あるもの探しの旅

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こっちの塩は甘いぞ

太陽と職人の手仕事の結晶、チェルヴィアの海塩

 税収確保のため20世紀初頭に導入された塩の専売制が撤廃されて10年あまり。輸入が自由化された2005年(平成17)以降は、スーパーの塩売り場で世界中のさまざまな塩を目にするようになりました。

salina_camillone.jpg【Photo】伝統的な塩作りを今に伝えるCervia チェルヴィアの塩田(チェルヴィア塩田組合Webサイトより)

 石巻・万石浦の海水を煮詰めて作る「伊達の旨塩」、沖縄の海塩、ボリビア・アンデスの岩塩、フランス・ゲランドの海塩、テキサスの岩塩、パキスタンの岩塩・・・。これだけ揃えば塩だけで世界一周ができそうですね。一口に塩といっても、産地と製法など種類はさまざま。選択の幅が広がることは歓迎する反面、用途に適した塩を選ぶのは容易なことではありません。

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【Photo】現在は塩博物館として使われているチェルヴィアの巨大な塩蔵倉庫Darsena は1712年の建造。塔は1691年に完成

 1962年(昭和37)に旭化成が開発したイオン交換膜と蒸発結晶缶を組み合わせた製塩プラントによって海水から塩を精製する世界初の技術を実用化したのは、福島県小名浜にあった新日本化学工業(現・日本海水)でした。日本の塩作りで主流となったこの電気透析による東北発祥の製塩法は、海水に含まれるナトリウムやマグネシウムなどを電気的に分離し、加熱・蒸発させて純度の高い塩化ナトリウムを精製するものです。(詳しくは財団法人「塩事業センター」のWebサイトを参照願います)

 地殻変動によって太古の海が隆起して生成される岩塩が存在しない日本。四方を海に囲まれた我が国では、製塩が盛んだった瀬戸内地域のみならず、かつては各地に塩田が存在していました。1971年(昭和46)に施行された「塩業の整備及び近代化の促進に関する臨時措置法」という国策によって、イオン交換膜法による製塩への移行を進める「近代化」の名のもとに国内の塩田はすべて閉鎖されます。藩制時代に宮城県石巻市渡波(わたのは)地域に整備された入浜式塩田が1960年(昭和35)まで稼動していたのだといいます。

camillonel'insieme.jpg 「おっ、珍しや! 」という塩と出合ったのは、仙台市青葉区役所裏手にあるチーズ専門店「Fromageri & Café Au Bons Ferments フロマージュリー&カフェ オー・ボン・フェルマン」でのこと。

 豊富なラインナップのチーズとデイリーユース向けワインに加え、アンチョヴィや塩蔵ケイパー、アチェート・バルサミコ、martelli マルテッリのパスタなどお馴染みのイタリア産食材もちらほら。

【Photo】 古来の塩作りを再現した製法で作られる「Riserva Camillone リセルヴァ・カミローネ」

 そこにさりげなく置いてあったのが、アドリア海に面した北部イタリア、エミリア・ロマーニャ州ラヴェンナ県Cervia チェルヴィア産の塩、「Sale di Cervia サーレ・ディ・チェルヴィア」でした。

 何が珍しいのかといえば、イタリアでも天日製塩が盛んなシチリアの海塩は日本でもよく見かけますが、この塩はヴェネツィアまで直線距離にして130キロしか離れていない北部イタリアの塩田で造られた塩なのです。加えてスローフード協会の「味の箱舟」プロジェクトで絶滅の危機に瀕している文化的価値の高い食品を意味する「プレジディオ」指定まで受けているというではありませんか。たかが塩、Sale do Sio (=されど塩)。この塩はいかなる塩なのか ・・・?

