あるもの探しの旅

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2011/01/22

風光明媚、風味絶佳

日本海 干物名人街道 @新潟・笹川流れ~寝屋漁港

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【photo】 澄みきった青い海と奇岩が変化に富んだ景観を生み出す「笹川流れ」

 鶴岡市湯野浜から由良を経由し、三瀬・五十川・小岩川とR7を南下してゆくと、緑がかった海が次第に青くなり、透明度が増してゆくのが分かります。勿来・白河とともに奥州三古関で、歌舞伎「勧進帳」の舞台としての異説が伝わる鼠ヶ関の先は新潟県村上市。sugawarasengyo_neya.jpgR345 と分岐するT字路を右折後、寝屋漁港に面した左急カーブに「菅原鮮魚店」はあります。鮮魚店とはいうものの、店頭に鮮魚は並んでおらず、軒先に魚介の干物がぶら下がっているだけなのですが。

【photo】ともすると見逃してしまいそうな菅原鮮魚店の目印は、通りに面した軒先の味ダコ

 そこは2008年(平成20)4月に市町村合併がなされる前は、山北町(さんぽくまち)寝屋と呼ばれていた新潟最北端の小さな漁港です。私が心惹かれたのは、いやがおうにも目を引くタコの干物でした。店を預かる菅原千鶴子さんの手になる干物の白眉は、道路に面した軒先に下がり、看板の役割も果たしている味ダコ。赤茶けたタコの丸干しは、いかにも美味しそうなオーラを放っています。ラインダンスのように一列に並んだタコが潮風に吹かれた揺らめくさまは、あたかも手招き(⇒「足招き」と言うべきか?)をしているかのよう。

ajidako_sugawara.jpg【photo】 北越後の干物名人、菅原 千鶴子さんと日本海の潮風が珠玉の風味を生み出す菅原鮮魚店の味ダコ

 沖合いが漁場となる秋から2月上旬まではトローリングによる底引き網漁で、産卵のため沿岸に寄ってくる2月中旬以降はタコ壷や刺し網漁によって、庄内浜から山北地域では年間通してタコが水揚げされます。ミズダコよりも身が締まってより美味しいとされる新鮮なマダコを塩もみして、口や目玉、ワタを取り、汚れのつきやすい吸盤まわりを丁寧に洗浄します。3kg以上の比較的大型のタコは、食べやすいように頭と足が切り離されますが、下写真のような小ぶりなタコは丸ごと仕込まれます。甘辛い特製タレに漬け込んでから、S字フックに吊るされて風干しすること2~3日。干し過ぎると硬くなりますが、店頭に並ぶタコはジューシーさも残り、ちょうど按配の良い柔らかさ。

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 大きさにもよりますが、一匹2,000円前後とリーズナブルなお値段。先だっても菅原さんに食べ頃のタコを教えて頂き、脂が乗ったカマスの干物(⇒これまた超・美味!)と共に購入しました。車の中で、味ダコの足をちぎってほおばると、タレと凝縮したタコの旨味が絡み合い、口の中で美味さが踊り出すかのよう。生のまま刺身で食すより、湿度を含んだ潮風と天日に晒して干物にすることで、旨みが増し、読んで字の通り絶妙な"風味"が生まれます。

【photo】 購入したばかりの味ダコを車内でパクリ。干物を作り続けて35年という味わい深い名人技に心満たされ、alfa Brera 車内は色合いの似た味タコの香りに満たされる...

 名人入魂の味ダコを噛み締めながら、沖合い20kmほど離れた水平線上に粟島を望む海沿いを進むと、この海域のみならず、新潟県下で最も海の水が澄み切った名勝「笹川流れ」に至ります。淡いピンク色の花崗岩が浸食された奇岩と砂浜が、青松と入り混じりながら11kmに渡って続く海岸線は、国指定の名勝天然記念物に指定されています。儒学者・頼山陽の三男で文人の頼三樹三郎(らい みきさぶろう)は「松島は この美麗ありて 此の奇抜なし 男鹿も この奇抜ありて 此の美麗なし」と、両者の美点を兼ね備えたその景観を称えました。

