あるもの探しの旅

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奇跡のリンゴ part 2

リンゴ農家・木村 秋則さんの金言
「奥歯見せて笑える一生」

奇跡のリンゴ part 1 「大事なものは見えない 土も同じだ」 より続き

akinori_bondy1.jpg【photo】ボンディファームの収穫体験交流会「畑の真ん中で愛を叫びつつ、バーベキューパーティ」に集まった参加者に語りかける木村秋則さん(写真右)

 鹿股国弘さんが自然農法で野菜を栽培する宮城県柴田郡村田町の「ボンディファーム」で行われた交流会「畑の真ん中で愛を叫びつつ、バーベキューパーティ」。私はそこに青森県弘前市でリンゴの自然栽培に取り組む木村秋則さんをお招きする交渉役を任されました。木村さんの携帯電話に何度か連絡を試みても応答がありません。極端な「供給< 需要」の図式を示すかのように、ご自宅の作業場にあるFAX機能付き電話機が全国から舞い込むリンゴの注文で鳴り止まない様子を見ているので、木村さんが電話にお出にならないことは判っていました。加えて最近では畑の見学や講演依頼が引きも切らないため、多忙を極めておいでです。ひょっとすると自然農法の指導で遠方に行っておいでかもしれません。用向きをお伝えするには、FAXか書面連絡のほうが確実かな?と思い始めた頃、木村さんから私の携帯に「ごめんなさい、何度か電話をもらっていたみたいで」とコールバックがありました。
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【photo】自然栽培による「奇跡のリンゴ」を苦難の果てに生み出したMr.ノリックは、左手に持つキュウリを真っ二つに折り、それを元通りにしてみせるとほくそ笑んだ。固唾を飲んで成り行きを見守る参加者たち(折れたキュウリを復元する超魔術にふさわしいBGMといえば、やはりコチラ !!)が次の瞬間目にしたのは...

 これぞまさしく"念ずれば通ず"と、安心するやら恐縮するやら。今回の催しの趣旨をお話しすると、ボンディファームにお越し頂くことを即座に快諾頂き、こちらが希望する日程に合わせられるようスケジュールを調整してみるという嬉しい返事が返ってきました。久々にお聞きする声は、相変わらず陽気な少ししゃがれ加減で「最近リンゴは家族に任せっきりで、母ちゃんに怒られちゃってさ。あっあっあっ・・・」と屈託なく笑うのでした。その乾いた高笑いは「奇跡のリンゴ」(幻冬舎刊)の著者、石川 拓治氏も指摘するように、H音が混じらずA音だけが連続するようにも聞こえる独特のものです。8月2日の朝、弘前から出ている高速バスで仙台までお越しいただき、私の車で畑までご案内することを約束して電話を切りました。

akinori_bondy3.jpg【photo】証人として私を指名した木村さんが、私を前に立たせてご自分が手で折ったキュウリにハンドパワーを送る。「奇跡のリンゴ」の次は、折ってもつながる=食べてもまた元通りになる「奇跡のキュウリ」で一大ブームが起きるのかしらん? という期待感が否応なく高まる。マギー司郎ばりの見事なオチがついた結末にふさわしいBGMはコチラ。その場のハラハラドキドキな臨場感を共有できるはず

 その後、何度か仙台に着くバスの時間を確認しようと木村さんの携帯に電話を入れましたが、またしても応答がありません。バスの発着場でお出迎えする立場としては一抹の不安を感じつつ時間が経過してゆき、スケジュールの都合がついたかどうか確証が取れないうちに、鹿股さんは顧客筋に木村さんの招聘を前提に参加者を募り始めていました。そうして外堀が埋まってゆく中で板挟みの状況に置かれた私は「本当に大丈夫かな?」と思いつつも、律儀な木村さんがお引き受け頂いたのだから、何とか都合をつけて頂けると信じていました。典型的なO型性格の私は催し当日の朝ならバスで仙台に向かう木村さんと確実に連絡がとれるだろうと瀬踏みしていました。

akinori-macchina.jpg【photo】若い頃から機械好き、特にバイクや車の内燃機関に並々ならぬ関心を持っていた木村さんは、今でも愛車のエンジンチューンをご自身でこなしてしまう。案内役として木村さんの"羊の皮を被った狼"のような車に乗せて頂き、ボンディファームの畑を回る道すがら、互いが所有するやんちゃなクルマに関する談義で盛り上がった

 果たせるかな催し当日の朝に電話を入れると「村田ICを目指して東北道を車で移動中です」という予期せぬ答えが戻ってきました。バスで仙台までお越しになると仰られていた木村さんは、自家用車で村田町の畑に向かっていたのです。大鰐弘前ICから村田ICまでは331km、3時間45分を要する長い道のり。そういえば、最新刊の「すべては宇宙の采配」(東邦出版刊)では、かつてリンゴ農家としての収入が途絶えていた頃に、家計を支えるために木村さんが長距離トラックの運転手をしていたことが述べられていました。

