あるもの探しの旅

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続・ごっつぉだの もっけだの

≪地の恵みに癒された濃密な一日≫
「もっけだの」前篇 @佐久間ファーム

「ごっつぉだの」篇 より続き

 ぶどう狩りのノボリ旗を立て、一般客を受け入れるようになった今シーズンから、「佐久間ファーム」という名前が付きましたが、5年前から畑を見てきた私にとっては「佐久間さんのブドウ畑」と呼んだほうがしっくり来ます。鶴岡市西荒屋にお住まいの佐久間 良一さん・みつさんご夫妻は、三箇所に分散した合計50アールの畑でブドウを育てておいでです。左手に朝日山塊の最北端に位置する母狩山(ほかりさん)、前方の彼方に鳥海山を望むR112号西荒屋地区周辺では、ブドウ棚をよく目にします。佐久間さんのご自宅からすぐ近くにある河内神社には、そこがブドウと深い縁で結ばれた地であることを窺わせる1926年(大正15)8月に建てられた「葡萄圃復興之記碑」なる石碑があります。碑文には明治期に主力品種となった甲州種が、明治中期に導入された米国種の影響で病気が蔓延、ほぼ壊滅状態に陥るものの、大正期に関係者の努力で復興を遂げた経緯が記されています。
uva_koshu.JPG【photo】櫛引地区特産の甲州ブドウ

 庄内地方は、対馬海流の恩恵で比較的温暖な気候であること、良質で豊富な水と肥沃な土壌に恵まれていること、夏季の日照量が全国屈指であることなどが幸いして、平野部を中心に一大穀倉地帯となっています。その上、野菜類を中心に現在60品目以上の存在が確認されている中からごく一部を「『足もと』のこと」の中でご紹介してきた個性豊かな在来作物に加えて、庄内柿などの果樹栽培も盛んに行われています。その中には酒田刈屋地区のナシ、庄内砂丘のメロン、羽黒地区松ヶ岡のモモなど、すでに特産化されたものも少なくありません。特に鶴岡市櫛引地域では「フルーツタウン」と称されるほどに果樹類が数多く栽培されています。初夏のサクランボ【注1】に始まり、夏から秋にかけてはモモ・和ナシ・ブドウが。晩秋には洋ナシ・リンゴ・庄内柿など、季節ごと旬の果物で溢れます。一地域でこれだけ多くの種類の果樹が多品種に渡って栽培される例は全国でも稀だといいます。旬が異なる果樹をさまざまに栽培することは、病害虫による壊滅のリスクを避けるうえで、非常に理にかなったことでもあります。生物多様性はそんな意味からも有効なのですね。

hannkotanna.jpg【photo】 すわブドウ畑に覆面姿の果物泥棒登場かっ!? いえいえ違います(笑)。今年の5月末、庄内の伝統的な農作業服である「ハンコタンナ」姿でブドウの摘果作業にあたる佐久間みつさん。お顔は後ほど・・・

 櫛引地域で果樹栽培が盛んなのは、海に面した庄内でも山あいに近く、昼と夜で海から吹く風と山からの風が入れ替わることで大気が新鮮な状態に保たれ、寒暖の差が大きいため、果樹栽培に適したミクロクリマ(=局地気候)であることが要因として挙げられます。傾斜が急な山間地を流れる赤川上流域の大鳥川と梵字川が出合う旧朝日村落合から下流の西片屋・東荒屋・西荒屋など赤川左岸の一部地域は、もともと水田に不向きな保水性の悪い砂利が多い土壌でした。現在R112櫛引バイパスが通る一帯は、かつて毎年のように発生する赤川の氾濫によって上流から運ばれる砂礫が表土として堆積する荒れた土地だったのです。耕地への被害を伴う大規模な洪水は、近年になって以降も昭和15年・28年・44年・46年・62年に発生しています。洪水の影響を受けない川向かいの月山から延びる河岸段丘上段の黒川地区【注2】では、肥沃な土壌と良質な水を活かして安定したコメ作りが行われてきました。
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【photo】 収穫間近かとなったスチューベンと佐久間良一さん 

 このように豊饒の地・庄内にも地の利に恵まれない地域があったことを私に教えて下さったのは、西荒屋で農家民宿兼レストラン「知憩軒」を営む長南 光さんです。赤川の洪水に長い間悩まされてきた地域の人々が待ち焦がれた堤防や護岸の整備、放水路の拡幅、治水ダムの建設などがなされた後、1970年代に行われた圃場基盤整備と同時に地区の人々が参加して大規模な土壌改良事業が実行に移されます。その方法とは、砂礫が多い荒れた表土の上を養分豊富な山の腐葉土や微生物が多い赤土で覆うという一大プロジェクトでした。

