あるもの探しの旅

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2012/10/20

ナシにまつわるアバタもエクボなハナシ

着果不良とカメムシ禍で無収穫の生産者も。
なれど利府梨のおいしさは今年も変わりナシ

 蔵王連山の雄姿を間近かに仰ぎ見る円田地区を中心に栽培農家が多く、宮城では和洋の梨について総生産量のおよそ半数を占めるのが蔵王町。次いで2番目の和梨産地となるのが利府町です。町内屈指の優秀な梨生産者との呼び声の高い伊藤梨園さんのおかげで、昨年その美味しさに目覚めたのが、明治生まれの歴史ある和梨品種「長十郎」でしたLink to Backnumber

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【Photo】 昨年9月、利府町の伊藤梨園直売所で味見したのが、本命の「あきづき」と対抗馬にあたる「新星」。本命買いに傾いた形勢を逆転したのが最後に勧められた長十郎。最近は姿を見る機会がほとんどない古馬ゆえ、その時点では期待せずにいたダークホース長十郎を絶賛した拙ブログの読者から、新規の指名買いが続いたという。今年は春先の寒さと夏の酷暑のもとで平年の半分も実を結ばなかったという青梨系品種「八雲」(写真右側)と赤梨系品種「幸水」(写真左側)。本来はキツネ色に色付く幸水が、高温の影響で着色不良の傾向が見て取れる
 
 すっかり長十郎の味をしめた今シーズンも、秋の味覚を求めてイオン利府ショッピングセンター前にある直売所ではなく、利府町内のご自宅に伺い、選果場で直接購入すること3度。初回は9月9日に早生種を代表する品種「幸水」と二十世紀の改良種「八雲」を。二度目は暑さにめげず美味しさが際立ったという「あきづき」と利府梨の代名詞「長十郎」を10月8日に。間もなく収穫される晩生種「新高」が出る前に今シーズン最後になるであろうずっしりと大きく育った長十郎をこのほど購入しました。今年も味わうことが叶った秋の恵みに感謝。
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 例年より1週間から10日生育が遅れ、やっと収穫が始まったばかりだという9月上旬。ホームグラウンド庄内きっての梨産地である酒田市刈屋でも同様に耳にしたことですが、伊藤さんから伺ったのが、梨農家にとって、こんなに難しい年は近年なかったということ。ミツバチと手作業による受粉作業の後に続いた春先の寒さが響いて着果自体が少なかったことで、250軒ほどある利府町内の梨生産農家によっては、全くの無収穫に終わったケースもあるそうです。

【Photo】収穫直前のカメムシ禍により、アバタ顔のような凹みができた長十郎(手前の3個)

 連日の酷暑が続いた9月上旬に伺った際に買い求めた幸水は、少雨とまだ旬の走りということで、型が小さく味の乗りも昨年と比べて今ひとつでした。伊藤梨園さんでは、小さな傷がついたり、黒い斑点が出るなど姿形が良くないだけで出荷できない梨をいつもお土産にと下さいます。その時は、そうして頂いた初めて口にするスッキリとした酸味が持ち味の八雲から、青梨の美味しさを教わったように思います。

chojyuro2_2012.jpg【Photo】カメムシが果汁を吸った凹型の痕跡が写真左上と右下部分に残ったため、商品価値が損なわれた長十郎。伊藤梨園さんの長十郎は、皮を剥くと糖度の高さをうかがわせるねっとりとした感覚が果肉表面に残る

 丹念な土作りから品質管理に心を砕く伊藤梨園さんですら、平年の4割しか収量が見込めない今年。追い打ちをかけたのが、高温続きによる着色不良と梨農家の大敵カメムシの襲来でした。暑さで活動が活発化したカメムシは、梨の実に飛来しては果汁を吸い取ります。肥大初期に果汁を吸われると、その箇所が成長を止めてしまい、ジャガイモのように型がいびつになって廃棄せざるを得なくなります。

