あるもの探しの旅

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2008/08/24

涼やかな夏の酒あれこれ

2008年、夏に出合った酒コレクション

 伝統の竹飾りに街が彩られる仙台七夕まつり期間中を除いて、いまひとつ天気がハッキリしなかった今年。8月の仙台の日照量は平年比で4割以下しかなかったそうですが、皆さんいかがお過ごしでしたか? 空を灰色の雲に覆われた冷夏がお好きだという、前世がシロクマだったのかもしれない北方系の方にとっては、涼しい仙台の夏はパラダイスかもしれません。かたや根っからラテン系で、前世はイタリア人だった私にとっては欠くことができない真夏のジリジリと肌を焦がす♪ O sole mio(≒私の太陽)が一向に顔を見せない今年、小麦価格の高騰でパスタは値上がりするわ、ユーロ高でヴィーノも高値安定だわ、燃費がさして良くない我がイタ車が消費するガソリンの価格は高騰するわという四重苦で、不快指数は上昇する一方。なのに相も変わらず涼しい顔のフクダさん、お願いしますよっ!\(`o´") ええぃ、こうなりゃヤケ酒だっ!! ・・・と、いうことで、ストック済みのヴィーノと地産地消な日本酒に触手を伸ばした今年の夏。爽やかな夏向きのお酒をサラっとレポートします。

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【photo】小ぶりなブルーのボトルが涼しげな「氷清 田酒」

 まずは、青森の銘酒「田酒」で知られる西田酒造店が「ロックで飲(や)る」のキャッチフレーズのもと、2004年から夏季限定で出している「氷清 田酒」から。オン・ザ・ロックで日本酒を飲むという新たなスタイルに挑戦した同社の西田 司社長の思いは、のちに岩手「南部美人」、秋田「白瀑(しらたき)」、山形「出羽桜」や「鳩正宗」といった賛同者を得ました。現在では各蔵元が「氷清」ブランドの小ぶりなブルーのボトルに入った酒を出しています。その第一号となる氷清 田酒は出張のおりに立ち寄った宮城県北のとある酒販店で発見しました。そこは、今年の春先には人気の「綿屋」や「伯楽星」に混じって、田酒が冬季限定で少量のみ醸すレア物「びん燗 田酒」も置いていた小さいながら侮れない店です。田酒マニアによってあっという間に蒸発してしまっても困るため、申し訳ありませんがここでは入手した店の名は伏せさせて頂きますm(-_-)m

 青森産の酒造好適米「華吹雪」を精米歩合55%まで磨いたこの特別純米原酒は、アルコール度数がおよそ18.5%。冷でもイケますが、やはりここは小ぶりなグラスに氷を浮かべて芳醇な味わいをチビチビと楽しみたいところ。通常より高めのアルコール度数が、氷が溶け出すと、いい塩梅になるという仕掛けです。田酒らしいコメの旨みをしっかりと感じさせる飲み応えのあるこの酒、180ml入りというサイズのため、水で薄まる前に飲み切ってしまいました。加水していない純米原酒に浮かべるのがフツーの水道水から作った氷じゃ、杜氏に失礼ですよね。浮かべる氷の元が田酒の仕込み水!! ならば理想的ですが、仕込み水だけを目的とする青森出撃は、ガソリン高騰の折、キビシイため断念。代わりに使ったのは、先日塩引き鮭を買いに行った新潟村上の喜っ川で汲ませて頂いた井戸水でした。先々代までは造り酒屋だったという喜っ川では、かつて仕込み用に使われたこの水を甕(かめ)で冷やして来店客に出しています。

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【photo】今年デビューした発泡清酒の中から、涼夏(すずか・手前)と出泡羽酒(しゅっぽうしゅ・

