あるもの探しの旅

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父と娘のアップルパイ

「知憩軒」で知るぬくもりの味

 年末年始にかけてアルコールやクリスマスケーキで過剰摂取したカロリーをいまだに消費していない方も多いかと思います。先月中旬までは暖冬だったこの冬も、二十四節気の大寒を迎えて寒さが厳しくなってきました。そこで私が皆さんに推奨する防寒対策は、地球温暖化防止のためにも化石燃料を燃やして暖を取るより、"旬の冬の美味で皮下脂肪をたっぷりとmitsu_e_miyuki.jpg"蓄えること。 0o。 (;) 美味しくてあったかい一石二鳥でLOHASな(?)私の迷案に賛同頂ける方にしろ、そうでない方も皆、かつて楽園を追われたアダムとイブの末裔。今回ご紹介する禁断の知恵の果実、リンゴで作るドルチェの甘~い誘惑には抗うことなど到底出来ないはずです。

【photo】 知憩軒の女将、長南 光さん(右)と みゆきさん(左)

 昨年の冬から鶴岡市西荒屋にある「産直あぐり」に期間限定で店頭に出る「知憩軒のアップルパイ」がマイブームを呼んでいます。昨年までは生地に照りを出すための卵黄を使わず、言わばスッピンのまま焼き上げた素朴なアップルパイに目が留まったのが最初の出逢いでした。包装フィルムには、同店に年間通して美味しいおむすびをsalone_del_chikeiken.jpg 出している近くの農家民宿兼レストラン知憩軒(ちけいけん)の朱印が押されていました。初めてそこを訪れた6年前の初夏から、いつも変わらぬ柔和な物腰で訪れる人を迎え入れ、心和ませる女将の長南 光(みつ)さん・みゆきさん親子のことは、在来野菜の「沖田ナス」を取り上げた際、ほんのさわりをご紹介しています【Link to back number】

【photo】 いつ訪れても落ち着ける知憩軒(左上)。2007年秋、友人グループで訪れたイタリア・ピエモンテ州のアグリツーリズモ「Rupestr ルペストゥル」のオーナー、ジョルジョに贈った光さん手織りのタペストリー。ブドウをあしらったデザインも光さんご自身による(右下)

arti_per_giorgio.jpg 一人旅の宿泊客でも快く迎え入れる知憩軒の離れには、和室、茶室、ギャラリーを兼ねた板敷きの部屋と自炊・入浴施設が備えられています。そこには光さんが嗜む書や絵画、随筆などの作品が置かれ、農家の暮らしのありようをさりげなく語りかけてきます。岩手・花巻に生まれた宮沢賢治の「雨ニモマケズ」を彷彿とさせる泰然自若とした強さを持つ野辺に咲く花のような光さんと接していると、慌しい日々を送る中で沈殿してゆく心の"淀み"がさらりと洗い流されてゆくのを感じます。

 農作業に追われ働きづめだったご両親のもとで育った光さんは、外の世界を知る機会すら無いお母様を目にしてきました。良くも悪くも都会では全てがめまぐるしく移り変わってゆきます。なかなか地元を離れることが出来ない農家の女性にとって、都市で暮らす人との交流を通して新たな知識を得る場として、また都市から訪れる人には伝統的な農家の暮らしの普遍的な価値をってもらうため、相互のいの場として自宅の先で民宿「知憩軒」を開業したのが1998年(平成10)のことでした。

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【photo】 母狩山を背景にリンゴの樹々に囲まれて建つ知憩軒の新たな離れ

 民宿の開業当初からサクランボやブドウの収穫などフルーツタウン櫛引ならではの農作業や、地元に伝わる「黒川能」で使用される能衣装に由来する綴織りを母屋に隣接する「土筆工房」で希望者に体験する場を提供してきました。光さんは昨年秋に新たな会員制の休憩施設を少し離れた場所に造りました。古民家の部材を随所に使用した建物は、月山と鳥海山を遠望するリンゴ畑の中にぽつんと建っています。レトロなタイル張りの流しと最少限の調理器具を備えたそこでは、お湯を使うにも水をヤカンで沸かさなければなりません。寒さの厳しい季節に備えてストーブは置いてありますが、板戸や黒光りする古民家の床板を活用した床には床暖房設備はもちろん、壁面に断熱材も入れていません。
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【photo】 タイル張りの流しとコンロ、懐かしいアルマイトのヤカンなどが備え付けられた会員制の休憩施設。防寒用の綿入れも置いてある

