮のごとき天満やミナミで粉もん文化の洗礼も。どうやら新任地では、公私ともに数え切れぬほどの出会いと発見が待っているようです。

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【Photo】およそドボルザーク作曲の交響曲第9番「新世界より」が似つかわしくないエネルギッシュな喧騒に満ちた大阪・新世界。気分はガーシュイン作曲の交響詩「パリのアメリカ人」的な「ナニワの庄内系イタリア人」。通天閣を背景に筆者近況

 仙台から伊丹空港まで1時間20分の空路で着任した庄イタとは違い、紀貫之は荒ぶる海や海賊の脅威に晒されながら、家族や従者を伴い小舟に分乗して2か月近くを要して帰京しています。

 ひとまず距離を置くこととなる東北を題材とするネタとしては、一区切りとなる物語の舞台は、福島・会津です。

 今をさかのぼること1,000年以上前に書き記された土佐日記に敬意を表した今回のタイトル。我が国初の紀行文の名高い書き出しになぞらえた本編は、また次回。

To be continued.

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投稿者 vam : 07:39 | カテゴリー : Libro e Cinema, Arti 書籍と映画, 芸術/| カテゴリー : ・Fuori Tohoku 圏外遠征/| カテゴリー : 庄内系イタリア人の物語

2017/03/12

当選スマすたー

善因善果 あるいは 因果応報

 前触れもなく届いた小包の発送元は青森県観光国際戦略局誘客交流課。読んで字の通り、青森県庁でインバウンドを含む観光に関する業務を担当する部署のよう。観光情報サイトアプティネットにもその部署名が出ています。

 送り状の品名欄には「目指せ東北6県制覇!スマホスタンプラリー プレゼント」と記載してあります(下画像)

 その下に「青森県特産品詰め合わせセット」とプレゼント内容が明記されたスタンプラリーのタイトルには心当たりがありました。

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 昨年7月15日から2017年1月9日まで、東北各県とNEXCO東日本は、初の共同主催による「高速道路でつないで集めるスマートフォンスタンプラリー」を実施しました。

 これは東北の観光スポット・道の駅・高速道路のSA・PAなど各地に設定されたラリー対象地点で、スマホの専用サイトにアクセスすると、自動的にスタンプがもらえる仕組み。東北各県の観光スポット5カ所+高速道路SA・PA1カ所で合計6カ所のスタンプをゲットすると、県単位の制覇賞に応募でき、各県の特産品が抽選で当たるという内容です。

 東北をフィールドに駆ける庄イタは、紅葉シーズンを迎える頃には青森から福島まで6県全てを制覇していました。

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 応募から時間が経過していたため、キャンペーンの存在すら忘れかけていた今日この頃。届いた小包を開封すると、「プレゼント当選のお知らせ」と記された挨拶状が入っています(上画像)

 みごと当選したのは、合計360名に当たる「1県制覇賞」。地元宮城や隣接する4県に先駆け、東北6県の中では最初にコンプリートした青森の特産品セットなのでした。

 思い起こせば、このキャンペーンに応募したのは昨年8月初旬。本州最北の青森を目指して自宅を出発したのは草木も眠る丑三つ時を過ぎた頃。仙台から東北自動車道を北進。休憩を挟みながら八戸には早朝に到着し、三沢から十和田・青森、黒石・弘前・五所川原を経て深浦まで4日をかけて青森各地を巡りました。

tori-iwakisan.jpg【Photo】本州最北の最高峰が岩木山(標高1,625m)。奈良時代後期の780年(宝亀11)まで起源が遡る山頂付近に鎮座する奥宮と本殿(国重文)に向かって参道が続く岩木山神社。古事記に登場する初代神武天皇の即位から数えて2,600年目にあたるとされ、国主導により、さまざまな記念行事が催された1940(昭和15)に創建されたことを示す「奉献 紀元二千六百年八月一日」の銘が入った一之鳥居越しに象形文字のような形状の岩木山が、頂きをのぞかせる

romon-iwakisan-jinjya.jpg【Photo】1589年(天正17)の岩木山噴火で焼失後、徳川3代将軍家光の治世下だった1628年(寛永5)に再建された楼門(国重文)。丹(に)塗り一色に染められた二層の入母屋造り。上層までの通し円柱に渡された梁の幅を指す桁行(けたゆき)17.7m、高さは17.85m

comainu-iwaki-destra.jpg comainu-iwaki-sinistra.jpg【Photo】楼門を囲む玉垣の標柱と一体化した極めて特徴的な狛犬。楼門に向かって右側の阿形(あぎょう)は柱で爪を研ぐネコさながら。逆立ちしている左側の吽形(うんぎょう)に至っては、これまたポールダンスに興じるネコさながら

chozu^iwakisan.jpg【Photo】ギリシャ神話が起源で、映画ハリーポッターと賢者の石に登場する地獄の番犬ケルベロスや、ゴジラのライバル・キングギドラを思わせる三つ頭の龍から滔々と流れ出る岩木山神社の手水。岩木山を源流としており、お清めだけでなく、極めてパワフルな印象の水。京都・清水寺「音羽の滝」と同じような柄の長い柄杓から手に取ってご神水をゴクリ。内と外から穢れを落として体内浄化したのが、今回プレゼント当選の決め手となったかも

 その詳細は、仙台でアムさんメロンとの奇蹟的な遭遇を果たした一件を記した「フェロモンメロン 奇蹟の遭遇@道の駅フェスタ in 仙台」に続く五回シリーズの長編で既報の通りです。〈2016.8拙稿「Breakfast at Mutsuminato 陸奥湊で朝食を」~2016.10拙稿「カレー + 味噌 + 牛乳 +バター 青森発。華麗なる四位一体ラーメン」参照〉

wespa_tsubakiyama2016.8.jpg【Photo】種差海岸から日本海側まで青森を横断、JR五能線の駅がある西津軽郡深浦町の宿泊施設「WeSPa椿山」で迎えた朝。グループやファミリーで楽しめる施設内に湧出する天然温泉「鍋石温泉」は、日本海に面したドーム型露天風呂で、泉質はナトリウム塩化物強塩泉 (高張性中性高温泉)。4月~10月までの天候が良い日は、ドームが解放され、眼下に広がる日本海の素晴らしい眺望と、肌触りの良いかけ流しの温泉を満喫できる。コテージの宿泊客以外にも500円で日帰り入浴可

 二度目となる八戸三社大祭では、奇想天外な山車のスペクタクルと時代行列や法霊神楽を堪能。涼を呼ぶ奥入瀬から硫黄の香り漂う混浴の千人風呂で名高い酸ヶ湯温泉に浸かろうと八甲田を越えて青森市入り。熱気渦巻く青森ねぶたの余韻冷めやらぬ翌日は、田舎館村で芸術的な田んぼアートに接し、五所川原では立佞武多(たちねぷた)のド迫力に圧倒されました。

carpaccio-casa-del-cibo2016.jpg【Photo】瞬間燻製した朝獲れ八戸前沖サバのカルパッチョ仕立て ハーブと茄子のピューレ。昨年8月、八戸市湊高台「カーサ・デル・チーボ」プリフィックスのCコース(2,950円)で5つの選択肢から選んだアンティパスト。海水温が低い北緯40度近辺の八戸近海で、不飽和脂肪酸を含む脂肪を組成の3割近くまで蓄える「八戸前沖サバ」。朝に水揚げされたサバを燻製仕立てにした一品。一昨年11月、同市六日町「サバの駅」で食したジューシーで香ばしい脂を堪能できる「銀サバ串焼き」(下画像)や「船上活〆(じめ)陸凍サバ」とはまた違った八戸前沖サバの魅力を再認識

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 ヒラメ漬け丼@陸奥湊「みなと食堂」、八戸前沖サバ炙り焼きの朝ごはん@市営魚菜小売市場、八戸イタリアン@「カーサ・デル・チーボ」、マリナーラ&ラニチキン@三沢「Pizzeria Massimo」、青森イタリアン@「Al Centro アル・チェントロ」などは、7月から8月にかけて2度の青森遠征で再訪。

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【Photo】八戸で迎えた2日目の朝。腹ごしらえをしようと向かった先は、JR陸奥湊駅前の昭和感が色濃く漂う市営魚菜小売市場。半身を平らげるとお腹がいっぱいになるサイズの八戸前沖サバの炙り焼きをメインディッシュに、小川原湖産しじみの味噌汁、長芋の千切りなど、南部地域の味が揃ったオリジナル朝ごはん

 新機軸としては、味噌カレー牛乳ラーメン@青森「札幌館」、同「味の札幌 大西」を挙げなくてはなりません。しじみラーメンを目当てに津軽半島十三湖まで遠征するも、お気に入りだった民宿岩亮は知らぬ間に廃業。代役に訪れたのが正解だった「しじみ亭奈良屋」のしじみづくしなど、ご紹介しきれないほどの美味との出合いを青森で果たしました。

shijimi-zukushi-naraya.jpg【Photo】(右手前より順に)しじみチャウダー・しじみラーメン・しじみ汁・しじみバター炒め・豆腐のしじみ南蛮漬のせ・漬物・津軽りんごコンポート・しじみ味噌と佃煮・しじみ釜飯。産卵を控えて身が肥えた十三湖特産の大和しじみを一度に味わえた北津軽郡中泊町しじみ亭奈良屋「しじみづくし」(1,836円)。

 イタリアと庄内への偏向ぶりが著しいViaggio al Mondoとしては珍しく、ほぼ青森一色だった昨夏。〝狭くディープに〟のコンセプトはそのままに宗旨替えをした格好となりました。

 それゆえ5回シリーズの青森紀行レポートを通し、微力ながら青森の交流人口の押し上げに寄与できたかもしれません。青森遠征の折に参詣した八戸・蕪島神社、青森・善知鳥(うとう)神社、弘前・岩木山神社の神々が、庄イタの行いをご覧になっていたのでしょう。

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 香川がうどん県なら、りんご県と呼びたいのが青森。小包には津軽産のリンゴ加工品が3種類、同封されていました。1品目は上北農産加工農業協同組合の焼肉用たれ「スタミナ源」(下画像)

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 発売から半世紀年以上を経たロングセラー商品で、県内シェアは7割と圧倒的。仙台でも目にする機会が少なくありません。

 青森県産の醤油をベースに、生産量日本一のリンゴやニンニクなどの野菜類、隠し味にリンゴ酢などを加えたまろやかな風味。焼肉だけでなく、万能タレとして愛されています。

 長さ10mほどの陳列棚の両サイドをスルメなどの乾き物系が埋め尽くし、呑ん兵衛な県民性が垣間見えるなど、ディープな青森の魅力を凝縮した食品スーパー「カブセンター」で購入していたのが、同組合のピリ辛風味焼肉用たれ「辛味家(画像右)でした。

 こうして頂き物をするだけではなく、ここ数年、夏に欠かせない「アムさんメロン」の食味コンテスト出品作を大人買いしたことは言うに及ばず、イタリア国旗と同じ配色の看板が庄イタには極めて好印象な地元資本のカブセンターで、当選の祝杯となったキリン一番搾り「青森づくり」や青森産リンゴ果汁100%のシャイニーアップルジュース「赤のねぶた」をケース買いするなど、あまたの青森県産品を購入していました。

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【Photo】当選の祝杯は、カブセンター八戸長苗代店で購入したキリンビール北海道千歳工場製の「一番搾り青森づくり」。2杯目が青森紀行の流れで訪れた秋田市で入手した「秋田づくり」。コチラは副原料に「あきたこまち」を使用。3杯目は同じく酒田で購入した「山形づくり」。いずれも同社仙台工場製。「●●づくり」というネーミングに横槍を入れた某同業者のように固いことは言わず、まずは乾杯!! \(●^^●

 東日本大震災が起きた2011年の秋、「どうぞ召し上がって下さい」と収穫したリンゴを庄イタの拙宅に送って下さったのが、弘前市でリンゴを栽培する一戸清隆さん。一戸さんへの感謝の気持ちを忘れず、クリスタルのようにキラキラした透明度が高い味わいのみずみずしい蜜入りリンゴを、購入時期をずらして毎年2回購入してもいます。

 そんな律儀な庄イタを当選とするとは、青森県観光国際戦略局誘客交流課の皆さん、お目が高い

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 2品目と3品目は「青森りんごキャンディ」と「まるごとりんごパイ 気になるリンゴ」。自社のリンゴ園を弘前市郊外に所有する菓子メーカーラグノオささきの製品です。とりわけ同社の「パティシェのりんごスティック」は、仙台でも目にする機会が多く、弘前を代表する菓子メーカーとしての地位を築いています。

 青森りんごキャンディを一粒ほおばると、中にはトロ~リとした濃縮リンゴ果汁が詰まっています。爽やかな風味のキャンディに、甘酸っぱい青春の思い出が蘇ります。

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 津軽を訪れると、リンゴ畑が地の果てまで続く風景を目にします。国内生産のおよそ6割を占めるリンゴ王国・青森の主力品種が「ふじ」。

 ふじは青森県南津軽郡藤崎町で育成され、完熟の証である蜜入りが良く食味の良さから海外でも人気が高い品種。

 まるごとりんごパイ 気になるリンゴは、ふじをまるごと1個シロップ漬けにし、芯抜きした部分にはジューシーなスポンジがぎっしり。全体をパイ生地で覆って焼き上げたスイーツです。

 サックリ&しっとりしたパイ生地の中身に隠れているふじは、収穫後間もない蜜入りリンゴのシャキッとした食感が残っており、なかなかに美味。

 スタンプラリー事務局の皆様、どうもご馳走さまでした。

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 善き行いが善き結果に結び付いた善因善果なこの一件。このように青森で訪れた蕪嶋神社・善知鳥神社・岩木山神社の神々による霊力のほか、もう一つだけ、心当たりとなる要因があります。

 2度目の青森遠征の折、日本海側の深浦を朝に発って秋田を縦断、庄内まで南下していました。秋田竿灯まつり最終日と重なったその日。秋田市青柳町にある本格ナポリピッツァの店「COSI COSI コジコジ秋田山王店」を再訪するも臨時休業。代打の「オステリア ムーリベッキ」は特筆すべき収穫が無いまま初訪店を終了。

 口直しは、6月に続いて訪れた甘味処「広栄堂」で。伏流水を冷却した氷柱を丹念に手回しして削り出したパウダースノーのごときフワフワの食感が素晴らしい61種類が揃う当店のかき氷。看板メニューは、とぐろを巻いたソフトクリームがトッピングされたかき氷、生グレープフルーツソフト。通称「生グソ」(笑)。

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【Photo】店頭に「生グソ始めました」の貼り紙がある秋田市民が愛してやまない甘味処「広栄堂」にて。生グレープフルーツソフト(通称「生グソ」/手前・500円)と生イチゴソフト(奥・520円)。綿菓子のようにふわっふわの氷の中に果肉がふんだんに入っており、着色シロップ風味の一般的なかき氷の追従を許さない美味しさもてんこ盛り

iwagaki2016.jpg 秋田市の最高気温が31度を超す暑さだったこの日。激混みの店内で頂いた生グソで勢いづき、日本海沿岸東北自動車道を山形県境まで南下しました。

 見慣れた庄内側とは左右が逆の姿で鳥海山が「お帰り~」と出迎えてくれた秋田県にかほ市で、お盆前には必ず立ち寄る道の駅象潟「ねむの丘」へ。その目的は天然岩ガキです。

 産卵期を迎え、ぷっくりと膨らんだ大ぶりな乳白色の天然岩ガキは、酷暑を乗り切る滋養豊富な夏が旬の海の幸。昨夏食べ比べた中で最も身入りが良かったのが、新潟・笹川流れ産でした。その味をたとえるなら♪ ミルキーはママの味

 生グソと生岩ガキでロングドライブの疲れも吹き飛び、酒田花火ショーと重なった酒田に滞在した翌日は鶴岡まで南下。秋田で食べ損ねたナポリピッツァを「穂波街道 緑のイスキア」で食した昼過ぎには36度を超える猛暑の中、海の守り神・龍神信仰の寺で、かつて人面魚で一世を風靡した善寶寺にも詣でていました。

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【Photo】善寶寺境内(部分)。(手前より)釈迦三尊と十大弟子、羅漢様など個性豊かな表情の木像500体を配した五百羅漢堂は、1855年(安政2)に落慶法要が執り行われた。1867年(慶応3)に上棟した山門は、見事な透かし彫りが施された二層造り。魚の供養を願って創建された五重塔は、1893年(明治26)に完成。すべて登録有形文化財。zenpoji_omamori.jpg

 開祖妙達上人の生誕1150年に当たった昨年。7月中旬から10月末までの期間限定で、奥の院龍王殿所蔵の龍道大龍王と戒道大龍女のご尊体が開山以来初めて一般公開されていたのです。

