あるもの探しの旅

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2009/04/26

「芽出し」と「芽摘み」の春

芽吹きの季節@鶴岡

 4月11日(土)の夜、「アル・ケッチァーノ」の厨房を支える生産者が集い、今月30日に東京銀座にオープンする山形県のアンテナショップに併設されるリストランテ「ヤマガタ サンダンデロ」(ディナータイムの営業が始まるグランドオープンは5月12日)のスタッフ壮行会が「イル・ケッチァーノ」を会場に行われました。奥田シェフから直接「来てね」と電話連絡があった以上、参加しないわけにはいきません。この日も取材を兼ねて参加していたYBC山形放送の佐藤記者同様、生産者ではない私ですが、仙台から馳せ参じました。

sandandelo_20090411.jpg【photo】店を支える生産者と3店舗のスタッフが勢揃い。27名にも増えた店のスタッフのおよそ3分の2は、この一年で新たに加わったフレッシュな顔ぶれ

 テーブルを共にした「食の都・庄内」事業を推進する前・山形県庄内総合支庁長で、吉村新県知事のもとで副知事に抜擢された高橋 節氏と、荘内藩主 酒井家18代当主、酒井 忠久氏ご令室で致道博物館〈Link to Website〉常務理事の酒井 天美さんによれば、お二方とも前日の10日にシェフから参加を打診する電話があったのだとか... (-。ー;)。いくら忙しいからって、シェフったらー(笑)。当「あるもん探しの旅」でご紹介してきた生産者の皆さんを含め、これまでにお世話になった方たちと今後の夢を語り合えただけでなく、新たな出会いもあり、楽しくも有意義な時間を過ごせました。

mizubasho_matsugaoka.jpg ここで大切なポイントを押さえておきます。銀座店は庄内を中心に山形県産食材のエッセンスをPRする情報発信の役割を任されます。銀座店のプロデュースは手掛けたものの、奥田シェフ自身は今後も庄内を地盤として活動を続けます。新たな芽吹きの地となる銀座では異彩を放つであろう「山形イタリアン」を掲げる料理の真価を知るためには、実際に庄内に足を運び、一皿の料理の背景にある食材を作る人の表情や気候風土などを探って下さい。銀座でつまみ食いしたくらいでは、食の都の奥深い魅力に迫ることなど到底できませんから。

 【photo】桃の摘花作業が行われていた松ヶ岡農場の桃畑(下写真)。農場の先にある湿地にはミズバショウが可憐な花を咲かせていた(左上) 

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 その日は午前中から満開の桜を楽しむ花見客で仙台の西公園は賑わっていましたが、13時過ぎに到着した鶴岡の桜の名所である鶴岡公園赤川沿いのソメイヨシノはまだ開花前。ミズバショウがちょうど見ごろだというので、松ヶ岡開墾場(Link to Website)を訪れました。「あかつき」「川中島」など桃の産地として知られる松ヶ岡農園では、女性たちが桃の摘花作業を行っていました。脚立の上で作業にあたるお母さんに話を聞いてみると、剪定を終えた後、小枝に10個前後つくピンク色の花芽の中で残すのは一つだけ。4月下旬に花を咲かせた後に結実する桃がまだ青いうちの7月にさらに摘果を行い、実を大きく甘味が乗るよう育てます。主力品種となるあかつきが出荷の最盛期を迎えるのは赤川花火大会(今年は8月9日)の頃。愛らしく芽吹いた桃色の蕾は、大方が開花前に間引きされるため、ほんの一握りしか実を結ぶことができないのです。

【photo】より美味しく大きな実を結ぶためには、枝に残す花芽は一つだけ。黙々と摘花作業が続く(左写真)。可愛らしいピンクの桃の蕾は、花を咲かせることなくあらかた摘み取られてしまう(右写真)
         momo_tekka2.jpg momo_tekka3.jpg 

 「まだ桜が咲かぬなら」と向かった先は、梅の名所として知られる湯田川温泉。間もなく名産の孟宗が旬を迎える竹林に囲まれた湯田川梅林公園は、紅梅白梅およそ300本がまさに花盛り。鶴岡市の西方、金峰山の南麓に位置するそこは、大型の観光ホテルが無く、いつも落ち着いた雰囲気に包まれています。全身を柔らかく包み込んでくれる独特の湯触りのお湯は、疲れたカラダとココロを優しく解きほぐしてくれます。「御殿水」の別名を持つ岩清水神社の湧水がそうであるように、湯田川温泉の硫酸塩泉(含石膏芒硝泉)bairin_yutagawa.jpgは、飲泉すると、その類まれな柔らかさが確認できます。浴用が主流の日本の温泉とは違って、飲泉療養が主流のイタリアの「Terme テルメ(=「温泉」の伊語)」に前世で親しんだ私にとって、浴用して良し飲用して良しの湯田川はまさにParadisoパラディソ!(=「パラダイス」の伊語) 全ての旅館が源泉かけ流しという贅沢極まりないお湯の効能は、湯田川観光協会のWebサイトで。