 収穫末期に入り、1個の重さが1kgに迫る場合もある長十郎。今年のように収穫期にカメムシ被害に遭った箇所が凹型に窪んだ哀れ"カメナシ"と化した長十郎は、商品価値が著しく損なわれるのです。1年をかけて大切に育てた梨が台ナシ(梨)にされるのですから、梨農家にとってはたまったものではありません。憎っくきカメムシは病害虫よけの袋掛けをしていても、果汁を吸ってしまうことがあるそうで余計にタチが悪いのだといいます。

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【Photo】カメムシが果汁を吸った跡は、皮を剥くと水気が少ないスポンジ状に変質しているが(左写真)、その部分を包丁で取り除けば何ら問題ナシ(右写真)。そのまま食べても結構ですし、スプマンテやプロセッコなど辛口の発泡性ワインとの相性が良い長十郎。いただきま~す

 「ウチに置いてあっても仕方ないので」と、今回もハジキ梨をおまけして下さった伊藤さん。多少見た目が悪くても、その味に貴賎はありません。実力通りの美味しさで庄イタを魅了した昨年とはまた一味違う今年の利府梨。オジャマ虫に悪戯され、ルックスはお笑いコンビ「ウッチャンナンチャン」の南原清隆のようなアバタ顔になっても、精一杯美味しくなろうと頑張ってくれた文句ナシのカメ梨君なのでした。

  
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伊藤梨園直売所
住:宮城県宮城郡利府町八幡崎前
  ※イオン利府ショッピングセンター西側
    「河北・TBC利府ハウジングギャラリー」と「利府デンタルクリニック」の間
    直売所が閉まっている場合は、下記伊藤恒雄さん宅に問い合わせを
Phone:022-356-2233


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2012/10/13

酒田女鶴と本女鶴

女鶴餅をおいて餅を語るなかれ

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【Photo】錦秋の山居倉庫

 堂々たる体躯の欅並木沿いに12棟の土蔵が建ち並ぶ酒田市の山居倉庫は、1893年(明治26)の創建以来、100年余に渡って庄内米の貯蔵庫として稼働してきました。四季折々に移ろう表情を見せるその敷地内に2004年(平成16)に開設された産直施設「みどりの里 山居館」で、「酒田女鶴(めづる)100%使用の自然乾燥米杵つき餅」と出合ったのが4年ほど前の冬。角餅文化圏となる東日本・東北では珍しく、庄内地方は西日本で主流の丸餅を食します。これは山居倉庫から米を運んだ北前船交易によってもたらされた上方文化の一端です。

 酒田女鶴という糯(もち)米には聞き覚えがありました。Viaggio al Mondo あるもん探しの旅でこれまで幾度か引用してきた伊藤珍太郎の名著「改訂庄内の味」(「本の会」刊)で、"比較の味ではなく絶対の味においてなら女鶴餅は最高秀逸の一つであることはたしか"であり、"一度おぼえたら忘れがたい贅沢な舌の記憶"になると絶賛されているのです。

sakata_mezuru_mochi.jpg【Photo】酒田女鶴餅の味を知って4年。この餅を抜きにして、新たな年を迎えることなど到底できなくなった庄イタ。パッケージ裏面の製造者欄に渡部由美子さんのお名前が記載された杵つき「ふるさともち」 12個入り(500g)1パック 税込840円で酒田市 ト一屋で購入

 酸化鉄を多く含む土壌のため、飲用に適した井戸は皆無ながら、糯米栽培の最適地とされる酒田市円能寺。地元で名高い円能寺餅の産地ですら、伊藤珍太郎が改訂版を著した1981年(昭和56)時点で、女鶴の作付はわずかに2、3反歩。3、4人の奇特な農家が種籾を受け継ぐに過ぎない状況にあったことが記されています。本間家に次ぐ酒田きっての名家の出身で、上智大文学部卒業後、講談社編集局に勤務し、のちに酒田市助役を3期務めた幅広い見識を備えた伊藤珍太郎。稀代の食通でもあった伊藤珍太郎が、新潟「黄金糯(こがねもち)」や異名同種の宮城「みやこがねもち」、庄内で主流となる「でわのもち」など、定評ある美味しい糯米を差し置き、孤高の味と評するのですから、その改良種である酒田女鶴を看過するわけにはいきません。

nunome_2012sakata.jpg【Photo】珠玉の餅の産地・酒田市円能寺から布目地区にかけての秋の田園風景。杭掛けされるのは「もう一度あの餅を食べてみたいのぅ」と酒田の古老が語り継ぐ糯米「女鶴」

