あるもの探しの旅

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桶仕込み醪の味わい

隠し蔵「金龍蔵」訪問記

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 2月16日(土)、「みやぎの酒女性応援団」の催しが行われました。"宮城の郷土料理には宮城の地酒を"という、食と酒の地産地消の推進を目的に昨年6月に発足したこの会。Cucina(=食)とVino(=ワイン)が一心同体のイタリアでは共通言語となる「Cucina locale(=地方料理)」の素晴らしさを知る者の一人として、emblem_kinryuu.jpg旗揚げの会【Link to back number】に参加して以来、不本意ながら幽霊会員と化していました。今回は一般に開放していない酒蔵「金龍蔵」を訪れるというので、風邪気味の体をおしてマスク姿で参加しました。

【PHOTO】金龍蔵 純米吟醸のタグに描かれた仕込蔵(右)壁面には「金龍」の印がくっきり(左)軒先に下がる青々とした酒琳が新酒の仕上がりを告げる金龍蔵の門構え(下)。中央奥が仕込蔵、右手奥に土蔵

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 前身となる「糀屋酒造店」の創業が1862年(文久2年)。146年の歴史をもつこの小さな蔵は、岩手・秋田県境とほど近い宮城県内陸北部の栗原市一迫(いちはざま)にあります。栗駒山系の良質な地下水脈に恵まれ、「金龍」銘柄の佳酒を代々生み出してきました。後継者難のために縁戚関係にあった一ノ蔵の傘下となり、「金龍蔵」として再出発したのが1991年(平成3年)9月。2005年(平成17年)からは伊達藩の御用酒蔵だった仙台の勝山酒造で46年間杜氏を勤め、幾多の受賞歴を持つ南部杜氏 照井 丸實(てるいまるみ)氏を迎えて現在に至っています。ちなみにご主人を亡くされた後、4年間蔵を守った佐藤 洋子さんは、姉が嫁いだ一ノ蔵に託した蔵の真向かいで金龍蔵の小売部、糀屋酒造店として現在も金龍蔵の酒を扱っています。

【PHOTO】なまこ壁が見事な土蔵は貯蔵庫として使われている(下)

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 金龍蔵を訪ねたのは、時折にごり酒のように目の前が真っ白になる地吹雪が襲う寒さの厳しい日でした。ご案内頂いた ㈱一ノ蔵の三浦 博光取締役が運転する車は、東北自動車道を築館ICで下車。白銀の世界と化した田園風景の中を流れる一迫川を右手に見ながら走ることしばし、新酒が出来たばかりであることを示す青々とした酒琳(さかばやし/ 杉玉)が下がる門構えの金龍蔵に到着しました。雪が舞う鬱蒼とした杉林に覆われた山を背景に建つ蔵の佇まいは一幅の絵画のよう。

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 かつての文庫蔵で、現在は貯蔵庫として使われている土蔵の破風に描かれた優美な白鶴となまこ壁。切妻の大屋根の仕込蔵の漆喰の軒には黒丸に白抜きで「金龍」の筆文字。平成5年に稼動した近代的な一ノ蔵の本社蔵とは対照的に、金龍蔵は昔ながらの造り酒屋の面影を今に伝えています。

【PHOTO】寒仕込みの時期に訪れた金龍蔵の仕込蔵。およそ二日間、蔵人が寝ずの番をする麹作りに用いる麹蓋が右側に山積みされている。煉瓦の煙突はいまだ現役。すぐ背後には山が迫る

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 農閑期となる毎年11月から4月にかけて南部流の老練な蔵人6人が一つ屋根の下で同じ釜の飯を食べながら酒造りに取り組む金龍蔵。門の右手には、蔵人たちが寝泊りする木造の宿舎が建っています。そこに架かる看板には「伝統の技と心 手づくりの酒」と書かれていました。柔和な笑顔で私たち一行を出迎えて下さったのは、1941年生まれの今年で67歳になる照井杜氏でした。仙台市内の勝山から金龍蔵に移って3年目の杜氏は、「ここは寒いところで・・・」と切り出しました。なんでも仕込蔵の中で氷が張ることもあるのだとか。南西方向を山に囲まれた仕込蔵の内部に下がる温度計は摂氏5度を示していました。