【photo】花盛りの湯田川梅林公園(上写真)。芽出し作業の最盛期を迎え、種籾の入った袋が平積みにされた湯田川温泉街の手前にある催芽場(下写真)
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 温泉街の入り口にある「催芽場」と呼ばれる作業場では、稲の種籾の「芽出し」が行われていました。一般に稲の種籾は水に浸されて積算温度が100℃に達すると(10℃の水なら10日間)発芽するといわれています。重量で選別した種籾は、薬剤を使ったり、約60℃のお湯につけて一旦冷却するなどの消毒工程を経て、休眠状態にある種籾を水に10日~20日ほど浸す浸種(しんしゅ)をまず行います。その後サーモスタット機能付きのヒーターを装備した「催芽機」で30℃前後に加温した水に種籾を浸して発芽を促すのが一般的な方法です。催芽機が存在しなかった昔は、風呂の残り湯や調理で沸かしたお湯を使うなど、温度管理が難しかったため、寝ずの番を強いられるなど農家にとって芽出しは手間の掛かる仕事でした。

medashi_09.jpg【photo】一日の芽出し作業を終えて語らうお父さんたち(写真奥)が向かう先は、酷使した体をやさしくほぐしてくれる共同浴場「正面湯」(入浴料200円)かもしれない

 稲の種籾を温泉に浸して発芽を促す湯田川特有の芽出し法は、1848年(嘉永元年)に地元の農夫、大井 多右衛門が編み出しました。現在では深さ50cmほどのコンクリート製の水路が整備された催芽場に各旅館から排出されるお湯が引かれています。多右衛門自身の創意工夫と後に加えられた技術改良によって、芽出しが行われる4月ひと月だけで庄内一円はおろか、隣接する新潟県村上市の稲作農家から、あらかじめ10日ほど水に浸した「はえぬき」や「ひとめぼれ」「コシヒカリ」など200トンを超える種籾が持ち込まれます。4月2日に始まった今年の芽出し作業は、私が訪れた日までに作業のピークを迎えており、前日までに100トン以上の種籾を処理したといいます。30℃強の湯に12時間浸された後に湯揚げされ、水路に渡された板の上でムシロを掛けて半日ほど蒸らすと胚芽部分から均一な発芽が得られるのだそう。一連の作業はすべて人力でこなすのですから、コメ作りには大変な人手がかかるのですね。

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 芽出し作業を行っていた男性によれば、日本海に面した「湯野浜温泉」でもなく、260年の歴史がある朝市(4/1~12/5)や赤カブで知られる「あつみ温泉」でもなく、湯田川のお湯でなければ、芽吹きが満足に促されないのだといいます。さまざまな温泉が日本各地にありますが、こうしてコメ作りに欠かせない芽出しに温泉を有効活用している例はごく限られます。肌触りのよい柔らかなお湯という願ってもない地域資源をコメ作りに活かした160年前の先人の英知には、感心するばかりです。訪れる人を優しく包み込む湯田川のお湯は、コメにとってもさぞ心地の良い名湯に違いありません。


【photo】湯田川梅林公園の梅はとうに終わり、鶴岡公園や赤川堰堤の桜も散った5月の湯田川。お湯が抜かれた催芽場は静けさを取り戻していた

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山形イタリアン
  YAMAGATA San-Dan-Delo ヤマガタ サンダンデロ

  住)東京都中央区銀座1-5-10 ギンザファーストファイブビル
    山形県アンテナショップ「おいしい山形プラザ」2F
    Phone:03-5250-1755 Fax:03-5250-1756
  営)11:30-15:00(L.O.14:00)
     18:00-23:00(L.O.22:00)
  2009.5/12(火)グランドオープン


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2009/04/12

スローフードフェスティバルin庄内 Ⅱ 

【フェスティバル 2日目】
スローフードフェスティバルin庄内
庄内のごっつぉ祭

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【photo】フェスティバル二日目の3月8日朝、純白の雪に覆われた鳥海山が姿を見せた