 蛇口さえ捻れば給湯器のお湯がいつでも使える便利な暮らしに慣れ切った私たち。敢えて少し不便さを覚えるであろう設(しつら)えに留めた理由を問うと、「(モノが溢れた時代だからこそ、)体を動かすことの大切さを伝えたかったのよの」と光さん。基本はリンゴなどの収穫作業の合間にご自身が休憩するための施設ですが、入口の鍵を託される年会費制の会員になると、空きがあればいつでも自由にそこを利用できるのだといいます。リンゴやモモの花がほころぶ季節、あるいは実りの季節、会員となった人は畑の真っ只中に身を置き、その場所に流れてきた悠久の時を肌で感じることで、大地と共にあるその地の暮らしを窺い知ることが出来るでしょう。自分を見つめ直したくなった時、一人の時間を過ごす場所として、あるいはギャラリーなどにも活用して欲しいとのこと。そう語る光さんは、(財)都市農山漁村交流活性化機構が認定する「農林漁家民宿おかあさん100選」事業の初年度、平成19年度に全国から選ばれた20人の一人として認定されました。そんなことなど、おくびにも出さないのがいつも自然体な長南さんらしいところ。

mattina_chikeiken-1.jpg 【photo】 宿泊は一日一組限定のため、鳥のさえずりや蝉の鳴き声だけが聞こえる環境のもとで頂く 夏の知憩軒の朝食

 知憩軒にはネットに接続できるインフラはおろかテレビすら置いていない上、幸か不幸かケータイの電波状態もあまり良くないため、慌しい日常をリセットするにはもってこい。当初は自炊のみでスタートした宿泊客向けに食事を提供するようになったのは、みゆきさんが東京から戻った6年前から。「自分たちが伝統的に食べてきたものをお出しするのでよければ」と、黒と白を基調とする庄内地方特有の端正な外観の母屋1階を予約制の農家レストランとして改装、宿泊客もそこで食事ができるようになりました。趣味の良い調度類と季節の花が飾られた趣ある室内には、いつも穏やかでゆったりとした時間が流れており、心尽くしの料理をじっくりと味わうことができます。その日の畑と相談して献立を決める「おまかせコース」は自家製のコシヒカリと野菜が中心。予約なしでレストランを訪れた客には、自家製の梅干を入れてふんわりと優しく握ったおむすびが主役となる一汁一菜の食事を用意しています。いずれも滋味溢れる手料理は、光さんがお母様から受け継いだ庄内の農家に伝わる伝統の味に、みゆきさんとご長男のお嫁さんである歩美さんが新しい感覚を盛り込んだものです。

mattina_chikeiken2.jpg【photo】 しんしんと降る雪に全てが覆われる季節。 静まり返った部屋で心穏やかに頂く冬の知憩軒の朝食

 料理には化学調味料の類いを一切使用せず、どれも素材の持ち味を活かした薄味に仕上げられています。器が置かれた木製の卓は、そこがまだ「山添村」と呼ばれていた明治期に納税の証として拝領し、100年に渡って代々受け継がれたもの。「ずっと私たちが食べてきたものばかりで悪いのぅ」と控えめな光さんですが、いえいえどうして。決して華やかに盛り付けを施した料理ではありませんが、上品な出汁の使い方ひとつを取り上げても厨房を預かる長南さん親子の腕は推して知るべし。料理を運んで来る光さんと語らい、しみじみと味わい深い食事を終える頃には、心の底から満たされていることでしょう。

buonapetito_pie.jpg【photo】 これがデビュー2年目のこの冬、産直あぐりを舞台に熱い争奪戦が繰り広げられている(?)知憩軒のアップルパイ。ご覧の通り見た目の派手さこそ無いものの、楚々とした温かみのある味は、リンゴを慈しみ育てる父・恵三さんと娘・みゆきさんの共同作業ならでは。自家栽培したリンゴが無くなり次第終了

 「知憩軒のものなら間違いはないはず」と思い、店頭に並んでいたスイートポテトパイと一緒にそのアップルパイを買ったのは一昨年12月上旬のことでした。裏のラベルに記してある製造者を確認すると、娘の長南みゆきさんのお名前が。昨年まではスッピンだったアップルパイの生地には、今シーズンから焼き上がった際に締りが良くなるからと仕上げに卵黄で薄化粧を施してあります。パリパリと硬過ぎず、軽くしっとりとした絶妙な焼き加減は今年も健在です。主役のリンゴはシャキシャキした食感を残しており、ほのかなシナモンとナツメグの香りが果汁を吸ったジューシーなパイ生地と口の中で三位一体となって、なんとも美味しいこと ! 冬場はどうしても店頭が少し淋しくなる産直あぐりでしたが、それ以降は立ち寄る楽しみが増えました。

