あるもの探しの旅

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彦太郎と栗太郎と

予期せぬ出会い@鳥海山麓

swans@houei.jpg【photo】 天候不順だった今年も実りの季節を迎えた10月中旬の庄内。稲刈りを終えて黄金色から茶褐色に装いを変えた田んぼで羽根を休め、落ち穂をついばむハクチョウたち。鶴岡市豊栄にて

 山々から雪の便りが届く季節を迎えた今月10日(土)、鳥海山の山頂付近が雪化粧し、今年の初冠雪が観測されました。ピーク時には一万羽を超えるハクチョウが飛来する日本一の越冬地、最上川河口の「最上川スワンパーク」には冬の使者ハクチョウも既にシベリアより飛来。稲刈りシーズンも終盤に差し掛かった庄内地方の圃場では、落ち穂をついばむハクチョウの姿が見られるようになりました。豊かな実りの季節を迎えた食の都ですが、背後からは冬の足音がひたひたと近づいているようです。

【photo】 空気が澄んだ鳥海山の山腹にあるパン工房「BAKU麦」

bakubaku_1.jpg 好天に恵まれた爽秋のとある土曜日の朝。かねがね行きたいと思っていた庄内最北の遊佐町にある一軒のパン屋を目指しました。その店「パン工房BAKU麦(ばくばく)」は、喧騒を遠く離れた日本海を望む鳥海山の山腹という、通りすがりの客などおよそ期待するべくもない場所にあります。

 地元の人から聞いた話では、女性が一人で自宅併設の店を切り盛りしており、営業日は月・水・土の週3日だけ。11時から14時過ぎまで次々と焼き上がるパンの仕込みから全てをこなす店主は、ほとんど店頭には姿を見せず、作業場から客に時たま呼び掛けるだけ。来店客はパンを自ら袋詰めして店頭の電卓で料金を計算し、代金を箱に入れて(釣り銭も箱から取る)店を後にするのだといいます。1996年(平成8)の開店以来、買い方を説明する張り紙だけで店番不在の店内には監視カメラなど設置されておらず、いわば客の良心が前提になっています。「庄内人は気立てが良いさげのぅ。」(モノローグ by 庄内系イタリア人)

bakubaku_4.jpg【photo】 素材にこだわるBAKU麦のパンは、いずれも良心的な値段。無添加ゆえ時間が経つと硬くなるが、温め直せば焼きたての香ばしい香りと味が楽しめる。その味が忘れられずにせっせと通いつめる常連客も多いという

 こんな店をローマやナポリで開いたなら、性根の良からぬ輩の餌食となって、あっという間に潰れてしまうことでしょう(笑)。日本広しといえども、こんなユニークなシステムで運営されているパン屋がほかにあるでしょうか? 無添加にこだわって作られる焼きたてパンの美味しさは、いまや口コミで庄内中に広がり、その辺鄙な立地(おっと失礼(^_^;))と極めて素っ気ない接客ぶり(→正確に言えば、接客はしていない...。)にも関わらず、開店前からお目当てのパンを求めて並ぶ常連客で結構繁盛しているのだといいます。ジモティではない私が行けるのは必然的に土曜日のワンチャンスなので、なかなか行けずにいた次第。

hikotaro_sekihi.jpg【photo】 引き寄せられるように前を通りかかった遊佐町富岡の皇大神社境内にある「彦太郎糯発祥の地」を示す石碑

 カーナビの目的地をBAKU麦に設定、遊佐町内の普段は通らない細い道を気の向くまま走り始めました。R345沿いの家並みに紛れそうな小さな神社を通り過ぎようとした際、左ハンドルの車窓から横目でちらっと見えた石碑の文字に「おやっ?」と思い、車を停めてバックさせました。皇大神社の境内に建つその石碑には「彦太郎糯発祥の地」と刻まれています。しかもその端正な字は、古代東北史研究の第一人者、東北大学名誉教授の高橋富雄先生の筆耕によるものでした。

 このような場所に由緒正しき石碑があろうとは。そこはかつて1924年(大正13)に地元の民間育種家であった常田彦吉が、当時、餅米の主力品種であった「山寺糯」の変異種を発見、4年の歳月をかけて育種し、屋号から名付けた「彦太郎糯(もち)」が誕生した地・富岡なのでした。

