あるもの探しの旅

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消えゆく山里の暮らし

幻の山里・長滝

nagataki_01.jpg 鶴岡の南西、田川地区にかつて長滝という小さな集落が存在しました。あえて過去形で語るのは集落に至る狭隘な山道が除雪されないため、冬は雪に閉ざされ往き来が困難となり、現在そこに暮らす人がないからです。住民はいないものの、荒れ果てた廃村というわけではなく、昭和50年代に集団で鶴岡の市街地に移住した人々が、かつて過ごした山での暮らしを懐かしむように、春から秋にかけて行う野良仕事のために通ってきます。

【photo】長滝へと向かう道すがら、地名の由来となった岩肌を流れ落ちる細長い滝が流れ込む谷あいの渓流沿いに建つお社

 摩耶山系の金峰山(きんぼうさん)・母狩山(ほかりさん)一帯は、かつてブナの原生林でしたが、木炭用に伐採が進み、植林された杉の二次林が今では多く見られるようになりました。それでも長滝に向かう道沿いのシダ類が生い茂った林は、原始の風景を連想させます。道沿いを流れる少連寺川の上流域の渓流が数段の長い滝のように流れる場所には小さなお社が祀られており、岩肌を流れ落ちる清冽な水とともに長滝という地名の由来と考えられます。清らかな気がみなぎるそのパワースポットを過ぎると、間もなく人の手が入った田畑の先にひっそりと佇む砂谷(いさごだに)長滝へと至ります。

nagataki_07.jpg 【photo】集落の入口に引かれた水をポリタンクに汲む子ども連れの家族

 住民の高齢化によって、地域としての機能保持ができなくなる限界集落は、日本各地に存在します。これは命の糧を生み出す農漁村をなおざりにしてきた我が国の当然の帰結です。国交省によれば住民の過半数を65歳以上の高齢者が占める限界集落は全国に7,878件あり、東北にはその一割が存在するといいます。

 暮らす人のない長滝は、もはや限界集落ではなく、廃村と呼ぶべきでしょうが、私がそこを久しぶりに訪れた今年の5月中旬、家の改築を行っている人と出会いました。長滝には鎮守の大鳥神社のほか、かつて人の暮らしがあった痕跡を残す家の苔むした土台だけが残る区画と、わずかに数軒の人家が残っています。庄内ナンバーの車で畑仕事の手伝いに来ていた小さな子ども連れの夫婦が、路肩に引かれた水を汲んでいる姿もありました。

nagataki_02.jpg 【photo】ご婦人に教えてもらった更地となった廃屋跡のスイセンが咲く水場に引かれた水は、口当たりの良い中硬水だったものの、飲むとすぐに喉が渇くので、沢水のようだった

 その水を味見しようと道端に停めていた仙台ナンバーの私の車を見て、「あら、仙台から来たの」と一人の女性が声をかけてきました。閉鎖的な山里では、ジロジロと排他的な視線を向けられることが時としてありますが、山形在任当時にも幾度となく体験したこうした敷居の低さは、北前船や出羽三山信仰で人の往来があった庄内地方ならではのことです。ひょっとすると庄内にシンパシーを持つ私が、庄内人と共通のオーラを発しているのかもしれません。60歳代とお見受けするその女性は、廃屋跡に引かれた水を指差して「こっちの水のほうが美味しいし、汲みやすいよ」と見ず知らずの私に教えてくれました。

nagataki_04.jpg【photo】1979年(昭和54)まで冬季間は分校としても使われた旧田川公民館長滝分館

 周囲の山からはキツツキが木を突く乾いた連続音や野鳥の歌声が聞こえてきます。かつて市立田川小学校冬季分校としても使われていた旧田川公民館長滝分館の前に咲く山桜に見とれていると、手前に建つ木造の建物の中から作業着姿のご夫妻が出てきました。今は空き地となった公民館の手前に建っていた家で暮らしていたというご夫妻。「サクラがきれいでしょ」と話しかけてきたお二人と軽く挨拶をして太いゼンマイを塩もみして日干しする作業のかたわら話を伺いました。

nagataki_06.jpg【photo】虫除けの網で覆われたその表情は読み取れないものの、おそらく飛びきりの笑顔でシイタケを差し出す奥様。初対面の私にかけて頂いたご厚意にもかかわらず、ご夫妻のお名前も聞かぬままお別れしてしまった

 かつて過ごした長滝の野良仕事が好きで、今も週末になると弁当を持参して日がな一日を過ごすこと。集落のはずれにとても美味しい湧水があること。かつての住民同士、今も助け合いながら田畑の仕事をしていること。私もよく利用する仙台北環状線の建設工事にご主人がかつて出稼ぎに行ったこと...。そこには「普請」という日本のムラ社会が持っていた相互扶助の精神がきちんと息付いているようでした。

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 庄内とは妙に水が合って頻繁に来ているんですよと語る私に「これ、持って行って」と採れたてのシイタケを二つ差し出す奥様に御礼を言ってお別れしました。今から30年以上前に途絶えた長滝での暮らしを懐かしんで足を運ぶこうした人たちのように、10年後、20年後にこの山里を耕す人がいるのだろうか?という疑念を打ち消しきれぬまま、長滝を後にしました。

【photo】耕作放棄地を少なからず目にした長滝への道すがら、山あいの田んぼでひとり黙々と仕事をする年老いた農夫の姿があった

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コメント

初めまして。フラリと辿り着きました。

村以外の人は道路沿いの水を汲んでいくようですが、水場として整備してある方がやはり美味しいですよ。
以前に水質検査で大腸菌ゼロとの検査結果が出たらしいですし。
私有地内にあるので入りづらいらそうですが。

田畑は若い人達も仕事が無い日などには手伝いをしたりしています。
村出身の人達は長滝という土地に深い愛着を持っているので、山から降りても足しげく通い続けています。
この思いを持ち続ける限り、そうそう簡単には廃れさせませんよ!


追記:長滝・砂谷に加え、麓の田川地区等は歴史的にも深い繋がりがあるので調べてみるのも面白いですよ。

縁の者 様

 コメントを頂きありがとうございます。

 教えて頂いた集落に入ってすぐ右手の水場で豊富に流れる水を汲ませて頂きましたが、そちらは文中でご紹介した通りでした。ちょうど右足首の靭帯を痛めていた時だったので、話を伺ったご主人に教えて頂いた集落を抜けた左手の斜面にある湧水は飲めずじまいでした。次回はそちらにチャレンジします。

 仰るとおり、今も長滝の田畑は人手がきちんと入っていますね。私がこれまでお会いした田川の皆さんは、皆さん前向きに生きておいででした。「そうそう簡単には廃れさせませんよ!」という力強い宣言に安堵しました。ここで触れた清浄な気に満ちたパワースポットと、皆さんが愛してやまない山里で癒されるため、再び長滝を、そして田川地区の新たな “あるもん探し” のためにまた訪れたいと思います。

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