あるもの探しの旅

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2011/12/31

修験道体験@出羽三山

暮れゆく月山御縁年の大晦日に思うこと

shugendou_x1.jpg【Photo】霊場羽黒山の鬱蒼とした杉木立の中、国宝五重塔に参詣後、歩みを進める羽黒修験道の最高位である松聖の星野尚文大先達と修験道体験者

 冬籠りに入って久しい月山ですが、平成23年は12年に一度巡ってくる月山卯年御縁年でした。ウサギは月山権現の使いとされています。その佳き年だったはずの3月11日、死者・行方不明者19,500名以上を出し、生かされた人の心の奥底にも深い爪痕を残した東日本大震災が発生しました。

 震災で尊い命を落とした多くの御霊の供養のため、亡者の魂が集うとされる月山詣でをしなければ、という思いが自分の中で募ってゆきました。震災発生から100日を経た「卒哭忌」の6月18日、羽黒修験道最高位の山伏、星野尚文松聖(まつひじり)が津波と原発事故で被災した福島県相馬市を訪れ、被災地の復興と犠牲者の慰霊のために祈りを捧げたという記事が翌日の河北新報朝刊に載ったのです。

【Photo】修行の場となった鶴岡市羽黒町手向の宿坊「大聖坊」。高齢化による講の減少によって、近年は廃業する宿坊も多いという

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 鶴岡市羽黒町手向(とうげ)は、関東・東北一円から出羽三山を参詣する講の参加者が宿泊する宿坊町です。江戸時代には336を数えたという宿坊には、それぞれ受け持つ地域が定められており、星野尚文松聖のご実家である宿坊「大聖坊(だいしょうぼう)」は、福島県相馬の参詣者を代々受け入れてきました。

 Facebookを通して知己を得た鶴岡在住の山伏・加藤丈晴氏から、星野尚文大先達の指導のもと、2泊3日で羽黒修験道の奥義に触れる修行体験「修験道X(エックス)~3.11後に求められる場「修験」~」の案内がFacebook〈Link to website〉であったのが6月末。羽黒修験道に魅せられて東京から今年鶴岡に移住してきたという加藤氏とは、彼の前職時代に私が東京勤務をしていた15年以上前に名刺交換をしており、不思議なご縁を感じました。

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【Photo】死者が集う山とされる月山における「抖(と)そう行」(上下画像)。地下足袋を履いて岩場を進むゆえ、足の置き場に集中しないと足元をすくわれかねない

shugendou_x3.jpg 修験道Xの内容は、なまじ半端ではありません。物見遊山の観光とは異質の濃ゆ~い日程の概略はコチラ。出羽三山へは、これまでも何度か訪れてきましたが、その目的は俗人としての参詣や観光にすぎません。死と再生の山・出羽三山での修験道体験に震災を経験した私が心惹かれるのは、もはや必然でした。

 7月9日(土)~11日(月)に催行される修験道Xは、最終日が平日だったため参加を見送りましたが、9月17日(土)~19日(祝)の3連休に開催される第2回目の修験道Xについては、早々に参加を表明。雨交じりの天候となった初日、羽黒山への参道に架かる朱塗りの大鳥居を抜けると、ほどなく手向の宿坊街となります。案内された大聖坊に着くや否や、秋の峰入りを終えたばかりで案内役を務めて頂いた加藤さんの手ほどきを受け、修行着である白装束に身を包みました。修行着は死に装束でもあり、参加者が揃ったところで執り行う「峯中式(峰入り式)」をもって俗界を離れ、修行の身となります。

