あるもの探しの旅

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2009/10/31

盛況御礼 

「食の都・庄内 豊かな実りと癒しのバスツアー」第1幕
  昼食つながりの藤沢カブ畑訪問まで

 定員ちょうどの皆様にご参加頂いた河北新報の読者会員組織「かほピョンくらぶ」会員様限定の通旅「食の都・庄内 豊かな実りと癒しのバスツアー」。催行前日に体調不良を訴えたお二方から無念のリタイア連絡を頂いたものの、前夜に決行したお天気祭りが功奏し(笑)幸い天候にも恵まれ、私を含め合計30名によるバスツアーとなりました。通旅の名に恥じないコース設定については、今一度「私がご案内します」を参照願います。

kusatsu_yawata.jpg【photo】杭掛けされた稲が夕陽に照らされ長い影を作る秋真っ盛りの庄内。日光川上流部の酒田市北東部、草津地区付近から鳥海山を望む

 10月24日(土)7時45分の定刻に仙台駅前を出発、東北道・山形道を一路庄内へと向かうバスの中で、初日の行程をご説明するうち、気がつくとトイレ休憩をする予定の寒河江SAはすぐ目の前。事前に配布した「2009 山形県庄内新潟デスティネーションキャンペーン」のパンフレット「ごっつぉだの もっけだの 食の都庄内」でも紹介されている農家レストラン「知憩軒」の長南光さんや「レストラン欅」の太田政宏シェフ、そこで頂く予定になっている在来野菜の作り手などの訪問先に関して興に任せてご紹介するうち、60分近く喋り続けていたのです。早朝に家を出発し、まだ少し眠そうな皆様に居眠りする隙を与えない熱いトークを炸裂させてしまいました。仙台出身の私が、山形に半年通い半年暮らして一年だけ赴任した6年前から、いかに地縁血縁のない庄内地方に養われて09sakuma_farm1.jpgいるかをご理解頂くため、車中で披歴したのが朝食のこと。ご飯はツアーの行程に組み込んである「竹の露酒造」の仕込み水で炊いた鶴岡市渡前の井上農場産「はえぬき」を食べて来ていました。

【photo】黄色に色付いたブドウ棚のもとでブドウ狩りに興じる皆さん


 到着したサービスエリアの売店を物色していると、庄内で時として起こるアンビリバボーな言霊現象が、そこでも起きました。所用で東京に向かう途中だという井上農場のご主人、井上 馨さんと鉢合わせしたのです。井上さんは自宅に立ち寄ってもらえれば、バスの皆さんに試食用の新米を差し上げるとお申し出になりました。お人柄を物語る「もっけだの」なオファーでしたが、中身がぎっしりと詰まった二日間の行程から、井上さんのもとに立ち寄るのはまず無理。09sakuma_farm3.jpgせっかくのご好意でしたが、これから冷え込みが厳しくなると、ほかの青菜類の追従を許さない極めつけの美味しさになる小松菜が旬を迎えます。話題の新品種「つや姫」も食べてみたいので「いずれまた寄ります」と言って笑顔の井上さんとお別れしました。

【photo】使用する農薬を最小限に留めている佐久間ファームは、多様な生態系を形成する小動物が棲息できる健全な環境を保っている。ブドウの枝でじっと動かないアオガエルは何を思うのだろう

 茶褐色に染まる月山道路沿いのブナ林に深まる秋を感じつつ、ブドウ狩りをする最初の目的地「佐久間ファーム」に到着しました。葉が黄色く色付いたブドウ園には、食べ頃を迎えたブドウが鈴なり。テーブルの上にはハニーシードレス・ピオーネ・巨峰・赤嶺の四種類の試食用のブドウが用意されていました。09sakuma_farm2.jpg農園主の佐久間みつさんをご紹介するや否や、ブドウに皆さんが一斉に群がりました。いずれも糖度が乗った美味しいブドウです。「枝が茶色に色付いた房を選んで下さいね」という私の耳打ちの後、収穫用のハサミを手にした皆さん。消毒回数を最小限に留めて栽培されたブドウの味に感激して、持ちきれないほど買い込む方もおいででした。


【photo】佐久間ファームでは、20種以上の多彩な生食用のブドウに加え、鶴岡市上名川のワイナリー「月山ワイン研究所」に納めるワイン醸造用のブドウ品種も手掛けている。ボルドー・ポムロル地区やトスカーナ西部・ボリゲリ地区で卓越した高貴なワインを生み出す品種「Merlot メルロ」を目ざとく見つけて目を輝かせながら味見する参加者

hatake09_chikeiken.jpg【photo】知憩軒の駐車場前にある畑を興味深げに眺める皆さん

 昼食の予約をしていた「農家レストラン知憩軒」には、予定より早く到着したため、皆さんを事前にカラドリ芋、もってのほか、丸ナスなどの秋野菜が育つ長南さんの畑にご案内しました。築50年になるという母屋の厨房では、お母様の光さん・長女のみゆきさん・長男の奥様歩美さんらが総出で準備中でした。慌ただしい厨房とは対照的にゆったりとした時間が流れる客席で待つ私たちのもとに、ほどなくして藤沢カブの浅漬けが運ばれてきました。パキっとした食感と共にすがすがしい辛味の余韻が残る藤沢カブのみずみずしさに、皆さん感激されたご様子。どうやらバスの中で畑を訪れることになっている藤沢カブにまつわるストーリー【Link to back number】をお話したのが美味しさを増幅させたようです。