028208_20090313_202925_1.jpg 【photo】沖合い20kmに浮かぶ粟島を望む笹川流れを代表する奇岩「眼鏡岩」。R345沿いに建つ東屋の脇に笹川流れの景観を愛でた頼三樹三郎の碑がある

 JR羽越本線 桑川駅に併設された「道の駅 笹川流れ」向かいにある、「大滝マサエ商店」もまた、店主自ら「日本一無愛想な店」と認める ( ̄△ ̄;)素通り厳禁のスポットです。干物と大きく手書きされたベニヤ板の看板とカラフルなのぼり旗が目印。この道30年以上の干物作り名人、大滝マサエさんは、新潟県下では知らぬ人がいない有名人。帽子からはみ出した鮮やかなパープルのアフロヘア(⇒パーマとカラーリングを強めにかけただけで、ご本人はアフロとは指定していないと思われる)がトレードマークです。

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masae_otaki.jpg【photo】 カラフルな大滝マサエ商店の店頭には、さまざまな干物がズラリ(上写真) 伝説の干物名人、大滝マサエさん(右写真)

 俗化した観光地にありがちなキッチュな蛍光色の色紙に油性マジックで手書きされた品書きと、「試食は3品まで」と記された店頭の赤い張り紙にたじろいではイケマセン。一夜干のイカ、アジ、ハタハタ、シマホッケ、そして味ダコ・・・(おっと、試食は3品までだっけ)と味見をすれば、名人と呼ばれる理由がご納得頂けるはず。早朝から取り掛かる丁寧な下処理の上、秘伝のタレで煮ては干し、煮ては干しを3~4回繰り返してから日本海の潮風に晒した大滝さんの干物は、まさに風が生み出す芸術品。

 いつも美味しい干物の食べ方を気さくに教えて下さる大滝さんですが、昨年秋に体調を崩され、入院されました。通院のため現在は休業中ですが、季節が良くなる3月には店の再開を期しておいでです。二・二六事件の半月後にお生まれになったという大滝さんは今年で75歳。ここはじっくりと養生して下さい。定期的に連絡を取り合っており、何でも言い合える仲だという大滝さんと菅原さん。互いに認め合う熟練の技で、末永く私たちを魅了し続けてほしいものです。

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 より大きな地図で 菅原鮮魚店と大滝マサエ商店 を表示

菅原鮮魚店
住:新潟県村上市寝屋 47-37
Phone:0254-77-2002

大滝マサエ商店
住:新潟県村上市桑川 975-50
Phone:0254-79-2157

大滝マサエ商店から20kmほど先にあるのが、鮭の町・村上の哲人、かの吉川 哲鮭氏の店、味匠 喜っ川Link to backnumber》である。・・・う~む 恐るべし、日本海 干物名人街道。

2011/01/09

肝入・今野家の正月飾り

石巻市北上地方の切紙(きりこ)

konnoke_jyutaku.jpg【photo】東北歴史博物館構内に移転・復元されたチューモン(上写真)の奥にホンヤ(下写真)などが配置される今野家住宅

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 今回は「南三陸の新春を飾るきりこ」で触れた「東北歴史博物館」に移築・公開されている県指定有形文化財「今野家住宅」に見る正月飾りをご紹介します。

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 今野家は、北上川河口域に広大なヨシ原が広がる旧桃生郡橋浦村の肝入(きもいり・村の責任者)を江戸時代に代々務めた家柄。建坪72坪の大きなホンヤ(母屋)は1769年(明和6)建造の寄棟造りで、かつては90cm の厚さにヨシを積み重ねた茅吹き屋根の民家です。宮城県多賀城市にある東北歴史博物館に移転・復元された今野家住宅では、1月20日(木)まで、北上町の農家が新年を祝う伝統的な正月飾りを展示しています。

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【photo】 サケ・メバル・マコガレイなどの干魚が下がる「カケザカナ」