【Photo】善寶寺参拝の折に頂戴した龍神様の守護札(右)が当選の手助けとなった。...のかも

 庄内系を名乗る以上、千載一遇の機会を逃すはずもありません。拝観後に足を運んだ善寶寺を守護する二体の龍神が棲むという貝喰(かいばみ)の池では、なかなか遭遇できないという人面魚が出迎えてくれたのでした(下画像)

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 こうしてプチ幸運が重なった挙句の今回のプレゼント当選で、終わりよければすべてよしとなった格好。

 めでたしめでたし。

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投稿者 vam : 20:29 | カテゴリー : ごちそうさまでした/| カテゴリー : ・Pref.Akita 秋田/| カテゴリー : ・Pref.Aomori 青森/| カテゴリー : ・Pref.Yamagata 山形

2017/03/05

善因善果 あるいは 因果応報

当選スマすたー

 サルデーニャ島とシチリア島が、紀元前8世紀から続いたカルタゴによる統治を離れ、イタリア半島を手中にしていた共和制ローマの領地となったのは、カルタゴに勝利した第一次ポエニ戦争(BC264~BC241)後のことです。

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【Photo】現在のチュニジア共和国の首都チュニス近郊の湖チュニス湖のほとりにあった都市国家カルタゴ(ラテン語:Carthāgō/イタリア語:Cartagine)。地図中では英語でCarthageと表記されているカルタゴが、紀元前3世紀初頭に勢力圏としていた地域が青の部分。北アフリカから西ヨーロッパの地中海沿岸地域にフェニキア人の入植都市を築いていた

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 西地中海一円に版図を広げつつあった共和制ローマの前に常に立ちふさがったのが、地中海交易で繫栄を謳歌したフェニキア人が築いた強国カルタゴでした。

 第二次ポエニ戦争(BC218~BC202)におけるトラシメヌス湖(現ウンブリア州トラジメーノ湖)の戦いやカンネの会戦で全軍殲滅の憂き目を見るなど、幾度となくローマ兵を苦しめたのが、人類史上屈指の天才戦略家ハンニバル。

【Photo】第二次ポエニ戦争でカルタゴ側についた古代都市カプア(カンパーニャ州カゼルタ県)で出土したハンニバル・バルカの胸像(ナポリ国立考古学博物館 Museo Archeologico Nazionale 蔵)

 難敵ハンニバル率いるカルタゴは、史上名高いザマの会戦で大スキピオことププリス・コルネリウス・スキピオ率いるローマに破れ、敗軍の将は命からがら逃亡。そして第三次ポエニ戦争(BC149~BC146)におけるカルタゴ包囲戦で陥落します。

 当時、カルタゴは少なくとも15万の人口を擁し、ローマとほぼ同規模の都市であったと推定されます。戦死や餓死をせずに生き残った女性や子どもを含む5万のカルタゴ人は、全て国を追われ奴隷として売り払われました。

Assaut_Carthago.jpg【Photo】紅蓮の炎に包まれて陥落するカルタゴ(19世紀の挿絵)

 700年にわたって栄華を誇った都市国家カルタゴは、積年の恨みを抱くローマ兵によって破壊の限りを尽くされます。小スキピオこと総司令官スキピオ・エミリアヌス指示のもと、ローマ兵によって火が放たれ、呪われた不毛の地とすべく大地に塩が撒かれます。

 その場に立ち会った歴史家ポリピウスによれば、小スキピオは燃え盛るカルタゴを前にして、地中海世界の覇者となったローマも、やがてはカルタゴと同じ道をたどる運命にあることに思いを馳せ、落涙したのだといいます。

Scipio_Carthage.jpg【Photo】3年に及んだ第三次ポエニ戦争の末、廃墟と化したカルタゴ。栄華を誇った強国の滅びを目撃したギリシャ人歴史家ポリピウス(右)は、38歳でカルタゴ包囲戦の総指揮を執ったスキピオ・エミリアヌス(左)が、いつか故国に訪れる同じ末路を思い、悲哀の涙にくれた史実を書き残した(19世紀の挿絵)

 第二次ポエニ戦争が勃発する3年前、遥か極東の地、中国に初の統一王朝が秦の国王・始皇帝により樹立されます(BC221)。乱世を平定した皇帝として権力を誇示した始皇帝の死後ほどなく、国家統一を成し遂げた秦は、漢の台頭により、わずか四半世紀で命脈を絶たれました。

 盛者必滅。
 
 春秋から戦国時代にかけての中国大陸は、秦・燕・趙・韓・魏・楚などの国が群雄割拠する混沌とした状況にありました。その時代に生きた儒学者・孟子(BC372~BC289)は、次の箴言を残しています。

 噫戯嘑出于爾者還于爾者也
 ああ、爾(なんじ)に出ずるものは爾に反る
 《意訳》自らの言行は、やがて自分に戻ってくる

Scipio Aemilianus Africanus.jpg

 歴史は繰り返すと申します。ゆえに賢明な為政者は歴史から多くを学びます。他国との軋轢を意に介さず海洋進出を推し進める現在の中国を率いる習近平国家主席、翻っては戦後レジュームからの脱却や憲法改正を目指す安倍晋三首相らは、孟子の教えをどう受け止めるのでしょうか?

【Photo】第三次ポエニ戦争でカルタゴを滅ぼした総司令官スキピオ・エミリアヌスの胸像。第二次ポエニ戦争で戦功を上げ、スキピオ・アフリカヌスの称号を与えられた大スキピオに対し、小スキピオと呼ばれる(ナポリ・カポディモンテ美術館Museo e Gallerie Nazionali di Capodimonte蔵)

 ポエニ戦争で明暗を分けた両雄がその後たどった道筋を本稿の最後にご紹介しておきます。

 ローマを不倶戴天の敵として戦いに明け暮れたハンニバルは、シリアからクレタ島を経て黒海沿岸のビテュニア王国まで逃亡。BC183、国王プルシアス1世に身柄引き渡しを求めたローマの追手が迫ると、自ら毒をあおり波乱に富んだ64年の生涯を閉じます。

 かたやカルタゴを滅亡させたスキピオ・エミリアヌス。第二次ポエニ戦争を勝利に導き、ハンニバルと相前後してBC183に没した偉大な養祖父・大スキピオと同様、アフリカを制した「アフリカヌス」の称号を得ます。さらにBC147とBC134には、共和制ローマの国家元首である任期1年のコンスルの座に就いています。

foro_romano.jpg

【Photo】古代ローマ時代、政治の中枢であったForum Romanum(フォロ・ロマーノ)。権謀渦巻く政争の場となった元老院議場が置かれた往時から2000年の時を経た現在、フォロ・ロマーノの主役は世界中から訪れる観光客と野良猫にとって変わった

 二度目の最高権力者の座に就いて5年後のBC129、元老院で改革派として台頭してきたティべリウスとガイウスのグラックス兄弟による農地政策への反対演説を控えた前日、小スキピオは死亡しているのが発見されます。

 その首には絞められたような痕跡があったのだとか。死因は明らかではありませんが、義母コルネリアないしは妻センプロニアを含むグラックス一族による謀殺説が否定できないのだといいます。

 そのグラックス兄弟とて、元老院と対立した兄は改革の道半ばで暗殺され、退路を断たれた弟も自ら命を絶っています。金正男氏謀殺事件と同様、〝事実は小説よりも奇なり〟といったところでしょうか。

 怖いデスネ~、恐ろしいデスネ~。

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 クアラルンプール国際空港で事件が発生した日、一つの小包が自宅に届きました。それは一国家の存亡ほど劇的な出来事ではありませんが、孟子が残した人の営みは良くも悪くも因果応報であるという言葉を思い起こさせたのです。

 小包は、あるキャンペーンに当選した賞品なのでした。次回、その顛末を明らかにします。

To be continued...

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投稿者 vam : 06:55 | カテゴリー : ITALIA/| カテゴリー : 庄内系イタリア人の物語

2017/02/11

聖ダンデロの被昇天(2) Assunzione di San-Dan-Deloseguito

妙なる芳香で天にも昇る心持ち〈後編〉
@ヤマガタ サンダンデロ

 2016年シーズンは、解禁当初から不作が続いたアルバ産白トリュフ。12月の最終盤に至ってやっと産出量が持ち直しました。

 白トリュフを愛してやまない庄イタを、白トリュフ天国へと導く大天使ジョルジョが、堪能するのに十分なサイズの白トリュフを携え、年が改まってすぐ日本に再降臨してくれました。

 365分の1の確率で東京出張と重なった2017年(平成29)1月12日(金)の夜、銀座「ヤマガタ サンダンデロ」を会場に催されたピエモンテ料理の会で供されたメニュー(下画像)は以下の通り。

menu2017.1-san-dan-delo.jpg

 ジョルジョが音頭をとった乾杯の1杯は、ピエモンテ州クーネオ県ネイヴェに醸造所とブドウ畑を有する作り手Dante Rivetti ダンテ・リヴェッティの「Brut Metodo Classico Millesimato Ivan ブリュット・メトード・クラシコ・ミッレジマート・イヴァン(下画像)Metodo Classicoとは、読んで字のごとく伝統製法の意味。

 瓶詰めしたワインに酵母入りシロップを添加し、再発酵させることで発生する炭酸ガスを液体に溶け込ませる発泡性ワインの製法が瓶内二次発酵です。

 物騒かつ意味不明な「発砲」ともども、フランス産の発泡性ワインを指すCrémantクレマンとの誤用が散見されるシャンパーニュや、ミラノが州都となるロンバルディア州ブレシア県の風光明媚なイゼーオ湖の南畔地域で産出する高品質なD.O.C.GFranciacorta フランチャコルタ」は、手間の掛かるこの製法によるもの。

dante-rivetti-brut.jpg salute-san-dan-delo.jpg

 細やかな泡立ちが持続し、芳醇な香りが心地よいイヴァンは、高価なヴィンテージ・シャンパーニュと同じ36カ月を要する瓶内二次発酵後に澱引きし、コルクを打って6カ月の瓶熟成後にセラーから出荷されます。使われるブドウ品種はピノ・ネロ。ブルゴーニュ原産の高貴品種ピノ・ノアールは、イタリアではこう呼ばれます。

 白トリュフが主役となる豪奢なコース料理のプロローグを飾ったのが、ご覧の通り盛りだくさんなアンティパスト(下画像)

 ジョルジョが持参した生ソーセージ「Salsiccia サルシッチャ」2種、お手製バニェット・ヴェルデほか、ロビオラチーズと自家菜園ハーブのペースト、ズッキーニのブルスケッタ3種、リグーリア特産のオリーブ「タジャスカ」のオイル漬やヘーゼルナッツ。

antipasti2017.1-san-dan-delo.jpg ピエモンテ産D.O.P.(=保護指定原産地表示)チーズは、熟成期間が異なる牛乳製「Toma トーマ」や山羊乳製「Robiola di Roccaverano ロビオラ・ディ・ロッカベラーノ」など5種類。

 盛り合わせの中には、北海道大樹町で飼育する水牛の乳から、鮮度が命のフレッシュタイプのチーズ作りをしている竹島英俊さんの貴重なモッツァレラ・ディ・ブッファラとその製造過程で出るホエー(乳清)を原料とするリコッタ(上画像右上の2点)も。

 食肉としても美味な水牛の乳は栄養価が高く、カンパーニャ州ナポリ近郊のカゼルタやサレルノ周辺で飼育されます。その数は多くはなく、貴重な存在です。

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 日本では唯一の水牛乳によるフレッシュチーズ作りを宮崎県で行っていた竹島さん。2010年(平成22)に県内で発生した口蹄疫の影響で、やむなく全頭を殺処分し廃業を余儀なくされました。挫折を乗り越え、鶴岡での充電期間を経て今日に至っています。

 アスティ県モンフェラートで4代続く醸造所Tenuta Olim Bauda テヌータ・オリム・バウダは、ピエモンテで飲んだD.O.C.G 昇格前の「Barbera d'Asti superiore Le Rocchette バルベーラ・ダスティ・スーペリオーレ・レ・ロッケッテ」2004年ヴィンテージが印象に残り、ボトルからエチケッタ(上画像)を剝がして持ち帰った作り手。

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 今回、エレガントな「Chardonnay D.O.C. i Boschi 2013シャルドネ・イ・ボスキ」2013年とともに味わったアンティパストの中では、22年熟成のロビオラ・ディ・ロッカベラーノは特筆に値します。(下画像)

 22年の歳月を重ねた山羊乳チーズの色合いは、出来立ての純白から黄色に変化。固形からゲル状に変容したトロ~リとした食感。乳由来の甘味は消え、強い塩味・ほのかな酸味が入り混じった重層的な旨味へと変化。コクと強烈な香りが、口腔と鼻腔とを満たし、長~い余韻を残します。

vecchia-robiola22anni.jpg 2皿目「活ホタテのオーブン焼き」が運ばれてくると、トリュフとスライサーを手にしたジョルジョが、各テーブルを回り始めました。

 ジョルジョは庄イタの脇に立つや、遺留品の臭いを警察犬に嗅がせる捜査官さながらにスライスしたての白トリュフの塊を庄イタの鼻先に持ってくるスペシャルサービスをしてくれたのです。

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 それはまさに天にも昇る心持ち。現世で日本人として生を享けるおよそ1世紀前、祖国統一の気運が燃えさかったRisorgimento リソルジメント(=イタリア統一運動・1815-1871)末期、ガリバルディ率いるCamicie Rosse(赤シャツ隊)に身を投じ、前世で授かった命を捧げた(と、自身では信じて疑わない)庄イタ。

CAMICE-ROSSE-kappa.jpg GIUSEPPE-GARIBARDI.jpg

【Photo】赤シャツ隊を率いて祖国統一を成し遂げた英雄ジュゼッペ・ガリバルディ()。イタリア国旗を手にしたViaggio al Mondoのプロフィール紹介写真と構図が似ているのは、単なる偶然か、あるいは必然か。オフに着用するアウターは、赤シャツ隊の制服と同じ配色(

 来世では、再び前世における郷里ピエモンテで、トリュフ犬に生まれ変わったとしても本望かも。(実際のトリュフ狩りでは、発見した白トリュフをトリュフ犬が食べてしまう寸前、トリュフハンターがエサを与えて犬の気をそらし、トリュフを横取りする)

 ただし、庄イタから輪廻転生したトリュフ犬は、白トリュフが地中から発する魅惑的な香りを探知すると、きっとマタタビに惚(ほう)けて喉をゴロゴロ鳴らすネコ気質な犬に突如変身。仕事そっちのけで白トリュフの法悦に浸るデクノボウなワンコに相違ありません。(下想像図)

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【Photo】ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ「Estasi di santa Teresa d'Avila 聖テレジアの法悦」(1647-1652 ローマ:サンタ・マリア・デッラ・ヴィットーリア教会コルナロ礼拝堂)16世紀のスペインに実在した修道女テレジアが天使と遭遇した神秘体験を超絶技巧を駆使して大理石で具象化した盛期バロック期の傑作

 ご主人様と職務に忠実なトリュフ犬が掘り出し、トリュフハンターが手に入れた白トリュフは、時間が経過するにつれて水分と共に香り成分が揮発してしまいます。

 ジョルジョによれば、仕入れ時点の重さ185gが、会合当日には160gまで減っていたとのこと。イタリアで食するアルバ産白トリュフのクラクラするような香りを120%とすると、正直60%程度の印象だったのはやむなしでしょう。

 それでも採れたては嗅覚の針が振り切れるほどの強烈な香りを発する白トリュフ。たとえは悪いですが、腐っても鯛。前世の記憶を覚醒させるに十分なのでありました。

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 イタリア共和国全20州の中で、海に面していないのは5つ。中部ウンブリア州以外は、国境をスロベニア・オーストリア・スイス・フランスの各国と接する北部に集中し、その一つとなるのがピエモンテ州。

 この日4皿目に登場した卵を練り込んだ手打ち細麺「Tajarin al Tartufo タヤリン・アル・タルトゥフォ」ほか、「Fonduta チーズフォンデュ」、リゾット、肉を使った郷土料理に白トリュフを用いるのがピエモンテでは定番。ジョルジョのみならず庄イタにとっても海鮮系の具材は意表を突くカップリングでした。

 卓上のメニューを見た時、否応なく期待値が高まったこの創作料理。後日、土田シェフに確認したところ、全国を股に駆ける奥田シェフが、とある関西のフレンチレストランで出合った料理がベースとのこと。