tsutabi_chikeiken091024.jpg【photo】伝統的な庄内の農家の味をベースに、上品に洗練された滋味深い味付けがなされた知憩軒の昼食

 定番の鼈甲餡(べっこうあん)かけ胡麻豆腐、凍り豆腐と野菜の煮付け、季節を感じさせる秋刀魚の煮付け、是非ものでリクエストしたカラドリ芋の味噌煮と茎の胡麻がけ、自家栽培する特別栽培米コシヒカリの新米おにぎり、香ばしい焼き大豆の炊き込みご飯も登場、デザートのホイップクリーム掛けラム酒風味の平核無(ひらたねなし)に舌鼓をうち、庄内ならではの秋の味覚を堪能しました。食事を運び終えてから、女将の長南光さんが伝統的な農村の暮らしを伝えるために始めた知憩軒のことや、地域の特色ある食文化を支えてきた在来野菜の価値について参加者に語りかけました。本当はhanashi_mitsusan.jpg畑にも繰り出して長南さんのお話をじっくりと伺いたかったのですが、すでに予定時刻を回っていました。長南さんにご用意頂いた最上川を挟んで南側が主に赤ズイキ、北側が青ズイキに栽培地域が分かれる二種類のカラドリを皆さんにお目にかけたところで、長南さん親子にお見送り頂き、知憩軒を後にしました。


【photo】食事を終え、命の基本である食べ物を生み出す農地や在来野菜など、守るべき物の大切さについて語る長南 光さんの話に耳を傾ける参加者たち

 湯田川温泉街の手前にある藤沢集落でバスを降りて歩き始めると、私たちの様子を見ていた近所のおばちゃんが「ここから山の上に行くのは難儀だのぅ」と、声を掛けてきました。事情をご存じのようで、後藤さんのお宅へ入ってゆき、我々の到着を奥様の清子さんに告げてくれました。こうしたフレンドリーな敷居の低さは、同じ山形でも内陸地方ではまず起こり得ない庄内ならではの傾向で、イタリアにも相通じるラテン気質を感じます。前世イタリア人の私が妙にシンパシーを覚えるのもむべなるかな。

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 連作障害が出やすい藤沢カブは、毎年畑を変えるため、皆さんをご案内する前に下見をしようと後藤さんのお宅を9月に訪れていました。その時は残念ながらお留守だったため、電話で場所を伺っていた集落を抜けてすぐの林道沿いに、藤沢カブの畑があるのを確認していました。過去6年にわたって畑を見ているだけに「いやに今年は畑が狭いな」といぶかしく思ったのですが...。

【photo】下見の際に訪れた藤沢集落のすぐ近くにあった小さな藤沢カブ畑(上写真)

 奥様が作業場に声を掛け、中から出てきたご主人の勝利(まさとし)さんに伴われて、徒歩で下見をしていた畑に向かいました。その小さな畑に着くなり、後藤さんは「ここは趣味の園芸」と笑って、「今年の畑はこの上」と畑を取り巻く竹林となった斜面を指差しました。楽勝かと思った畑訪問のためには、粘土質の急坂を100mほど登らなければなりません。冗談を言いながらスイスイと坂を登る後藤さんについて竹林の中を進むと、突然視界が開けたそこが、山の斜面を覆い尽くす藤沢カブの畑でした。
fujisawakabu_bamboo.jpg【photo】孟宗筍の名産地、湯田川らしい竹林が下手に広がる今年の藤沢カブの焼畑。収穫を待つ藤沢カブが山肌を覆う

 今年は90アールの面積に三世帯でカブを育てており、山里に根雪が積もる頃までが収穫の最盛期となります。杉を伐採して搬出を終えたままの荒地に残る下草を刈り、周囲の樹木に延焼せぬよう入念な準備をした上で火を放ったのが、8月18日。今年は雨がちな気候で例年よりも一週間ほど火入れが遅れたそうです。まだ煙がくすぶっている状態の斜面に種を満遍なく手撒きするという後藤さんの説明に、皆さん驚いた様子。生育不良に見舞われた昨年の経験から今年は播種の量を減らした結果、作柄が良いそうで、大ぶりなカブが多いようにお見受けしました。
con_gotousan.jpg【photo】ご案内頂いた後藤 勝利さん・清子さんご夫妻を囲んで記念撮影

 求めに応じて大きなカブを探しに行った後藤さんの足取りは、まるで義経の八艘飛びを見るよう。その身軽さは到底65歳とは思えないもので、これまた一同ビックリ! そこに少し離れた畑におられた清子さんが「皆さんに山登りをさせたから」と、泥つきの田川カブが入ったビニール袋を携えて「お土産にどうぞ」と持って来られました。田川カブは湯田川に隣接する少連寺発祥の希少な在来種。勝手にこちらが押し掛けたにもかかわらず、そんな心遣いまで頂く後藤さんご夫妻の優しさに皆さん一様に感激されたようです。climb_fujisawakabu.jpg

【photo】「趣味の園芸」畑の急斜面の上が藤沢カブを育てて50年近くなる後藤さん(写真左)の技が光る立派なカブが育つ焼畑がある

 私が持ちますよと申し上げた田川カブが入ったビニール袋を肩にかけた清子さんは、所々ぬかるんだ斜面をおっかなびっくり下る私たちを尻目に、さっさと下ってゆきます。収穫したカブの搬出でいつもそうしているという後藤さんは慣れたもの。かたやご参加頂いた皆さんは仙台とその近郊の在住者ばかり。はからずも都市生活者のひ弱さを思い知らされたのでした。

bargain_gotou.jpg【photo】後藤さんのご自宅前で開かれた生産者直売の特設青空市。ご覧のとおりの活気あふれる大盛況

 後藤さんのご自宅に戻って、収穫したての藤沢カブとカブの甘酢漬を譲って頂きましたが、こちらもバーゲン会場も顔負けの熱気が渦巻く黒山のひとだかり。笑顔が素敵な後藤さんの魅力も手伝って飛ぶように売れてゆきました。本来の味は焼畑でなければ出せない藤沢カブ。その味を絶やしてはならないと、手間と労力のかかる焼畑栽培にこだわる後藤さんの奥様が漬け込んだ藤沢カブの甘酢漬け(税込315円)は、直販以外には湯田川温泉を奥まで進んだ「ぱろす湯田川」でも入手可能です。絶えようとしていた藤沢カブの種を受け継いで復活させ、私たちが今もその味を楽しむことができる恩人が作った正真正銘の焼畑藤沢カブの味をお知りになりたい方は、こちらへどうぞ。

