あるもの探しの旅

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比類なきエトナ

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【Photo】噴煙を上げるエトナ山

 錦江湾に浮かぶ鹿児島のシンボル・桜島、ハワイ島のキラウエア、あるいはカムチャッカやアイスランドなど極寒の局地で灼熱の溶岩を吹く火の山。これら轟音とともに噴煙やマグマを吹き上げる活発な火山活動が見られる世界の火山の中でも、最も頻繁に噴火を繰り返す火山のひとつとされるのが、イタリア・シチリア島のエトナ山です。

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【Photo】シチリア・タオルミーナにある古代ギリシャ円形劇場は紀元前3世紀にギリシャ人によって屋外劇場として創建され、ローマ人が闘技場に改装。その最上段からの「広大渺茫(びょうぼう)たる一幅の絵」(相良守峯訳「イタリア紀行」岩波文庫より)のような眺望。トーガ姿のギリシャ人・ローマ人を端緒にして、1787年5月6日、この地を訪れ、「これほどの景色を眼前に眺めた者は外にはあるものではない」(同)と感動を記したドイツの文豪ゲーテを筆頭に、大デュマ、オスカー・ワイルド、D.H.ローレンス、ダンヌンツィオといった欧州各国の文人のほか、ブラームス、ワーグナー、マレーネ・ディートリッヒ、グレタ・ガルボら多くの文化人・著名人たちを魅了した

 日本ではポンペイを一昼夜にして火山灰で埋め尽くしたヴェズーヴィオ山(1,281m)のほうが、火山としての知名度は高いかもしれません。しかしながら、今月だけでも1日・12日に続き、23日から24日にかけて活発な噴火活動を繰り広げ、絶えず変動する標高3,300m級のエトナ山は、ヨーロッパ最高峰の活火山でもあります。

Etna@notte1995.maggio.jpg【Photo】1995年8月の深夜、静寂を切り裂く轟音とともに漆黒の闇を照らす真っ赤な溶岩を激しく噴出する典型的なストロンボリ式噴火を繰り広げたエトナ山。タオルミーナやカターニアからは火山観光ツアーが定期的に出ている

 山頂から北東側へおよそ25km離れたタオルミーナの街外れにあるギリシア時代の円形劇場からは、映画グランブルーの舞台となった紺碧のイオニア海と、噴煙をたなびかせながら、なだらかなスロープを描くエトナが一望のもと。

 エトナ南麓にある人口30万を擁するCataniaカターニアは、州都パレルモに次ぐシチリア第二の都市。有史以来幾度となく繰り返されてきたエトナの火山活動でも、特筆されるのが1669年3月11日に始まった噴火でした。

Catania-Cattedrale-Eruzione1669.jpg【Photo】18世紀に創建されたカターニアのドゥオーモ(大聖堂)Cattedrale di Sant'Agataの壁面に描かれた1669年に起きたエトナ噴火のフレスコ画。山腹の火口から流出した溶岩流は、16km離れたカターニアの西側をのみ込んだ。122日間の長きに及んだこの噴火による犠牲者は、当時の人口の2/3にあたる15,000人とも20,000人ともいわれる クリックで拡大

 街の一部と周囲を溶岩で覆い尽くし、港を破壊した噴火から24年後の1693年、今度は大地震がカターニア一帯を襲います。93,000人が命を落としたこの震災で、廃墟と化した街の復興が本格化したのが18世紀。壊滅した街を不死鳥のごとく蘇らせた現在のカターニア市は、アメリカ・フェニックス市と姉妹関係にあります。街のシンボル象の噴水にも見られるカターニア特有の火山性の岩と白大理石を組み合わせたドゥオーモほか、モノトーンの華麗なバロック様式の建築群は、パレルモ出身の建築家ジョヴァンニ・バッティスタ・ヴァッカリーニやフランチェスコ・バッタリアらが設計したもの。

Catania_Basilica_Collegiata.jpg【Photo】1693年の地震で崩壊した聖堂跡に建てられたカターニアのBasilica della Collegiataコッレジャータ聖堂。1768年に完成したこの傑作を手掛けたのはステファノ・イッタール。ジュゼッペ・シューティによるフレスコ画が描かれたヴォールト天井も見逃せないクリックで拡大

 カターニアのほか、震災で廃墟と化した旧街区から移転再生したNotoノート、アラブ支配の痕跡ともいえる迷宮部分と都市計画に基づく整然とした新市街の二つの顔を持つRagusaラグーザなど、バロック様式で再建されたシチリア南東部にある8つの街「Val di Noto ヴァル・ディ・ノート」が世界遺産に登録されたのが2002年。Forza TOHOKUuuuuuuuuu !!