 お次は地域資源(=「あるもん」のコトですね)を活かした新規事業を支援しようという経済産業省の平成19年度地域資源活用型研究開発事業に採択されて誕生したお酒をば。(財)山形県産業技術振興機構が取り組む「山形県産酒造米『出羽の里』を用いたコクのある発泡清酒の開発」事業には、山形県下9つの蔵元が名乗りを上げました。耐圧式の冷却機能がついたサーマルタンクで二次発酵させ、スパークリングワインのような果実味と透明感を両立させた新たな日本酒を造ろうという試みです。その成果となる「Sparkling sake」が今年初めてリリースされました。音楽とシンクロする仕掛け花火が眼前で見事なSparkling 絵巻を展開させる赤川花火大会の折に鶴岡で買い求めたのが、鶴岡市大山で創業以来、370年の歴史を誇る「出羽ノ雪」銘柄で知られる造り酒屋、渡會本店が手掛けたサイダー風の外見が目を引く「出泡羽酒(しゅっぽうしゅ)」と、酒田市中心部の日吉町に蔵を構える「上喜元」銘柄の酒田酒造による爽やかな青を基調としたラベルの「涼夏(すずか)」という、日本酒らしからぬパッケージの2本です。この事業に参画した浮世絵の美人画が描かれた「くどき上手」で知られる鶴岡市羽黒町の蔵、亀の井酒造の発泡清酒「おしゅん」も目にしましたが、ついルックス重視で選んでしまいました。

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 日本酒の新たな市場を開拓しようと、1998年(平成10)から発泡性の「すず音」を世に問うた一ノ蔵をはじめ、夏場に発泡性のうす濁り酒を手がける蔵元が近年増えています。こうした低アルコールの発泡性うす濁り酒は、酸味を伴った甘口に仕上がる傾向があるため、食中酒としては不向きだったり、若干しつこさを覚えると仰る左党もおいででしょう。一方で辛口のスパークリングワインは、料理との相性が幅広いことは良く知られています。グラスの中で立ち上る細やかな泡はいかにも涼しげです。アペリティーヴォ(食前酒)としてのみならず、夏の食卓を彩るサッパリとした発泡性の日本酒があってもいいはずです。
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【photo】細やかな泡がフルートグラスの中で立ち上る涼夏(上写真)  試験醸造 発泡純米 試験販売之酒とラベルに記された出泡羽酒。「酒」の一文字がなければ、地サイダーと見間違うかも(右写真)

 そこで白羽の矢を立てたのが、低タンパクゆえのスッキリした味わいを持つ酒米・出羽の里で醸した酒を、苦味とコク成分を生み出すという山形県工業技術センターが開発し、特許を取得している「チロソール酵母」で二次発酵させるという手法でした。立ち香は甘さが勝りながらも、口に含むと苦味が入り混じる独特の味が面白い涼夏は9%、一方でキレのよいさっぱりとした甘さを主調としつつ、全くしつこさを感じさせない出泡羽酒は13.5%という、共に低めのアルコール度数。実際に味わったのが、頻繁に出没する庄内で入手した2本だけだったため、地域的に偏りが出てしまいましたが、置賜地域から本プロジェクトに参画した「まほろばの里」高畠町の後藤酒造店が出した「BENTEN」、同町米鶴酒造の「MAHOROBA」ともども、"暑い季節に日本酒なんて・・・"と敬遠していた方にこそお試し頂きたい一本です。
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【photo】米沢と金沢から参加したボランティアの面々

 最後にご紹介するのは、夏季限定ではないものの、以前ご紹介した「鳴子の米プロジェクト」で昨年収穫された鬼首産「ゆきむすび」で仕込んだ「鬼首ロッジのどぶろく」。8月16日(土)・17日(日)の両日、宮城県大崎市鬼首の吹上高原キャンプ場で、ハンデを持った方でも気軽に森林浴が楽しめる間伐材を利用した木道を整備して、森のバリアフリー化を進めようという「宮城・オニコウベやさしい木道(こみち)づくりキャンペーン」のオープニングセレモニーが行われました。岩手・宮城内陸地震で被害を受けた栗駒山の緑を蘇らせようという願いも込めたこのキャンペーンには、同じく地震で大きな被害を受けた旧山古志村能登・輪島の方たちからも復興に向けた応援メッセージが記されたボード材が贈られました。実行委の一人として14日から現地に泊りがけで入り、地元鬼首をはじめ、遠く金沢や輪島、米沢から駆けつけたボランティアの方たちと木道の基礎作りに汗を流しました。そこで夜な夜な「きくゥ~」と言いながら呑んだのが、奥山料理長お手製のどぶろくでした。
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 上澄みだけでなく、しっかりと全体を撹拌すべし、という税務署の指導のもと出されるため、どぶろくには醪(もろみ)がたっぷりと入っています。飲み込むというよりは噛み締めると言ったほうがぴったりのこの酒、発酵しているため、きりっつと冷やした酒器の中でもぶくぶくと泡が出てきます。爽やかな酸味と甘味、そしてビリっとくる芳醇で濃厚な飲み口は、クセになりそう。一枚1,000円で購入頂く善意の木道用のボード板には、趣旨に賛同いただいた方のメッセージやイラストが書き込まれます。私が描いた一枚にはメッセージとともに「どぶろくサイコッー」と小さく書いてあります。木道の整備に協賛頂ける方で、オニコウベ吹上高原にお越しの際は、ぜひ探してみて下さいね。
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【photo】 「ゆきむすび」のどぶろくは、降る雪のような白さ(上写真) 去ろうとしている庄内の夏を萬吉ナスと出泡羽酒で今一度味わった(左写真) 