 食の魅力を柱に地域資産を発信することで、地方に活力を取り戻そうと呼びかけたノンフィクション作家の島村 菜津さんによる講演とパネルディスカッション、スローフード全国大会といった座学がメインとなったフェスティバル初日。全国から集ったゲストにご挨拶するかのごとく、翌日は朝から純白に雪化粧した鳥海山が秀麗な姿を見せました。フェスティバル2日目は会場を鶴岡市藤島体育館に移し、おもに体験型のプログラムが前面に打ち出されていました。それらはイベントのサブキャッチフレーズにもあった通り、「食の都庄内を、見て、知って、味わいつくす」ことができるものでした。

festa_ fujishima2009.jpg 【photo】ひとつの催しとしては、地区始まって以来の人出とされる3,500名の来場者でごったがえす「食の都庄内フェスタ」会場。写真右側の「農水産フェア」コーナーには、庄内地方を中心に、数多くの地域性豊かな食品が並び、終日賑わいをみせた

 2日目の会場となった鶴岡市藤島地区(旧藤島町)は、鶴岡市との合併前の2004年(平成16)から、地元の食材を使用した料理コンテストや「食の都・庄内」親善大使を委嘱されたシェフの地産地消メニューの調理実演と試食などからなる「地産地消フェスティバル」を開催していました。合併後は「食の祭典inふじしま」と名称を変更して継続開催してきましたが、今年は県やスローフード山形などが誘致したスローフード全国大会の開催に合わせて、一段とスケールアップした"てんこ盛り"な内容となり、前年を大きく上回る過去最大の3,500名の来場者で賑わいました。

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【photo】壇上に揃い踏みした「食の都・庄内親善大使」3名。右よりレストラン欅総料理長 太田 政宏シェフ、前・東京第一ホテル鶴岡 総料理長の古庄 浩さん、アル・ケッチァーノ奥田 政行シェフ

 会場入口のロビーでは、稲藁で作られた大きな農耕馬が置かれ、稲作が盛んな藤島地域伝統の藁細工の実演に子どもたちが群がっています。私が到着した10時30分過ぎには、開場してまだ30分ほどだというのに、食の都庄内親善大使による料理ショーで作る料理の「おすそわけ」にありつける整理券はもう無くなっていました。現在はフードコーディネーターとして関西に活動の場を移した前・東京第一ホテル鶴岡 総料理長の古庄 浩さんが駆け付けて、久しぶりに3人が揃った会場前の広い駐車場がほぼ満杯状態だったので、「さては・・」と思っていたのですが、予感的中です。
osusowake_okuda.jpg furushou_osusowake.JPG osusowake_ota.jpg 【photo】おすそわけ3品。右より「藤島産アサツキとお米とズワイガニのキッシュ」、「庄内豚の黄金焼きジャンバラヤ添え」、「こんがり焼いた米沢雪菜と生ハム」

 用意されたおすそわけは、日本一のフランス料理店と称えられた「ル・ポットフー」伝説を築いた功労者である酒田市のフレンチ「レストラン欅」の太田 政宏総料理長の手になる「藤島産アサツキとお米とズワイガニのキッシュ」、古庄さんが「庄内豚の黄金焼きジャンバラヤ添え」、この日も協会の催しに駆出されて会場に遅れて登場したアル・ケッチァーノ(以下「アルケ」と略)奥田シェフの「こんがり焼いた米沢雪菜と生ハム」の三種。近年の過剰なまでのマスメディアへの露出によって、圧倒的に県外客の割合が増えたため、以前は大半を占めた地元の来店客がぐんと少なくなったアルケへの期待度が会場では高かったように見受けました。あらかた食べ尽くしたアルケではなく、太田シェフのおすそ分けにあやかろうと馳せ参じた私でしたが、一歩遅かったようです。前日、庄内町の響ホールでお会いした際、常連客の間でちょっとした噂になっていた3月引退説の真偽をご本人に直接確かめると、向こう2年間は契約を延長し、欅で引き続き厨房に立たれることを伺ったので、お預けとなった今回の分も含めてリベンジに伺うとしましょう。

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【photo】食の文化祭には、庄内一円のお母さんたちが作った家庭料理が大集合。海と山の幸を用いた食の都庄内のさまざまな味が並び、熱心にレシピをメモするお母さんの姿も

