あるもの探しの旅

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(みやび)に香る「いぶりがっこ」

薪の香は 移りにけりな だいこんに...
    これぞ秋田が生んだ珠玉の発酵食品

iburigakko_barolo.jpg【photo】協働学舎のカマンベール「笹ゆき」と絶妙の組み合わせとなるいぶりがっこ。イタリアワインの王Baroloバローロ屈指の名醸「E・Pira e Figli エンリコ・ピラー・エ・フィリ」きっての高貴な単一畑Cannubi カンヌビ'96 と十分に渡りあう。収穫後14年を経てやっと飲み頃の入口に差し掛かった著名な女性醸造家キアラ・ボスキスが手掛ける素晴らしい一本と掛け算の好相性を発揮。Buonissimo!

 まずは前々回「桜と名残り雪」でご紹介した共働学舎新得農場の世界が認めるカマンベールとベストマッチなワインの良き伴侶のタネ明かしから。チラ見せした写真でお察しの通り、それは秋田県南部で愛されてきた漬物「いぶりがっこ」です。

iburigakko_image.jpg【photo】雪国・秋田の風土が生んだ保存食いぶりがっこは漬け込む前工程として燻煙処理を施す。香ばしい広葉樹の香りが深い味わいを生む(右写真)

 大根を糠漬けする一般的な沢庵漬けのようにまず寒風のもとで日干しされるのではなく、収穫後に水洗いした秋大根を囲炉裏の上に吊り下げて燻醸・乾燥させてから糠漬けするのが伝統的な製法です。これは晩秋から冬場は雪模様が続き、冬の日照時間が全都道府県の中で最も少なく、北西の季節風が山々によって遮られる秋田内陸地方特有の気象条件ゆえのこと。小正月に横手で行われる行事「かまくら」をみても判るとおり、そこは我が国屈指の豪雪地帯なのです。ゆえにいぶりがっこは雪国で暮らす人の知恵が生んだ産物といえます。

sannai_PA.JPG【photo】横手市山内筏地区にある秋田自動車道山内PA‎より大日向山(写真左手奥)方向を望む。いぶりがっこはこの山里の風土から生まれた(上写真) 無添加・無着色の手作業で作られる秋田県湯沢市 伊藤漬物本舗のいぶりがっこ。決して見栄えは良くないが・・・(下写真)

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 黒ずんでしなびたその外観は、お世辞にも食欲をそそるものではありません。それでもひとたびスライスしたそれを口に含めば、パリっとした歯ごたえと、燻煙する薪に使われるナラやサクラ・リンゴといった広葉樹の心地よい香りが後を引きます。「がっこ」は秋田の方言で漬物のこと。一風変わった名前は「(みやび)るもの」が語源といわれるのも合点がゆきます。スモーキーな香りと入り混じるのは、米糠に含まれる微生物の働きによって醸成される深い旨味。そのまま頂いても充分に美味しいのですが、熟成が進んだカマンベールとミディアム~フルボディで味の構成要素が複雑な赤ワインとの饗宴はまた格別。・・・こりゃ、たまらんわ。

 いぶりがっこ作りが盛んな秋田県南、奥羽山脈沿いの仙北・平鹿・雄勝地域にあって、とりわけ多くの農家が自家製いぶりがっこを作っているのが、横手市街から南西方向に直線距離で15kmほど離れた山内(さんない)地区です。秋田自動車道横手ICから山あいに入り込み、優に30分を要するそこは、隣接する東成瀬村にほど近い山里。自家消費する分だけを作る例を含めて100軒以上の農家がいぶりがっこ作りを行う地区の腕自慢が持ち寄るがっこの味・色・香り・歯ざわりなどのiburinpic_2010.jpg出来栄えを競う「いぶりんピック」が2007年(平成19)から横手市と山内いぶりがっこ生産者の会により行われています。その狙いは農家の高齢化により減り続けている伝統技術の伝承・保護と、メディアを通した知名度の向上にあります。

【photo】「さて今年の出来栄えは?」 真剣な表情で味・色合い・歯応えなどをチェックする五十嵐 忠悦横手市長ら8人の審査員。今年1月に開催された第4回いぶりんピックのクラシカル部門には「山内いぶりがっこ生産者の会」会員農家から27人が丹精込めた自家製いぶりがっこを出品した 〈写真提供:横手市産業経済部〉