 ご夫妻揃ってお見送り頂いた後藤さんに見送られてバスが向かったのは、今回のツアーでは数少ない通常のパッケージツアーにも組み込まれる観光地でもある国宝・羽黒山五重塔。次回は、そこは省略し(爆)、仕込み水の試飲から始まった「竹の露酒造場」訪問の顛末をご紹介します。


「食の都・庄内 豊かな実りと癒しのバスツアー」 第2幕
酔って候@竹の露酒造場 月山伏流仕込水
 へ続く

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2009/10/24

モサと紀香と

犬猫スナック@酒田

 出張で酒田を訪れた日のこと。訪問先との打ち合せを終え、同市日吉町の老舗割烹「香梅咲」で歓待を受けた後、中町のとあるスナックに案内された。日本が生んだ世界のスタンダードカクテル「Yukiguni(雪国)」を50年前に考案した83歳の現役バーテンダー、井山 計一氏が今もカウンターでシェーカーを振る喫茶・バー「ケルン」には、酒田を訪れた際に時々足を運んでいたが、そこはケルンの斜め向かいにあった。ママが工芸ガラス好きなのだろうか、店の名を「Lalique ラリック」といった。

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【photo】すっかりいいムードの鈴木 豊さんと紀香。酒田市Laliqueにて

 色ガラスのシェードから漏れるスタンドの柔らかな明りに照らされたほの暗い店の一角で、アンニュイな雰囲気を漂わせていたのは、大柄な一匹のメス猫であった。ふさふさとした白く長い毛で覆われたその猫は、さも居心地が良さそうに指定席に身を横たえていた。外見からはノルウェージャンフォレストキャットか、恰幅の良いターキッシュアンゴラのようであるが、雑種なのだそうだ。客に愛想を振りまくでもなく、いつも普段はそうしているという。人に媚びることのない"我関せず"といった物腰からは、風格すら感じさせる。猫の常として当然だが、そこが接客業の店であるという自覚が全く無い彼女の怠惰な振る舞いから付いた名前は「モサ」。いつもモサっとしているから、モサ。ちょっと気の毒な名前かもしれない。

mosa@lalique.jpg【photo】美知代ママに抱きかかえられる気ままなモサは、この後プイッと店を出たまま戻らなかった

 ママの佐藤 美知代さんによれば、3年ほど前まで店のマスコット的な存在だった飼い猫が亡くなって半年ほど過ぎたある夜、彼女は連れ子を口にくわえた姿で現れたのだという。訳あり気な彼女は、そのまま店に居つき、そこに自然体で居るだけで店を訪れる男たちに構うでもなく癒しを与えてきた。獣医の見立てによれば10歳は下らないというから、人間の年齢に換算すれば70歳代のおばあちゃんということになる。齢を重ねてなお毛並みの良い彼女を愛撫してくる客を拒むでもなく、男たちの好きにさせるモサは、天性の水商売向きな猛者(もさ)でもある。

 私たちが時折ちょっかいを出しても微動だにしなかったモサが、突如体を起こして店の中庭に面したガラス窓のすき間から脱兎のごとく出て行った。何事かと振り返ると、男性客に連れられた一頭の大柄なゴールデンレトリーバーが店に入ってきたのだった。店の近くにある歯科医である鈴木 豊さんは、こうして犬連れで店をしばしば訪れるのだという。猫がいる飲み屋というだけでも珍しいと思ったのだが、その夜のLalique には犬までが揃った。「ちょうどいいタイミングでいらっしゃいましたね」とママは微笑んだ。

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 いっぱしの常連客であるその犬は、驚いたことにカウンターに腰掛けた鈴木さんの隣の椅子に器用によじ登り、ちょこんと座ってしまった。ママは「よく来たね、ノリカ」と呼びかけながら鈴木さんに酒と乾き物のお通しを出した。聞けば藤原紀香と同じ字のノリカなのだという。カウンターで寄り添う後ろ姿は親密な恋人同士のようにも見える。その様子を窓越しにじっと見詰めるモサ。並大抵のことでは動じないモサも、さすがに犬は苦手のようだ。Lalique は猫と犬と人がドラマを繰り広げる世にも珍しいスナックなのだった。肩を並べる鈴木さんと紀香があまりに絵になったので、野暮を承知でカウンターの中に移動し、正面から写真を撮らせて頂いた。

【photo】陣内智則になった気分で「紀香~」と名を呼ぶと、
小首をかしげて振り向く仕草がたまらなく可愛らしい

 紀香は同名の女優と同様、店を訪れる男たちを魅了する人気者である。私たちが店を引ける少し前に入ってきた紳士は、さも愛しそうに紀香を撫で回し、持ち合わせていた菓子を与えていた。語らずとも思いが通いあう男女のようにイイ雰囲気であった鈴木さんを差し置き、お手当てをくれるダンディな男性に心を許す素振りを見せる紀香は、奔放な一面も持ち合わせた魔性の女なのやもしれぬ。

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【photo】物欲しげな視線を送る紀香に「もっと食べるかい?」と問いかける鈴木さん。カウンターの中にはゴン太のササミジャーキーの袋が(写真左下)/ 美知代ママ(中央)が見つめる前で目尻を下げっぱなしの紳士にすり寄るおねだり上手な紀香(右写真)

 のちに写真を見て気付いたのだが、鈴木さんに出されたお通しかと思ったのは、毛並みが良く美形な紀香とは風貌が全く異なるものの、同じゴールデンレトリーバーのゴン太がユーモラス演技を見せるCMでお馴染みのドッグフード「ゴン太のササミジャーキー」であった。カウンター上に食べ物は見当たらないが、鈴木さんも紀香のササミジャーキーを酒の肴にしたのではよもやあるまい。

