あるもの探しの旅

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瓢箪(ひょうたん)から沖田ナス

置賜の沖田さんのナスは庄内・沖田で沖田ナスとなった

 何故かナスに関する"あるもん探し"が多かった今年の夏。民田ナス萬吉ナスと続いた庄内在来丸ナス3部作(?)の最後は「沖田(おきた)ナス」の登場です。紛らわしいタイトルを付けてしまいましたが、瓢箪からナスが生る奇跡の突然変異がおきたナスの話ではありません(笑)。ややこしい副題の意味は、やがてお解かりいただけますので、しばしお付き合いのほど。

chikeiken_natsu_asa.jpg【photo】フウセンカズラが夏の陽射しを和らげる。喧騒と隔絶された「知憩軒」の朝

 イタリア人と結婚したペルージャで暮らす友人のお祝い食事会が催され、鶴岡市西荒屋の農家民宿兼レストラン知憩軒で一泊した翌7月21日。海の日にふさわしいギラギラとした真夏の太陽が顔を出し、早々に目が覚めました。柔らかな肌触りで全身を優しく包み込んでくれる名湯で朝風呂を浴びようと、朝一番で湯田川温泉に向かいました。いつにない早朝に訪問した馴染みの庄イタに、いつもの柔和な笑顔で「ウチで朝ごはんを食べていったら」と声を掛けて下さったのは、旅館「ますや」の大女将・忠鉢泰子さん。

 なれど知憩軒では朝食の準備ができているはず。せっかくの女将のご好意でしたが、後ろ髪を引かれながら、ますやを辞去したのでした。そうして頂いたのが、知憩軒の朝採り野菜中心の朝ごはん。それは、あわただしい日々を送る中で蓄積する体内毒素をさらりと洗い流してくれます。フウセンカズラが這う窓からは、風鈴の音と共にすがすがしい朝の新鮮な風がすだれ越しに入ってきます。いつも"足るを知るとはかくありなん"と教えてくれる朝食。

chikeiken_asagohan.jpg 大女将の長南光(みつ)さんと話をしていると、いつしか心まで満たされてゆきます。まだ8時過ぎだというのに、蝉たちはフォルテシモで鳴いています。ふぅー、今日も暑くなりそうだ。モバイルでチェックしたその日の仙台の天気は、最高気温22℃の曇り。どんよりと薄ら寒い仙台に急いで帰る気など毛頭ありませんでした。

【photo】 自家製の梅干、ばんけ(フキノトウ)味噌、青紫蘇の味噌汁...。ほとんどが自家製の素材を使った知憩軒の朝食。薄味の出汁加減が上品なナスの煮浸し、生姜醤油の風味が心地よいサヤインゲンのおひたし、月山筍とシイタケ・厚揚げの煮物、丸ナスとキュウリの浅漬、コシヒカリのおにぎりを鮮やかな手つきで握るのは娘のみゆきさん。「うちでは伝統的な庄内の田舎料理を出しているだけ」と謙遜する長南さんだが、洗練された味付けはいずれもハイレベル(上写真)

okita_keiko.jpg【photo】鶴岡市羽黒町狩谷野目の今野恵子さんが有機無農薬で栽培する「沖田ナス」。ご子息が沖田地区の知り合いから譲られた沖田ナスの苗を自家採種しているので、沖田ナスを名乗ることができる。ほかにも先に取り上げた「民田ナス」や「萬吉ナス」、置賜地方がルーツの「薄皮丸小ナス」「梵天丸ナス」など個性派揃い


 真夏の庄内グリーンツーリズムを満喫し、かつて一緒にイタリアに行った三浦琢也さんが鶴岡市馬場町で営むナポリピッツアの店「Gozaya」でマルゲリータを注文しました。香ばしい薪の香りが漂うカウンターでアツアツの一枚を平らげ、エスプレッソを引っ掛けてから、そろそろ引き上げようかと店を出たのが13時30分過ぎ。山形自動車道・庄内あさひICの手前で高速の道路状況を確認するためにカーナビのVICS画面に目をやりました。そこには「沖田」という地名が表示されています。詳細に地名表示をするようにカーナビの設定を変えるまでは、気付かずにいましたが、そこはいつも通りかかる場所でした。