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 人口2万ほどのチェルヴィアへは、息を飲むほど美しいビザンティン様式のモザイクに彩られた世界遺産の街Ravenna ラヴェンナから 賑やかなビーチリゾートの町Rimini リミニへ伸びるSS16号線を南東に向かいます。

 すると平坦な地平の前方にレンガ造りの「Basilica di Sant'Apollinare in Classe サンタポリナーレ・イン・クラッセ聖堂」(上写真)が見えてきます。質素な外観とは対照的に、かつて総督府として栄華を誇った6世紀の創建当時そのままの輝きを放つ半円形の後陣部に散りばめられたモザイク(下写真)は、必見の価値があります。

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 後ろ髪を引かれる思いで聖堂を通り過ぎ、10キロほど南下すると、もうそこは小さなコムーネCerviaです。ラヴェンナで没した詩人ダンテ・アリギエーリ(1265-1321)の代表作「神曲」の地獄篇にも、その町の名前は登場しています。北側ポー川河口のデルタ地帯からチェルヴィアにかけての低湿地帯は、ラムサール条約に登録された水鳥の楽園でもあります。

 アドリア海に面したビーチ「Riviera del Sole リヴィエラ・デル・ソーレ(=「太陽の海岸」の意)」には、毎年夏になると Bologna ボローニャや Modena モデナ、Ferrara フェラーラといった近場の都市だけでなく、ブレンナー峠を越えてやって来るドイツ・オーストリアからの多くの海水浴客で賑わいます。

 海からは水路が引かれ、1.6キロほど内陸側に入った市街地の先に827ヘクタールの塩田(衛星写真右下の黒っぽい箇所)が広がっています。

     
衛星写真を拡大
 
 この地における天日製塩の歴史は古く、歴史書に Cervia の塩に関する記述が登場するのは5世紀にまで遡ります。町の Centro チェントロ(=中心)には古代ローマ治世下の塩田跡や貯蔵庫が残されています。その起源はギリシャ人による入植の頃とも、先住民族エトルリア人以来ともいわれています。

 中世期、ローマ法王領であったチェルヴィアからは、ヴァチカンに塩が献上されていました。刺激的な苦味を感じさせないチェルヴィアならではの「Sale dolce サーレ・ドルチェ(=甘い塩)」と形容される優しい味は、日射しが強く降雨量が少ない南イタリアでは結晶化の進行が早いため、決して生み出せないのだそう。

guida_camillona.jpg【Photo】チェルヴィア「Salina Camillone カミローネ塩田」では、epoca etrusca=エトルリア時代以来の長い歴史を持つ塩作りのガイドツアーを毎年6月1日から9月15日まで実施している。これは塩田近郊に立っている告知看板

 ポー川流域で作られる名高いプロシュット・ディ・パルマや「幻」といわれるジベッロ村のクラテッロ、ハードチーズの最高峰とされるパルミジャーノ・レッジャーノといったエミリア・ロマーニャ州が誇る塩蔵食品の加工には、イタリア国内で産出する岩塩ではなく、強烈な日差しが降り注ぐシチリアやプーリアなど南イタリア産の海塩でもなく、「Oro bianco オロ・ビアンコ(=白い黄金)」とも称えられるチェルヴィアの塩が欠かせないとする頑固な職人が多いのだそう。

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【Photo】カミローネ塩田では、チェルヴィアの伝統に沿った人力で塩作りを行なう。シチリアほどではないにせよ、炎天下では照り返しも強烈な重労働だ

 第二次大戦による中断を経て、塩の専売制のもとで1959年に国有化されたチェルヴィア塩田。機械化の導入によって生産効率を上げますが、1976年に塩の販売が自由化されて以降、世界最大の塩産出国アメリカや欧州で最も製塩が盛んなドイツなどからの輸入品や、国内最大の1,600ヘクタールもの塩田を擁するシチリア西端に位置する塩の町Trapani トラパニ産の塩などに押されてゆきます。

 衰退に拍車をかけたのが、1981年と1995年に襲った二度の大雨。壊滅的な被害を受けた国営チェルヴィア塩田は1998年に閉鎖されました。すると一部のチェルヴィア市民が、伝統ある塩作りの再開に向けて準備を開始します。1999年に「Parco della Salina di Cervia (チェルヴィア塩田組合)」を発足、5年の休止期間を経て2003年5月に塩の生産が復活しました。