 時として災いを人間にもたらすエトナ山ですが、一方では大いなる恵みも。エトナ周辺一帯は果実栽培に適した火山性の土壌となります。そこは果肉が赤く染まるブラッドオレンジこと「Arancia Rossa アランチャ・ロッサ」、レモン、リンゴのほか、山の南北と東側の三日月状のD.O.C.(=統制原産地呼称)「Etna エトナ」ゾーンでは、紀元前5世紀にはブドウ栽培が行われていました。ワイン生産者組合Consorzio di Tutela dei Vini Etna D.O.C.には、新旧62の作り手が加入しています。

ETNA_FESSINA.jpg【Photo】樹齢100年を超えるであろうエトナ原産のブドウ品種「ネレッロ・マスカレーゼ」の古木の手入れ。高温で乾燥した栽培環境に向くアルベレッロ仕立ては、支柱を立てたブドウの丈を短く太く仕立てるシチリア伝統の手法。機械が使えないため、多くの手間と人手を要する

 19世紀に欧州のブドウを壊滅させたフィロキセラ(ブドウ根アブラムシ)禍は、ギリシャ以来の歴史あるブドウ産地シチリアにも及びましたが、海抜1,000mに迫る高地では、その被害を免れました。そうした畑には、接ぎ木されることなく自根を地中深くまで張った樹齢100年~150年という稀有なブドウすら見られます。

 標高が高くなるにつれ傾斜が増す斜面に開墾された階段状のブドウ畑の仕切りは、ゴロゴロとした真っ黒な火山岩の擁壁。日中は南イタリア特有の灼熱の太陽が照りつける反面、夜間は高地ゆえ気温が下がり、1日の中で大きな寒暖の差が生じます。

nerello_mascalese@etna.jpg【Photo】エトナ北東部Castiglione di Sicilia。この地でブドウ作りが始まってから、一体どれほどの時が流れたのだろう。幹の太さが歴史を物語るエトナ伝統のアルベレッロ仕立てのネレッロ・マスカレーゼ。鳥海山北麓・中島台の樹齢300年ともいわれる奇形ブナのような独特の樹形をした100年を超す古木がここでは珍しくない
 
 今から20年前、質より量を求めていたシチリアでは、仮に国としても世界第7位にあたるイタリア国内最多となる年間90万㎘のワインを生産していました。シチリア南東部原産で、島全域で栽培される在来品種ネロ・ダヴォラから造られていた凝縮感のある色濃い赤ワインは、国内はおろかアルプス以北の有名ワイン産地のブレンド用に、大量にバルク売りされていたのだといいます。

tancredi_donnafugata.jpg【Photo】ネロ・ダヴォラに30%カベルネ・ソーヴィニヨンを加えた1983年設立のDonnafugata ドンナフガータ「Tancredi タンクレディ」。歴史の転換点リソルジメントを生きたシチリア貴族を巨匠ヴィスコンティが映画化した「il Gattopardo(邦題:山猫)」で、赤シャツ隊に参加する青年タンクレディを演じたアラン・ドロンと重なる溌剌さを熟成を待たずに味わうのも一興

 そんな状況に一石を投じたのが、祖父が所有していた荒廃したブドウ畑で古典的なブドウ栽培とワイン醸造の刷新に乗り出したジュゼッペ・ベナンティと、ドンナフガータなどでの経験を買われ全てを託されたカターニア出身の醸造家サルヴァトーレ・フォティの両氏。製薬業で成功し、醸造所「Benanti ベナンティ」を1988年に興した実業家と若き醸造家は、150種以上のブドウについて複雑に入り組んだエトナの土壌との相性を考慮しつつ、区画ごとにブドウの選定を数年かけて行います。

rovitello_benanti.jpg【Photo】淡い色調とエレガントに香り立つ高貴さは、さながら伝統的なバローロやブルゴーニュ。「Rovittello ロヴィテッロ」のエチケッタに描かれる火を吹くエトナ北麓の樹齢90年になるネレッロ・マスカレーゼ80%に色素とタンニンを加える役割を果たすネレッロ・カプッチョ20%をブレンド。D.O.C.エトナ・ロッソ伝統の黄金比率を踏襲