 庄内の深遠なる魅力に開眼した2003年(平成15)、沖田ナスという丸ナスの存在を初めて知ったのは、鶴岡市羽黒町の産直「あねちゃの店」でのこと。「沖田ナスは朝日村で採れるナスなのよ」と、佐藤典子店長から聞いていたので、「ここが沖田ナスの産地だな」と、ピンときました。仙台へ直行しようとしていた予定は急遽変更、少し集落の中を歩いてみました。そこの地名は鶴岡市東岩本字沖田。畑でそれらしき少しひしゃげた巾着状の丸ナスを栽培しているokita1.jpgお宅を見かけたので、畑の持ち主と思しきお宅を訪ねましたが、残念ながら留守の様子。隣のお宅のご主人に伺うと、「すぐ近くに沖田ナスの生みの親の小野寺さんが住んでいるから訪ねてみたら」と教えてくれました。

【photo】 同じ丸ナスでも、沖田ナスは民田ナスよりも幾分丈が大きい。8月の最盛期には、うっかり見逃すと一晩で巨大化してしまう(右写真)

onodera_masakazu.jpg【photo】引きの強さが奏功し、庄内地方に沖田ナスを広めた小野寺政和さんとご対面(左写真)

 目指す目印は、小野寺さんが沖田ナスを初めて育てた手掛けたというビニールハウス。それと思しきハウスすぐに見つかりましたが、中を覗くと肥料袋に仮植えした普通の形状をしたナスの苗が10本ほど。「ん?ここでいいのかな」と半信半疑のまま、隣接する小野寺姓のお宅を訪ねると、荷台に農業用水タンクを載せた軽トラックが停まっています。敷地の奥からちょうど出てきた丸顔の男性は、なんとも沖田ナスにウリふたつ(まったくもって失礼ながら、そう思ってしまったのデス...m(。_。;))m)。  

「あの~ぅ、小野寺 太(ふとし)さんのお宅はこちらでしょうか?」
  軽トラに乗り込もうとする丸顔の男性に尋ねました。
「おぉ、そうだよ。今、太は留守にしているけどね」
 よく日焼けしたその方は、先ほどの隣家のご主人に教えて頂いた太さんのお父様、政和さんなのでした。
「突然で申し訳ありませんが、沖田ナスについてちょっと調べておりまして...」

onodera_mitsuko.jpg かくなる上は、名刺を差し出して氏素性を明かした上で、これ幸いと突撃インタビューの開始です。

「今から畑に行ってナスの水やりに行くんだ」と応じた政和さん。

 小野寺さんは一旦仕事の手を休めて陽射しを避けるように私を軒下へといざないます。時計を見るとちょうど14時。まだ日盛りの太陽がジリジリと照りつけています。小野寺さんは私と並んで長椅子に腰掛けながら、家の奥に「おーい浅漬け持ってきてー」と声を掛けました。ほどなく奥様のみつ子さんが、沖田ナスの浅漬のパッケージとガラス小鉢を手に登場しました。

okita_onodera.jpg【photo】小野寺みつ子さん(右写真)の手になる沖田ナスの浅漬け(左写真)。よく冷えたコロンとした小ナスを頬張ると、うまいんだ、これが。
 
 「ウチで漬けたんだけど、無添加だから食べてみて」と、小野寺さんは封を開けて小鉢に盛ったナスを勧めます。みずみずしい蒼さのナス漬けは、いかにも美味しそう。かくなる上は遠慮無用。一粒つまんでパクリ!! 口いっぱいに、すがすがしい夏の香りとほのかな塩味が広がります。

 いつも感じることですが、私がお会いする庄内の方たちには、敷居が低い独特の懐の深さと優しさがあります。突然訪ねてきた見ず知らずの私を、こうして受け入れてくれるのですから。よく冷えた浅漬けをもう一粒頂き、(「美味しいですね」を意味する庄内弁)「んめのぉー」と口走る私に、小野寺さんは沖田ナスの由来を語り始めました。
「このナスと出合ったのは、かれこれ30年ほど前のことかなぁ・・・」

kubota_nasu.jpg 昭和40年代末に小野寺さんが世話になっていた農業改良普及員【注】が、出身地の山形県置賜(おきたま)地方に伝わる食味が優れているという2種類のナスの種を「育ててみたら」と持ってきました。ひとつは「窪田ナス」。米沢市の北東部、最上川左岸の窪田地区を中心に上杉藩政時代に家老職を務めた重臣の色部一族によって栽培が奨励されてきた丸ナスです。もうひとつが「沖田ナス」。南陽市宮内地区の沖田与太郎(おきたよたろう)が、およそ50年前に新潟から訪れた行商人から仕入れた長岡の在来ナス「巾着ナス」の系統とも、窪田ナスから外皮が柔らかい個体を選抜したともいわれる丸ナスです。

