あるもの探しの旅

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燗酒と寒鱈で乾杯

庄内の美味を堪能する会 《後編》
in 「al.chè-cciano アル・ケッチァーノ」

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 アイスバーンをそろりそろりと走るバスは、およそ30分遅れで鶴岡市アル・ケッチァーノに着きました。私たちを見送った後、自らの車で合流願った鯉川酒造の佐藤社長は、すでに到着済み。総勢22名での会食とあって、私たちのテーブルは昨年7月にアル・ケッチァーノの隣にオープンしたカフェ「il.chè-cciano イル・ケッチァーノ」を貸し切る形で用意してもらいました。そこには、四里四方の並外れた素材と稀代の料理人 奥田 政行の感性が共鳴しあって現出する唯一無二の世界を五感で味わってもらおうという仕掛けが用意されています。

 およそ一年前、がらんとした改装前の空間で、新しい店のコンセプトを2度ほど奥田シェフと語りあったことがあります。実現したアイデアのひとつが、"料理の背景を学べるレストラン"。そのため、変化に富んだ庄内の地勢を丹念に描いた俯瞰図や映像スクリーンが設えられました。そこに映し出されるのは、移ろいがはっきりとした庄内の四季、豊かな山海の産物、生産者たちの姿・・・。カウンターキッチンで調理をしながら映像や料理の説明がされるという趣向です。そう、「大人の食育」。この店では、運ばれてくるお皿の中だけでなく、皿の外にも素敵なストーリーが隠れているのです。

seisan_greenseat.jpg【Photo】イル・ケッチァーノに用意された生産者優先席

 逆立ちしても都市部のレストランには真似ができない素材が生産される場と物心両面で一体となったアル・ケッチァーノの厨房。この店のもう一方の主役は厨房を支える生産者にほかなりません。素晴らしい食材を提供してくれる生産者のために、店の一角には"生産者優先席"が用意されています。プロの技で生まれ変わった素材は、生産者に新鮮な驚きと持続する意欲をもたらすはず。"品質が優れていても販路が開けない"という生産者支援のために、首都圏の料飲店へ庄内産食材を紹介する取り組みは、奥田シェフがかねてより個人的にしてきたことでした。2004年4月からは山形県が委嘱する「食の都庄内親善大使」として、対外的な広報活動は県の事業となり、その範囲も仙台・東京・関西へと広がり今日に至っています。

haracucina-2.jpg【Photo】食の都庄内食材マップ・ハラクチーナ(表紙)イラストは鶴岡出身の絵本作家・土田義晴氏

 さまざまなマスメディアに登場する機会が増えた昨今、当の本人も予想だにしない速さで「食の都 庄内」に対する人々の認知は進みました。しかし、現状ではシェフ個人と店の名前が一人歩きしている感が強く、本来は長い時間をかけて取り組むべき広範な底支えのための体制づくりは、道半ばの状況にあります。タレントなるがゆえ舞い込む依頼に時間を割かれ、料理人の本分を離れることが増えた過去1年半。料理がかつての輝きを失って毀誉褒貶にさらされた時期もあります。友人として奥田シェフにはあれこれ言ってきましたが、稀有な才能を活かすも殺すも本人の自覚と周囲の環境作りあってのこと。人々の目が庄内に向いている今だからこそ、「ご利用は計画的に」ですぞ!

 今回のツアー参加者には、「食の都 庄内食材マップ・ハラクチーナ」を事前にお渡ししておきました。JR東日本が山形県の出先機関である庄内総合支庁や奥田シェフ・山形大学農学部江頭准教授らの監修・協力のもと作成したこのマップ、庄内産食材の解説が写真やイラストと共にびっしりと記載してあります。最もその食材が美味しい旬や各地で切磋琢磨しあう産地直売所の特徴も紹介。良質な穀倉地帯でありながら、米だけでなく多種多様な産物に恵まれた食の都庄内の魅力を余すところなく伝えてくれるなかなかのスグレモノです。

 夏の日照の多さと厳しい冬の気候は食材に個性を与え、照葉樹林に覆われた山々は豊かな山の恵みだけでなく、糧(かて)を生み出す大地を潤す水をもたらし、沖合いでは寒流の親潮と暖流の黒潮が出合って南と北で潮目が異なる庄内浜には、持ち味の異なる豊富な海の幸が年間を通して揚がります。北前船交易や出羽三山信仰によって、さまざまな種が持ち込まれたそこは、民間育種が盛んな土地柄。独自の進化を遂げた個性豊かな在来作物が60種以上も残る稀有な地域でもあります。恵まれた飼育環境のもとで盛んな畜産を含め、年間通して旬の食材に恵まれた地域を自己プレゼンテーションする媒体としては一通りの情報が網羅してあります。

