あるもの探しの旅

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鳥海山と牛渡川と鮭

食の都・庄内 豊かな実りと癒しのバスツアー 第4幕
 ツアー二日目@箕輪鮭孵化場


chokai_2009.10.25.jpg【photo】山全体が紅葉で色付いた鳥海山がくっきりと姿を見せた二日目。左手前の杉林の中に鳥海の湧水が川となった牛渡川がある

 トリとウシとサケ。動物三題噺のようなお題ですが、お気になさらぬよう (゚o゚*)

 庄内平野最北の山形県飽海郡遊佐町を流れる牛渡川は、鳥海山に降る大量の雨や雪が山肌から地中に染み込んだ後に、地表に湧出してくる伏流水だけを水源とする澄み切った清流です。杉林の木漏れ日の中を音もなく流れる神秘的な牛渡川の岸辺からは、所々から水が湧き出ているのが確認できます【Link to back number】。

minowa_fukajyo.jpg【photo】牛渡川のほとりにある箕輪鮭孵化場。漁期となる10月~12月にかけては見学自由。私たちが訪れた10月末は早生鮭が遡上してくる最盛期とあって、いつになく多くの車が停まっていた

 江戸時代後期の1806年(文化3)、庄内藩は領下の月光川水系の二つの清流、滝淵川〈clicca qui〉と牛渡川を鮭が自然産卵しやすい環境を整備した「種川」として指定しました。隣接する越後村上藩では、1763年に世界初の種川が、鮭の母川回帰性を発見した村上藩士・青砥武平治によって村上・三面川に作られていました【Link to back number】。以来、たとえ食料が乏しい飢饉の年でも10月に入る頃から年が改まる頃にかけて生まれた川に帰ってくる鮭は、貴重なタンパク源として人々に恩恵をもたらしてきました。

sake_hokaku_minowa.jpg【photo】遡上のピーク期を迎え、ウライに誘い込まれた鮭は、タモで次々と水揚げされる。多い日には一日の捕獲数が1,000尾を越えることも珍しくなく、2,000尾を上回ることもある

 牛渡川と滝淵川はやがて一つの流れとなり、吹浦漁港の汽水域から1kmほどの河口付近で月光川に合流します。牛渡川に遡上してくる鮭は、年によって幅はありますが、年間平均3万匹~4万匹あまり。ゆったりとした流れに石菖藻や梅花藻が揺らめく清流のほとりに「箕輪鮭孵化場」はあります。河口からはわずか3 km弱しか離れておらず、澄みきった水の流れも穏やかなため、産卵のために川上へとに向かう鮭には遡上による魚体の損傷などのダメージが認められません。何故か海が荒れたほうが遡上数が増えるといいます。

bambini_sake.jpg【photo】水揚げされ、勢いよく飛び跳ねる鮭に腰が幾分引き気味ながらも、捕獲の手伝いをする子どもたち。子孫を残すために生まれ故郷の川に戻って来た鮭の捕獲を通して、命の尊さを身をもって知る

 鳥海山がくっきりと姿を現したツアー二日目の朝9時30分、到着した箕輪鮭孵化場の鮭採捕場では、遡上する鮭の捕獲作業の真っ最中でした。年によって時期の違いはあるにせよ、9月の遡上開始からピークを迎える10月下旬から11月下旬にかけては毎朝8時に捕獲が始まります。ひとたび中に入り込むと逃れることができない金属製の柵を設けた生簀「ウライ」に入り込んだ鮭たちには、黒味がかったブナの表皮のようなくすんだ緑や赤黒い縦模様などの婚姻色が現れています。

kazuo_togashi.jpg【photo】箕輪鮭漁業生産組合 富樫 和雄 組合長

 10月下旬は早生(わせ)の鮭で4~5kg前後の鮭が多いとのこと。男性がタモですくい上げ、勢い良く飛び跳ねる鮭の頭部には、こん棒の一撃が加えられます。動きを止めた鮭はオスとメスに仕分けられてゆきます。その作業を女性やまだ小さな子どもが手伝っていました。切り身になった鮭しか見ることのない都市部の子どもは、食べ物の背景にあるこうした命の現場を知ることはないでしょう。

sairan_minowa.jpg   
【photo】
メスの腹を割いて卵を傷つけないよう慎重に掻き出す採卵作業(右写真)

