あるもの探しの旅

« チンクエ・テッレは地の果てだった | メイン | 庄内系転生伝説 第二章  »

命の水・牛渡川

 地球上に生命が誕生したのは、およそ35~38億年前のこと。その奇跡の舞台となったのは原始の海でした。以来、生命は栄枯盛衰を繰り返しながら地球という恵まれた環境のもとで進化を遂げました。それでも、進化の頂点に位置する人間ですら、水がなくては生きてはゆけません。

 この世に生を受けたばかりの新生児は、体の組成の80%が水分です。成人ではその割合が60~70%となり、加齢と共に50%を割って、やがて人間は土に帰ります。水は生命の源であり、象徴なのです。そんな水と生命のつながりを示す象徴的な光景と出合える場所をご紹介しましょう。

  choukai.jpg【photo】出羽富士の異名をもつ秀峰・鳥海山は、暮らしを支える豊かな水をもたらしている

 秋田県境に近い庄内平野の最北端、山形県飽海郡遊佐町を流れる月光川(がっこうがわ)の支流のひとつが牛渡川(うしわたりがわ)です。全長4キロあまりの小さな川の眼前には万年雪を頂く鳥海山が聳えます。山頂付近の降水量が、年間20,000㎜と熱帯雨林帯に匹敵する鳥海山。北西から吹きすさぶ猛烈な冬の季節風によって南東側山頂付近の積雪量は、多い時で50mにも及びます。そうした大量の雨や雪がブナなどの広葉樹林帯の腐葉土を通して地中に滲み込んで、滋味豊かな伏流水となり、やがて地上に湧き出してくる湧水箇所が鳥海山周辺には数多くあります。

       fiumeushiwatari.jpg

【photo】山頂付近に雲がかかる鳥海山とその伏流水からなる牛渡川
 

 牛渡川の特異性は、水源が鳥海山の清冽な湧水であること、そして流域の川岸いたるところから伏流水が湧き出していることです。その水は、日本海で発生した水蒸気が雲となって鳥海山麓に降り注ぎ、数年から数十年をかけて地中で磨かれて地表に湧き出したものです。湧水だけでできている稀有な流れは、ほどなく月光川に合流して再び日本海へと流れてゆきます。水温は年間を通して10℃前後と一定のため、外気温が高い夏には川面から霧が発生して、木洩れ日を受けて林の中を流れる牛渡川は、より神秘的な表情を見せます。
       misty.jpg
【photo】梅花藻の大群生が流れにゆらゆらと漂う牛渡川。水温が低いため夏には川霧が発生することが多い。湧水の町・遊佐ではこのような環境が人里のすぐ近くに保たれている

 山全体が水の濾過装置ともいえる鳥海山は、稜線が海岸線にまで伸びるため、湧水箇所は地上だけにとどまりません。遊佐町吹浦(ふくら)周辺の海辺や海中にもカルシウムやマグネシウム、ナトリウム、カリウムなどのミネラル成分を含む地下水が湧き出します。そのため、その海域はプランクトンが豊富で、吹浦周辺の岩礁に育つ岩ガキは、栄養価が高く、生で頂くプリップリなそれは、ミルキーなコクがあってとりわけ美味...おっと、話題がそれました。話を戻しましょう。

           sekishoumo.jpg
【photo】乳白色の川霧に包まれた牛渡川のゆるやかな流れには、石菖藻と梅花藻が群生する

 牛渡川の中流域には梅花藻(バイカモ)が見られます。その大群生が見られるのは、鮭の人工孵化に取り組む同町箕輪地区の鮭漁業生産組合が運営する箕輪鮭孵化場のすぐ上流。梅花藻は水温15度前後の渓流や湧き水などの清らかな水環境のもとでしか生育しません。この沈水性の多年草は6月末から夏にかけて、エゴノキのような白い可憐な花を咲かせます。
           baikamo.jpg
 【photo】川面に咲く梅花藻の花.。水があまりに透明なため、流れが緩やかな場所では、花が風に吹かれているかのような錯覚に陥る

 川辺に立って眺める流れは、水自体の存在を忘れさせるほど清らか。透明度の高さゆえ、流れにたゆたう梅花藻が風に吹かれて揺れているかのように錯覚するほどです。その藻の陰には、環境省が絶滅危惧種に指定しているハナカジカやカンキョウカジカなどの、極めて清らかな水にしか棲息しない淡水系のカジカが潜んでいます。

              maruike.jpg
 【photo】深閑とした森の中に現れる丸池。光の具合によって、色合いを変えるこの沼は、「丸池様」と地元では呼ばれている

 石菖藻が漂う緩やかな流れをたどってゆくと、鮭の供養塔が建つ箕輪鮭孵化場の採補場に辿り着きます。その裏手には「丸池様」と呼ばれ地元で信仰を集める池が原生林の中にひっそりと広がっています。水深が3.5mというエメラルドグリーンに輝くこの沼の水源も全て鳥海山の伏流水なのだとか。