 車で遠路お越し頂く木村さんをお待たせしないよう、午前11時にお迎えすると約束した村田ICには15分早く到着したものの、すでに青森ナンバーの濃いモスグリーンの車がそこに停まっていました。近くで煙草をくゆらせていた車好きでもある木村さんは、2年前に畑に乗りつけた私のAlfa Breraをご記憶だったらしく、「すぐに判りましたよ」と陽に焼けた笑顔で出迎えて下さいました。数箇所に分散しているボンディファームの畑では、10時過ぎから収穫体験が始まっているはずでした。事前に100名ぐらいの参加者数になりそうと聞いていた鹿股さんの自宅にまず伺い、そこに軽トラックで颯爽と登場した鹿股さんに先導されて皆さんが待つ畑へと急ぎました。そこには、予想をはるかに上回る130名もの人々が待ち受けていたのです。そこには知った顔もチラホラ。

akinori_bondy6.jpg【photo】BBQ会場は昨年ジャガイモ掘りを行ったボンディファームの畑。参加者にご挨拶される木村さん(中央後姿)

 ご家族で参加されておいでだったのは、「食WEB研究所」のブログサイト「プンタ君日記」で活躍中のフードライター、puntamamma さん。業務店との取引が多いボンディファームでは、イタリア・ラッツィオ州特産で冬が旬のプンタレッラのみならず、何種類もの西洋野菜を手掛けています。この日バーベキューが行われた畑では、伊語でcarciofo カルチョーフォ(単数形)・carciofi(複数形)カルチョーフィと呼ばれるアーティチョーク(英語)が、別名「西洋アザミ」たるゆえんの握りこぶしほどもある大きな花clicca qui を咲かせていました。akinori_bondy7.jpgほかにも5月に行われた鳴子の米プロジェクト田植え交流会で互いに参加していることを知らぬまま、田んぼで鉢合わせした知人や、私のご近所にお住まいの野菜ソムリエさんなどに混じって、河北新報の女性記者が仕事を離れて参加していた一方、交流会を取材に来ていた大河原支局の若い記者や、佐藤村田町長ご夫妻の姿もお見かけしました。

【photo】自然農法を志した先達である木村さんをお招きし、多くの参加者で大盛況だった交流会の間、終始にこやかだった鹿股 国弘さん(写真右)

 鹿股さんの畑に集った参加者に拍手で迎えられた木村さんは、食物連鎖が行われる自然環境にあっては、決して害虫は多くはないこと。むしろ農薬を使用すると、自然の生態系が崩れて悪さをする虫が増えること。野菜が育つ力を持続して引き出すには、完熟堆肥を有効に活用することなど、30年以上実践してきた自然農法について語り始めました。蔓から採ったばかりの一本のキュウリを手にした木村さんは「手品をお目にかけます」と言って、真ん中からキュウリを折りました。折れたキュウリを元通りにくっつけてみせるというのです。木村さんは私を証人に立てて10秒ほど折れ目を合わせて何やら念じる素振りをみせました。息を飲んでMr.ノリックの手元に視線を送る衆人環視のもと片方の手を放すと、akinori_bondy4.jpgアラ不思議、折れたはずのキュウリが、元の姿に戻ったかと思うや否や、ポロッと落ちてしまいました。丸い眼鏡をかけてアハハと頭をかくその人が、一瞬マギー司郎に重なって見えましたが、木村さん曰く収穫したてのキュウリならば、誰でもこうして復元可能なのだとか。

【photo】佐藤英雄村田町長(写真左から2人め)ら参加者と懇談する木村さん

 当初想定を超える参加人数となったため、午前中から仕込みに追われていた「エノテカ・イル・チルコロ」吉田シェフらの準備が整ったというので、バーベキュー会場となる畑に移動しました。吉田シェフにお勧めして店で使って頂いている庄内産山伏豚や、この日のために特別に格安で提供されたという村田町産仙台牛などがふんだんに用意されたバーベキュー会場では、参加者が車座になって木村さんと言葉を交わしました。冒頭ご挨拶に立たれた木村さんは、鹿股さんが自然栽培する梅の葉を手に語り始めました。葉にあいた小さな穴は、虫が葉を食べたのではなく、病気になった箇所を樹が自ら穴をあけて病気が広がらないようにしている自己防衛の証なのだと。

akinori_bondy5.jpg【photo】鹿股さんが栽培する梅の樹から取った葉を例に、葉にあいている穴は病原菌がついた場所を広げないようにする樹の防衛反応なのだと語り、植物が持っている能力の不思議を説く木村さん