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【Photo】アル・ケッチァーノのオリジナル純米吟醸「水酒蘭」はイイデヴァの泉を仕込み水として鯉川酒造で醸される。「蔵元封緘」のブルーボトルを飲み干した後は一輪挿しに
 
  いまは雪に覆われたこの地が、いかに豊かな食の大地であるのか、日帰りツアーの限られた時間の中で果たして皆さんにどれだけ実感として感じて頂けたかは判りませんが、このマップを手に再びこの地を訪れて頂きたい。そう思ってのことでした。今回、皆さんをご案内したツアーのいわばメインディッシュが寒鱈を使った奥田シェフお任せフルコースとあって、日本酒と寒鱈の相性、なかでも「燗酒と寒鱈のマリアージュ」を試したいと思っていました。ワインアドバイザーの資格をお持ちで、ぬる燗にした純米酒の食中酒としての守備範囲の広さを語れる鯉川酒造の佐藤社長は、皆さんのガイド役として最適任でした。酸味ベースの白ワインよりは、旨みベースの日本酒のほうが、それも脂が乗った寒鱈には、燗酒が合うであろうことはおよそ察しがつきました。過去5年、優に100回以上にわたって、奥田シェフの手になる料理を食べてきた私の経験では、食材としての汎用性が広いタラ料理には、何といっても日本酒がドンぴしゃで合いそうでした。スプマンテで乾杯した後、アンティパストの食中酒としてお願いしたのはアル・ケッチァーノの入口脇に湧く「イイデヴァの泉(Fontana ii-de-va フォンターナ・イイデヴァ)」の伏流水で仕込んだ純米吟醸「水酒蘭(みしゅらん)」。

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 店のVino del casa(=ハウスワイン)にあたるこの酒は、庄内産の酒造好適米・美山錦を使って鯉川酒造で仕込まれます。かつて奥田シェフは地下150mから湧くこの月山水系の伏流水の存在が、店を現在の地で開く大切なファクターだったと語っていました。「ほったな(=そんな)金など要らないから、汲んでっていいでば」という庄内弁が命名の由来だというこの泉。水酒蘭のラベルには「月の山の水」と「郷のお米」で仕込んだ酒であること。そして、その水の由来が記されています。そこに曰く ― "月の山で生まれた清らかな水は 豊かな清流となって大地に潤いをもたらし 海の恵みとなって再び山へと帰ります "


 幾度も蔵人がアル・ケッチァーノの料理を口にして味が決められていったという水酒蘭。そのなりたちを佐藤社長にご説明いただいているところに、お待ちかねの料理が登場しました。

cappellini.jpg【寒鱈の胃袋とカラフル野菜の冷たいカッペリーニ燻製の胃袋をちらして】
 コリコリとした鱈の胃袋の歯ごたえと、シャキシャキしたパプリカを、オイルとほのかな塩味でまとめたシンプルな冷製パスタ。スモークした香ばしい鱈の胃袋が、ナッツィーな芳香のオリーブオイルと絡みます。澄んだ香りのハーモニーが楽しめるスプマンテとの相性がいい一皿。

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【寒鱈と遊佐の燻製ニジマスをサンドしたミルフォーリエ】
 鳥海山の裾野、庄内最北に位置する清水の里、遊佐町。その清流に暮らすニジマスをスモークし、昆布〆した寒鱈とサンドにしたミルフォーリエ。一見、一切れの肉のようにも見て取れますが、正体は淡水魚と海の魚のミルフィーユです。散りばめられたニジマスの卵が、プチプチとした歯ごたえを。ボイルしてダイスにカットしたブロッコリーの茎がコリコリした食感を残し、フェンネルの香りが心地よく響きます。ひと手間加えた素材が奏でる調和と一体感を楽しみたい奥田シェフらしい一品。

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【寒鱈の白子とカリフラワーの温製フォンデュータ】
 さっと湯煎したぷりっぷりの白子。今も蘇るトローリとろける口どけ。付け合せのマッシュド・カリフラワーともども、お口の中一杯に広がる人肌なトロトロ感が堪りましぇん。うーん、シアワセ・・・。口で感じる食材の温度が絶妙。まったりとした隠微さすら感じさせる食感は病み付きになりそう。白子とマッシュド・カリフラワーの相性もバッチリ。見事な奥田式掛け算の料理。