 3つのブロックに分けられた会場内の左側1/3は、この日午後に講演を行った民俗研究家の結城 登美雄さんが、かつて「近頃、隣の家のメシを食ってないなぁ」と、宮城県宮崎町(現・加美町)で提唱して始めた「食の文化祭」が再現されていました。庄内の山海の幸を使った家庭料理270点がズラリと並ぶスペースは、庄内地方一円の各農協・漁協に所属する一般の農家・漁師を営む家庭のお母さんたちが作るふだん着の家庭料理ばかり。飾らない器に盛り付けられた母の味は、伝統的な郷土料理から洋風のものまで実にバリエーション豊かです。熱心にレシピをメモするお母さんや、試食可能なコーナーもあり、それぞれの家庭の味を想像しながら、楽しく回ることができました。

degstazione_dashi.jpg 【photo】三種類の中からトビウオでとったダシ汁を当てるコーナーに立ち寄り、違いを味見する来場者

 会場の真ん中部分1/3は「食育フェア」ゾーンとして、地元で取り組んでいる食育の取り組みに関する展示やQ&Aコーナーになっていました。ブラインドで出される三種類のだし汁の中から、酒田沖に浮かぶ飛島特産のトビウオを炭火で炙り焼きにして天日干ししたトビウオの焼き干しのだし汁を当てるクイズコーナーがあったので、挑戦してみました。トビウオ以外は、だしの素とシイタケのだし汁とのことでしたが、香りと味の深みが三者三様でまるで異なります。三種類とも言い当て、ここは庄内系の面目を保つことができました。daitokuji.jpg展示の中で興味深かったのが、年に数回、ほぼ全ての材料を地元産の食材で賄う「オール鶴岡産デー」を実施、生産者が子どもたちと食事を共にする学校給食を実施している鶴岡と藤島の給食センターの紹介でした。なぜなら鶴岡は学校給食発祥の地でもあるからです。

【photo】僧侶の発案と心優しき市井の人々の善意によって、我が国初の学校給食が行われた鶴岡市の大督寺門前には、その旨が刻まれた石碑が立つ

 1889年(明治22)、歴代庄内藩主酒井家の菩提寺でもある大督寺に私立忠愛尋常小学校が開設されます。学制施行後間もない当時、男子37名・女子14名の児童の中には、満足に朝夕の食事すらとれない貧しい家庭の子もいたといいます。弁当を持参できない子どもたちのために、僧侶たちが托鉢(たくはつ)で集めたコメや浄財をもとに寺の庫裏で食事を作り、提供し始めます。こうして日本初の学校給食制度が鶴岡で生まれた背景には、冬場の厳しい気候の中で培われた相互扶助の精神がこの地には脈々と息付いている点が挙げられます。給食制度誕生から一世紀の時を経た1989年以降、塩おむすびと焼き魚、漬物からなる当時の給食を再現した「おにぎり給食」が12月の給食記念日に実施され、今日に至っています。
yonezawa_yukina.jpg【photo】 白菜のような淡い香りとかすかな苦味が残る米沢雪菜を扱っていた米沢雪菜生産組合の販売ブース。生の雪菜は午前中に売り切れ、試食に出ていた「ふすべ漬」も人気だった 

 もっとも賑わいを見せていたのが「農水産フェア」のゾーン。庄内エリアの各産直施設や生産者団体による販売ブースが並びます。なかにはスローフード山形の会員となっている出展者もおり、スローフード協会が保護すべき個性的な食品として「プレジディオ(味の箱船)」に認定している山形内陸の置賜地方に伝わる「花作ダイコン」や「米沢雪菜」のほか、「紅大豆」や「平田赤ネギ」などの在来種といった希少な品々も見られます。前日のパネルディスカッションに登場した齋藤 武さんの鳥海山麓 齋藤農場製の彦太郎糯を使った丸餅と米麺を扱うのは、遊佐町の道の駅「ふらっと」にある産直「ひまわりの会」会長の伊藤 美根子さん。ご子息の伊藤 大介さんは、斎藤さんと共に「ままくぅ」のメンバーとして23種もの珍しい品種を含むコメ作りに挑戦中です。伊藤さんがハウス栽培する瑞々しさがはちきれそうなパプリカもまた絶品。岩ガキが旬の夏場に「ふらっと」の産直で扱うので、輸入物はもちろんのこと、他との味の違いをぜひ一度お試しを。

hikotarou_mochi.jpg 【photo】ご子息の大介さんと面影が重なるお母様の伊藤 美根子さんが店頭においでだった産直「ひまわりの会」店頭で扱っていた鳥海山麓 斎藤農場の丸餅と米麺。買い求めた「米の麺」は、滑らかなツルっとした食感と適度なコシがあり美味。

