あるもの探しの旅

« Cafè カフェ文化 | メイン | 鮭を極める哲人 »

鮭のまち村上

s-2006.3.5%20031.jpgs-2006.3.5%20032.jpg

【photo】村上城址から見た村上。正面には下渡山と日本海へと注ぐ三面川が望める

 越後村上藩15万石の城下町として栄えた新潟県村上市。
鬱蒼とした木々に覆われた臥牛山(がぎゅうざん)山頂の村上城跡からは、人口3万人あまりの村上市街と下渡山(げどやま)を巻き込むようにして日本海へと流れ着く三面川(みおもてがわ)が望めます。落ち着いた佇まいの旧市街には、昔ながらの武家屋敷や印象的な黒塀が続く寺町、町屋造りの商家の家並みが残ります。

   ROMANTEIKUROBEI.jpg SOUSENDO.jpg
 

【photo】かつて地方銀行の支店長宅として使われていた「浪漫亭」(写真左)
趣ある金看板が目印の和菓子店「早撰堂」(写真右)
 

           EDOSHOU.jpg TAMURASAKETEN.jpg
 

【photo】名産の村上牛を食せる風情ある店構えの「江戸庄」(写真左)
〆張鶴・大洋盛など村上の銘酒は櫓が目印の「田村酒店」へ(写真右)

細工町・塩町・鍛冶町・肴町などの町名からは、町人・職人が住まったかつての名残りが伺えます。伊達藩制時代に推奨されながらも一度は途絶えた仙台堆朱の伝統を明治末期に復活させたのは、仙台に招かれた村上の堆朱職人・川崎栄之丞でした。今ではウレタン塗装が当たり前になってしまった仙台堆朱とは異なり、今も木彫りと漆塗りの匠の技を受け継ぐ村上木彫堆朱は、経産省指定の伝統的工芸品に指定されています。
s-tsuishu.jpg urushiyakin.jpg

【photo】木地師・彫師・塗師らが伝統の匠の技を発揮して精緻な文様を施す村上堆朱(写真左)。かつては栽培の北限と言われた名産の「村上茶」の産地にふさわしく、茶器の種類が豊富。村上には、茶碗の欠けたところ(写真右:金色の箇所)を見事に修理する腕を持った漆職人と金細工職人がいる。鮭加工製品の老舗・喜っ川の吉川社長によれば、こうした茶碗は「景色が変わった」と言って愛でるという

 仙台の市街地を流れる広瀬川など、鮭が遡上する川は日本各地にあります。新潟と山形の県境に連なるブナ林が広がる大自然を湛えた朝日連峰に端を発する清流・三面川は、鮭の川として知られています。わけても村上の人々が営々と築いてきた鮭の食文化は特筆すべきものです。頭から尾に至るまで捨てるところなく加工・調理される村上の鮭料理は、優に100種類以上にのぼります。毎年秋になると産卵のために三面川に戻ってくる鮭は、たとえ飢饉の年でも人々の貴重なタンパク源となったことでしょう。晩秋から春にかけてこの町を訪れると、家々の軒先に下がる鮭を目にします。特徴的なのは、腹を真一文字に割くのではなく、腹びれのあたりを一箇所を残して切る「止め腹」と呼ばれる仕込み方。豊かな恵みをもたらす鮭に切腹させることを忌み嫌った城下町村上ならではの慣わしです。村上で鮭を指す言葉「イヨボヤ」の「イヨ」とは、平安時代に編纂された辞書「和名抄」によれば、魚(ウオ)から転じて魚を指す言葉です。そして「ボヤ」は魚を指す村上の方言。つまりイヨボヤとは、鮭に対する親しみと敬いの気持ちを込めた"魚の中の魚"を意味する呼び名なのです。

【photo】家々の軒先に下がる「止め腹」をした塩引き鮭は、村上の晩秋から冬にかけての風物詩

 平安中期の律令細目を記した延喜式(927年)には、村上の鮭が京都まで運ばれていたことを示す記載があります。そこには「鮭楚割(さけそわり)」⇒塩引き、干物 ・「背腸(せわた)」⇒血合いの塩辛、めふん ・「鮭内子(こごもり)」⇒子をもった雌鮭 ・「氷頭(ひず)」⇒頭部の軟骨 ・「鮭鮨(さけずし)」⇒内臓を除いた鮭に米と酒を詰めて発酵させた熟(な)れ寿司 ・「鮭子(さけこ)」⇒スジコなどの表記が見られ、当時から鮭をさまざまに加工・調理していたことが窺えます。漁業権の入札制度が導入された江戸時代、資源保護の観点から稚魚の捕獲が禁じられます。同時に鮭の成育環境保持に森が果たす役割に気付いていた村上藩は、町の対岸にあたる下渡山から河口近くにある多伎神社(たきじんじゃ)周辺のタブノキなどの照葉樹林の保護に乗り出します。現在でこそ漁業資源と森林資源が密接に関係している事は周知の事実ですが、「魚つき保安林」の先駆けともいうべき村上藩の「御留山(おとめやま)」制度によって無用の入山や、許可無く木を伐採することが制限されました。鮭の成育に果たす樹木の役割に気付いていた村上の先人の知恵には驚きを禁じえません。こうした保護政策によって、鮭がもたらす税収は村上藩の財政を支える重要な柱になってゆきます。

      s-miomotegawa.jpg
【photo】白雪に覆われた朝日連峰に端を発する「三面川」。豊かな鮭文化を村上の地に育んできたのは、この母なる川にほかならない