【PHOTO】仕込んで2日目の醪は「蔵の華」の米粒がびっしり(上)隣りあうタンクで同じ精米度合の「美山錦」でも、10日目(左)と12日目(右)では、発酵の進み具合が明らかに異なる

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 居並ぶ仕込みタンクには木製の足場が組まれ、発酵中の醪(もろみ)を上から目にすることができました。盛んに炭酸ガスを発生させる醪からは、呑ん兵衛には堪らない芳香が立ち上ってきます。仕込み作業の経過日数によって、醪の状態が明らかに異なるのが判ります。ササニシキを生んだ宮城県古川農業試験場による初の酒造好適米「蔵の華」の醪は仕込んで2日目。発酵作用によるボコボコとした泡で波立った表面には、55%まで磨かれた米粒の存在がはっきりと確認できます。精米率50%の「美山錦」を仕込んで10日目の醪の表面は、発生する旺盛な泡で凹凸に波打っています。同じ酒米を使って2日仕込が早いタンクの醪は、表面が滑らかに変化し、既に「どぶろく」の趣を湛えていました。「山田錦」を35%まで磨き上げた大吟醸「玄昌」の醪の旨さといったら! その醪が入ったホーロー製のタンクは、この日ご一緒した会の座長を務める外崎 浩子県議と同年齢の私とも同い年。同期生(?)として「Good job!」とエールを送りました。

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【PHOTO】仕込み木桶と醪を見つめる照井杜氏

 伝統的な日本酒造りの現場で使われてきた木桶に替わって、ホーロー製のタンクが日本中の造り酒屋に普及したのは昭和30年代のこと。現在では、ホーローに起こりがちな割れや欠けのリスクが無いエポキシ樹脂やガラス繊維で表面をコーティング(=ライニング)した仕込みタンクやステンレス製が主流になりつつあります。そんな時流の変化のなかで、異彩を放つひとつのタンク、いえ仕込み桶が私の目に留まりました。それはかつて酒造りで使われていた木製の桶でした。無機質のタンクが席巻した今日、酒造用の木桶造りを手掛ける職人は我が国でも数えるほどになりました。そんな希少な木製の仕込み桶が、この山あいにある小さな蔵で使われていました。

【PHOTO】足場が組まれた仕込蔵の内部。ここから美酒が生まれる

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 味噌・醤油・日本酒など、日本の伝統的な発酵食品文化を醸成した立役者は木桶に他なりません。さまざまな微生物が発酵に及ぼす働き。米のデンプン質を糖に変える麹。糖をアルコールに変える酵母。先人は自然界に存在するこうした微生物を上手に活用する術(すべ)を長い歴史の中で見出してきたのです。素材自体が呼吸する木製の桶の内部には、麹や酵母のほかにさまざまな微生物が棲み着きます。その存在が、年ごとに異なる気候や産地の気候風土による微妙な味わいの差異を生んできました。現在も熟成にオーク樽を用いるワイン造りにおける「ヴィンテージ」の概念に近いものだといえば理解しやすいでしょう。こうした人智を超えた発酵の神秘を知るからこそ、日本酒造りの現場では、古来より神を祀ってきたのです。