 玄関から屋内に入ったドマ(土間)は、村内に配っていた味噌に用いる大豆を茹でる大きなカマド、炊飯用のカマドなどが配置された作業場。その壁には、サケ・カレイ・スケソウダラ・クロソイ・メバルといった12本の魚の干物に縄飾りを施した「カケザカナ」が吊るされています。これは年の瀬に浜の漁師が肝入である今野家に持って来た魚を食用にとっておいたもの。届けられる順番に吊るしてゆくので、年によってその種類は異なり、昨年は干しダコも混ざっていたそうです。

 usubuse.jpg usubuse2.jpg 【photo】筵(むしろ)の上にコメとお供え餅を置き、上下逆にした臼を被せ、若水の入った手桶を乗せた「ウスブセ」に巻いた注連縄には、煮干が一匹挟んである

 その前には、枡に入れた米の上にお供え餅を置き、注連縄(しめなわ)を回したコメ搗(つ)き臼を上下逆にして、邪気を除くとされる井戸から汲んだ若水(わかみず)を入れた手桶を上に乗せた「ウスブセ」が祀られています。

 竹を簾の子状に敷き詰めた台所の壁では、かつて釜神様が睨みをきかせていました(現在は東北歴史博物館に展示)。その場所の上には、囲炉裏の自在カギをかたどった切紙「カマドガミ」と8本の幣束「ハチホンベイ」が並んでいます。カマドガミはその名が示す通り、火難避けや魔除けの意味で竈(かまど)神を祀るものですが、ハチホンベイは今野家に切紙を納めている河北町皿貝の大日靈(おおひるめ)神社でも由来は不明だそうです。

【左photo】カマドガミ(右)とハチホンベイ(左)
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【右photo】馬が曳く馬鍬をかたどったタノカミ

 畳敷きのチカザシキとトーザシキは、もっぱら代官や役人の接遇に使う部屋で、住人の生活の場となったのは板敷きの4室。土間から上がった囲炉裏があるオカミに通じる上り框(あがりがまち)であるハットシの上には、かつて農耕馬が曳いた代掻きの農具「馬鍬(まんが)」をかたどった「タノカミ(田の神)」を輪通しの注連縄と共に飾ります。

 居間であるオカミには、四方を取り囲むように注連縄が張られています。奥のコザシキとの仕切り壁には神棚があり、当主が肝入の業務を行う部屋・ナカマとの仕切り壁の柱には「トシガミ(年神)」が7日に取り払われるまで飾られます。アカマツの三蓋飾りに先細りの注連縄「ゴボウ(牛蒡)」に「ヨダレ」と呼ばれる4枚重ねの幣束を組み合わせたトシガミには、下半分に赤い布をまとわせており、その姿は巫女の装束を連想させます。

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【photo】どこかしら巫女の装束を思わせるトシガミ(左) 沿岸地域の農家ならではの切紙(きりこ)エビス・ダイコク(右) ※各Photoクリックで拡大

 神棚の右隣りには前回「南三陸の新春を飾る きりこ」でご紹介した気仙沼の切紙とは形状が異なる「エビス・ダイコク」が飾られます。和紙で切り出す意匠は、末広の扇・枡・鮒・鯛など。追波湾に面した沿岸地域の農家ならではの、豊穣と大漁の願いが込められています。その両脇にはモミジの枝に小さなダンゴや打出の小槌・千両箱・鯛・大福帳などの飾り付けで、福が舞い込んだ様子を表す「メンダマギ」が飾られています。

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【photo】エビス・ダイコクとメンダマギを飾り付け、正月を迎えた今野家の神棚

 天照大御神(あまてらすおおみかみ)の別称である大日靈神を祀る大日靈神社では、12月15日頃から今野家のほか、およそ500軒の氏子に「オショウガツサマ」を毎年頒布するのだといいます。各家庭では、その切紙を神棚に載せ、大晦日に今野家では、1升分のコメを神社へのお返しにしていました。

 idogami.jpg secchin.jpg 【photo】イドガミ(井戸神・左写真) 向かって左側が当主専用、右側が家族用に分かれていた雪隠にも正月飾り。祀るのは、当然「♪ キレイなトイレの女神様 ?? 」(右写真)