 築地直送の新鮮なホタテのヒモで出汁をとり、白ワインを加えて煮込んだ生クリームソースが、生ウニがトッピングされた香ばしいホタテと白トリュフとの絶妙な一体感を生み出していたように感じました。

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【Photo】知らぬ人のないサンドロ・ボッティチェッリ「 La Nascita di Venere ヴィーナスの誕生」(1482-1485頃 フィレンツェ:ウフィッツィ美術館蔵)ギリシア神話によれば美の化身ヴィーナスは海の泡から生まれた。春の妖精ホーラが裸身を恥じる女神に淡い朱色のヴェールを掛けようとする場面を描いた人類の至宝

 土田シェフによって貝殻の中に出現していたのは、かぐわしい白トリュフと生ウニで装ったホタテが泡立つ乳の海に浮かぶ小宇宙。それは庄イタにサンドロ・ボッティチェッリの「ヴィーナスの誕生」(上画像)を彷彿とさせたのでした。

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 妻フローラを伴った西風の神ゼフュロスのごとくホタテに新たな息吹を吹き込んだのは土田シェフ。さすれば春に咲く花が散りばめられたヴェールをヴィーナスにまとわせようとするニンフは、(ビジュアル的には違いますが)トリュフと愛嬌を振りまくジョルジョという寸法。

 郷里では魚介系の料理がほとんど食卓に登場しないピエモンテーゼ、ジョルジョを驚愕せしめた白トリュフ料理1皿目。産地でも高嶺の花である白トリュフを惜しげもなく使った2皿目は、典型的な白トリュフの食し方である「タヤリン・アル・タルトゥフォ」(下画像)。1皿目が革新ならば、2皿目は伝統への回帰といったところでしょうか。

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【Photo】タヤリン・アル・タルトゥフォ。卵黄を小麦粉に練り込み、幅2-3mmに切り分けた手打ちロングパスタ「Tagliolini タリオリーニ」をピエモンテ州では、「Tajarinタヤリン」と呼ぶ。秋を迎えたピエモンテで代表的な食べ方が、白トリュフをすりおろしたこの料理

 メニューに記載がなかった3皿目「Vitello Tonnato ヴィテッロ・トンナート」は、もともとアンティパストの一品として用意された料理です。(下画像左上)

 ところがチーズやブルスケッタなどが所狭しと並んだボリューミーな1皿目では盛り付る場所が確保できずに出番を失ったのです。こうして単品で供され、日の目を見たのでした。

 そこに「1杯お味見にどうぞ」とフロアを預かる久保副店長からテヌータ・オリム・バウダ「Nebbiolo d'Alba San Pietro ネッビオーロ・ダルバ・サン・ピエトロ」2012ヴィンテージがサービスで出てきました。

 蒸し焼きした庄内産仔牛の冷製にジョルジョが味付けしたツナをベースにタマネギやニンニクで味を整えたソースが加わったピエモンテ伝統の郷土料理とは、さすがの好相性。

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 典型的なピエモンテ料理であるイノシシの赤ワイン煮込み「Brasato ブラザート」(上画像右下)がセコンド・ピアットに控えていたため、相性を考えてオーダーしたのは、ダンテ・リヴェッティのD.O.C.G.Barbaresco Micca バルバレスコ・ミッカ2006」(上画像右上)。〝産地を訪れた年のワインは出来る限り飲んでみっか〟という自身の不文律に沿ったチョイスです。

 もう一つの選択肢だったのが、D.O.C.G.Baloro Léglise バローロ・レッリーゼ2007」(上画像左下)。相席となった新宿中村屋にお勤めというNさんのご厚意で一口グラスで味見させて頂き、より厳格で力強いバローロらしさを確かめた果報者なのでした。

 秋の収穫期にバルバレスコ村を訪れた2006年のような作柄に恵まれた年は、ネッビオーロの特徴となるタンニンが落ち着き、複雑味が増して飲み頃を迎えるまで時間を要する場合もあります。

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【Photo】2006年10月末。天使のようなグラッパ職人ロマーノ・レヴィとイタリアワイン界の巨人アンジェロ・ガヤの醸造所を訪れた鼻血が出そうなくらい中身が濃かった1日。世界で最も美しいブドウ畑の眺めだと地元の人々が胸を張る銘醸畑が広がるBarbarescoバルバレスコ村の景観は、2014年に世界文化遺産として登録された。Neive ネイヴェの市街地から2kmほど進むと、ネッビオーロが大半を占めるブドウ畑の中に浮かぶ浮舟のようなバルバレスコ村が見えてきた(画像右奥)

 しばしば〝イタリアワインの女王〟と形容されるD.O.C.G.バルバレスコ。伝統的な大樽による造りで、収穫から丸10年を経た2006年ヴィンテージは、熟成して角が取れてきたネッビオーロならではの深みのある味わいに魅了されました。

 翌日から日本橋人形町で開催される「山形・鶴岡の餅文化を味わう会」準備のため、鶴岡から出張しておいでだった「山菜屋.com」を運営する遠藤初子さん。旧知の間柄である遠藤さんと同じテーブルとなったこの日。

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【Photo】出てのお楽しみな〈Speciale piatto〉とだけメニューに記載された一皿がコレ。一味もふた味も違う山の幸を取り扱う山菜屋.comの遠藤さん手配による鶴岡朝日地区産の山栗のリゾット。一般に流通する燻蒸した栗の3倍近い糖度を有するのは、冷蔵保存するがゆえ。手作業による厳しい選別を行うことで無燻煙による栗本来の味を堪能できる

 風味が濃い山栗を鶴岡から送った当のご本人を目の前にして食するリゾット。それは数多くの生産者や食の匠とのご縁ができ、1皿の有難みを実感できた往時のアル・ケッチァーノ系列の店ならではの醍醐味でもありました。

 リグーリア州内陸部サヴォーナ県サッセロに本拠がある菓子メーカーAmaretti Virginia製の杏子風味のサックリした歯応えの伝統菓子「Amarettiアマレッティ」、鶴岡市羽黒産ブルーベリージャムとピエモンテ産ヘーゼルナッツのトルタ、そしてジョルジョが好きだという獺祭の酒粕ジェラートの3品がデザートで登場。

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 締めのカッフェを頂きながら、ジョルジョは思い出話に花を咲かせました。醸造所が1年で最も忙しい収穫期に訪れたバルバレスコの帝王こと、Anjelo Gaja アンジェロ・ガヤの醸造所訪問が、実はノーアポで、先方が困惑しながらも「ジョ、ジョルジョか...。」と、固く閉ざされた緑のゲートを開けて渋々会ってくれた件。

 そして新潟・村上経由で訪れたイル・ケッチァーノで、白トリュフを食べ損ねた件(前々回「Compagna di Piemonte = ピエモンテ同窓会 =」参照)。その珍道中ぶりとジョルジョの気さくな人柄に、テーブルでご一緒した女性たちからも笑いがこぼれます。

 鎌倉でのピエモンテ同窓会に続き、白トリュフの香りに包まれ、ひと時の昇天を果たした庄イタ。ココロの郷里ピエモンテと庄内への渇望感を癒された一夜となりました。

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投稿者 vam : 02:18 | カテゴリー : Cuccina Italiana/| カテゴリー : ごちそうさまでした/| カテゴリー : イベント&催し/| カテゴリー : ・Fuori Tohoku 圏外遠征

2017/02/04

聖ダンデロの被昇天 Assunzione di San-Dan-Delo

妙なる芳香で天にも昇る心持ち〈前編〉
@ヤマガタ サンダンデロ

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【Photo】水の都ヴェネツィアの心臓部にあたるサン・ポーロ地区。14世紀に聖母マリアに献堂された「Basilica di Santa Maria Gloriosa dei Frari サンタ・マリア・グロリオーザ・デイ・フラーリ聖堂」主祭壇に安置された盛期ルネッサンス期ヴェネツィア派の巨匠ティツィアーノ・ヴェチェッリオ筆「Assunzione di Maria in Cielo 聖母マリア被昇天」(1516-1517)

 カトリックの教義「聖母の被昇天」を想起させる今回のタイトル。敬虔な教徒の方は、「はて、聖ダンデロなる聖人はいたっけ?」と訝(いぶか)しんでおいでかもしれません。

 第14代ローマ皇帝ハドリアヌスが、自身の霊廟として135年に造営に着手、のちに要塞化された「Castel Sant'Angeloサンタンジェロ」(下画像)と響きが似ているサンダンデロ。イタリア語表記でSan-Dan-Delo は、聖母マリアのように魂が身体もろとも神のもとに召された聖人ではありません。

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 しかし東京銀座にある「YAMAGATA San-Dan-Delo ヤマガタ サンダンデロ」で昇天の奇蹟は確かに起きたのです。

 例年1月2日早朝から仕事があるためか、曜日まわりの関係なのか、あっという間に過ぎ去った感がある正月休み明け6日のこと。

 鶴岡で出会ってから13年以上の付き合いになり、現在はヤマガタ サンダンデロの厨房を預かる土田学シェフ(下右側)Facebookに1枚の画像がアップされました。

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 官能的な白トリュフの香りに恍惚とした表情を浮かべる土田シェフの隣でお茶目に写っているのは、ここ数年、秋になると庄イタの夢枕に立ち続けた゛白トリュフの精〟ことジョルジョ・チリオ氏。〈2017.1前稿「Compagna di Piemonte = ピエモンテ同窓会 =」参照〉

 今期は当初から不作が続き、例年以上に高値を呼びました。それがシーズン最終盤になって産出量が持ち直し、高騰していた価格が幾分こなれてきたというのです。そこで昨年11月、鎌倉に持参した白トリュフの10倍以上はあろうかという巨大なアルバ産白トリュフ(下画像)を携え、再び年明けに日本へとやって来ました。

 そうしてジョルジョが懇意にしている鶴岡「al.ché-cciano アル・ケッチァーノ」の支店ヤマガタサンダンデロを会場に、白トリュフを使ったピエモンテ料理の会が1月12日(金)に催されることとなったのです。

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【Photo】一見、置きすぎてシワが寄ったジャガイモ(笑)。早合点し、うっかり茹でてしまおうものなら、後の祭りのアルバ産白トリュフ

 2009年(平成21)春、山形県が東京・銀座に開設したアンテナショップ「おいしい山形プラザ」2Fに県のたっての要請を受けて出店したことから、庄イタ的には「山形+算段+出ろ」と読み解いている同店〈2008.9拙稿「結束を再確認 生産者の会、ふたたび。@ il.ché-cciano」参照〉

 拡大路線に拍車がかかった結果、肝心な鶴岡の店は遠来の客が多い週末においてすらオーナーシェフの不在が常態化(下事例)。庄イタにとってはCry wine and sell vinegar(=羊頭狗肉)な「居ね・ケッチァーノ」と化してしまいました。

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 最も最近では2014年(平成26)6月中旬の土曜日、局アナを務める大学の後輩を案内したいという取引先の社長に懇願され、4年ぶりに席を予約。あらかじめ西田料理長に予算をお伝えし、お任せコース料理の相伴に預かりました。

 時季的にリクエストした鳥海モロヘイヤのケッカソース風味が定番の地物岩ガキや、素材の持ち味が際立つローストを指定した羽黒綿羊といった素材の素晴らしさは相変わらず。ご一緒した初訪店のお2人も納得の美味しい料理ではありました。(下画像/一部抜粋)

 なれど店主はその日も厨房には不在。驚きやワクワク感が伴わない落差を良く知る庄イタにとってはコピー・アンド・ペーストな印象は拭えません。飲食店として守るべきSincerityの欠如は、いかんともしがたいのでした。

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 心に響く料理で感動に打ち震え、余人の及ばぬ異次元へと誘われる変幻自在な食体験ができたかつての姿は今いずこ。局アナ氏がハンドルを握った帰路の車中で、頭の中でリフレインしていたのは、小学校の大先輩・土井晩翠が作詞し、ジャーマンロックの雄スコーピオンズ もカバーした名曲「荒城の月」。

 以来、姿勢に疑問を抱かざるを得ない旗艦店から足は再び遠のいたまま、今日に至っています。

 世の東西を問わず、料理の実像を深く知るには、その土地を訪れるのが一番。それは地元愛に溢れる誠実な店で味わい、背後にある風土と作り手を知ってこその話。

 庄イタと同じく往時のアル・ケッチァーノを良くご存じで、昨年末、久方ぶりに鎌倉で再会した雑誌「四季の味」前編集長・八巻元子さんも指摘されておいでだったこの定義。普遍的な真理であると確信しています。

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【Photo】白トリュフをたっぷりと使った一皿目が出たところでジョルジョに促され、厨房から出てきた土田シェフ。海鮮と白トリュフというピエモンテではありえない意表を突いた組み合わせを見事にやってのけ、ジョルジョから賞賛された。あっぱれ

 皮肉なことにその真実に気付かせてくれたのは、アル・ケッチァーノにほかなりません。2003年(平成15)春、何ら予備知識を持たず偶然に立ち寄った庄内弁で゛大切なものは足元にあったよね〟という意味を店名に込めたその店。〈2007.6拙稿「庄内系転生伝説 プロローグ~庄内系イタリア人の物語」参照〉

 風変わりな〝地場イタリアン〟なる看板を掲げ、地元のごく一部の人々を除けば、ほぼ無名であったアル・ケッチァーノ。当時は求道者のごとく料理に打ち込み、苦境に立つ生産者の支えとして奔走していた店主氏。その右腕として、草創期から影で店を支えたのが土田シェフです。

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【Photo】2000年(平成12)3月のアル・ケッチァーノ開店以来、苦楽を共にした共同経営者Aさん夫妻が、2008年3月末をもって店を去ることとなり、お別れを兼ねた晩餐に伺った夜。パティシェの本間さんが担当したメッセージ入りドルチェの盛り付けは、ドルチェ担当チーフでもあった土田料理長(当時)

 北庄内地域の言い回しで〝山形産なんでしょ〟という意味の銀座店は、2009年の開店以来、土田シェフが厨房を預かっています。2011年以降、過去3度の訪店経験から判断して、ハズレはありません。

 会費10,000円(飲み物代別)で土田シェフから提示された予定メニューをご紹介するとー

 Antipasti misti :前菜 ピエモンテの前菜盛り合わせと北海道・竹島さんのチーズ
 ・Primo Piatto :第一の皿 タヤリンの白トリュフクリーム
 ・Primo Piatto :第二の皿 リゾット 
 ・Secondo Piatto : メインディッシュ 魚料理か肉料理(奥田シェフ次第)
 ・Dolci :ドルチェ デザート盛り合わせ
 ★ ジョルジョが二つの料理に白トリュフを目の前で削ります!(^_^)v

 なんとも魅力的な内容ではありませんか。しかしながら、仕事が立て込む金曜日の19時から会がスタートし、翌土曜日が朝9時から出勤だったことから、当初は参加を見送っていました。

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【Photo】テーブルを回り、料理に白トリュフをスライスするジョルジョ。たちまちにして漂い始める強烈な芳香。鼻先で直接香りを嗅がされ理性を失い、皿の上で手を動かし続けるジョルジョに向かって「Don't Stop!!」と思わず口を突いて出た。その時、庄イタの目には、白トリュフの官能的な芳香漂う天国へと誘う天使の輪が放つ後光、そして背に生えた羽根の幻影がありありと見えた(... ような気がする。まばゆい後光を発するのは別な理由かも^^)

 ところが12日(金)に急きょ東京出張が入り状況が一変。会の2日前に土田シェフにお願いし、すべり込みで1席確保してもらった次第。予定では、当日はオーナーシェフが駆けつけるとの触れ込みでした。が、やはりというべきか、会の最後まで彼が顔を見せることはありませんでした。

 寒気の流れ込みで厳しい冷え込みとなった仙台を早朝に出発。六本木と神田神保町で都合3件の相手先を回り、夏に仙台で開催を予定している催事に関する打ち合わせを終えたのが5時過ぎ。

 夕闇迫る古本街をしばし物色後、地下鉄で向かったのが銀座。サンダンデロから徒歩で移動可能な東京駅発の最終新幹線で仙台に戻る手筈を組んでいました。

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【Photo】出張先でも小ネタには目ざとく反応。異業種混成チームからなる出張メンバーが、朝の集合場所としたのが、かの六本木ヒルズ。東京メトロ南北線の六本木一丁目駅から徒歩で移動中、路地裏で紛れもない六本木ヒルズと遭遇。モチロン完全スルー(笑)

 サンダンデロの厨房をのぞくと、土田シェフや調理スタッフの傍らでは、今回も蝶ネクタイでビシっとキメたジョルジョがアンティパストの仕込み中。

 入口で手を振る庄イタを認めると、「Chimura サ~ン, Graaaandeeee (グラ~ンデ~ ≒ 素晴らしい)」と感激を露わにして近寄ってきました。

 Grande(=長身な)ジョルジョとの2カ月ぶりの再会を祝し、グランデな男同士、イタリア式にハグで挨拶。ジョルジョの肩越しに目が釘付けとなったのが、直径がゆうに10cm以上はあるグラ~ンデなTartufo bianco(白トリュフ)。

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 「Quanto costa ? (=これはおいくら?)」という庄イタの下世話な質問にジョルジョは一言「Poco, poco. (=安い安い)」 ...てなわけ無かろうと、土田シェフに確認したジョルジョが購入時点で185gだったというトリュフの仕入れ値は、1個 €800!!!
 