 
P.S. 鈴木さん、紀香とのツーショット、とても素敵です。かくなる上はもう一頭美形なワンコを飼って"両手に花"もオツだと思います。二頭目のワンコは仙台出身の美人女優の名前にあやかってみては? ノリカの次としてお勧めは「キョウカ」っすね。そう、鈴木京香。なぁーんて...(-_-; 
 酒場が舞台ということで、北方謙三や大藪春彦のようなハードボイルド路線でまとめようと目論んだ今回のレポート。いつもと文章の雰囲気を変えてみたものの、最後はオチをつけないと気が済まないのであった。

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Lalique(ラリック)
住所:山形県酒田市中町2丁目3-11
phone:0234-24-8583
営:19:30‐24:00 日曜定休

≪追 記≫
2011年3月11日、東日本大震災が発生した数日後、混乱のさなかにあった勤務先に「食べ物や飲み水など困っていることがあれば何なりとお申し付けください」という美千代ママ手書きのFAXが届いた。その年の暮れが押し迫った頃、癌で美千代ママが亡くなったことを知った。Laliqueの閉店によって居場所を失ったモサや指定席を失った紀香もさぞ淋しいことだろう。震災後の混乱にまぎれて人情味に厚いママに対して、何らお礼を申し上げることができなかったことが悔まれてならない。美千代ママのご冥福をお祈りします。

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2009/10/18

彦太郎と栗太郎と

予期せぬ出会い@鳥海山麓

swans@houei.jpg【photo】 天候不順だった今年も実りの季節を迎えた10月中旬の庄内。稲刈りを終えて黄金色から茶褐色に装いを変えた田んぼで羽根を休め、落ち穂をついばむハクチョウたち。鶴岡市豊栄にて

 山々から雪の便りが届く季節を迎えた今月10日(土)、鳥海山の山頂付近が雪化粧し、今年の初冠雪が観測されました。ピーク時には一万羽を超えるハクチョウが飛来する日本一の越冬地、最上川河口の「最上川スワンパーク」には冬の使者ハクチョウも既にシベリアより飛来。稲刈りシーズンも終盤に差し掛かった庄内地方の圃場では、落ち穂をついばむハクチョウの姿が見られるようになりました。豊かな実りの季節を迎えた食の都ですが、背後からは冬の足音がひたひたと近づいているようです。

【photo】 空気が澄んだ鳥海山の山腹にあるパン工房「BAKU麦」

bakubaku_1.jpg 好天に恵まれた爽秋のとある土曜日の朝。かねがね行きたいと思っていた庄内最北の遊佐町にある一軒のパン屋を目指しました。その店「パン工房BAKU麦(ばくばく)」は、喧騒を遠く離れた日本海を望む鳥海山の山腹という、通りすがりの客などおよそ期待するべくもない場所にあります。

 地元の人から聞いた話では、女性が一人で自宅併設の店を切り盛りしており、営業日は月・水・土の週3日だけ。11時から14時過ぎまで次々と焼き上がるパンの仕込みから全てをこなす店主は、ほとんど店頭には姿を見せず、作業場から客に時たま呼び掛けるだけ。来店客はパンを自ら袋詰めして店頭の電卓で料金を計算し、代金を箱に入れて(釣り銭も箱から取る)店を後にするのだといいます。1996年(平成8)の開店以来、買い方を説明する張り紙だけで店番不在の店内には監視カメラなど設置されておらず、いわば客の良心が前提になっています。「庄内人は気立てが良いさげのぅ。」(モノローグ by 庄内系イタリア人)

bakubaku_4.jpg【photo】 素材にこだわるBAKU麦のパンは、いずれも良心的な値段。無添加ゆえ時間が経つと硬くなるが、温め直せば焼きたての香ばしい香りと味が楽しめる。その味が忘れられずにせっせと通いつめる常連客も多いという

 こんな店をローマやナポリで開いたなら、性根の良からぬ輩の餌食となって、あっという間に潰れてしまうことでしょう(笑)。日本広しといえども、こんなユニークなシステムで運営されているパン屋がほかにあるでしょうか? 無添加にこだわって作られる焼きたてパンの美味しさは、いまや口コミで庄内中に広がり、その辺鄙な立地(おっと失礼(^_^;))と極めて素っ気ない接客ぶり(→正確に言えば、接客はしていない...。)にも関わらず、開店前からお目当てのパンを求めて並ぶ常連客で結構繁盛しているのだといいます。ジモティではない私が行けるのは必然的に土曜日のワンチャンスなので、なかなか行けずにいた次第。

hikotaro_sekihi.jpg【photo】 引き寄せられるように前を通りかかった遊佐町富岡の皇大神社境内にある「彦太郎糯発祥の地」を示す石碑

 カーナビの目的地をBAKU麦に設定、遊佐町内の普段は通らない細い道を気の向くまま走り始めました。R345沿いの家並みに紛れそうな小さな神社を通り過ぎようとした際、左ハンドルの車窓から横目でちらっと見えた石碑の文字に「おやっ?」と思い、車を停めてバックさせました。皇大神社の境内に建つその石碑には「彦太郎糯発祥の地」と刻まれています。しかもその端正な字は、古代東北史研究の第一人者、東北大学名誉教授の高橋富雄先生の筆耕によるものでした。

 このような場所に由緒正しき石碑があろうとは。そこはかつて1924年(大正13)に地元の民間育種家であった常田彦吉が、当時、餅米の主力品種であった「山寺糯」の変異種を発見、4年の歳月をかけて育種し、屋号から名付けた「彦太郎糯(もち)」が誕生した地・富岡なのでした。