 1反(10アール)当りの収量が豊作でもぜいぜい7俵と少なく、1mあまりに達する稲穂の丈ゆえ倒伏すると刈り取りが厄介。そのため農家から敬遠され、農業経営効率がひたすら求められた昭和が終わるころには、すっかり姿を潜めた幻の糯米「女鶴」。コメに限らずそうして消えていった品種が一体幾つあることでしょう。

risorosso_sakatamezuru.jpg【Photo】みどりの里 山居館で購入した酒田女鶴を渡部由美子さんが炊き上げた赤飯。田の神おろし(3月)、さなぶり(4月)、土用餅(7月)、刈り上げ餅(10月)、田の神上げ(11月)。庄内地方の農村では、正月は言うに及ばず心改まる節目や祝儀不祝儀の折など、ハレの場に赤飯や餅が用意された

 改訂庄内の味には、現在の鶴岡市寺田の南東に酸化鉄土壌ゆえ馬耕すら難儀する草田地帯があり、そこで育つ「寺田餅」が代々庄内藩主献上品とされたとの記述があります。県立農業試験場尾花沢分場で育種され、1966年(昭和41)に登録された糯米でわのもちが、現在でも寺田餅として少量作られ、誉れ高き伝統を受け継いでいます。

 かたや円能寺集落の佐藤実さんの父祖が明治期に皇室御用達の栄に浴した女鶴も、昭和から平成に時代が変わる頃には、たった1軒の地元農家が作るだけになっていました。他の土地では本来の味が出せないため、風前の灯となった女鶴ですが、そのまま忘却の彼方へと消え去ることはありませんでした。たぐいまれな食味を忘れられない人々の熱意により、1991年(平成3)に開設された庄内バイオ研修センターが、3年前に農業生物資源研究所 放射線育種場で突然変異を誘発させた女鶴の種籾を使って品種改良に着手。優れた食味はそのままに栽培しやすいよう15cmほど短稈(かん)化し、平成の世に蘇った酒田女鶴の餅を初めて食べた時の感激は忘れることができません。

【Photo】大根・人参・牛蒡などの千切り野菜を凍らせた「おひきな」・凍り豆腐・蒲鉾・イクラといった定番具材とともに酒田女鶴の丸餅が主役を張る庄イタ家門外不出の仙台雑煮。文武両道で食に関しても造詣が深かった伊達政宗公とて、この究極の餅の味はご存知なかった(ハズ)

zouni_mezuru.jpg 旧庄内藩士が開墾した松ヶ岡で培われた伝統と技が生み出す鶴岡シルクのようにキメ細やかで目が詰まった滑らかな食感。どこまでも伸びる桁外れの強い粘り。雑煮に入れても全く煮崩れしないコシ。そして長い余韻を残す豊かな風味・・・。庄内の味における伊藤珍太郎の記述が決して誇張などではなく、絶品とされた女鶴の美点を受け継ぐ酒田女鶴が、いずれをとっても一級の糯米であることを雄弁に物語ります。酒田女鶴をおいてほかに、杵と臼でついたばかりの餅にしろ、それまで口にしたいかなる餅も、私の経験上では杭掛けで自然乾燥されたその糯米を搗(つ)いた丸餅には及ばないのでした。

 昨年秋、みどりの里 山居館で、たまたま丸餅を納品にいらした生産者と思しき方と遭遇しました。品質保持のための脱酸素剤を封入して真空パック詰めされた酒田女鶴餅の裏面には、生産者名が記載されていました。千載一遇の好機にバックラベルの生産者名を今一度確認した上で「渡部由美子さんですよね」と声をかけ、年が改まってからの訪問を申し出たのでした。

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【Photo】作業場においでだった渡部正宏さんと奥様の由美子さん。手前の卓上には、伺う直前に買い求めた渡部さんの酒田女鶴の赤飯と、山居倉庫の物販施設「酒田夢の倶楽」で購入した酒田市内にある菓子店「栗原甘泉堂」が円能寺産の女鶴を使って製造する女鶴豆大福