                  buna.jpg
 【photo】鳥海山中腹のブナの古木。裾野にもたらされる湧水は豊かな山の恵みにほかならない 

 高度成長期に伐採された鳥海のブナ林を甦らせようと、NPO団体の人々が山の中腹でブナの植林が進めているのと同様、上流から流れてくる針葉樹の葉などが沈殿したり、雑藻が繁殖して水質が悪化しないように地区の皆さんが晩夏に川底の清掃をしています。その際にいったん藻が刈り取られるため、9月初旬にそこを訪れても、繁茂する梅花藻を見ることはできません。水の恵みの価値を知る人たちの地道な取り組みが、牛渡川のシンボルを守る一助となっているのです。

               sugi.jpg
 【photo】昼なお薄暗い杉林の間を静かに流れる牛渡川。川辺の岩の間からは絶え間なく水が湧いてくる

 杉林が鬱蒼と茂るさらに上流帯では、護岸工事がされていないため、あちこちの岸辺から水が湧き出ている様子を見ることができます。湧出口から出てくる水をペットボトルですくって口に含むと、ひんやりと冷たく口当たりの柔らかな軟水であることがわかります。非常にゆったりとした流れのため、水が湧き出す涼やかな音がそこからは聞こえてきます。さらに上流域に遡ると、鳥海ブルーラインに沿って岩場が続く沢へと姿を変えてゆきます。
           salmon.jpg
 【photo】春3月。「箕輪鮭孵化場」前の牛渡川には数万尾の鮭の稚魚が群れていた。彼らの中のほんの一握り、0.5%の鮭だけが生まれ故郷のこの川におよそ4年を経た後に戻ってくる

 3月から4月上旬にかけて鮭の稚魚が放流される時期、そして10月下旬から年明けにかけての遡上の季節、月光川水系の河川では生命のドラマが繰り広げられます。オホーツク海やベーリング海を回遊した後、誕生後4年あまりを経て日本沿岸に戻ってくる鮭。母なる川へ鮭たちが戻って来ることができるのは、水の匂いを記憶しているからだということが近年の研究で明らかになってきました。産卵のために上流まで遡上した鮭は、川底に作った産卵床に産卵・放精後、受精卵を守るようにそこへしばらく留まりますが、ほどなく力尽きて生涯を終えます。冷たい流れに漂う遺骸は、やがて誕生してくる稚魚たちが大海へと下ってゆく力を得るための餌となり、新たな生命へと受け継がれてゆきます。
             rinne.jpg
 【photo】鳥海山頂が雪を頂いた11月初旬。自然産卵を終え、命尽きた鮭の遺骸が月光川の浅瀬に漂っていた(写真右下)。背景は中腹まで雪で白くなっていた鳥海山の稜線。もうすぐ里にも雪が降る

 牛渡川は、水の循環という大いなる自然の摂理の中で生命が生かされているということ。命には限りがあるものの、世代を超えてやがて再生してゆくこと。そうした輪廻転生を繰り返してゆく命の営みの尊さを教えてくれるのです。

baner_decobanner.gif

コメント

原始の世界を彷彿させてくれる写真・文章、素晴らしく、こんな身近に悠久の自然が残っている地球、大事にしたいですね。
牛渡川、早速、行ってみます。

▼縄文系日本人 村上幸志さま
 コメントをいただき有難うございます。湧水だけでできた牛渡川の価値は、人種を超えて共感頂けるようですね(笑)。

 鳥海山の周辺には、庄内側、秋田側ともに水にまつわるスピリチュアル・スポットが数多く残っています。まだ当Viaggio al Mondo では取り上げていませんが、秋田県にかほ市の元滝や中島台も見逃せません。

 文中にもある通り、バイカモは毎年8月末頃には一旦刈り取られます。万が一間に合わなかった場合は、箕輪鮭採捕場の左手に建つ鮭供養塔の裏を流れる湧水の水路には、バイカモの大群生が見られるはずです。そちらもどうぞ。

 

早速のご案内ありがとうございました一昨日、しばしの晴れ間に鶴岡から車で牛渡川に行ってきました。

鳥海山を借景とした遊佐の田園風景、真夏の雨上がりに色鮮やかな緑青のコントラストに感動しました。
杉木立に囲まれた神域・丸池様の神秘にふれ、,清流を足元に川岸を散策、目を凝らすとご案内の可憐な梅花藻をみることができました。ありがとうございました。

時に私、一日に4時間ぐらい木の上で鳥海山・月山を眺望、自称縄文人になりきってます(笑)


▼縄文系日本人 村上幸志さま

 大いなる鳥海山の恵みのもとで、さまざまな命の営みが行われていることを気付かせてくれるスピリチュアル・ポイント牛渡川は、かけがえのない庄内の宝ですね。
 
 今年は鮭が遡上する時期に仙台から大挙ツアーを仕込んで牛渡川にお邪魔することにしています。

 ところで日に4時間、月山・鳥海山と交信するため(?)樹上生活を送られるとのことですが、せっかく庄内を訪れたのだからと、あちこちせわしなく回る私ごときは、泰然自若とした村上様とは違って、まだ修行が足りないようです。
うーむ… |||(-_-;)。
 

Luglio 2018
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

archive.gif

Copyright © KAHOKU SHIMPO PUBLISHING CO.