 化学調味料など一切の人工的な添加物を用いない本来の味を追求する「自家製法部門」、市販の調味料を使用した「漬物の素部門」、特に規定を設けない「フリースタイル部門」という3カテゴリーが設けられ、27名の生産者が43点を出品して完成度を競ったのが初年度。3回目の昨年からは、それまでの自家製法部門にあたる横手市民を対象とする「いぶりがっこクラシカルスタイル部門」と、県外からも参加可能で大根以外の食品でエントリーする「いぶりフリースタイル部門」の2ジャンルとなりました。

medalist_iburinpic.jpg【photo】いぶりがっこの象形文字が秀逸な横断幕が掲げられた審査会場に勢揃いした第4回いぶりんピックのメダリストたち。クラシカル部門で金、フリー部門で銀のダブル受賞を果たし、金樽を手にする高橋トシさん(写真中央)。フリー部門で金賞に輝いた宮城県名取市在住の鈴木敬一さん(右から2番目)〈写真提供:横手市産業経済部〉

 クラシカルスタイル部門でいぶりがっこ本来の味を競う山内地区の方たちは、初代自家製法部門優勝者のレシピを基にした統一ブランド「金樽」(1本700円・約400g)を数量限定で一昨年より販売しています。いぶりんピック優勝者には、伝統的ないぶりがっこ作りに欠かせない秋田杉を用いた樽にちなんで金メダルならぬ「金樽」が贈られます。コンテスト優勝者のレシピを再現した最強のいぶりがっことも呼ぶべき金樽ブランドで全国におらが郷土食の素晴らしさを発信をしようという試みです。

iburi_gakkou.jpg 【photo】生産農家による大根の栽培から実際の漬け込みまでの実技指導と講習などが行われる「山内いぶり学校」。6 回のカリキュラムを終え、2009年3月に実施された卒業試験を無事クリア、卒業式後に晴れがましい表情を見せる20名の第一期生〈写真提供:横手市産業経済部〉

 山内地区の農家が廃校となった地元の小学校で横手市民を対象にいぶりがっこ作りを伝授する「山内いぶり学校」が2008年(平成20)から開設されています。同年11月に行われた開校式の模様は、第一期生となった横手市在住のフードコーディネーター、「オフィスNORIMAKI」代表のたなかのりこさんが、食WEB研究所「ご当地グルメ発見伝」にレポを投稿されています。ともすると埋もれがちな地域資産を掘り起こし、そこに広がりと持続性を求めるには、まずは足元から。これは鉄則ですね。

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 小泉 武夫 東京農大名誉教授は、今年1月の第59回河北文化賞贈呈式で記念講演を行いました。「発酵王国・東北の食文化」と題する講演の中で、肉・魚・チーズなどを燻製にしたスモーキーな味を一般に好む欧米人に、いぶりがっこは充分通用しうる世界に誇るべき発酵食品であると発酵学の権威は太鼓判を押しました。金樽ブランドのいぶりがっこはアジア諸国へも輸出するそうです。寿司・天ぷらに続いて五大陸に雄飛せよ! われらが世界ブランド iburigakko!!

【photo】横手市中心部から奥羽山脈の懐深くに分け入る山内三又地区。山里の風土が生んだいぶりがっこを作り続けて40年以上という高橋麗子さん

 名人の呼び声が高い山内三又(みつまた)地区の高橋 麗子さん(76歳)は、ご子息の登さん(60歳)の奥様で第1回いぶりんピックで最優秀となる自家製法部門金賞の栄誉に輝いた篤子さん(58歳)とともに、栽培する1万2千本から3千本の青首大根と近年復活を遂げた在来種の「山内ニンジン」(⇒詳しくはコチラを毎年漬け込んでいます。

 囲炉裏のある家庭が少なくなった現在では、燻煙専用の「いぶり小屋」で大根を燻醸するようになりました。いぶり小屋には煙が上から抜けやすい茅葺屋根が適しています。火を扱う作業であることに加え、煙を絶やしてはいけないため、昼夜を問わず細心の注意が求められます。加えて煙が均等に回るよう、吊り下げた大根の吊り下げる場所を定期的に移動しなくてはなりません。青首大根は組成の90%以上が水分のために重く、縄1本につき12本前後の大根が下がる重さは10kg以上。数多くのカバーが生まれたプラターズの名曲 Smoke gets in your eyes ではありませんが、煙が目にしみるいぶり小屋での作業は生易しいものではありません。

