あるもの探しの旅

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ピニンファリーナなミネラルウオーター

ガンベロ・ロッソがNo.1に選んだ水を名門カロッツェリアがプロデュース
イタリア史上最強の(?)ミネラルウオーター

 日本からイタリアへと向かうフライトが終盤に差し掛かる時、上空を越えるのがヨーロッパ・アルプスです。標高2,300m前後とされる森林限界を遥かに超える万年雪と氷河に覆われたそこには、4,000m級の山々が連なっています。欧州最高峰のMonte Bianco モンテビアンコ(=モンブラン・4810.9m)、Cervino チェルヴィーノ=マッターホルン・4478m)、Monte Rosa モンテローサ(4634m)...。世界のアルピニストを魅了するこれら名峰の威容は、決して見飽きることはありません。

 それは機上からの眺めに限ったことではなく、Lago di Misurina ミズリーナ湖や、10km 弱車で進むとたどり着く3つの巨大な切り立った岩山が奇観を呈するTre Cime di Lavaredo トレ・チーメ・ディ・ラヴァレードなど、ドロミテきっての景勝地であるオーストリア国境周辺やピエモンテ州とロンバルディア州に挟まれた小州、ヴァッレ・ダオスタからロンバルディアにかけてのイタリア北西部のスイス国境周辺には、峨々とした山並みと点在する湖が美しい景観を描き出すRegione dei Laghi (=湖水地方)と呼ばれる風光明媚な一帯が広がっています。

monterosa_lago_maggiore.jpg【photo】 マッジョーレ湖を取り囲む針葉樹と岩肌からなる山々の先に白い頂きをのぞかせるモンテローサ。奇想天外なバロック庭園があるIsola Bella ベッラ島を望む湖畔の町Stresaストレーザにはスノッブな高級ホテルが建つ

 アルプスの峰々に降った雪は、夏でも融けることのない万年雪が、やがて氷河となり、気の遠くなるような時間をかけて麓へとゆっくり移動します。その過程で、永久凍土と岩の隙間に水分が徐々にしみ込んでゆき、毛細管現象によって地下水脈となります。人類のCO2 排出量が飛躍的に増えた産業革命以降の100年で、アルプスの氷河は体積が半分に、表面積は2/3に減少したといわれています。近年、北極の氷やシベリアの永久凍土と同様に、アルプスでも氷河の消滅速度が加速しています。同時に地中の氷が溶け出すことによって、支えを失った岩肌が大規模な崩落現象を引き起こす事例がチェルヴィーノやスイスのアイガーで報告されています。その原因は地球温暖化の影響にほかなりません。温暖化防止の対策を怠れば、今世紀中にアルプスの氷河は消滅するだろうと研究者は警告を発しています。表向きは美しい山岳風景ですが、その実、こんな危機が迫っているのですね。うーむ・・・。

Monterosa_Novara-1.jpg【photo】 高速E64をミラノに向けて東に進むと、ピエモンテ州の東端にあたる Novaraのシンボル、サン・ガウデンツィオ聖堂の尖塔が見えてくる。 その周辺は緑の水田が広がるイタリアきっての穀倉地帯。彼方にはモンテローサの姿がくっきりと浮かび上がる

 話が4,000mの山頂並みにお寒く息苦しい展開になりました。気分を変えて今回はスタイリッシュなイタリアン・アルプスの水についてご紹介しましょう。大都市ミラノとトリノを結ぶ高速E64は、両市街地を離れると青々とした森林が広がる平原の北側にはアルプスの山並みが迫る快適なドライブルートとなります。その先には高級リゾート地として知られるLago Maggiore マッジョーレ湖やLago d'Orta オルタ湖が満々とした水面に周囲の山々を映し出して横たわります。特別自治州のヴァッレ・ダオスタ州は、手厚い国の補助金や税制面での優遇を受けており、豊かさではイタリア国内屈指とされる地域です。そんな背景があってか、ミラノ近郊のE64を走っていると、フェラーリ575M Maranello とマセラティGranSport が連なって疾走するイタリア国内でも稀な光景に出合ったりします。(⇒まるでバブル期の銀座みたいだっ!

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 スローフード協会が発行する月刊誌「Gambero Rosso ガンベロ・ロッソ」2002年10月号で200種類ものイタリア産ミネラルウオーターの品質ランキングが発表されました。その指針とされたのが蒸発残留物【注1】の数値。日本でも良く知られたブランドの水が1,074mg/l で183位に甘んじた一方で、最も低い13.9mg/lという数値で品質No.1に輝いたのが、ピエモンテ州北部 Biella ビエッラ県Graglia グラリアでボトリングされる「Lauretana ラウレターナ」(日本での商品名は「ローレターナ」)です。この水の特徴は、硬度が高くなりがちなヨーロッパ産の自然水にしては、メーカーの公表値で5.5と異例なほど硬度が低い万人向けの超軟水であること。さらにメーカー公表のph値が5.82(ガンベロ・ロッソの計測値では5.75)と弱酸性を示すため、人体への吸収効率に秀でているのだといいます。

