あるもの探しの旅

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宝谷カブ in 寒鱈まつり

鱈汁に垣間見た「蛸煮」の面影

「寒鱈汁、寒鱈汁、寒鱈汁。」(拙稿〈2010.1〉参照)より続き

 先月、3年ぶりに訪れた鶴岡の日本海寒鱈まつり会場で目にした「宝谷カブ」のノボリ。鶴岡市宝谷(ほうや)地区では、江戸・天保期にはすでに存在していたとされる在来作物、宝谷カブが作られています。青首ダイコンをぐっと小ぶりにし、中ほどで心持ち折れ曲がった細長い形状の白カブを、ひと頃はたった一人で種を守って自家用に生産を続けていた畑山 丑之助さんの存在を初めて私が知ったのは2003年(平成15)の冬、そして実際に口にしたのは翌年のことです。

hoya_kabu@zaisakuken09.jpg【photo】山形在来作物研究会の主催で鶴岡市の山形大学農学部を会場に2009年11月29日(日)に行われた公開フォーラム「日本の伝統野菜・在来作物のこれからを考える」。その会場に展示されていた宝谷カブ。一般に流通する規格のタガをはめられたお行儀のよい形状の青首ダイコンとは違い、思い思いの形に育つ宝谷カブの形状は実に個性的

 平成の大合併によって鶴岡市が東北一の面積となる以前、そこが櫛引町宝谷と呼ばれていた6年前の夏、初めて訪れた宝谷の印象は鮮烈でした。赤川に架かる王祇橋を渡り、黒川能が奉納される春日神社を過ぎると、やがて家並みが途絶え、田んぼと庄内柿の畑へと風景が変わります。庄内東部広域農道(通称:庄内こばえちゃライン)を突っ切ると、道は嫁入坂などの名前が付いたいくつもの曲がりくねった上り坂に。それは車のなかった時代、上るのにさぞ難儀したろうと思わせる胸突き八丁の急坂です。月山山系の山並みへと続くその坂道を3km近く進むと、突如視界が開けて山中に平坦な人里が現れます。そこが50世帯ほどが暮らすという宝谷でした。
 
 海抜250mの高台にある宝谷地区で栽培されるソバを使った蕎麦打ちや稲作などのグリーンツーリズム体験施設「ふるさとむら宝谷」が櫛引町によって整備されたのが1999年(平成11)。当時から地区住民の手で運営されてきた施設の先には、なだらかな棚田が続き、あぜ道を先に進むと手前には鶴岡、彼方には酒田の街並みが手に取るよう。

 高みからの視線の先には、緑なす庄内平野と遥か水平線まで海原が続く日本海、左手には母狩山と金峰山が迫り、頂を雲で覆われた鳥海山が描き出す大パノラマが広がります。遮るもののない展望が得られる宝谷には、かつて領地警護のための監視台が置かれていたそうです。

【photo】鶴岡・日本海寒鱈まつり会場においでだった畑山 丑之助さん

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 ふるさと村宝谷は、その頃頻繁に足を運んでいた同町下山添のアル・ケッチァーノ(以下、アルケと略)とは直線距離にして10kmと離れていません。素泊まりも可能なため、夕食をアルケで済ませるのには好都合でした。質量ともに満足のゆく奥田シェフ渾身の料理の余韻に浸りながら漆黒の闇を照らす車のライトだけを頼りに宝谷まで戻りました。

 昼に訪れた田んぼの先端まで移動すると、満天の星空に溶け込むかのように渾然一体となってきらめく人家の明かりが一望のもと。無数の星たちが地上に舞い降りたかのような下界の夜景は、息をのむほどの美しいものでした。

 その日宝谷を訪れたのは、私の定宿のひとつだった一日一組限定で宿泊客を受け入れる同町西荒屋の農家民宿「知憩軒」に先約があって泊まることができなかったのが直接の理由ですが、宝谷カブの里を見ておきたかったこともありました。地元で栽培されるソバで打つ「宝谷そば」を土日に味わえるふるさとむら宝谷の宿泊申し込み窓口となる櫛引町役場農政課の方に、ただ一人の生産者であった畑山さんの連絡先を伺い、事前に電話で畑山さんから話を伺うことができました。

houya_soba.2010.1.17.jpg【photo】鶴岡・日本海寒鱈まつり会場の宝谷地区の方々が運営する出店で寒鱈汁とともに販売されていた宝谷そば。薫り高い蕎麦を味わうには最も適したざる蕎麦で頂きたいところだったが、底冷えする屋外にずっといたため、かけそばで暖を取ることにした

 傾斜地ゆえに田畑の急なのり面を活用した焼畑農法で栽培されてきた宝谷カブは、積雪が比較的少ない庄内地方でも降雪量の多い山間部にある宝谷地区では冬場の貴重な保存食として大切にされてきました。甘味が増すよう雪室で生のまま保管したほか、漬物や葉を付けたまま味噌で煮込む「蛸煮」と呼ばれる郷土料理や、どんがら汁(寒鱈汁)の具材として広く用いられてきたといいます。

