あるもの探しの旅

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海へ。リビエラを目指して

霧のベールを抜けるとリグーリアの輝く海だった

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【Photo】断崖沿いに五つの村が点在するチンクエ・テッレ。目のくらむような急斜面にブドウやオリーブの畑が開墾されている。そこに暮らす人たちのたゆまぬ努力と英知が、他所と隔絶されたこの地に特異な文化と景観をもたらしている

 イタリア到着初日から、15時30分過ぎまでたっぷりと楽しんだトリュフ尽くしの昼食が、一行のその夜の食欲を極度に減退させていました。そのため、宿泊先のRupestrルペストゥルでジョルジョが腕を振るったBollito mistoボッリート・ミストや Agnolotti in broodアニョロッティ・イン・ブロードといった、肉三昧のピエモンテ料理の夕食には、ほとんど口をつけずじまい。どれも優しい味付けの煮込み料理でしたが、ジョルジョには本当に申し訳ないことをしました。

 Rupestr常連の西川さんからは、肉を多用するピエモンテ料理は日本人には重いですよ、と事前に聞いていました。そのため、一週間のピエモンテ滞在中に新鮮な魚介料理が恋しくなるだろうと想定していたのです。ならば、滞在期間なかばにピエモンテの南隣に位置し、海に面したリグーリア州を訪れて海の幸で胃を休めるのが得策。ところが、テッラ・マードレの公式行事日程の都合で、リグーリア行きは到着翌日に設定せざるを得なかったのです。想定外だったのは、初日のトリュフ三昧ランチで、全員の胃がピエモンテ料理に根を上げたたこと。よって、結果的にはこのスケジュールが幸いしました。
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【Photo】周囲をブドウ畑に囲まれたアグリツーリズモ「ルペストゥル」の部屋から。北イタリア特有の濃霧の中にバルベーラ(写真手前・紅葉したブドウ)やモスカート(写真奥・葉が黄色がかった緑)など、ピエモンテ特産のブドウ畑が広がる

 長旅の疲れもあって、ぐっすりと熟睡した翌10月25日朝。ベッドから起き出して部屋の窓から外を眺めると、濃霧が立ち込めたブドウ畑が目の前に霞んで広がっていました。前夜はすっかり陽が落ちてから、カネッリの市街地をはずれ5キロあまり山道を登ってゆくRupestrまで、ジョルジョの先導のもと、真っ暗な細いくねくね道をビュンビュン飛ばしながら辿り着いたため、そこが周囲をブドウ畑に囲まれた場所である事が判らなかったのです。(注1)

 トリノとの間に広がるモンフェラート丘陵と、フランス国境のアルプスの山並みから伸びる尾根(=Langheランゲ)に挟まれたランゲ地区一帯は、北方のアルプスから吹き降ろす冷たい空気と、リグーリア湾からの暖かい湿気を帯びた風がぶつかって、秋から冬にかけてNebbiaネッビア(=濃霧)が頻繁に発生します。この地の代表的なブドウ品種Nebbioloネッビオーロは、ネッビアが発生する11月に熟することと、果皮にネッビアのような白い粉がふくことから名付けられたのだそう。

 甘いパンとカフェラッテのイタリア式朝食を済ませたメンバーが、この日向かう先は東リビエラ海岸沿いに位置するチンクエ・テッレ。リゾート地として有名なリビエラは、ジェノヴァを境にビーチリゾートとしての性格が強い西リビエラと、紺碧の地中海に切り立った断崖が続く風光明媚な東リビエラに分かれます。世界のセレブが集う高級リゾート地として知られるポルトフィーノの東側から、ポルトヴェーネレにかけての隔絶された一角に家屋が密集して張り付くMonterosso al Mare モンテロッソ・アル・マーレ, Vernazza ヴェルナッツァ, Corniglia コルニーリア, Manarola マナローラ, Riomaggiore リオマッジョーレの五つの集落が点在する特異な景観を持つエリアを総称して、Cinque Terre チンクエ・テッレ(=五つの土地)と呼ぶのです。カネッリからの移動時間は高速道路を利用して3時ほどとジョルジョから聞いていました。
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【Photo】ミラノやトリノといった工業都市を背後にもつジェノヴァは今も活気あふれる港町。歴史的建造物が建ち並ぶ旧市街は2006年に世界遺産に登録された