 今年6月24日(日)、酒田市吉田のご自宅脇の作業場で、ご主人の正宏さんと仕事中の由美子さんのもとに伺いました。その折に酒田女鶴や遊佐町生まれの彦太郎糯が植え付けられた圃場も訪れました。自身無類の餅好きだと笑顔で語る正宏さんは、14人の同志からなる生産者組織「酒田女鶴部会」の部会長を立ちあげから3年間務めました。その間、自前の餅加工施設に組合員から持ち込まれる酒田女鶴をすべて味見しつつ、品質向上に尽力したといいます。これぞまさしく"好きこそ物の上手なれ"
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【Photo】渡部さん夫妻が酒田市立琢成小学校と10年以上続けている食農交流。今年春に総合学習の一環で酒田女鶴の田植えを見学した3年生の児童が、9月19日(水)に渡部さん指導のもと、酒田女鶴の手刈りに挑戦した  〈左写真提供:庄内バイオ研修センター〉

 およそ1ヵ月天日干しされ、じっくりと理想の水分含有量に仕上げた今年の酒田女鶴。自然乾燥米杵つき餅として、年間通して取扱いのある山居倉庫みどりの里 山居館や、酒田市内に10店舗を構える生鮮スーパー「ト一屋」の店頭に11月初旬には並びます。餅はつきたてが最高ゆえ、お召し上がりはお早めに。

【Photo】観測史上最も暑い9月となった今年。高温のために稲の登熟が一気に進み、昨年比で一週間早くコメの収穫が始まったという知らせ受け、ヒエ~とばかりにアワを食って渡部さんの圃場を9月15日(土)に急ぎ再訪。全て人力でこなすため、「腰に負担がかかる杭がけは一苦労なんだ」と正宏さんが語る杭がけ作業を終えた酒田女鶴。秋晴れの抜けるような空のもとで風に吹かれ黄金色の穂先を揺らしていた(下写真)

sakatamezuru_kuigake.jpg こちらの連絡先を渡部さんに伝えていなかったため、稲刈り開始について連絡を下さったのが、「ル・ポットフー」のフロアサービス係だった阿部泉さん。みどりの里 山居館に入居する地酒専門店「木川屋山居倉庫店」に現在はおいでです。阿部さんのご主人真さんも交え、地元の旦那衆が集う「久村の酒場」でご一緒した翌朝、酒田女鶴のルーツとなった女鶴糯の特産地であった円能寺地区を訪れました。うるち米の刈り取りはまだでしたが、すでに杭がけされた糯米が散見されました。女鶴発祥の地・円能寺でも、高単価な商品を揃える清川屋と取引をしている生産者が、本女鶴のみならず、でわのもちや酒田女鶴も栽培しているといいます。

 特にあてもなく隣接する布目(ぬのめ)地区に差し掛かったところで、道路脇の畑で仕事中だった年配の女性に声を掛けました。他愛のない言葉を交わしたところで、「酒田女鶴ではなく、女鶴を育てている農家さんは、円能寺でも多くはないと伺いました」という私の問いに対するお母さんの返答に我が耳を疑いました。

 「ほら、そこに見える隣の田んぼに杭がけしてあるのが、種籾をたった一人で守り抜いてきた堀さんの女鶴だよ」

 「えっ、えええええーーーーー????」

honmezuru_hori.jpg【Photo】唯一の女鶴伝承者であった堀芳郎さんが、今年も円能寺との境界にある布目の圃場で育てた本女鶴が、昇る朝日に照らされて神々しい輝きを放つ。本州を直撃した台風19号が迫りつつあった10月初旬、酒田大火があった1976年(昭和51)に杭掛けしていた女鶴の稲穂全て吹き飛ばされた苦い経験を持つ堀さんは、納得のゆく仕上がり具合を確認した上で、これらの稲を全て脱穀したという