【PHOTO】日本の発酵食文化を支えてきた木桶。忘れ去られようとしていた木桶に新たな価値を吹き込んだセーラ・マリ・カミングスさん

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 ここ数年、造り手の個性が反映された木桶仕込みの日本酒の良さが見直され、一部の蔵元で桶仕込みの酒が再び作られるようになりました。扱いやすいホーロータンクの登場で駆逐された木桶を使った酒造りの復活には、一人の米国人女性が関わっていました。セーラ・マリ・カミングス。1968年、アメリカ東部ペンシルバニア州生まれの彼女は、1991年からの1年間を交換留学生として関西で過ごします。そこで日本の伝統文化に触れた彼女は、'94年に長野県小布施市の栗菓子製造会社「(株)小布施堂」に就職します。当時、同社の関連会社「桝一市村酒造場」はジリ貧状態にあったといいます。'96年に日本人以外で初の利酒師の資格を取得した彼女が取り組んだのが、伝統的な日本酒造りの原点、木桶仕込みによる酒造りだったのです。古来より木の文化を大切にしてきた日本で途絶えて久しい木桶仕込み。半世紀前に木桶仕込みの経験があった杜氏 遠山 隆吉氏(当時78歳)に働きかけ、'98年から酒造りに取り掛かります。

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 仕込用の木桶は地元で調達ができなかったため、2000年に新潟の桶職人 清水 作治氏(当時70歳)に発注。その酒「白金」を2000年10月に2,000本限定で売り出したところ、たちまち評判を呼び完売。傾きかけていた250年の歴史を持つ蔵は再興への足掛かりを得たのです。セーラさんの情熱に打たれた清水さんは、2000年から一年に一つずつ木桶を仕上げますが、5年後に帰らぬ人となりました。

【PHOTO】職人の手仕事で造られるウッドワーク社の木桶は、近年その需要が高まっている(右)手前が木桶仕込みの醪、奥が「玄昌」の醪。あまりの旨さに一同感激(下)

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 '98年に同社の取締役となったセーラさんは、伝統的な木桶仕込みの酒の復興のため、'02年に「桶仕込み保存会」を立ち上げます。現在では一ノ蔵と「浦霞」銘柄で知られる宮城の「佐浦」を含む全国14都県20の蔵元と食品関連企業、桶屋などが法人会員として参加しています。46年のキャリアを持つ照井杜氏をしても、勝山酒造で醸造責任者を永年務めた父・圓五郎氏の跡を継いだ駆け出しの頃に仕込みの仕上げ段階で木桶を扱ったことがある程度だったといいます。桶仕込み保存会に加盟する酒どころ灘・伏見のお膝元、大阪府堺市にある「(株)ウッドワーク」社製の桶を使って照井杜氏が醸す醪は、ほのかな木の香りが漂い、ほんのりとした酸味と柔らかな甘さが響きあうふくよかな厚みを備えています。円熟の技が冴える造り手の名前通り、"丸み"のある味わい。桶仕込みに挑戦して3回目の醸造年度を迎えたこの冬、既に充分美味しいこの醪がどんな仕上がりになるのか新たな楽しみができました。

【PHOTO】金龍蔵の伏流水は硬度が高いため、タンクで三重にろ過して仕込みに使う

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 "杜氏が好きな食べ物を聞けば、その酒に合う肴がわかるから"と、一行を引率された「仙台の酒屋 浅野」店主・浅野 康城氏が照井杜氏に尋ねると、「刺身」がお好きだとのこと。刺身の薬味にする山葵(ワサビ)が春になると採れるという近場の沢のことや、山菜採りで遭遇した熊を撃退した武勇伝など、お人柄を偲ばせる楽しい話を伺いました。蔵の仕込み水で淹れた日本茶を頂いた後で、その仕込み水を分けてもらえることに。ウッシッシ・・・、これぞ期待通りの展開。硬度が高い強い水ゆえに、仕込み用には、3段階のろ過をかけた上で使用するのだといいます。

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 私を含めペットボトルを持参しなかったメンバーは、洗浄済みの一升瓶に水を詰めて車に積み込みました。風邪気味だったため、仕込み水で打った蕎麦を肴に金龍蔵の酒を楽しもうという夜の部の懇親会は残念ながら不参加。再び三浦取締役の車でJR仙台駅前まで送って頂きましたが、水の入った「一ノ蔵無鑑査」の一升瓶を片手に抱えて地下鉄に乗るハメとなり、呑ん兵衛オヤジさながらの風体で肩身の狭い思いをしなくてはならなかったのでした。
あ~ぁ。