【photo】偶然通りかかった米沢市窪田町家中地区の畑でやっと見つけた窪田ナス

 周囲の勧めから自分の名前を付けて銘々した沖田ナスとしては今ひとつ普及せず、特徴をストレートに描写した「薄皮丸小ナス」と改名したところ、人気が出ていったという経緯をもつ沖田ナス(=薄皮丸小ナス)。その経緯については、沖田 与太郎と交流があった米沢市窪田町家中(かちゅう)地区で今も窪田ナスを守り伝える生産者、石山 忠美さんにも詳しく教えて頂きました。置賜地方産の丸ナスのルーツとされる窪田ナスについては、機会を改めてレポートします。

【photo】7月から10月まで毎日収穫が続くという小野寺さんの沖田ナス畑で

 旧朝日村沖田集落で生まれ育った小野寺さんは、勧められた二つのナスのうち、どうせ育てるなら、たまたま郷里の地名「沖田」の名前がかつて付いていたナスを育てようと考えたのです。もらい受けた種を徐々に増やしていった最初の10年近くは、ほぼ自家消費のみ。小野寺さんはこの品種を選抜してゆく過程で、沖田集落の生産者の手で大切に育てていったのだそう。その若干寸詰まりの巾着袋のような形状の丸ナスは、皮が柔らかく浅漬けにぴったりで、歯が弱ったお年寄りでも美味しく食べられると評判を呼んでゆきます。2004年(平成16)にR112号沿いの旧朝日村下名川地区に開店した「産直あさひ・グー」では、春は山菜、秋はキノコやトチ餅など豊かな山の恵みを扱いますが、夏から初秋にかけては沖田地区の畑で採れた沖田ナスがふんだんに店頭に並びます。

 畑の様子を見に行くという小野寺さんの軽トラックで案内されたのは、古道六十里越街道の十王峠の分水嶺から流れ出る月山水系の岩本川の豊富な水を引いた畑でした。おおよそ7月から10月上旬まで毎日収穫が続くという沖田ナスには、毎朝の水遣りが欠かせません。そこには塩ビパイプとホースを使った自作の潅漑(かんがい)施設がありました。典型的なナスの害虫であるアブラムシやアザミウマのほか、土の中にいるコガネムシの幼虫が実に付くそうで、畑には足繁く通わなくてはなりません。

okita_mizu.jpg ご自身は塩漬した翌日の新鮮な浅漬けが好きだと語る小野寺さんの奥様、みつ子さんが漬けた沖田ナスは、鶴岡市内に多店舗展開するスーパー「主婦の店」およそ十店舗にご子息の太さんが直接届けて回ります。180g入り一袋268円の浅漬けは、売り切れ続出のため、10月まで出荷は毎日続きます。私が伺った時はご不在だった太さんも父の跡を継いで専業農家として頑張っているのだそう。

【photo】沖田ナス畑の下には月山水系岩本川の農業用水。良質の水とメリハリのきいた四季が稀に見る多彩な作物をもたらす

 米沢に転封となった越後の上杉氏が、会津経由で米沢に持ち込んだ窪田ナス。その変異種かもしれない外皮の柔らかなナスを広めようとした沖田さんは、沖田ナスと名付けるも地元の置賜(⇒「おきたま」 おっと、ここにも語呂合わせが・・・)地方では別の名・薄皮丸小ナスで一般化。たまたま沖田つながりで沖田地区から沖田ナスを庄内地方に広めた小野寺 政和さん。そのご本人に私は期せずして巡り会うことが出来ました。在来作物に詳しい山形大学農学部の江頭 宏昌准教授によれば、沖田ナスは、もはや庄内の在来野菜と呼んで何ら問題がない品種なのだそうです。沖田ナスが歩んだ歴史同様、瓢箪から駒、いえ"瓢箪からナス"な展開となった今回の突撃取材には後日談があります。

okita-nasu2014.jpg【photo】コロンとした形状の沖田ナス。ナス特有のエグさがない食味の良さが身上

 とびきり海の水が綺麗な新潟山北町の「笹川流れ」と越後村上を訪れた8月12日。米沢を経由して県道101号線「米沢浅川高畠線」を通って高畠町に抜ける仙台への帰路、奥羽本線 置賜駅の手前で「窪田」の地名標識を発見しました。「おおっ、ここは窪田ナスの産地に違いない!」と、車を左折。そんなデジャヴな展開の末、最上川に架かる置賜橋を渡って立ち寄ったところは、まさしく窪田ナスが生まれた米沢市窪田町家中地区でした。

