あるもの探しの旅

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典雅なイタリアの遺香 ~ i profumi di antica Italia

現存する世界最古の薬局、サンタ・マリア・ノヴェッラ @仙台

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 かつて伊達藩の御譜代町だった仙台市青葉区大町。その一角に前を通るたびに気になっていた小さなショップがあります。マンションの一階にあるその店のエントランス脇には、白地に黒で描かれた見覚えのあるクラシックな書体と紋章の看板が。現存するなかでは世界最古の薬局としてガイドブックに登場するほどフィレンツェの観光スポットとしても有名な「あの『Officina Profumo-farmaceutica di Santa Maria Novella (サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局)』の製品を扱う店が仙台にもあるのかしらん?? 」と思いつつも、立ち寄る機会がないまま半年以上が過ぎました。

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【Photo】 antelope 外観

 先日ようやくその店「antelope アンテロープ」を訪れると、アロマキャンドルやリネン類などと共に、一目見てそれと分かる優雅なオーラを放つクラシックなパッケージをまとったポプリやローションが置いてありました。

 かつてフィレンツェを支配したメディチ家や欧州各国の王侯貴族のみならず、近代に至るまで世界のセレブリティを魅了してきたFarmacia(=薬局)、サンタ・マリア・ノヴェッラ。

 薬局といっても、ニッポン各地に増殖中のド派手でギンギンなドラッグストアとは月とスッポン。あくまで格調高く慇懃な雰囲気は、某ツキヨや某イコクとは全くの別物です。イタリア貴族が暮らすパラッツオさながらのサンタ・マリア・ノヴェッラ薬局は、イタリア国内においても特別な存在となります。

 米国の作家トマス・ハリスの小説を映画化した「羊たちの沈黙」の続編「ハンニバル」には、殺人罪で投獄されるものの逃亡した精神科医レクター博士(アンソニー・ホプキンス)が、FBI 特別捜査官クラリス(ジュリアン・ムーア)に手紙を送る場面が登場します。バルト三国のひとつ、リトアニア生まれながら、ミラノの名家ヴィスコンティ家の末裔で、貴族趣味のレクターは、驚異的なまでに鋭敏な嗅覚の持ち主とされ、サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局の常連でもあるという設定が原作ではなされています。手紙に残されたほのかな香りを鑑識で分析させたクラリスは、それがサンタ・マリア・ノヴェッラの製品のものだと割り出します。

facciataSMNovella.jpg【Photo】 薬局の母体となったドメニコ会のサンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂

 フィレンツェ中央駅に降り立つと、駅と薬局の名前の由来になっている「Basilica di Santa Maria Novella サンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂」の後陣部分が駅前広場の先に見えています。 novellaは英語にするとnovel。従ってこの美しい響きを持った聖堂の名前を直訳すると「聖母マリア物語」の意味となります。

 フィレンツェゴシック様式の典型とされるこの聖堂は、1216年創設のドメニコ修道士会のフィレンツェにおける拠点として、ドメニコ会の威信をかけて1246年に建設が始まりました。同じ時代に興ったフランチェスコ会同様、ドメニコ会は清貧を重んじ、学究と救済に活動の重きをおきます。ドメニコ会修道士が聖堂の前身となった「Santa Maria fra le Vigne サンタ・マリア・フラ・レ・ヴィーネ修道院」で病人救済の一環で薬作りを始めたのが1221年。教義の実践として使われた薬は、彼らが修道院の敷地で栽培した薬草やハーブ・花などの天然成分を用いて調合されたものでした。

Centro チェントロ(=旧市街の中心)の巨大なドゥオーモと同じ配色の白・緑・薄紅色からなる大理石がシンメトリーな幾何学模様を描き出すサンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂。なで肩の聖母マリアのような優しげな印象を与えるファサードを背にして、2本のオベリスクが建つ「Piazza Santa Maria Novella サンタ・マリア・ノヴェッラ広場」を抜けて「Via della Scala スカラ通り」方向に右折します。

【Photo】このガラス扉を開いた先に外の喧騒と別世界の香りの空間が広がる

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 100mほど通りの右を進むと、さして間口が広くない石造りのアーチの奥にドメニコ修道士会の紋章とOfficina Profumo-farmaceutica di S.Maria Novella の名がエッチングされたガラスの扉が目に入ることでしょう。スカラ通り16番地のそこが、目指すオフィチーナ・プロフーモ・ファルマチュウティカ・ディ・サンタ・マリア・ノヴェッラ(=サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局)です。