 敷地内には、馬屋と倉庫を兼ねた寄棟造り茅葺のチューモンの他、井戸や独立した造りの風呂などが復元されています。それぞれにオショウガツサマが飾られており、日本人が年の初めに八百万(やおよろず)の神々をお迎えしていたことが判ります。今野家住宅に展示される正月飾りは、今も北上で暮らす末裔・今野 勝實 氏が持参し、飾り付けも行います。都市部では、正月の風情が失われてゆく中、南三陸・石巻地域に伝わる独特の正月飾りは、なかなか興味深いものがありました。

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東北歴史博物館
住:多賀城市高崎1-22-1
Phone:022-368-0101
開館:9:30~17:00 (冬期間は~16:00)月曜休館
常設展観覧料:一般400円 小・中・高校生無料
URL:www.thm.pref.miyagi.jp/


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2011/01/03

南三陸の新春を飾る「きりこ」

大漁を願う祈りの造形

 大雪に見舞われた北東北各地と山陰地方、暴風雪警報が発令された北日本の日本海側を中心に、新年の幕開けは大荒れとなりました。雪と強風による交通機関の乱れで、やっとの思いで帰省された方もおいででしょう。鳥取では1,000台もの車両がR9号の路上で立ち往生して一昼夜を明かし、係留中の漁船が雪の重みで転覆する被害が出ました。まずは被災された方たちにお見舞いを申し上げます。

capodanno2011.jpg【photo】先端に葉のついた竹に大漁旗や国旗を掲げた漁船。気仙沼市本吉町日門(ひかど)漁港にて ※Photoクリックで拡大

 一方で年末年始は大荒れとの予報に反して、宮城では穏やかな新年を迎えました。薄曇りの空模様のもと、家人の実家がある気仙沼を元旦に訪れました。一般家庭では伝統的な正月の風情が薄れる一方の仙台とは違って、大漁旗を掲げた漁船が、晴れがましい新たな年の訪れを告げています。こうして正月に気仙沼を訪れるたび、存在が気になっていたものがありました。

 新年を迎える気仙沼・南三陸の家庭の神棚には、独特な紙飾りが飾られます。年神様を祀る南三陸地方の家庭では、5枚ほど重ねた白い和紙を切り抜いて網にかかった真鯛や末広の扇などをかたどった「切紙(きりこ)」を神棚に祀る伝統があります。「刻みもの」「お飾り」「恵比寿ご幣(へい)」などとも呼ばれる切紙は、漁の無事と豊漁を願う意匠が伝わる宮城北部の南三陸沿岸地域のほか、農村部では野菜類や米俵を、商家では七福神などの縁起物が飾られてきたそうです。

kiriko1_2009.jpg【Photo】新たな年神様をお迎えする神棚を飾る投網にかかった真鯛と末広を切り抜いた気仙沼伝統の切紙(きりこ) ※Photoクリックで拡大表示

 全国的に見られる一般的な幣束とは異なり、複雑な絵柄を切り出す南三陸伝統の切紙は、江戸時代中期から伝わるそうです。漁師町・気仙沼一帯に多い投網にかかった魚をかたどり、注連縄(しめなわ)のように展開させるもの、南三陸町周辺に多い四角い和紙に七福神や伊勢エビ・宝船などを切り抜くものがあります。その複雑な造形を生み出すため、代々伝わる型紙をもとに、神社でお盆過ぎから製作に取り掛かる切紙は、年の瀬になると神職が氏子の家庭に届けに来るのだといいます。

 各家庭では、大晦日に神棚を清め、新たな切紙を飾り新年を迎えます。宮城に見られる見事な造形を生み出す切紙は全国でも珍しいのだとか。こうした伝承はいつまでも受け継がれてほしいもの。宮城県石巻市北上町橋浦から移築された県指定有形文化財の今野家住宅を一般公開する東北歴史博物館では、切紙ほか井戸神・釜神など、さまざまな正月飾りを1月5日(水)~20日(木)まで展示します(今野家住宅は入場無料)。信仰と結びついた伝承の成り立ちやその由来などを知る好機ではないでしょうか。

◆ 肝入・今野家の正月飾りに続く

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