 朝霧が立ち込める牧草地が広がるニッツァ・モンフェラートから交通の要衝アレッサンドリアに向かい、そこから高速A26・通称Autostrada dei Trafoliアウトストラーダ・デイ・トラフォーリ(=トンネル〈Traforoの複数形〉の道)を通って、ランゲからアペニンの山並みに分け入りました。すると次第に霧のベールが取れ始め、リグーリア州に入ると、いかにもイタリアらしい太陽が顔を覗かせ始めました。その名の通り、いくつものトンネルを抜けた後に、抜けるような青空と輝く海が見えた瞬間、車内では歓声が上がりました。A10・通称Autostrada dei Fioriアウトストラーダ・デイ・フィオーリ(=花道!)経由で東リビエラ海岸に迫る山並みを縫うように走る高速A12・通称Autostrada Azzurraアウトストラーダ・アッズーラ(=青の道/ここでは「紺碧の道」と訳したいところ)に合流するそこは、コロンブス(イタリア語表記ではColomboコロンボ)やバイオリンの名手でもあった作曲家パガニーニの出身地として知られるジェノヴァ。かつてヴェネツィア・アマルフィ・ピサと並ぶ海洋国家として栄えた港町は、現在もイタリア最大の取扱高を持つ貿易港です。

 ジェノヴァ市街は、リグーリア湾に沿って延々34キロにも及びます。トンネルの多いA12を運転しながら、背後に迫る山の標高差を飲み込むように建てられた郊外の高低差のある特徴的な集合住宅や、荒涼とした山並みの岩肌に潅木が混じり、その緑がだんだんと濃くなってゆくさまを眺めているうち、山の色が変わってきたことに気付きました。

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【Photo】背後にすぐ山が迫るジェノヴァ郊外の斜面には、潅木に混じってオリーブの木が植えられ、バジリコ栽培用のビニールハウスも散見される

 銀色が混じったような淡い青緑の葉はオリーブ特有のものです。リグーリア州は、北海道最北の稚内と同じ北緯45度付近に位置する北イタリアの州ながら、一月の平均気温が摂氏10度前後と温暖な地域です。250kmに及ぶリグーリア湾の海岸線には暖流の北大西洋海流が流れており、さらにピエモンテ州との境界となるランゲ丘陵とエミリア・ロマーニャ州との境界となるアペニン山脈が北方からの冷気の侵入を阻みます。加えて年間を通して吹き付ける偏西風とシロッコが三日月形をしたこのエリアに温暖な地中海性気候の恩恵をもたらしているのです。

 とはいえ、内陸部を中心に山岳地が全体の7割近くを占める地勢のため、平地・丘陵地は川沿いや一部の海岸部に散見される程度。そのため、この地の人たちは山間地や丘陵の斜面を切り開いてオリーブの生産を続けてきました。その歴史は入植したギリシャ人やフェニキア人によるものを含めると、紀元前10世紀頃まで遡れるといわれています。日当たりの良い南側全体にオリーブの木が植えられた小高い山もあり、収穫に大型機械が使えないリグーリアの生産者の苦労が伺えました。(注2)私たちは、その最たる光景を、その日チンクエ・テッレで目にすることになります。イタリア全体のオリーブオイル産出量のほぼ半数を生産する最大のオリーブ生産地、南イタリアのプーリア州では、平坦な土地一面がオリーブ畑となっており、それがアドリア海の海岸線まで続いています。一方、リグーリア州のオリーブ生産地の様相は、オリーブ畑というよりもオリーブ山と形容したほうがふさわしいかもしれません。

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【Photo】山に穿たれたトンネルが続く高速A12沿いには、銀色がかった特有の青緑色の葉を持つオリーブの木が一面に植えられた山が続く

 リグーリアの山がちな地形は、イタリア最北西のアルプス山中に位置する小州、ヴァッレ・ダオスタ州に次いで少ないワイン生産量しかこの地にもたらしていません。それでも100種を超えるブドウ品種が丘陵地や断崖の狭小な斜面で育てられています。古来より海洋民族であったリグーリア人の食生活は魚介中心でした。よって、リグーリアでは白ワイン用品種が主力です。この地では数少ない肉を使った名物郷土料理、西リビエラのウサギの煮込みにも、白ワインがよく合います。やはり地方色豊かな料理とその地のワインは一心同体なのです。

 記録上では1,000種以上のブドウが作られてきたイタリアですが、19世紀末に全ヨーロッパのブドウが壊滅的被害を受けたフィロキセラ(ブドウ根アブラムシ)禍やオイディウム(ウドンコ病)などによって、劇的に品種数を減らしました。現在およそ400の品種が固有品種として確認されているブドウと同様に、オリーブも一説には500種ともいわれる品種がイタリア国内で栽培されています。ともに一国で栽培される品種数としては、イタリアは世界でも冠たる多様性を持つ国といってよいでしょう。こうした国から、生物多様性の重要性を訴えるスローフード運動が生まれたのも頷けます。