【Photo】修行ではこの石段を3日間で2往復。感覚が研ぎ澄まされ、気持ちが張り詰めた修行中は、日頃の鍛錬ぶりを物語る健脚著しい星野尚文大先達に遅れを取ることなく走破。俗世・仙台に戻ってから1週間は、経験したことのない足の筋肉痛に悩まされた

shugendou_x2.jpg 杖を手に随神門から参道に入り、国宝五重塔前でまず祈祷、2,446段の石段を1段ずつ登って三神合祭殿のある羽黒山を目指します。途中の茶屋で休憩後、開祖である蜂子皇子を祀る蜂子神社と墓所を詣でました。修行に入ったばかりの私たちは三神合祭殿に参詣せず、いつもは車で往復する下りも当然徒歩で階段を下りました。大聖坊に戻ると、「床固め(座禅)」と「壇張(食事)」の時間。精進料理であることは予想していましたが、茶碗半分ほどのご飯と漬物3切れ、僅かな具が入った味噌汁だけという質素な食事でした。「山伏は早飯!」という大先達に倣って大急ぎで口にしたのは、毎回こうした内容。それでも空腹を覚えたことは一度たりともありませんでした。

shugendou_x4.jpg【Photo】食べるというよりも、胃に流し込むだけといった感の壇張(だんばり)。間違っても「おかわり」などと言わぬこと

 夜の「抖(と)そう行」は、初日こそ宿坊周辺の神社に詣で、町内を40分ほど歩く内容でしたが、月山から湯殿山へと縦走した2日目の夜は、闇が支配する鬱蒼とした森の中に分け入り、ロウソクの明りだけを灯してお社に参詣した後、町外れで月山に向かって祈祷を捧げました。「雨が降りそうなので戻ろう」という大先達の言葉に促されて大聖坊へ戻り、勤行を始めようとした途端、雨が激しく降り出したのには、さすが修験の道を究めた最高位の山伏!と参加者一同驚いたものです。

 その頃、星野大先達が中心となって広く写経を呼びかけ、般若心経1万巻を目標に月山山頂に設ける経塚に納めて震災犠牲者を慰霊しようという動きがありました。修験道Xの参加者もまた、その時点でほぼ集まっていた1万巻の般若心経を1巻ずつ長時間に渡って読経する勤行に取り組みました。大先達は震災犠牲者の冥福と被災地の1日も早い復興を祈る言葉を必ず祈祷の中に織り交ぜて下さったのが印象に残っています。我々も事あるごとに唱えた般若心経の読経を続ける夜の勤行の後は、1日を締めくくる秘儀「南蛮いぶし」が待っていました。

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 別棟の4畳半ほどの薄暗い部屋に入ると、星野大先達が火鉢で炭火を起こしていました。正座した我々の背後に陣取った大先達が「たっぷり吸わっしゃい...」と言いながら、火鉢をウチワであおぐ気配がしたかと思うと、部屋中に煙が立ち込め始めました。場数を踏んでいる先達の加藤さん以外は、何が起きているのか理解できない私たち。やがてゲホゲホとむせかえる声が響き始めます。目を開けることすら辛い異様に長く感じられた15分ほどが過ぎた頃でしょうか、大先達の「もうよし」の一言で、襖を開けて一目散に飛び出したのでした。

【Photo】この日は水量が多かったので、湯殿山神社ご神体前で下帯姿となり片道100mを移動、含満ノ滝での滝行となった

 初日の修行終了後、大先達を囲んで語らいの場がありました。ネタばらしは野暮でしょうが、星野大先達によれば、ドクダミ・米ぬか・唐辛子を粉末にしてそれぞれに火を点けるのだそう。山中に身を置く修行中は、人ではなく、畜生行であるために入浴はおろか洗顔や化粧、歯を磨くことすら許されません。古式に倣って三神合祭殿への参道に架かる神橋の下を流れる祓川で行う「水垢離(みずごり)」と、湯殿山山中の御滝や含満ノ滝(かんまんのたき)で滝に打たれる「滝行」で身を清めるだけですので、臭い消しや虫よけの意味もあるのでしょう。

shugendou_x6.jpg【Photo】月山山頂の山小屋で頂いた「やまぶし弁当」とキノコ汁が修行中に口にした中では、もっとも豪勢な食事だった

 2日目は4時起床で月山8合目の弥陀ガ原レストハウスまで車で移動、月山・湯殿山への抖そう行と滝行を行いました。月山中之宮と9合目仏生池での読経をしながら、3時間あまりで到着した標高1,984mの山頂で本宮を参詣。震災で亡くなった人々の無念を想い、心から鎮魂の祈りを捧げました。

shugendou_x9.jpg【Photo】星野大先達を先頭に白装束姿で黙々と歩みを進める私たちに対し、時折手を合わせる登山者も見られた月山から湯殿山への抖そう行の途中。死と生、聖と俗が入り混じるそこは、まぎれもない信仰の山だった

