あるもの探しの旅

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「亀の尾」の故郷の酒

庄内の美味を堪能する会 《中編》

庄内の美味を堪能する会 《前編》 寒中に寒鱈で乾杯 より続き

 大寒の前日1月20日(日)に決行された「庄内の美味を堪能する会」もいよいよ佳境。次なる目的地は、私が密かに仕込んだツアーの隠しテーマ「燗酒と寒鱈のマリアージュ」に向けた伏線となる「鯉川酒造」です。目指すは、田園風景が広がる庄内平野のほぼ中央、山形県東田川郡庄内町。sigkameji.jpg 2005年7月に旧余目町と旧立川町が合併して誕生した町です。そこは私たちが日頃食べているササニシキ・ひとめぼれ・コシヒカリといった優良銘柄米のルーツとなった米「亀ノ尾」の生みの親、阿部 亀治(1868~1928)が生まれた地でもあります。亀治の生家がある同町小出新田から目と鼻の先では、8基の風力発電用の巨大な風車が「日本三大悪風」に数えられる強い局地風「清川ダシ」を受けて回っていました。この一帯は春から秋にかけて、新庄盆地から最上峡を抜けて吹き抜ける寒冷な強風のために、たびたび稲作への深刻な被害を受けてきました。冬場には地吹雪に見舞われるこの地に暮らす人々は、過酷な自然と向き合わねばならなかったのです。

swan.jpg【Photo】近代のコメ作りに偉大な足跡を残した阿部亀治(上写真)一面の雪原と化した庄内平野。この旧藤島地区から旧余目地区にかけては、地吹雪が頻発する地帯。最上川河口から飛来して羽根を休めるオオハクチョウ(下写真)

 その地が冷害に襲われた1893年(明治26年)、青立ちの穂波の中で黄金色の実をつける3本の稲穂をたまたま目にした亀治は、「耐冷性に優れた個体ではないか」と直感し、その稲をもらい受けます。試行錯誤の育種を重ねた4年後に再び襲った冷害の中、亀治の稲は見事に実を結びました。その米は育種に成功した発見者の名をとって亀ノ尾と名付けられます。亀治は評判を聞きつけて籾を求める人々に無償で種籾を分け与えたといいます。

 1905年(明治38年)、東北の太平洋側は天保飢饉以来の大凶作となり、大量の種籾の注文が亀治のもとに寄せられました。亀治は、厳選した種籾一斗分(約18ℓ)を宮城県庁あてに寄贈したのです。優れた耐寒性と早収性、食味から亀ノ尾は東北の主力品種として広く普及してゆきます。現在では日本の穀倉地帯としての役割を担う東北地方も、明治・大正期には、単位あたり収量で16位の山形、20位台後半の宮城・福島以外、青森・秋田・岩手の北東北三県は全国でも最低レベル。凶作時には口減らしをせざるを得なかった東北のコメ作りの歴史は、ひとえに寒さとの闘いであったのです。

KiichiAbe.jpg【Photo】風ぬるむ5月中旬。残雪を頂く鳥海山(右奥)を望む先祖伝来の田に亀の尾を手植えする亀治の曾孫、阿部 喜一さん(左)と奥様のひろ子さん(右)

 その構図を劇的に変えたのが、耐冷性に秀でた亀ノ尾でした。このコメは大正末期の1920年代には19万haあまりに作付け面積を増やし、大正期から昭和十年代にかけて、東北・北陸はおろか、朝鮮半島や台湾にまで普及してゆきます。やがて戦後生まれの耐病性に優れ収量も多い品種に押されて飯米としての作付けが減り、一時は幻の米と言われた亀ノ尾。 漫画「夏子の酒」のモデルとなり、近年では酒米として復権しつつあります。