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 両開きの重い扉を開けてエントランスホールに足を踏み入れると、うっとりするような香りが鼻腔を満たします。トマス・ハリスが「この世でもっとも香(かぐわ)しい場所のひとつ」と著作ハンニバルの中で描写しているそこに漂う高貴な香りは、フィレンツェ近郊の野に咲く花やハーブ類などの自然素材のポプリが発するもの。

 金糸の刺繍が施されたシルクの飾り袋に詰められたアンテロープでも人気が高いというこのポプリで特筆すべきは、えもいわれる香りが少なくとも1年は続く高い持続性にあります。

【Photo】簡素なエントランススペースを進んだ先が、もともと修道士たちの礼拝堂だったボールト天井にフレスコ画が描かれた販売ルーム

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 材料に秘伝のエッセンシャルオイルを加え、大きなテラコッタの壷で6ヶ月以上に渡って発酵・熟成させる製法が、この比類なき香り立ちに寄与しているのだといいます。永年に渡って使い込まれた素焼きの壷は、フィレンツェを南へ10キロほど下った良質の粘土が産出する陶器の町 Impruneta インプルネータ産。ヴィッラの庭園に配置された優美なフォルムのプランターが有名ですが、ブルネッレスキが設計したフィレンツェのドゥオーモの円蓋の屋根を覆う茶褐色な瓦も耐久性が高いインプルネータ窯によるものです。

 中世の面影を色濃く残すこの薬局を訪れた人の印象に残るのは、一体何でしょう?

 精緻な装飾が施された重厚なウォールナット(=クルミ材)のショーケースに並ぶ優雅なフォルムの香水やリキュール、石鹸などの商品でしょうか。

 あるいはボールトのアーチが交差する高い天井に描かれたミラノの「Galleria Vittorio Emanuele II(=ヴィットリオ・エマヌエーレ2世アーケード)」を彷彿とさせる四大陸に馳せる薬局の名声を寓意化したパオリノ・サルティの手にかかるフレスコ画かもしれません。

 レオナルド・ダ・ヴィンチが設計した器具やアルコール精製に用いたアランビッコ式蒸留器などの製薬道具類も伝統の証しとして見逃せません。

 さらにはウフィッツィ美術館の天井にも登場するグロテスク文様【注】が施された工芸品としても価値が高いAlbarello アルバレッロ(=薬壷)や、かつて売られていた商品のクラシックなパッケージも興味深いものです。

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 それらはいずれも強い印象を残しますが、記憶中枢のもっとも深いところに留まるのは、店内に漂う世にも麗しい香りに違いありません。それは、信仰に生きた修道士が残してくれた中世の典雅な遺香ともいうべきものです。

【Photo】 気高く香り立つサンタ・マリア・ノヴェッラのポプリ(左)。紺・緑・赤・茶などこの美しいシルクの飾り袋に入ったものだけでなく、小分けにできるタイプも人気。ジャケ買いしてしまいそうなイタリアの伝統的な美意識が反映されたラベルのアックア・ディ・ローゼ(下)。ナチュラルで優しいバラの香りは時を超えて愛されてきた

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 修道士たちが薬作りを始めてから800年近くを経た今日に伝わる最古の処方は1381年のものです。アンテロープで扱う「Aqua di Rose アックア・ディ・ローゼ(=薔薇水)」も当時の製法をもとに作られています。これはフィレンツェ周辺に咲くオーガニックな環境で栽培されたバラの花弁を精製した天然水で蒸留し、抽出されるオイル成分を除いたハーブウォーターです。現代のアロマテラピーではバラの花には沈静効果があることが知られていますが、ペスト(黒死病)がヨーロッパ全域で猛威をふるった14世紀半ば当時は、バラには殺菌作用があると信じられていました。そのため、このアックア・ディ・ローゼは住居の消毒用として、また薬を飲む際の水代わりに、さらには点眼薬としても用いられたそうです。 (⇒現在ではローションとしての用途のみ)

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【Photo】一人ひとりの症状に応じて薬を処方してくれる「Erboristeria エルボリステリア」のカウンター。「Farmaciaファルマチア」が一般薬を扱うのに対し、薬草・ハーブ・自然食品などを扱うのがエルボリステア。このイタリア式漢方薬局(?)がサンタ・マリア・ノヴェッラの奥まった一角にある