 山ブームの浸透を物語る多くの登山者に交じって10時過ぎに山頂の山小屋で摂ったのが、修行期間中に口にした一番食事らしい食事でした。大聖坊から持参したのは、3種類のおにぎりと漬物からなる「やまぶし弁当」。山小屋にご用意頂いたもだしの入ったキノコ汁が、冷え切った体に再び英気を蘇らせたのでした。

shugendou_x7.jpg【Photo】死者の山・月山から再生の山・湯殿山へと縦走、滝での禊を終えて。常人は外から入る鳥居を中から通り抜け、生まれ変わったかのような晴れ晴れとした表情の庄イタ

 湯殿山での滝行の後、大聖坊に戻ってからは初日と同じ行を行い、最終日の3日目は早朝から随神門より参道へと向かいました。祓川で水垢離を行ってから石段を再び登って羽黒山頂を目指します。星野大先達の導きのもとで主峰月山・羽黒山・湯殿山への抖そう行を始めとする数々の行を済ませた6名の参加者は、初日には行わなかった三神合祭殿への昇殿参拝を許されました。参加者を代表して不肖庄イタが玉串を上げた後、神職による祈祷がなされる間、正座したままで低頭拝礼します。

 そこでえもいわれぬ不思議な感覚に捉われました。人智を超えた大いなるものが降臨したような、畏怖すべき神々しい存在を肌身で感じたのです。

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 不可思議な感情の高まりは、震災で亡くなった多くの御霊に迎えられたような気がした月山中之宮でも感じていました。昇殿参拝が初めてではない先達役の加藤さんも、その時私と同じように感極まったことを修行後に語っていたので、あながち思い込みではないのかもしれません。修験道Xに参加したことで、自分の中で何がどのように変わったのか、簡単に答えは見つかりません。ただ、修行中に許された唯一の言葉「承けたもう」の精神は脈々と生きているように感じています。何事にも予断を持たないこと。大いなる自然の中に身を置いて感覚を研ぎ澄ますこと。慢心せずに謙虚に物事を受け入れること。それが羽黒修験の精神であり、山伏への第一歩なのだと思っています。

【Photo】参詣した月山・羽黒山・湯殿山それぞれの本宮からお札を頂き、月山神社では卯年御縁年の登拝認定証も頂いた。霊験あらたかなこのお札、どうぞ拝礼ください

 修験道体験という得難い機会を頂いたことに感謝しつつ迎えた大晦日。今頃は夜を徹して羽黒山で天下泰平・五穀豊穣を祈る恒例の松例祭が執り行われています。新たな年が、安寧で心穏やかな1年でありますように。それでは皆様、どうぞ良いお年をお迎えください。


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2011/12/30

Attenzione, questo non è espresso.

A turisti italiani イタリア人旅行者の皆様へ
ご注意ください、 これはエスプレッソではありません

冒頭から言い訳をしておきます。何かと気ぜわしい年の瀬ということもあり、今回は事象を掘り下げる時間が無く、いつになく他愛のないネタですが、ご容赦のほど。

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 エスプレッソ好きには奇異に思える商品が今年相次いで登場しました。まずは紅茶飲料のトップブランド、キリンビバレッジ「午後の紅茶」シリーズの新商品「午後の紅茶 エスプレッソティー」。エスプレッソといえばコーヒーと相場が決まっているものと思っていた前世イタリア人にとって、これは驚天動地の商品でした。

 なぜに紅茶をしてエスプレッソたらしめるのかというと、紅茶葉のブレンド比率を見直し、高温・高圧のエスプレッソ抽出により紅茶葉の良質な苦味をアップさせたのだといいます。紅茶葉のしっかりとした香り・味わいと、すっきりとしたキレのある後味が特徴だとか。う~む...。