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 【photo】収穫した大根の葉を落とし、水洗いしてから燻煙するのがいぶりがっこ作りの手順。高橋麗子さんは熟練の手さばきで次々と大根を結えてゆく(左写真) いぶり小屋で作業にあたる高橋 登さん・篤子さんご夫妻。火加減には細心の注意が必要(右写真)

 例年11月上旬から12月中旬にかけて漬け込み作業を行う高橋さん宅では、燻醸にはナラとサクラの薪を使い、地元の方たちの言い回しで"4泊5日"をかけています。日って昼夜を問わない作業を表す面白い表現ですよね。家ごとの味があるいぶりがっこだけに、家庭によって薪の種類や燻す長さは丸4日から6日と幅があり、漬け込みに使用する味付けの材料もまたさまざま。高橋家では、11月上旬から12月中旬にかけて行う漬け込みには、糠のほかに玄米・ざらめ砂糖・海塩・麹などの自然素材だけを使います。

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【photo】4泊5日の燻煙工程を終えた大根を紐からはずす高橋麗子さん。煤(すす)を洗い流してから、樽で漬け込まれる(左写真)。  がっこの漬かり具合をみる初代いぶりんピック金賞の栄誉に輝いた嫁の篤子さん(右写真)

 半世紀近くいぶりがっこを作り続けてきた麗子さん直伝の製法を受け継ぐ篤子さんは、仕上がりの発色を良くするためにウコンや紅花を用いるなど、ちょっとした工夫を加えています。細身のニンジンは仕上がりが早いものの、大根は秋田杉の樽でおよそ50日間漬け込みます。寒さが厳しく仕上がりが幾分遅れたという今年は、3月24日に最後の作業を終えたそうです。とりわけ雪が多い地域ゆえ、仕上がったいぶりがっこは雪室で保存します。近頃は体調が優れずに伏せる日が多くなったという麗子さんですが、またお元気になって伝統の味を末永く伝えてほしいものです。

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 残念なことに一般に流通するいぶりがっこの中には、市販される多くの漬物がそうであるようにソルビン酸K(保存料)、サッカリン(甘味料)、タートラジン(一般に黄色4号と呼ばれる着色料)といった人工的な添加物や「アミノ酸等」と表記されるうま味調味料(=化学調味料)を用いた製品が見受けられます。 秋田県内に店を構える大手スーパーや道の駅などで扱ういぶりがっこにしても大方はそう。(シーズンには30軒ほどの農家の手作り品がズラリと並ぶR107沿いにある「道の駅さんない・ウッディらんど」の売店はこの限りにあらず)

【photo】伊藤漬物本舗のいぶりがっこは、合成着色料・保存料・人工甘味料などの添加物を使用しないため、いぶりがっこ本来の味を知りたい方にお勧めしたい逸品だ

 特に味覚の形成途中にある子どもにはホンモノの味を覚えてほしいと思う者のひとりゆえ、繊細な味覚をもつ日本人が大切にしてきた自然な旨味を活かした伝統食が、こうした状況に陥っている事実は全くもって残念なことです。ともすると見栄えを重視しがちな消費者心理も問題ですが、どちらにせよ無添加の漬物を届けてくれる良心的な生産者の存在は有難いもの。

iburigakko_ito2.jpg 【photo】これが自然ないぶりがっこの色。しみじみと味わいたい

 平安前期の女流歌人で、秋田美人の元祖ともいうべき小野小町の出生地とされるのが秋田県湯沢市です。小町の故郷で1965年(昭和40)に創業した伊藤漬物本舗は、そんな品質にこだわったいぶりがっこを届けてくれる生産者です。同社では、年産約2万本のいぶりがっこや秋田県南特産の「ナスの花ずし」などの製品を13年前から無添加に切り替えています。仙台市青葉区サンモール一番町で先月開催された物産市マルシェ・ジャポン【注】会場に、同社の伊藤 明美 代表の姿がありました。