 冷たい雨がそぼ降る今夜は、鶴岡市湯田川のたった一軒の農家、小田家に代々伝えられてきた在来作物「萬吉ナス」の浅漬けとともに最後の出泡羽酒を頂きました。鶴岡市日枝字小真木に今月オープンしたばかりの「産直こまぎ」で昨日入手した萬吉ナスは、一昨年までは自家消費のみで、いわば門外不出のナスだったといいます。屋号の萬吉からとった名を与えられたこのナスは、特有のアクや癖がなく食味に優れているため、揚げびたしや焼きナスなどさまざまな調理に向きそうです。そういえば産直こまぎでは、サイダー風のラベルと商品名をこまぎオリジナルのものに変えた出泡羽酒が売られていました。バックラベルの記載内容が共通なことから、事の真偽を蔵元に問合せましたが、やはり中身は同じ酒とのこと。

 こうしてまたひとつ、食材の宝庫・庄内の魅力が増したこの夏。華吹雪をオン・ザ・ロックで飲る氷清 田酒、細やかな泡が涼を誘うSparkling sake 出泡羽酒と涼夏、ゆきむすびで仕込んだどぶろくと、涼しげな酒で美味しく楽しく夏を乗り切り、いよいよ食欲の秋・実りの秋に突入です(^¬^)

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2008/08/13

作り手死すとも、ワインは死せず

急逝したアブルッツォの巨星、ジャンニ・マシャレッリが遺したもの

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 来る10月23日から27日にかけての5日間、イタリア・トリノでスローフード協会主催の「Salone del Gusto サローネ・デル・グスト」が行われます。世界中から特色ある優れた食品の生産者と料理人、ジャーナリストが集った前回の開催は今から2年前の2006年。そこでアブルッツォ州の手打ちパスタとワインを紹介するセミナーでお会いしたのが、イタリアワイン界の重鎮、Gianni Masciarelli ジャンニ・マシャレッリ氏でした。《Link to back number
セミナーの席上、自身のワイン造りについて熱弁をふるったマシャレリ氏が、7月31日に滞在先のミュンヘンで脳梗塞のため亡くなりました。スローフード協会が運営するWEBサイト「Sloweb」には、「Addio Gianni(=さようなら、ジャンニ)」と題する8月1日付の記事が掲載されています。

【Photo】2006年10月、サローネ・デル・グストのセミナー会場で。愛妻Marina Cveticの名を付けたワインを手にするジャンニ・マシャレッリ

 もはや神格化されたエドアルド・ヴァレンティーニの例を除いて、かつては、さほど注目されていなかった「Montepulciano モンテプルチアーノ」種という中部イタリア・アドリア海沿い原産の赤ワイン用の固有ブドウ品種を世界レベルのワインに仕立て上げた立役者の一人がマシャレッリ氏でした。1956年生まれで50代に差しかかったばかり。まだまだ醸造家として前途を嘱望されていた彼の突然の死は、地元アブルッツォ州だけでなく、イタリアワイン界全体にとっても大きな損失として捉えられています。今年5月1日に世界中のファンから惜しまれつつ亡くなってしまったグラッパ職人、ロマーノ・レヴィさんに続いて、イタリアでお会いした私の憧れの人が相次いでこの世を去ってしまいました。 あぁ、寂しいなぁ...(TT)


衛星写真を拡大

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【photo】比較的穏やかな山並みが続くアペニン山脈でも、海抜2,912mと標高が高いアマーロ山