 これは日本円換算で¥96,000也。シーズン当初よりは幾分値下がりしたとはいえ、さすがはグラム当たり単価が世界一高い食品といわれるアルバ産白トリュフなのでありました。

 メニューのみご紹介となった今回に続く後編では、Arcangelo Giorgio(=大天使ジョルジョ)とAngelo Tsuchida(=天使ツチダ)の導きにより、庄イタが白トリュフ天国へと昇天した一部始終をご紹介します。

to be continued.

 
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投稿者 vam : 06:10 | カテゴリー : Cuccina Italiana/| カテゴリー : ・Fuori Tohoku 圏外遠征

2017/01/15

Compagna di Piemonte = ピエモンテ同窓会 =

旧交を温め、白トリュフに耽溺す

 年が改まり、昨年11月に神奈川県鎌倉市JR大船駅近くの「アトリエキッチン鎌倉」で開催された「白トリュフとピエモンテ料理の夕べ」。

 魅惑的な響きと香り漂う集いの場となったアトリエキッチン鎌倉に揃ったのは、イタリア大使館の書記官や料理研究家など、20名以上の多彩な顔触れ。その中に懐かしい顔もありました。

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【Photo】2006年10月31日の朝。カネッリでの一週間を過ごしたRupestrで同行メンバーとともにセルフタイマー撮影した1枚。10年の時を経て、八巻さん(左から6番目)、ジョルジョ(中央)、西川さん(右から3番目)と庄イタ(左端)が再び集った

 まずはピエモンテ州アスティ県カネッリのアグリツーリズモ「Rupestrルペストゥル」オーナーシェフ、ジョルジョ・チリオ氏。竹灯籠に灯を点す点灯ボランティアを共に行った「宵の竹灯籠まつり」で新潟・村上を案内後、鶴岡を経て翌日仙台駅まで送った2007年10月以来の再会です。

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【Photo】2007年10月。サケが大好物というジョルジョを伴い、宵の竹灯籠まつりの折に訪れたのが新潟県村上市。古風な町屋造りの商家が建ち並ぶ鮭の町・村上をそぞろ歩きしながら立ち寄ったのが「イヨボヤ会館」や、梁と組み柱が4間幅の吹き抜け天井を支える築200年の「吉川酒舗」など。「味匠 喜っ川」で、いつになく神妙な面持ちで、芸術作品のごとき鮭の加工品を試食するジョルジョ。塩引きや酒びたし用に鮭を干している店舗奥に案内すると、両手を広げて感激を露わにした

 今シーズンは白トリュフが不作で量の確保が難しく、例年以上に貴重な白トリュフをピエモンテから携えての来日となりました。

 そして2006年10月末にイタリア・トリノで開催された「テッラ・マードレ2006」と「サローネ・デル・グスト」の取材旅行でご一緒した雑誌「四季の味」前編集長の八巻元子さん、フードライターの沖村かなみさん、盛岡在住の税理士でジョルジョから〝Azzuco アズーコ〟とピエモンテ訛りの(?)ファーストネームで呼ばれる西川温子(あつこ)さん。

piatto2012_04morioka.jpg ジョルジョとのご縁を繋いで下さった西川さんには、仙台圏で29万部を発行する月刊誌Piatto2012年4月号の巻頭特集「春の日帰りトリップ・盛岡女子旅」の地元ナビゲーターとしてご登場頂き、震災後の無事を確認していました(画像左側)

 一方、ジョルジョ、八巻さん、沖村さんとは、イタリアでご一緒した翌年の秋、西川さんも含めて鶴岡「イル・ケッチァーノ」で同窓会よろしく会食しています。

 その時もジョルジョは白トリュフを持参しており、心ゆくまでピエモンテの妙なる香りを満喫できるはずでした。

 ところが、ここで述懐する事件が起きたため、忘れがたい一夜として今も記憶に残るイル・ケッチァーノでのピエモンテ同窓会 第1章を振り返ると...。

 カネッリにある醸造所「Gancia ガンチア」の辛口スプマンテ「Carlo Gancia Metodo Classico Brut(上段左)で乾杯。お任せコース一皿目の定番「ワラサと満月の海の塩」(上段中央)以降は大皿取り分けで魚料理5皿が立て続けに運ばれてきました。

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 続いてパスタ料理3皿・ピザ1枚・アクアパッツァが次々と登場(下画像4点)。こんな大盤振る舞いが続き、肝心の真打ち白トリュフの登場を待ち焦がれるうち、胃袋の物理的な許容量は限界に到達しつつありました。

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 ジョルジョの発案でRupestr滞在中に催されたガラディナーで、テッラ・マードレ2006に招聘された奥田政行シェフが60名を超える参加者にメインディッシュとして提供したのと同じ「庄内牛の牛タン・ゴボウの香りの煮込み」(下段左)に続き、3皿目の肉料理「米沢牛のタリアータ・山ブドウのヴィンコットソース風味」(下段右)が出た後、厨房から「この後ドルチェを召し上がりますか?」とコース終了を意味する打診がありました。

 その問いかけに唖然として顔を見合わせたが、テーブルを囲んだ一同。

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 その頃から料理人としての本分以外に割く時間と労力がキャパを遥かに越え、オーバーワークで極端に疲弊していたオーナーシェフ氏。肝心の白トリュフを使った料理をなんと出し忘れたのです。ガーン....。(0д0!!)

 パサパサの状態で厨房から出てきた店主の様子からも、気力・体力ともに万全ではないことは明らか。悪びれるかのようにエヘヘ...と頭をかくシェフを前にすると、誰もが彼を叱責する気すら萎えてしまったのでした。

 満腹のあまり、ドルチェはおろか締めのカッフェすら、誰もこの夜はオーダーしなかったように記憶しています。この目でジョルジョが厨房に預けるところまでを確認した白トリュフを、私たちは一片たりとも口にすることはできませんでした。Mamma mia !!(=なんてこったい!!

。゚+(。ノдヽ。)゚+。。・゚・(*ノД`*)・゚・。(oTT) piangereeee (TTo)。・゚・(*ノД`*)・゚・。+(。ノдヽ。)゚+。゚

 心ここにあらずで質の低下が顕著となった某店からは次第に足が遠いた一方、涙なくしては語れないよもやの展開で食べ損ねた我が郷里の超高級食材、白トリュフへの思慕は募るばかり。

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 秋のトリュフ狩りシーズンを迎えると、大ぶりな白トリュフを手にした白トリュフの精が、庄イタの夢枕に立つようになりました(上画像 / イメージ図)

 悶々とした日を送る中で、西川さんから今回の企画開催を知らされました。そこに前回〝目の保養だけじゃねぇ...。〟で述べた通り、旧友から送られてきたピエモンテ土産のレシピ本に載った白トリュフのリゾットが、リベンジへと庄イタを駆り立てたのです。いざ鎌倉!

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【Photo】大船駅西口から徒歩3分のアトリエキッチン鎌倉へと向かう道すがら。店の前を流れる柏尾川に架かる電線に留まる鵜(ウ)の群れ。庄イタの目には、ウ長調の「白トリュフ序曲」の譜面であるかのように映った

 庄イタにとっては、期せずして〝ピエモンテ同窓会 第2章〟の場となったアトリエキッチン鎌倉を主宰する和田茂幸さんは、自然豊かな鎌倉市北西部に自家菜園を所有。畑とキッチンスペースを舞台に幅広い世代の食育に資するさまざまな催しを企画・運営しておいでです。

 Facebookを通じ、会費7,000円で事前に提示された白トリュフとピエモンテ料理の夕べのメニューは以下の通り。

 ・前菜:ペペロナータ(パプリカ)など自家製野菜ブルスケッタ3種
 ・チーズ:ロッカベラーノ産山羊のチーズ モスカートのモスタルダ添え
 ・パスタ:タリオリーニ 卵黄と白トリュフ添え
 ・メイン:肉ときのこの煮込み料理
 ・ドルチェ:ビスコッティなど
 ・自家製ワイン3種(シャルドネ、ドルチェット・ダスティ、モスカート・ダスティ)

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【Photo】東の空から昇ってきた晩秋の朝日に輝く朝霧が立ち込めたRupestr のブドウ畑。果樹園なども含めた耕作面積はおよそ3ha。海抜450mの高台にあるブドウ畑から北方に目線を転じた遥か先には、万年雪を頂くヨーロッパアルプスの山並みが連なる

 宿泊客を迎え入れるアグリツーリズモに改装する以前、1994年にブドウの古い品種名を名前にしたレストランとして開業したRupestr。ジョルジョは「ピエモンテの葡萄畑の景観」として2014年にユネスコ世界文化遺産に登録された地元カネッリの大手ワイナリー「Gancia ガンチア」で醸造の仕事に就いていました。

 自家製ヴィーノほか、フルーツのシロップ漬け「モスタルダ」、イタリアンパセリ・オリーブオイル・アンチョヴィなどで作るピエモンテ風ソース「バニェット・ヴェルデ」など、Rupestr製瓶詰め食品も当日は購入可とのご案内でした。とはいえ、何につけ段取り通りには物事が進まないのがイタリアです。

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 またも短命政権に終わったレンツィ元首相が推し進めた民営化が思うように捗らないイタリアの郵政公社Posteitaliane の国際郵便でカネッリから発送した販売用の荷物は指定通りの期日に届かずじまい。

 よって、Rupestr 滞在時、美味しさに刮目した微発泡性でほんのり甘いマスカット風味の「Moscato d'Asti モスカート・ダスティ」(上右側)を購入しようという目論見は、こうしてあえなく水泡に帰したのでした。Mamma mia !!!

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 一度や二度、計画が狂った程度で凹んでいては、飛びぬけて陽気なジョルジョがそうであるように、筋書きのないドラマが日常となるイタリアでは生きてゆけません。

 気を取り直し、白トリュフとピエモンテ料理の夕べの模様をさっくりとご紹介しましょう。

【Photo】夢か現(うつつ)か幻か。幾度となく夢枕に立った白トリュフの精が、庄イタの眼前に現る!!の図。概して内省的な人が多いといわれるPiemontese(=ピエモンテ人)らしからぬジョルジョ。突き抜けた陽気さから、Napoletano(=ナポリ人)に勘違いされるばかりか、そのウェット感が皆無の明朗快活さゆえ、Americano(=アメリカ人)ともいわれるのだとか(苦笑)

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 開始時刻まで幾分か早めに到着したアトリエキッチン鎌倉では、ジョルジョや八巻さんらが仕込みの真っ最中(上画像)

 自ら栽培した白ブドウ「シャルドネ」のみを使用し、数年前にRupestrの地下に完成させた醸造施設で醸すジョルジョとはおよそイメージがかけ離れた(笑)エレガントでスッキリした印象のヴィーノ・ビアンコでまずは乾杯。

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 蝶ネクタイ姿でビシっと決めたジョルジョが、冒頭にゆる~く挨拶。立食形式で肩が凝らないカジュアルな雰囲気のもとで会合はスタートしました。

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 少し熟成させた山羊乳チーズ「ロビオラ・ディ・ロッカヴェラーノ」、ズッキーニやパプリカのブルスケッタ、黒ダイコンなど鎌倉産西洋野菜のバーニャカウダ、鶏肉のキノコソース煮込など、ジョルジョがマンマのクリスティーナから受け継いだ優しい味付けがなされたお手製料理が皿盛りで登場。

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 うやうやしくジョルジョが取り出した白トリュフは、卵と白トリュフを練り込んだピエモンテの乾燥パスタ「Tajarin タヤリン」に混ぜ込んでの提供となりました(下画像)

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 本来はスライサーで白トリュフを目の前でシュリシュリしてもらい、料理にかけてもらうのが最もトリュフの香りが立つ食べ方です。今季はシーズン当初から白トリュフが不作のため価格が高騰。量の確保が困難だったため、あまねく参加者に白トリュフを楽しんでもらおうというジョルジョの配慮です。

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 それでもお代わりを所望した参加者には2皿目が行き渡る量は用意されていました。古代ローマに起源が遡るというレディ・ファーストを流儀とする庄イタは、最後に鍋にこびりついた残りをパンですくって食べるピエモンテ式食べ方を実践(上画像)

 次に予定にはなかった料理が登場。加熱すると甘味が出るポロネギ(リーキ)の旨味がジンワリ広がるリゾットです(下画像)。滋味深く優しいジョルジョの味付けに、ピエモンテ滞在中、我が家代わりに温かく迎え入れてくれたRupestrで過ごした日々が蘇ります。

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 前稿でご紹介した旧友から送られてきたRiso Gallo社発行のレシピ本101 Risotti dei migliori ristoranti del mondo.(=世界の至高のレストランのリゾット101皿)に推挙したいリゾットに続く〆のドルチェは、モスタルダが付け合わされたピエモンテの素朴な焼き菓子2種類とパンナコッタ(下画像)

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 Rupestr 滞在中、道案内をしている自覚があるのかないのか、どこへ向かうにもジョルジョは猛スピードで先導するのが常。遅れを取ってはならじと大型ワゴン車でタイヤを鳴らしつつ爆走しなくてはなりませんでした。

 時として立ち込める濃霧で前方の視界が悪い中、車酔いとも戦っていたはずの同乗者を含め、強いられる緊張から解放されたのがRupestrでジョルジョが用意する食事だったのです。

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【Photo】(左から)料理研究家の山内千夏さん、今回も元気いっぱいだったジョルジョ、同窓会メンバーの西川温子さん、同じく沖村かなみさん、同じく八巻元子さん、庄イタ

 前世の記憶を呼び覚ます白トリュフとジョルジョの手料理で、郷里への里心がむしろ募った感すらあったこの集い。年が改まってから、自分はなんと果報者なのだろうと実感した後日談がありました。それはまたいずれ。

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投稿者 vam : 20:28 | カテゴリー : Cuccina Italiana/| カテゴリー : イベント&催し/| カテゴリー : ・Fuori Tohoku 圏外遠征

2017/01/06

目の保養だけじゃねぇ...。

夢か現(うつつ)か幻の食材か

 2017年の第一弾は、酉年の幕開けを告げるイタリア語で雄鶏を意味するGallo(ガッロ)にちなんだ話題から。

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【Photo】籠の鳥状態に置かれた禁断症状を和らげてくれたブラ土産。ブラ中心部、ポレンツォ通りにある菓子店兼サードウェーブ系カフェ「Bottega delle Delizie ボッテーガ・デッレ・デリツィ」のチョコレート3種。(Photo上下とも時計回りに)特産のヘーゼルナッツのクリームを約30%の割合でチョコレートに配合した「ジャンドゥーヤ」、ヘーゼルナッツクリームの割合が多い「ノチオーラ」、定番のアーモンドではなくピエモンテではへーゼルナッツを使うヌガー「トロンチーノ」をそれぞれチョコでコーティング

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 心地よい香りと希少性ゆえに高値を呼ぶ白トリュフが旬を迎えた(9月中旬~12月中旬ごろ)さなかにピエモンテ州クーネオ県Bra ブラ周辺と、ミラノおよびロンバルディア州北部の湖水地方を11日間に渡って訪れた学生時代の旧友から、ピエモンテ菓子とともに一冊の本が送られてきました。【下画像】

 見るべき場所、食べるべき店、飲むべきヴィーノに関して事前に情報提供をしたお返しに気を使ってくれたのです。ありがたや、ありがたや。

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Guida Gallo 9a edizione  101 Risotti dei migliori ristoranti del mondo.

