あるもの探しの旅

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プリップリでとろける吹浦の岩ガキ

決め手はケッカソース

 海産物にもさまざまな「ブランド」があります。
横綱級の有名どころでは、大分・豊後水道の関アジと関サバ、下関のフク、明石のタコ、富山湾氷見の寒ブリ、青森・大間の黒マグロ、北海道・利尻や羅臼のコンブ・・・。これら全国に名前が轟く海産物は、局地的に特徴ある海流やエサとなるプランクトンの寡多などによってもたらされる優れた食味、ないしは卓越した加工技術によって、地域ブランドとして認知されてゆくものです。新鮮さが大切な海の幸だけに、「●●港直送」という謳い文句が付くだけで、価格面でメリットが生まれるため、各産地間で水産物のブランド化の動きが盛んです。

 5月30日に訪れた私のホームグラウンド、食材の宝庫・庄内で夏の訪れを告げる予期せぬ海の幸にありつくことができました。山海の幸からなるオールスター軍団が、飛び切りの旬を感じさせてくれる「アル・ケッチァーノ」で昼食のテーブルに付こうとする私の耳元で、厨房から出てきた土田 学 料理長がにじり寄って来て小声で囁きました。

 「ちょっとしかありませんが、今日は吹浦(ふくら)の岩ガキがありますよ」
 「ホ・ホント? じゃ、『鳥海モロヘイヤのケッカソース』で頼むわ」と私。

 夏の日本海の恵み、天然岩ガキ。まばゆい太陽の季節に欠かせない海の幸にいち早くありつけるとは。しかも庄内浜でも最も身が肥えてとりわけ美味とされる遊佐町吹浦産とは願ってもない幸運。聞けば庄内浜に夏の訪れを告げる岩ガキの素潜り漁が28日に解禁されたとのこと。吹浦漁協の方の話では、今年は燃料価格の急騰で、沖合いでの漁を取り止め、吹浦から酒田北港までの近場で行うbelgianoyster.jpg岩ガキ漁に切り替える漁師が多いのだそう。宮城の志津川湾や岩手の陸前高田などの南三陸と三重の志摩半島などのリアス式海岸地域や、鳥取の隠岐島などで最近は一部養殖が行われている岩ガキですが、おもに日本海側沿岸の水深5mから15mほどの岩礁に自生しています。産卵期に入る前の6月から8月中旬までが鉄、亜鉛などのミネラルとタウリン、グリコーゲン、ビタミンB類などの栄養分が最も豊富な旬となります。甘味が強く、「海のミルク」とも形容される濃厚な旨みの塊である岩ガキは、私にとって唯一生食がOKなカキです。江戸期に養殖が始まった松島湾から牡鹿半島を経て気仙沼・唐桑に至る東日本最大のマガキの産地に居ながら、生ガキだけはNG。

【Photo】ヨーロッパでは、夏にも生食されるマガキ(上写真)
サンマロ湾に遠浅の海が広がるカンカルは、カキ養殖が盛んなフランス北部のブルターニュやノルマンディー地方の中でも重要な産地。干潮時にはこうして岩場一面に広がるカキの養殖棚が現れる(下写真)

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 仙台と姉妹都市になっているフランス・ブルターニュ地方の街 Renne レンヌの北方60km、サンマロ湾に面した港町 Cancale カンカルでは、1960年代に発生した寄生虫による病気で死滅しかけた「ヨーロッパヒラガキ(別名:Belon ブロン)」の代わりに、宮城県から輸入したマガキの養殖が盛んになりました。いまや浜辺に並ぶ屋台で売られている主流はヒラガキではなく、宮城県からフランスに帰化したマガキ(Photo左側。右手前はブロン、右奥はムール貝)たち。そう思うと親しみがわいてきますが、いかんせん苦手なことには変わりません。

Oyster_Belon.jpg【Photo】脚付きの養殖棚でカキを育てるカンカルの漁師

 一般に「R の付く月以外は食べるな」とされるカキですが、ヨーロッパでは年間を通して生で食べます。5月にベルギーの首都ブリュッセルにある魚介料理専門レストラン「Rugbyman ラグビーマン」(→変な名前だ)で、希少なブロンを食べた時もそうでした。美食の都ブリュッセルでも評判のオマール海老をはじめとする魚介料理に定評あるこの店。殻付きで大皿に盛られてレモンを添えて出てきたのは、丸く平たい形状の「フランスガキ」とも呼ばれる希少なブロンでした。その時も一個だけを白ワインで飲み込んだだけで、あとは狂喜しながらそれを頬張るカキ好きの連れにすべて差し出しました。

