あるもの探しの旅

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アグリツーリズモRupestrとの出逢い

トリノからカネッリへ。そこは世界の中心だった

 Agricultura アグリカルトゥーラ(=農業)と Tourismo トゥーリズモ(=観光)の合成語「Agritourismo アグリツーリズモ(=農家民宿)」というイタリアで誕生した宿泊施設の形態は、日本でもすっかりお馴染みになりました。農業と共に観光業が大きな国の収入源となっているイタリア。"国益のために結束して"という大同団結が苦手な国民性が災いしてか、やることがてんでバラバラ。中部以南は冬でも温暖な気候に恵まれ、ユネスコが指定した世界遺産登録数が世界一という歴史・文化遺産などの観光資源には事欠かさないにもかかわらず、それを生かしているとは到底言えません。

 公共交通機関はストライキばかりしているし、観光地として人気が高い都市以外のお店は、休み時間がやたらと長い。そのため、国外からの観光客受け入れ数では、世界第四位に甘んじています。世界一のフランスや二位のスペインなど、プロモーションに長けた国の後塵を拝しているのが現状なのです。そんな国イタリアで、ホスピタリティ(=もてなしの心)の塊が服を着て走り回っている(→歩くのではない)ような一人のイタリア人と出会いました。

 「BUON GIORGIO !ブォン・ジョルジョ!」これがアグリツーリズモ兼リストランテRupestr ルペストゥル」のオーナー、Giorgio Cirio ジョルジョ・チリオ氏と誕生日が1日違いの庄内系イタリア人が交わす朝の怪しい挨拶。ジョルジョも私のこのギャグを気に入ってくれたようで、BUON GIORNO ブォン・ジョルノではなく、ブォン・ジョルジョ! 立派な・善良なジョルジョ)と、ゴキゲンな笑顔で返してくれました。

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【photo】絶品シーフードをたっぷりと堪能したチンクエ・テッレから、爆走の挙句やっとの思いで Rupestr に戻った夜、ジョルジョは夕食を用意して待っていてくれた。「Prego プレーゴ(=どうぞ)」という一言と、その頭のように光り輝く笑顔、そして優しい味付けの心のこもったジョルジョの手料理に疲れが吹き飛んだ。左は心強いナビゲーターとしても活躍してくれたアル・ケッチァーノの若手料理人 佐藤 渓治君

 Terra Madre に招聘されたアル・ケッチァーノ奥田シェフらと共に、トリノからスタートした2006年秋のイタリア訪問。皆で足を運んだリグーリアや後に訪れるトスカーナ、エミリア・ロマーニャなど行く先々で印象に残る多くの出逢いがありました。わけても、私たちのピエモンテでの滞在先となった Asti アスティ県カネッリ郊外の高台 Piancanelli ピアンカネッリに位置するルペストゥルのオーナー、ジョルジョとの出会いを忘れるわけにはゆきません。

 9月から10月にかけては、Rupestr を取り囲む自身のブドウ畑の収穫に追われる多忙な時期。にもかかわらず、私たち一行がイタリア到着早々に豪勢な食事をした CanelliSan Marco Link to Back Number など、リストランテの予約と、ロマーノ・レヴィさんほか、ピエモンテを代表する名醸地 Barbaresco バルバレスコのみならずイタリアワイン界の巨人と目される Angelo Gaja アンジェロ・ガヤや、オーナーのジョルジョ・リベッティ氏も Rupestr を時折ジョルジョのもとを食事に訪れるというLa Spinetta ラ・スピネッタ、Baroloバローロの Luciano Sandrone ルチアーノ・サンドローネといった有名どころのカンティーナ(=ワイン醸造所)など、こちらが希望する訪問先へのセッティングは、全てジョルジョが事前に済ませてくれました。

 Rupestr の常連で盛岡在住の税理士 西川 温子さんを通して、同年8月頃から希望する訪問先を伝えていましたが、その当時は顔が広いジョルジョでも、ロマーノ・レヴィさんとは直接面識が無かったようです。後に知ったのですが、Positive Thinking で常に前向きなジョルジョは、レヴィさんが自身のグラッパ以外に唯一エチケッタのイラストを描いたスプマンテを造る優良カンティーナ「Caudorina カウドリーナ」のオーナー、彼の友人でもあるロマーノ・ドリオッティ氏にレヴィさんとの仲介を頼んでくれていました。偶然にもこの作り手の Asti Supmante は、かねてより私の愛飲アイテムのひとつでした。

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【photo】ブドウ畑に囲まれた Rupestr がエチケッタに描かれた大きなワインボトルが目を引く Rupestr のダイニングルームで。右端が Donna Selvatica が印刷されたエチケッタがチャーミングなロマーノ・ドリオッティ氏の Asti Supmante

 奥田シェフが Rupestr 滞在中、ジョルジョに頼まれて料理を振舞ったガラディナーが催されました。ジョルジョはドリオッティさんをその席に招いていました。私は不覚にもその人とは知らずに、ドリオッティ氏に奥田シェフが作った料理の感想をインタビューしていたのです。人と人はどこかで不思議な縁で繋がっているのですね。イタリアには人同士の繋がりを大切にする風土が色濃く残っており、それは時として偶然を必然に変えてくれます。

 こちらの希望を汲み取りながらも、"おらが地元のコレを食べさせたい、あそこも見せたい"というジョルジョの郷土愛に満ちたオススメの訪問先が、日程の中には必ず織り込まれていました。彼の人的ネットワークをフル活用した先に私達を案内をしながら、「俺の地元は凄いだろ」と顔に書いてあるジョルジョが、私たちと一緒に写真に納まる時は自分がいつも真ん中。「カネッリは Centro del Mondo=世界の中心」が口癖の陽気で気さくなPiemontese ピエモンテーゼ(⇒寡黙で物静かな人が多いピエモンテ人としては、極めて珍種と言ってよい)、ジョルジョのホスピタリティ溢れるお国自慢は、決して"井の中の蛙"的なものではありません。

 魅力ある地方文化が国土にあまねく醸成され、今もそこに息付く「地方が元気な国」イタリアだからこそ、なせる業でもありました。大都市にばかり国家資本が投入される一極集中型で、劇場型政治を地で行く小泉首相が声高に叫ぶ"改革"の美名のもとで地方が切り捨てられているこの国に暮らしていると、両国の違いを痛感させられます。

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【photo】行動を共にしたメンバーと別れ、リグーリア・トスカーナを目指し出発する朝。世界の中心・カネッリで素晴らしい人の輪に囲まれているジョルジョは、最後まで写真の中心に納まるのだった...

疲れた表情をしたそこのあなた、元気をもらいに行きませんか? 誇り高きピエモンテの語り部、ジョルジョのアグリツーリズモへ。

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