 Abruzzo アブルッツォ州は、全体の2/3をアペニン山脈の最高峰Gran Sasso グラン・サッソ山(2,912m)をはじめとする山岳地帯が占め、129kmの海岸線が続くアドリア海沿岸域との狭間に人々が暮らす地方です。ジャンニ・マシャレッリが生まれたChietiキエーティ県San Martino sulla Marrucina サン・マルティーノ・スッラ・マッルチーナは、グラン・サッソ・ディ・イタリア(「イタリアの大きな石」の意)山塊の南側に位置する「Maiella マイエッラ国立公園」の主峰、Monte Amaro アマーロ山(2,793m)の裾野で標高400m、アドリア海から20kmほど内陸にあります。1,000人あまりの住民が暮らすこの地域は、昼夜の寒暖の差が大きく、温度差によって生じる風によってもたらされる乾燥した気候は、ブドウ栽培に適した風土を生んでいます。ジャンニ・マシャレッリは、この土地を世界のワイン生産地でもベスト50に入る理想的な環境だと語り、地元を深く愛していました。
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【photo】丘陵地にあるサン・マルティーノ・スッラ・マッルチーナの町を遠望。アマーロ山などアペニンの山並みが迫る


 日本では生食を主目的としたブドウの枝を棚に這わせ、房を下に垂らす棚式ブドウ栽培が盛んです。シチリア、プーリア、ヴェネト、エミリア・ロマーニャ各州に次ぐイタリア全土で第5位のワイン生産量を生み出すアブルッツォ州では、日本の棚式栽培と基本的な構造は同じ「Tendone テンドーネ式」と呼ばれるブドウの栽培法が伝統的に行われてきました。収量効率が高いアブルッツォのワインは、ワイン生産地の全域がDOC指定を受けています。しかしながら、その大方は廉価ながら、まずまず優れた品質ゆえ、ブレンド用にフランスやドイツにバレル(樽)売りされてきました。

 1978年、ワイン醸造を大学で学んだ23歳のジャンニ青年は、両親からブドウ畑を受け継ぎます。そこにはラッツィオ州南部やシチリア州の一部などを除けば、イタリア国内では珍しいテンドーネ式で育つ白ワイン用のブドウ品種Trebbiano トレッビアーノ種とモンテプルチアーノ種が植えられていました。中でも、樹齢50年を越えるトレッビアーノは、祖父のジョヴァンニが植えたブドウ。後にジャンニが地元キエーティだけでなく、州内のテーラモ県とぺスカーラ県に畑を合計150haにまで拡げ、生産本数が9,000本まで増えた後も、「自分の原点はここにある」とジャンニが語っていた畑です。その畑から1981年に生まれたのが、700本のMontepulciano d'Abruzzoと1,300本のTrebbiano d'Abruzzoでした。
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【photo】マシャレリのブドウ畑

 近年では、ワイン醸造に関するコンサルタントを雇うカンティーナが少なくありません。国内のみならず、国際市場を意識したヴィーノ造りをしている場合はなおさらそうでしょう。イタリアワインがお好きな方ならご存知のカルロ・フェリーニやフランコ・ベルナベーイ、ジャコモ・タキス、ルカ・ダットーマといった優秀なコンサルタントは、各カンティーナから引く手あまたで、いくつもの著名なカンティーナと契約しています。

 かたやマシャレッリでは、醸造責任者にロメーオ・タラボレッリ氏を迎えた後も、ジャンニが畑に立ち、ブドウの栽培から醸造に至るまで、彼が全ての指示を出してきました。自社畑のブドウ以外は使用しないベーシックラインのMasciarelli Classicoの納得がゆく品質もさることながら、マシャレッリの名を一躍有名にした「Montepulciano d'Abruzzo Villa Gemma (ヴィッラ・ジェンマ)」を忘れるわけにはいきません。1984年ヴィンテージから所有する畑から採れる中で最高のモンテプルチアーノを選抜して造った稀代の醸造家渾身の一本は、スローフード協会が運営するワイン評価本「Gambero rossoガンベロ・ロッソ」で最高評価となるTre bicchierri トレ・ヴィッキェーリの常連となります。2001年、ガンベロ・ロッソが最も優れたイタリアワインとして選んだのが、1997年のヴィッラ・ジェンマでした。イタリアの高級ワインを生み出すブドウとして知られるネッビオーロやサンジョヴェーゼ、ましてや国際品種のカベルネ・ソーヴィニョンやメルローでもなく、故郷の風土と伝統が生んだモンテプルチアーノが、イタリアワインの頂点を極めたのです。その特別な一本は、私のセラーで今も眠りについています。
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【photo】イタリアワインの最高峰に輝いたMontepulciano d'Abruzzo Villa Gemma '97

