あるもの探しの旅

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2009/08/30

日本初の温水路

先人の英知が遺した日本初の太陽光温水装置
 「上郷温水路群」@ 秋田・象潟

kotaki_chokai.jpg【photo】万年雪を頂く鳥海山の懐に抱かれた秋田県にかほ市象潟町上郷地区。鳥海山の豊かな水が稲穂の中を流れる小滝温水路。一見ありふれた農業用水路だが・・・

 秋田県にかほ市象潟町上郷(かみごう)地区一帯では、秋田・山形県境にそびえる鳥海山の稜線が北側に延びる緩やかな傾斜地でコメ作りが盛んに行われています。そこでは紀元前466年に起きた鳥海山の大規模な噴火などによって吹き飛ばされた巨大な岩の塊が田んぼの所々に見られます。この地のコメ作りには、鳥海山が深いかかわりを持っており、今回はそこに記された昭和初期から脈々と続けられてきた人々の英知の足跡をたどってみましょう。

agariko_daio.jpg【photo】樹齢300年以上と推定される奇形ブナ「あがりこ大王」は、中島台の森の主クリックで拡大

 北西の季節風によって、山頂東側の積雪が多い年で50m、年間降水量が20,000mℓと、熱帯雨林並みの降水量に達するといわれる鳥海山は、豊かな水の恵みを人里にもたらします。上郷地区から鳥海山の山腹に向かう県道象潟・矢島線の先にある「中島台レクレーションの森MAP」には、全長5km の遊歩道が整備され、2時間20分ほどでブナの森を探索できます。そこには幹周りが7.62mと日本一の太さがある「あがりこ大王」をはじめとする奇形ブナの森があり、樹齢300年を超える威容を誇るあがりこ大王の枝越しからも万年雪を頂く鳥海山頂が垣間見られますclicca qui 。森を管理する田中 二三男さんによると、特に朝早い時間帯には、森と付近の路上でクマを目にすることは決して珍しいことではないそうです。

detsubo.jpg【photo】豊富な伏流水の湧出により、ブナの木漏れ日を映す水面には絶えず複雑な流紋が描き出される。獅子ヶ鼻湿原の「出壷」
 
 遊歩道で巡る先に広がる獅子ヶ鼻湿原には、鳥海山の伏流水が湧き出すスポットが数多くあり、年間通して水温7℃あまりという冷たい水が随所で湧き出してきます。手を切るように冷たい水には、1分と手を浸していられません。"クマの水飲み場"という物騒な異名を持つ「出壺」では、今年のように少ない年でも毎秒200ℓ、多いときには400ℓも湧き出してくるという水が岩の隙間へと渦を巻きながら吸い込まれてゆくダイナミックな水の動きが見られますclicca qui 。そこは、苔むした岩肌から大量の伏流水がほとばしり出る「元滝clicca qui 」と並んで、鳥海山の豊かな水の循環を目の当たりにできる格好の場所です。

【photo】マリモとはいうものの、藻ではなく苔が水の中で成長した「鳥海マリモ」(下写真左)
鳥越川から温水路への取水口。獅子ヶ鼻湿原から3kmの導水トンネルを抜けてきた水は一段と冷え込んでおり、川霧が漂うそこは夏でもひんやりと涼しい(下写真右)

shusuiko_onsuiro.jpg chokai_marimo.jpg

 水深約2mの底がくっきりと見て取れるほど透明度が高い水ですが、数値が7より多ければアルカリ性、少なければ酸性の度合いが高くなるpH値が、火山性土壌の影響によって4.6~4.7%という酸性を示します。そのため殺菌効果は高いものの飲用には適しません。その流れの先には、水苔が流水の中に堆積して形作られた天然記念物「鳥海マリモ」が群生します。湿原付近から湧出した水は、赤川・鳥越川・岩股川となって流れ出し、発電用に引かれた水路には、水温が気温よりもはるかに低いために水面からは霧が立ち込めています。

 雪解け水が地中にしみ込んだ伏流水は、標高550mの獅子ヶ鼻湿原一帯から湧出し、川となって標高200mの上郷地区に流れ着く時点でも、水量が豊かなだけに10℃ほどまでしか水温が上がりません。稲が健全に生育するためには最低でも15℃の水温が必要なため、かつては上郷に暮らす人々は、冷たい川の水口にある水田一枚を稲を植えない捨て田としてあてがわざるを得なかったといいます。

kamigo_haichizu.jpg【photo】県道象潟・矢島線の道沿いの場所(「現在地」と表記)に建つサインボードに記してある「上郷温水路群」の配置・・・①大森温水路 ②水岡温水路 ③長岡温水路 ④象潟温水路 ⑤小滝温水路

