あるもの探しの旅

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禁酒のかめ

霊験あらたか。参詣めされや、酒で悩める善男善女

 後漢書に登場する薬売りに姿を変えた仙人・壺公(ここう)が夜な夜な壺の中に入って楽しんだ「壺中天」のごとき美酒との出合いが続いている庄イタ。久しぶりの地元・庄内ネタでご紹介する世にも稀なる神通力を頼って壺中にある百薬の長を遠ざける気など微塵もありません。

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kinbou_1.jpg【Photo】金峯神社の表参道となる青龍寺口に建つ「一の鳥居」。険しい山道をひたすら登る滝沢口、湯田川口、高坂口のいずれをとっても修験者には山全体が修行の場であった

 鶴岡の地にあって古来より修験の伝統が息づく金峰山。白河天皇治世下の承暦年間に金峰山と改称する以前は、蓬華峯ないしは八葉山と呼ばれていました。標高458mの頂きに本殿(国指定重要文化財)がある金峯神社の社伝では、修験道の開祖である役小角(えんのおづぬ、後の役行者)が、670年(天智9)に吉野の金峯山と同じ金剛蔵王権現を本尊として開山したとされます。

kinbou_honden.jpg【Photo】中の宮から急峻な山道を進むと、40分で金峰山頂に至る。そこに建つ国指定重要文化財の金峯神社本殿は慶長様式を色濃く残す特徴的な造り。正面に架かる銅製の金峯神社の銘板は、旧庄内藩主酒井家16代当主・伯爵の酒井忠良の揮毫によるもの

 入母屋造りの屋根の下に向唐破風(むこうからはふ)の裳階(もこし)を備えた特徴的な現在の本殿は、1608年(慶長13 )に最上義光の命で建立されたもの。この地を治めた奥州藤原氏、最上家、酒井家の治世下で造営・改修が繰り返されてきました。直近では大正末期に大規模な補修が行われましたが、中腹に建つ金峯山博物館と本殿は2年続きの大雪で損傷を受けたため、浄財提供の呼びかけが行われています。

kinbou_fontana_akai.jpg【Photo】日照りでも枯れることのない「閼伽井(あかい)の清水」。閼伽井とは神仏に供える尊い水のこと。金峰山から湯田川一帯には良い湧水が点在する

 社務所の前に湧き出でる「閼伽井(あかい)の清水」を山登りに備えて汲んだなら、頂きを目指しましょう。来し方を樹間から垣間見る八景台の眺望で一息ついてから先は、かつては女人禁制とされた聖域。中の宮こと如意輪観音堂から、およそ40分を要する山頂の北側斜面に開けた一望台からは、庄内平野の大パノラマを見はるかすことができます。その絶景に登坂の疲れも吹き飛ぶはずです。

kinbou_vista.jpg【Photo】金峰山頂、一望台からの眺望。眼下の湯田川から白山だだちゃ発祥の地・白山、酒造りの町・大山と視線を送る先が、朝日山塊の北の果てとなる高館山。新潟・山北地域からの変化に富んだ険しい岩礁の海岸線は、湯野浜より北側は、砂丘メロンの産地となる白砂青松(実際にはクロマツ)の砂浜。それが鳥海山の伏流水が育む絶品岩ガキの産地・吹浦まで続く(上写真) 水平線からなだらかな稜線を描く単独峰の鳥海山から連なる山塊の東端が月山。その水の恵みが手前に広がる豊饒の大地・庄内を支える(下写真) ※Photoクリックで拡大

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 視界の西方には高館山の先に湯野浜が控え、北に延びる砂丘が形成する海岸線はるか先の洋上には飛島が望めます。島内中村地区の小物忌(おものいみ)神社や鳥海山頂の大物忌神社など5ヵ所で同時にご神火を焚き、互いの場所からの神火の見え方で五穀豊穣や豊漁を占う「火合わせ神事(別名:御浜出(おはまいで)神事)」が毎年7月14日夜に行われます。今年のご託宣はどう出たのでしょうか。豊饒なる恵みをもたらす庄内平野を取り囲むのは、なだらかな稜線を描く鳥海山を北の果てに見て、羽黒山・月山・母狩山・鎧ヶ峰へと連なる山々。

kinbou_nakanomiya.jpg【Photo】天台宗第三世座主、円仁慈覚大師の開基とされる金峯神社中の宮。山頂の本殿へはここから徒歩で向かう

 神社門前の集落、青龍寺(しょうりゅうじ)を抜けると、ご神域との結界となる一の鳥居から先が参道となります。杉の大木に絡まる推定樹齢400 年の大フジ(県指定天然記念物)の先には、神仏分離以降に神社から独立した真言宗の古刹・青龍寺と、粟島・六所・八坂・皇大の4つの小さな社殿が対峙します。中腹にある中の宮までは、およそ2kmの急坂を5分足らずで登る自動車道路が整備されています。

