あるもの探しの旅

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クリスマス ところ変われば

 昨今、師走を迎える頃から見かけるのが、ホームセンターで手に入れた色とりどりの電飾で飾り立てた一軒家。

montenapoleonenatale.jpg もはやそれは仙台出身の俳優・菅原文太が主演した東映映画「トラック野郎」を彷彿とさせるド派手さ。ラスベガスのカジノと見まごうきらびやかなその家の主は、救世主イエス・キリストの降誕によって、地上に光がもたらされ、神の造形物の姿が蘇ったことへの真摯な喜びを表すイルミネーション本来の意味を知っているのでしょうか。

【Photo】バブル期は日本人が上得意だった高級ブランドのショップが目白押しのミラノMonte Napoleone 通りへと抜ける Vittorio Emanuelle Ⅱ 通りの12月。ライトアップされたDuomo ドゥオーモを背景に、いくつものStelle(=星々)のイルミネーションが北風に吹かれて舞い飛ぶかのように輝く

 西部開拓時代のアメリカで始まった七面鳥をクリスマスにローストにして食べる習慣は、米国資本の大手チェーン店によって、日本ではフライドチキンを食べる日へと化けてしまいました。竹内まりやの「♪ 今年もクリスマスがやってくる~」というその企業のCMソングはお馴染みなのでは? そういえば、ご主人の山下達郎も「♪ 雨は夜更け過ぎに~」というクリスマス・イブの名曲を歌っていましたね。20年ほど前は、東海地方の鉄道会社のCMで、今年は英語バージョンが自動車メーカーのCMで使われています。つくづくクリスマスで稼ぐ夫婦だなぁ。 閑話休題

Wild Turkey.jpg  北米大陸の南部には野生の七面鳥が数多く棲息しており、開拓者たちのタンパク源として重宝されたといいます。日本ではあまり見かけない淡白な食味を持つこの鳥が、実は私はビジュアル的に苦手なのです。特に頭周辺の造形がNG。有名なバーボンウイスキーの「WILD TURKEY」は文字通り "野生の七面鳥"。そのラベルにも奇怪な姿が描かれていますね。

 華やいだ町がクライマックスを迎える24日、ここぞとばかりに奮発したシャンパンでクリスマスディナーを楽しむ若いカップル。クリスマスホームパーティには、今や寿司や宅配ピザまで登場。家でプレゼントを待ちわびる子どもたちのためにサンタクロースへと変身する前に、デコレーションケーキを買って家路を急ぐお父さん。

 八百万(やおよろず)の神がいる日本では、キリスト教の宗教的祭日であるクリスマスが、商業色の強いイベントとして定着しています。さぞ預言者キリストも目を白黒させていることでしょう。

castellosforzanatale.jpg【Photo】ミラノ領主ヴィスコンティ家の居城「Castello Sforzesco スフォルツウェスコ城」。ミケランジェロ未完の遺作「Pietà Rondanini ロンダニーニのピエタclicca qui」は、ここのMuseo d'Arte Antica にある。15世紀にフランチェスコ・スフォルツァが、レオナルド・ダ・ヴィンチに設計を依頼した威容を誇る要塞にもナターレのイルミネーションが輝く

 カトリック教徒が全国民の97%を占めるイタリアの「Natale ナターレ」(=クリスマス)は、家族や親戚と過ごす静かなものです。普段は離れて暮らす家族も、日本の正月同様、ナターレには顔をあわせます。聖書にはなんら記述のないキリストの生まれた日が、12月25日とされたのは、4世紀のコンスタンティヌス帝政下のローマでのこと。

 当時、ローマで兵士を中心に広く信仰を集めたミトラ教の教義では、ユリウス暦で冬至の3日後にあたる12月25日は、ひとたび太陽神ミトラが滅びた後で、また新たに生まれ変わる日とされていました。ゴルゴダの丘で磔刑により落命したイエス・キリストが復活したのは3日後のことですね。

 313年に皇帝コンスタンティヌスがミラノ勅令でそれまで迫害していたキリスト教を公認したばかりの初期キリスト教においては、異教の教えやゲルマンの土着信仰までも取り込んで、教義が作られていったのでしょう。いずれにせよ、救世主イエス・キリストの降誕は、その受難と復活(4月8日のPasqua パスクア)と並ぶ意味深いものと捉えられます。

s-gubbioalbero.jpg 【Photo】中部イタリア ウンブリア州 Gubbio グッビオでは、インジーノ山の斜面に200個の電球で形つくられた高さ650mの巨大なAlbero di Natale (=クリスマスツリー)」が出現。1991年には世界一大きなツリーとしてギネスブックにも載った。今年は12月7日から年明け1月10日まで点灯。 ©città di Gubbio

due_torri_natare.jpg【Photo】中部イタリアの古都 Bologna ボローニャは、旧市街に張り巡らされたPortico ポルティーコ(=回廊)と「Le Due Torri ドゥエ・トッリ」と呼ばれる12世紀初めに建てられた高さが97mもあるアシネッリ(右)と48mのガリゼンダ(左)の二つの塔が街のシンボル。二本とも傾いた塔に灯された電球が、天上から降り注ぐかのような光の粒子が神の国へと導く階(きざはし)のようにも見える。ナターレの時期には、東方三博士を導いたベツレヘムの星をかたどった星型の電飾が街のあちらこちらで用いられる。けばけばしいネオンがないイタリアの都市では、シンプルな装飾が街の佇まいの美しさを際立たせる