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【寒鱈のタラの子とエリンギのスパゲッティ 柚子の香り】
 2003年、イタリア・マルケ州アルチェヴィアを舞台に行われたオーガニックの祭典「Biologica」に出店した際にもイタリア人から好評を博したアル・ケッチァーノ流タラコ・スパゲッティ。この時期ならではの寒鱈の鱈の子を使ったアレンジバージョンでこの夜は登場。パスタに和える時間がどんぴしゃなのでしょう、獲れたての鱈の子には、たっぷりと半生の鱈の子が絡んでいます。プチプチと口の中で弾けてロングパスタとの一体感もバッチリ。バターがもたらす深いコク、ほのかな柚子の香りと弾力あるエリンギが食感にアクセントを与えていました。

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【寒鱈とタラレバー(アブラ腑)のロッシーニ風】
 「セヴィーリャの理髪師」や「ウイリアム・テル」で知られるイタリアの音楽家ロッシーニは、たいへんな美食家として知られました。トリュフとフォアグラをこよなく愛した音楽家は、料理に専念するため37歳で本格的な音楽活動から身を引いてしまいます。そんなロッシーニが編み出したといわれるのが牛フィレ肉とソテーしたフォアグラとトリュフをあわせ、マデラ酒と肉汁のソースを掛けた料理「トゥルヌド・ロッシーニ」。これは牛フィレの代わりに脂が乗った寒鱈の白身のソテーを使い、フォアグラの代わりに鱈の肝臓(あぶらワタ)を使った香ばしくも濃厚な一皿。

JYUNDAIH15BY.jpg この重量級の料理には、佐藤社長の秘蔵の一本「鯉川 純米大吟醸15BY」をマッチング。社長が持参された錫製の燗付け器で43℃の適温に温められた古酒は、ふくよかなボディと複雑さを増した味の広がりを遺憾なく発揮してくれました。イタリアの世界的ギタリスト、オスカー・ギリア氏や日本のトップギタリスト福田 進一氏らを招いて2005年8月に開催された「庄内国際ギターフェスティバル」のレセプションディナーでも、鯉川の3年熟成純米大吟醸を燗で頂きましたが、フルボディの上質な赤ワインの役割を見事に果たすことに舌を巻きました。「もうこの平成15年の純米大吟醸は蔵にも在庫はないんです」と佐藤社長。

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 平成15年は、私が山形全域を担当し、庄内の魅力と出逢うきっかけとなった年。太平洋側のコメが深刻な冷害で不作となり、平年通りの作柄に恵まれた庄内米の美味しさに目覚めた年でもあります。蔵で丸4年を経た出羽燦々の昇華した味わいは、またひとしおでした。非売品だという希少な一本をご提供頂いた佐藤社長に感謝。レア物マニアの皆さーん、このレポートを読んで社長に泣きついても無駄ですよー。

hamaguri.jpg【寒鱈とハマグリのクリームスープ雪(岩)海苔で!】
 平たく言うと、アル・ケッチァーノ風の寒鱈汁。この鱈のブイヤベース22人前を作るのに、4尾の寒鱈を投入したという原価率が高い一皿。こうした郷土料理をベースにした創作料理は奥田シェフの真骨頂。浮き身はわけぎとグリシーニ。庄内浜の岩海苔が磯の香りを運んできます。

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【寒鱈の骨身とジャガイモのサラダ】
 寒鱈の中落ちをボイルして、一旦パサパサに。マッシュポテトを泡立てた生クリームと混ぜて爽やかな味でまとめた口の中をさっぱりさせるワンポイントの一皿。トッピングはアンディーブ。オリーブオイルとピンクペッパーはお好みで。


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【寒鱈の尻尾の身とキャベツ・カラスミのスパゲッティーニ】
 アル・ケッチァーノでは、庄内浜に揚がるフグとの組み合わせで出されることが多い薄い塩味のパスタ料理。運動量が多い尻尾に近い部分を使い、身の締まった寒鱈の美味さを実感。甘みが乗った柔らかなキャベツとの相性は、フグも寒鱈も共に良好。自家製のカラスミは鶴岡市内にある美味しい某寿司店「H」の親方に頼んで作ってもらっていると、かつてシェフが語っていましたっけ。

