仙台初「真のナポリピッツァ協会」認定店が誕生
Complimenti !! Pizzeria Padrino
おめでとう!! ピッツェリア・パドリーノ
【Photo】9月21日にピッツェリア・パドリーノで行われた「真のナポリピッツァ協会」認定審査の模様。 いつも通りの鮮やかな手さばきでAcunto のピッツァ窯を扱う千葉 壮彦ピッツァイオーロ
昨年の実食レポート 《Link to backnumber》で、仙台圏で唯一「Verace Pizza Napoletana =真のナポリピッツァ」を味わえる店であることを確認、今年7月に「アクロバットもスゴイんです」《Link to backnumber》で予見した通り、仙台市青葉区の「Pizzeria Padrino ピッツェリア・パドリーノ」が、宮城初の「Associazione Vera Pizza Napoletana アソチアツィオーネ・ヴェラーチェ・ピッツァ・ナポレターナ(以下、真のナポリピッツァ協会)」認定店として登録されました。Bravissimo!!

【Photo】千葉さんが焼き上げたピッツァを前に仕上がりをチェックするガエターノ・ファツィオ氏(中央)、西川 明男氏(左)、渡辺 陽一氏(右)
真のナポリピッツァ協会による本審査が行われたのは、9月21日(水)。9月16日~18日に東京汐留のイタリア街で開催された「ナポリピッツァフェスタ2011」のため、ナポリの協会本部から来日したマッシモ・ディ・ポルツィオ会長代行ら4名の役員のうち、主任技術指導員を務めるガエターノ・ファツィオ氏と、同協会日本支部長で日本第1号認定店である兵庫県明石市のピッツェリア・リストランテ「さくらぐみ」西川 明男氏、副支部長で東京広尾にあるピッツェリア「パルテノペ」の渡辺 陽一氏の3名が審査に当りました。
【Photo】審査する側、審査される側ともに真剣な表情。脇から審査の成り行きを見守るのは、オーナーである仙台勝山館の伊澤 泰平社長
EUが伝統的な製法による食品に対して与える統一規格「Specialità Tradizionale Garantita 伝統的特産品保証」に認定されるナポリピッツァ。イタリアではシチリアの伝統的な操り人形劇「Pupi プーピ」や男声4名によるサルデーニャの牧羊歌「Canto a tenore カント・ア・テノール」が、日本からは能楽や歌舞伎が登録されているユネスコの「無形文化遺産」への登録を目指す動きもあります。現在世界20カ国で370店以上が認定を受ける真のナポリピッツァ協会認定店への登録に際しては、厳格な国際規約に沿って審査が行われます。
【Photo】3代続くイスキア島のリストランテ・ピッツェリア「Da Gaetano ダ・ガエターノ」のオーナー・ピッツァイオーロ、ガエターノ・ファツィオ氏。この道50年以上、真のナポリピッツァ協会では主任技術指導員を務めるマエストロが焼き上げたばかりのピッツァの仕上がり具合を実食して確認
これまで東北ブロックでは唯一の登録店だった鶴岡「穂波街道 緑のイスキア」《Link to Backnumber》に続く登録店を目指してこのほど審査を受けたのは、事前審査をパスしていた岩手県盛岡市の「Piace ピアーチェ」と ピッツェリア・パドリーノの2店。20日に審査が先行して行われたピアーチェが、東北で2番目の認定店と認められた翌21日、台風15号が仙台に最接近する荒れ模様の中で審査が行われました。
東日本大震災の影響で、春に予定していた来日を急遽取り止めたガエターノ氏。これまで数多くのピッツァイオーロ(Pizzaiolo=ピッツァ職人)を志す日本人をイスキア島にある自身の店「Da Gaetano ダ・ガエターノ」で受け入れてきた親日家でもあるガエターノ氏は、多くの命が失われた今回の震災に話が及ぶと、ポロポロと涙を流しました。2004年に認定店となった広島の「Pizza Riva ピッツァ・リーヴァ」の審査終了後、本人のたっての希望で原爆ドームを訪れた際も、目を真っ赤に泣き腫らしていたといいます。マエストロはイタリア人らしく情に厚い方なのですね。
【Photo】審査対象の9項目中、最高得点のOttimoが8つというハイスコアを達成。通常は後日送られて来る真のナポリピッツァ協会認定店としての証しであるプルチネッラの看板が事前に用意された。世界で374番目の認定店であることを示す遠し番号が入った看板がマエストロ・ガエターノから即日交付された
私の事前リサーチでは、控えめな言葉ながら、自信のほどをのぞかせていた千葉 壮彦(たけひこ)ピッツァイオーロ。審査員の矢継ぎ早の質問が飛び、射るような視線を浴びる中で行われた本審査では、9項目中8項目で最高点の「Ottimo オッティモ」、修正が容易な具材の分量に関してのみ次点の「Buono ブォーノ」というほぼ満点の結果で見事合格。晴れて世界で374番目となる真のナポリピッツァ認定店の称号を得たのです。
【Photo】真のナポリピッツァ協会が認定店に対して発行する認定証
審査に当たったガエターノ氏は、「世界中どこに行っても、これだけの高い評価を与えることは、そうあることではない。この結果は、彼が真剣にピッツァと向き合っていることの証しである」と千葉さんを褒めたたえました。
ピッツェリア・パドリーノのオーナー企業「仙台 勝山館」〈Link to Website〉のグループには、「宮城調理製菓専門学校」〈Link to Website〉があります。その研修施設カフェ・ピッツェリア「IL VIALE イル・ヴィアーレ」は、ピッツエリア・パドリーノと同じく、ナポリのピッツァイオーロから信頼の厚い「Gianni Acunto ジャンニ・アクント」製の石窯を備えています。今後同校には、真のナポリピッツァ協会本部から派遣されたピッツァイオーロが、生徒への技術指導に定期的に訪れるのだそう。そうして本場の空気を感じる機会は、得がたい経験となるはずです。
【Photo】認定後初のオーダーは、念願が叶ったオーナーの伊澤 泰平社長にお譲りし、2番目の客として注文した私の定番であるナポリ伝統の香ばしいピッツァ「マリナーラ」
まずは当面の目標を達成した千葉さん。今回の認定を機に、宮城調理製菓専門学校で学ぶ後進の指導に当たりたいと抱負を語ります。この夏、仙台駅前に進出したナポリピッツアを標榜する店の残念な出来に落胆させられるなど、本場ナポリの味を忠実に再現するピッツェリアの空白地域だった宮城。(私のような?)一部のマニアだけでなく、広く一般の人にナポリピッツァに親しんでもらえるよう頑張りたいと次なるステップに向けて意欲を見せます。
薪の香りが香ばしいモチっとしたナポリ直伝の生地の美味しさを味わって頂きたいこの店。新たなる目印は、認定店の証しであるピッツァを窯に入れる木製の道具パーラを手にしたナポリの道化プルチネッラの看板。そこには世界共通の通し番号374が記されています。千葉さんは、その番号にピッツァを食べてくれた皆(37)が幸せ(4)になってほしいという願いを込めながら、これからも窯の前に立ち続けます。
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「真のナポリピッツァ協会」認定店
Pizzeria Padrino ピッツェリア・パドリーノ
住:仙台市青葉区上杉2-1-50 勝山館1F
Phone:022-222-7834
営:昼11:30~15:30 夜17:30~20:30
月曜定休(祝日の場合は翌日休)
メニューはコチラ
URL:http://www.shozankan.com