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【Photo】リグーリア特有の傾斜地に開墾した段々畑で栽培されるタジャスカ種のオリーブ

 リグーリア州特産のオリーブ品種といえば、Taggiascaタジャスカ種を挙げねばなりません。西リビエラの歌謡祭で有名な町サンレモの東7キロほどにTaggiaタッジャという町があります。10世紀ごろ、その町のベネディクト派修道師たちが植樹したのが名前の由来といわれるタジャスカ種は、現在もリグーリア州内だけで育てられます。小さな果粒に占める種の割合が大きいものの、その果肉をオイルに加工すると、スパイシーな苦味や青っぽさがない、やさしいフローラルな甘味とアフターにほのかなアーモンドの香りが特徴の繊細なオイルとなります。このオイルはリグーリア湾で揚がる新鮮な魚介の料理と絶妙な好相性を発揮します。

 そのオイルを使用する州都ジェノヴァの名がついたリグーリアの代表的なソース、Pesto Genovese ペスト・ジェノヴェーゼ(注3)は、手を合わせてねじった形のショートパスタ"Trofie トロフィエ"との組み合わせが定番。そのほか、加熱した魚介料理や、ボイルしたジャガイモ、そしてシンプルにリグーリア発祥のフォカッチャやパンにつけても美味しいサルサソースとなります。日本にも瓶入りの製品が輸入され、お馴染みのペスト・ジェノヴェーゼの主役バジリコは、かつてイタリア国内ではリグーリア州だけで栽培されていたハーブです。インド原産のこのハーブは、中世に小アジア経由でヨーロッパにもたらされ、温暖な地中海に面したリグーリアと南フランスのプロヴァンスで盛んに栽培されるようになりました。現在でもイタリア国内で最も栽培が盛んなリグーリア州におけるバジリコの作付面積は第二位のラッツィオ州の1.5倍にあたる400ha、年産170トンあまりに及びます。このうち120トンは、意外な事に温室で栽培されています。日本では寒さのため越冬できずに一年草扱いのバジルですが、元来はアルカリ性の土壌を好む多年草です。南イタリアのカンパーニャ州(州都・ナポリ)では路地栽培も可能ですが、日照量が多いリグーリア州でも、温暖な気候を好むバジリコを年間通して栽培するには、温室栽培が向くようです。車で移動中にも丘陵地の斜面にガラス張りやビニール張りの温室が点在するのを目にしました。
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【Photo】陽光あふれるハウスで栽培されるバジリコ・ジェノヴェーゼ


「絶品シーフードと絶景チンクエ・テッレ」に続く
 

【注1】
Rupestr到着後、ジョルジョは開口一番「Bravo! Alfista! (=ブラヴォー!アルファロメオ乗り)」と私に握手を求めてきた。日本で Alfa Breraに乗っていることをトリノ空港での待ち時間にジョルジョに話していたからだ。彼が運転しながらも同乗者との話に夢中になっている時(→イタリア人の習性である)以外は、容赦なくブンブン飛ばす彼のプジョーにぴたりとついて走る私を、こう褒め称えてくれたのだった。
しかし、ピエモンテ滞在中、ハンドルを握る私はこの霧に幾度も悩まされる事になった。イタリアの道路は、ロータリーや分岐点などの要所に必ずその先にある町の名前が記された標識が設置されているので、標識を頼って走れば道に迷う心配はほとんどない。しかし、視界が5メートルほどしか利かない濃霧の中を、夜間に標識を頼りに走るのは至難の業。そんな私には、地図と首っ引きでナビゲーターを務めてくれたアル・ケッチァーノの若手料理人・佐藤渓司君が心強い片腕となってくれた。全く利かない視界のために、緊張を強いられガチガチに凝り固まった肩や腰をプロはだしの達者なマッサージで揉みほぐしてくれたのは、同じく原田健二君。あまりの気持ちよさに、マッサージをされながらそのまま寝込むこともあったほど。改めてお二人には感謝の気持ちをお伝えしたい。「もっけだの。」