 (ここからはぜひ中島みゆきの「地上の星」をBGMに、田口トモロヲのナレーションのような語り口でお読み下さい)・・・挑戦者たちは山から長いパイプを引き、川の水に山の土を混ぜた泥を作り出して田や畑に流し込む困難な事業に立ち向かった。山土を引いては、家畜の糞や稲藁を入れ、また山土を引くという過酷な仕事に皆が本気になって取り組んだ。1980年代に入る頃には、豊かな実りに恵まれる赤川右岸地域と遜色ない収量と作柄をコメや野菜で得られるようになった。10年にも及ぶ地道な取り組みに汗を流した人々は、皆手を取り合って収穫の喜びを分かち合い、感涙にむせんだ・・・(T-T)(フェードインで流れ始める「ヘッドライト・テールライト」のBGMと共に、もとい!

akiqueen_sig.sakuma.jpg【photo】 昨年の9月下旬、佐久間さんが丹精込めて育てたた安芸クイーン。収穫までおよそ半月を待つブドウに色が乗ってくるのはこれから

 大工を代々の家業としていた佐久間さんが、国の減反政策の強化もあって副業のコメ作りからの転作でブドウ栽培を始めたのが12年前のこと。さまざまな果樹が育つ西荒屋でも、ブドウは今も栽培が最も盛んな果物です。地区内のR112沿いにある産直あぐりを9月中旬から10月半ばにかけて訪れてみてください。大玉種を主力に所狭しと並ぶブドウの品種の多彩さに驚かれることでしょう。シーズン中に60品種以上のブドウを取り扱うという産直あぐりでは、店頭設置のPCで消毒回数などの栽培履歴がわかるトレーサビリティシステムを平成17年度から導入しています。店舗に隣接する加工場では組合員が栽培した果物のジュースやジャムも製造、86人の加盟生産者の多くが県からエコ・ファーマーの認定を受けています。佐久間さんもブドウをご主人の名であぐりに出荷しており、生産者の名前が記された安全で美味しいもぎたての果物や野菜類を安心して購入することができます。
sna.sakuma.jpg 【photo】 ブドウ畑に佇む小柄な佐久間みつさん。いつも笑顔が素敵な方です

 江戸時代中期の宝暦年間、甲斐(現在の山梨)から甲州ブドウが庄内藩にもたらされます。ところがブドウの房が垂れ下がるさまは、武家にとって「武道が下がる」からと19世紀初頭の文化年間に西荒屋地区の肝煎(=庄屋)であった佐久間九兵衛が苗木を貰い受けたのだとか。西荒屋は前述の通り、砂利交じりの土壌が広がるブドウ栽培に適した土地。村役人だった九兵衛は甲州ブドウの栽培を村民に奨励、以来長いブドウ栽培の歴史を刻む土地柄なのです。ゆえにブドウ作りに関しては一家言持つ栽培農家には事欠きません。ブドウ農家としては新参者だった佐久間さんは、農業改良普及員や周囲の助言に真摯に耳を傾けます。現在ブドウが育つ畑は水田からの転作だったため、暗渠排水によって乾田化を図り、粘土質の土壌改良は、元来樹勢が旺盛なブドウの剪定した枝や、防虫のために剥ぎ取る樹皮をチップや炭にして撒き、ブドウが好む排水性の良い土壌に改良したといいます。内陸部に比べて積雪量が比較的少ない庄内でも山あいに近いため、1m以上に及ぶ雪に覆われる冬を除いて、雨よけのビニールテントを上に掛けるものの、四方は防虫ネットで囲むだけで通気性を確保します。雨が多い日本では避けることが困難な消毒回数も慣行栽培の半分ほどに留めています。