 当時は漁獲高に応じて漁師が納める租税額が決められていました。しかし、江戸中期になると、乱獲のため鮭の漁獲量が激減します。それは漁業者と藩にとって大きな痛手となります。この状況を打開したのが、川役人をしていた下級藩士・青砥 武平治(あおと ぶへいじ・1713-1786)でした。武平治は鮭の母川回帰性を世界で最初に発見した人物として今も語り継がれています。ことによると武平治は三面川流域の人々から、鮭が生まれた川に産卵のため戻ってくるのではないかという話を耳にしていたのかもしれません。治水の専門家だった武平治は、鮭の産卵環境整備の必要性を藩に具申します。それを受けた藩は、鮭の産卵に適した流速が穏やかで清冽な湧水が湧き出る場所に産卵床が設けます。

 1763年からはおよそ30年の歳月をかけて鮭の産卵に適した水深に設計された支流(種川)が、三面川と枝分かれして造られます。武平治が考案したこの世界初の自然孵化(ふか)施設の成果は目覚しいものでした。乱獲によって漁獲高が減少する以前は、豊漁時でも200~300両ほどだった税収が、この「種川の制」が導入されるやいなや1,300両あまりに、幕末期にはおよそ2,000両へと増えたといいます。明治17年に三面川で確認された73万7千匹という遡上数は、我が国における最高記録です。

 漁業資源の枯渇が叫ばれる今、その必要性が増す "捕る漁業"から"育む漁業" への転換は、世界に先駆けて村上から始まったのでした。

【photo】鮭公園に建つ 青砥 武平治 の像

 廃藩置県後の1878年、米国で編み出された鮭の人工孵化技術を導入した日本初の人工孵化場が村上に設けられます。漁業資源保護のための鮭の捕獲は、遡上の時期に川幅いっぱいに設けられる堰(せき)「ウライ」で行われています。最盛期には1日に1,000匹あまりの鮭がかかることもあるといいます。ウライの下流域では、引き網による捕獲に加え、今日では村上だけに伝わる伝統漁法「居繰網漁(いぐりあみりょう)」が行われています。二人乗りの小さな木舟が組になって鮭を追い込むこの漁法や、針に鮭を引っかけて竿で釣り上げるダイナミックな「テンカラ漁」も晩秋から冬場にかけての村上ならではの光景です。

            Iguriami.jpg
【photo】三面川の居繰網漁。二人乗りの木舟が 3~4艘で一組となり、鮭を追い込んだ上で網で捕獲する

 村上と鮭の関係を知りたければ、まずは種川の堤防を挟んで隣接する鮭公園内にある「イヨボヤ会館」を訪れてみましょう。この日本で最初の鮭に関する博物館では、この地の人々がいかに鮭と深く関わってきたかを知ることができます。三面川の四季の移ろいや青砥 武平治の功績を映像で紹介しているほか、漁具の展示・子ども向けの学習コーナーなども。館内には孵化場が設けられ、漁が始まる10月中旬から4月にかけては鮭の孵化・飼育を行っています。地階は種川の川底へとつながっており、遡上シーズンには、ガラス越しに鮭が群遊する様子や、運が良ければ感動的な産卵シーンを間近かに見ることができるでしょう。

 「イヨボヤ会館」で村上と鮭に関する理解を深めたところで、ぜひとも訪れていただきたい鮭の町村上の心と技を伝える一軒の老舗へ次回「鮭を極める哲人」にてご案内します。

************************************************************************

イヨボヤ会館
iyoboyakaikan.jpg
新潟県村上市塩町13-34  TEL 0254-52-7117 FAX 0254-53-4300
URL http://www.iwafune.ne.jp/~iyoboya/
開館時間 / 9:00 ~16:30 休館日 / 12月28日~1月4日 
入館料 : 大人600円 小中高生300円 団体料金(20名以上)大人500円 小中高生250円

村上市へのアクセス】
JR利用の場合 / JR羽越本線 村上駅下車
自動車の場合 / 磐越自動車道⇒日本海東北自動車道・中条IC下車⇒国道7号線経由 または 東北道 福島飯坂IC下車⇒国道13号線⇒米沢⇒国道287号線・国道113号線経由(※3年連続水質日本一の清流「荒川」が流れる関川村周辺の美景が楽しめるルート) または 鶴岡方面からは国道7号線⇒国道345号線経由(※周辺きっての美しさを誇る名勝「笹川流れ」を経て日本海沿いを南下するルート)


baner_decobanner.gif

コメント

木村さん、いつも元気なブログ、楽しんでいます。
22日も楽しいイベントになりそうですね。
楽しみにしています。

▼とのPさま
コメントを頂きありがとうございます。
先日は偶然とはいえ、お邪魔致しました。焼肉屋の締めがあの店とは、いやはや恐れ入りました m(_ _)m
あの後の事はすでに「一匹狼のワイン商」にまとめてあります。

いよいよ22日が迫って参りました。やるべき事が山積です。鮭の哲人が登場する村上PART2もアップしなければならないし・・・
中身の濃い有意義な集いにしたいと思います。お忙しい中恐れ入りますが、ぜひともお運び下さいますよう。

Novembre 2018
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

archive.gif

Copyright © KAHOKU SHIMPO PUBLISHING CO.