 1926年(昭和2)1月、豊富な鳥越川の水を活用した横岡第一水力発電所が稼働、さらなる水温低下の要因となる延長3kmの導水トンネルを掘削した電力会社から住民に補償金17,000 円(現在の貨幣価値換算で約1千万円)が支払われます。当時の上郷村長岡集落の世話役であった佐々木順治郎(1882-1952)は、日当たりの良い場所に傾斜が少なく、できうる限り水路幅を確保する一方で水深を浅くした農業用水路を作ることで、水の温度を上げられないかと思案します。水路には随所に高低差のある落差工が設けられ、水が滝となって揉まれることで摩擦熱がkisakata_onsuiro.jpg生じて温度が上昇しやすいよう設計されます。冷水による生育障害で思うようにコメの反収が上がらなかった地区の人々は、順治郎の呼びかけに応じて、農作業の合間や農閑期に労を惜しまずに岩を運び水路を広げる土木作業を行いました。現在のように重機で工事を行ったのではなく、全て人力でなされたという作業はさぞ大変だったことでしょう。

【photo】水路幅を広げ、水深を浅くした象潟温水路を流れる水に日差しが燦々と注ぐ。こうして10℃前後と水温の低い水は徐々に温められる

 最初に着工した長岡温水路が完成すると、水路の入り口から耕作地に至るまでに水温が平均で3.8℃、最高8℃も上昇してコメの収量が徐々に上がってゆく期待通りの成果をもたらします。考案者として陣頭に立った順治郎が温水路の効果を見届けるようにこの世を去ったのは、温水路整備が秋田県営の事業となった翌年の1952年(昭和27)のこと。以降1960年(昭和35)までの間に長岡・大森・水岡・小滝・象潟という合計5つの温水路が上郷地区周辺に整備されます。これらの温水路は現在「上郷温水路群」と総称され、総延長6,281mに合計215カ所の落差工が設けられ、今もすべて現役の農業用水路として活躍しています。

kotaki_onsuiro1.jpg【photo】県道象潟・矢島線沿いを流れるため、上郷温水路群のなかでは、最も場所が判りやすい小滝温水路。流れに手を入れてみると、獅子ヶ鼻湿原の手を切るような水とは違い、太陽のぬくもりが感じられ、温水路の効果を実感できた

 鳥海山を背景に青々とした水田が広がる田園風景に溶け込む幾つもの階段状の流れを形成する温水路と初めて遭遇したのが2年前の夏。それは中島台の奇形ブナの森を目指していたに過ぎない私にとって、全く偶然の出合いでした。融雪水の低温障害という厳しい自然条件に立ち向かおうとした人智が作り出した見事な仕掛けを前にして、そこを取り巻く周囲の環境や作られた目的は全く異なるものの、前世イタリア人である私は、とある既視感(デジャヴ)に見舞われたのです。水が階段状の段差を流れ下るさまは、南イタリア・ナポリ近郊 Caserta カセルタにある世界遺産の壮大なバロック様式の「Reggia di Caserta e Parco カセルタ王宮と庭園」の全長3kmに及ぶ建築家ルイージ・ヴァンヴィテッリが設計した階段状の水路を彷彿とさせたのでした。

reggia_caserta.jpg【photo】ナポリ王国の威信をかけて1752年に造営が始まったカセルタ王宮のバロック庭園(左写真)。階段状の水路が延々と続く片道3kmの庭園は、往復歩くと足が棒になること請け合いなので、園内を走るバスか馬車で奥まで進み、彼方に見えるファサードの幅が250mもある巨大な宮殿まで緩やかな下り道を徒歩で戻って来るのが得策。野村不動産のマンション「PROUD」シリーズの最新CMに登場するのが、この庭園。モデルの森下久美さんと"世界一の時間へ"ひとときの現実逃避を図りたい方は〈コチラ〉をチェック・プリーズ(笑)。ロングバージョンでは、呆れかえるほど長大なこの庭園のスケールが空撮の動画でご覧頂けます

 とりたてて物理や土木工学に関する知識があったわけではない一介の農民であった佐々木順治郎が、日本で初めて考案し、住民と手を携えて作り上げた上郷温水路群は、2003年(平成15)に社団法人 土木学会によって土木学会選奨土木遺産として認証されました。その意義は、"鳥海山からの融雪水による冷水害対策として、水路幅を広く、水深を浅くし、落差工を連続させた日本で初めての温水路である"というものでした。加えて2006年(平成18)には農林水産省によって、"日本の農業を支えてきた代表的な用水"として疎水百選のひとつに選定されます。

kotaki_onsuiro2.jpg【photo】土木学会選奨土木遺産の記念プレート(写真手前)とベンチが設置された親水空間となった小滝温水路の下流部分。そこでは地域の子ども達が温水路について学ぶ校外学習が行われる

 コメの収量を上げる効果が実証された温水路は、後に上郷地区だけでなく、鳥越川下流域の白雪川沿いに1962年(昭和37)~1967年(昭和42)にかけて、この一帯に存在する温水路では最長となる7,190mに及ぶ「岱山(たいやま)温水路」が整備されます。さらに1975年(昭和50)~1982年(昭和57)には、最も新しい温水路として1,306mの長さを持つ「金浦(このうら)温水路」が作られました。

kaneura_onsuiro.jpg【photo】白雪川水系の温水路では最も新しい昭和57年に完成した金浦温水路。落差工部分に岩を積み上げた初期の温水路とは違い、最新の土木工学に基づき、全体がRC作りとなっている。15mもある水路幅のスケールは右側に停車しているalfa Breraと比較すれば一目瞭然クリックで拡大