 しかしながら急斜面での作業は重労働。加えて出荷の際にヒゲ根を取り除く手間がかかる上、収量もさほど上がらないことから、地区の生産者仲間が次々と栽培をやめてゆく中、たった一人で作り続けていること。ちょうど播種をしたばかりというその年のカブは、美味しいからとそれまで続けてきた焼畑をやめ、交雑を避けるためにビニールハウス内で採種用だけに栽培する予定しかないことなどを伺いました。こうして日本の至るところで数多くの在来作物が消えていったのでしょう。70歳を過ぎ、一人で種取りを続けていた畑山さんの声は、心なしか寂しげで弱々しく聞こえました。

ushinosuke061212.jpg 【photo】2006年12月、雪化粧した鳥海山を望む宝谷の棚田で収穫作業にあたる畑山 丑之助さん <写真提供:東海林 晴哉氏>

 そんな畑山さんに転機が訪れたのが2006年(平成18)。絶滅の危機にある宝谷カブを作り続ける畑山さんを支援するため、地元行政の主導で民間有志が一口7,000 円で「蕪主」となる宝谷カブ蕪主制度を立ち上げたのです。蕪主は収穫された宝谷カブを配当として入手できるほか、真夏に行われる急斜面への火入れと播種、山里に雪が降り始める頃に行われる収穫作業に参加した後、宝谷カブを使った奥田 政行シェフと知憩軒の長南 光さんの手になる和洋の創作料理を味わう「蕪主総会」に参加する権利を得るというもの。4回目の開催となった昨年12月の蕪主総会では30人の蕪主にひとり4kgの配当がありました。

kabunushi071202.jpg 【photo】2007年12月2日(日)、そぼ降る氷雨の中、蕪主たちが宝谷カブの収穫を行った <写真提供:東海林 晴哉氏>

 食の文化遺産としての宝谷カブの価値(⇒「カブ価」と言うべきか?)をいち早く見出した山形大学農学部の江頭 宏昌准教授、奥田シェフ、長南 光さんらと、蕪主になった県内外の新たな食べ手の登場によって背中を押された格好の畑山さんは、郷里のカブに誰よりも誇りと愛着を持っていたはずです。この年、宝谷カブ本来の味を知ってほしいと考えた畑山さんは、蕪主と共に田んぼの急なのり面を焼畑にする本来の栽培法を2年ぶりに復活させます。連作障害を避けるため、鶴岡市藤沢の後藤 勝利さん・清子さんご夫妻が受け継ぐ「藤沢カブ」同様、毎年栽培場所を変えなくてはなりません。

 地域の歴史文化の生き証人としての在来作物への再評価の機運が高まる中、蕪主制度が始まった翌年、かつて宝谷カブを作っていた5人の生産者が栽培を再開します。寒鱈まつり会場でお会いした畑山さんによれば、今シーズンは畑山さんを含めて7名の方たちが宝谷カブを栽培したのだそう。かつて宝谷カブはどんがら汁に用いる具材として鶴岡でも人気があったといいます。

kandara_hoya.jpg【photo】往時を偲ばせる素朴さが魅力の宝谷カブ入り寒鱈汁。ひとり種を守り抜いた畑山 丑之助さんに感謝、感謝

 過去の蕪主総会の折に登場した宝谷カブを使った料理など約30点を紹介するレシピ集の発刊が来月末に予定されています。宝谷カブ主会事務局の蛸井 弘さんによれば、レシピ集2,000部はアルケや知憩軒で無料配布されるほか、生産者支援のために宝谷カブとセットで販売するなどの活用法が検討されています。4年前に始動した周囲の支えもあって復活しつつある宝谷カブを守ってきた畑山さんは今年で79歳。次の世代にカブが受け継がれてゆく確かな手応えを感じておいででしょう。

 「ガラをたくさん入れて下さいね~♪ 」とお願いした寒鱈汁には、宝谷カブもたっぷりと入っています。しっかりとしたカブの外皮を噛み切ると、優しい辛味と甘さが味噌と入り混じります。酒粕の入らない味噌仕立ての宝谷カブ汁を味わいながら、これに葉が付いていれば蛸煮になるのだろうか?と思いを巡らせました。ホロホロとした独特の食感を持つ宝谷カブを守り抜いて下さった畑山さんに感謝しつつ、宝谷そばを挟んで4杯目となる畑山さんの宝谷カブへの熱い思いも目いっぱい詰まった寒鱈汁を完食したのでした。

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コメント

宝谷地区がどんな土地なのかが、目の前に浮かびあがるような描写。そして生産者さんの生の声。とっても素敵な記事です。ありがとうございました。

▼ 冨樫繁朋さま

コメントをお寄せ頂きありがとうございます。
今年の宝谷カブ主の皆さんによる収穫は、雪掘りをしながらの収穫だったようで、これも月山に近く標高が高い宝谷ならでは。来年は櫛引の知人から話に聞いた月山と鳥海山が同時に眺望できる宝谷の隠れスポットを探してみたいと思っています。

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