 1612年、トスカーナ大公フェルディナント2世から「Fonderia di Sua Altezza Reale フォンデリア・ディ・スッア・アルテッツァ・レアーレ(≒王家御用達高等製錬所)」の称号を授けられたファルマチュウティカは、一般向けの薬局として新たなスタートを切ります。Fonderia とは、本来「鋳造所」を意味するイタリア語ですから、当時の最先端化学であった薬作りが、L'alchimia(錬金術)と結びついていたことが伺えます。現代では胡散臭いイメージが伴う錬金術ですが、科学の発展に錬金術が大きな役割を果たしたことは、紛れもない事実。ナポレオン支配下における一時閉鎖や、1871年に経営権や商標をドメニコ会から譲渡された Stefani ステファニー一族の手で法人化されて以降も、心地よい香りを放つサンタ・マリア・ノヴェッラ薬局の石鹸やクリーム、ローションの多くは、21世紀を迎えた今も当時の製法をベースに作られています。
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【Photo】オリエンタルな雰囲気の香りのアルメニア・ペーパー(写真手前)は、そのまま香り付けとして使えるほか、燃やすと部屋のにおい消しにもなる。antelopeにて

 今日では、本店のほかミラノ・ローマ・ヴィネツィア・ボローニャ・ルッカ・パレルモといったイタリア国内の都市のみならず、ロンドン・パリ・バルセロナ・ニューヨークといった世界の主要都市に支店を展開するサンタ・マリア・ノヴェッラ薬局。代理店契約を結んだ日本の業者が2001年にアジア初となるショップを東京青山に開店させるや否や、仙台から喜び勇んで偵察に向かったものです。現在は東京都内数ヶ所と大阪・名古屋に複数のショップが存在しています。確かにそこには心地よい香りが立ち込め、紛れもないサンタ・マリア・ノヴェッラ薬局の製品が並んでいます。しかしフィレンツェ本店には確かに存在する "何か" がそこには決定的に欠落している気がしてなりません。それは伝統を重んずるイタリアならではの決して色褪せない濃密な時間が醸し出すイタリアという国の魅力の本質なのかも。フィレンツェと姉妹都市になっている京都には、未訪ながら初のリストランテ併設ショップ「サンタ・マリア・ノヴェッラ・ティサネーリア京都」が2004年に出来ました。京都らしい町屋造りの空間にイタリアの美意識が凝縮した製品が違和感なく融和した伊和のコラボショップと、京野菜とハーブを使ったイタリアンとのこと。その土地らしさ、ローカリティに魅力を感じるイタリア人的思考回路を持つ庄内系イタリア人としては、この上方系イタリアンも気になるところ。
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【Photo】門外不出とされるサンタ・マリア・ノヴェッラ薬局伝統の製法で作られるリキュール各種。500mlと土産用にぴったりな100mlの2種類のボトルは、使い切って捨ててしまうにはあまりにもったいない美しさ

 Citta del Fiori (花の都)フィレンツェの街を歩いていると、建物の壁面などの至るところで六つの丸薬を配したメディチ家の紋章を目にします。金融業で巨万の財を成したメディチ家の Medici とは、もともと "薬" や "医者" (複数形)を指すことから、確証はないものの祖先は薬商か医師だったといわれています。ルネッサンス芸術のパトロンとして歴史に誉れ高き名を残したメディチ家は、サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局が長い歴史のなかで作り出した4種類の薬用リキュールのひとつ、消化促進効果があるとされるカモミール・フェンネルといったハーブ10種類あまりを配合した「Liquore Mediceo リクォーレ・メディーチェオ(写真右)」にも名を残すことになりました。

 飲用にも用いられたベルガモットやシトラスなどのハーブや花から抽出したエッセンシャルオイルは香水へと発展し、華やかな香水文化がサンタ・マリア・ノヴェッラから花開いてゆきます。なかでも「Acqua colonia Santa Maria Novella アックア・コロニア・サンタ・マリア・ノヴェッラ」は、「王妃の水」として500年にわたって女性たちに愛されてきた名品。ヴァロワ王朝下の10代フランス国王アンリ2世との婚姻(1533年)によって、王侯貴族といえども手づかみで食事をしていた当時のフランスにナイフとフォークを用いて食事をする習慣を持ち込んだことで名高いメディチ家出身のカテリーナ・ディ・メディチは、とりわけこの香りを愛用していました。smnovella 009.jpgカテリーナは、お抱えの調香士をパリに伴ってゆきます。入浴の習慣がなかったため、体臭を覆い隠すための強い香りを用いていたフランス王朝の女性たちの間で、それまにで無かった上品で軽やかななこの香りはセンセーションを巻き起こしました。この香水の調合法をドイツ・ライン河のほとりの町ケルンに伝えた イタリア人旅商人によって、Acqua di colonia(ケルンの水)=仏語名「Eau de Cologneオー・デ・コロン」が一般化したのだといいます。