 毎年6月第一土曜日には、田植えを終えた地区の人々が、温水路の清掃や周辺の草刈りなどの奉仕作業「早苗饗(さなぶり)普請」を行います。早苗饗は読んで字の通り、無事に田植えを終えた農家の人々が、五穀豊穣をもたらす田の神に感謝の意を表すため、6月初旬ごろに行う宴を指します。上郷の人々は、祖先が汗を流して築き上げた温水路への感謝を田の神を敬う心と共に絶えず抱いてきました。毎年7月には、上郷温水路のある5つの集落の人々が、水源となる鳥越川上流域にある大水揚場までの10kmを片道2時間をかけて遡上、水神に参詣するとともに水源付近の倒木を除くなどの手入れを実施しています。

kisakata_tsukumojima.jpg【photo】白雪川水系の温水路の水は、上郷など鳥海山麓の水田のみならず、名勝「九十九島(つくもじま)」で知られるこの象潟付近の田畑をも潤し、やがて日本海へと注ぎ、日本一美味しいといわれる岩ガキをはじめとする海の幸をも涵養している

 佐々木順治郎の発案から80年あまり。鳥海山と太陽の恵みを活かした温水路は、どれだけの豊かな稔りと人々の心に潤いをもたらしたことでしょう。ブナの森に端を発する清らかな水は、これからも決して枯れることなく大地を満たしてゆくに違いありません。

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2009/08/16

香り米

目を閉じれば、アラ不思議...

yuza_maruko.jpg【photo】頂きを雲の中に隠した夏の鳥海山。田んぼの浮島のような木立の中に田の神が祀られる典型的な庄内の田園風景。遊佐町丸子にて

 穀倉地帯の庄内で見られる田園風景の特徴のひとつが、海原に浮かぶ孤島のように畦道沿いにぽつんと植えられた松などの木立の中や、道沿いに祀られた祠(ほこら)や地蔵堂の存在です。田の神を祭った祠の大きさには大小ありますが、地蔵堂の多くには、これまた庄内地方でよく目にする寄進者が手作りした色とりどりの細長い円筒形の飾りが下がります。同じコメどころの宮城・新潟はもちろん、山形県内でも村山・最上などの内陸ではあまり目にしない人々の民間信仰の篤さを物語るこうした風景や習俗には、どこか心を和ませるものがあります。

yashiro_sakata.jpg【photo】祠や地蔵堂などに寄進される庄内の下げ飾り。地元の方たちも意外と知らない呼び名をご存知の方は、ぜひご一報を...

 2004年(平成16)1月にNHKスペシャルで放送された「鳥海山~水の恵みに暮らす」では、鳥海山の麓にある遊佐町藤井地区でコメ作りを行う一軒の農家の暮らしが丹念に描かれていました。雪解けと共に山から人里に下りて来る田の神を迎え入れる祠を、人々はコメ作りに欠かせない鳥海山の恵みである水で田畑を潤す水路同様、大切に守ってきました。

 代掻きから田植えに始まるコメ作りを行う間、田の神は祠に留まって人々を見守ります。稲刈りを終えた晩秋、田の神は再び山へと還ってゆきます。鳥海山頂に本宮がある大物忌神社は、五穀豊穣の神です。毎年7月14日には、行政区画上は遊佐町に位置する標高2236mの鳥海山頂・7合目にあたる同町御浜・同吹浦の西浜・酒田市の宮海・日本海に浮かぶ飛島の五箇所で同時に御神火を焚き、火の見え方によって農作物の作柄を占う「御浜出(おはまいで)」(通称:火合わせ)の神事が行われます。

Departures.jpg【photo】映画「おくりびと」のワンシーン。ロケが行われた遊佐町の月光川河川公園の堤防には、今も椅子が置かれている

 オスカーを受賞した映画「おくりびと」では、本木 雅弘演じる主人公が鳥海山を背景にチェロを奏でる場面が登場します。遊佐町を流れる月光川の河川敷は、ロケ地として一躍有名になり、堤防にぽつんと置かれた椅子に腰掛けて記念撮影をする観光客が今もそこを訪れています。ロケ地からすぐ近くの小原田地区の稲作農家に生まれた伊藤 大介さん(29)は、主力のササニシキ・ひとめぼれに加え、大正期に地元遊佐の高瀬地区で常田 彦吉が育種した餅米「彦太郎糯(もち)」と、長粒種「プリンスサリー」などの香り米、リゾットに適した大粒種「オオチカラ」、赤・黒の古代米、白ナス「遊佐のお嬢さん」、ソース加工用に適したイタリア種のトマト「サンマルツァーノ」などの、ちょっと珍しい農作物作りに挑戦する意欲的な若手農業者です。daisuke_ito.jpg伊藤さんは、3月に庄内町で行われた「スローフード全国大会【Link to back number】」のパネルディスカッションで、パネリストとして登場した斎藤 武さんらと有限責任事業組合「ままくぅ」【Link to website】を2004年に結成します。濃厚な餅の香りと耐冷性に優れるものの、1.5mまでも丈が伸びて倒伏しやすいため、作付けが途絶えて久しかった郷土在来のコメ・彦太郎糯の復活に取り組んでいます。メダカやタニシのいる田んぼで作られる彦太郎糯の栽培については、コチラをチェック願います。

