あるもの探しの旅

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不死鳥のごときブドウ

桔梗さんは津波に屈しない

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 3月11日から5ヶ月を経た今月11日、福島と県境を接する宮城県亘理郡山元町では、町主催の合同慰霊祭が行われました。その模様が、昨日の河北新報朝刊で報じられています。

 16,600人の町民のうち、710名が死亡、7名が行方不明となった山元町。1,600名が参列した慰霊祭で「お別れの言葉」を述べた遺族代表2人のうちのひとりが、同町で1902年(明治35)に創業し、宮城県内唯一の自家詰めワイナリー「桔梗長兵衛商店」の当主で津波の犠牲となった桔梗 幸博さん(54)の奥様、理恵さんでした。

uva_kikyo.jpg【Photo】
震災発生から5ヵ月目を迎えた8月11日、同町山下中学校体育館でしめやかに行われた山元町合同慰霊祭(上写真)
ワイナリー周辺に咲く花を描くのが好きだったよし子さんが描いたブドウの絵(左写真)。基礎だけが残る玄関跡に落ちていたので、屋根が残る醸造所に移しておいた

 ご主人と義母のよし子さん(79)を今回の震災で亡くした理恵さんは、「2人の無念を思うと涙が止まらないが、生かされた命を大切にし、精一杯生きてゆきたい」と言葉を詰まらせながら祭壇に向かって呼びかけました。

 当日、同じく合同慰霊祭を行った亘理町から山元町にかけての津波が襲った耕作地では、土壌の除塩作業に協力しあう人の姿を多く目にしました。汚れちまった悲しみに覆い尽くされた被災地にも、かつての日常を取り戻そうという人々の努力によって、少しずつ変化が生まれています。

uva_yamamoto.jpg【Photo】桔梗長兵衛商店(写真中央奥)に納入するブドウを育てていた契約畑には新たな苗が植えられていた

 その日、被災後初めて訪れた桔梗長兵衛商店は、記憶の中にあるかつての姿と重ね合わせるのが不可能なほど様相が変わっていました。うず高く積まれた瓦礫置き場の向かいにある桔梗さんのお住まいは基礎部分が残るだけで、醸造施設だけがかろうじて姿を残すのみ。

 花好きだったよし子さんのスケッチブック・充填機・ビンなどが砂に混じって散乱する内部は、あの日から時間が止まったかのよう。宮城県内唯一の歴史あるワイナリーを襲った過酷な現実を目のあたりにし、改めて胸が締め付けられます。犠牲となったお2人のご冥福を祈って手を合わせました。

【Photo】桔梗屋の葡萄液ことブドウジュース

succo_uva.kikyo.jpg 道路を挟んだ海側に目を転じると、自衛隊が整地し、持ち主が土壌の除塩を行ったのでしょう、まばらに植えられたブドウの若木が育つ一角がありました。枝の剪定や蔓の誘引など、きちんと手入れがされています。自宅の片付け作業中だった畑の持ち主に声を掛けて話を伺うことができました。ワインと並ぶ桔梗長兵衛商店の看板商品だった葡萄液に加工する北米原産のブドウ「コンコード」を代々栽培してきたというご主人。被災した現在は仮設住宅に入居しながら、ブドウの世話をしているのだそう。宮城では唯一、栽培が綿々と行われてきたこの地域ならではのブドウに対する愛着を感じさせてくれました。

 そして桔梗さんのことに話が及ぶと、思いもかけない言葉を私は耳にしたのです。

  「桔梗さんが育てていたブドウが何本か残っているよ」

uva2_yukihiro.jpg 先ほどまでいた醸造所から見た桔梗さんの畑もまた、津波によって根こそぎにされていました。そこは、もはや雑草が繁茂する荒地としか目に映りません。予想だにしない言葉に促され、足を踏み入れたかつての畑は、雑草の根元が津波が運んだ塩分を含む海砂で覆われています。砂浜に生える草のような雑草は、膝まで埋まるほどの丈に伸びていました。

【Photo】破壊された醸造所(写真奥)に隣接する桔梗さんのブドウ畑。一面の雑草が生い茂る荒地と化したと思いきや...

uva_yukihiro.jpg uva3_yukihiro.jpg【Photo】津波の直撃を受け、塩害の影響があるにもかかわらず、強靭な生命力で試練を耐え抜いた桔梗さんのブドウ。青々とした葉を付けて実を結び、不死鳥のように枝を伸ばす先の空には、桔梗さんの不屈の遺志を表すかのようにハート型の雲がかかっていた

 根をしっかりと張った古木ゆえ、たとえ津波で根こそぎにされず残っていても、塩害で立ち枯れしているのだろう。そう思いつつ歩みを進めた私は、ブドウの樹の前で目を疑いました。なんとブドウは青々とした葉を付けていたのです。もはや世話をする人がいなくなったため、枝と蔓が複雑に絡まりあってはいますが、中には小さな緑の房を結んだ樹すらあります。

 「よくぞ耐え抜いて...」思わず私はブドウに語りかけていました。生活のすべてを無残に破壊し、醸造家の命まで奪った大津波。過酷な状況を不死身の生命力をもってして乗り越え、逞しく生き抜いたブドウを前にして、さまざまな想いが去来しました。

 合同慰霊祭で理恵さんが誓った通り、大学で醸造を専攻する娘さんら残された家族4人で精一杯これからの人生を歩んでいくことでしょう。天国に召された幸博さんとよし子さんが、その歩みを先代と幸博さんが大切に育ててきたブドウの葉陰からきっと見守ってくれるはずです。

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