 彦太郎糯は、耐冷性に優れ、強い粘りとコクのある香り高い餅米として昭和初期から中期にかけて広く普及してゆきます。収量も多かったため、東北一円で栽培され、昭和30年代までは山形県内において作付けされる餅米のおよそ半数を占めていました。しかし1m50cmにも達する稲丈が災いして倒伏しやすく次第に圃場から姿を消してゆきました。一口に稲といっても、その丈は品種によってさまざまclicca qui。同じく庄内発祥の餅米で、古老が今もその極め付きの味を懐かしむ「女鶴(めづる)」が、機械化が進んだ高度成長期以降に姿を消していったのは、1mを超える稲丈と反収七俵という収量の少なさが災いしたからです。コンバインの改良が進む以前は、倒伏した稲を起こしながら機械刈りするのは大変な手間の掛かる作業でした。

vista_saitou_nojyo.jpg【photo】 標高150mの高台にある鳥海山麓 齋藤農場の眼前に広がる庄内平野最北端の風景。緑なす水田と黒みがかった深緑のクロマツ林の先にキラキラと輝く日本海。季節と時間帯によってさまざまに表情を変えるこの景色に齋藤さんご夫妻は魅せられたという(上写真) / 齋藤さんら若手農業者グループが立ち上げた有限責任事業組合「ままくぅ」で商品化した彦太郎糯と古代米の朝紫を加工した丸餅 / 1パック税込750円(下写真)

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 良質な鳥海山の水に恵まれた遊佐にあって、地元で生まれた彦太郎糯を人々の記憶から消し去ってはならないと考えた二人の若い農業者が、鶴岡にある県立農業総合研究センター農業生産技術試験場庄内支場が保存していた種籾500gを譲り受けて彦太郎糯の復活に向けて始動したのが2006年(平成18)のこと。その二人が「香り米」Link to backnumberでご紹介した伊藤 大介さんと、「スローフードフェスティバルin 庄内」Link to backnumberのパネリストとして登場した齋藤 武さんです。

saito_nojyo1.jpg【photo】 「彦太郎糯発祥の地」碑との遭遇直後、地元でも幻と化していたその餅米の復活を仕掛けた齋藤 武さんが農場主の齋藤農場が目の前に。不思議な巡り合わせでつながる出来事が珍しくない我がフランチャイズ、食の都庄内

 鳥海山の南斜面に広がる棚田の眼下にキラキラと輝く日本海を望む遊佐町白井新田藤井地区の標高150mほどの高台に、目指すパン工房BAKU麦はありました。女性店主がその日最後に焼き上げた2種類のパンを無事入手、店を出て車に戻ろうとふと右手に目をやりました。そして私の目はそこに立つ小さな看板に釘付けになりました。そこには「棚田の米屋 鳥海山麓 齋藤農場」と記されていたのです。彦太郎糯発祥の地の石碑に出合った足で、そのコメの復活に挑んだ人の農場たどり着くとは! 3月にスローフードフェスティバル会場でお会いして以来のご挨拶をしようと、BAKU麦のすぐ隣にある齋藤さん宅の番犬に吠えられながら家に声を掛けましたが、ご夫妻はお留守のようでした。

saito_nojyo2.jpg【photo】 鳥海山の傾斜地に入植した若き農場主、齋藤 武さん・万里子ご夫妻が「物語のあるコメ作り」をしようと始めた齋藤農場

 東京に生まれ東京農大を卒業した齋藤 武さんが、鶴岡の農家出身だったお父様に連れられて訪れた遊佐町の風景に魅せられ、「こんな場所で物語のあるコメ作りをしてみたい」と奥様を伴って未知の土地に入植したのが2001年(平成13)のこと。就農9年目を迎えた現在では、5.2haの水田で特別栽培農産物の基準を満たす減農薬無化学肥料栽培と無農薬無化学肥料で栽培するササニシキ・ひとめぼれ・コシヒカリといったうるち米、でわのもち・彦太郎糯の2種の餅米のほか、2004年に結成した有限責任事業組合「ままくぅ」のメンバーと希少な品種も育て、料理ごとに適したコメの多様性を提案しています。新たな家族が加わった齋藤さんご一家が登場するハインツ日本のWEBサイトの必見動画はコチラ(・・・サイト中「そして撒いた種と 出ない芽のことを」の画面中央に写る齋藤農場の右隣、桜の木があるのが「パン工房BAKU麦」 )

saito_fusai.jpg【photo】 人影のない藤井地区を移動中、万里子夫人(右)の運転するトラクターに曳かれた愛馬、栗太郎に乗って現れた齋藤 武さん(左)。またしても言霊現象がっ!!

 棚田の中を散策した後、鳥海山の水が奔流となって家々の中を流れる藤井地区を経て下界に戻ろうとしました。すると、棚田の中の道を馬に乗って歩む男性の姿が遠くから近寄ってきました。青いトラクターに先導された馬に乗るその男性には見覚えが。そう、その方こそ齋藤 武さんでした。命の源である水とコメを庄内に依存した私は、鳥海山頂の大物忌神社の神様を味方につけるのか、昨年10月に鶴岡市長沼温泉「ぽっぽの湯」で電話を差し上げた平田赤ねぎ生産組合の後藤 博さんが、たまたますぐ近くにおいでだったエピソードを以前ご披露したように、その地では心に描いた人や場所とバッタリ遭遇する言霊現象が時として起こります。