【photo】鳥海山(背景の山)を間近かに仰ぐ水田で、特色ある農産物に意欲的にチャレンジしている伊藤大介さん

 R7沿いの道の駅「鳥海 ふらっと」には、地元の産直グループ「ひまわりの会」に加盟する生産者60名の手掛ける農産物と加工品が並びます。そこに伊藤さんの農産物が置いてあります。粒が真っ黒な古代米と共に店頭にあったのが、除草剤の使用を8割控え、化学肥料を用いずに育てた特別栽培米「香米」でした。商品のパッケージには「白米に一割混ぜて炊き上げると、香り高いご飯になります」と書いてあります。以前に彼が手掛ける絶品のパプリカを目当てに畑を訪問した折、数個のバケツで栽培中の米に目をとめた私に「今、ちょっとイタズラしてまして...」と悪戯っぽく笑った彼の顔が浮かびました。

kaorimai_daisuke.jpg【photo】伊藤さんの特別栽培米「香米」(300g入 / 税込300円)

 彼のコメなら面白そうだなと思い、一袋買い求めました。コメ自体は外見上の特徴はこれといってない中粒種米で、香り米とはいうものの、炊く前の生米の状態では、普通の精米と香りに変わりはありません。ところが、我が家の定番・鶴岡市渡前の井上農場産の「はえぬき」や「ひとめぼれ」に混ぜて炊き上げたご飯からは、明らかに特徴的な香ばしい香りが漂ってきます。それは、前回取り上げた鶴岡特産の「だだちゃ豆」を一緒に炊き込んだ「だだちゃ豆ご飯」のような良い香りだったのです。

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【photo】わかりやすいようハート型にしてみた(笑)井上農場産「ひとめぼれ」(写真右)と外見上は何ら変わらない伊藤さんの「香米」(写真左)

 香り米の薫香は、茹でた枝豆や小豆、あるいはポップコーンなどに例えられることがあります。ご飯を炊いた水は、香り米を買った日に立ち寄った遊佐町女鹿に湧く鳥海山の名水「神泉の水」。香り米のベースは、美味しさと安全性へのこだわりから月山のブナ原生林でたっぷりと養分を蓄えた梵字川水系の水を引き、抗生物質を与えない発酵鶏糞で土作りをした田んぼで育つ食味コンテストで数々の受賞歴に輝く井上農場の特別栽培米。ここまで役者が揃えば、向かうところ敵無しの美味しさは約束されたようなもの。無類の旨さを誇るだだちゃ豆を炊き込んだだだちゃ豆ご飯の香りに昇華しても何ら不思議はありません。私が目を閉じたまま、このご飯を食卓に出されたなら、間違いなくだだちゃ豆ご飯だと思うことでしょう。

riso_profumo.jpg【photo】香米を一割ほど混ぜて炊いたご飯からは、だだちゃ豆ご飯の良い香りがふんわりと...

 伊藤さんの香米が生み出すマジックをとことん楽しみたい方は、前回ご紹介したカニ汁の芳香に変化するだだちゃ豆入り味噌汁と一緒に召し上がってみてはいかがでしょう? エビやカニなど甲殻類とだだちゃ豆が良く合うことは、かつてアル・ケッチァーノのリゾットなどの創作料理で体験済みです。でも、白米なのにだだちゃ豆ご飯、だだちゃ豆入りなのにカニ汁...。 ?(゚_。)?
こりゃ、ややこしいったらありゃしませんね。

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道の駅 鳥海 ふらっと
住 所: 山形県飽海郡遊佐町大字菅里字菅野308-1
Phone: 0234-71-7222 (元旦以外無休・P有り)
URL: http://www2.ocn.ne.jp/~furatto/index.html

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2009/08/09

だだちゃ豆は、ががちゃの賜物。

鶴岡の夏に欠かせない味、だだちゃ豆 

kuromatsu_hamanaka.jpg【photo】道沿いにメロンの直売所が点在する酒田市浜中付近。日本三大砂丘のひとつ、庄内砂丘に営々と植林されてきたクロマツがR112沿いに続く防風林を形作る。不毛の砂地を豊かなメロン産地へと変えたクロマツは、冬の北西風に耐えてすべからく東の内陸側に傾いている。鬱蒼としたこの林が人造林であるとは、にわかに信じ難い

 鶴岡市湯野浜から酒田を経て遊佐町に至るR112やR7沿いには、長さ34kmに渡って835haに及ぶ広大な面積におよそ1000万本のクロマツが防風林を形成しています。これは江戸期以降に、不毛の砂地に私財を投じてクロマツの植林を始めた酒田の豪商・本間光丘(1733-1801)など、多くの先人がたゆまぬ植林の努力を続けた結晶です。植林前は強烈な季節風による飛び砂の被害に悩まされてきた酒田市浜中地区は、現在では日本有数のメロン産地となり、砂丘メロンは夏の庄内の味覚として欠かせないものとなりました。

malone_hamanaka.jpg【photo】先人が脈々と植林を続けてきたクロマツ林の中に防砂ネットが張られた一角に広がる砂丘メロン畑。巨大なメロンのオブジェがある庄内空港近くの酒田市浜中にて