 つい先日、家中地区のとある農家で1969年(昭和44)3月11日付の新聞に包まれた窪田ナスの種が見つかりました。その種を入手した石山さんは、現在伝わる窪田ナスと比較するため、その種の発芽試験を山大農学部の江頭准教授に依頼したのだそう。江頭先生によれば、作物の種が発芽するのは、通常は冷蔵状態で保存しても10年が限度。そのため、この種の発芽は、最後の手段ともいうべき試験管内での胚培養技術を用いて試みるのだそうです。

 さて、40年もの時間(とき)を経たその種は、果たして現代のバイテク技術をもってして芽吹くのでしょうか? また、いかなる実を結ぶのでしょうか? いずれにせよ沖田ナスのルーツ探しに端を発した"あるもん探しの旅"は、まだ続きそうです。


【注】 戦後の食糧難を打開すべく、食糧増産と農業支援を目的に1948年(昭和23)に施行された「農業改良助長法」によって設立された「農業改良普及所(後に「センター」と改称)」所属の地方公務員。各都道府県には同普及所を設立・運営する義務があり〈必置義務は2004年(平成16)に撤廃〉、栽培技術指導や新品種の紹介などの営農支援を行った。

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コメント

沖田なすは南陽市宮内の沖田さんから直接種子をもらったというのは全くの間違い。
沖田なすは山形県置賜地方の薄皮丸なす(当時は沖田なすとも呼ばれていたもの)の種を取り寄せて、別の名称を付けたもので、いかにもオリジナルかのように言っているのは、あまりにも置賜人を馬鹿にしている。
だだちゃ豆に別名を付けて、いかにもオリジナルかのように言ったら、庄内人はどのように思うのだろうか!
歴史をねつ造しないでほしい。
沖田さんから直接入手したのは作り話。
沖田なすの話をする際は、置賜でそれこそ一般的に作られている薄皮丸なすが元で、同じものを別名を付けて作っていることをきちんと断っておかないと失礼。

▼庄内寝太郎様

 特定の地域で30年以上にわたって栽培された固有の品種は、もはやその地域の在来種として根付いたものだ。という山大農学部の江頭准教授の見解をもとに、沖田ナスは、その名で広く栽培される庄内地域の在来野菜と言って差し支えないというニュアンスを記したことに疑問を抱かれたようです。

 本件は、文中に登場する3氏(自家採種をされておられる置賜・石山様、同じく庄内・小野寺様、中立的な山形大学農学部・江頭様)と、文中には登場しませんが、窪田ナス粕漬を製品化する三奥屋さんに対する聞き取り調査を基にしたものです。

 庄内の沖田ナスについて、ご指摘のように庄内オリジナルであるとも、発祥だとも文中では申しておりません。そのルーツが米沢市窪田地区の窪田ナスの皮が薄い個体、あるいは新潟から南陽市宮内地区に入った巾着ナスの系統といわれる沖田ナス(=薄皮丸小ナス)であったと記しています。
 
 庄内の沖田ナスの元となった薄皮丸なす(=薄皮丸小ナス)は、50年以上前に南陽の沖田与太郎氏が当初ご自身の姓名から沖田ナスと名付けた品種の別名で、特徴をよく表現したその名で一般化した旨も、生前何かと沖田氏にお世話になったという当時の事情を知る米沢の石山様より詳細に話をうかがって文中でご紹介しています。

 疑義を挟まれたように、小野寺さんが「南陽市宮内の沖田さんから直接種子をもらった」と、文中のどこに記してあるのでしょう?

 小野寺様が世話になっていた置賜出身の農業普及員から昭和40年代末に種をもらったという事実をありのままにお伝えし、庄内の沖田ナスのルーツは置賜にあることが自然に読み解ける書き方をしたつもりです。小野寺様の名誉のためにも申し添えますが「南陽市宮内の沖田さんから直接種子をもらった」とは小野寺様は一言も言っておらず、文中でも恣意的な作り話、ご指摘のような歴史の捏造、まして置賜を愚弄など一切しておりません。

 長文ではありますが、今一度しかとご確認願います。

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