あるもの探しの旅

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チンクエ・テッレは地の果てだった

絶景のヴェルナッツァからポルトヴェーネレへ

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【Photo】アップダウンと急カーブが連続する道を延々走り続けた挙句に、眼下に見えた絶海に浮かぶ孤島のような村ヴェルナッツァ。外敵に備えるため、海を睥睨する高台に物見の塔が築かれたのは11世紀のこと

 西から順番に、Monterosso al Mare モンテロッソ・アル・マーレ、Vernazza ヴェルナッツァ、Corniglia コルニーリア、Manarola マナローラ、Riomaggiore リオマッジョーレという世界遺産の5つの村の総称「Cinque Terre チンクエ・テッレ」。切り立った断崖にへばりつくかのように点在する五つの集落へのアクセスはもとより悪く、しかもそれらを直接結ぶ道路はありません。

 運行本数の少ない連絡船のほか、La Spezia ラ・スペツィアと Genova ジェノヴァ間を走る鉄道が5つの村を結ぶ最も便利な交通手段となります。(注)その地の人たちは、限られた空間を立体的に活用した4~5 階建ての密集した家に暮らしています。漁業で生計を立てるほかに、切り立った原生林を開墾し、最大斜度70度もの目のくらむような斜面と呼ぶよりも断崖の岩を砕いて石垣を積み上げ、さらに細かく砕いた岩を土に変えて段々畑に仕立ててブドウやオリーブなどを栽培してきました。

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【Photo】岩礁の上にあるコルニーリアには、集落の遥か高みにまでブドウ畑が広がる。平地や丘陵地において一般的なブドウ栽培に投下される労働時間は、年間で350時間前後。しかしこの地においては4倍以上の1,500時間を要するという。厳しい環境下でのブドウ栽培の苦労がしのばれる

 ひとたび嵐が襲えば、斜面を滝のように流れ落ちる雨水で、砂岩を積み上げただけの畑の土は容易に流されてしまいます。この地に暮らす人々が1,000年以上の時間をかけて自然を相手に繰り返してきたのは、気の遠くなるような忍耐と英知の歴史だったのです。苛酷な環境のもとで育まれた特異な文化と暮らしぶりは、そこが地理的に隔絶されていたがゆえ、今なお残されています。そのため、ユネスコはこの地域一帯を1997年に世界文化遺産に登録しました。それ以降、世界中から観光客が風光明媚なこの地を訪れるようになりました。

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【photo】ヴェルナッツァ近くの海沿いに迫ると、対向車との擦れ違いなど到底不可能な細いつづら折りの道が延々と続く。標高が高い斜面に植えられたオリーブの木の下には、オレンジ色のネットが敷かれて収穫を待つばかり。標高の低い斜面にはブドウが育つ。造営と維持に想像を絶する労苦を伴うであろう耕作地が青い海に向かって段々畑になって広がってゆく光景には感動すら覚える。過酷な生活環境を嫌って離村する農家が増えたことにより、手入れをする人手がなくなったために、打ち捨てられた畑も散見され、この地の厳しい現実が窺えた

 期待以上の素晴らしいランチとなったリストランテ「サン・ジョヴァンニ」で飲んだシャッケトラが、いかなる場所で作られているのかを実際に目にした時、何故にそれがスローフード協会によって、保護すべき食材「プレジーディオ」に指定されているのかを、ようやく理解できました。そしてデザートワインとしては期待通りでなかったという軽い失望を覚えた自分を恥じ入ったのです。何故なら、飲み手でしかない私が、味の優劣だけでシャッケトラの価値を断ずるのは、あまりに傲慢なのだと気付かされたからです。

 この地のブドウ生産者は、転落すれば命を落としかねない急峻で狭小な畑から限られた収量のブドウしか得ることができません。彼らは食後のひと時を少しでも豊かに演出するため、陰干しという自然の摂理に沿った手法によって、ブドウ果汁の水分を除き、自然が生み出す甘味のエッセンスだけを得ようとしたのです。その試みは、幾度となく繰り返された先人たちの試行錯誤の上に成り立っているはずなのでした。

io_vernazza2006.jpg【photo】ヴェルナッツァ到着時点で、この日のエネルギーの大方を使い果たし、カラータイマーが点滅したウルトラマンと同様、疲れ気味の表情を浮かべる筆者。カネッリへの帰路のなんと遠く感じたこと!!!!