【PHOTO】蔵人によって「一ノ蔵無鑑査」の一升瓶に注がれる仕込み水。口に含むと豊富なミネラルを感じる(右上)

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【PHOTO】佐藤 洋子さんが暖簾を守る「糀屋酒造店」で買い求めた「金龍蔵 純米吟醸」(左上)には照井杜氏の手書きメッセージのタグ(右上)が掛かり、バックラベルでは杜氏がにこやかに笑いかける。

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 糀屋酒造店では、地元栗原市だけで売られ、かつ新酒を仕込むこの時期限定だという「金龍 しぼりたて原酒」も入手しました。「限定」という売り文句には弱い呑ん兵衛心理を見透かされた格好ですね(笑)。照井杜氏が柄杓(ひしゃく)ですくって飲ませてくれた醪のように微量の炭酸ガスを含むこのにごり酒を味わっているうち、不思議と照井杜氏の顔が浮かんでくるのでした。
 また遊びに行きますよ、おんつぁん。
◆糀屋酒造店 : 宮城県栗原市一迫川口字中町5 営:8:30~17:30 不定休 TEL:0228-54-2262 

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コメント

セーラ・マリ・カミングス…素晴らしい女性ですよね。
私も5~6年程前セーラを中心とした「枡一」再復興に関する情報番組を見て感銘を受け、小布施を訪れた事があります。

「桶仕込み保存会」に関しては賛否両論色々あるようですが、木桶も含め伝統的な日本文化の良さを気づかせてくれたのが外国の方というのもちょっと悲しいものがありますね。

日本人はもっと自国の文化の素晴らしさを再認識する必要があるかもしれません。自分自身も含めて…。

▼おっかぁ早坂さま
 仰る通り、セーラさんの行動力と持続する意志の強さには見習うべきものがあります。古来より森と共生してきた日本人が築き上げた木の文化は次代に伝えるべき素晴らしいもの。こうした身近かなものほど、ネイティブには当たり前すぎて、その価値に気付かないことが往々にしてあるように思います。

 桶に着眼したセーラさんや、桂離宮を絶賛した建築家のブルーノ・タウトのように、外からの視線を加えると、日本の伝統文化に新たな光が当たるのかもしれません。「知られざる日本の面影」を著した小泉八雲や、山形置賜地方を「東洋のアルカディア」と形容したイザベラ・バードが現在の日本を訪れたら、どう思ったでしょうね?

 話は変わりますが、イタリア人の美点は、彼らが自国(あるいは郷土)の食や工芸などの伝統文化に絶対的な誇りを持っていること。酒造りに限らず、日本にも伝統的なモノ作りに興味を持ったり、意欲的に農業に取り組む若い世代が少しずつですが増えてきているようです。「我がニッポンも捨てたもんじゃない!」と伊国かぶれの私が言っても、ぜ~んぜん説得力ないすかね?

木村様、本当に雪の降りしきる中、また、風邪をおしてのご参加ありがとうございました。

かくいうとのさきも水を抱えて帰ったわけですが、紅茶にコーヒーにと大活躍をいたしました。

水だけでもあれだけ、味がちがうのですから、米そのものや、温度管理など杜氏さんたちの日々一つ一つの気遣い頭が下がります。

これからもどうぞ、応援団ご参加ならびに大所高所からのご指導よろしくお願いいたします。

▼とのさき座長様
マスク姿で参加のご無礼、お許し下さい。仕事中の金龍蔵の麹たちに風邪をうつさない為の配慮で蔵の中でもはじめのうちはマスクをしていたのですが、杜氏が柄杓ですくった醪を勧められた途端、マスクを外して呑ん兵衛モードのスイッチが入ってしまいました。

蔵人たちの技。麹や酵母の働き。風土が味わいに及ぼす不思議。さまざまな要素が絡み合うワイン同様、日本酒の造りもつくづく繊細ですね。

勝山館の集いで最後にご披露した当社のテイスティング作法(雲竜&不知火)ぐらいの指導しかできませんが(爆)、今後ともよろしくお願いいたします。

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