【Photo】 くちなしとローズフレーバーのボディーミルク「Latte per il Corpo ラッテ・ペル・イル・コルポ」。アボカドオイルやカカオバターなどの配合植物成分が、肌にうるおいを与えるという。antelopeにて

 かくも雅びやかな香りにまつわるnovella(物語)を刻んだサンタ・マリア・ノヴェッラ薬局。レクター博士ではありませんが、私にとっても何度でも訪れたい場所のひとつです。ところが悲しいかなそうはいかないのが我が現実。ここでご紹介した香水やリキュールは現状 antelope で取り扱いはありませんが、その代わりに紺碧のナポリ湾に浮かぶ美しい島、カプリ島にある小さなフレグランスショップ「Carthusia カルトゥージア」の優雅な香りに浸れるこの店で、ひと時の現実逃避ヴァカンツァに走るしかなさそうです。Mamma mia !!

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antelope アンテロープ
仙台市青葉区大町1-2-17-103
営:12:00-19:30 不定休
phone:022-724-1023

【追記】日本での正規代理店経由の商品を取り扱う「サンタ・マリア・ノヴェッラ仙台」が、2011年春に仙台市青葉区一番町4丁目にOPENしたため、現在、antelopeでサンタ・マリア・ノヴェッラの商品は扱っておりません。

Officina Profumo-farmaceutica di Santa Maria Novella
Via della Scala 16 - Firenze
phone: +39 055 216276 / +39 055 4368315

【注】 悪名高き帝政ローマ五代皇帝ネロがローマ大火(西暦64)の後に築いた想像を絶する規模の離宮「Domus Aurea ドムス・アウレア」。その一部がパンテオンに隣接する廃墟から発見されたのが15世紀末。そこの壁を飾っていたのが、グリフィンなどの空想上の動物や異形の人間の顔、曲線的な植物などが連続して描かれた壁画だった。バチカン宮殿の天井装飾を任されたラファエロがこの文様を取り入れ、16世紀にかけて広く欧州で流行した装飾様式。ドムス・アウレアの崩れ果てた廃墟は当時「Grotta グロッタ(=洞窟)」と呼ばれていたため、その文様が発見された場所の呼称が転じて「Grotesque グロテスク」⇒奇怪なもの、さらには醜悪なものを意味するグロテスクの語源となった

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コメント

庄内系イタリア人様

なんとウチの近くではありませんか!
今度覗いて見ます。

ところで8月10日~12日まで、鶴岡(花火、岩牡蠣)~鳥海山~秋田・男鹿ツアーに出撃する予定です。
おすすめスポット等ございましたら、
ご指導、ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。

ところで、8月3日の芋掘り&BBQは10時村田集合予定です。
肉は私が調達し、イタリア料理人(私)とフランス料理人1名がニクヤキ担当いたします。
その前に一度ランチにいらっしゃいませ。詳細をプリントしご用意致しております。
それでは楽しみにしております。

▼nicuyachista様

かぐわしいイタリアの香りに誘われてようこそ当トピにいらっしゃいました。

antelopeの開店当初は、フランスの商品が多かったそうですが、現在ではイタリアのモノが増えてきたのだそう(⇒当然の成り行きかと(@゜▽゜@))。それでも仙台ではまだまだSanta Maria Novella薬局の知名度は低いのだとか。

今も昔も造型感覚に秀でたイタリアの珠玉の品々が置かれたantelopeでは、ひと時の白日夢を見ることができます。上質なイタリアに触れることができる空間が少ない仙台では、貴重なセレクトショップだと思います。

赤川→笹川流れ→越後村上→がちょうどその日程のこちらのルートですので、鶴岡を基点に北と南に分かれますね。
鳥海山の北側には、ブナと伏流水のスピリチュアルポイントが点在しています。8/3の件ともども詳しくはお店で。

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