 居住者以外の一般車両は、集落の手前で駐車予定時間を申告の上、代金を支払って駐車場に車を停め、海岸近くの狭い谷間にあるヴェルナッツァの集落まで1キロほどの緩やかな下りを徒歩での移動となります。断崖のわずかな狭隘な空間に築かれた集落内には、車を置くスペースすらありません。ヴェルナッツァ居住者の車が延々と片側に縦列駐車している道を私達が歩き始めた時、西の空に陽は傾き始めていました。

 キッチュな土産物屋やエノテカ、飲食店などが立ち並ぶメインストリート Via Roma (ローマ通り)を抜けると、海に面して開けたグリエルモ・マルコーニ広場に出ました。その時まさに落日が空を茜色に染めて水平線に没しようとしていました。波打ち際の思い思いの場所に陣取るさまざまな国籍を持つ人々に混じって眼前の絶景に見とれました。

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【Photo】しばし時を忘れたヴェルナッツァの夕暮れ

 ほどなく陽がすっかり沈んで家々の窓に明かりが灯り始めました。立体的に入り組んだ構造の迷路のような町をそぞろ歩きした後、絶景をしっかりと目に焼き付けた一同は、その場を去りがたい気持ちを抑え、暗くなった道を再び駐車場まで徒歩で移動。ガードレールすらない細い急坂を大きなワゴン車で登り始めた時、時刻は18時半を過ぎていました。途中の高台に車を停めてヘッドライトを消すと、私達の頭上には漆黒の空から降るかのように輝く満天の星々が現れました。数知れぬ星たちと連なるかのように遥か眼下できらめくヴェルナッツァの灯(ともしび)。西暦1000年頃に近郊の内陸地から入植が始まったこの世の果てのような隔絶された地でも、そこに暮らす人たちの日々の営みは繰り返されていました。潮騒すら届かない高みから見えた眼下の小さな灯りのひとつひとつが、かけがえの無い、いとおしいものに思えました。

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【Photo】緯度が高いイタリアでも10月末ともなると暗くなるのが早い。18時を過ぎて昼の賑わいが嘘のようにすっかり人気がなくなったヴェルナッツァのメインストリート「Via Roma」

 「戻るのが遅くなるから夕食は要らないとジョルジョに伝えて」と、Rupestr に先に戻っていた西川さんに携帯電話で連絡したものの、そこからがまた一仕事。口々に「遠かったけど、来た甲斐があったねー」と感動を語り合っていた後部座席の同乗メンバーたちは、急斜面ときついカーブのワインディングが連続する真っ暗な道を "GENOVA" と記された方向標識を頼りにひたすら先を急ぐ私のクイックなハンドル操作のもとで、ほどなく全員寡黙に。(要するに、車酔いさせちゃったのです。みんなゴメンナサイ)

 ナビゲーターとして孤軍奮闘の佐藤君の指示のもと、往路は正味4時間半を要したヴェルナッツァ-カネッリ間を、高速に乗ってからは時速160キロを維持してひたすら爆走。後に八巻編集長が雑誌「四季の味」で述べていたように、私たちはその時、住み慣れた我が家への家路を急ぐ心境になっていました。高速A26を降りて、一般道を地図上の町の名前を順にたどりながらしばらく進んだ先に"CANELLI "の街区表示を見たとき、「帰ってきたぜぃ!」とジョルジョに心の中で呼びかけました。やっとの思いで Rupestr に戻ったのが21時45分頃。3時間15分のノンストップの激走を終えた私は、戸口から迎えに出て来たジョルジョの前で、安堵のあまりへたり込んでしまいました。