 カッフェを愛する前世イタリア人として、エスプレッソを名乗る紅茶がいかなるものか気になりました。ただし、缶からそのまま飲んだのでは、よほどのことがない限りは手を出さない缶コーヒー飲料を口にするのと気持ち的に変わりません。さて、どうしたものか...。

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 バリスタがマシンで抽出するエスプレッソには、表面にクレマと呼ばれる細かな泡が浮かんでいます。いささか強引ですが、まずは缶を数回シェイク。無理やり泡立たせ、エスプレッソ用のデミカップに注いで気分を盛り上げてから飲むことにしました。(; _ _)彡U

 先行して春に発売された「リプトン EXTRA SHOT 深煎ストロング紅茶」同様、茶葉の風味をまず感じます。強めに抽出した紅茶は、ともするとタンニン由来のいがらっぽい渋みが残るもの。このエスプレッソティーは、缶コーヒーのような後を引く重苦しさはなく、ミルクの風味がふんわりと残ります。

te3_espresso.jpg【Photo】缶を数回シェイクして強引に泡立てたものの、高性能のエスプレッソマシンが作りだすキメ細やかなクレマの足元に及ぶはずもなく...(,,-_-)。 少しでも気分を出すため、ジノリのデミカップに移して味見した「午後の紅茶 エスプレッソティー」(写真左上)と「午後の紅茶 エスプレッソティー・冬のほろにがラテ」(写真右下)

 10月をもって製造を終了した「午後の紅茶 エスプレッソティー・アイスラテ」と交代で「冬のほろにがラテ」なる派生商品も登場。ミルク成分がより多いこちらのほうがよりマイルドで、商品名にある通り「カフェラッテ(シアトル系ではカフェラテ)」的な位置づけなのでしょう。

 3年前の春、料理研究家の栗原はるみ氏プロデュースという鳴り物入りで東京恵比寿に登場した「tea espresso HATEA ティーエスプレッソ ハッティー」は、紅茶用にチューニングしたエスプレッソマシンで渋みを抑えたコクのあるエスプレッソティーを出す紅茶専門店でしたが、あえなく2年あまりで閉店しました。

ocha_espresso.jpg コーヒーの飲み方としてニッポンでもすっかり市民権を得たエスプレッソではありますが、英国人やインド人が聞いたなら、さぞ驚くであろう紅茶のエスプレッソという大胆な発想が受け入れられるのかどうか、私には正直??です。

 そこに現れた紅茶のエスプレッソを凌駕する驚愕の第2弾は日本茶のエスプレッソ。寛政2年創業の老舗「京都 福寿園」が監修したサントリー「伊右衛門」シリーズの意欲作、その名も「Green ESPRESSO(グリーンエスプレッソ)」。

 茶摘みする1週間ほど前に覆いをかけてから収穫された渋みが少なく甘みのある「かぶせ茶」を高温短時間で抽出、石臼挽き抹茶をブレンドすることで、深いコクと長い余韻が楽しめるのだといいます。茶せんで豊かに泡立つように点(た)てる裏千家のお抹茶は、モノクロームにすればエスプレッソを連想させなくもありません。

ocha2_espresso.jpg サントリーGreen ESPRESSOは、ほかの伊右衛門シリーズとは違って、ペットボトル入りは存在せず、400g容量のボトル缶のみ。これにはちゃんと理由があるのでした。

 豊かな抹茶の香りを連想させるデザインのスクリューキャップには「上下に5回振ってから開けてください」との注意書きが。静置すると抹茶成分が底に沈殿するため、それを全体に混ぜるためと、表面に泡を立たせるためと推察。指示通りに5回シェイクした後にカップに注いでまず驚くのは、中身が見えるペットボトル入りでは恐らく誰も手を出さないと思われるビミョーなその色合い(笑)。

ocha3_espresso.jpg エスプレッソを名乗る以上、エスプレッソのようなトロリと濃厚で甘さすら感じる緑茶の風味を優先し、お茶自体の見た目にはこだわらなかったのでしょう。実際、香り高いお茶のうま味は十分に感じられます。パッケージングはマットな艶消しのブラックと鮮やかなグリーンを基調とする高級感あるデザインでまとめられており、なかなかのセンスを感じさせます。

