あるもの探しの旅

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どこかの畑の片すみで

 だだちゃ豆、温海カブ、民田ナス、佐藤錦、もってのほか・・・。皆さんも一度は耳にしたことがあるであろう農作物の名前。これらは山形県に伝わる在来作物です。すでに商品化され名が知られたこうした例だけでなく、山形各地には個性豊かな伝統野菜に代表される在来作物が数多く残されています。

 在来作物に詳しい山形大学農学部 江頭 宏昌准教授によれば、現在山形県内で確認されている在来作物は133 品目。ひとつの県単位でこれだけの在来作物の存在が確認されている例は全国でも珍しいといいます。山形県下四地域における在来種の分布数は以下の通り― 新庄市周辺の最上地域20 品目、山形市周辺の村山地域34 品目、米沢市周辺の置賜地域22 品目、酒田市・鶴岡市周辺の庄内地域64 品目。この中には、複数地域で栽培されるケースも含まれますが、他地区の2倍~3倍の在来作物が伝わる庄内地域の突出ぶりが目につきます。

【Photo】鶴岡市白山地区に広がるだだちゃ豆の畑。収穫時期が異なる品種を栽培するため、丈が異なるのがお判りいただけるかと

 鶴岡市在来の枝豆「だだちゃ豆」にしても、極早生種「舞台(ぶで)」から最晩生種「彼岸青(ひがんあお)」に至るまで、系統を大別すると20 種以上。収穫時期にも二ヶ月もの開きがあるのです。地元の食味コンテストでトップクラスの評価を受ける無農薬のだだちゃ豆を生産する「月山パイロットファーム」の相馬一廣氏【下の集合写真・前から3列目右から2番目 】によれば、細分化すると40 種は存在するはずだといいます。64 品目という庄内地方における在来作物の数では、だだちゃ豆はあくまで1品目としてカウントしているのだそう。いやはや恐れ入りました。

 鶴岡市外内島(とのじま)地区に伝わる在来野菜「外内島キュウリ」を、ごく最近まではただ一人で栽培してきた上野 武さん【集合写真・前列から3列目右から4番目】の畑を8月上旬に訪れた時のこと。もはや旬を過ぎた畑には褐色に変色した採種用のキュウリがわずかに残るだけです。その畑の片すみに育つ枝豆を指差し、「あの甘露(かんろ)という品種は8月中旬、そっちの外内島だだちゃは8月下旬が旬。」と仰っていました。鶴岡市近辺に点在する産直施設を7月末から9月の夏場に訪れてみて下さい。時期ごと、場所ごとに多種多様なだだちゃ豆が試食用に出ており、系統ごとの形状と味わい・香りの違いを実感することができるでしょう。

mousou.jpg【Photo】朝採りプリップリの谷定孟宗。真っ白な断面の形状が楕円形の地中で圧力をうけた平孟宗(ひらもうそう)は美味しさの証

 桜前線が通り過ぎた後、まだかまだかと私がその到着を待ち焦がれるのが"筍(タケノコ)前線"です。鹿児島・福岡・京都・静岡・・・と北上する筍のなかでも食味に優れる孟宗(もうそう)の北限とされるのが南庄内。柔らかでエグミが無く、アク抜きの必要すらない庄内産孟宗。鼠ヶ関に近い海沿いの鶴岡市早田(わさだ)地区と、湯田川周辺から信仰の山・金峯山(きんぼうざん)北東側斜面の鉄分が多い粘土質土壌が広がる集落、滝沢・谷定(たにさだ)へと産地が東へ移動すると、姿は同じでも微妙に味が異なってきます。鮮度が命の孟宗ゆえ、何を差し置いても地元へ赴いて食べるのが一番。庄内は孟宗に関して一人当たりの消費量が日本一だといわれる土地柄です。酒粕と味噌仕立てで頂く庄内の郷土料理「孟宗汁」 【click!】は、春から初夏への季節の移ろいを旨みたっぷりに感じさせてくれます。金峯山南東斜面や修験道の里・羽黒町高寺(たかでら)に広がる孟宗竹林は、京都からこの地を訪れた修験者が植えたものが広まったのだとされます。
 
 ちなみに鶴岡市早田地区には、在来のマクワウリ「早田ウリ」も残っています。1950年代に登場した甘味が強く日持ちするアンデスメロンに押され、現在では10軒ほどの農家によって細々と栽培される早田ウリ。キュウリのような味にメロン特有のほのかな甘みが交差する早田ウリは、大正期に北海道松前町へと出稼ぎに出向いた早田地区の男性が持ち帰ったものだとか。そのためか、「松前ウリ」とも呼ばれているようです。私を魅了して止まない庄内の食文化は、こうしたさまざまな物語を持つ個性豊かな在来作物を受け継ぐ人々の存在と、四季折々の山の幸と庄内浜の海の幸の恵みがもたらすものです。