 1991年ヴィンテージから登場したのが、彼の妻であるMarina Cuvetic マリーナ・チベティックの名を付けたヴィーノ。1987年に訪問先のクロアチアの醸造所で化学の研究生だったマリーナと出会ったジャンニは、2年後に結婚し、ミリアム、キアラ、リッカルドの3児に恵まれました。当初から手掛けたトレッビアーノに続き、現在はシャルドネ、モンテプルチアーノ、カベルネ・ソーヴィニョンの4種のラインナップが揃います。ヴィーノ・ビアンコ(白ワイン)では国際品種としての地位を確立しているシャルドネよりも、イタリアでは最もポピュラーな白ワイン用のブドウであるトレッビアーノの完成度に私は強く惹かれます。トロトロの高い粘性を備えた濃い黄金色の液体は、トロピカルフルーツと花や蜂蜜、焦がしバターなどの複雑な香りを立ち上らせながら、高い次元で見事な調和をみせてくれます。口に含むと柔らかな口当たりながら、すぐに只者ではないことを伺わせるこのヴィーノ。イタリア各地でさまざまなクローン(亜種)が存在するとされるトレッビアーノですが、アブルッツォの固有品種Trebbiano d'Abruzzoをかかる高みにまで引き上げたジャンニの情熱の結晶には脱帽せざるを得ません。

 ミュンヘンで急逝したジャンニの葬儀は8月3日に地元サン・マルティーノ・スッラ・マッルチーナの教会で執り行われました。残された家族は、次代の醸造家育成のための基金「Fondazione Gianni Masciarelli」を創設することを発表しました。いつもジャンニがそうだったように、情熱に溢れた未来の醸造家に道半ばにして神のもとに召された彼がワインにかけた夢を託したのです。昨年誕生したばかりの長男リッカルドはまだ8ヶ月。成長した彼がいつの日か父の跡を継ぐ日が来てくれたら・・・。そんな淡い夢をつい抱いてしまうのでした。


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2008/08/03

ボンディファームの夏野菜収穫

灼熱の芋掘り&情熱野菜のBBQ @村田町

【Photo】 ボンディファームの鹿股 国弘さん

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 宮城県南の村田町で自然環境循環型農業に取り組むボンディファームの鹿股 国弘さん(39歳)。宮城蔵王にほど近い粘土質の土壌が広がる畑で、9年前から無農薬・無化学肥料の野菜を育てています。農場の名前は学生時代に訪れた美しい農村風景が広がるブータン西部の農村「Bondey」から取ったもの。仙台の農家で2年間無農薬栽培と営農について学んだ後に就農、当初60アールだった畑は、他の耕作地から隔離された環境の水捌けが良い傾斜地を探して徐々に広げ、現在では9ヶ所合計120アールに広がりました。土作りを兼ねて平飼いしているニワトリの発酵鶏糞のほか、収穫した野菜の残滓や米ぬか、刈草の積み込み堆肥、草木灰などを肥料として使いますが、それも必要最小限に留めています。連作障害を避けるために年間およそ100品目もの果菜・葉菜・根菜・豆類を多品種少量生産で輪作し、土を疲れさせないように休耕期間を設けるなど、常に作物と対話しながら、村田の自然のサイクルの中で野菜作りを行っています。
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【Photo】 手前からオクラ、ズッキーニ、カボチャが育つ鹿股さんの畑。一帯は粘土質土壌のため、水捌けのよい傾斜地を選ぶという 