 今回は、Espressoという商品名に飛びつかないよう、日本を訪れるイタリア人観光客に注意喚起する内容でした。「tè verde テ・ヴェルデ」とイタリアでは呼ばれる緑茶は、イタリアのみならず海外では多くの場合、砂糖を加えて飲まれます。少量のミルクを加える場合もあるようですので、紅茶や緑茶のエスプレッソを作ってしまう日本とて、エスプレッソの本場イタリアからすれば"お互いさま"といったところかもしれません。茶道を確立した千利休も「これは切腹ものじゃ」と苦笑いしていることでしょう。


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2011/12/10

「Salone del Piatto」へのお誘い

私も参加します。
スペシャル・ディナー会「サローネ・デル・ピアット」
@Ristorante da LUIGI

◆来年1月10日(火)、Piatto12月号でご紹介した料理「ウサギの洋ナシ詰め」をセコンド・ピアットとするフルコースを特別料金でお召し上がり頂けるディナー会「Salone del Piatto」を開催します。 残席あとわずか、ぜひご参加下さい◆

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 料理人渾身の一品や、思い入れの深い料理をご紹介するPiattoで好評連載中の「Invito al Piatto 一皿への誘い」。最新12月号でご登場願ったのは、広瀬通りに面した仙台市青葉区国分町にある「Ristorante da LUIGI リストランテ・ダ・ルイジ」です。オーナーシェフの廣瀬竜一さんは、ナポリで修業した後、フィレンツェのシンボルとも言うべきサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂から500mほどの距離にある人気店「Ristorante La Giostra リストランテ・ラ・ジオストラ」でトスカーナ料理をマスターしました。

 ルネッサンス芸術の祖ジョットが1334年に設計した高さ84mの鐘楼が建つ側のドゥオ-モ広場を進み、パッツィ宮の前からVia dell'Oriuolo(オリウオロ通り)を進んだ先の四叉路にあるリストランテ・ラ・ジオストラ。フィレンツェのチェントロという場所柄、フィリップ・ノワレ、ジョン・トラボルタ、フランコ・ゼフィレッリなど、多くのセレブが訪れるといいます。オーナーは、オーストリア・ハプスブルグ家の末裔ゆえに、敬意と親しみを込めて「Principe プリンチペ(皇太子)」と呼ばれたディミトーリ・クンツ・ディアスブルゴ・ロレーナ氏。腕を見込まれ料理長に就任した廣瀬さんは、プリンチペから初めて「ハプスブルグ家公認の料理人」という称号を許されます。

luigi_reception.jpg プリンチペからは、料理のみならず生き方についても多くを学んだと語る広瀬さん。2009年3月に人生の師と仰いだプリンチぺが急逝した後、郷里の仙台に戻りました。その年の12月、せんだいメディアテーク・オープンスクエアを会場に開催されたインテリア・空間デザイナーである尾形欣一氏のエキシビジョンのレセプションで、イタリア好きの私に是非にと尾形さんからご紹介されたのが廣瀬さんご夫妻でした。

【Photo】イタリア滞在当時の廣瀬シェフが、フィレンツェ郊外にあるブドウ棚の下で食事ができるレストランをモデルにしたというリストランテ・ダ・ルイジ。開店に先立って2010年8月28日に催されたオープニングレセプションにて

 広瀬さんは、ヨーロッパ文化への造詣が深い尾形さんに店舗デザインを依頼、遊び心いっぱいの白亜の空間のもとで正統トスカーナ料理を提供する現在の店を昨年9月にオープンします。お招き頂いたオープニングレセプション以降、何度か足を運んでいますが、数少ない私が苦手な食材であるレバーを使ったクロスティーニ・トスカーニは必食。トーストしたパンにレバーペーストをのせたお馴染みのアンティパストですが、プリンチペのレシピによるリストランテ・ダ・ルイジのクロスティーニは、ニンジンなどの野菜をたっぷりと混ぜており、レバー特有の臭みが全くありません。