uva_takao.jpg 【photo】 佐久間さんが育てる「高尾」。房の中から顔を出したままじっと動かないアオガエルが一匹

 8月中旬には収穫されるデラウエアとスチューベンといった収穫時期が早い米国原産のブドウに始まり、ワイン醸造用欧州品種のメルローとシャルドネ、9月に最盛期を迎える生食用大玉種の巨峰、高尾、ピオーネ、ハニーブラックなどの黒系品種、安芸クイーン、赤嶺、ゴルビー、信濃スマイルといった赤系品種、ピッテロ・ビアンコ、ゴールドフィンガーなどのイタリア原産種や白峰、ハニーシードレスといった白系品種まで、佐久間さんが栽培するブドウは現在20品種以上にのぼります。樹齢が上がってき近年では、ブドウの品質向上に確かな手ごたえを感じているご夫妻は、新品種の栽培にも意欲的です。みつさんが友人の女性グループと共に昨年イタリア北西部ピエモンテ州を訪問した折、滞在したアグリツーリズモ「Rupestr」のオーナー、ジョルジョ・チリオ氏の勧めがあった「Cortese コルテーゼ」種の栽培にも挑戦します。コルテーゼは、著名なDOCG白ワイン「Gavi ガーヴィ」の原料となるブドウ。ぜひ将来は作付けを増やして頂き、月山ワイン研究所に製造を委託する「Gavi di Shonai」でいつの日か乾杯しましょうね"( ^0^)Y*Y(^0^ )"。
uva_mokke.jpg【photo】 この日佐久間さんの畑で採らせて頂いたブドウの一部。上から時計回りにハニーシードレス、安芸クイーン、高尾

 10月も下旬に差し掛かり、前回お邪魔した9月下旬の大玉ブドウがたわわに実る畑とは一見して様相が変わっているのが分かります。「もう終わりが近いから、いい房が無いでしょう」と佐久間さん。「(商品にならない)小さな房はいくら採って食べてもいいから、良さそうなのを持って行って」と仰るので、いつものように色付きのよいブドウを見定めて味見しながら、これぞという房を剪定ハサミで採ってゆきます。先ほどアル・ケッチァーノで食べてきたドルチェ「Uva Ciocco ウヴァ・チョコ」に使われていたハニーシードレスは、まだ粒にみずみずしい張りがあり、蜂蜜のような甘さも充分。5年前の夏、当時から佐久間さんと栽培契約を結んでいたアルケの奥田シェフに案内されたこの畑で味見したブドウの中でも、特に高貴さをたたえた甘味に魅せられたのが安芸クイーンでした。いずれ劣らぬ佐久間さんが育てるブドウでも私が最も好きな品種です。ここ数年、地球温暖化による高温障害で着色不良が見られるという安芸クイーン。この日収穫した高尾と同じく、旬の盛りを過ぎて果皮が幾分硬くなってはいるものの、枝から派生した孫枝に実を付けた"末成り(うらなり)"のブドウですら、甘さの乗りに全く不足はありません。しかし「もう出荷出来ないブドウだから」と、佐久間さんはハニーシードレスの代金しか受け取ろうとしません。「食べてもらえば、ブドウも喜ぶからね」とも。いやー、もっけです~。そんなブドウを慈(いつく)しむ作り手の素敵な気持ちも頂いて「じゃ、また来シーズン」と畑を後にしました。
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【photo】秋のスペチャリテ「Uva Ciocco ウヴァ・チョコ」

 次に向かったのは、佐久間さんの友人でもある長南 光さんのもとでした。昼食前、ヤマブドウ畑に立ち寄った進藤 亨さんの山に青ミズの実を採りに行くというアルケの土田料理長とそこで待ち合わせをしていたのです。知憩軒の玄関先に足を踏み入れた私に声を掛けてきたのは、主人の長南さんではなく、アルケの魅力を綴った「奇蹟のテーブル」の撮影でお世話になったカメラマン高橋 知政氏でした。山形在来作物研究会の監修で来春早々に発行を予定しているという、庄内の代表的な在来作物の調理法を紹介するレシピ本の取材で知憩軒においでだったようです。庄内地方の伝統野菜「ズイキ芋」を使った光さんとみゆきさん親子が作る和洋それぞれの料理の撮影がひと段落したところに、私がひょっこり登場した次第。取材に立会っておられた山形大学農学部の平 智教授ともども、チョコレートとクリームチーズがミックスされた「マーブルチーズケーキ」(200円)と有機栽培コーヒー(350円)をちゃっかりご馳走になってしまいました。これまたもっけですぅ~。もともと長南さんには昨年冬から産直あぐりの店頭に並ぶようになった知憩軒の美味しいアップルパイに関して取材申し入れをしようと思っていました。棚ボタで頂いたケーキとコーヒーのお礼はアップルパイのご紹介ということで手を打って頂けませんか...(;^_^A

2008.10.21monte_shindou.jpg【photo】進藤さんの山でミズの実を採るアル・ケッチァーノの土田料理長(右)