 1872年(明治5)、旧庄内藩士が未開の原生林を切り開いて桑畑と一大養蚕施設に変えた鶴岡市羽黒町の「松ヶ岡開墾場」には、酒井 調良(1848-1926)が10万本に及ぶ苗木を和歌山や新潟など各地へ広めた「平無核」(ひらたねなし)こと庄内柿と、福島から導入された「あかつき」などのモモ畑が広がっています。お盆の頃、松ヶ岡では甘味の乗ったモモが旬を迎えます。明治政府から賊軍の扱いを受け、禄を失った3000名の士族たちは、まかないの食事だけの全くの無給で311ha の桑園と10棟の大蚕室を築きました(うち5棟が現存)。クロマツの防風林と松ヶ岡は、公益を重んじる庄内の気風を今に伝えます。

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【photo】旬を迎えた松ヶ岡の主力品種「あかつき」

 砂丘メロンやモモのみならず、昨年取り上げた民田ナスや沖田ナス、岩ガキなどと並んで、食の都・庄内において夏の訪れを感じさせてくれる食べ物の代表選手が、鶴岡在来の枝豆「だだちゃ豆」です。

ooizumi_chokubai.jpg【photo】シーズン到来を待ち焦がれる多くのだだちゃ豆ファンの期待に応えて今年もJA鶴岡大泉支所前にオープンした直売所〈左写真〉

 先月19日、旬を迎えただだちゃ豆の直売所が、鶴岡市白山(しらやま)のJA鶴岡大泉支所にオープンしました。近隣の栽培農家で早朝に収穫されたばかりのだだちゃ豆が枝つきで持ち込まれる直売所は、同支所前の駐車場で例年8月末まで営業を続けます。鮮度が命のだだちゃ豆だけに、朝8時30分の開店に間に合うよう次々と軽トラックで農家が持ち込む枝付きのだだちゃ豆を買い求める人で、直売所には行列ができます。車で訪れる来店客のナンバープレートを見ると、地元庄内のみならず、内陸山形ナンバーはもちろん、新潟・宮城・秋田など、県外からもその味に魅せられた人々が訪れていることが窺えます。同支所内にあるJA鶴岡産直館では、用意された生産者別の試食品を品定めしながら、袋詰めされた好みの豆を選ぶことができます。産直館・直売所とも、飛ぶように売れてゆくため、午前中のほうが品数は多くなります。お買い物は早い時間帯の方がよろしいかと。

【photo】鮮度抜群のだだちゃ豆は午前中に完売することも多く、午後再び畑で収穫した農家によって、第二便が直売所に持ち込まれることもしばしば
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 ほかの枝豆の追従を許さない甘さ・香り・旨みは、鶴岡でも極めて稀な例外を除くと、本来の産地を離れると失われてしまうデリケートな一面を持つだだちゃ豆。酒田市助役を3期務めた伊藤 珍太郎(1904-1985)は、郷土史家・名文家としても知られ、著作「庄内の味」(昭和49年刊)で、数ある庄内の優れた味覚のうち、誇るべき東の正横綱に位置するのが、旧大泉村白山産のだだちゃ豆であるとしています。噛み締めるほどに次々と異なる旨味が舌の上に生まれる白山だだちゃは、畑の芸術院賞ものに値するとも絶賛するのですから、ひとかたならぬ入れ込みようです。

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 収穫後、常温で長時間置くと味が変わりやすいため、だだちゃ豆はかつて庄内人だけの密かな夏の楽しみでした。予冷庫の整備と流通段階における保冷技術の発達、鮮度保持フィルム包装や脱酸素剤の導入で、今では全国にその名を轟かせるまでになりました。だだちゃ豆は築地市場で通常の枝豆の2倍にあたるキロ当たり1000円で取引されています。その登録商標権を持つJA鶴岡と鶴岡市が主体となった「だだちゃ豆生産者組織連絡協議会」(会長:富塚 陽一鶴岡市長)は、収穫時期が異なる10の品種【注】をだだちゃ豆として認めています。

【photo】根に根粒菌がついた枝付きのだだちゃ豆

 JA鶴岡の商標マークが入った袋詰めのだだちゃ豆は、厳格な基準に基づく採種・管理と、栽培法のもとで作られます。出荷されるのは、白山だだちゃの基本形となる2粒ザヤと3粒ザヤのみ。全体の15%程度発生する1粒ザヤは、手作業による選別の過程で規格外となりますが、旬に関係なくだだちゃ豆特有の風味を楽しめるフリーズドライの「殿様のだだちゃ豆」や、男女問わず好評だという「だだちゃ豆アイスクリーム」の加工用に回されます。鶴岡市大鳥ほか庄内地域をメーンロケ地に撮影され、今年8月全国公開されたホラーコメディ映画「山形スクリーム」(竹中直人監督)とコラボしたパッケージ商品が山形県内限定2万個で発売されています(8月末まで)。その旨さにあなたもきっと「んめの~!!(=庄内語「美味しい!!」の意)とscream(=英語「叫ぶ」の意)することでしょう。

dadacha_icecream.jpg 【photo】だだちゃ豆を使用したオススメ加工品2種。バニラアイスのひんやりミルキーな香りと、粒々になっただだちゃ豆の香りが溶け合う「だだちゃ豆アイスクリーム」は後を引く美味しさ(左写真)。オールシーズンだだちゃ豆ならではの芳香を味わえるフリーズドライの「殿様のだだちゃ豆」はビールのつまみやおやつに大活躍。どちらも やめられない 止まらない~(右写真)