 彦太郎糯は、耐冷性に優れ、強い粘りとコクのある香り高い餅米として昭和初期から中期にかけて広く普及してゆきます。収量も多かったため、東北一円で栽培され、昭和30年代までは山形県内において作付けされる餅米のおよそ半数を占めていました。しかし1m50cmにも達する稲丈が災いして倒伏しやすく次第に圃場から姿を消してゆきました。一口に稲といっても、その丈は品種によってさまざまclicca qui。同じく庄内発祥の餅米で、古老が今もその極め付きの味を懐かしむ「女鶴(めづる)」が、機械化が進んだ高度成長期以降に姿を消していったのは、1mを超える稲丈と反収七俵という収量の少なさが災いしたからです。コンバインの改良が進む以前は、倒伏した稲を起こしながら機械刈りするのは大変な手間の掛かる作業でした。

vista_saitou_nojyo.jpg【photo】 標高150mの高台にある鳥海山麓 齋藤農場の眼前に広がる庄内平野最北端の風景。緑なす水田と黒みがかった深緑のクロマツ林の先にキラキラと輝く日本海。季節と時間帯によってさまざまに表情を変えるこの景色に齋藤さんご夫妻は魅せられたという(上写真) / 齋藤さんら若手農業者グループが立ち上げた有限責任事業組合「ままくぅ」で商品化した彦太郎糯と古代米の朝紫を加工した丸餅 / 1パック税込750円(下写真)

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 良質な鳥海山の水に恵まれた遊佐にあって、地元で生まれた彦太郎糯を人々の記憶から消し去ってはならないと考えた二人の若い農業者が、鶴岡にある県立農業総合研究センター農業生産技術試験場庄内支場が保存していた種籾500gを譲り受けて彦太郎糯の復活に向けて始動したのが2006年(平成18)のこと。その二人が「香り米」Link to backnumberでご紹介した伊藤 大介さんと、「スローフードフェスティバルin 庄内」Link to backnumberのパネリストとして登場した齋藤 武さんです。

saito_nojyo1.jpg【photo】 「彦太郎糯発祥の地」碑との遭遇直後、地元でも幻と化していたその餅米の復活を仕掛けた齋藤 武さんが農場主の齋藤農場が目の前に。不思議な巡り合わせでつながる出来事が珍しくない我がフランチャイズ、食の都庄内

 鳥海山の南斜面に広がる棚田の眼下にキラキラと輝く日本海を望む遊佐町白井新田藤井地区の標高150mほどの高台に、目指すパン工房BAKU麦はありました。女性店主がその日最後に焼き上げた2種類のパンを無事入手、店を出て車に戻ろうとふと右手に目をやりました。そして私の目はそこに立つ小さな看板に釘付けになりました。そこには「棚田の米屋 鳥海山麓 齋藤農場」と記されていたのです。彦太郎糯発祥の地の石碑に出合った足で、そのコメの復活に挑んだ人の農場たどり着くとは! 3月にスローフードフェスティバル会場でお会いして以来のご挨拶をしようと、BAKU麦のすぐ隣にある齋藤さん宅の番犬に吠えられながら家に声を掛けましたが、ご夫妻はお留守のようでした。

saito_nojyo2.jpg【photo】 鳥海山の傾斜地に入植した若き農場主、齋藤 武さん・万里子ご夫妻が「物語のあるコメ作り」をしようと始めた齋藤農場

 東京に生まれ東京農大を卒業した齋藤 武さんが、鶴岡の農家出身だったお父様に連れられて訪れた遊佐町の風景に魅せられ、「こんな場所で物語のあるコメ作りをしてみたい」と奥様を伴って未知の土地に入植したのが2001年(平成13)のこと。就農9年目を迎えた現在では、5.2haの水田で特別栽培農産物の基準を満たす減農薬無化学肥料栽培と無農薬無化学肥料で栽培するササニシキ・ひとめぼれ・コシヒカリといったうるち米、でわのもち・彦太郎糯の2種の餅米のほか、2004年に結成した有限責任事業組合「ままくぅ」のメンバーと希少な品種も育て、料理ごとに適したコメの多様性を提案しています。新たな家族が加わった齋藤さんご一家が登場するハインツ日本のWEBサイトの必見動画はコチラ(・・・サイト中「そして撒いた種と 出ない芽のことを」の画面中央に写る齋藤農場の右隣、桜の木があるのが「パン工房BAKU麦」 )

saito_fusai.jpg【photo】 人影のない藤井地区を移動中、万里子夫人(右)の運転するトラクターに曳かれた愛馬、栗太郎に乗って現れた齋藤 武さん(左)。またしても言霊現象がっ!!

 棚田の中を散策した後、鳥海山の水が奔流となって家々の中を流れる藤井地区を経て下界に戻ろうとしました。すると、棚田の中の道を馬に乗って歩む男性の姿が遠くから近寄ってきました。青いトラクターに先導された馬に乗るその男性には見覚えが。そう、その方こそ齋藤 武さんでした。命の源である水とコメを庄内に依存した私は、鳥海山頂の大物忌神社の神様を味方につけるのか、昨年10月に鶴岡市長沼温泉「ぽっぽの湯」で電話を差し上げた平田赤ねぎ生産組合の後藤 博さんが、たまたますぐ近くにおいでだったエピソードを以前ご披露したように、その地では心に描いた人や場所とバッタリ遭遇する言霊現象が時として起こります。