【Photo】全国屈指のヒラメ釣りのメッカでもある万石浦は、宮城県内では唯一、津波による被害を受けなかった。2011年9月、船上でカキ養殖棚の手入れをする万石浦の漁師
【Photo】高政「開店記念セット」笹かまぼこ(吉次2枚・石持2枚)揚げかま(上からプレーン「たかまさ」具だくさんの「海老」「五目」「貝柱」)一口サイズの「ぷちあげ」で1,000円のお買い得価格

【Photo】笹かまぼこ製造ラインが2セット、揚げかまぼこが3セットの新工場は従来の4倍の製造能力を備える
高政 女川本店「万石の里」 

【Photo】追波湾に流れ着く
生まれて初めて心ゆくまで味わう甘味にアキオは魅了されます。大好きなお菓子に生きる希望を託し、さまざまな人との出会いと別れを繰り返しながら、戦中戦後の混乱した時代を生き抜いてゆくアキオ。その健気な姿に被災地の明日を担う子どもたちをつい重ねて見てしまうのは、私だけではないでしょう。
ニックン・セイチャンのキャラクターでもお馴染みのソフトクリーム総合メーカー「日世」(本社:大阪府茨木市)は、切迫した被災地の状況が報道されていた3月下旬、社業を通じて復興を応援するという方針を打ち出します。ソフトクリームを製造するフリーザーを積み込んだ車で被災地に赴き、美味しいソフトクリームを無償で提供、避難生活を送る人々に笑顔を取り戻してもらおうという「日世ソフトクリームキャラバン」はこうしてスタートします。(※ 詳しくはコチラ⇒
【photo】つい目尻が下がる美味しい北海道ソフトクリームを仕事の合間に頂けるという思わぬプレゼントに時ならぬ長蛇の列ができた河北新報社本社1階の旧新聞用紙搬入ゲート
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【Photo】今月リニューアルしたPiattoのルーツともいうべき河北新報社発行の月刊誌「alpha アルファ」。1997年6月号(上写真)と1998年1月号(左写真)の表紙では、仙台駅前でプリクラを撮っていたところをスカウトされ、モデルの仕事を始めた頃の高以さんを起用
【Photo】強い日差しのもとで行われた撮影のひとこま
高以さんがポーズを変えながらシャッターを何度も切ってゆくのですが、三浦さんは、最高気温が33.8℃に達した炎天下のコートに一人立ち続け、素振りをずっと続けられました。その熱演ぶりに、熱血漢として知られる元プロテニスプレーヤーに姿を重ねた撮影クルーの誰もが、いつしか三浦さんをこうお呼びしていたのでした。
昨年6月には、この番組の収録のため、松岡 修造氏が食の都・庄内を訪れました。遊佐町では船上で岩ガキをほおばりながら、背景の山(⇒鳥海山)を指差し、福島・会津の宝の山こと磐梯山と言ってみたり、喉ごしのよい夏の庄内の味「麦切り」を、切り裂きジャックでもあるまいに「喉切り」と口走ってしまうなど天然系のキャラを炸裂させています。その様子は⇒
[09/05] ryuji_s1
[09/06] 庄内系イタリア人