 奥様の万里子さんが運転するトラクターに引かれながら「馬を散歩させています」と語る齋藤さんが乗っていたのは、いずれ農耕馬として耕起(=田起こし)などの賦役に就かせるために飼っているという淡い栗毛の愛馬「栗太郎」でした。今回の掛け言葉なタイトルの意味がようやく判っタロウ?(笑)。自転車やスクーターに乗った飼い主と散歩する犬には見慣れていますが、犬よりはるかに大柄な馬を散歩させるとなると、スクーターごときでは全く釣り合いません。トラクターと農耕馬という組み合わせに妙に納得しながらも、今年で35歳になる齋藤さんのような若い農業者が農耕馬を飼っていることに、私は興味をそそられました。ひょっとして齋藤さんは近代文明と隔絶された環境で、伝統的な自給自足生活を送る庄内アーミッシュclicca qui かも? などというあらぬ妄想がよぎりましたが、文明の利器トラクターもお使いなので、どうやら違うようです。

takeshi_saito.jpg【photo】 農耕馬として役割を期待される栗太郎

 「人馬一体となって」という言い回しにあるとおり、かつて農耕馬は東北の農家にとって欠かすことのできない労働力でした。馬屋と人家が一体となった岩手県北の遠野周辺や南会津に見られる曲り家は、人と馬との関わりの深さを物語ります。

 そうして飼われた馬は、スマートなサラブレッドとは違い、日本在来の南部馬の血を引き、下北半島の尻屋崎周辺に年間通して放牧される半野生の寒立馬(かんだちめ)に代表される力強いがっしりとした体躯の馬たちでした。耕起・代掻き・田植えと大活躍した馬をいたわり、五穀豊穣を祈るために江戸期から始まった岩手の初夏の風物詩で国指定の無形文化財「チャグチャグ馬コ」も、そんな東北の農村風土が生んだ祭りです。ところが農業の機械化によって農耕馬が不要となった昨今、祭りに参加する馬の確保すら、ままならないのが実情だといいます。

 そうした祭礼用や輓曳(ばんえい)レースに出場させる目的ではなく、純粋に賦役目的で農耕馬を飼っているのは、少なくとも山形県内では自分だけだろうと齋藤さんは語ります。大学で畜耕について研究したという齋藤さんは、北海道和種馬(通称「道産子」)が働く北海道や岩手の農耕馬を飼育する農家のもとを訪ねたのだそうです。最新鋭技術が投入された農業機械とは違って、泥に足を取られながら一定の深さで曲がらずに進むことは、農耕馬にとって容易な作業ではありません。奥深い農耕馬と人との関わりに触れ、失われゆく農耕文化を絶やしてはならないと感じた齋藤さんが、栗太郎を飼い始めたのは、地元でもほとんど忘れられていた彦太郎糯の復活に取り組み始めた2006年からです。

 往年の名品種・彦太郎糯が誕生した地で、将来の農耕馬・栗太郎を育てる齋藤さんご一家。美しい眺望が開ける鳥海山の麓に暮らす家族が働く小さな農場から、これからどのような温故知新の物語が生まれるのでしょう。

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パン工房BAKU麦
住所:山形県飽海郡遊佐町白井新田字藤井北10-2
TEL:0234-72-3731
営:月・水・土曜日 11:00~18:00 ※売切れ次第終了

棚田の米屋 鳥海山麓 齋藤農場
住所:山形県飽海郡遊佐町白井新田字藤井北33-2
   (地番だけみると「BAKU麦」と離れていそうですが、隣合わせデス)
TEL&FAX:0234-71-2313
URL:http://www10.ocn.ne.jp/~f-saito/
Mail:f-saito@muse.ocn.ne.jp

追記
 今回のネタを仕込んでいた10月14日(水)付の日本経済新聞に掲載された「ぐるなび」の全面広告〈clicca qui〉に、刈り取ったばかりの稲穂を抱えるにこやかな齋藤さんご夫妻がドォーンと登場していて再びビックリ。これも言霊現象?? 
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コメント

楽しくwebサイトを拝見しました。
日経新聞の広告はともかく、ハインツのページまで捕捉されていたことには驚きました。
つくづく、下手な言動はできないことが良く分かりました。

こちらは天候不順が続き、今日時点でまだ自然乾燥の米は収納できていません。
米をN協のみの出荷に加え自己販売する農家は、まだまだ出荷作業の佳境が続きます。
これから春までは、太平洋側の気候がうらやましく感じます。

今後も食や農を幅広く発信されることをご期待申し上げます。

▼takeshi saitoh様

 このところ、天候不順な年が増えています。改善の兆しが見えない地球温暖化の動きで、美味しいコメの適作地が北海道だけになると悲観する人までいます。その点、齋藤農場は鳥海山腹の標高150m地点にあり、冬さえ乗り切れば地の利を生かせます。これからは齋藤さんの時代です。

 冬でも滝の道を通って「さんゆう」まで水を汲みに行くゆえ、雪の日にパンを買いがてら、お米を購入させて頂こうと、ひょっこりお邪魔するやもしれません。

 秀峰鳥海山があり、水と空気とコメとパンと餅と岩ガキと寒鱈とパプリカと夕陽ラーメンも美味しい遊佐町がうらやましく感じます。

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