 夏真っ盛りの今は、旺盛な雑草と害虫との戦いに明け暮れる毎日。今年は7月に雨が多く、カビや病気の発生にも心を砕いたと言います。朝採りした野菜は、安全で美味しい食品を求める個人客にその日のうちに宅配されます。ダイコンやカブ、ニンジン、白菜、カボチャといったお馴染みの野菜に加え、ズッキーニやアーティチョークといったポピュラーな西洋野菜、さらには日本では比較的入手が難しいコールラビやラディッキオ・ロッソ(=トレビス)などの栽培を委託された飲食店からの注文が増えているのだそう。食の安全を求める意識の浸透と、特色ある食材を求める飲食店が仙台圏を中心に口コミで増えたのです。およそ20軒にのぼる取引先の飲食店に届けるのため、収穫は早朝5時には始まります。就農希望bondeyfarm 003.jpgの研修生を受け入れているものの、基本的には鹿股さんがひとりで作付けから収穫までをこなすため、配達に振り分ける労力にはおのずと限界があります。そのため、現在は原則として新規取引を手控えているのだそう。

【Photo】3種のナスを栽培する畑。隣りのビニールハウスや平飼いするニワトリの鶏舎のいずれもが、規模は決して大きくはない

 そんな鹿股さんの野菜をメインにしたふたつの企画にこの夏相次いで参加しました。今回ご紹介するのは、夏らしい陽気に恵まれた8月3日(日)、村田にある鹿股さんの畑で行われた「ボンディファームの夏野菜収穫&焼き奉行な仏伊シェフによるBBQ(バーベキュー)の饗宴(⇒勝手にネーミングしちゃいました)です。参加したのは鹿股さんの個人顧客や契約先のレストラン関係者とその顧客およそ40名あまり。そのほとんどが仙台からの参加者のようでした。小さな子ども連れの家族連れが多く、土と触れ合い、収穫の喜びに目を輝かせた子どもたちだけでなく、親世代にとっても、命を育む真っ当な食べ物がいかに作られているのかを知る機会でもありました。

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【Photo】食べ頃になったスイートパプリカ

 午前10時に村田町の丘陵にある鹿股さんのお宅に集合した参加者一同。この日の昼食となるバーベキュー用の野菜の調達のため、さっそく畑へと向かいました。土作りに欠かせない肥料を卵とともに提供してくれるニワトリをケージから放す鹿股さん。バサバサと舞い上がるニワトリに嬌声を上げるお母さんたちと、生みたての卵の温かさに歓声を上げる子どもたち。桃太郎・中玉・ミニのトマト三種やクリームピーマン、スイートパプリカが育つビニールハウスへと案内されました。この日のために、鹿股さんが収穫せずに取っておいた果菜類は「好きなだけ採っていいですよ」とのこと。それならばと、早速かじり付いたトマトやスイートパプリカは、必要最小限の水を与え、凝縮した味に仕上がっていました。小さく未熟なうちの緑色からオレンジ色に色合いが変化したスイートパプリカの果肉は、もぎたてのフルーツのよう。

bondeyfarm 006.jpg【Photo】ハウスの中で収穫した色鮮やかな夏野菜たち。白っぽいのがクリームピーマン、オレンジ色がスイートパプリカ、真っ赤に熟したトマト

 隣の区画では、水ナスに加え、丸ナスや白ナスが露地栽培されていました。「この土が不要な雑味を吸収してくれるんですよ」という鹿股さんに促されて、もぎたての水ナスや丸ナスに齧り付きます。私の本拠地・庄内で、自然界の多様な生物が生み出す生態環境によって、旨みを増すオーガニックな野菜や果物に畑で齧りつくことに何ら躊躇を覚えなくなって以来、畑で採ったばかりの野菜が一番美味しいことは織り込み済みです。 指で裂いたナスの果肉は、サクサクとした歯ごたえで、エグさは全くありません。なかでも丸ナスはリンゴのようなほのかな甘さすら感じさせ、サラダ感覚で食べられます。これには参加者一同ビックリした様子でした。

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 そこから鹿股さんが運転する軽トラックの荷台に分乗して少し離れた場所にある別の畑へ移動です。仙台市内では、まず体験できないであろう鍬(くわ)や鋤(すき)が積み込まれたオープンエアな軽トラの荷台に乗り込んだ子どもたちは、やんやの大はしゃぎ。荷台に同乗した親たちも童心に帰って楽しんでいました。コンパーチブルでライトウエイトな鹿股さんの農耕車に揺られていると、猛暑の収穫作業で火照った顔に受ける風と、四方から聞こえてくる蝉しぐれと野鳥のさえずりが心地よく感じられました。