 その発祥の地・庄内町で1725年(享保10年)に創業した鯉川酒造は、現在も自ら所有する水田で亀の尾(※注)を育て、地元の米にこだわった酒造りを続ける蔵です。年産850石(=153,000ℓ)を醸すこの蔵の11代目となる佐藤 一良社長が目指すのは、米の旨みが凝縮し、適度に熟成した純米の酒。アルコール添加の本醸造酒も需要があるために若干は造るものの、主力はあくまで純米酒。冷やで香りが立つ淡麗な生酒ではなく、理想は複雑な味わいが楽しめる「ぬる燗」で食事を通して楽しめる酒だといいます。 (※注:現在では「亀の尾」と表記する)
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【Photo】鯉川酒造では、蔵に隣接する水田に井戸水を引いて亀の尾を育てている。無農薬栽培のため雑草に覆われた畦に立つ佐藤社長

 鯉川酒造の先代、佐藤 淳一氏が亀治の曾孫にあたる阿部 喜一氏から亀の尾の原種籾を譲り受けたのが1979年(昭和54年)の冬。"亀治爺さんの遺言だから"と、喜一氏は毎年水田の10平米ほどの狭い一角で亀の尾を細々と造り続けてきたのです。その場には後に稼業を継ぐ長男の一良氏も立ち会ったのだそう。蔵の近隣で米作りをしていた当時の杜氏 佐藤 隆氏とともに栽培を始めたのが翌1980年春のこと。初年度の秋は全て種籾用に収穫されました。穂丈が長く倒伏しやすいうえ、化学肥料や農薬が導入される以前の品種だけに、現代の一般的なコメ造りとは異なる亀の尾の栽培には、苦心を重ねたようです。

 無農薬による栽培を軌道に乗せた1981年の翌年2月には亀の尾を混醸した純米酒を世に出します。その年の秋に収穫した亀の尾だけで仕込んだ純米酒が作られたのは、翌1982年春のことでした。その歩みには亀の尾を生んだ郷土の蔵元として、忘れられた米・亀の尾復活にかけた淳一氏の使命感と矜持があったように思えます。こうして地域の伝統に根ざした特色ある酒造りをしていた淳一氏が1993年に急逝します。落胆する間もなく蔵を継いだのが一良氏です。それは氏が前年7月にそれまで11年間勤めた協和発酵工業㈱から実家に戻った矢先のことでした。

2006.7.1attico.jpg【Photo】梅雨期に訪れた鯉川酒造の亀の尾栽培田。冷立稲の中から亀治が発見した3本の稲のDNAを受け継ぐ直系の稲が育つ。「無農薬田の土の色を覚えておいてください」とは社長の弁

 協和発酵在職中にワインアドバイザーの資格を取った一良氏は、ワインの買い付けと営業を担当しました。商談で訪れた欧州のワイナリーで目にしたのが、土壌や気候といった産地のテロワール(≒風土)を反映した結晶ともいうべきブドウへの徹底したこだわりでした。s-2006.7.1jyunmaidaiginjyou.jpg Enologist エノロジスト・Enologo エノロゴ(=醸造家)の技量もさることながら、常に畑でブドウと向き合う Agronomo アグロノモ(=栽培家)の存在が、醸造酒であるワインの品質を決めるのです。いかに腕の良い醸造家でも、品質が悪いブドウから良いワインは造れないのが道理。それは氏が酒造りと表裏一体になった農業の大切さを認識する契機となりました。造り酒屋の跡取りとして、原料となる米に及ぼす土や水の力、いわばテロワールの重要性を肌で感じたのです。かつて清川ダシに苦しめられた農民たちを救ったコメ発祥の地で酒造りをする以上、亀の尾は避けて通れない道筋。契約農家を含め蔵に隣接した自家所有の水田で無農薬で亀の尾を栽培する佐藤社長は、将来的には原料米も全て地元産にしたいと夢を語ります。

【Photo】亀の尾を40%まで磨く贅沢な造りをする「純米大吟醸生原酒 阿部亀治」。繊細な香りを活かすため、中硬度の自家井戸水ではなく鳥海山系の軟水を仕込み水に用いる。郷土の偉人、阿部 亀治に捧げた酒。墨痕鮮やかな揮毫は亀治の曾孫、阿部 喜一氏の手になるもの