 鮮度は抜群でも、私にとって問題は生食で顕著に感じるカキ特有の石灰質のヨード香。それを嗅ぎ分けると、いかにそれが新鮮だろうとダメなのです。 ┐(´~`;)┌ 前世がイタリア人だからフランスと名前が付く食材に拒否反応が出るわけではなく(笑)、イタリアでも主に南部のシチリアやカンパーニャ、プーリアなどの海沿いの地方では「Ostrica オストリカ(=カキ)」を生で食べます。南イタリアの海沿いのリストランテには「Frutti di Mare フルッティ・ディ・マーレ(=「海のフルーツ」の意)」なる料理があり、カキを Muscoli ムスコリ(=ムール貝)やMoscardino モスカルディーノ(=イイダコ)などの海の幸とともに、ソレント産の大振りなレモンをぎゅっと搾って「Greco di Tufo グレーコ・ディ・トゥーフォ」や「Fiano di Avellino フィアーノ・ディ・アッヴェリーノ」といった地ブドウを使用した白ワインとともに頂きます。

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【Photo】
「イタリア版・舟盛り」といった風情の(?)「フルッティ・ディ・マーレ」。さっとボイルしたイイダコや貝類など鮮度抜群の海の幸は、まさに海の果実。ナポリ湾に浮かぶ地中海の楽園・カプリ島のリストランテLa Capannina で

 2005年8月に山形県庄内町の響ホールで開催された「庄内国際ギターフェスティバル」にイタリアが生んだクラシック・ギター界の巨匠、オスカー・ギリア氏が参加しました。この時、休日返上で歓迎レセプションの料理を提供したのが、アル・ケッチァーノのスタッフの面々。師匠にあたるマエストロとの息の合った演奏を披露した日本のトップ・ギタリスト福田 進一氏ともども、トスカーナ州の港町Livorno リヴォルノ出身だというオスカー・ギリア氏は、岩ガキのケッカソース風味に「Ottimo!(=サイコーっ!)」と言いながら、むしゃぶりついていました。ホームシック気味だったマエストロ・ギリア氏は、この夜の料理にいたく感激し、一気に活力を取り戻しました。さすがは岩ガキ、強壮効果バッチリ!

 庄内地域における岩ガキのトップブランドは吹浦産ですが、全国で最も漁獲量が多いのは秋田県にかほ市象潟(きさかた)です。象潟産の岩ガキは、吹浦同様、品質においても一目置かれる岩ガキのトップブランド的存在。そこには、秋田・山形県境の海岸線から一気に2,236m の高みまで聳え立つ鳥海山の存在が大きく関係しています。亜熱帯性気候に属する鹿児島県屋久島の山岳部における年間 10,000mm の降水量をはるかに上回る 20,000mm もの年間降水量があるとされる鳥海山。降り注ぐ大量の雨水や雪解け水には、ブナなどの広葉樹の腐葉土層を浸透する際にosagawashimizuba.jpg水溶性のタンパク質や炭水化物が溶け出します。地中の火山性土壌からは、鉄分やケイ酸、カルシウム、マグネシウム、カリウムなどが取り込まれ、豊富な地下水となって人里へと下りてきます。生物にとって欠かせない栄養分をたっぷりと含んだ伏流水は、地上はもちろん、象潟から遊佐にかけての海中にも湧き出してきます。

【Photo】にかほ市小砂川集落にある共同水場「小砂川の清水場(しみずば)」。上写真の水場の奥に水神の石碑が祀られた湧出口(下写真)がある。鳥海山南側に湧く「さんゆう」や「神泉の水」「滝ノ水」などの柔らかな水と比べると、硬い金属的なきりりとした味がする

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 植物性プランクトンを含む伏流水が海中に湧き出す岩礁には、多くの動物性プランクトンが集まってきます。漁師の話では、岩ガキもそうした場所に多くの群生が見られるといいます。卵から孵化した幼生は、やがて稚貝となって岩場に張り付き、5年、10年と時間をかけて育ってゆきます。象潟周辺では6月に漁が解禁される小砂川(こさがわ)漁港を除いて、7月と8月に岩ガキの漁期が限られます。生育に時間がかかる天然岩ガキの資源保護のため、各漁協では、素潜りで漁を行う漁業者一人当たりの一日の捕獲数を200個までと定めています。岩ガキ好きに言わせると、岩ガキの産地ブランドとして名高い象潟のなかでも、小砂川の岩ガキは身が肥えて一段と濃厚なうまみが詰まった絶品なのだとか。