 奥様の万里子さんが運転するトラクターに引かれながら「馬を散歩させています」と語る齋藤さんが乗っていたのは、いずれ農耕馬として耕起(=田起こし)などの賦役に就かせるために飼っているという淡い栗毛の愛馬「栗太郎」でした。今回の掛け言葉なタイトルの意味がようやく判っタロウ?(笑)。自転車やスクーターに乗った飼い主と散歩する犬には見慣れていますが、犬よりはるかに大柄な馬を散歩させるとなると、スクーターごときでは全く釣り合いません。トラクターと農耕馬という組み合わせに妙に納得しながらも、今年で35歳になる齋藤さんのような若い農業者が農耕馬を飼っていることに、私は興味をそそられました。ひょっとして齋藤さんは近代文明と隔絶された環境で、伝統的な自給自足生活を送る庄内アーミッシュclicca qui かも? などというあらぬ妄想がよぎりましたが、文明の利器トラクターもお使いなので、どうやら違うようです。

takeshi_saito.jpg【photo】 農耕馬として役割を期待される栗太郎

 「人馬一体となって」という言い回しにあるとおり、かつて農耕馬は東北の農家にとって欠かすことのできない労働力でした。馬屋と人家が一体となった岩手県北の遠野周辺や南会津に見られる曲り家は、人と馬との関わりの深さを物語ります。

 そうして飼われた馬は、スマートなサラブレッドとは違い、日本在来の南部馬の血を引き、下北半島の尻屋崎周辺に年間通して放牧される半野生の寒立馬(かんだちめ)に代表される力強いがっしりとした体躯の馬たちでした。耕起・代掻き・田植えと大活躍した馬をいたわり、五穀豊穣を祈るために江戸期から始まった岩手の初夏の風物詩で国指定の無形文化財「チャグチャグ馬コ」も、そんな東北の農村風土が生んだ祭りです。ところが農業の機械化によって農耕馬が不要となった昨今、祭りに参加する馬の確保すら、ままならないのが実情だといいます。

 そうした祭礼用や輓曳(ばんえい)レースに出場させる目的ではなく、純粋に賦役目的で農耕馬を飼っているのは、少なくとも山形県内では自分だけだろうと齋藤さんは語ります。大学で畜耕について研究したという齋藤さんは、北海道和種馬(通称「道産子」)が働く北海道や岩手の農耕馬を飼育する農家のもとを訪ねたのだそうです。最新鋭技術が投入された農業機械とは違って、泥に足を取られながら一定の深さで曲がらずに進むことは、農耕馬にとって容易な作業ではありません。奥深い農耕馬と人との関わりに触れ、失われゆく農耕文化を絶やしてはならないと感じた齋藤さんが、栗太郎を飼い始めたのは、地元でもほとんど忘れられていた彦太郎糯の復活に取り組み始めた2006年からです。

 往年の名品種・彦太郎糯が誕生した地で、将来の農耕馬・栗太郎を育てる齋藤さんご一家。美しい眺望が開ける鳥海山の麓に暮らす家族が働く小さな農場から、これからどのような温故知新の物語が生まれるのでしょう。

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パン工房BAKU麦
住所:山形県飽海郡遊佐町白井新田字藤井北10-2
TEL:0234-72-3731
営:月・水・土曜日 11:00~18:00 ※売切れ次第終了

棚田の米屋 鳥海山麓 齋藤農場
住所:山形県飽海郡遊佐町白井新田字藤井北33-2
   (地番だけみると「BAKU麦」と離れていそうですが、隣合わせデス)
TEL&FAX:0234-71-2313
URL:http://www10.ocn.ne.jp/~f-saito/
Mail:f-saito@muse.ocn.ne.jp

追記
 今回のネタを仕込んでいた10月14日(水)付の日本経済新聞に掲載された「ぐるなび」の全面広告〈clicca qui〉に、刈り取ったばかりの稲穂を抱えるにこやかな齋藤さんご夫妻がドォーンと登場していて再びビックリ。これも言霊現象?? 
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2009/10/10

奇跡のリンゴ part 2

リンゴ農家・木村 秋則さんの金言
「奥歯見せて笑える一生」

奇跡のリンゴ part 1 「大事なものは見えない 土も同じだ」 より続き

akinori_bondy1.jpg【photo】ボンディファームの収穫体験交流会「畑の真ん中で愛を叫びつつ、バーベキューパーティ」に集まった参加者に語りかける木村秋則さん(写真右)

 鹿股国弘さんが自然農法で野菜を栽培する宮城県柴田郡村田町の「ボンディファーム」で行われた交流会「畑の真ん中で愛を叫びつつ、バーベキューパーティ」。私はそこに青森県弘前市でリンゴの自然栽培に取り組む木村秋則さんをお招きする交渉役を任されました。木村さんの携帯電話に何度か連絡を試みても応答がありません。極端な「供給< 需要」の図式を示すかのように、ご自宅の作業場にあるFAX機能付き電話機が全国から舞い込むリンゴの注文で鳴り止まない様子を見ているので、木村さんが電話にお出にならないことは判っていました。加えて最近では畑の見学や講演依頼が引きも切らないため、多忙を極めておいでです。ひょっとすると自然農法の指導で遠方に行っておいでかもしれません。用向きをお伝えするには、FAXか書面連絡のほうが確実かな?と思い始めた頃、木村さんから私の携帯に「ごめんなさい、何度か電話をもらっていたみたいで」とコールバックがありました。
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【photo】自然栽培による「奇跡のリンゴ」を苦難の果てに生み出したMr.ノリックは、左手に持つキュウリを真っ二つに折り、それを元通りにしてみせるとほくそ笑んだ。固唾を飲んで成り行きを見守る参加者たち(折れたキュウリを復元する超魔術にふさわしいBGMといえば、やはりコチラ !!)が次の瞬間目にしたのは...