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【Photo】在来作物を伝える生産者が、行政・研究者・料理人と結束して地域の宝を守ろうとしている庄内。今年7月、al.chè-cciano の隣に開店したカフェ il.chè-cciano のオープニングパーティに集った「藤沢カブLink to back Number」「平田赤葱Link to back Number」「カラドリイモ」「ヤマブドウ」などの生産者・研究者と店のスタッフ。彼らは固い信頼で繋がっている
 
 2003年11月には「山形在来作物研究会(略称:在作研)」が発足しました。在作研には、研究者・行政・料理人・生産者・一般消費者など、県内外のさまざまな立場の人々からなる360人ほどの会員が現在参加しています。在作研の母体となった山形大学農学部は、1947年に前身の山形県立農林専門学校が設立されて以来、ずっと鶴岡の地に置かれています。当初、実習に欠かせない演習用地探しが内陸の村山地域で難航していたところに、1945年に当時の加藤精三 鶴岡市長(加藤紘一衆院議員の父)が周辺町村に呼びかけて用地提供を含めて誘致に乗り出した経緯があります。

 1949年から山形県立農林専門学校で教鞭をとり、山大農学部の教授を1976年まで務めた青葉 高氏(1916~1999)は、著書「北国の野菜風土誌」(東北出版企画 1976)や「野菜-在来品種の系譜」(法政大学出版局 1981)の中で、かけがえのない在来作物の価値を指摘、わが国でいち早く保護の必要性を訴えた研究者です。日本が飽食の時代を迎えた1980年代中盤以降、京野菜や加賀野菜が脚光を浴びる以前から、山形には在来種の価値を見抜いていた先人がいるのです。在作研では、現在年1回の公開行事と会員向けの会報「SEED」を発行しています。青葉氏が撒いた種は、教え子や遺志を受け継ぐ人々によって芽吹き、在来研を通して実を結びつつあるのです。

dokokanohatake.jpg【Photo】表紙は温海カブ。かけがえのない地域の固有の遺産である在来作物が数多く残る山形の底力を知るには最適の一冊「どこかの畑の片すみで」

 今年(2007年)8月末、山形大学出版会から在作研が編纂した「どこかの畑の片すみで」が出版されました。研究者向けの専門的な内容ではなく、身近かにある宝物の価値を一般消費者に認識してもらうための、平易な読み物となっています。冒頭では、生物多様性が必要な理由や、在来作物の保護の必要性が解りやすく解説されています。在来研の幹事を発足以来務める江頭准教授と在来研のメンバーに名を連ねるアル・ケッチァーノ奥田シェフによる対談を挟んで、地元・山形新聞夕刊に連載中の「やまがた在来作物」で紹介された45 種の在来作物の物語が写真入りで紹介されています。そこでは足掛け5年にわたる綿密なフィールドワークを通して、在作研が確認した個性豊かな在来作物とともに風土が生み出した貴重な種を受け継ぐ人々の声が紹介されています。

【Photo】2006年3月に鶴岡を訪れたイタリア・マルケ州アンコーナ県 Arceviaアルチェヴィアのシルビオ・プルガトーリ町長(中央)から、地元の在来作物を守る取り組みに対し、表彰状を贈られた江頭准教授(右)と奥田シェフ(左)

 しかし現実に立ち返ってみると、人の手による品種改良が加わった商業品種と比べれば、生産効率が悪く、個体間のばらつきが出やすい在来作物は、種を受け継ぐ人たちの高齢化も手伝って、急激に数を減らしています。山形県内各地の畑を精力的に回る江頭先生は、「去年までは作っていた」「数年前までは見かけた」という言葉とよく出くわすといいます。現代のバイオテクノロジーをもってしても、一度途絶えた種は、もう永遠に甦らせることはできません。まさに覆水盆に帰らず。在来種が途絶えることは、単にひとつの品種の滅びと、先人が残した生産技術の消失を意味するのではありません。それは特徴ある食べ物や生産物にまつわる暮らしぶりや調理法など、営々と受け継がれてきた地域の記憶とかけがえの無い財産の消失にほかならないからです。

 あなたもそんな畑の片すみに目を凝らしてみませんか?

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どこかの畑の片すみで =在来作物はやまがたの文化財=
山形在来作物研究会 編  発行:山形大学出版会
A5判 167ページ  本体定価1,429円+税

山形在来作物研究会
URL:http://zaisakuken.jp/

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