あるもの探しの旅

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余は如何にして「庄内んめもの教徒」になりしか

2003年、アル・ケッチァーノとの出会い

 al.chè-ccianoという名のその店。鼻腔をくすぐる心地よい食材の香りが漂うエントランスを抜けて店内に足を踏み入れたのがちょうど正午過ぎ。女性客で混み合うなかを席に通され、手渡されたランチのグランドメニューをざっと眺めました。ふむふむ・・・飾らない店の外見にそぐわず、なかなかメニューは本格的。「おおっ、これはめっけもんだわい!」と、思いつつ壁に掛かる黒板に何気なく視線を向けました。

 「な・なんだ?この世界は」。

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【Photo】今ではすっかり有名になったアル・ケッチァーノの黒板。この日の調達品数は、まだ少ないほう。毎朝書き直されるこの黒板メニューの他に、定番のグランドメニューも存在するのだから

 庄内産の未知の食材がいくつも列記された三枚の黒板は圧倒的な迫力で目に飛び込んできました。チョークの手描き文字で書かれた山海の幸の数々。豊富な地場産メニューに気おされながら、その日オーダーしたのは、存在感溢れる黒板にずらりと並ぶ当時の自分には全く馴染みのないputtanesca.jpg地場・庄内産の素材を使ったパスタメニューからではなく、グランドメニューにあったオーセンティックなパスタ料理「プッタネスカ」でした。前菜として登場した白身魚のカルパッチョと、藤島町井上農場産フレッシュトマトを使ったプッタネスカのみずみずしい味付けが、とても魅力的だったのをありありと記憶しています。ドルチェメニューにナポリの伝統菓子「Baba(バッバ)」があるのを認め、追加でオーダー。化粧役となるラム酒の香りでごまかさず、良質な卵を使っているのであろう、しっとりとしたスポンジ生地の濃厚な味わいが口腔を幸せな気持ちで満たしてくれます。初の庄内遠征で立ち寄ったその店は、それまでの経験則で培った「食指が動く店、食べに行きたい店」の判断基準では推し量れない、明らかに異質な強い印象を残しました。

【Photo】2003年、私が庄内系に変身するきっかけとなった一皿、アル・ケッチァーノの「スパゲッティ・アッラ・プッタネスカ」。半端ではない素材の素晴らしさとそれを引き出す確かな技。こうしたオーセンティックなパスタ料理を食べると、この店の凄さが確認できるはず

 そのため、「面白いイタリアンを庄内で見つけたよ」と、家族を伴ってその週末のランチタイムにさっそく再訪したほどです。満ち足りた美味しい食事の後、エスプレッソを運んできたフロアマネージャーの青柳店長に、仙台はもちろんのこと、東京でもなかなか出逢えない味だというニュアンスで料理の感想をお伝えすると、店長は「ウチは夜にお越しいただかないと・・・」と耳打ちされました。ならば仰せの通りにと、初めての庄内一泊出張にかこつけて、当時仕事でお世話になっていたSさんを誘って、妙に気になる店「アル・ケッチァーノ」を夜に訪れたのは、それから間もなくのことでした。

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【Photo】羽黒町(現鶴岡市羽黒町)花沢ファーム・丸山光平さんが飼育する仔羊のカルパッチョ。穀類・稲藁など飼料に工夫を加え、特有のクセがない肉質に仕上がる

 「だだちゃ豆が大好きな仔羊のカルパッチョ」、「月山筍とパルマハムのフリット・タイムの樹氷塩添え」で始まったその晩のアラカルト。一皿ごとに素材の確かさと、みなぎるイマジネーションに私は魅了されていきました。
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【Photo】月山筍とパルマハムのフリット。柔らかなネマガリタケの食感と香りが、サクサクと香ばしい衣をまとったパルマハムの塩味と口の中で渾然一体になる一品。春先に食べたくなる定番メニュー

 メインディッシュ「米沢牛のタリアータ朝日村の山ブドウ・ヴィンコットソース」は、コックコート姿の三十代前半と思われる男性が席に運んできました。いわく、「皿の半分は飲んで頂いているバローロに合うよう味付けを変えました」。料理とワインの相性にこだわる食いしん坊の琴線に触れる心憎い演出です。少し鼻にかかった彼のほんわかとした口調は、少年のように屈託がありません。さっと踵を返して厨房に戻る後ろ姿を目で追いながら、同席のSさんに「今の人、シェフだと思います?」と尋ねました。それまでに出てきた料理から察するに、素材や調理法にこれほどのこだわりを持つ料理人は、さぞ気難しい人だろうと思ったからです。Sさんも察しかねたようで、首をかしげながら「どうかなぁ・・・」。

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【Photo】米沢牛のタリアータ朝日村の山ブドウ・ヴィンコットソース

 絶妙な火加減の香ばしいタリアータが、ヴィンコットソースと渾然一体となって米沢牛の肉汁とグワングワン共鳴し合い、私を悶絶させた挙句に忘我の境地へと誘(いざな)ってくれました。心身ともに満ち足りた食事の締めにエスプレッソを飲んでいると、再び私たちの席に挨拶に現れた彼の胸には" Chef "の縫い込みが。「奥田と申します」と名刺を差し出す彼に、なぜ米沢牛のタリアータの味付けを即席で変えたのか尋ねました。すると、私のオーダーを厨房で受けて、その組み立てから察するに、かなり食べ慣れた人だと思ったから、と理由を明かしてくれました。

 それから初対面の私たちに向かって、店で使っている多彩極まりない庄内の食材の素晴らしさを地勢的・歴史的要因を織り交ぜ、例のソフトな口調で、それでいて熱く語るのでした。興味深い話を聞きながら、私は金鉱脈を掘り当てた西部開拓者のような心境になってゆきました。

 幾度もたどった村山そば街道の先、古道「六十里越街道」を抜けた月山の先には、内陸とは全く異質でとてつもなく表情豊かな食の平原が広がっている! 

 私は初の庄内遠征で、願ってもない食の道先案内人と出会ったのです。余談ですが、この夜奥田シェフは、店の入口に湧く「イイデヴァの泉」の水の味をハンドパワーで変えてみせる奇蹟まで私たちの目の前で披露してくれました。水を口に含んで目を丸くする私たちを前にして、「ヘヘヘ・・・」と細い目をさらに細めてほくそ笑むエスパーなスーパーシェフ。こうして聖水イイデヴァの水による洗礼を受けたイタリアかぶれの「イタリア系ジャッポネーゼ」は、「庄内系イタリア人」へと生まれかわったのです。傍目には、この夜のありさまはキリストが初めて奇蹟を行ったという、ガリラヤのカナの婚礼さながらだったことでしょう。

 もっともこの「庄内んめもの教」の教祖は、キリストのように水を私が大好きなワインには変えてくれませんでしたが・・・。


庄内系転生伝説 第二章 
 【河北ALPHA取材の舞台裏 】に続く


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