 にかほ市象潟にある道の駅・象潟「ねむの丘」を夏に訪れると、大人の足の大きさほどもある優に10年以上は経たと思われる岩ガキを目にすることがあります。そこからR7を南下、本州の日本海側で唯一のウミウの営巣地がある大須郷(おおすごう)海岸から小砂川と山形県境の三崎公園を経て、岩に穿った羅漢像が奇観を呈する「十六羅漢」を過ぎると辿り着く吹浦湾にかけては、鳥海山の稜線が切り立った岩場となって海へと続いています。この周辺には、「奥の細道」で松尾 芭蕉が辿った北の果てとなった象潟への途中、雨宿りをしたと伝えられる「福田の泉」や、飲用水と生活用水として大切にされている小砂川集落の「小砂川の清水場」、遊佐町女鹿集落の「神泉(かみこ)の水」など、多くの湧水スポットがあります。それは海の中でも同様のことです。

【Photo】遊佐町女鹿の「神泉の水」。8月上旬、体にすぅーっと沁み込む非常に口当たりの良いこの湧き水を汲むためそこを訪れると、水槽の中にはスイカなどと共に岩ガキが(緑のネットの中)

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 そうした中には、神泉の水のように湧出口から順に、飲用、スイカなどの食べ物の冷却用、洗い物・洗濯用にと高低差をつけた水槽で区切られている水場があります。鳥海山周辺の海辺にある水場では、湧水の中に捕獲した岩ガキを入れておく場面に出くわすことがあります。海の生物である岩ガキを真水に入れておいて大丈夫なのかと思い、居合わせた地元の方に岩ガキを湧水に浸けておく理由を尋ねました。すると、「夏でも冷たい湧き水は鮮度保持の冷却保存に適しているからね」という答えが返ってきました。海中に湧き出す水温10℃前後の伏流水は、前述の通りミネラル成分などの栄養分が豊富。そうした汽水帯を好み、持久力の源となるグリコーゲンがもともと豊富な岩ガキにとって、そこは居心地の悪い場所ではなさそう。長期間は無理にしても、数日程度は全く問題ないとのこと。恐るべし、湧水パワー。

 日仏伊とカキを生食する場合は、レモンを添えて出てくるのが一般的でしょう。フランス文化圏では刻んだエシャロットを薬味にしたワインビネガーソースで食べることもあります。いずれにせよ、至ってシンプルな調理法です。かたや食材の宝庫・庄内をフィールドに奥田シェフが編み出したアル・ケッチァーノ夏の定番メニューといえば、私がリクエストした「岩ガキの鳥海モロヘイヤ・ケッカソース風味」です。本来「Salsa di Checca ケッカソース」は、甘味の強いフレッシュトマトを湯剥きしてダイスにカットし、みじん切りしたニンニクとバジルを加え、オリーブオイルと塩コショウで味を整えるのが基本。通常は冷たいソースで、さまざまなイタリア料理に使われます。面白いことにCheccaという単語は、男性の同性愛者、いわゆるオカマを指すイタリア語です。 なぜに冷製トマトソースの名前が「オカマソース」なのかなんて、ワッカンナイわよ(何故かオネエ言葉(*^.^*)

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【Photo】今シーズンの初物「吹浦産岩ガキ鳥海モロヘイヤのケッカソース」はアル・ケッチァーノ夏の定番スペチャリテ。岩ガキとしては幾分形は小ぶりながら、ぷっくりとした身には日本海の旨みがたっぷりと詰まっている

 鳥海山の森と水と海の恵みといえる新鮮極まりないプリプリの吹浦産岩ガキ。アル・ケッチァーノのケッカソースに使われるトマトは、6月末から地元の契約農家、井上農場の大玉種「麗夏(れいか)」が登場します。ビニールハウスの中で赤みを増し糖度が上がるまで樹熟させる井上さんのトマトは、甘いだけで水分が多い昨今のトマトとは一線を画す両者のバランスの良さが身上。もぎたてをかぶりつくと、トマト特有の青みを伴った甘く目の詰まった果肉が口の中で弾けます。うま味が凝縮したその味わいは月山水系のブナ原生林に端を発する栄養分をたっぷり含んだ梵字川の水と、夏の庄内特有のカラっと晴れ渡った空から降り注ぐ太陽の味。

 アル・ケッチァーノでの食事前に訪れた井上農場のハウスでは、トマトの黄色い花が咲き、青い実が付き始めたばかりでした。トマトと好相性のバジルの代わりにケッカソースに使われるのは、岩ガキが育つ遊佐町の鳥海山麓で栽培されたモロヘイヤ。ニンニクは用いずに、香りに高貴さをもたらすセロリとエシャロットが華を添えます。素材の持ち味を活かすため、個性が強いエキストラ・ヴァージン・オイルではなく、穏やかなピュアオイルを加えて最後に微量の塩で味をまとめます。モロヘイヤの粘りがトロトロのミルキーな岩ガキと一層の一体感を生み出します。

 ぷっくりとしたMade in 鳥海山な岩ガキが主旋律を奏で、オリジナルレシピのケッカソースが副旋律となる見事な対位法。その甘美な調べにトロけてください。(※記述は2008年夏時点)


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