 これぞまさしく"念ずれば通ず"と、安心するやら恐縮するやら。今回の催しの趣旨をお話しすると、ボンディファームにお越し頂くことを即座に快諾頂き、こちらが希望する日程に合わせられるようスケジュールを調整してみるという嬉しい返事が返ってきました。久々にお聞きする声は、相変わらず陽気な少ししゃがれ加減で「最近リンゴは家族に任せっきりで、母ちゃんに怒られちゃってさ。あっあっあっ・・・」と屈託なく笑うのでした。その乾いた高笑いは「奇跡のリンゴ」(幻冬舎刊)の著者、石川 拓治氏も指摘するように、H音が混じらずA音だけが連続するようにも聞こえる独特のものです。8月2日の朝、弘前から出ている高速バスで仙台までお越しいただき、私の車で畑までご案内することを約束して電話を切りました。

akinori_bondy3.jpg【photo】証人として私を指名した木村さんが、私を前に立たせてご自分が手で折ったキュウリにハンドパワーを送る。「奇跡のリンゴ」の次は、折ってもつながる=食べてもまた元通りになる「奇跡のキュウリ」で一大ブームが起きるのかしらん? という期待感が否応なく高まる。マギー司郎ばりの見事なオチがついた結末にふさわしいBGMはコチラ。その場のハラハラドキドキな臨場感を共有できるはず

 その後、何度か仙台に着くバスの時間を確認しようと木村さんの携帯に電話を入れましたが、またしても応答がありません。バスの発着場でお出迎えする立場としては一抹の不安を感じつつ時間が経過してゆき、スケジュールの都合がついたかどうか確証が取れないうちに、鹿股さんは顧客筋に木村さんの招聘を前提に参加者を募り始めていました。そうして外堀が埋まってゆく中で板挟みの状況に置かれた私は「本当に大丈夫かな?」と思いつつも、律儀な木村さんがお引き受け頂いたのだから、何とか都合をつけて頂けると信じていました。典型的なO型性格の私は催し当日の朝ならバスで仙台に向かう木村さんと確実に連絡がとれるだろうと瀬踏みしていました。

akinori-macchina.jpg【photo】若い頃から機械好き、特にバイクや車の内燃機関に並々ならぬ関心を持っていた木村さんは、今でも愛車のエンジンチューンをご自身でこなしてしまう。案内役として木村さんの"羊の皮を被った狼"のような車に乗せて頂き、ボンディファームの畑を回る道すがら、互いが所有するやんちゃなクルマに関する談義で盛り上がった

 果たせるかな催し当日の朝に電話を入れると「村田ICを目指して東北道を車で移動中です」という予期せぬ答えが戻ってきました。バスで仙台までお越しになると仰られていた木村さんは、自家用車で村田町の畑に向かっていたのです。大鰐弘前ICから村田ICまでは331km、3時間45分を要する長い道のり。そういえば、最新刊の「すべては宇宙の采配」(東邦出版刊)では、かつてリンゴ農家としての収入が途絶えていた頃に、家計を支えるために木村さんが長距離トラックの運転手をしていたことが述べられていました。

 車で遠路お越し頂く木村さんをお待たせしないよう、午前11時にお迎えすると約束した村田ICには15分早く到着したものの、すでに青森ナンバーの濃いモスグリーンの車がそこに停まっていました。近くで煙草をくゆらせていた車好きでもある木村さんは、2年前に畑に乗りつけた私のAlfa Breraをご記憶だったらしく、「すぐに判りましたよ」と陽に焼けた笑顔で出迎えて下さいました。数箇所に分散しているボンディファームの畑では、10時過ぎから収穫体験が始まっているはずでした。事前に100名ぐらいの参加者数になりそうと聞いていた鹿股さんの自宅にまず伺い、そこに軽トラックで颯爽と登場した鹿股さんに先導されて皆さんが待つ畑へと急ぎました。そこには、予想をはるかに上回る130名もの人々が待ち受けていたのです。そこには知った顔もチラホラ。

akinori_bondy6.jpg【photo】BBQ会場は昨年ジャガイモ掘りを行ったボンディファームの畑。参加者にご挨拶される木村さん(中央後姿)

 ご家族で参加されておいでだったのは、「食WEB研究所」のブログサイト「プンタ君日記」で活躍中のフードライター、puntamamma さん。業務店との取引が多いボンディファームでは、イタリア・ラッツィオ州特産で冬が旬のプンタレッラのみならず、何種類もの西洋野菜を手掛けています。この日バーベキューが行われた畑では、伊語でcarciofo カルチョーフォ(単数形)・carciofi(複数形)カルチョーフィと呼ばれるアーティチョーク(英語)が、別名「西洋アザミ」たるゆえんの握りこぶしほどもある大きな花clicca qui を咲かせていました。akinori_bondy7.jpgほかにも5月に行われた鳴子の米プロジェクト田植え交流会で互いに参加していることを知らぬまま、田んぼで鉢合わせした知人や、私のご近所にお住まいの野菜ソムリエさんなどに混じって、河北新報の女性記者が仕事を離れて参加していた一方、交流会を取材に来ていた大河原支局の若い記者や、佐藤村田町長ご夫妻の姿もお見かけしました。

【photo】自然農法を志した先達である木村さんをお招きし、多くの参加者で大盛況だった交流会の間、終始にこやかだった鹿股 国弘さん(写真右)

 鹿股さんの畑に集った参加者に拍手で迎えられた木村さんは、食物連鎖が行われる自然環境にあっては、決して害虫は多くはないこと。むしろ農薬を使用すると、自然の生態系が崩れて悪さをする虫が増えること。野菜が育つ力を持続して引き出すには、完熟堆肥を有効に活用することなど、30年以上実践してきた自然農法について語り始めました。蔓から採ったばかりの一本のキュウリを手にした木村さんは「手品をお目にかけます」と言って、真ん中からキュウリを折りました。折れたキュウリを元通りにくっつけてみせるというのです。木村さんは私を証人に立てて10秒ほど折れ目を合わせて何やら念じる素振りをみせました。息を飲んでMr.ノリックの手元に視線を送る衆人環視のもと片方の手を放すと、akinori_bondy4.jpgアラ不思議、折れたはずのキュウリが、元の姿に戻ったかと思うや否や、ポロッと落ちてしまいました。丸い眼鏡をかけてアハハと頭をかくその人が、一瞬マギー司郎に重なって見えましたが、木村さん曰く収穫したてのキュウリならば、誰でもこうして復元可能なのだとか。