 例年まず店頭に並ぶのは早生種の「小真木(こまぎ)」で、順に「甘露」「庄内1号」「早生白山」と続き、主力品種「白山(しらやま)」が出始めるのは、これからお盆の頃。今年は8月20日前ごろだろうといいます。この最も風味の良い白山の原型とされる系列「藤十郎」を創選したのが、良質のだだちゃ豆の産地として名高い現在の鶴岡市白山地区に生まれた森屋 初(1869-1931)という一人の女性でした。初の生家は、藩主から感謝状を受けたこともある篤農家で、明治期から昭和初期まで「亀ノ尾」「神力」と並ぶコメの三大品種とされた「愛国」の一系統「中生愛国」を創出したのは、実弟の利吉です。

【photo】収穫しただだちゃ豆の選別作業にあたるお母さんたち。鶴岡市白山地区にて

 1907年(明治40)、隣村の寺田にある長女の嫁ぎ先から「娘茶豆」と呼ばれる枝豆の種子を貰い受けた初は、実を結ぶのが遅い1本の変異種を偶然見いだします。茶色の産毛が覆ったサヤの谷間がくびれ、片側がほぼ平らで、反対側が大きく盛り上がり、多くが二粒入りであったその豆は、お世辞にも外見が良いとは言えませんでしたが、風味が優れていました。たいそうな働き者だったという初は、3年に渡って丹念に選抜を繰り返し、屋号に由来する品種「藤十郎」を確定させます。その豆の種子は、大豆のような球形ではなく、形状が歪んだシワの寄ったものでした。

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 シワの寄った枝豆は、そうでないものと比較して発芽率が劣るとされますが、枝豆農家ではそうした種子から実を結ぶ枝豆が美味しいことが知られていました。初は地区のお母さんたちと種を交換する中で、「オライの豆は一段と香りたげのぉ(=うちの豆は一段と香り高いわよ)」「いや、わぁのだて負けちゃいね(=いいえ、私のだって負けちゃいない)」と味を競いながら次第に作付を増やしてゆきます。庄内では、伝統的にコメ作りは「だだちゃ」(=お父さん)、畑仕事は「ががちゃ」(=お母さん)の仕事とされてきました。

【photo】今から99年前に森屋 初が創選した「藤十郎だだちゃ」の流れをくむ「白山だだちゃ」(上写真) 金峰山(写真右奥の山)から湯田川を経て、だだちゃ豆の畑が両岸に広がる白山地区を流れる湯尻川(下写真)

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 昨年4月に地域団体商標に登録された岩木山の麓で採れる津軽特産のトウモロコシ「嶽きみ」のような並外れた甘さと、茹でるそばから漂い始めるフェロモンたっぷりな香りを兼ね備えただだちゃ豆のトップブランドとして、藤十郎の直系品種である白山は後に品種が確立されます。直売所に持ち込まれる枝付きだだちゃ豆の根には、美味しさの証ともいわれる根粒がびっしりと付いています。これは空気中の窒素を葉から取り込んで固定化、自ら養分を生成するマメ科の植物に見られる現象です。白山地区は水はけの良い砂地土壌で、そこに良水に恵まれた金峰山麓より湯田川温泉を経由し、温泉水を含んだ湯尻川が流れてきます。川沿いの畑に朝霧が立ち込め、この適度な湿度が味わいに微妙な差異をもたらします。

 余剰米対策として国が生産調整を進める中で、コメどころ庄内では収益性の高い転作作物として、だだちゃ豆は農家にとって農地活用の救世主となりました。市町村単位で見た枝豆の作付面積は、鶴岡市が全国第一位の座に君臨しています。JA鶴岡大泉支所の直売所近くの公民館前には、森屋 初の業績を称える「白山だだちゃ豆記念碑」が2002年(平成14)に建てられました。白山だだちゃの誕生と普及にまつわる物語は、ひとめぼれ・ササニシキ・あきたこまち・コシヒカリdadacha_kinenhi.jpgなど、近代日本が生んだ良質米のルーツとなったコメ「亀ノ尾」を選抜した阿部 亀治の逸話にも相通じるエピソードです。庄内地域は民間育種が盛んな土地柄ゆえ、研究熱心な農家自身が品種改良を重ねる進取の気性が今も息付きます。碑文には豆の行く末を案じていた晩年の初が、家族に「豆の葉陰から見守る」と言い残したと記されます。

【photo】発祥の地に建てられた白山だだちゃ豆記念碑

 ニッポンの夏に欠かせないビールのつまみとしてはもちろん、皆さんにオススメしたいのが、数年前に農家民宿「知憩軒」の長南 光さんから教えていただいた味噌汁の具に使う調理法です。