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【Photo】9月末頃に精製を終えたカミローネ塩田の海塩は、秋から冬にかけておよそ6 ヶ月間天日干しされる

 その希少性ゆえ、チーズ専門店オー・ボン・フェルマンで扱うさまざまなチーズには脇目も振らず、一点買いで買い求めた「Riserva Camillone リセルヴァ・カミローネ」は、チェルヴィアのSalinaio サリナイオ (=塩職人)によって受け継がれた手作業による伝統的な製塩法で少量のみ作られる海塩です。

 標準品にあたるサーレ・ディ・チェルヴィアが現地価格でキロ当たり1エウロ10チェントのところ、サリナイオが文字通り "手塩にかけて" 作るリセルヴァ・カミローネはキロ当たり3エウロと3倍近くの価格差がつきます。風土の賜物ともいうべきデリケートな味覚を備え、一度は閉鎖の憂き目を見たチェルヴィアのカミローネ塩田区画で古来からの手法によって作られる「Sale marino artigianale di Cervia (=チェルヴィアの職人が作る海塩)」は、2004年にスローフード協会から次代に伝えるべき「プレジディオ」指定を受けました。

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【Photo】 赤いパッケージは法王の塩「Salfiore di Romagna - Il Sale dei Papi サルフィオーレ・ディ・ロマーニャ - イル・サーレ・デイ・パピ」(左写真)。青のパッケージが「Sale di Cervia サーレ・ディ・チェルヴィア」(右写真)

 冬季は海水を抜いていた塩田に4月初旬に水を張り、区画ごとに仕切られた塩田外周部から、中心部へと移動させながら天日にさらして水分を蒸発させてゆきます。気温が上昇する6月には塩分濃度が30%前後まで高まり、結晶化した塩が 2cm 近くまで堆積してゆきます。

 天日塩の収穫は最も気温が高い夏から9月にかけて。日差しを遮るものがない炎天下での収穫は、肉体的負担が大きい作業となります。その過程で、水面に浮いてくる結晶をサリナイオが手で掬い取った一番塩は、今も「法王の塩」と彼らが呼ぶ「Salfiore di Romagna - Il Sale dei Papi サルフィオーレ・ディ・ロマーニャ - イル・サーレ・デイ・パピ(=「ロマーニャ地方の塩の花 - 法王の塩」の意)。特に優しい味が特徴となります。


 
 甲子園のグラウンド整備で使う木製のトンボに似た道具を使って縁(へり)に集められた塩は5日後に人力で蒸発槽から地上に移され、大きな塩盛りの状態でおよそ6 ヶ月間にわたり、秋から冬にかけての柔らかな陽光と風にさらされます。表面に付着した汚れを高濃度の海水で洗い落として遠心分離機を使用して脱湿後、(リセルヴァはさらに貯蔵庫で一定期間熟成される)組合の手で袋詰めされて出荷されます。

 可能な限り古来から伝わる製法を踏襲したリセルヴァには、塩化ナトリウム(NaCl)のほか、海水に含まれる硫化マグネシウム・硫化カリウム・硫化カルシウム・塩化マグネシウムといった天然の微量成分が豊富に含まれます。そのため、結晶は薄く茶色を帯びたものとなります。

 近年の研究によって、これらの微量成分が、官能上かすかな苦味を生みだし、塩自体の甘味と食材の甘味をも際立たせる働きをすることが判ってきました。塩が素材の旨味を引き出す隠し味となるのです。現代の科学がSale dolce のメカニズムを解き明かした今も、チェルヴィアでは遥か昔と変わらぬ職人の目と経験則による塩作りが行われています。精製に際しては、廃棄物を一切出さないという方針のもと、塩分を含んだ泥は入浴用や美容用に製品化されています。

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【Photo】 古来より伝わる製法を受け継ぐ職人が手塩にかけて作る Camillone 塩田の塩は、エミリア・ロマーニャの適度な陽射しとアドリア海から吹く風が生み出す甘さが特徴の「風味」が際立つ