 国際市場をいち早く意識したトスカーナで、カベルネやメルロの導入が目覚ましい成功を収めていた'90年代。伝統を否定するかのようなそうした潮流に抗うように2人のシチリア人が進むべき基軸として選んだのは、いずれもエトナ原産とされる赤ブドウ品種「ネレッロ・マスカレーゼ」、「ネレッロ・カップッチョ」、そして白品種の「カッリカンテ」でした。

passopisciaro_motoxx.jpg 伝統への敬意は払いつつ、更に高みを目指した成果は、顧みられることのなかったEtnaの可能性を世に知らしめます。複雑に入り組んだ多様な火山性土壌ゆえのエキス豊富なミネラル感と、標高1,000mに迫る高度がもたらす温度差が生む綺麗な酸味。またとないエトナの風土のもとでのワイン造りへの新規参入が、ここ10年ほど続いています。

【Photo】エトナ北麓の海抜650m~1,000mの畑で収穫された樹齢60~80年のネレッロ・マスカレーゼだけで造るがゆえ、D.O.C.エトナ・ロッソではなく、村名が名前となったパッソピシャーロ。2008年からは、エトナ一帯で「Contrada」と呼ぶクリュの概念による4種の単一畑が加わった

 名醸地ピエモンテを30年前に覚醒させたバローロ改革の旗手「バローロ・ボーイズ」を率いたMarc de Graziaマルク・デ・グラツィアが2002年に設立した新興ながら、素晴らしい成果を上げる「Terre Nere テッレ・ネレ」。そしてトスカーナの辺境から彗星のごとく現れ、シンデレラストーリーを体現してみせたアンドレア・フランケッティが2000年に購入した「Passopisciaroパッソピシャーロ」。変わり種では'80年代にHolding Back The Yearsなどをヒットさせた英国マンチェスター出身のバンドSimply Redのリーダーだったミック・ハックネルが2001年からオーナーを務める「Il Cantanteイル・カンタンテ」など。

Cantante_bianco.jpg【Photo】「Il Cantante Bianco イル・カンタンテ・ビアンコ」のエチケッタ。標高1,200mという高地にある畑で育つEtna biancoの主力品種「Carricanteカッリカンテ」と土着の「Grecanicoグレカーニコ」、「Minnellaミネッラ」の混醸。2007年ヴィンテージは、Slowfood協会発行のワイン評価本「slow wine2011」で、質の高いワインを指すGrande Vinoの評価。これは紀元前8世紀の詩人ホロメスの叙事詩「オデュッセイア」に登場する一つ目の巨人キュクロプス族のポリュフェモスによって、洞窟に閉じ込められた英雄オデュッセウス(=ユリシーズ)が、巨人にブドウ酒を勧める場面。Piazza Armerina ピアッツァ・アルメリーナ郊外に4世紀に造営された離宮「ヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレ」で20世紀に発見されたモザイク床絵がオリジナル。3,500㎡の遺跡から発見された40以上の色鮮やかなモザイク画は過去50年における考古学上の最も価値ある発見とされ、離宮は1997年世界遺産に登録された (上写真)  背後に雪を頂くエトナが迫るパッソピシャーロ村。気鋭の醸造所Graciでのネレッロ・マスカレーゼの収穫(下写真)

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 オデュッセイアには歌声で船乗りを惑わして船を座礁させる女性の顔と鳥の足と翼を持つ魔物セイレーンが登場します。トロイア戦争から帰還する英雄オデュッセウスは、エトナからほど遠からぬシチリア・メッシーナ海峡近くのセイレーンが棲む島アンテモッサの海域を通ります。美声に興味をもった英雄は、自らをマストに縛りつけ、漕ぎ手には耳栓をさせてそこを通過します。一つ目の巨人ポリュフェモスを酔い潰したブドウ酒は、セイレーンの歌声のようにさぞ甘美だったことでしょう。エトナのブドウ酒が、ホメロスが記した神話の時代から2700年以上の時を経て、改めて多くの人を惹き付けるのは、数々の神話の舞台となった地だからなのかもしれません。

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