 1:コメを洗う要領でサヤを洗って茶色の産毛を除く
 2:ダシ汁を沸騰させてサヤごと入れ3分ほど茹でる
 3:箸で茹で加減をみて、柔らかさが出たら味噌を加えて出来上がり
   ※風味が変わらぬよう、茹でるまで豆は必ず保冷状態に置くこと
 
ふっくらとしただだちゃ豆入りの味噌汁からは、アラ不思議、カニ汁のような香りが漂うではありませんか。普通に茹でる場合と同じで、くれぐれも茹で過ぎは禁物です。だだちゃ豆特有の心地よい香りが、美味しそうなカニの芳香に変化する不思議を味わえなくなりますので。

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大泉だだちゃ豆直売所
住所: 鶴岡市白山西野191 (JA鶴岡大泉支所・産直館白山店 駐車場内) 
時期: 7月20日前後 ~8月末
営業: 8:30~16:00頃 (売り切れ次第終了)
Phone: 0235-29-7865(大泉枝豆直売グループ)

JA鶴岡産直館白山店
住所: 同上
営業: 9:00~18:00(11月~2月は~17:30)
Phone: 0235-25-6665

JA鶴岡オンラインショップ「だだぱら」
URL: http://www.dadacha.jp/


【注】
「庄内一号」・「小真木(こまぎ)」・「甘露(かんろ)」・「早生白山」・「白山(しらやま)」・「庄内三号」・「晩生甘露」・「平田」・「庄内五号」・「尾浦」の10品種。このほか一般には種子が出回らず、「砂越(さごし)」・「細谷」・「金峯」・「外内島(とのじま)」などの地名や、「長五郎」・「庄左ェ門」・「伊兵ェ」など屋号の名がつく主に自家採種されてきた系列も存在する。saishu_dadacha.jpg(上写真:採種のため農家の軒先で風乾されるだだちゃ豆の株の様子)。天日干しの後、サヤから脱粒した種から、虫食いや病気の豆を除き、翌年の植え付けに使用する。森屋初が納得のゆく品種に育てるのに3年を要したように、自家採種は根気と時間を要する仕事である

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2009/08/01

トロける夏の誘惑 庄内編

ババヘラ名人の妙技 @ 遊佐町

 4月から秋の行楽シーズンにかけて、秋田の幹線道路や夏祭りの会場には、カラフルなパラソルを立てた露店の即席ジェラテリアこと「ババヘラ」が登場します。インパクトのある直球なネーミングの効果か、秋田発祥のご当地アイス、ババヘラという名前をご存知の方が多いのでは?

sedici_rakan.jpg【photo】穏やかな表情を見せる夏の日本海とは対照的に、鳥海山の溶岩流が形成した荒々しい岩肌に16体の羅漢と6体の文殊・観音などの像が刻まれた遊佐町吹浦(ふくら)の「十六羅漢岩」。荒れ狂う冬の日本海で落命した漁師の供養に地元「海禅寺」の僧侶寛海が単身5年の歳月をかけて明治元年に完成させた

 グランブルーの海がキラキラと輝く日本海に面した遊佐町を梅雨の晴れ間に訪れた先日のこと。良水に恵まれた庄内でも一二を争う美味しい湧水、遊佐町女鹿(めが)にある「神泉(かみこ)の水」を汲みに訪れました。女鹿はR7を1kmあまり北上すると、旧跡「有耶無耶(うやむや)関址」で秋田県境に接する山形最北端に位置します。集落の中にある夏でもひんやりとしたこの湧水の、すぅーっとカラダに染み込んでくるシルクのように滑らかで柔らかい飲み口の良さは、この周辺にある他の美味しい湧水の中でも特筆すべきものです。

aqua_kamiko_pescatore.jpg aqua_kamiko_09.jpg【photo】地区の生活用水として欠かせない「神泉の水」は、体に吸い込まれる独特の柔らかい口当たり。飲み口の良さは、数ある鳥海山周辺の美味しい湧水のなかでも間違いなくトップクラス

 地区の皆さんが大切に使っているコンクリート製の水場は6つに区切られており、県の観光データベースによると、上流から順に、飲料水、米研ぎと冷却用、野菜と海草の洗浄、衣類の洗濯用、漁具農具の洗い場、おしめ洗いと、用途が定められているのだそう。下から二番目の水槽で水揚げした岩ガキをタワシで水洗いしていた漁師のご主人と言葉を交わしながら、不動像が祀られた湧水口からポリタンクに水を汲ませてもらいました。上から二番目の水槽は、出荷を控えた岩ガキの生簀として使われています。25ℓ 容量のポリタンク2個を車に積み込むと、昼食を予約していた酒田市のフレンチ「Nico ニコ」へと向かいました。昨年11月に同市亀ヶ崎にオープンしたこの店は、フランス風郷土料理の名店「欅」の太田政宏シェフのご子息、舟二さんが独立して構えた店です。片道30分はかかる道のりを急ごうと、集落の細い道を抜けてR7を南下し始めました。

babahera_aritigiana.jpg 間もなく海沿いの反対側車線にある広い路側帯に立つパラソルを発見しました。「あっ、ババヘラだっ!!」Nico の予約時間に遅れるわけにはゆきませんが、今シーズン初のババヘラを見過ごすのも野暮というもの。そこを100m ほど通り過ぎてからUターンしました。酒田市以北のR7沿いには、私が知っている限りでババヘラの出没スポットが数箇所あります。そこは秋田県境からおよそ2.5kmの地点でした。県内一円に営業網を張り巡らせた発祥の地・秋田県内はむろんのこと、県境を接する青森県津軽地方や、海水浴客が訪れる北庄内のR7沿いには、本拠地の秋田からババヘラが越境して来るのです。庄内でも最上川を越えた酒田市以南では、ババヘラをみかけたことはありません。