 旧朝日村(現・鶴岡市)ご出身で、天然の山菜やキノコ類など山の幸を専門に取り扱う鶴岡の卸問屋「山菜屋【Link to Website】」に嫁いだ遠藤 初子さんとは、アルケを支える生産者の会などで幾度かお会いしていました。フェスティバルのメインホストであるスローフード山形の会員でもある遠藤さんは、初日から慌しく会場を飛び回っておいでです。そんな遠藤さんにお薦め頂いたのが、強壮効果の高いヤマブドウと、ボルドー原産の赤ワイン用ブドウ品種カベルネソーヴィニョンを掛け合わせた交配種「山ソーヴィニョン」の果汁100%ジュース「山想(やまそう)」。山里に生まれ育ち、故郷の山には思い入れが深い遠藤さんらしいネーミングです。聞けば「ごっつおだの、もっけだの」でご紹介した鶴岡市越中山(えっちゅうやま)産のブドウを原料に、産直あぐりの加工施設「加工あぐり」で作ったのだそう。除梗した完熟山ソーヴィニョン150kgから70ℓしか搾れなかったといいます。購入した200mℓ入り(1,200円)の原液は、濃厚な色あいながら山ブドウ特有の酸味はなく、野趣を感じる山のエキス成分たっぷり。ストレートはもちろん、オンザロックやソーダ水を加えても良さそう。レストラン欅では、コーンスターチを加えてとろみを出し、ソースとして活用しているそぅす。
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【photo】 遠藤さんが故郷の山への愛着と山の恵みへの感謝の気持ちを込めた山ソーヴィニョン果汁100%の「山想」

 平田赤ねぎ生産組合の販売ブースには、一昨年、庄内農業高校の農業専攻科を修了して組合に加入した高橋 直希さんの元気な顔も見えます。米沢雪菜の浅漬け「ふすべ漬け」を目当てに会場を訪れた研究熱心な月山パイロットファームの相馬ご夫妻には、奥様の弟さんがおいでだったJA鶴岡のブースでだだちゃ豆ソフトクリームをご馳走になってしまいました。いやはや、今回ももっけです。

sasamaki.jpg【photo】もち米を笹で包んだ姿形は似ていても、地域によって味付けや使用する具材が異なる庄内地方の笹巻きの展示

 地域ごとに特徴ある庄内各地の「笹巻き」を展示するコーナーでは、幅広い地域コンテンツを発信する庄内情報サイト「庄内を遊ぼう!」(Link to Website)を運営する Ikoさんが笹巻きを撮影しています。かと思うと、在来作物を写真に収める労作に取り組んでおいでのプロカメラマン東海林(とうかいりん) 晴哉さんは、山大農学部の平 智先生と子どもの成長を願うひときわ大きな「七つ祝いの笹巻き」を撮影中。笹巻き作り体験コーナーでは、作り方の指南を受けるアルケ奥田シェフの姿も。そのうちリゾットを笹巻きにした新作の創作イタリアンが登場するかもしれません。一同のもとに展示された笹巻きについては別途機会を設けてご紹介します。笹巻きを作るシェフの手元をTVカメラで撮影するのは、6年前にイタリア・マルケ州への同行取材でご一緒したYBC山形放送の佐藤 嘉一さん。sasamaki_okuda.jpgTVメディアでは、いち早くアルケに注目したジャーナリストです。銀座進出を推し進めた前知事が落選するという紆余曲折を経て、4月30日(木)にオープンする山形県のアンテナショップ。そこに併設される奥田シェフがプロデュースするレストラン「YAMAGATA San-Dan-Delo ヤマガタ サンダンデロ」(=「山形産なんでしょ」を意味する北庄内の方言)開店に向けた動きを取材中とのこと。