 手元に届いたのは、リゾットを主力とする加工食品メーカーRiso Gallo社が、2013年に9版目として発行したリゾットのレシピ本です。

 同社はアドリア海の女王として君臨したヴェネツィア共和国と地中海交易の覇権を競った歴史に彩られたジェノヴァで創業。海洋交易に活路を見いだした都市国家の気風そのままに1856年の当初より南米市場を開拓。

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 1926年には稲作が盛んなロンバルディア州パヴィーア県に本拠地を移転。イタリア産米を中心とする多彩な商品を取り揃える食品メーカーとして経営規模を拡大し、今日に至っています。

【Photo】リーゾ・ガッロ社の商品ラインナップの中では、リゾットに最適なリセルヴァ・ガッロ・リーゾ・カルナローリ

 このレシピ本で紹介されているのが、イタリア全土から選りすぐったリストランテ50軒と世界各国から厳選した51軒のイタリアンレストランで提供する101のリゾット。

 4日間のピエモンテ滞在中、誕生日を迎えた友人に、Fossano フォッサーノで連泊したホテルから贈られたのだといいます。

 各レストランとシェフのプロフィール紹介が、イタリア語と英語で併記され、巻末にリゾットのRicette(レシピ)が記載される構成になっています。

 紹介されるリゾットは、どれも美味しそう。とりわけ庄イタの唾液腺を制御不能にしたのが、Risotto alla Nocciola Tonda Gentile delle Langhe IGP, Araguani in purezza e tartufo bianco. (ピエモンテ州南部ランゲ丘陵で産出する最高級ヘーゼルナッツ「トンダ・ジェンティーレ」のリゾット・ベネズエラ産ピュアチョコレート「アラグアニ」と白トリュフ風味)【下画像】

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 こちらはヴァッレ・ダオスタ特別自治州出身のシェフ、ミルコ・ザーゴ氏のスペチャリテ。イタリア名誉市民権を有する若かりし頃のロバート・デ・ニーロを碧眼にしたような風貌の持ち主です。

 プーチン大統領も常連だというロシア・モスクワのリストランテ「Syr」が2001年にオープンした当初から厨房を任されているザーゴ氏の料理人としての原点はピエモンテ料理。

 ナッツ系のフレーバーとタナロ川沿いの石灰質土壌由来のミネラリーさが特徴となるヴィーノ・ビアンコ「Roero Arneis ロエロ・アルネイス」を冷やし過ぎずに大きめのグラスで合わせたいこの一皿。ランゲ地方の伝統食材を惜しげもなく使用した逸品です。

 記載されたレシピ(4人分)をざっとおさらいすると...。

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 1.トンダ・ジェンティーレ【上画像】(400g)を1,200mℓの鶏のブロードに3時間浸す
 2.軽く炒めたカルナローリ米(240g)バター(40g)バニラビーンズ(少量)をブロード
   で加熱

 3.白ワイン「ロエロ・アルネイス」(40mℓ)を加え、乳化してとろみが出たら火を止める
 4.白ワイン(ないしはブドウの搾りかす)を塗り込んで熟成させたテストゥンチーズ
   (60g)、バター(40g)と塩コショウ(適量)で味を整える

 5.ヘーゼルナッツペースト(12g)と同量のピュアカカオで風味付け
 6.懐事情が許す限り、破産しない程度に白トリュフを思う存分にスライス!!

 こんなレシピの記載内容から完成形の味を想像するだけでも幸せな気持ちになる料理です。

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 ページをめくっていくと、Isola d'Asti イゾラ・ダスティ「Il Cascinalenuovo イル・カシナーレヌオーヴォ」【上画像】や、Canelli カネッリ「San Marco サン・マルコ」【下画像】など、庄イタが訪れたピエモンテ州のリストランテも料理とともに登場します。

san-marco_canelli.jpg risotto_san-marco.jpg

 スローフード協会が隔年で開催、東北から生産者や料理人が参加した「テッラ・マードレ」と「サローネ・デル・グスト」の取材で、2006年に訪伊した際〈2007.6拙稿「Terra Madre テッラ・マードレに参加して」「Salone del Gusto サローネ・デル・グスト体感レポート」参照〉、ご一緒した懐かしいメンバーと再会する機会が、ちょうど10年の時を経て巡ってきました。

 それは、神奈川県鎌倉のJR大船駅近くにある「アトリエキッチン鎌倉」で催された「白トリュフとピエモンテ料理の夕べ」と題された会合でのこと。

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 目の保養となるレシピ本を眺めてヨダレをダダ漏れさせるだけや、同行が特別に許されたトリュフ狩り【上・下画像】の記憶の糸をたぐり寄せ、白トリュフの香りを反芻する白日夢に溺れるだけでは到底気が済みません。

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 夢を現(うつつ)とすべく、白トリュフの芳香に誘われて〝いざ鎌倉〟とばかりに馳せ参じた当日の模様は、次回さっくりとレポートします。

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投稿者 vam : 04:13 | カテゴリー : Cuccina Italiana/| カテゴリー : ・Fuori Tohoku 圏外遠征

2016/12/18

神ってる(?) 聖地巡礼

2016 年末恒例            
庄イタ的流行語大賞はこんなカンジ。


 毎年12月1日に発表される今年の新語・流行語大賞にエントリーされた2016ベスト10の中で、庄イタが最も注目したのがイタリア語の「アモーレ」。

 サッカー・セリエAの名門クラブ「インテルナツィオナーレ・ミラノ」所属で、日本代表チームのDF長友佑都選手が、会見で交際相手の女優平愛梨さんを指して呼んだ表現です。

via_amore.jpg【Photo】ロケ地:愛と幸福が天から降ってくるアモーレの国イタリア。リグーリア州の世界遺産「Cinque Terre チンクエ・テッレ」を構成する五つのコムーネ(村)のうち、Monterosso モンテロッソとRiomaggiore リオマッジョーレ間約1kmが絶景のハイライトとなる全12kmの遊歩道「Via dell'Amore (=愛の小道)」。恋が成就する恋人たちの聖地に出没した挙動不審者

 よほど清廉潔白な聖人君子だと自らを勘違いしているのでしょう。寄ってたかって建前論を振りかざし、芸能人のプライベートに関し、連日のごとくゲス不倫と称して集団ヒステリー的に騒ぎ立てた週刊誌やテレビのあまりの低俗ぶりには心底うんざり。そんな今年上半期の芸能ニュースで、一服の清涼剤となった言葉でありました。

 長友選手が説明した通り、Amoreは、イタリア人が日常会話において頻繁に使う単語です。広く愛情を意味する言葉であり、それは時に恋人や夫婦間で使われる呼称であり、我が子やペットなどの愛おしい対象を指す美しい響きを持った言葉でもあります。

antonio_canova_amore_psiche-001.jpg【Photo】 ヴェネト州内陸北部のポッサーニョで生まれ、ヴェネツィアとローマで活躍した彫刻家アントニオ・カノーヴァ(1757-1822)。代表作の一つがギリシャ神話に題材をとった「Amore e Psiche アモーレ・エ・ プシュケ」。絶世の美女プシュケは美の神アフロディーテの嫉妬を買い、息子のアモーレに鉛の矢で射るよう命じるも、彼は美しい彼女に恋をしてしまう。翼を持つ神アモーレとの叶わぬ恋に身をやつした挙句、愛に殉じて永遠の眠りについたプシュケは、アモーレのキスで蘇り、結ばれる(ルーヴル美術館蔵)

 自己紹介プロフィールでも述べている通り、庄イタは野球には関心薄です。東北楽天ゴールデンイーグルスのホームスタジアムに行くのは、付き合いで1シーズンに数回だけ。しかもその目的は野球観戦ではなく「緑のイスキア」のナポリピッツァなのです。行ったら行ったで、ピッツァイヨーロの庄司建人さんからは「おや、珍しい~」と言われる始末。

joker-carte.jpg ゆえにリーグ制覇を果たした広島東洋カープの緒方監督が発信源となったという初耳の「神ってる」が年間大賞に選出されたのは、意外であり、改めてジャッポネーズィは野球が好きなのだと実感しました。

 一昨年、一世を風靡した日本エレキテル連合や、昨年ブレイクしたとにかく明るい安村などのように、恐らくは一過性になるであろう「PPAP」や、受賞者は辞退せず、胸を張って出てきて説明責任を果たしてほしかった「盛り土」、米大統領選での二者択一のババ抜きで、よもやのJOKERを引いてしまった格好の「トランプ現象」など、今年の世相を反映した言葉がベスト10入り。
 
 その中では、「千と千尋の神隠し」以来、邦画としては15年ぶりに興行収入200億円超のメガヒットとなった「君の名は。」に登場する舞台を訪れる「聖地巡礼」が社会現象化。若年層を中心に影響力は今だ衰えを知りません。

【Movie】 ©2016「君の名は。」製作委員会

 夢で体が入れ替わった高校生の男女が繰り広げる奇蹟の物語を、リリシズム溢れる透明感のある美しい映像で綴るこの作品。その舞台となった岐阜県飛騨や東京都内各所、そして秋田内陸縦貫鉄道の無人駅「前田南駅」は、訪れる巡礼者で賑わっているのだとか。

 映画で流れる劇中曲「前前前世」に反応したのが前世イタリア人。庄イタも時流に乗り遅れまいと、このファンタジーを9月に鑑賞しました。

 8割以上が20代と思われる観客で、ほぼほぼ劇場は満席。いささかアウェー感を味わいつつも、彗星が糸守へと降ってくるオープニングから運命の糸をたぐり寄せ、時空を超えて出逢う二人に自らの青春時代を重ね、キュンキュンしてしまう昭和世代なのでありました。

。.:*(*゚∀゚)*:.。.. tuo nome ..。.:*♡*:.。 your name ..。.:*(゚∀゚*)*:.。


bio-napule1.jpg【Photo】「アミーコ・ビオ・エ・ナプレ」Dランチ(3,200円)よりアンティパスティ・ミスティ/(右上から時計回りに)カポナータ・ペペロナータ・サラメミラネーゼ・コッパ・海老のクスクスサフラン風味・鯛のカルパッチョ・自社農園産カルチョフィのオイル漬け。Vine della Casa(ハウスワイン)はグラスで白をオーダー

 話は変わって、先月、泊りがけで鎌倉と横浜に出向く用事がありました(いずれも後日レポート予定)。池袋で昼時を迎えた翌日のランチは都内百貨店最大級の46店舗が集うレストラン街へとリニューアルした池袋東武百貨店の「SPICE スパイス」11F「Amico Bio e Napule アミーコ・ビオ・エ・ナプレ」へ。

bio-napule2.jpg【Photo】プリモピアット/ ピッツァ・マルゲリータ(Sサイズ)

 このピッツェリアは、南青山の名店「Antica Pizzeria e Trattoria Napule ナプレ」が、千葉県八街市(やちまたし)に所有する自家農園で栽培する野菜のほか生地に使用するMolino Grassi モリーノ・グラッシ製の小麦粉まで、オーガニックをテーマとして今年2月にオープンさせた店です。

bio-napule3.jpg【Photo】セコンドピアット/ 鶏腿肉の煮込みレモンクリームソース風味

 エスカレーターで11Fへとフロアを上がってゆく途中、6Fリビング用品フロアで「日本橋木屋」の研ぎ師が実演販売をしていました。ドイツで購入し、長く愛用した モリブデンバナジウム鋼製の包丁が、研いでも切れ味が戻らなくなったため、代替えに炭素鋼の包丁を探していたのです。

 日本橋木屋を訪れた外国人観光客が、切れ味の良い鋼(はがね)製の包丁や爪切りをこぞって買い求めているのだという昨今。それは、前世イタリア人にとっても渡りに船の展開に他ならないのでありました。

 木屋の包丁を取り扱う仙台の百貨店でも木屋の研ぎ師への刃研ぎ発注が可能だというので、即断即決。トマトの切れ味が悪くなったら、研ぎに出す潮時なのだといいます。

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 2フロア上の催事場では、山形物産展が開催されており、隣県の見知った産品が並んでいました。ざっと売り場を見渡すと、そこには馴染み深いお二人がおいででした。ちょっとしたイタズラが実は大好きな庄イタ。そっと背後から近寄ってゆきました。

 英語・イタリア語以上にヒアリングに関しては9割以上を理解する庄内弁を封印。山形県内でありながら、庄内とは異郷と呼んで差し支えない山形内陸のイントネーションで、試食用に小分けした特別栽培米つや姫を来店客に振る舞っていた男性に庄内ビギナーを装って話しかけました。

「この庄内のコメ、うめんだべが?(=美味しいのですか?)」

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 珍客の登場に目を丸くしたのが、旧知の間柄である鶴岡・「井上農場」代表の井上馨さん。その隣には奥様の悦さんもご一緒でした(上画像)〈2015.5拙稿「神通力ふたたび!? 鶴岡 後編~東京八丁堀・てんぷら小野@山形 鶴岡・井上農場」参照〉

 予想だにしない池袋での邂逅にはお互いビックリ。井上農場を取り上げた前回レポート「神通力ふたたび!?~鶴岡前・後編」 で引きの強さを発揮した庄イタですが、今回も神ってる超能力を実証した格好となりました。

 春先にお邪魔して以来、ご無沙汰していたご夫妻に「そのうち伺います」と申し上げ、レストランフロア11Fへと移動したのでした。

。.:*(*゚∀゚)*:.。.. incredibile ..。.:*!!*:.。 bikkuri pon ..。.:*(゚∀゚*)*:.。


 井上さんとの漠然とした約束を果たす日が訪れたのは、それから2週間後の12月初旬。平田赤ネギ〈2007.9拙稿「平田の赤ねぎ」参照〉が美味しくなる季節となり、山伏ポーク〈2014.7拙稿「山伏ポーク」参照〉、そして井上農場のジューシー小松菜を取り揃え、仙台で購入可能な石巻・十三浜ワカメを含め、最強豚しゃぶの具材調達に伺ったのです。

 並外れた餅の食味を知ったが最後、ほかでは満足がゆかぬのが「本女鶴」です〈2012.10拙稿「酒田女鶴と本女鶴 女鶴餅をおいて餅を語るなかれ」参照〉。生産者である酒田市布目の堀芳郎さんのもとを訪れ、希少な糯米を譲って頂くのも外せないミッションでした。

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 冬型の気圧配置による北西の季節風で発生する雪雲のヴェールで山腹を覆われることが多い鳥海山が、その日は珍しく全容を見せていました。伺った堀さん宅で糯米を3kg購入させて頂き(上画像)、今回の庄内訪問の主要目的の一つをクリア。母が此岸から旅立った今年は喪中のため正月祝いはできませんが、新たな年を迎える準備はできました。

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 堀さん宅へと向かう時間帯と重なった日没を挟んで目の当たりにしたのが、表情の異なる出羽富士の姿です。地平線に沈もうとする夕陽に照らされた赤富士(上画像)と、その後のブルーグレーの空に浮かび上がる純白の雪を頂く山肌のコントラストからなる青富士(下画像)は、もうすっかり冬の装い。

 国内有数の渡り鳥の越冬地となっている最上川河口の塒(ねぐら)に向かってゆくのは、V字型の編隊を組んだオオオハクチョウたち。時おり鳴き声を上げながら西の空へ飛んでゆきます。

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 岩ガキ目当ての7月と、シーズン最後のブドウ狩りに出向いた10月の庄内訪問時には太田政宏グランシェフの料理を食べたくて「L'Oasis ロアジス」を訪れました。〈2014.1拙稿「新春縁起藤沢カブ~年忘れ恒例食べ納め@酒田L'Oasis ロアジス」参照〉久方ぶりに酒田に投宿した今回は、JR酒田駅前の「ル・ポットフー」へ。

 全国の食通・各界の著名人から最大限の賛辞を贈られた〝フランス風郷土料理〟という新機軸を太田シェフと佐藤久一(1930~1997)が二人三脚で打ち立てたル・ポットフーは、久一が吟味した調度品が随所に散りばめられ、伝統と風格を漂わせています〈2008.3拙稿「佐藤 久一さんのこと 〈前編〉世界一の映画館と日本一のフランス料理店を山形県酒田につくった男の物語」参照〉

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 1975年(昭和50)に開業して以来、数々の伝説を生んだ厨房に立つのが、太田シェフの愛弟子である加藤忍シェフ。食の都庄内ならではの吟味した素材を活かす加藤シェフの味付けは庄イタ好みです。週末でほぼ満席の賑わいだった今回、ディナーで注文したのが7,500円のコース。

 アミューズのカナッペに続いてソムリエの小松俊一さんが「お箸でどうぞ」と運んできたのが、本日のオードブル「スズキとイクラのカルパッチョ風」(上画像)

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 魚料理がいつも美味しい店ですが、特にピカイチだったのが、香ばしい焼き目の入った真鯛と舞茸の香りがベストマッチだった「真鯛のキノコソース風味」(上画像)。食感の異なる3つの部位を味わえた「だだちゃ豆で育った羽黒綿羊のワイン煮込み」(下画像)では、サフォーク羊の生産者である丸山光平さんの顔が浮かぶのでした。

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 19年前のジャスコ撤退と昭和40年代に竣工したビルの老朽化による再開発計画が2度頓挫している酒田駅前。2018年に着工、2021年3月の竣工を目指す事業計画に伴い、現在の店は姿を消します。