 到着後、一息ついて間もなく始まったその夜の遅い夕食。ジョルジョはいつ戻るか判らない私達のために、イノシシの煮込みの入ったタヤリンやイノシシの煮込みと焼きポレンタなどの夕食を準備してくれていたのです。強行軍の日程をどうにかこなし、無事帰還したことをスプマンテで乾杯しました。ジョルジョが選んだのは、地元カネッリで1865年にイタリア初の本格製法による発泡酒メーカーとして創業した「GANCIAガンチア社」の創業者の名を冠した CARLO GANCIA 。昼食からしばらく時間が経過していたこと、そしてイタリアで再び爆走伝説? を打ち立てた心地よい疲労感も手続って、その夜の料理は、バルベーラ・ダスティと共にすんなり美味しく頂けました。

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【Photo】ジョルジョが用意してくれた心尽くしの夕食。ドロドロに疲れていたけど、ホントに美味しかった

【注】
先に日本へ戻るアル・ケッチァーノ一行と別れた10月31日、トリノから合流した友人とペルージャ在住の友人の3人で再びチンクエ・テッレを訪れた。車での移動に手間取った前回の教訓から、手前の町 Levanto レヴァントに車を置いて電車で向かった先は Manarola マナローラ。

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【Photo】Manarola マナローラ全景。ノーベル文学賞を受けたイタリアの詩人エウジェニオ・モンターレは、この集落を"鷹とカモメの巣"と表現した

そこから岩場に穿たれた遊歩道" Via dell'Amore ヴィア・デッラモ-レ"(=愛の小径)を徒歩で隣のチンクエ・テッレ東端の村 Riomaggiore リオマッジョーレに行こうというのだ。ペルージャ在住の友人は、以前ここを訪れた直後にダーリンTommy氏と出会ったそうな。既婚者の私や売約済?の友人はともかく、独身の友人は真剣そのもの。道すがら 「Bar dell'Amore バール・デッラモーレ(=愛のバール)」や、愛をテーマにした絵が一面に描かれたトンネルも登場する。善き伴侶を得るための通行料は3エウロ。関心のある方はどうぞ。

 トンネル区間が多いものの、途中 Monterosso al Mare モンテロッソ・アル・マーレ、Vernazza ヴェルナッツァ、Corniglia コルニーリアと、西から順に5つの村をたどる車窓から時折のぞく海はあくまでも美しい。車で訪れた前回の苦労が嘘のようにあっけなく目的地 Manarola マナローラに降り立った。さすがは5つの村の中で一番ブドウの生産量が多い村だけあって、駅の上に広がる急斜面には、ブドウの段々畑が広がっている。海を眺めながら遊歩道 Via dell'Amore を進むと所要時間30分ほどで、Riomaggioreリオマッジョーレに着く。

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【Photo】ドロボーが横行するイタリアでは珍しい自動販売機をポルトヴェーネレで発見。近寄ってみると、それはなんとペスト・ジェノヴェーゼの自販機だった。さすがはペストの本場!

その日、La Spezia ラ・スペツィア経由で、同じく世界遺産に登録されている小さな港町 Portovenere ポルトヴェーネレも車で訪れた。ジェノヴァ共和国がライバルのピサに備えるため、12世紀初頭、家々を海に向かって立ち並ぶ要塞のような構造に改造した。ハロウインの可愛らしい仮装をした子どもたちが駆け回るメインストリート via Giovanni Capellini ジョヴァンニ・カッペリーニ通りを進み、街の突端にある聖ピエトロ教会へ向かう途中、オリーブ製品の専門店 Olioteca Bansigo オッリオテカ・バンジーゴに立ち寄った。シーズンオフで翌週には休業に入るという店長は以前NHKの番組でも紹介された若い女性。大きなステンレスタンクに入った味が異なるオイルを3種類テイスティングさせてもらった。取材で来たと告げると、来訪者が足跡を記す壁面最上部右上に油性ペンでサインclicca quiさせてくれた

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【PHOTO】「貴方たちに出会えて良かった」という素敵な言葉をくれたオッリオテカ・バンジーゴでオーナーのマリアさんと

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オリーブ専門店「オッリオテカ・バンジーゴ」
住所: via Capellini, 95 19025 PORTOVENERE (SP)
URL: http://www.oliotecabansigo.it/
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