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【伝統野菜「宝谷カブ」のピッツァ】
 鶴岡市の高台、庄内平野を一望する宝谷地区に伝わる在来野菜「宝谷カブ」。同地区で唯一この細長い青首のカブを守ってきたのが畑山丑之助さん。水田の畦の斜面を焼畑として使って栽培します。持ち味の幾分もっさりした辛味が、加熱することによって甘みへと変化、オイルもチーズも使わないピッツァ生地とのシンプルな組み合わせ。

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【羽黒産仔羊のモモ肉ローストと藤島産糸カボチャ】
 鶴岡市羽黒町で肥育農家の丸山光平さんが手がける絶品のサフォーク羊。夏の間、月山の麓で放牧された羊たちは、畜舎に戻ると鶴岡特産のだだちゃ豆の鞘や穀類・藁などを与えられ、そんじょそこいらの羊とは一味もふた味も違う肉質に仕上がります。この夜は生後10ヶ月ほどの仔羊のモモを絶妙の火加減でローストして頂きました。鶴岡市藤島地区に伝わる糸カボチャのシャキシャキした食感も印象的。

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【笹川流れの新月の塩入りチョコムースと新月の塩のジェラート(左)イタリア伝統焼き菓子とマタタビチョコラータ(右)】
 地球に及ぼす月の引力が最大となる新月の夜、海水中のミネラル成分が高まるのだといいます。新潟県山北町の名勝「笹川流れ」の透き通った海水を汲み上げ、薪火で15時間煮沸。浮き上がったキラキラの結晶を集めたピュアソルト。好評の満月の夜に汲み上げた「月の雫の塩(Sale de-sio サーレドシオ)」に続く新たなオリジナルの塩「新月の塩」が隠し味になったチョコレートムースとジェラート。北イタリアピエモンテ伝統の焼菓子とマタタビ入りの濃厚なチョコ菓子

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【Photo】 豪華フルコースを完食後、お世話になった奥田シェフと佐藤社長を囲んでこの日の参加メンバー一同でハイ、チーズ。

 あ~あ、食べた(*^¬^*)。 かくして、大寒の前日に決行された「庄内の美味を堪能する会」の締めを飾った寒鱈尽くしのたらふくフルコースは、大食漢の寒鱈さながらにぺロリとメンバーの胃袋へと収まったのでした。朝早くからご一緒させて頂いた皆さん。よくぞ食べたり。伝え聞くところでは、帰宅後に胃痙攣を起こして難渋した方もおいでとか。体を張った当ツアーにご参加頂いた皆さん、おつかれさまでした。

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コメント

「他所にはどこにも真似が出来ない」とアル・ケッチァーノの凄さを語っていた五年前の庄内系イタリア人さんの言葉を鮮明に記憶しています。コマーシャライズされることによるプラスマイナス。思いは複雑なのでしょうね。『地域の宝』を見いだした人を地域がこれからは支えることの大切さ。できることからコツコツと、でしょうか。

いこいの村庄内で催された先日の集いで、藤沢カブの種を伝えた後藤さんの奥様やトマトや小松菜を生産する井上さんらを尊敬の言葉でご紹介された庄内系イタリア人さんの思いは、会場でも共有されましたね。伝えるに値するものの大切さと伝えてゆくことの重さを改めて実感しています。

▼Sole様

 コメント頂きありがとうございます。アルケのお任せコースをこうしてブログでご紹介するのは今回が初めてとなります。皿に盛られた料理の写真と言葉だけでは決して表現できないのが、素材のもつ素敵なストーリー。それを知ってこそ、あの店のメッセージが伝わろうかと思います。おちゃらけグルメレポーターとしてメタボ街道まっしぐらの彦麻呂じゃありませんが、庄内は「んめものの宝石箱やぁ~」(笑)

 「いこいの村庄内」では、鶴岡市藤島の豊栄地区でかつて栽培されていた在来野菜「豊栄大根」がパスタ料理で登場しましたね。5年ほど前に始まった復活に向けた取り組みは知っていましたが、実際に口にしたのは今回が初めてだったので、ちょっと感激しました。

 食にまつわるスキャンダルや移り変わりが目まぐるしい一過性のモノが溢れる時代だからこそ、うわべの世界とは無縁のこうした地元の伝統を伝え守る人たちの取り組みが一層輝いて見えます。

 

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