 以前に話を伺った小松さんによれば、活かせる部材は可能な限り新店に移す予定なのだそう。

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【Photo】伝説の男・佐藤久一の審美眼で選び抜いたルポットフーの内装。地中海クルーズの客船をイメージしたメインダイニングに対し、厨房に面した「ル・シャトー」(上画像)と「ラ・スフレ」の2つの個室の壁面は、淡いグリーン地に銀白色の小鳥や草花の図柄

 出生が酒田の銘酒「初孫」改名の由来となり、映画評論家の淀川長治が世界一の映画館と評した「グリーンハウス」の若き支配人として、後半生は料理で人を幸福にすることに情熱を燃やし続けた不世出の男。その夢の結晶が、原型を留めるうちに事情が許す限り足を運びたいと願う庄イタなのです。

。.:*(*゚∀゚)*:.。.. buonisshimo ..。.:* φ(*^^*)ψ*:.。umecheno ..。.:*(゚∀゚*)*:.。


 前日に続き穏やかな天候に恵まれた翌朝は、鳥海山の伏流水が川となって流れる牛渡川へ。その目的はサケの調達です。お酒じゃありません、鮭です。(日本酒は別途「木川屋山居店」に立ち寄り、大吟醸と純米&本醸造を、おおよそ2:8の割合で混醸する買い得感満載の限定品「上喜元 翁」(1800mℓ 2,160円)を購入)

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【Photo】箕輪鮭採捕場から歩いて3分。途中に堰があるため、杉林に囲まれた中流域の流れは一見したところ緩慢な牛渡川。川岸の随所から水が湧き出している

 産卵のため牛渡川に遡上してくる1万~2万尾のサケを捕獲し、孵化・放流を行う箕輪鮭採捕場では、10月から12月の漁期に捕獲したオス鮭の風干しやトバを購入することができます。

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【Photo】箕輪鮭採捕場の目の前を流れる牛渡川下流。同じ場所を幾度も行き来し、身を横たえながら動かして川底に産卵用の凹みをつくろうとするメス。その横をオスが離れない

 新潟村上〈2007.11拙稿「鮭のまち村上」参照〉と同じく、河口からほど近い遊佐町箕輪。清らかな鳥海山の伏流水の川を遡上して禊(みそぎ)を済ませたサケは、魚体のダメージがなく沖捕りのサケと比べても味に遜色はありません。

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 採捕場の駐車場には地元庄内はもちろん、秋田ナンバーの車も。1尾1,000円で直売する捕獲したてのオス鮭と同様、売れ行きの良さを物語るかのように、この日はまだ風干しが足りないオス鮭しかなかったため、持ち帰って追熟させるべく生乾きを1尾3,000円で購入したのでした。

 池そのものがご神体として地元では篤い信仰の対象となっているのが、採捕場裏手にある「丸池様」。エメラルドグリーンに輝く湧水だけでできている池を訪れてから、久しぶりに牛渡川に沿って歩いてみました。

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 師走に入ったものの、日差しが温かく感じられたこの日。まだ秋の名残のトンボが飛んでいました。バイカモが自生する清流の上流から流されてきたのが、流れが穏やかな堰の上流部に産卵しようとして失敗したのでしょうか、羽根を動かして脱出しようともがく一匹のトンボ(下動画)

 鳥海山の水の恵みはサケだけではなく、さまざまな生態系を育む命の源になっているのです。一日一善。どれほど命を長らえるのかはわかりませんが、枯れススキの穂を差し出してトンボを救出。羽根が乾くよう日の当たる場所に置いて立ち去ったのでした。

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【Photo】箕輪鮭採捕場の裏手には、1976年(昭和51)に建立された鮭慰霊塔がある。サケ漁が終わる毎年2月、慰霊祭を執り行う石塔に鳥海山と風干されるサケが映り込んでいた

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 そして向かったのが「胴腹滝」。町内各所に鳥海の水の恵みが湧き出す地元・遊佐(ゆざ)では「どうっぱら」と呼ばれる庄内屈指の名水です。

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 人の身体を守護する子安大聖不動明王を本尊とする胴腹滝不動堂のお社を挟み、左右2筋の伏流水が岩場の中腹から滝となって湧き出しています(上画像)。湧出地点から水場まで直接引かれた水を求め、この朝も訪れる人が引きも切らず。

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 湧出地点が左右並んでいながら、飲み口が異なる胴腹滝。水場に居合わせた4人の人と言葉を交わしましたが、左右好みや用途は人ぞれぞれ。庄イタは右側の軟らかい口当たり水をいつも汲むのですが、今回は左側のキリっとしたミネラリーな印象の水も汲み、料理やコーヒーなど用途に合わせて使うことにしました。

 3,4年前に駐車場が整備されたほか、今回驚いたのが、工事現場で使われる手押しの一輪車(ネコ車)まで設置されていたこと(下画像)。これで鬱蒼とした杉林の中に延びるおよそ100mの道のりをズシリと重いポリタンクを抱えて往復する難行苦行の必要がなくなりました。

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 胴腹滝が下流で合流するのが月光川(がっこうがわ)。鳥海山を間近に仰ぐ遊佐町を流れるこの清流には、映画「おくりびと Departures」が公開された2008年(平成20)から数年の間、聖地巡礼を先取りをした格好で多くの人が訪れた場所があります。

【Movie】 ©2008「おくりびと」製作委員会
 
 アカデミー外国語映画賞を筆頭に、日本アカデミー賞の最優秀作品賞などの10部門ほか、2008年の映画賞を総なめにした感があった映画公開から8年。本木雅弘さん演じる納棺師、小林大悟が劇中で、鳥海山を背景にチェロを演奏した堤防には、現在も一脚の椅子が置いてあります。

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 庄イタ以外にも30代前半と思われ数名が、庄イタに遅れること数分後にやって来ました。庄内各地の美しい風景を四季それぞれに散りばめつつ、死を、つまりは生命の尊厳というテーマを描いたおくりびと。ひと頃のブームは去っても、人々の記憶から忘れ去られることはないのでしょう。

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 映画では川を遡上するサケを大悟が見つめるシーンが撮影された旧朝日橋。そこに立って月光川を見下ろすと、4~5年後にこの川へ戻ってくるかもしれない子孫を残すという最後の使命を果たすべく、傷ついて白化した魚体に鞭打って産卵場所を求め上流に向かわんとするサケの姿がありました(上画像)

 その上流には、すでに命脈が尽き果てた2匹のサケが、川岸に身を横たえています(下画像)。その遺骸は冬を越し、孵化した稚魚の餌となります。

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 母なる川への遡上を始める直前から一切エサを食べなくなるというサケとは違い、人は命ある限り、泣く子と空腹には勝てないのが運命(さだめ)。

 上質な脂が乗ったノドグロ炙り(⇒香り高く絶品!)・甘味とコクが堪能できるマハギの肝和え・甘エビよりも旨味が強いガサエビなど、全10貫「旬のおまかせ握り」(税込3,240円)に舌鼓を打った酒田「こい勢」に出向く前、遊佐町パレス舞鶴で開催していた「遊佐町フードフェスタ2016」会場に立ち寄って試食できたのが、高級魚「メジカ」の握り(下右画像)

 主にオホーツク海の定置網で捕獲されるシロザケのうち、およそ10,000分の1の割合でしか捕獲されず、超高値で取引されるのが鮭児です。次いで高値を呼ぶのが、1,000匹に1匹いるかどうかという希少なメジカ

 その母川となる月光川の支流である牛渡川で孵化・放流を現在実施しているのが箕輪、滝淵川の枡川、高瀬川の各漁業組合です。秋から冬場にサケ漁を行う半農半漁の組合員が、個体の識別番号をつけて放流したサケの稚魚は、日本海を北上し北海道からべーリング海域まで旅をします。

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 鼻先に目が寄っていることから目近(メジカ)の名で呼ばるこの魚。1か月~2か月後に産卵を控え、たっぷりと栄養を蓄えて生まれ故郷の川に南下を始める前に捕獲されるため、キメ細やかな身には良質な脂が乗っています。クロマグロの中トロにも似た美味は、刺身で食するのが一番。

 今回、縷々ご紹介した庄イタにとっての聖地巡礼は、流行語大賞に選出されるような移ろいやすい一過性のものではありません。

 映画「君の名は。」の主人公・立花瀧の声を演じた神木隆之介さんと同じ誕生日の庄イタも、映画冒頭で流れる瀧のモノローグと同様、これからも、ただずっと何かを、誰かを探してゆくのでしょう。

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投稿者 vam : 08:24 | カテゴリー : ・Fuori Tohoku 圏外遠征/| カテゴリー : ・Pref.Yamagata 山形/| カテゴリー : 水はすべての始まり

2016/11/28

Bianco e Nero ~ Capitolo Nero ~

【黒編】クラシックな黒漆喰の内蔵(うちぐら)

奥ゆかしくも豪奢な内蔵めぐり
@秋田県横手市増田

 秋田県横手市十文字町から岩手県奥州市に通じる小安街道(現R397)と、宮城県大崎市鬼首に抜ける手倉街道(R398)が交差し、藩制時代より人馬と物資が行き交う要衝の地であった横手市増田地区。

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【Photo】戦国時代より増田の中心部を東西に流れる用水路「下夕堰」(下画像)に架かる中町橋のたもとに位置する「山吉肥料店」。町並みを南北に貫く中七日町通りに面した主屋の建造は明治中期

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 373年前より佐竹藩公認の定期市が立つ増田には、18世紀に開山した吉乃鉱山で活況を呈した明治から昭和初期にかけて、表通りに面して建築様式の異なる切妻屋根の商家が建ち並ぶ家並みが形成されました。

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【Photo】白壁と黒梁のコントラストが美しい「日の丸醸造所」は「まんさくの花」銘柄を醸す増田で唯一現存する酒蔵。現在の主屋は明治期の建造。(国登録有形文化財)

 目抜き通りの「中七日町通り」沿いには、5間から7間(9m~12.6m)の間口に対し、裏通りまで通じる奥行きが50間から最大100間(90~180m)もの細長~い敷地を有する商家が並びます。これは通りに面した間口の大きさに応じて租税額が定められた時代の名残。

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【Photo】代々の地主であった「佐藤與五兵衛家」の主屋は、明治後期から大正期の重厚な造り。秋田本店の北都銀行の前身にあたる増田銀行発足時は監査役を務めた家柄。(蛇足ながら、前世イタリア人的感覚からすれば、無粋なコンクリートむき出しの電柱が、景観を破壊している日本の現状をつくづく勿体ないと感じる一事例)

 いくつかの主屋は、妻側に白壁と梁組みや梁首が組み合わされ、下屋庇(げやひさし)を備え、町屋建築特有の通路「通り土間(トオリ)」が家の中を貫きます。敷地を抜けた裏通りには掘割が引かれ、今も一部が残る黒塀と門構えの落ち着いた佇まいを見せていたのだといいます。

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【Photo】造り酒屋「石理酒造」を営んでいた石田家が迎賓用に吟味した秋田杉やヒノキ、台湾産のタイサンボクなどの部材を取り寄せて建てた「旧石田理吉家」主屋は昭和12年竣工。茅葺の低層住宅が主流であった当時としては珍しかった木造3階建て(横手市指定文化財)

 2013年(平成25)、国の重要伝統的建造物群保存地区の指定を受けた景観を構成する店舗兼住宅のほとんどが土蔵を有しています。4,100棟が現存する蔵とラーメンのまちとして名高い福島県喜多方と同様、商家は現役として現在も使われています。

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【Photo】山吉肥料店の主屋を東西に抜ける「通り土間(トオリ)」。表通りに面した左手には店舗兼事務所・神棚仏壇がある次の間・座敷・居室と続き、右手に水場、最奥部が内蔵。裏口を抜けた先は堀沿いの洗濯場、外蔵、来客用の別宅、裏門という配置になっている

 その最大の特徴は、商家の構造。表通りをそぞろ歩きしても存在が窺い知れない土蔵は、鞘(さや)と称される建屋の内部に造られています。土壁の蔵は水気を嫌うため、「内蔵(うちぐら)」と呼ばれており、これは豪雪地帯なるがゆえの工夫が生んだ産物でもあります。

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【Photo】明治前期に竣工した「佐藤又六家」の主屋内部と文庫蔵(国登録有形文化財)

 加えて土蔵は白黒のナマコ壁上部は漆喰の白壁が定番ですが、増田の内蔵は事情が異なります。漆喰仕上げでも難易度が高く、その技術の粋を極め、贅を尽くした黒漆喰磨き仕上げの壁や、観音開きの扉には組み木による亀甲文様などの鞘飾りを施した明治から昭和初期にかけての壮麗な蔵が数多く残ります。

100views_edo_shirokiya.jpg【Photo】歌川広重筆「名所江戸百景」第44景「日本橋通一丁目略図」

 江戸黒と呼ばれた黒漆喰の土蔵は、歌川広重が幕末期の江戸の街並みを描いた連作浮世絵「名所江戸百景」の日本橋志ろ木屋(後に東急百貨店日本橋店・現在のコレド日本橋)や、埼玉県川越市の明治末期の街並みにも見ることができます。

 なかでも増田の内蔵は、NHK大河ドラマ「真田丸」のタイトルを製作した(公社)日本左官会議の議長を務める挾土秀平氏ら専門家が、国内で最も優れた事例であると太鼓判を押しており、漆喰磨き土蔵建築の粋を極めた遺構と言って過言ではありません。

 一般公開される商家の中で、国登録有形文化財として登録されるのは9件。黒光りする黒漆喰は、1世紀以上は輝きを失わないといわれます。これは松を不完全燃焼させた際に出る煤(すす)「松煙(しょうえん)」や黒雲母の粉末を漆喰に混ぜ、ムラが出ないよう石灰を主成分とする下地の表面へ均等にコテで塗り、丹念に木綿・絹・素手の順に磨き上げた地元の職人の卓越した技巧によるもの。

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【Photo】コンクリートの登場により、昭和初期に終焉を迎えた増田の土蔵文化を築き上げた職人技の集大成となった「山吉肥料店」の内蔵正面。もともとは貴重品を収蔵し、防火目的で造られた土蔵。財力と壁の厚さを物語る五層重ねで密閉性(=防火性能)も高い扉には白縁取りがなされ、ネズミ除けの白蛇装飾も施されるなど、装飾性も極めて高い

 川連漆器の秀品を展示即売する川連漆器伝統工芸館から移動して増田へと移動、「日の丸醸造」の次に訪れた「佐藤多三郎家」の明治後期に建てられた座敷蔵の黒光りする壁を前に「これは黒漆仕上げですか?」と、ご説明頂いた奥様に質問したほど。

 現存する内蔵は48棟。この日伺った中では、明治後期~大正にかけての建造と推定される店蔵を構える「旧村田薬局」の明治初期~中期に建てられた内蔵を高齢者の居室として使っています。基本的な構造として1階が蔵座敷(初期においては板張りの1室構造、時代を追うにつれて畳敷きの座敷との組み合わせも登場)、2階が収納庫となっています。

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【Photo】佐藤多三郎家の内蔵は明治後期に建造。深みのある輝きを放つ黒漆喰壁と繊細な鞘飾りが見事で、増田に贅を尽くした蔵が建ち始めた頃の遺構としても貴重な存在。基礎部分には、銀を採掘した湯沢市院内(いんない)地域で産出する凝灰岩「院内石」が用いられている(横手市指定文化財)

 最盛期にどれほどの数の内蔵が増田にはあったのか、興味が湧いたので横手市歴史まちづくり課に問い合わせてみました。(公社)文化財協会による初調査が2003年(平成15)だったように、類い稀な文化的な価値が認識されたのはここ数年に過ぎません。長きにわたって他人の目に触れることがなかったがゆえ、増田の内蔵に関する信頼できる過去の統計が存在しないとのこと。

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【Photo】現在は観光物産センター蔵の駅として稼働している明治中期の「旧石平金物店」内蔵は、後に登場する蔵と比べれば、比較的に簡素な造りとなっている

 二階の梁の材質や太さ、本数にごだわり、家紋を掲げる妻壁側の観音開きとなる扉に施された防火上の機能が美的配慮までに昇華した「重ね」の数や白い縁取り、ネズミ除けのヘビをかたどった装飾など、基本的な蔵の構造は共通していても、それぞれの細部に個性が見て取れます。

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【Photo】太物商から医院に転じた佐藤家。明治後期の「佐藤多三郎家」内蔵二階部分。梁は栗の巨木、柱には秋田杉をともに漆をかけて使用(横手市指定文化財)