 無機的で鋭角な塩味ではなく、後味に甘味を残す有機的な丸みを帯びたチェルヴィアの塩は、パスタを茹でる下味用に使うにはもったいないかもしれません。Sale dolce の本領発揮には、食肉の加工技術にかけてはイタリア随一の地元エミリア・ロマーニャと同じく、肉の旨味を引き出す下処理にはもってこいでしょう。旨みを増した肉はソテーして良し、じっくりと煮込んで良し。 淡白な白身魚をグリルする際に軽くふったり、オリーブオイルと共にサラダの味付けに使っても良さそうです。

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 遥か昔、ローマ・ギリシャ時代はおろか、先住民族のエトルリア時代までさかのぼるともいわれるアドリア海の恵み、チェルヴィアの塩。その結晶は後世に残る数々のモザイク芸術を生み出した東ローマ帝国の栄華を物語るラヴェンナ最古(424-450 建造)のモザイク画のひとつ「Mausoleo Galla Placidia ガッラ・プラチディア廟堂」の天井を飾るモザイク(上写真)を思わせます。

 輝かしい神の国を再現しようとした初期キリスト教芸術の黎明期を担った職人の手業によるモザイク画は、1,600年の時を経ても全く色褪せることなく瑞々しい輝きを放って今も多くの人を惹きつけてやみません。チェルヴィアの塩は人の手によって小さな断片が組み合わされ、変幻自在な万華鏡のような輝きが編み出されるモザイク画のような神がかり的な奇跡の味なのかもしれません。

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【Photo】ラヴェンナ「Chiesa dello Spirito Santo スピリト・サント教会」南側にある小規模ながら世界遺産の「Battistero degli Ariani アリアーニ洗礼堂」(5世紀末)の天蓋を覆う「キリストの洗礼」)

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◆チェルヴィアの海塩に関する問い合わせは―
輸入元 : 株式会社 アーク
東京都新宿区早稲田鶴巻町518 第一石川ビル301
Phone : 03-5287-3870    FAX : 03-5287-3871
E-mail : info1@ark-co.jp

取り扱い店
フロマージュリー&カフェ 「オー・ボン・フェルマン」
仙台市青葉区上杉1丁目4-10 庄建上杉ビル1F
Phone : 022-217-2202
営) PM0:00~PM10:00 月曜定休
 ◎Riserva Camillone リセルヴァ・カミローネ 750グラム 735円(税込)

※足立オーナー様へ「チーズ専門店なのに塩の話ばかりでゴメンナサイ・・・」m(_ _)m

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コメント

そっ…そんなに稀少価値の高い塩を扱っていたなんて知りませんでした。
チーズやビゴのパンにしか目が行ってませんでした、私…(汗

たかが塩 されど塩ですね。

▼早坂おっかぁ様

いやいや、オー・ボン・フェルマンはチーズ専門店ですもの。当然です。
チーズが多様であるように、塩も辛口から甘口まで多様です。

日本酒とおなじですね。( ^_^)/U☆U\(^_^ )

はじめまして。
私はDUCATIBIKESという雑誌の編集をしている小松と申します。
このブログを拝見し「チェルヴィアの海塩」に興味を持ちました。
話を聞き雑誌で取り上げようと、輸入元であるアークさんに連絡をしたところ、このブログを書かれている方のほうが詳しいと思うということでしたので、ご連絡を取らさせていただきました。
もしよろしければ、イタリアの塩について、お話をお聞かせ願えないでしょうか?
突然のお願いで申し訳ございません。ご一考いただけると助かります。

可能でしたら、
d-komatsu@bikebros.co.jp
まで直接ご返信いただきたいと思います。
お手数おかけしますが、何卒よろしくお願いいたします。
小松男

▼ DAN@DUCATIBIKESさま

 こちらへお立ち寄りいただき有難うございます。
 チェルヴィアの海塩にご関心をお持ちとのことですが、ご相談の件、私にお手伝いできることであれば、ご協力します。

〉輸入元であるアークさんに連絡をしたところ、このブログを書かれている方のほうが詳しいと思う…とのご返事だったとは、輸入元であるアークさんも随分とご謙遜なさったものですね(笑)。

 委細はメールにてご連絡します。


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