 素材の味を活かすよう低塩化したという同社のいぶりがっこは、けれんみの無いしみじみとした味が魅力です。燻煙材に使用する薪はサクラとナラが8対2の割合。akemi_ito.jpgナラ材よりもスモーキーな香りがしっかりと付くサクラをメインに、4泊5日で燻煙をかけた後、全て手作業で漬け込みを行います。「正直な漬物」をモットーに作る伝統を重んじたいぶりがっこを気軽に楽しんで欲しいと考えた伊藤さんは、食べやすいように小分けにした真空パックのワンコイン製品や、スルメと昆布の旨味を効かせたいぶりがっこの松前漬、素材を燻すという秋田の食文化に着想を得たこの春発表の自信作「燻り塩」と「燻り醤油」などの新商品開発にも意欲的に取り組んでいます。基礎調味料を燻すことによって料理の味の幅が広がるので、ぜひ組み合わせの妙を楽しんで欲しいとのこと。

 【photo】いぶりがっこを筆頭に食品を燻す秋田の食文化の啓蒙に意欲的な伊藤明美社長。年間100日は全国の物産展などに出向いて直接消費者と接するという二代目は「仙台でも声をかけてくれるお馴染みさんが増えました」と笑顔で語る

 古今和歌集に収められた「花の色は 移りにけりな いたづらに 我が身世にふる ながめせし間に」は、晩年の小野小町が詠んだものとされます。自分が無為に時を過ごしている間に、桜の色もいつしか移り変わってすっかり色あせてしまった、という意味。絶世の美貌を称えられた小町も寄る年波には勝てず、見頃をとうに過ぎ、散りゆく桜に自身を重ね合わせて儚(はかな)さを憂いています。黒ずんで皺だらけのいぶりがっこは、年老いた卒塔婆小町の肌を連想させなくもありませんね。いぶりがっこの里で生まれた六歌仙への返歌で今回は締めくくるとしましょう。

 薪の香は 移りなけりな だいこんに 雅香ひと口 噛み締めし間に
   ・・・オソマツ ( ̄ー ̄;)

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伊藤漬物本舗
秋田県湯沢市角間字白山下26
phone:0183-73-7716
F a x :0183-72-6823
URL: http://www.aiakita.jp/itou.html
E-mail :info@ito-tsukemono.co.jp

※仙台では藤崎、ザ・モール仙台長町、SELVAなどに出店している漬物専門店「丸越」で伊藤漬物本舗のいぶりがっこを扱う

【注】 生産者と消費者を結び、食料自給率向上・地産地消を推進するといいながら、産地を想起するにはおよそミスマッチな仏語のネーミングと、短絡的な仏国=アコーディオンという前世イタリア人が鼻白む(笑)BGMが流れる会場。高齢化が進む生産現場の実態と地域性を無視した画一的な霞ヶ関の発想が破綻を来たした証に、仙台では回を追うごとに出店者が著しく減少している。火を見るよりも明らかな予想通りの展開だが、事業仕分けで廃止が決まり、今や「マルシェ・ドボン」と呼びたいこの事業に6億円もの多額の税金が投入された事実を鑑みると思いは複雑。う~む...

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コメント

お久ぶりです。
天然いぶりがっこ!
是非、いただきたいです。
本物の味、それを知らずして語るなかれ、でしょうか・・・

Myuさま

 最初はたくわん漬けを燻製にしたものと思っていたのですが、さにあらず。まさしく秋田の風土から生まれるものと知り、味わい深さもまたひとしおです。

 ムズカシイしい理屈は抜きにしても、山内の高橋さんや湯沢の伊藤さんのいぶりがっこはホントに美味です。ご飯のおかずに、チーズと共にワインの肴にピッタリ。ワイン好きとしては、発酵食品バンザ~イ!! と叫びたくなっちゃいます。

やはり「いぶりがっこ」でしたね!

それにしても「いぶりんピック」って、すごい!!地域性ですね~。
秋田は他にも「ナタ漬け」とかもあって、漬物文化が面白いですよね。

山内…いぶりがっこもそうですねが、日本酒飲みたくなっちゃいます(苦笑)

おっかぁ早坂様

 核心を突くスルドイ突込みに一時はどうなるかと思いましたが、結果はご賢察の通りでした。

 「いぶりんピック」に「いぶり学校」…。大真面目に地元の方たちが楽しみながら取り組んでいるのがスゴイですね。吹っ切れた秋田のパワー、恐るべし、デス。

 まんさくの花や刈穂など秋田の美酒をぬる燗にして頂くいぶりがっこ。ヨダレが出てきました

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