【注2】
1000年もの樹齢を持つオリーブの木をイタリア語では olivo または ulivo、オリーブの実は oliva または uliva と表記する。オリーブの食用における用途としては、果肉をプレスしてオイルをとる搾油用と、塩水やオイルに漬けて食用とする果肉加工用、そしてその兼用の品種に分かれる。南北に長いイタリア各地で、気候風土や地方ごとの料理に合うオリーブの品種が有史以来、営々と栽培されてきた。主な用途である Olio di Oliva オーリオ・ディ・オリーヴァ(略して Olio d'oliva オーリオ・ドリーヴァ。レストランでは単に Olio オーリオでも通じる)=オリーブオイルは、品種によって、色合いや風味が異なる。日本への輸入量が近年飛躍的に伸びている。オリーブオイルには、単一品種のものもあれば、数種の品種をブレンドした製品もあり、多種多様。植物性の油でも唯一果肉からもたらされるオリーブオイルは、農産物である以上、天候によって作柄が左右される上、搾油の仕方が味を左右する。

オリーブオイルはオイル100g中に含まれる多価不飽和脂肪酸成分であるオイレン酸の割合(遊離酸度)によってランクが国際的に規定されている。最高級のエキストラ・ヴァージン・オイルを名乗るには、酸度が0.8g以下と規定されている。オリーブの実は、枝から離れると、すぐに酸化が始まるので、あらかじめ落実したものは使わない。地面にネットを張った上で収穫を行うのは、落とした際にできる傷口から酸化するリスクや雑菌が入るのを防ぐため。機械による収穫では、枝ごと揺らして実を落とす。品質にこだわる生産者は、実に傷をつけぬよう枝から手摘みをする。収穫後いかに短時間で搾油工程に入るかが高品質のオイルを作る第一関門だ。エキストラ・ヴァージンの場合、長くとも48時間以内には搾油される。

次なる関門は搾油工程。最近の主流は、回転式の破砕機で収穫した実を短時間で砕いてペースト状にする方法。一方、花崗岩や御影石製の石臼で破砕してペースト状にする伝統的な方法では、作業中の温度上昇は抑えられるものの、破砕機に比べ時間を要するため、ペーストが空気に触れる時間が長くなりがち。さらに前者よりも作業効率が落ちるため、現在では少数派となりつつあるよう。破砕されたペーストは、かつてはドーナツ状の繊維に挟み、圧縮して搾油されたが、現在は衛生的な遠心分離機で水分とオイル、そして絞り滓に分ける方法が主流。収穫した実をペースト状に破砕した上で搾油する際、効率を上げるためにペーストを加熱するケースがある。その温度が高すぎると、酸度が上がると共にオイルの香りが失われてしまう。そのため、上質なエキストラ・ヴァージン・オイルでは、搾油温度を30℃以下に保つ「コールドプレス」と呼ばれる方法がとられる。

加熱により酸化しにくい上、善玉コレステロール値(HDL)を維持しつつ、悪玉コレステロール値(LHL)だけを下げるため、動脈硬化の予防に効果が高いオレイン酸(一価不飽和脂肪酸)の含有量が食用油の中でオリーブオイルが群を抜いて多い、という成分解析がされた近年では、健康的側面からもオリーブオイルは注目を集めている。

温暖な気候に適したオリーブのヨーロッパにおける栽培地の北限は、【File 4】グラッパの項目でご紹介したヴェネト州バッサーノ・デル・グラッパ(北緯45度36分)である。この町の北部を遮るアルプスとブレンダ川が、温暖なミクロクリマ(局地的気候)をもたらしている

【注3】
バジリコの葉・松の実・ニンニクを専用の大理石製すり鉢と木製のすりこぎ棒ですりつぶし、グラナ・パダーノとペコリーノ・サルドの2種のチーズを加えて、オイルでペースト状にして塩で味を調えるのがオリジナルレシピ。チーズはパルミジャーノ・レッジャーノで代用することもある。ただし、使用するオイルは刺激のある個性の強いものではなく、バジリコの香りを消さない繊細なタジャスカ種のオイルを使用したい。バジリコ(英名バジル)には、バジルブッシュやバジルシナモン、バジルグリークなど数種類ある。ペスト・ジェノヴェーゼ発祥の地ジェノヴァでは、同市西部の"Pra プラ地区"産の葉が幾分小ぶりなバジリコ・ジェノヴェーゼ種、それも葉をつけて2ヶ月以内の若葉が最良とされる。イタリア国内でも入手が難しいジェノヴェーゼ種ではなく、甘い香りが特徴のスイートバジルが使われることが多い。リグーリアでPestoといえば、ジェノヴェーゼを意味する


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