 内蔵を見て回るうち、増田の旦那衆が互いに張り合うよう意匠を凝らし、吉乃鉱山や商いがもたらす富を、豪奢な内蔵にひたすら注ぎ込んでいたことがわかります。

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【Photo】安価に施工できるコンクリート建築が増えていった昭和初期に建てられた山吉肥料店の内蔵。増田の蔵文化の集大成。職人技の極致ともいえる技巧が随所に駆使されている(上画像)。ネズミ除けの白ヘビが踊る扉や窓には白縁で強調された5段の「重ね」(下右)、白壁と漆塗りの鞘飾りとの境界を視覚的に引き締める黒漆喰の「見切り」は、とりわけ凝った造作がなされている(下左)

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 紀元前のギリシャ・ローマからビザンティン、ロマネスク、ゴシック、ルネサンス、バロック、新古典主義まで近世に至る各時代様式で建造された聖堂や建築物に囲まれて過ごした前世で目が肥えたせいか、機能性を追求したバウハウスなどのモダニズムが登場する以前の建物にも関心が高い庄イタ。

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【Photo】1689年(元禄2)創業の「日の丸醸造所」内蔵は、明治41年築。黒漆喰で覆われた外壁を、漆磨き仕上げの亀甲文様鞘飾りが引き立てる(上画像)。蔵座敷内部(下画像)は漆仕上げを施した5寸5分(16.665cm)角の青森ヒバを通し柱として一尺(30.3cm)間隔で配した白壁とのコントラストが見事(国登録有形文化財)

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mansakunohana.jpg【Photo】「日の丸醸造所」の内蔵を自由見学後、直売所で購入したのが、内蔵の佇まいがラベルに描かれた蔵元限定の純米吟醸「日の丸(蔵ラベル)」(720mℓ/1500円)

 前回詳報した「佐藤養助 総本店」の稲庭うどん、淡麗系の魚介スープが旨い「丸竹食堂」の十文字ラーメン、そして現時点では秋田県内唯一の「真のナポリピッツァ協会」認定店「COSI COSI コジコジ秋田山王店」ほどのレベルではありませんが、店名通りソコソコのナポリピッツァを食することができる「同十文字本店」など、持ち前の嗅覚を働かせ、食欲を満たすだけでは物足りません。

 紅葉や桜が武家屋敷通りに彩りを添える時季、多くの観光客で賑わう角館(かくのだて)の知名度は全国区ですが、知る人ぞ知る横手市増田の贅を尽くした内蔵は一見の価値ありです。

【Movie】通常は非公開の山吉肥料店内蔵の内部を撮影した貴重な映像を含む横手市製作による増田の紹介映像

 10月初旬に開催され、今年で11回目を迎えた「蔵の日」には、一般公開していない内蔵を含む歴史的建造物がお披露目されます。

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【Photo】横手市増田を訪れた庄イタ流腹ごしらえ〈その1〉。同市十文字町「丸竹食堂」の透き通るような魚介系スープの上品なコクと旨味に相性が良い細麺の組み合わせにはファンが多い。中華そば(上・450円)チャーシューメン(下・600円)と価格も良心的〈住:横手市十文字町本町7-1 Phone: 0182-42-1056)

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 通常は、観光協会が運営する観光案内所「蔵の駅(旧石平金物店)」や、漆蔵資料館となっている「佐藤養助商店」、主屋を修復中の「旧佐藤予與五兵衛家・佐忠商店」など7件は無料公開。

 昭和初期の薬局そのままのお宝も見逃せない「旧村田薬局」、三階建ての木造建築「旧石田理吉家」など12件は、維持管理費として一人200円~300円の有料で見学できます。

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【Photo】横手市増田を訪れた庄イタ流腹ごしらえ〈その2〉。秋田県内では数少ない賞味に値するナポリピッツアを食することができる「コジコジ十文字本店」のイタリア中部地震チャリティ期間限定メニュー「ピッツア・アマトリチャーナ」(上)、定番のポルケッタ(下)〈住:横手市十文字町西上45-3 Phone: 0182-23-5454)

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 先祖が残した内蔵を店舗や住居の一部として大切に使っている所有者の手が空いていれば、建物について説明を受けることもOK(一部要予約)。

 水神様をまつる小正月行事「かまくら」(下画像)に代表される冬の横手は純白の季節。そんな時季に訪れるシックな黒漆喰による蔵のクラシックな造作の見事さに、きっと目を白黒させることでしょう。

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 Bianco e Neroというタイトルのオチがついたところで、お後がよろしいようで。

*****************************************************************

◆内蔵の公開予定は増田町観光協会サイトでチェック 
 http://masudakanko.com/

◆最新の公開状況に関する問い合わせは下記案内所まで
 増田の町並み案内所「ほたる」Phone:0182-23-6331
 ・増田観光物産センター「蔵の駅」Phone:0182-45-5311 

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投稿者 vam : 01:35 | カテゴリー : ・Pref.Akita 秋田

2016/11/19

Bianco e Nero ~ Capitolo Bianco ~

【白編】たおやかなり、稲庭うどん

湯沢市稲庭はグラニャーノだった
@秋田県湯沢市稲庭町

 白黒を意味するお題のゆえんは、前・後編を読み進むうちに白黒がはっきりするでしょう。

 国内外を問わず、いわゆる〝三大●●〟は、あまた存在しています。

 世界三大料理は中華・フランス・トルコ。珍味ならば、世界ではキャビア・フォアグラ・トリュフ。日本にあっては、塩ウニ・このわた・からすみ。

 食べ物以外に目を転じ、真っ先に頭に浮かんだのが三大美女(笑)。三人揃ってお目にかかりたいものの、全て物故者であることが残念なクレオパトラ・楊貴妃・小野小町。

matsushima-tamonzan.jpg【Photo】日本三景松島を代表する景観が見られる「松島四大観」の一つ、宮城県七ヶ浜町「多聞山」。眼下に鹽竈神社のご神馬が余生を過ごした馬放島(まはなしじま)と、灯台がある地蔵島が横たわる松島湾南部の美景。彼方には大高森と金華山を望む

 絶景においては、松島・天橋立・宮島の日本三景。滝は、華厳・那智の両名瀑に伍せんと名乗りを上げる茨城・袋田 vs 仙台・秋保大滝。

 ガッカリ系の観光地なら、マーライオン・人魚姫像・小便小僧。日本では、札幌時計台・高知はりまや橋・長崎オランダ坂。そして女性の容姿に関するネガティブな評価として噂が流布する仙台・水戸・名古屋など、不名誉な三大●●も存在します。

 こうした三大●●には、言った者勝ちの側目も少なからずあるかと。

inaniwa-udon2.jpg【Photo】雪国秋田の風土が生んだ稲庭うどん

 前回取り上げたラーメンでは、札幌・喜多方・博多。長崎五島・名古屋きしめん・富山氷見・群馬水沢などが〝我こそは〟と手を挙げるであろう「日本三大うどん」。

うどん県〟こと香川「讃岐うどん」が西の横綱とすれば、東の横綱は秋田「稲庭うどん」であることに異論を挟む余地はないかと思います。

 二者択一で、うどんか蕎麦かと問われれば、蕎麦が優勢な東日本・東北地方にあって、例外的にひときわ輝く存在感を放つのが稲庭うどんです。

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 稲庭うどんが生産される秋田県南の内陸部に位置する湯沢・雄勝地域の生まれだとされる小野小町や、秋田市出身のタレント佐々木希のような、たおやかな秋田美人の透き通る肌のようにキメ細やかで色白、絹のごとく滑らかな喉越し、スリムな細麺ながら強靭なコシ。

yosuke-sato-factory.jpg【Photo】佐藤養助 総本店では、製麺の工程をガラス越しに見学可能。塩水を加え、空気を加えるよう練り、ビニールで覆って踏みつけ、延べ棒で一定の厚さに伸ばした生地を包丁で裁断(右)、角をとるように手で丸める「小巻」(左)

nai_yosuke.jpg tsubushi_yosuke.jpg【Photo】佐藤養助 総本店における製造工程より。小巻した生地を2本の棒によりをかけながら均等な太さにあや掛けする「綯(ぬ)い」(左)、あや掛けした生地を平らにする「つぶし」(右)

 栗駒山系の清冽な伏流水・塩・小麦粉だけを原材料とする生地作りから製麺・乾燥まで、丸3日を要する手作業による練り・小巻・綯(ぬ)い・つぶし・延ばし・乾燥・選別と工程を重ねる中で、麺の内部に多数生じる筒状の気泡が、生めんにはない持続性を持つ無類のコシの強さを生むのだといいます。

sato-yosuke-factory2.jpg【Photo】茹で上りが均一になるよう、目と手で一本づつ選別を行う。最終工程を担当するのはすべて女性。およそ人間技とは思えぬ速さと正確さが要求される

  何かにつけイタリアナイズされた庄イタゆえ、外食を含む麺類消費のダントツ首位はパスタです。2番手の蕎麦に続き、うどんはラーメンと周回遅れで3番手争いをする位置づけでしょうか。

 それでも軽めに食事を済ませたい時などに重宝するのが、稲庭うどんです。食欲の秋を迎えたとある休日。県境を越え、秋田県南の内陸部湯沢市稲庭町の「佐藤養助 総本店(下画像)を訪れました。

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 乾麺ゆえ、茹で時間さえ誤らなければ、稲庭うどん本来の美味しさは家庭でも味わうことは可能です。ですが、熟練の職人の手作業による製造の様子をつぶさに見学することができる佐藤養助 総本店で食する稲庭うどんは、一味違うのです。

 長崎・島原や奈良・三輪といった手延べ素麺が、量産のため機械化された一方、1665年(寛文5)まで遡る創始以来の伝統製法を今に伝える稲庭うどん。

ppastificio-yosuke_sato.jpg【Photo】稲庭干饂飩の宗家・佐藤吉右衛門の四男、二代目佐藤養助が創業した1860年(寛文5)から数えて150年目の2008年(平成18)に竣工した佐藤養助総本店の見学コーナーに展示される創業者が小巻された生地を綯う様子を再現した人形

 稲庭うどん作りの現場に触れ、思い起こしたのが、乾燥パスタの聖地グラニャーノ〈2010.7拙稿「珠玉のパスタ、Gragnano グラニャーノ」参照〉。栗駒山系の清冽な水とラッターリ山系の良質な硬度の低い伏流水を用い、寒暖差の大きい内陸に位置する両者には、うどんとパスタの違いはあれど、一味違う麺の産地としての共通項を見いだせます。

 うどん発祥の地とされる福岡「天神店」ほか、東京「銀座 佐藤養助」ほか「日比谷店」、「赤坂店」などの直営店があります。

yosuke-sato2016.9.jpg【Photo】佐藤養助直営店共通メニュー「天せいろ醤油」(1,500円)は、稲庭うどん本来のコシの強さを堪能できる。胡麻味噌だれ(1,560円)も選択できる。薩摩地鶏・名古屋コーチンと並ぶ日本三大地鶏、比内地鶏を温かいつけだれで頂ける「あったか比内地鶏つけうどん」(1,450円・冬季限定)もお薦め

 産地の湯沢は、雪国秋田でもとりわけ雪深い特別豪雪地帯に指定される地。冬の足音が迫りくるこれからの季節「雪道はちょっと...」と二の足を踏む方でも、こうした直営店で稲庭うどんの魅力を体感することが可能です。

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 現場を訪れることで見えてくるディテールから本質を見極めんとする庄イタと同様、稲庭うどんの里・湯沢市稲庭町を訪れるなら、その普段使いの器ともなる同市川連町の伝統工芸品「川連(かわつら)漆器」を展示する「川連漆器伝統工芸館」に立ち寄った後、ぜひ足を延ばしたいのが、横手盆地の南東部にあたる隣町の横手市増田地区。

 次回Bianco e Nero ~ Capitolo Nero ~編「【黒編】クラシックな黒漆喰の内蔵(うちぐら)~奥ゆかしくも豪奢な内蔵めぐり~」を乞うご期待

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佐藤養助 総本店
 ・住:秋田県湯沢市稲庭町稲庭80
 ・Phone:0183-43-2911
 ・営:見学 9:00 ~ 16:00 販売 9:00 ~ 17:00 食事 11:00 ~ 17:00
    無休(年末年始休み)
 ・URL:https://www.sato-yoske.co.jp/shop/head-shop.html

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投稿者 vam : 00:49 | カテゴリー : ・Pref.Akita 秋田/| カテゴリー : 食をめぐる出会い

2016/10/16

カレー + 味噌 + 牛乳 +バター

青森発。華麗なる四位一体ラーメン

 イタリアンへの偏食傾向が著しい食生活をベースとする当Viaggio al Mondo ~あるもん探しの旅 ~。初めてメインテーマとして、日本の国民食として確固とした地位を確立しているラーメンを取り上げます。

 皆さまにとっては、取るに足らぬ些細な事ですが、庄イタにとって、これはちょっとした事件です(笑)。

 これまでラーメンが脇役としてでもViaggio al Mondoに登場したのは、わずか2回だけであることに今更ながら気が付きました。

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【Photo】青森市内で味噌カレー牛乳ラーメンを提供する5つのラーメン店が加盟する協同組合「青森味噌カレー牛乳ラーメン普及会」が監修し、青森県平川市の「高砂食品」が製造する半生めんタイプの「味噌カレー牛乳らぁめん」(2食入り・税込864円)

 一度目は、浜辺で鳥海山の水循環を目撃できる釜磯海水浴場をご紹介した際、追記で取り上げた「サンセット十六羅漢」。アオサノリがトッピングされる「夕日ラーメン」は、トビウオ出汁の魚介系スープ+酒田ラーメンの流れをくむ自家製細ちぢれ麺。日本海に沈む夕陽の光景までがご馳走となります。〈2007.8 拙稿「海に湧く山の水~大自然の水循環を目撃する海辺@遊佐町釜磯」参照〉

 二度目が、ネパール料理とカレーの店「Yetiイエティ」@気仙沼を取り上げた折のこと。〝どーせドライブインでしょ?〟などと侮るなかれ、濃厚系とは一線を画す野菜の旨味たっぷりな味噌スープと細目のちぢれ麺とが、絶妙な組み合わせとなる「南三陸ドライブイン ひかど食堂」の名品「味噌ラーメン」。〈2012.9拙稿「Yeti イエティ @気仙沼」参照〉

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【Photo】創始者の義弟・小田島敏也氏が味を受け継ぐ「札幌館」を訪れ、食事がてら購入した箱入り「味噌カレー牛乳らぁめん」。レンゲ一杯分の温めた牛乳とバター10gをトッピング。イタリア本国と同様にショートパスタとブロードの組み合わせによるPasta in zuppa(スープパスタ)が食卓にしばしば上るTaverna Carloにて本場の味の再現を試みる之図

 リゾット感覚で頂けるコメ状のパスタ「Seme di cicoria セメチコリア」や星状の「Stelline ステリーネ」などのショートパスタ+ブロードの組み合わせによるスープパスタならば、食す機会が少なくはない庄イタ。ブログ開設以来、9年を経た今回、初めて主役として登場するラーメンが、この夏に青森で出合った「味噌カレー牛乳ラーメン」です。

 青森市は中華麺の年間購入額が全国の県庁所在地の中では第2位(総務省2007年統計)。インスタント麺の購入数量が9年連続全国一(総務省2015年統計)という土地柄。

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【Photo】青森味噌カレー牛乳らーめん普及会の監修により、青森県内で限定販売されるカップ麺、東洋水産「青森味噌カレーミルクラーメン」(税別240円)

 仕事やプライベートで青森各地に足を運ぶ機会はこれまで幾度もあり、未食の津軽煮干しラーメンのほか、味噌カレー牛乳ラーメンの存在自体は知っていました。

 本州最北までの遠征を厭(いと)わせない魅力的なイタリア料理店が、南部・津軽両地域に揃う青森。ゆえに例えば三沢では必ずナポリピッツアを食するのが常となります。<2013.8拙稿「庄内系イタリア人的青森・前編」参照>

 そんな嗜好の結果、(青森に限らず)庄イタがラーメンを口にする機会は、おのずと限られるのです。今年7月中旬に開催されたあおもりマルシェで、アムさんメロンの秀品をゲットすべく、マルシェ前日に青森市入りしました。

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【Photo】東洋水産「青森味噌カレーミルクラーメン」。粉ミルクを使用し、バター風味のキューブをトッピング。専門店の味に迫ろうとしている

 直前まで週末のスケジュール調整がつかなかったため、今回も予約ができずご無沙汰している弘前市の某イタリアンではなく、東日本大震災の前日に出張した青森市長島で出逢って以来、贔屓にしている「Al Centro アル・チェントロ」〈2012.5拙稿「1年ぶりの青森美味巡礼-花の命は短くて...。2012春」参照〉を夜に予約済みだったその日。