 Ermenegildo Zegna エルメネジルド・ゼニアや Loro Piana ロロ・ピアーナなどの高級毛織物産業で知られるビエッラから5kmほど西の山沿いに向かったグラリアには、19世紀に整備されたTerme del Santuario di Graglia サントゥアリオ・ディ・グラリアというテルメ(温泉)施設が6月から9月のヴァカンスシーズンのみ稼動します。かつては、サヴォイア家のマルゲリータ王妃も保養のためにトリノの王宮からこの地を訪れたのだそう。テルメといっても、もっぱら泌尿器系の結石疾患や新陳代謝の促進を目的とする飲泉治療のための施設ゆえ、ひと風呂浴びて旅の疲れを癒そうと水着持参でそこを訪れても無駄足となりますので、念のため(笑)。集落の外れにはSerbatoio Acqua Potabile Graglia(=グラリア飲用水配水所)なる施設があり、水汲みに訪れる人の姿が見られました。

graglia.jpg【photo】モンバローネ山の中腹に建つSantuario di Graglia グラリア聖堂。イタリア中部 Marcheマルケ州Anconaアンコーナ県Loretoロレートには、13世紀に天使がナザレから移したとされるマリアの生家の壁を祀ったSanta Casa(聖なる家)があり、イタリア国内で重要な巡礼地となっている、そこに安置された黒マリア像から名前をとったMadonna di Loreto がビエッラ周辺の人々の信仰を集めている

 炭酸ガスを含まないNaturare(ナトゥラーレ)、ガス入りのFrizzante(フリッツァンテ)共に、ヨーロッパ・アルプス第二の高峰モンテローサの氷河水が、造山運動で生じた古生代の地層の中をおよそ40キロ南下し、標高2371mのColma di Mombarone モンバローネ山の中腹、海抜1,050m付近で地上に湧出した水(※画像はメーカーWebサイトより引用)をボトリングしたものです。その周辺には工場や人家などの施設が皆無なため、採水地としては非常に恵まれた環境なのだといいます。グラリアの集落の先には、17世紀に造られた聖堂がひっそりと佇んでいます。そこにはLauretana の名前の由来となった幼子イエスを抱く黒マリア「Madonna di Loreto ロレートの聖母」が安置されていました。これは6km北方にある世界遺産の「Sacri Monti サクリ・モンティ(複数形)」のひとつ、Oropa オローパのサクロ・モンテ(単数形)に祀られた黒マリア像と相通じるもの。この一帯はイタリアン・アルプス地方におけるマリア信仰の一大中心地でもあるのです。ゆえに Lauretana の優しい口当たりは、聖母がもたらした奇跡なのかもしれません。
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【photo】 Lauretana の名前の由来となった黒マリア「Madonna di Loreto ロレートの聖母」

 スローフード協会から品質上のお墨付きを得た格好のLauretanaが、注目を浴びる契機となったのは、その2年前の2000年にイタリアきっての名門カロッツェリア【注2】として名高い「Pininfarina ピニンファリーナ」の子会社「Pininfarina Extra ピニンファリーナ・エキストラ」がデザインしたボトルの製品を発表したことが大きく貢献しています。ヨーロッパで最も軽くクリアな味わいとされる Lauretana のイメージを具現化したという透明なガラス製のボトルには、ピニンファリーナのロゴが控えめに浮き彫りにされ、絶妙な曲線と直線からフォルムが構成されています。シンプルなラベルはLauretana のロゴがプリントされた素っ気ないもの。ボトルの背中側から局面ガラスを通して見えるラベルの裏側には、ラウレターナのロゴと共に pininfarina のロゴも記される心憎い演出が効いています。斬新でありながらどこかしらクラシカルな印象を与えるそのフォルムは、かつてピニンファリーナがデザインワークに関わった優美な曲線を身に纏った車たちと相通じるものを感じさせます。

lauretana_pininfarina.jpg【photo】ピニンファリーナがボトルのデザインをしたLauretana。王冠の色とラベル下部の白抜き文字のベースカラーが青=NATURALE(senza gas ガスなし)、赤=FRIZZANTE(con gas ガス入り)。容量は750mlのみ

 フェラーリやマセラティといった華がある高級スポーツカーのデザイナーとして名高いピニンファリーナ。この名前は車好きでなくとも耳にしたことがおありでしょう。トリノで1930年に創業して以降、ランチア、アルファロメオ、フィアットといったメーカーと実績を積み上げ、1952年にフェラーリと協働関係を結びます。西武ライオンズ在籍当時の清原 和博選手の愛車として勇名を馳せた(?)1984年発表のTestarossa、その3年後に登場したF40と後継のF50、そして山形県東根市出身の日本人、奥山 清行氏がチーフデザイナーとして在籍当時に手掛けたEnzoやP4/5 といったフェラーリのフラッグシップモデルにおいて、ピニンファリーナは最も光り輝くように思います。1947年から協力関係にあるマセラティでは、現行の Quattroporte や Grantourismo などにピニンファリーナならではのエレガントな造形感覚が遺憾なく発揮されています。アルファロメオ歴代のオープントップモデル Spider も忘れてはなりません。既存の車をベースにルーフを取り払った美しいコンパーチブルカーを作らせては、ピニンファリーナの右に出る者は見当たりません。