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【Photo】 いざ、芋掘りにレッツゴー!! 草いきれを胸いっぱいに吸い込みながらの爽快な田園ドライブ(上写真)
結球部に養分を送る葉を虫に食べられてしまったコールラビ(左写真)。無農薬栽培にはこんな苦労が付き物。初夏から盛夏にかけては虫との闘いが待っている

 次なる収穫対象は、日当たりが良い南東斜面の畑で育つジャガ芋「北あかり」。籾殻が撒かれたフカフカの土に育つ鹿股さんの梅林に隣接する畑では、食用ホオズキやアーティチョーク、アスパラガス、モロヘイヤ、トウモロコシなどが育っています。「無農薬栽培がいかに大変かをお見せしましょう」という鹿股さんに見せて頂いたのが、あらかた葉を虫に食べられてしまったコールラビでした。本来は葉の光合成によって養分を蓄えて直径10cm ほどまで肥大化する茎の根元の結球部を食用にする西洋野菜です。7月の不順な天候のもと発生した害虫の総攻撃によって、あえなく生育の途中で成長が止まり、出荷できなくなってしまったようです。こうした野菜も決して無駄にはせず、緑肥として活用されるはずです。

bondeyfarm 013.jpg【Photo】次から次と土の中から現れるジャガイモに宝探し感覚の子どもたちは大喜び

 私たちのために掘り起こさずにいた長さ70mほどの1畝に北あかりは眠っているのでした。ゆうに30℃を越える気温のもと、噴き出す汗を拭いながら思い思いに散らばって土を掘り起こすと、ミミズがいるわいるわ。これこそ土が健康な証拠です。時おり登場するカエルやウニョウニョ系の虫たちに歓声を上げながらも、ゴロゴロと出てくるジャガイモ掘りに夢中になる子どもたち。炎天下で10分も芋掘りを続けると、どっと汗が噴き出してきます。大人が木陰に逃げ込んでも、子どもたちは至って元気。鋤を手にした鹿股さんのお父様にもお手伝いいただきながら、どうにか収穫を終えたのでした。
bondeyfarm 014.jpg【Photo】 土の中にはミミズがいっぱい

 再び軽トラックで鹿股さんのお宅へ戻り、さきほど採ったばかりの野菜を水洗いしてバーベキューの準備が始まりました。そこで活躍したのが、鹿股さんの顧客でもある「Enoteca il Circolo エノテカ・イル・チルコロ」のスタッフ。店でも使用している上質な備長炭を持参し、鶏・豚・ラムチョップと3種の肉も調達した吉田 克則シェフが、ここでも炭火焼肉の担当です。ギラギラした日差しと炭火の遠赤外線効果で汗だくになりながら肉の火加減をみるニクヤキスタ。炭火で炙り焼きする肉を扱わせては、デル・ピエロやクリスティアーノ・ロナウドも到底かなわない(?)ファンタジスタはさすがに絵になります
(⇒今さらヨイショかよ...(⌒▽⌒ゞ )。

 先ほど掘り出したばかりの北あかりも厚めのスライスでこんがりとグリルされたり、アルミホイルの蒸し焼きで登場です。塩とバターで頂くほっくりとした北あかり特有の口あたり。同じく収穫したての万願寺トウガラシやスイートパプリカは、吉田シェフbondeyfarm 021.jpg持参のバーニャカウダソースをつけて生のままガブリ。フレンチレストラン「Chef シェフ」の奥山ホールマネージャーや、この日採れたての白ナスと玉ネギ、中玉トマトで美味しいラタトゥイユを作って下さったワインバー併設のワインショップ「Bouchon ブウション」の日野シェフも参加しての、プロフェッショナルな料理人が饗宴する贅沢なBBQタイムとなりました。心地よい汗の後、お腹がいっぱいになった頃には、夏のギラギラした太陽が幾分傾き始めました。鬱蒼とした林の中からは延々と続くヒグラシの輪唱が聞こえてきます。けだるい夏の午後が、そうしてゆっくりと過ぎてゆくのでした。

【Photo】酷暑にもめげず活躍するニクヤキスタこと吉田シェフ

 バーベキューで食べきれなかったこの日収穫した野菜は、会費制で参加したメンバーへのお土産となりました。鹿股さん、いろいろとお世話になりました。吉田シェフ始め料理を作って頂いた皆さん、ご馳走さまでした。そして炎天下の収穫に参加した皆さん、お疲れさまでした(⌒~⌒;)

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