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【Photo】仕込みを待つ米は、ほとんどが地元産。庄内町に4町歩以上の契約栽培田がある。中央にうずたかく積まれたのが亀の尾。手前は蒸した米を平らに伸ばした上に麹種をかけた状態。この後、麹室に入れられる

 
 バスで一面雪に覆われた庄内町を走ることしばし。ほどなく黒塀とこんもりとした木立に囲まれた鯉川酒造に到着しました。佐藤社長には、冷たい風のなか、わざわざ蔵の外で迎えて頂きました。築100有余年の歴史と風格を漂わせるお屋敷の座敷で社長のお話を伺いながら、奥様に蔵の仕込み水となる井戸水で点(た)てた抹茶とお茶菓子でおもてなし頂きました。こちらの蔵では、いつもこうして仕込み水の味を確認してもらおうと抹茶とお茶菓子でおもてなし頂きます。凛とした空気が漂う仕込み蔵に移り、契約農家から納められる酒米の90%以上が地元産という米蔵を見せていただきました。酒造好適米として広く高い評価を受ける「山田錦」や、kamijikoujitsu.jpg熟成に耐えるバランスの良さで近年注目を集める秋田生まれの「美郷錦」に加え、特Aランクの優れた食味を持つ「はえぬき」や高級酒用に開発された「出羽燦々」、そして「亀の尾」など地元山形ならではのコメが仕込みを待ち受けています。この冬から杜氏を勤めるという高松 誠吾 製造部長の解説のもと、亀の尾で仕込んだ純米吟醸「亀治好日」を試飲させていただきました。通常は火入れをして味を落ち着かせてから出荷される酒ですが、このしぼりたての生酒は亀の尾特有のほのかな酸味と甘味が入り混じり、炊き立てのご飯のような米の香りが含み香として残ります。燗をつけた食中酒としての旨さをかつて私に知らしめてくれたこの酒、ぜひぬる燗でお試し下さい。

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【Photo】火入れ前のしぼりたて「亀治好日」を試飲。「まだ味が落ち着いていませんが・・」というものの、精米歩合55%の活き活きとした亀の尾の香りが後を引く(上写真)      裸電球の熱で発酵を促すと語る杜氏の高松 誠吾 製造部長。櫂棒(かいぼう)で醪(もろみ)を攪拌すると底に溜まった炭酸ガスがボコボコと抜けてくる(左写真)

 温度管理に細心の注意を払うという発酵中の大吟醸の酒母からは、すでに良い香りが立ち上がってきます。発酵を均一に進めるため、日に2~3回の攪拌は欠かせないといいます。蔵限定の火入れ前の亀治好日を味わえただけでなく、手をかけた造りをする日本酒の奥深い世界を窺い知ることができ、一同感激した面持ちでした。大吟醸特有の華やかな吟醸香を楽しむだけではなく、数年寝かせてから燗にして複雑な味わいを楽しんでほしいというこの蔵では、純米大吟醸のバックヴィンテージをいくつか抱えているようです。この日の夜、食卓を共にした佐藤社長が持参されたのは、まさにそんな秘蔵の一本でした。

 仕込み蔵から再び座敷に戻った私たちを待っていたのは、ぬる燗をつけた「鉄人うすにごり」なる純米吟醸でした。2005年3月に劇場公開された映画、実写版「鉄人28号」の監督、冨樫 森 氏は佐藤社長の高校時代の同級生。1960年代にアニメ放映された横山 光輝原作の「鉄人28号」tetsujinusunigori.jpgのリメイク映画を友人が手掛けるとあって、佐藤社長が一肌脱いで造った酒です。通常は庄内町の契約農家が栽培する酒米「五百万石」から造る酒ですが、私たちが頂いた平成18BYの酒は、五百万石が不作だったため、「出羽燦々」で醸したのだそう。かつて社長も胸躍らせたであろう鉄人の名を冠した酒は無敵の旨さ。淡い粉雪のような濁りはさほど強くはなく、43度の適温に燗をつけた酒は、さらりとした飲み心地。佐藤社長によれば、人間の体温に近いぬる燗の酒は、アルコール吸収のストレスがなく、肝臓が効率的に働くのだそう。仕込み水をチェイサーにすれば、二日酔いなど決してしないのが純米酒の良さでもあるとも断言。世の呑ん兵衛諸氏、純米酒を愛飲しましょうね。(笑)