 コメの単作農家9名が加盟する「箕輪鮭漁業生産組合」の富樫 和雄組合長の説明によると、0.05%しかない自然交配による母川への回帰率を0.5%まで上げる効果がある人工繁殖用の卵を採取するのは、11月に遡上してくる晩生(おくて)の鮭から。早生のメス鮭に多くみられる筋子からイクラへの発育途上とでも言うべき未熟卵は、受精率も低いのだそう。そのため私たちが訪れた時期は、まだ人工繁殖は行っておらず、オスは食用として一尾1,000円で直売されるほか、メスの腹から取り出されたイクラ〈clicca qui〉は 1kg 2,000円で直売されます。

osusake_minowa.jpg【photo】オスは早生のうちはそのまま食用として、晩生になると生のほか、しょんびき(塩引き)や冬葉(トバ)などの加工に回される

 晩生のオスは型が大きくなり、なかには10kgを超える大物も揚がります。晩生鮭は脂が乗っており、風干して作る「しょんびき(=塩引鮭)」や身を長い短冊状にした「冬葉(トバ)」に適しています。風乾によって旨味成分であるアミノ酸が増えるため、加工作業は、寒さが厳しくなる11月下旬~12月に始まります。腹を開いて皮のぬめりを水洗いして除いた鮭に塩をすり込み、孵化場前に吊り下げ最低10日ほど風干しします。文字通り"風味"が乗った牛渡川の鮭の美味さは、塩漬け直後に冷凍される一般的な塩引きとは一線を画すものです。

 放流後4~5年を経て、牛渡川に戻ってくるよう数百万尾の稚魚が春先まで育つ孵化場のコンクリート製の遊魚槽は、空のままで稼動の時を待っていました。組合では2年前から地元の吹浦小学校に受精卵を提供し、生徒たちが孵化させ、放流に適した体長5cmほどになるまで育てた稚魚を牛渡川に放流する取り組みに協力しています。孵化場の裏手には、鮭の慰霊碑〈clicca qui〉があり、漁が一段落する毎年2月に組合員の手で供養祭が執り行われます。長い鮭との共存の歴史をもつこの地では、かけがえのない漁業資源や鮭が育つ水の大切さをこうして次の世代に伝えているのです。

ushiwatari_2009.10.25.jpg 孵化場の先に広がる杉林の中を流れる静謐な牛渡川を皆さんにお目にかけた後、手付かずの森に歩みを進めると、木々に囲まれた池が姿を現しました。エメラルドグリーンやコバルトブルーに色あいが変化するこの「丸池」は、牛渡川と同じ鳥海山の湧水を湛えています。地元では「丸池様」と呼ばれ、信仰の対象とされています。こうしてツアー二日目は、まず皆さんに水と命が循環してゆく現場をご覧頂きました。次なる見学地に向かう途中では、人の死と魂の再生を描いた映画「おくりびと」のロケ地となった月光川沿いの堤防に映画を再現して椅子が置かれた河原を車窓から眺められるよう、コースを設定しました。私が選んだルートには、こんな小細工が仕込んであったのです。

maruike_2009.10.25.jpg【photo】静寂が支配する杉林の中を流れる牛渡川(上写真)
地元で篤い信仰を集める丸池様は、直径20mほどの湧水からできた池(下写真)

 今回のツアーでは、事前のルート選びに苦慮する局面もありました。大型観光バスにとっては厳しい道幅のない直角カーブや狭隘なルートを進まざるを得ない箇所もあったからです。小回りのきく普通乗用車で移動するいつもとは勝手が違います。孵化場周辺は細い道が多く、遊佐町役場に電話で念のため不安な箇所の現況を出発の前日に確認しました。そこで想定ルートの途中に工事箇所があることが判り、現場担当者に特別の通行許可を頂く一幕もありました。今回お世話になった宮城県石巻市に本社があるバス会社のドライバーは、兼業農家の方だったため、道なき道と同然の難所を乗り越えて未知の訪問先を巡る今回の旅を職務としても楽しんでおいでのようでした。


 在来野菜「平田赤葱」と「カラドリ芋」の卓越した作り手や、近代日本の稲作史に偉大な足跡を残したコメ「亀ノ尾」ゆかりの地を訪れた行程の全容をお伝えするレポート最終章、食の都・庄内 豊かな実りと癒しのバスツアー 第5幕 へ続く

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箕輪鮭漁業生産組合
住所:山形県飽海郡遊佐町直世字箕輪
phone:0234-77-2275 fax:0234-77-2309
URL:http://web1.nazca.co.jp/fukaba/
E-MAIL:minowa_fukaba@excite.co.jp
営:8:00~14:00頃(水揚げ量によって不定。10月~3月末)
  それ以外の農繁期は休業。FAXにて申し込めば、送料別途で地方発送可。
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