pie_mela.jpg【photo】 恵三さんが育てたリンゴ「ふじ」を、娘のみゆきさんが焼き上げたアップルパイ

 大方のイタリア人男性同様、甘いものもそれなりに好きな私ですが、実はどちらかといえばアップルパイは好みではありませんでした。柔らかく煮込んだどっちつかずな食感のリンゴ、ないしは甘酸っぱくコーティングされた生地。そのいずれかが当てはまるともうイケマセン。ホームメードな焼菓子としてポピュラーなアップルパイだけに、味付けにもさまざまあるとは思いますが、これは! というアップルパイに出くわしたことはなかったのです。突如そこに彗星の如く登場した知憩軒のアップルパイは、今まで私が出合った中では間違いなくNo.1に輝くもの。光さんに伺ってみると、それは文字通りホームメイドなアップルパイなのでした。というのも、材料となるリンゴを栽培するのは、父の恵三さんだったからです。父が育てたリンゴを娘がパイに焼き上げる。vendemia08meli_chounan.jpgそんな父と娘の合作によるパイが誕生する昨冬以前は、自宅レストランで提供するジュース(一杯200円)と、「西荒屋フルーツ加工研究会」の生産者名で産直あぐりで扱うジュース「林檎のしずく」(1ℓ容量/一本600円)用に収穫したリンゴ全量を用いていたそうです。

【photo】収穫の季節。豊かな実りに顔がほころぶ長南 恵三さん

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 昨年の11月中旬、長南さんのリンゴ畑を訪れてみました。そこでは父の恵三さんが「ふじ」の収穫作業の真っ最中でした。現在ご主人が育てるリンゴは二種類の「ふじ」と「紅玉」。遠赤外線による加工法を取り入れ、鮮やかな発色を残した「柿の実」の名で商品化した干し柿用の庄内柿の栽培にも力を入れています。今や全世界で最も生産量が多いりンゴ品種となったふじは、1962年(昭和37)に青森県藤崎町の園芸試験場で誕生した東北発の世界ブランドです。45年以上に渡って交配を繰り返した結果、数十種もの系統が生まれましたが、色付きを元に大別すると鮮やかな発色をするよう改良された「着色系」と、いわゆる原種の「ふじ」に大別されます。私の濃密な休日の一日をご紹介してきた「ごっつぉだの もっけだの」シリーズでレポートした昨年10月21日に伺った長南さんの納屋には、収穫したての真っ赤な紅玉がカゴに入れて置いてありました。昨年はパイ用には用いなかった紅玉も今シーズンは使っているそうです。

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 畑から戻って、みゆきさんにアップルパイの作り方を教えて頂きました。皮を剥いて薄切りしたリンゴに三温糖とブラウンシュガー、香り付けのためシナモン少々とナツメグを加えて20分ほど置きます。薄力粉を使った生地を丸い型に入れ、その上にリンゴを放射状に重ねてゆきます。最後にバター(有塩)を少量上に載せてパイ生地で覆います。飾りつけに細切りしたパイ生地を交差して載せ、卵黄を薄く塗り、200℃に設定したオーブンで焼くこと50分。冷めるまでしばらく置いてから切り分けて、ハイ召し上がれ。

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 昨年は果樹農家に落果の被害をもたらす台風の上陸が無かったこともあり、リンゴは作柄・収量ともに恵まれました。そのため、2月末までは産直あぐりにアップルパイを出せる見込みとのこと。それでも一日一台ずつしか焼かないため、数には限りがあります。私のようにその味に魅せられたリピーターがいるようで、休日の午後に産直あぐりを訪れても、すでに売り切れという状況がここ二回ほど続きました(T_T)。ゆえにこうしてご紹介することを最初は躊躇しましたが、この美味しさを皆さんと分かち合いたいと思います。

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◆農家民宿・レストラン「知憩軒」
  住所)鶴岡市西荒屋宮の根91
  Phone 0235-57-2130  Fax 0235-57-4185
 ※ レストラン(前日昼までの予約制 ・火曜定休)
   おまかせランチ(11:00-14:00) 1,200円
   おまかせ夕餉 (17:00-21:00) 2,100円
   おむすびランチ(小鉢・味噌汁・コーヒー付 / 予約不要) 650円

 pie_miyuki_chounan.jpg※ 宿泊(年中無休)
  宿泊人数 5名
 宿泊料金 素泊まり...4,000円  二食付き...6,000円

◆アップルパイby 知憩軒
 6つ切り 260円 / 8つ切り 280円
 こちらも美味なスイートポテトパイby 知憩軒  320 円
  ▲お求めは「産直あぐり」へ
    住所)鶴岡市西荒屋字杉下106-3
    営)9:00 ~ 17:00 (10月~3月 夏季は ~18:00 )
      第3水曜定休
      TEL 0235-57-3300

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