【Photo】細やかなもろみの粒子が溶け込んだ「鉄人うすにごり」。和風モダンなラベルともども、音楽を愛し、自作した「出羽燦々」のPRソングを持ち前の美声で歌い上げる蔵元の遊び心ある一本

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 蔵元が座敷の障子を開くと、雪に埋もれたお屋敷の庭が目に入ります。重ねる盃は淡い白雪のような「うすにごり」。飲み心地の良さも手伝って、つい長居をしてしまいそうでしたが、ツアーの仕上げとなる「燗酒と寒鱈のマリアージュ」を皆さんに体感いただく時間が迫っていました。とっぷりと日が暮れ、ツルツルのアイスバーンと化した「庄内こばえちゃライン」を時速30キロで向かった先は、鶴岡市のアル・ケッチァーノ。奥田シェフには「寒鱈尽くしで一行を昇天させてね」と頼んでありました。佐藤社長を交えて始まった寒鱈と燗酒の宴はいかなるものだったか? "細工は流々、仕上げを御覧じろ" ということで、詳報は次回庄内の美味を堪能する会 《後編》 「燗酒と寒鱈で乾杯」! (引っ張るなぁ、今回は・・・)  つづく

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コメント

「亀の尾」のお話し…非常に興味深く読ませて頂きました。私が初めて亀の尾の存在を知ったのは、山形の農家の男性達で結成しているバンド「影法師」の曲からですが、こんなに深い背景があったとは知りませんでした。
ちなみにこの方たちも亀の尾を使って、独自にお酒を作っていますよ。
http://www.kageboushi.jp/05_bazar/sake/sub/sake_2.htm

それにしても「燗酒と寒鱈のマリアージュ」…どんな魅惑的な宴だったのでしょう?気になりま~す。

▼おっかぁ早坂様
自らは「亀ノ尾」を商いの道具にはせず、種籾を求める人には無償で分け与えた阿部亀治。現代の美味しいお米の系譜をさかのぼると、必ず亀ノ尾にたどり着くそうです。東北には偉大な先人がいたのですね。庄内系としては、亀治翁に見習いたいところ。

私がお付き合いさせて頂いている庄内の農家の方たちも、どこかしらそんな亀治と相通じる心の豊かさを感じさせます。

「寒鱈と燗酒の宴」で呑み喰いしたものは今思い返してるさげぇ、もちょっと待ってくれの~(ネイティブでもないくせに何故か庄内弁)

こうした、長い長い物語の結果として、
美酒が生まれているのですね。
たくさんの人々を想い浮かべながら味わうお酒は
より味わい深いものになりそうですね。

…「鉄人うすにごり」気になります!飲みたい!

▼nagi 様
 コメント頂きありがとうございます。
 山田錦や美山錦は酒造好適米としてもてはやされますが、飯米がそうであるように「どこもかしこもコシヒカリ」みたいになっちゃつまらないと思う者です。
 気候風土に叶った適地適作の産物を旬に頂くことこそ、環境負荷をかけない持続可能な農業と消費の姿。季節が良くなってから、「亀の尾」にまつわる物語りを探しに風の町をもう少したどってみたいと思います。

どんな話になるのか? The answer, my friend, is blowin' in the wind,
The answer is blowin' in the wind. by Bob Dylan なーんちゃって。

 
 
 

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