 間もなく現れた土田さんの車を何故か先導する形で(逆だろ、普通...)向かった進藤さんの山。土田さんに続いて杉林に足を踏み入れると、小豆のような実をつけた青ミズが一面に生えています。そこは「山菜の道」として奥田シェフがさまざまな雑誌などに紹介してきた場所です。初夏から秋にかけて、鬱蒼とした杉林の根元は青ミズのじゅうたんで覆いつくされます。初夏には鈴なりの天然木イチゴだって食べ放題。その山の豊かさには、ほとほと感心させられます。この日も10分もすると片手に持ちきれないほどの実が採れました。そこへ「ほぅ、採れたね」とミズの実に一瞥を投じながら真如海上人の末裔こと進藤亨さんが外出先から戻って来られました。ディナーの準備のため慌しく店に戻った土田料理長がいなくなった後も、気になる今年収穫したヤマブドウを使うバルサミコの仕込みのことや、現在熟成中のバルサミコの様子、更にはヤマブドウとカベルネソーヴィニヨンを掛け合わせた交配種「山ソーヴィニヨン」の生育状況などを伺い、「今度は木イチゴ好きの野生児私の娘のこと)を連れていらっしゃい」と仰る進藤さんとお別れしました。

 この後訪れる月山パイロットファーム、あねちゃの店、井上農場など、いつも飛び切りの食材をご提供いただいている先々と、期せずしてお会いした馴染みの方々から頂く「ごっつぉ」で溢れ返る「もっけだの」な展開の佳境は、また次回!!

◆ブドウ狩りに関する問合せは
 佐久間ファーム : TEL 0235‐57-3188 へ

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新・ごっつぉだの もっけだの
≪地の恵みに癒された濃密な一日≫
「もっけだの」中篇へ続く

         
なんだか映画「猿の惑星」シリーズみたいになってきた・・・(爆)


【注1】 互いに日本一のサクランボ産地であることを譲らない東根市と寒河江市。櫛引地域では見当たらないものの、山形内陸地域で散見されるサクランボのハウス栽培。寒中にも拘らず、重油を燃やしてハウスの中を初夏の陽気に暖めるだけでなく、CO2の排出によりハウスの外(⇒地球環境)も温暖化させている。求められる環境保全型農業に逆行するunsusteinable アンサステナブル(=持続不可能)な発想といい、燃料代+αを転嫁した1箱ウン万円というunbelievable アンビリーバボーな値段といい、あまり感心できる所作ではないのでは? 旬に食べる果物のほうが、自然の摂理に適っているし、かえって有難みを感じると思うのですが...。
 赤川に面した西片屋地区のサクランボは、昭和30年頃に発生した灰星病で全滅する被害を受けている。その痛手からおよそ10年を経た頃、数軒の農家が再びサクランボの栽培に取り組み現在に至っている。今では県内生産高の2%と収量こそ少ないものの、高い糖度と酸が調和したメリハリある味のサクランボが雨避けテントで覆った露地栽培で生産されている


【注2】 黒川地区は国の重要無形民俗文化財の指定を受ける「黒川能」の里として全国に知られる。地区の鎮守、春日神社では旧正月の毎年2月1日から2日にかけて、凍て付く夜を徹して氏子の住民たちが演じ手となる能や狂言が上演される「王祇祭」(おうぎさい)が蝋燭の明かりのもと古式ゆかしく奉納される。祭りに先立って1月下旬の土日には、特設の巨大囲炉裏で串刺しにした1万本もの豆腐を地区を挙げ昼夜通して炭火焼きする。その後、一旦凍らせた「凍み豆腐」が二番汁と呼ばれる味噌煮味や醤油ベースの味付けで観客に振舞われる。29日の降神祭、30日の酒くらべ、31日の掛餅かけなど、当日まで数々の神事・行事が行われ、王祇祭本番を迎える。凍み豆腐は「豆腐まつり」とも呼ばれる黒川能のもうひとつの顔ともいえる

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コメント

櫛引地方は主人が以前仕事をしていた事があり懐かしく拝見しました。
2月の黒川能に供される「豆腐」に添えられる地元産の山椒、小粒でピリリは山椒の粒を砕くもの、と思っていましたが、山椒の実の周りの皮を砕くのだと櫛引で知りました。知人から山椒を分けてもらい作ってみましが・・。1カップの山椒の実から、ごくわずかの量の山椒粉が完成。まさにサフランを摘み取るような手間、根気がいる作業でした。

▼伊藤様

 懐かしの旧櫛引町関連のネタにコメントを頂きありがとうございます。

 王祇祭で振舞われる凍み豆腐をスパイシーな味付けに仕上げるためにふんだんに用いられる山椒の粉は、そうやって作られるのですか…。確かにあの小さな山椒の実の殻剥きはさぞ根気のいる仕事でしょう。

二日で一万本に上る串豆腐の本数といい、灼熱の囲炉裏端で焼きを入れる作業といい、大変な作業を経て観客が口に出来るのですね。より一層有難みが湧いてきました。

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