【photo】笹巻き作り名人に作り方を教わる奥田シェフ

 会場二階では、「やまがたの味を知る」をテーマに3つのセミナーが行われました。鶴岡市の漬物屋「本長」の山崎 敬三 品質管理室長による保存食として発達した「庄内の漬物、今・昔」と題するセミナーに続いて、山形県川西町特産の「紅大豆」に光を当てた山形市の豆腐店「仁藤商店」仁藤 齊 社長の「こだわりの豆腐づくり」、藤沢文学に登場する郷土の素材を使った「海坂弁当」を実食しながら昼食時間に行われたのは「藤沢周平文学に見る庄内の食」。藤沢 周平の短編小説「三年目」に登場する鶴岡市三瀬の老舗旅館「坂本屋」の石塚 亮 9代目当主が庄内の食文化について語りました。藤沢文学に造詣が深い石塚氏は、藩内巡行の折に立ち寄った庄内藩10代目藩主 酒井忠器(ただかた)公に献上した料理を文献をもとに「献上膳」として再現。魚介に関する豊かな見識と確かな技能を持ち合わせた「庄内浜文化伝道師マイスター」の肩書を持つ料理人です。

benidaizu.JPG【photo】山形内陸置賜地方、川西町在来の「紅大豆」は小豆よりも濃い赤と甘みが特徴の大豆

 午前中は一階アリーナで「食の都庄内を、見て、知って、味わいつくす」ことに集中した私が聴講したのは民俗研究家の結城 登美雄さんによる講演「地域で支える農漁業-食糧危機に備える」でした。地域とは家族の集まりであり、英語のFamily はFarmer と同じ語源のラテン語Familia から派生した言葉であることから、家族とは「共に耕し、共に食べる者」を指すと切り出した結城さん。東北を中心に数多くの農漁村へ出向いてその地の暮らしをつぶさに見詰めてきた結城さんが民俗学の祖と仰ぐ宮本 常一の「自然はさびしい、しかし人の手が加わると暖かくなる」という言葉を引き合いに出しました。私たちが何気なく目にしている田園風景は、地を耕す人がいてこそはじめて維持されます。日本各地で増え続ける耕作放棄地28.4万haのうち、13万haは原野化が進み、農地への復元が不可能であることが、つい先日農水省より発表されました。

dottore_ yuuki.jpg【photo】 示唆に富む結城 登美雄氏の講演に聞き入る聴講者

 コスト効率を追求するあまり、中国を始めとする海外に依存することで、"食の100円ショップ"化を推し進めたこの10年。宮城県では、2006年時点で時給628円と労働基準法が定める最低賃金にすら遠く及ばない256円の対価しか手にできない農業者は、年々減少の一途をたどっています。1970年に1,025万人だった農業者は、2007年の統計では317万人にまで落ち込んでいます。海洋資源の枯渇と肉食の普及に伴う魚離れ、沿岸漁業の衰退によって、漁業者は同じく57万人が21万人に減少。しかもその担い手の70%は60歳以上、45%は70歳以上の高齢者が支えています。私たちが生きてゆくための糧を生みだす善き隣人をないがしろにしてきたツケが、命を繋ぐ耕土の荒廃と地方の衰退をもたらしています。とりわけ厳しい耕作条件のもとにある山形県有数の豪雪地帯、最上郡大蔵村。名湯肘折温泉に向かう手前の山あいにある「四ヶ村の棚田」では、高齢の稲作農家がコメ作りを続けることが困難となり、日本の棚田百選にも選ばれた棚田が存亡の危機にあります。結城さんが語るように、棚田が美しい風景を作り出している四ヶ村は、観光地などでは決してなく、コメを作って生計を立てるために営々と人の手で作られてきたことを忘れてはならないのです。

tanada-Shikamura.jpg【photo】大蔵村四ヶ村地区の棚田。山あいの4つの集落からなる世帯数100戸ほどの四ヶ村で、斜面に開墾された120haの棚田が守られてきた。国による生産調整と農家の高齢化により、現在では耕作放棄率が30%を超える。民間の有志によって「四ヶ村棚田保存委員会」が平成14年に発足し保護活動を行っている

 農水省は40%前後に低迷する日本の食料自給率の向上に躍起ですが、現状では改善の兆しすら見えません。一向に実効を伴わない霞ヶ関の施策に見切りをつけた結城さんが始めた試みが、世界的な広がりを見せているCSA(Community Supported Agriculture「地域が支える農業」)の考え方と相通じる「鳴子の米プロジェクト」【Link to Back number】でした。結城さんは家族のものと推定される弥生時代中期、2000年前の水田跡に残された6人の男女の足跡が発見された青森県南津軽郡田舎館村(いなかだてむら)の垂柳(たれやなぎ)遺跡を引き合いに出して、本州最北の厳しい気候風土の中にあっても、そこで暮らす人々は、コメと共に生きてきた事実に言及しました。淡々とした語り口ながら、予定された2時間を越えて聴講者に食を通した根源的な問いかけを続けた結城さん。その言葉の重みを胸に会場を後にしました。

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