 毛色の違った昼食にしようと訪れたのが「札幌館(下画像)。こちらは一見アクロバティックな組み合わせによる味噌カレー牛乳ラーメンを考案した故・佐藤清氏の義弟が営む店です。

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 1975年(昭和50)当時、青森市の中高生の間では、ゲーム感覚でマヨネーズやコーラなど、さまざまな食材を組み合わせてラーメンを食するトッピングミックスなる現象が流行したのだといいます。

 そんな好奇心旺盛な中高生の求めに応じ、札幌・ススキノのラーメン横丁で研鑽を積んだ佐藤氏が1968年(昭和43)に独立して開いた「味の札幌」の裏メニューとして考案したのが、味噌カレー牛乳ラーメンでした。

 意外な組み合わせの美味しさは口コミで広がります。インパクト十分な組み合わせが奏功、現在では青森市のB級グルメとして名声を得るに至りました。

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〝味噌ベーススープ+カレー+牛乳+バター+中華麺〟という前衛的な組み合わせがもたらす味は、どうにも頭では想像がつきません。百聞は一食に如かず。まずは体感しないことには謎の実態は解明されないのでした。

 意外とハマった「生姜味噌風味おでん」同様、冬が厳しい青森の風土が育んだ珍味(?)の誘惑には勝てません。
 
 こうして訪れた札幌館で、期待と不安が入り混じる庄イタの前に湯気を立てて登場した味噌カレー牛乳ラーメン(上・下画像・700円)。

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 カレー粉が香る合わせ味噌ベースのスープには、相性が良いケースが多い発酵食品同士の組み合わせとなるバターの風味が加わります。バターがコクをもたらし、その原料となる牛乳が調和とまろやかさを生み出します。

 意表を突いた組み合わせの妙を確認し、探求心のスイッチが入った庄イタ。次なる青森訪問の機会となった今年の青森ねぶた祭りの折、味の札幌創業時から佐藤清氏の片腕として味を支えた大西文雄氏の店「味の札幌 大西」を訪れました。

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 青森駅のほか、のっけ丼で知られる古川市場、地階が魅力的なアウガなどからほど近い好立地にある味の札幌 大西。開店して間もないにもかかわらず、すぐ満席になった店内には若い女性観光客の姿もちらほら。

 注文したのが、一番人気だという「味噌カレー牛乳ラーメン(バター入り / 830円)」(下画像)。本家筋としての札幌館、暖簾分けを許された味の札幌 大西の食べ比べが、こうして実現しました。

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 トッピングされる具にワカメの有る無しが最大の違いですが、まろやかでスパイシーな味噌味のスープと相性が良い太目でのど越しの良い縮れ麺は、両店とも相通じるものがあります。

 実食した感想としては、意表を突いたこの組み合わせ。大いに゛アリ〟です。訪れた両店の繁盛ぶりが、話題性を越えた独自の味が秘めた普遍性を物語ります。

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 お好みの付け合わせには、札幌館がおろしニンニク、 味の札幌 大西には梅干しが用意されます。 〝そこにしかない味〟という点では、折り紙付きの個性的な味噌カレー牛乳ラーメン。

 底冷えするこれからの季節、まだ訪れていない普及会の会員店「味の札幌分店 浅利」「札幌ラーメン蔵」「かわら」のいずれかで味わってみたいものです。

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札幌館
 住:青森市石江字岡部56-3
 Phone:017-782-1765
 営:11:00~21:20 不定休

味の札幌 大西
 住:青森市古川一丁目15-6
 Phone:017-723-1036
 営:11:00~21:30 年末年始休

 
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投稿者 vam : 23:54 | カテゴリー : ごちそうさまでした/| カテゴリー : ・Pref.Aomori 青森

2016/09/29

鳴子「むすびや」復活へむけて

鳴子の米プロジェクトの新たな挑戦


 コメ余りによる生産者米価の低迷、そして住民の高齢化と人口減少に直面した我が国の中山間地域では、耕作放棄地が広がり続けています。

 その典型的な縮図ともいえる一つが、秋田・山形との県境に位置し、宮城県内で唯一の特別豪雪地帯に指定されている宮城県北部の大崎市鳴子温泉地域

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【Photo】9月末の週末。実りの季節を迎え、黄金色に染まる宮城県大崎市鳴子温泉鬼首 上川原地区

 なかでも山間部の鬼首(おにこうべ)地区は、長雨と冷夏を引き起こすオホーツク海高気圧が優勢な夏に吹く東風「やませ」の影響を受けやすく、かつては年によって皆無作となる稲作農家も少なからずありました。「鬼首のコメはまずくて牛も食べない」と揶揄され悔しい思いをしたそうです。

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【Photo】鳴子温泉郷の入口にある上川原地区から、28年に及ぶ難工事の末、昨年11月に開通したR108花渕山バイパスを経由して秋田県境へ向かって20kmあまり。栗駒山系の峰々が迫る山あいを流れる荒雄川。日の目を見ることがなかった東北181号の試験栽培が2006年に行われたのは、ここ鬼首中川原地区と山あいへと更に分け入った寒湯(ぬるゆ)地区・岩入(がにゅう)地区だった

 温泉街の近くを流れる江合川(荒雄川)の源流域となる鬼首地区と中山平地区のコメ作りに一つの希望の光を灯したのが、2001年(平成13)に「ササニシキ」や「ひとめぼれ」を育種した宮城県古川農業試験場で寒冷地向けに開発された品種「東北181号」でした。

 2005年(平成17)の秋、生命と生存のための食糧の作り手と農地保全の大切さを訴え続けてきた民俗研究家・結城登美雄氏の提唱により、生産者・旅館経営者・直売所グループのお母さん・木工品の職人・行政ら30名で構成される「鳴子の米プロジェクト会議」が発足します。 

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【Photo】鳴子温泉郷の最深部にあたる鬼首(おにこうべ)。トンボが舞う田んぼで収穫を待つばかりとなった鳴子の米プロジェクトの象徴であるコメ「ゆきむすび」。9月に収穫される早生種で、今年も収穫が始まった9月24日(土)、通りかかった鬼首では、頭(こうべ)を垂れた稲穂が秋風に吹かれていた

 プロジェクトが掲げた目標は、生産者だけでなく地域を挙げて地元のコメ作りを支えること、生産者が持続可能な価格設定をすること、食べる人と作る人との信頼関係を構築すること。

 その理念と実践を知って以降、ずっとずっと庄イタが応援している取り組みです。

〈2008.10 拙稿「鳴子の米プロジェクト」稲刈り交流会【前編】【後編】 
 2014.6 拙稿「ゆきむすび 田植え交流会2014」【前編】【後編】参照〉

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【Photo】雪深い山里で命の糧を作る人の思いが一粒ごとに込められている「ゆきむすび」。事前に予約し、毎年手元に届くのを心待ちにしている新米のパッケージに記されたメッセージ。豊という漢字の旧字体〝豐〟は、穀物を足付きの器「高坏(たかつき)」に盛った様子が語源。旧字体には、山の中で育つ稲穂が見て取れる

 国の減反政策により、作付けが行われることがなかった東北181号の奨励品種登録を目指す実証実験として、2006年(平成18)5月中旬、残雪に包まれた栗駒山系の冷たい雪解け水が流れ込む鬼首の稲作農家3戸が、10アールずつ合計三反歩の水田で試験栽培の田植えを行いました。

 東北181号は、コメどころ宮城の代表的な奨励品種「ササニシキ」や「ひとめぼれ」が生育できない山間地特有の日照量が限られる冷涼な気象条件に見事適合。豊かな実りを得たのです。

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【Photo】杭掛けの準備を整え、収穫を待つゆきむすびと、すでに刈り取りを終え、杭掛けされたゆきむすび。ここは荒雄岳を迂回するように鬼首の最深部に分け入った上ノ台地区。廃屋が散見されるこの一帯で大地を耕す人がいなくなった時、こうした瑞穂の国の原風景は、たちまちにして失われてしまう

 地域の相互扶助「結(ゆい)」の復活、そして農村と都市とを結ぶ懸け橋となることを願い、2007年12月に「ゆきむすび」と名付けられた東北181号は、県の奨励品種として翌年2月登録されます。

 今年度産米の稲作農家が農協から受け取る仮渡し金は、宮城ひとめぼれで1俵60kgあたり1万1千円程度が見込まれています。農家の採算ラインを大きく下回る1万円を割る事態に至った米価の暴落にひとまず歯止めがかかった格好ではあります。

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【Photo】30万~20万年前の火山活動で形成された鬼首カルデラの平野部分、上山崎地区の大場隆英さんの圃場。手間がかかる杭掛け・日差しを浴びた天日乾燥による「ゆきむすび」は500俵限定。11月末にで予約者の手元に届く

 余剰小麦の輸出拡大を図る米国の意向で推し進められた戦後の復興期に始まったパン給食が功を奏し、コメ中心だった日本人の食生活は様変わりしました。北米や豪州など9割を輸入に依存する小麦とは違って、コメは自給可能な日本人の伝統的な主食です。

 瑞穂の国ニッポンの国土保全にも役立つコメ作りを続けていくうえで、1年間の労働や必要経費を差し引いた対価として、果たしてこれは妥当な額なのでしょうか?

 日本の農業が国際市場で競争に打ち勝つというお題目のもと、農地の大規模集約化を目指そうと、平成19年度産米からは、4haに満たない耕作地の稲作農家への国の財政支援が打ち切られました(中山間地域には基準の8割程度の緩和措置あり)

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【Photo】鬼首・山崎前地区でゆきむすびを育てている大場市雄さんの圃場。繁殖牛1頭を飼い、その発酵堆肥をコメ作りに活用。杭がけのため稲を束ねていた奥様は「鬼首は雪深いけれど、春が来れば自然に解けるから苦にならない」とカラカラと笑った

 国の方針転換により、担い手として国の支援対象となったのは、鳴子地域の稲作農家620戸のうち、わずか5戸に過ぎません。

 グローバル化・空洞化が進む工業生産品と同じ市場原理を導入した霞が関の発想と地域の実情とのズレは明白でした。「このままでは地域の疲弊は進む一方。」そんな危機感からスタートした鳴子の米プロジェクト発足3年目の2008年(平成20)、推進母体である鳴子の米プロジェクト会議は、恒常的な組織としてNPO法人化されます。

 鳴子の米プロジェクトでは、農家の手取り額として玄米1俵あたり1万8千円を保証。購入者が支払う60kgあたり2万4千円との差額6千円は、若者を中心に地域を支える後継者を育成するためと事務局運営の必要経費に充てています。

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【Photo】(株)こばやし(本社:仙台市宮城野区)が2008年(平成20)に発売した駅弁「宮城ろまん街道」(税込850円)。2つのおむすびに使用されるお米は「ゆきむすび」。包装紙には鳴子の米プロジェクトに当時参加していた鬼首と中山平地区の作り手24名の顔が揃う

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 ゆきむすびは、低アミロース米特有のモチモチした粘りが強い食感と、特Aの常連である宮城産ひとめぼれに勝るとも劣らない食味の良さを兼ね備えます。炊き立てはもちろん、冷めても美味しいため、お弁当やおにぎりにも向く用途の広いお米です。

「初めて人に美味しいと言ってもらえるコメができました。」東北181号の試験栽培への協力を2006年2月に決断した曽根清さん(上画像左から11番目・故人)の言葉は、今も耳に残っています。〈2010.12拙稿「酷暑を乗り越えた『初ゆき』の味」参照〉

 食べる人の安全を考え、除草剤や化学肥料の使用を県の慣行栽培比5割以下までに抑えたゆきむすびの対価は、ごはん茶碗1膳あたり約24円。米国資本の某ファストフードのハンバーガーは100円。子どもたちに伝えたい味は果たしてどちらでしょうか?

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【Photo】冷めても美味しく用途の広い「ゆきむすび」。全ての商品にゆきむすびを使用するおにぎり専門店「おむすび権米衛アパホテル神田神保町駅東店(下)のように、おむすびやお弁当が美味しいのは言わずもがな。加工品で庄イタが最も愛好するのが、濃醇な甘酸っぱさが堪能できる「ゆきむすび 鬼のどぶろく」(上・300mℓ 税込750円)

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 9月24日(土)、秋田・湯沢に向かう道すがら立ち寄った鬼首では、好天のもと早生種であるゆきむすびの稲刈りに汗を流す農家の姿が見られました。

 プロジェクト発足3年目からゆきむすびを栽培しているという山崎前地区の大場市雄さんによれば、寒冷地での栽培に適したゆきむすびゆえ、初夏に高温傾向が続いた今年は分けつ数が少ない上、スズメによる食害も少なからず発生。収量的には少ないとのこと。

 ゆきむすびの購入者も参加して例年行われる5月末の田植え交流会や9月末の稲刈り交流会で振る舞われる食事でお世話になる「やまが旬の市」のお母さんたちも、ゆきむすびの栽培農家にとって、除草や病害虫との闘いに加え、今年は暑さで苦労したと口を揃えます。

 今年も予約済みの28年度産米。12月初旬、鳴子に受け取りに行くことになっています。手を合わせて頂くことにしましょう。

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【Photo】親・子・孫。先祖伝来の田んぼに家族三世代が集い、ゆきむすびの収穫・杭掛け作業に精を出す。鬼首・上山崎地区にて
 
 NPO法人鳴子の米プロジェクトが、大切な命の糧を作る人と食べる人との縁を結ぶ場所として、大崎市鳴子温泉要害地区のR47に面した農協の施設を借り受け、おむすびを提供する「むすびや」を土日限定営業でオープンしたのが2009年12月。

 麹南蛮味噌焼き、青菜漬巻き、クルミ炊き込み、きな粉、古代米炊き込みなど、地元のお母さんが握った鬼首産ゆきむすび100%のおにぎりは常時10種(120~140円)。岩手・野田村の塩、宮城・七ヶ浜「星のり店」の海苔といった選りすぐりの海産物ともコラボ。

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 具だくさんの味噌汁・煮物の小鉢・漬物と、宝石のような前出のおむすびから2つが選べる農作業の合間に田んぼで食する「小昼(こびる)」をイメージした「小昼らんち」(600円)も人気を博しました。

 こうして過去形で語るのには理由があります。鳴子温泉を訪れる観光客や地元の人々で賑わったむすびやは、2011年(平成23)の東日本大震災で設備が損傷。2013年末の賃借契約満了をもって建物が取り壊されたのです。

 再開を待ちわびる声に背中を押されたNPO法人鳴子の米プロジェクトでは、比較的少額な個人からの寄付金を募るクラウドファンディングの手法を取り入れて待望久しい「むすびや」営業再開に向けて始動しました。

logo_musubiya@narugo.jpg 9月15日、READYFORに支援窓口が開設された「鳴子の米プロジェクト、伝説のおにぎり屋『むすびや』を復活!」。

 来年4月の復活を目指し、資金の一部250万円をインターネットを介して2か月間で調達しようという試みです。

 おむすび10個引換券(学生限定)ないしはサンクスレターが届く一口3千円ほか、鳴子の温泉宿利用券と交流会無料参加資格が得られる一口1万円から5万円まで、多彩な特典つきの支援コースが用意されます。

 11月14日(月)23時までに目標額に達しない場合、善意が活かされることはありません。現時点で目標額の40%強の資金協力を得ています。

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【Photo】北東イタリア・チロル地方に相通じる景観を生む神室連山を背景に一面の穂波で黄金色に染まった鬼首。そこに人の温もりを感じるのは、営々と築かれてきた耕土の営みがあってこそ

 2007年3月4日、東北181号が初めて世に出た「鳴子の米発表会」で配布されたパンフレットに記された鳴子の米プロジェクトの提唱者である結城登美雄氏の言葉の一節を最後にご紹介しておきましょう。

 ----この世には、あきらめてはいけないことがあり、失ってはならないことがあります。私たちの「生命と生存のための食料」(ソクラテスの言葉)と、それを育ててくれる人びとと大切な農地の存在です。

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鳴子の米プロジェクト 

◆28年度産ゆきむすびのご予約はFAX(0229-29-9437)で。
 申込書はこちら 201604yukimusubiyoyaku

◆「むすびや」復活のご支援はREADYFORサイトで。
 申込みはこちら https://readyfor.jp/projects/musubiya

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投稿者 vam : 07:30 | カテゴリー : 「足もと」のこと/| カテゴリー : ・Pref.Miyagi 宮城/| カテゴリー : 再生へ 心ひとつに


「庄内系イタリア人」こと
木村 浩人

外見と所持するパスポートの国籍は日本人。なれど脳細胞はイタリア人。≫詳細

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