 酒田女鶴を愛してやまない庄イタは、そのルーツである女鶴が命脈を保った聖地に辿り着いていたのです。これは時に彼の地で発動する動物的な霊感を備えた嗅覚が働いたのか、あるいは鳥海山頂に鎮座する大物忌神の思し召しなのでしょうか。偶然にしてはあまりの展開です。お母さんに教えてもらった堀さん宅に伺うと、居間においでだった奥様が私を圃場へと誘って下さいました。

yoshiro_hori.jpg【Photo】明治初期から江戸まで遡るとされる来歴はつまびらかではないものの、この世にこんな糯米があったのかと感動すら覚える女鶴を食する悦びを今日に残して下さった恩人、堀芳郎さん

 初めて渡部さん宅を訪れた日、正宏さんから酒田女鶴の原種である本女鶴(⇒酒田女鶴の登場以降、地元では「本女鶴」と区別して呼ばれている)の種籾を手に入れた経緯を伺っていました。正宏さんが土地改良区の役員をしていた十数年前、役員の会合で、かつて父から話に聞いただけで口にしたことのなかった女鶴餅が話題に登ります。その宴席には布目の役員を務めていた堀芳郎さんが居合わせました。

 渡部さんは、そこで女鶴糯を唯一伝承するのが堀さんであることを周囲から知らされます。堀さんは、10歳年下で自他共に認める餅好きの正宏さんに「女鶴を自分で育ててみたら」と貴重な種籾を譲ってくれたのだそう。"女鶴は趣味で育てています"と言いながらも、尊敬する堀さん直伝の女鶴を手塩にかけて育てる渡部さん。毎年ねだられる親類縁者など行き先が決まっており、残念ながら市場には出回りません。最近やっと収量が安定してきたと笑顔をみせた渡部さんも、心強い女鶴の継承者にほかなりません。

honmezuru_watanabe.jpg【Photo】女鶴と出合えて幸せだと語る渡部正宏さんが杭掛けした本女鶴。高さを増した青空と秀峰鳥海山のもと、爽秋の乾いた風が吹き抜けてゆく実りの季節を迎えた北庄内

 杭がけされた本女鶴の前で奥様と待つことしばし。コメの登熟具合を軽トラで確認して回ってきた芳郎さんが、戻っていらっしゃいました。今年で古希を迎えたという芳郎さんは、今も自ら杵を握って臼で餅を搗くというのが合点がゆく70歳とはとても思えないがっしりとした体つきと日焼けした風貌の持ち主でした。ご子息の正人さん(44歳)と2日がかりで杭がけを終えたばかりという女鶴を眺めながら、あれこれ話を伺いました。

 先代の八十八(やそはち)さんから受け継いだ先祖伝来の女鶴にとって最適の酸化鉄粘土質土壌の圃場のうち、先代と同じ20アールの区画で女鶴を毎年育てているそうです。春先の低温が続いた後、夏場の暑さと日照りによる水不足のもとで、品質管理に心を砕いた今年の女鶴の収量は、7俵半から8俵ほど。反当たり4俵も穫れない本女鶴は、まさに希少価値の高い糯米なのでした。突然の訪問者である庄イタを迎え入れて下さったばかりか、最高の贅沢ともいえる機械搗きではない杵つきの女鶴餅を年末に譲って下さるという芳郎さんと奥様にお会いできたのが、私にとっては望外の喜びであり、収穫でした。

 餅の出荷のため大晦日まで忙しさが続くのだという渡部さんの酒田女鶴に加え、今年は堀さんの本女鶴という極めつけ糯米の豪華競演による仙台雑煮が、新たな年を寿ぐ庄イタ家の食卓を飾ることでしょう。早いもので今月8日には冬の使者オオハクチョウがシベリアから酒田に渡来し、昨年より10日遅い鳥海山の初冠雪の知らせが本日届きました。紅葉も平年より10日ほど遅れているようですが、この冬の備えは、まず女鶴餅の準備から。 ♪ もういくつ寝るとお正月・・・ 

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◎「酒田女鶴100%使用の自然乾燥米杵つき餅」については
 農業 仁助屋 http://www15.plala.or.jp/nisukeya/index.html#hpb-container 

 みどりの里 山居館 
  住 : 山形県酒田市山居町1-3-1
  Phone : 0234-26-6222
  営 : 9:00~18:00
  URL : http://www.sankyokan.jp/
  E-Mail : info@sankyokan.jp


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