【photo】佐藤英雄村田町長(写真左から2人め)ら参加者と懇談する木村さん

 当初想定を超える参加人数となったため、午前中から仕込みに追われていた「エノテカ・イル・チルコロ」吉田シェフらの準備が整ったというので、バーベキュー会場となる畑に移動しました。吉田シェフにお勧めして店で使って頂いている庄内産山伏豚や、この日のために特別に格安で提供されたという村田町産仙台牛などがふんだんに用意されたバーベキュー会場では、参加者が車座になって木村さんと言葉を交わしました。冒頭ご挨拶に立たれた木村さんは、鹿股さんが自然栽培する梅の葉を手に語り始めました。葉にあいた小さな穴は、虫が葉を食べたのではなく、病気になった箇所を樹が自ら穴をあけて病気が広がらないようにしている自己防衛の証なのだと。

akinori_bondy5.jpg【photo】鹿股さんが栽培する梅の樹から取った葉を例に、葉にあいている穴は病原菌がついた場所を広げないようにする樹の防衛反応なのだと語り、植物が持っている能力の不思議を説く木村さん

 ボンディファームの鹿股さん同様、今回の催しのもう一人の主催者である「エノテカ・イル・チルコロ」の吉田シェフには、事前に歯の無い木村さんでも召し上がっていただける料理を用意してもらうようお願いしていました。リンゴ農家としての収入が完全に途絶えていた時代、生活のために弘前でキャバレーの客引きをしていた木村さんは、うっかり声を掛けた地元のヤクザに殴られて前歯を失って以降、奥歯以外の歯を失ってしまいました。そのためご自身が栽培したリンゴはすりおろして召し上がっているそうです。2年前に木村さんの畑でそのことを聞かされていましたが、こうした場で歯を失った顛末をご紹介しても差し支えないか逡巡しているうち、石川拓治氏が「奇跡のリンゴ」であっさりと明かしてしまって拍子抜けしたものです。

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【photo】今年も相変わらず美味しかったラタトゥイユと木村さんのためにご用意いただいたガスパッチョが好評だった Bouchon ブウションの日野シェフは焼肉でも活躍(左写真)。 ふんだんに振舞われた仙台牛と山伏豚に舌鼓を打つ参加者のため、ほとんど休む間もなく汗だくになりながら炭火の前に立ち続けたエノテカ・イル・チルコロの吉田シェフ(右写真)。お疲れさまでした

 炭火焼肉のファンタジスタこと、"nicuyachista​(ニクヤキスタ)"を自認する吉田シェフは、今年も助っ人として参加していたワインバー「Bouchon ブウション」の日野シェフに、木村さんにも味わって頂ける鹿股さんの野菜を使った料理clicca qui を作ってもらっていました。スペイン・アンダルシア地方の冷製野菜スープ「ガスパッチョ」と、昨年私がハマって今年もリクエストしていた「ラタトゥイユ(カポナータ)」の二品です。細かく砕いた生野菜にオリーブオイルを加えたガスパッチョや、パプリカやタマネギなどをくたくたに煮込んだラタトゥイユなら、木村さんにも美味しく召し上がって頂けそうでした。しかしながら木村さんは、食事もそこそこに参加者との語らいにほとんどの時間を過ごされておいででした。

akinori_bondy8.jpg【photo】木村さんの車の中でご自身の著作「リンゴが教えてくれたこと」にサインして頂いているところ

 BBQがひと段落したところで、場所を移して時間無制限の延長戦ともいうべき夜の部が設定されていました。鹿股さんが手配した蔵王のコテージで木村さんとの更なる懇談を通して絆を深めようというのです。木村さんが運転する車に乗せて頂き、鹿股さんの自宅に向かう道すがら、八戸で翌日午前中に用事があるので泊まらずに帰ると木村さんは仰いました。早朝に弘前を出ていらしたであろう木村さんをトンボ帰りさせてはお疲れになるだろうと思い、「まだ話し足りない様子の参加者もいるようなので、ご迷惑でなければ遠慮なくお泊りください」とお引き止めしました。それでいて、私自身は翌日人間ドックを控えていたので、夜の部には残念ながら参加できないのでした。

 後日伺った吉田シェフの話では、15名ほどが参加した木村さんとの深夜に及んだ語らいでは、農薬を使ってリンゴ栽培をしていた頃の話から、UFOに拉致された体験まで、話題は多岐に及んだそうです。主催者が用意した謝礼を受け取ることを頑なに固辞したまま、メンバーが目を覚ます前の早朝5時、木村さんはたまたま里帰りで青森にakinori-firma2.jpg帰省する予定だった参加者を伴って、八戸に向けて出発したそうです。

 お誘いしておきながらコテージにご一緒できない非礼を木村さんの車の中でお詫びしながら、ちゃっかり持参した木村さんの著書「リンゴが教えてくれたこと」(日本経済新聞出版社刊)に頂いたサインに記されていたのが、この「奥歯見せて笑える一生」という言葉です。木村さんはサインを求められた時に記す決まったフレーズはないのだそうです。木村さんが私に対してこの素敵な言葉を選んで下さった理由に思いを巡らせながら、私という一人のちっぽけな人間を育くんでくれる食べ物を生み出す大いなる自然と、それを作ってくれる熱い心を持った人がいることに感謝の気持ちを忘れず、せめて人間ドックを控えた夜だけでも摂生しようと心に誓ったのでした。

 今まさに本州を縦断している台風18号が、1991年の台風19号のように収穫直前のリンゴを落果させる強風を吹かせることがないことを祈りつつ...。


P.S. 木村さん、どうしても受け取って頂けなかった謝礼を青森まで送って頂いた同乗者がそっと愛車のダッシュボードに押し込んでおいたのを、もう発見されましたか?
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