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【Photo】ある日のリストランテ・ダ・ルイジのテーブルから。典型的なトスカーナ料理のひとつ、レバーのクロスティーニ・トスカーニ(左写真・写真手前)を含むアンティパスティ・ミスティ
(右写真・手前から)既成概念が崩れる廣瀬さんのトルタ・ザッハー、ティラミス

 
 ハプスブルグ家の血を引くプリンチペから薫陶を受けた廣瀬さんオリジナルの「Torta Sacher トルタ・ザッハー(ザッハ・トルテ)」もこの店を語る上で欠かせません。発祥とされるウィーンのホテル・ザッハーのザッハ・トルテは、とてつもなく甘く、1ピースを食べただけで鼻血が出るかと思うほどですが、広瀬さんがチョコレートに加水しながら1ホールづつ手作りするトルタ・ザッハーの軽やかな味わいは、個人的には元祖のズシリと重い味付けよりもはるかに好みです。

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 来年1月10日(火)18:30から始まるPiatto主催による初のディナー会「Salone del Piatto サローネ・デル・ピアット」では、最新号のInvito al Piatto でご紹介した「ウサギの洋ナシ詰め」を含むコース料理をお楽しみ頂けます。臭みが少なくロースがしっかりとした肉質の良いスペイン産ウサギのオーブン焼きには、洋ナシの女王とも呼ばれる山形産ラ・フランスがスライスされて組み合わされます。フレッシュなラ・フランスがみずみずしいソースの役割を果たしますが、ベースのビーフに玉ネギやニンジンなどの野菜を加えた褐色のソース「フォンド・ブルーノ」と香り付けのフェンネルシードが味に深みと幅を与えます。

【Photo】ウサギの洋ナシ詰め

 サローネ・デル・ピアットでは、アンティパスト2皿・プリモピアット(パスタまたはリゾット)・セコンドピアット(当日は「ウサギの洋ナシ詰め」)・ドルチェの料理5品と、お飲み物をご用意致します。通常は5,500円のディナーコースですが、サローネ・デル・ピアットの初回を飾るということで、廣瀬シェフに特別の計らいをいただき、今回のみ特別価格4,500円でのご提供となります。

guado98_tasso@luigi.jpg【Photo】Salone del Piatto当日は、プラス2,000円で料理とのアッビナメント(=組み合わせ・マリアージュ)を意識したワイン4種をグラスでサービス。注ぎ足しでは物足りない方は、別途料金でボトルオーダーも可(※写真のVino Toscanoはありません)

 美味しい料理にはヴィーノが欠かせないと仰るワイン好きの方には、この日の料理にあわせてセレクト頂く4種のグラスワインをプラス2,000円でご用意致します。こんなオイシイ話を見逃すわけにはいきませんヨ!!。全20席のテーブル席は皆様にお譲りし、厨房と向かい合ったカウンター席で庄イタもご一緒させて頂きます。おかげさまで20日の申込み締切りを待たず、残席わずかとなりました。お一人様もOKゆえ、どうぞご参加ください。

第1回 Salone del Piatto サローネ・デル・ピアット
 【日 時】 2012年1月10日(火)18:30~
 【会 場】 Ristorante da LUIGI(リストランテ・ダ・ルイジ)
 【参加費】 4,500円(通常価格5,500円) ※ 現金にてお支払い下さい
 【定 員】 20名様限定(お申し込み多数の場合は抽選)
 アンティパスト2品・プリモピアット・セコンドピアット・ドルチェ・お飲物
 ※プラス2,000円でお料理に合わせたグラスワイン4種をご用意

◆エントリーは下記バナーから専用ページへと進み、「お申し込みはこちら」のボタンから、エントリーフォームにてお申し込み下さい。【12月20日(火)締切】
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Ristorante da LUIGI リストランテ・ダ・ルイジ
住: 仙台市青葉区国分町1丁目8-14 仙台協立第2ビル1F
  (地下鉄広瀬通駅より徒歩8分)
Phone: 022-263-7855
営:11:00~15:00(L.O.14:00) 18:00~22:00(L.O.21:00)
木曜定休 テーブル席全20席 全日禁煙
(※廣瀬シェフによれば、Rolling Stones御一行が来店した場合のみ喫煙可とのこと)