【photo】この日遭遇した若美冷菓は、ババヘラアイスの製造元としては今ひとつしっくり来ない社名(笑)。商標権を持つ進藤冷菓は「ババヘラアイス」と保冷容器に謳っているが、元祖を名乗る児玉冷菓は「ババさんアイス」と呼ぶ。"若美"だからという理由か(?)、店頭に"ババ"の表記は見当たらず、(イチゴとバナナの)「アイスクリーム」とだけ書いてある。果たしてそこに居たのは、ババヘラのレアな異種として知られる「ギャルヘラ」の若い女性ではなく、老練な秘技の使い手だった(上写真)

babahera_gialla1.jpg【photo】まずは黄色のバナナ味を盛る達人(左写真)

 ババヘラはその名の通り、酸いも甘いも知り尽くした年恰好のご婦人が、ほおかむり姿でパイプ椅子に座ってアイスを売る露店と、そこで売られるアイスを指す呼び名です。業者によって売り子さんの服装や商品の呼び名が異なるものの、ババヘラの保冷容器の中には、各業者とも黄色とピンク色のアイスが入っており、客の注文を受けたおババ様が金属製のヘラでコーンにアイスを盛り付けてくれます。氷菓子に分類されるババヘラは、アイスクリームより乳脂肪成分が少ないため、ジェラートとグラニータの中間のような食感です。

babahera_con_rosa2.jpg【photo】次に外周をヘラですくったピンクのイチゴ味を花弁状に付けてゆく(右写真)

 秋田県出身の同僚の目撃証言によれば、主に農家から売り子として召集されたおババ様たちは、販売道具一式とともにワゴン車で営業ポイントに連れて行かれ、40kgもあるアイス入り保冷容器をはじめとする商売道具を一人で組み立てて、日がな一日をそこで過ごして、日没前にお迎えの車で去ってゆくのだとか。 雨ニモ負ケズ 風ニモマケズ 夏ノ暑サニモマケヌ 丈夫ナカラダヲ持つおババ様。派手な呼び込みをするわけでもなく、道端でじっと客が訪れるのを待つその姿には頭が下がります。

babahera_rosa3.jpg【photo】テンポ良くリズムに乗ってヘラを操るババヘラ・マエストロは、すくった黄色とピンクのアイスで、コーンの上にあっという間にバラの花を形作った。これぞ"花咲かばさん"!?(左写真)

 私の直前に車で乗り付けた先客の求めに応じて盛り付けられてゆくアイスに私の目は釘付けになりました。そのおババ様は、噂に聞く秘技「バラ盛り」の使い手だったからです。バラ盛りとは、薔薇の花のようにアイスを盛り付ける難易度の高い技のこと。売り子さんによって、形の個性や技の優劣があり、一口にバラ盛りといっても形はさまざま。その変化形で「チューリップ盛り」なる流派も存在します。美しく盛り付けられるのは一握りの達人しか成し得ないといいいます。形から察するに、目に前で作っているのはチューリップではなく、バラの一種と思われました。私はこの日、ババヘラ歴4年目にしてバラ盛り初遭遇の幸運に預かったのです。わざわざUターンをしてまで戻った甲斐がありました。黄色はバナナ味、赤はイチゴ味とのことですが、味にはほとんど違いは無いような...v(^¬^;)

babahera_pront!.jpg【photo】名人作、可憐なバラの花を彷彿とさせるバラ盛りババヘラ

 年間を通して最も多くの観光客が秋田を訪れる竿灯祭りや大曲花火大会は、ババヘラにとっても書き入れ時。そのため大量のおババ様が動員されます。私が出会ったおババ様が所属する若美冷菓のほか、元祖を名乗る児玉冷菓やババヘラの登録商標権を持つ進藤冷菓などの各業者は、町内会単位のお祭りのスケジュールをあらかじめ調べておき、おババ様を計画的に派遣するのだといいます。おもに農家のお母さんやお婆さんの副業としての労働力に支えられているため、売り子さんが特定の場所を受け持つわけではありません。そのため、ババヘラとの遭遇には運も必要だといわれるのです。まして美しいバラ盛りやチューリップ盛りの使い手となれば、なおさらのこと。

 味の決め手となる生地の配合に凝るイタリアでは、花のように盛り付けられた形にこだわるGelati artigianali (=職人手作りのジェラート)に出合ったことはありません。バラ盛りマエストロの作ったババヘラは、"花の命は短くて"の例え通り、すぐに食べてしまいました。次回はいかなるArtigianale(=職人気質)と技量を持ったおババ様との出会いが待っているのか、楽しみになりました。

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