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【Photo】主祭神である事代主神(左)と大国主神(右)が中の宮で出迎えてくれる

 少彦名神・大国主神(大黒様)・事代主神(恵比寿様)・安閑天皇を主祭神とする金峯神社は、良縁成就・稼業繁栄・所願成就といった願いを聞き届けてきました。ここで私が参詣の道筋としてお勧めするのは、趣き深い古来よりの旧参道。巨木が歴史を刻む杉並木のもとに点在する石碑や苔むした墓碑が立ち並ぶこの道を、一体どれほどの数の修験者や善男善女が歩んできたのでしょうか。

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【Photo】推定樹齢400年の杉林の中に多くの石碑・墓碑(下写真)が並ぶ霊気みなぎる金峯神社参道(左写真)。中の宮までは40分の道のり。参道入口に鎮座する「禁酒のかめ」(右写真)
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 その登り口にあるのが、酒にまつわる悩みを抱える人々の信仰を集める「禁酒のかめ」。世にも珍しいご神体は古びた石造りの酒甕と大杯。その高さ1.2m、直径は0.9mほど。うやうやしく注連縄が張られた禁酒のかめは、緑濃い木立ちの中にひっそりと鎮座しています。酒造りは神事と縁が深いだけに、酒封じのご神体は、ほかに例を見ないものです。

 宮司の説明によると、1847年(弘化4)に酒造りに関係する商いを営む人々からなる「猩々講(しょうじょうこう)」が、商売繁盛を願って神社に奉納したもの。渡部庄右門・渡部多吉・小林喜次郎・豊嶋屋幸之助・・・。甕には寄進した善男善女の名が刻まれています。現在の場所には、後世移されたのだといいます。猩々とは酒を好む空想上の生き物で、観世流や宝生流の演目として能舞台にも登場します。

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 幕府直轄の天領である酒造りの町・大山Link to bacnumberを擁する鶴岡だけに、小原庄助のような飲兵衛には事欠かなかったのでしょう(笑)。いつの頃からか、この酒甕と大杯は、本来の意味を離れ、アルコール依存症、酒乱癖といった深刻な酒禍から、飲み過ぎによる怠惰の戒めなど、広く酒にまつわる悩みを抱える人の拠りどころへと変わったのです。

 金峯の神通力にすがるには、まずは災い封じの祈祷を受けます。すると御札と志願成就の御朱印がついた大きな白紙が下賜されます。石作りの大杯を隙間なく覆う大きさの白紙で酒を封印するのです。息が詰まらないよう、紙の中心には小さな穴を開けるのを忘れないのも心優しい金峯の神様。

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 これまでは地元だけでなく遠方からの依頼を含め、毎月数件の祈祷を行っていたそうです。「3年続けて禁酒のかめに願をかければ大酒呑みが直る」と近郊の湯田川温泉で話を聞いたことがあります。3年という長さは、顔を隠した「化け物」が沿道の人々に無言で酒を振舞う奇祭「鶴岡天神祭」で、化け物に扮して人に素性を知られなければ願いが叶うとされる年数と奇しくも同じ。石の上にも3年とは申しますが、なかには数年にわたって祈祷を受け続ける例もあるそうで、よほど深刻な事情がありそうですね。
(⇒3台のワインセラーのストックを絶やさない私の家人だったりして...。)

 震災後は月に1件の禁酒の依頼があるかどうかなのだそう。「こんなところにも不景気の影響が出ているのでしょうか」と宮司は苦笑いするのでした。

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◆各種祈祷の申し込みは―
 金峯神社 社務所
 TELまたはFAXで: 0235-23-7863
 URL:http://www.kinbou.net/moushikomi.htm
 住: 鶴岡市大字青龍寺字金峯1

 禁酒祈祷料:5,000円~

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