 ボンディファームの鹿股さん同様、今回の催しのもう一人の主催者である「エノテカ・イル・チルコロ」の吉田シェフには、事前に歯の無い木村さんでも召し上がっていただける料理を用意してもらうようお願いしていました。リンゴ農家としての収入が完全に途絶えていた時代、生活のために弘前でキャバレーの客引きをしていた木村さんは、うっかり声を掛けた地元のヤクザに殴られて前歯を失って以降、奥歯以外の歯を失ってしまいました。そのためご自身が栽培したリンゴはすりおろして召し上がっているそうです。2年前に木村さんの畑でそのことを聞かされていましたが、こうした場で歯を失った顛末をご紹介しても差し支えないか逡巡しているうち、石川拓治氏が「奇跡のリンゴ」であっさりと明かしてしまって拍子抜けしたものです。

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【photo】今年も相変わらず美味しかったラタトゥイユと木村さんのためにご用意いただいたガスパッチョが好評だった Bouchon ブウションの日野シェフは焼肉でも活躍(左写真)。 ふんだんに振舞われた仙台牛と山伏豚に舌鼓を打つ参加者のため、ほとんど休む間もなく汗だくになりながら炭火の前に立ち続けたエノテカ・イル・チルコロの吉田シェフ(右写真)。お疲れさまでした

 炭火焼肉のファンタジスタこと、"nicuyachista​(ニクヤキスタ)"を自認する吉田シェフは、今年も助っ人として参加していたワインバー「Bouchon ブウション」の日野シェフに、木村さんにも味わって頂ける鹿股さんの野菜を使った料理clicca qui を作ってもらっていました。スペイン・アンダルシア地方の冷製野菜スープ「ガスパッチョ」と、昨年私がハマって今年もリクエストしていた「ラタトゥイユ(カポナータ)」の二品です。細かく砕いた生野菜にオリーブオイルを加えたガスパッチョや、パプリカやタマネギなどをくたくたに煮込んだラタトゥイユなら、木村さんにも美味しく召し上がって頂けそうでした。しかしながら木村さんは、食事もそこそこに参加者との語らいにほとんどの時間を過ごされておいででした。

akinori_bondy8.jpg【photo】木村さんの車の中でご自身の著作「リンゴが教えてくれたこと」にサインして頂いているところ

 BBQがひと段落したところで、場所を移して時間無制限の延長戦ともいうべき夜の部が設定されていました。鹿股さんが手配した蔵王のコテージで木村さんとの更なる懇談を通して絆を深めようというのです。木村さんが運転する車に乗せて頂き、鹿股さんの自宅に向かう道すがら、八戸で翌日午前中に用事があるので泊まらずに帰ると木村さんは仰いました。早朝に弘前を出ていらしたであろう木村さんをトンボ帰りさせてはお疲れになるだろうと思い、「まだ話し足りない様子の参加者もいるようなので、ご迷惑でなければ遠慮なくお泊りください」とお引き止めしました。それでいて、私自身は翌日人間ドックを控えていたので、夜の部には残念ながら参加できないのでした。

 後日伺った吉田シェフの話では、15名ほどが参加した木村さんとの深夜に及んだ語らいでは、農薬を使ってリンゴ栽培をしていた頃の話から、UFOに拉致された体験まで、話題は多岐に及んだそうです。主催者が用意した謝礼を受け取ることを頑なに固辞したまま、メンバーが目を覚ます前の早朝5時、木村さんはたまたま里帰りで青森にakinori-firma2.jpg帰省する予定だった参加者を伴って、八戸に向けて出発したそうです。

 お誘いしておきながらコテージにご一緒できない非礼を木村さんの車の中でお詫びしながら、ちゃっかり持参した木村さんの著書「リンゴが教えてくれたこと」(日本経済新聞出版社刊)に頂いたサインに記されていたのが、この「奥歯見せて笑える一生」という言葉です。木村さんはサインを求められた時に記す決まったフレーズはないのだそうです。木村さんが私に対してこの素敵な言葉を選んで下さった理由に思いを巡らせながら、私という一人のちっぽけな人間を育くんでくれる食べ物を生み出す大いなる自然と、それを作ってくれる熱い心を持った人がいることに感謝の気持ちを忘れず、せめて人間ドックを控えた夜だけでも摂生しようと心に誓ったのでした。

 今まさに本州を縦断している台風18号が、1991年の台風19号のように収穫直前のリンゴを落果させる強風を吹かせることがないことを祈りつつ...。


P.S. 木村さん、どうしても受け取って頂けなかった謝礼を青森まで送って頂いた同乗者がそっと愛車のダッシュボードに押し込んでおいたのを、もう発見されましたか?
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