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2011/12/03

復活宣言

絶品「さんまつくだ煮」を再び@気仙沼

 盆暮れの家人の里帰りなどで、年間に何度か気仙沼を訪れる私がこれまで試した中で、最も美味しいサンマ佃煮の造り手としてご紹介した(有)ケイ。「自分や家族が食べるものなら、安心できない素材は使わないでしょ?」と語るのは、魚の扱いを知り尽くした元・網元の菅原 啓さん・義子さんご夫妻。

kei_sanma.jpg 【Photo】ケイの「さんまつくだ煮」の詰め合わせ用パッケージには、代表の菅原義子さんの手になる大海原を行くサンマ漁船が描かれている

 地元の味噌醤油醸造元「平野商店」が、化学調味料や防腐剤などを使用せずに仕込んだ味噌と醤油で、素材のうま味を手間を惜しまず引き出すケイの「網元逸品 さんまつくだ煮」は、海と共にある漁師町・気仙沼の心意気を示します。

 3.11直後、情報が寸断して混乱した状況下、気仙沼を襲った大津波の映像を見るにつけ、気仙沼湾に面した魚町に建つケイの社屋兼住居に暮らす菅原啓さん、義子さんご夫妻の安否が気にかかっていました。その無事を知った顛末は、「海の男は不屈だった」Link to backnumberでご紹介した通り。

kobayashi_osechiS.jpg【Photo】東日本大震災で被災したものの、復興に向けて歩み出した食品加工業者・生産者の製品を積極的にメニューに取り入れた「㈱こばやし」のおせち新聞広告※Photoクリックで拡大

 それから半年を経た9月初旬、仕事で気仙沼を訪れる機会がありました。仙台のお弁当製造会社「こばやし」が、被災企業支援のため、来年のおせちと本日12月3日に東京駅で先行発売される新商品「ありがとうの詩(うた)」に使う具材の製造元を訪れ、少しずつでも事業を再開し、復興に向けて歩み出した姿を取材するというものでした。

bento_grazie.jpg【Photo】お弁当に添付されるリーフレットには、支援に対する被災地からのありがとうの気持ちを綴った最優秀作5点のいずれかが収録される。悲しみの淵にあっても、人をおもんばかる投稿者の優しさに胸が熱くなること必至。幕の内弁当「ありがとうの詩」1,000円(税込)12月9日よりJR仙台駅売店・首都圏主要駅売店・こばやし本社ショールームで販売するほか、宮城県内での各種会合・会議にお届け可

 「ありがとうの詩」は、国内外から寄せられた支援に対する被災地からの感謝の言葉をしたためた詩を河北新報社が募集、詩集や曲として発売し、売り上げを被災地復興に役立てようという企画です。被災3県から460点以上の応募があり、最優秀に選ばれた5作品が本日の河北新報朝刊18面に掲載されています。優秀作の45点も、今後随時朝刊紙上で発表して参ります。

 企画趣旨に賛同し、本日先行発売されたこばやしの新商品には、最優秀5編のいずれかが、具材を提供した6つの生産者紹介とともに入っています。いずれも心に響く言葉が並ぶ秀作揃い。来週9日(金)には仙台駅店頭にも並ぶとのこと。被災地域支援のため、県に売り上げの一部を寄託するというこの新商品。作り手の顔が見える具材ともども、くれぐれもかみしめてお召し上がりください。

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【Photo】稼働したばかりの新工場で取材に応じて頂いた女川町「蒲鉾本舗 高政」菊地繁志工場長の取材風景(左写真) 万石浦に面した加工場が被災したものの、アワビの養殖を再開した石巻市「ヤマサ正栄水産」阿部正栄社長(右写真)

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 時折激しい雨が降るあいにくの空模様となった取材当日。訪れたのは活アワビ柔らか煮を提供する石巻市「ヤマサ正栄水産」、御膳蒲鉾穴子の製造元・女川町「蒲鉾本舗 高政」、そして4月に被災見舞いに伺った際、津浪で流されなかった"奇跡の"と形容詞をつけたくなるさんまつくだ煮をお土産に頂いた気仙沼「ケイ」の3社。偶然にもその日の朝食に並んだのが、頂戴したのち冷凍保存していたケイのさんまつくだ煮・醤油味でした。