 確固とした実績と揺るがなき名声を得た今日では、プジョー(仏)、ジャガー(英)、フォード・GM(米)、ボルボ(スウェーデン)など、自動車における協力関係はイタリア国内のみならず、世界中のメーカーに及びます。日本においては、カロッツェリアとしてライバル関係にあるジョルジェット・ジウジアーロが、かつて乗用車を製造していた頃のいずヾと117クーペやピアッツァといった美しいクーペモデルを生んだ例があります。しかしながら、数少ないショーモデルを除いて、ピニンファリーナとのコラボによる国内向けの市販車を手掛けた日本のメーカーは存在しません。車が単なる移動手段の道具ではなく、ライフスタイルを反映する自己表現の手段のひとつと考える欧州のクルマ造りと、マッチ箱のようなミニバンの開発ばかりに力を注ぐ日本のメーカーの姿勢はいかにも対照的に映ります。
Lauretana_ back_pinin.jpg【photo】ガラス越しに見えるLauretana のラベルの裏側にはこの水の14mg/lという蒸発残留物の数値と「THE LIGHTEST WATER OF EUROPE」の表記と共にpininfarina の名が記される
 
 現在、企業体としてのピニンファリーナは、イタリア国内のほかに、仏・独・スウェーデンなど世界5カ国に現地法人を置き、グループ全体の従業員数は3,000人。2007年における6億7千40万ユーロに及ぶ売上のうち、8割が自動車関連業務によるもので、創業者のバッティスタ・ピニンファリーナ以来の伝統は、今日もしっかりと受け継がれています。中核となる自動車のデザインワークを行うのは、Pininfarina S.p.A.。かたや広く生活用品一般のプロダクトデザインまで手掛けるのが1987年に発足したPininfarina Extra S.r.l.です。誕生から20年で総売上の2割を占めるまでに成長したピニンファリーナ・エクストラが関わったのは、当然 Lauretana のミネラルウオーターに限りません。歯ブラシやフレグランスの瓶、家電製品、家具、システムキッチン、自家用ジェット航空機、クルーザー、ホテルやマンションの内外装、そして2年前に地元トリノで開催された冬季五輪の聖火台と聖火のトーチのデザインに至るまで、いままで関わった仕事は多岐に渡ります。

lauretana_pinin_ecching.jpg【photo】 ボトル底部の両側には pininfarina のロゴタイプが浮き彫りにされている

 両社のCEO(最高経営責任者)として、ここ数年指揮を執ってきたのは創業者の孫であるアンドレアとパオロのピニンファリーナ兄弟です。デザイナーとしてではなく、もっぱら経営面で手腕を発揮した兄のアンドレアが、先月7日に51歳で不慮の死を遂げました。Vespaブランドで知られる Piaggio 社創業60周年の記念限定モデル、グレーのVespa GT60に乗って自宅から出勤する途中に、78歳の男性が運転する Ford Fiesta にはねられたのです。昨年の売上高が1.000億円を越える自動車と縁が深い企業の会長兼最高経営責任者は、運転手付きの車ではなく、自らスクーターを運転して出勤していました。そうして不幸な事故に遭ったのも、皮肉な巡り合わせですが、これもおおらかなイタリアのお国柄ゆえの悲劇と言えなくもありません。ピニンファリーナ社は8月12日の取締役会において、エクストラ社の代表だった弟のパオロ氏のPininfarina S.p.A.会長兼最高経営責任者就任を決定しました。故アンドレア氏による経営下にあって、トリノ郊外のサン・ジョルジョ・カナヴェーゼにあるピニンファリーナの工場で生産を請け負ったalfa Breraのオーナーの一人として、故人のご冥福を心よりお祈りします。


 【注1】 水の中に浮遊・溶解しているカルシウム・マグネシウム・ナトリウムなど、土壌に由来する有機物(ミネラル)成分のこと。1 リットルの水を蒸発させて残る重量の数値で表される。純水に近い無機質な水が美味しく感じる訳ではなく、適度にミネラル成分を含んだほうが、コクとまろやかさが加わって飲用水としては美味しく感じる。この数値が多すぎると苦味を強く感じるため、飲用には適さない。一般に30~200mg/l程度が美味しい水の目安とされる

【注2】 Carozzeria カロッツェリアは、イタリアで特に自動車のボディワークを行う会社を指す。工房と呼ぶべき小規模なものから、ピニンファリーナのように国外にもグループ企業を抱える比較的大きな事業規模の場合もある。業務内容においても、原料や素材の調達から、設計・組み立てまでを一貫して手掛けるケースから、工程ごとに専業の場合もある。日本車では大手メーカーが開発から一環して生産までを行うのと対照的。ピニンファリーナの他にはイタルデザイン、ベルトーネ、ザガート、ミケロッティなどが有名どころ

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