 全世界で10億人以上の信者がいるカトリックの総本山バチカンがあるイタリアでは、12月25日から数えて四週前の日曜日から、救世主の誕生を待ち望む「Avvento アッヴェント・待降節」に入ります。近世になるまでは待降節に入ると、肉食は禁じられていたといいます。今日ではそのようなことはありませんが、Viglia ヴィジリア(=クリスマスイヴ)の12月24日は、現在でも肉を控え、魚を食べる習慣が守られています。

 このところ日本食ブームのヨーロッパですが、こと食に関しては保守的な面の強いイタリア。日本のホームパーティーのように Sushi Buon Natale! (=メリー・クリスマス)とはいきません。ナターレから Capodanno カポダンノ(=正月)にかけてよく食べられるのが Anguille (=ウナギ)。ブツ切りにしてフリット(=フライ)やトマトソース煮で食されます。ローストビーフやラビオリ・トルテリーニなどのパスタにして食卓に肉が登場するのは、翌日の25日。この規律は今もほぼ厳格に守られています。

 イタリアのクリスマス菓子といえば、最近は日本にも輸入されている「Panettone パネットーネ」を思い浮かべます。これは ロンバルディア州ミラノが発祥。東隣のヴェネト州ヴェローナ生まれの「Pandoro パンドーロ」も捨てがたいところ。11月になる頃から、店先にはこれらナターレの菓子がディスプレーされるようになります。

pandoro_panettone.jpg【Photo】背が高く、横断面が★型になるパンドーロ(左)と上面や中身にさまざまなドライフルーツやアーモンドなどが入るパネットーネ(右)は、ともにナターレに欠かせない  

 安価な材料を用いた粗悪品の登場に業を煮やしたイタリア政府は、2005年に天然酵母と良質なバター・鶏卵などを使用することを求めた製法と材料及びその使用割合に関する法令を定めました。

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 オレンジピールやレーズンなどのドライフルーツやチョコレートを生地に加えて味のバリエーションを演出したのがパネットーネ。かたやプレーンな生地にバニラフレーバーの粉砂糖をかけていただくパンドーロ。イタリア人でも両方食べる派とどちらか一方だけ派のふた手にに分かれます。日本の店頭では保存がきくドイツのクリスマス菓子「シュトレーン」と並んで、パネットーネを目にする機会のほうが多いかもしれませんね。

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 Bauli などのマシンメイドの大手のメーカー品から、Pasticceria パスティッチェリア(=菓子店)でハンドメイドされるものまで、大きさにもよりますが、ものによって価格差は三倍程度。伝統的な味を求めるのなら、多少お高くても、シットリとした生地が美味しいパスティチェリアのものをオススメします。スーパーに山積みされていたパネットーネ・パンドーロも、25日を過ぎると日本と同じくバーゲンプライスになるのは、ところ変われど同じです。

Presepe-Piazza-San-Pietro.jpg【Photo】クリスマスを控え、世界中から信者が訪れるバチカン サンピエトロ広場に設けられた等身大の巨大な「Presepio プレセピオ」。キリスト誕生の場面を再現したプレセピオは、待降節の頃からイタリアでは街角や家庭で飾られる。プレセピオについては次回詳しく。

 アッヴェントから、東方三博士が神の子の誕生を祝いに訪問した1月6日の「Epifania エピファーニア・公現祭」までが、ナターレの期間。プレセピオやツリーなどクリスマス飾りが片付けられるのもこの時です。イタリアの子どもたちはこのエピファーニアを心待ちにします。なぜなら、この前夜に魔女さながらの風貌をした「Befana ベファーナ」がやってきて、窓辺に下げた靴下の中にお菓子などのプレゼントをくれるから。この箒に乗った老婆は、心掛けの良くない子には木炭を入れてゆくのだとか。

befana-navona.jpg ベツレヘムでキリストが生まれた厩への道を尋ねた三博士を門前で一度は追い払った一人の老婆がいました。神の子が生まれたという噂を伝え聞いていた老婆は、すぐに改心して三人の後を追うのです。その道すがら、子どもたちに施しをしたという伝説がもとになったとされるベファーナ。アメリカから"輸入"された「Babbo Natale バッボ・ナターレ(⇒直訳すれば "クリスマス父ちゃん"。サンタクロースのこと)」がイタリアで浸透してきたのは最近のこと。「バッボ・ナターレとベファーナ両方からプレゼントがもらえるイタリアの子どもになりたーい!」 なんて言っている子はいませんか? そんな子は炭しかもらえませんよ~ (笑)

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【Photo】ローマ・ナヴォーナ広場のクリスマス市で売られていたBefana ベファーナの人形(上画像)「Quest'anno... solo carbone (=今年は... 炭だけだよ)」魔女のような姿でも、どこかユーモラスなベファーナ

★次回「プレセピオで迎える Natale」に続く

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