【Photo】被災前に作ってあったというケイのさんまつくだ煮醤油味が、偶然にも訪れる日の朝食として食卓に並んだ

 地殻変動により平均70cm前後の地盤沈下に見舞われた南三陸地域にあって、ケイは気仙沼湾に面した魚町に社屋があります。伺ったのが大潮の時期だったこともあり、津波に耐えた鉄筋3階建てのケイの社屋は、夕刻になると海水が基礎部分までヒタヒタと上がって来るのでした。

kei_2011,09,01.jpg【Photo】地盤沈下のため、気仙沼市魚町に建つケイの社屋前は、大潮の時期ということもあり冠水被害が著しかった

 難を逃れた菅原ご夫妻と久々の再会を果たした後、建屋の3階で話を伺うことができました。かつては事務室として使っていた1階部分を仮設の加工場に改装、保健所の許可を得てプロパンガスを熱源に佃煮の製造を一部再開する段取りであること、少し離れた場所に小さな加工場を新たに設ける予定であることを伺いました。

2011.09.01yoshiko_sugawara.jpg【Photo】気仙沼湾に係留されたサンマ漁船を前に「5年以内に後継者も見つけなきゃ」と語る菅原義子さん。御歳72とは思えないパワーにはいつも圧倒される

 目黒さんま祭など、首都圏で開催される物産市でも多くの固定ファンを獲得しているケイのさんま佃煮。ほかでは真似のできない美味しさであるケイの佃煮をまた食べたいという声に背中を押されたと語る義子さん。「津波に負けてはいられない。もう歳だけど、あと5年は頑張ろうと思うようになったのよ」と語ります。その力強い言葉を伺ったのち、サンマ船やカツオ漁船が接岸する桟橋へ移動して撮影となりました。

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 取材を終え、帰りしなに頂いたのが、地元の酒蔵「角星」に依頼され、「がんばろう...けせんぬま!」の手書き文字入りラベルを絵心のある義子さんが描いたという「金紋両国 吟醸酒」。気仙沼産の酒造好適米「蔵の華」を使ったその酒を、菅原さんは支援してくれた方たちへの返礼に贈っているのだそう。

【Photo】義子さんお手製ラベルの「金紋両国」には、仲睦まじいご菅原夫妻のようなイキの良さそうなサンマと颯爽と海原をゆくサンマ漁船が描かれている。背景に見える法被(はっぴ)は、かつて網元だったご主人・菅原 啓さんと義子さんに知り合いが大漁旗を加工して贈ったもの

 一昨日、宮城県庁1階ホールで行われていた気仙沼物産市で、ケイのさんまつくだ煮を売っているところに被災後初めて出くわしました。義子さんのように元気な網元あみちゃんのパッケージを目にした私は、嬉しさのあまり思わず大人買い。久々のさんまつくだ煮は、ケイが製造を再開した暁に祝杯を上げようと取っておいた義子ラベルの金紋両国の酒肴として感慨深く頂きました。

 ささやかな復活を果たしたケイ。水産関連業などの事業再開の知らせが届くようになった一方、皮肉なことに被災地への関心は薄れるばかりです。3.11から間もなく9カ月を迎えようという被災地をいま訪れると、瓦礫の撤去は確かに進んでいます。それでも厳しい雇用環境が続く中、生活再建の目途すらつかない方たちが大勢いらっしゃいます。被災地域の自立のためには、もはや施しだけではなく事業再建に向けて立ちあがった人々を支えることが肝要。これからも末長いご支援をお願いします。

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さんまつくだ煮 (有)ケイ
住:気仙沼市魚町2-5-17
Phone:0226-22-0327 Fax:0226-22-3331
E-mail:sanmakei@yahoo.co.jp

◆さんまつくだ煮(味噌味・醤油味) 各420円 化粧箱入りもあります

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