あるもの探しの旅

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2013/01/14

Riparazione del Lampadario Veneziano

インフルエンザで閉門蟄居の間に
DIYでムラーノグラスの修復

door_casa-ecching.jpg 年明け早々A型インフルエンザに罹患、先週火曜日から自宅謹慎のお沙汰が出た庄イタ。医者からタミフルを処方され、外部との接触を禁じられたなかで取り組んだのが、破損してずっと手つかずにいた家具2点の修復でした。

 ひとつは19世紀の英国製エッチングガラスを組み込んで、「K'sアンティーク」に作成したもらった屋内ドアのノブ。シリンダー内部の金属が摩耗して動きが悪くなっていたものを分解し、不良個所をDIYで直しました。ドアノブの作業はあっという間に終わりましたが、もう一つは難易度が高く、なかなか着手できずにいたムラーノグラス製シャンデリアの補修でした。

door_casa-knob.jpg【Photo】購入時は宮城県岩出山町にあったK'sアンティークで一目惚れした19世紀英国製エッチングガラス(上写真・画像クリックで拡大/click to enlarge。自宅を新築する際に購入したエッチングガラスドアとともにオーダーメードしたドアに組み込んで居間へ通じる屋内ドアに使った。新品だった真鍮製ドアノブ(左写真)は、表面のコーティング樹脂をヤスリで剥離し、薬品処理でアンティーク加工を施した。それから10年使っているうち、押し下げてドアを開ける際に上への戻りが悪くなってきたため、インフルエンザで外出を控えなければならない間にDIYで調整。ガラス越しに見える代用品の素っ気ない英国製シーリングライトが下がる位置が、今回取り上げるムラーノグラス製照明の定位置だった

 東日本大震災では震度6強の揺れに見舞われながら、落下を免れた居間を照らすシャンデリア。ともにラグーナを覆い尽くす濃霧の色あいのような淡い水色を帯びた軽やかなヴェネツィアン・グラスで作られたものです。なかでもお気に入りは、'96年にデッドストックもので購入した熟練の職人技がなせる繊細な造形の薄く軽い吹きガラスの5灯タイプ(下写真手前)。もうひとつは現在の住まいを新築した10年あまり前にインターネットで入手した5灯シャンデリア(下写真奥側)です。

lampadari-murani.jpg【Photo】ここは水の都ヴェネツィアのカナル・グランデに面したパラッツォ? いいえ、栄華を誇ったヴェネツィア共和国の憂愁を旋律に刻んだアルビノーニをBGMに、黄金の国ジパングの一角で前世イタリア人が夢想に耽る灯火 ・・・アホカ (゚c_゚`;)(上写真)

parts_lampadari.jpg ところがネットで購入した方は、8年目に石膏で固定されたアームと灯火部分の接続部分が1箇所外れてしまいました。落下しなかったのは、ガラス製アームの中は空洞で、中心軸から枝分かれした電線が通っており、ふたつのパーツが繋がっていたから。首の皮一枚に等しい危うい状況を放置するわけにもいかず、一般的な瞬間接着剤で修復を試みましたが、熱で変性するためか、すぐに取れてしまいます。

【Photo】シャンデリア修復前夜、各パーツをバラバラ状態にしたムラーノグラス(右上写真)
この夜NHKで放送された番組に登場した深海に生息する海洋生物、ないしは古典的SF映画に登場する宇宙人にソックリ?? 質量とも世界一のクラゲ展示を誇る鶴岡の加茂水族館の水槽にこの状態で沈めておいても、容易にはわかるまい( ̄ー ̄)

 そこでK'sアンティークと共に助言を仰いだのが、仙台市太白区秋保で創作活動を行うガラス工芸作家の鍋田尚男さん。手をかけてレストアした4台のヴィンテージものをこよなく愛するVespaフリークでもあり、ガラスの特性を知り尽くした鍋田さんは、耐熱性に優れ、ガラスに負荷がかかる硬化収縮度が少ない30分硬化タイプの化学反応型接着剤を勧めて下さいました。

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【Photo】アームから外れた灯火部分のガラスが落下しなかったのは、熱で変性してヒビが入る危険な状態にあった樹脂製ソケットから伸びる電線でアームとかろうじて繋がっていたため(左写真) ガラス工芸作家の鍋田尚男さんから勧めて頂いたのは、硬化開始に30分を要する強力タイプのガラス・金属用接着剤(右写真)

 当然のこと5灯は同じ構造ゆえ、外れなかった残り4本も付け直しをした方が得策です。ホームセンターで入手した接着剤を使って修復に着手したのが、タミフルの薬効によって、ほぼ体調が戻った今日。しんしんと降り続く雪で、窓の外は白銀の世界。久しく抱えていた懸案を解決するにはもってこいの修理日和でした。

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【Photo】ソケットに接続する金具の外周とガラスの内側を接着(左写真中心部分) 金具の外周とガラスの内側を接着後にアームと接続してビニールテープで固定し静置。イタリアの国民性が表れるためか、灯火部分の大きさやアームの高さがまちまち(笑)(右写真)

 アームと灯火部分のガラスを繋ぐ部分に忍ばせるのが、ソケットを取り付けるネジ山を切った直径8mmほどの金属製パーツ。上の大きな画像のように最終的には斜め下向きとなる灯火部分の受けとなる金具をネジ山に沿って通します。その金具の外周部分とガラスの内側を接着剤で固定するのです。もともとの樹脂製ソケットは、熱で劣化しており要交換のため、接着後の配線と一緒にK'sアンティークにお願いする段取りです。

 金具固定後は最大の山場となるアームと灯火部分の接続。接着面は大きくないので接着剤の良し悪しが勝敗を分けます。硬化が始まるまではビニールテープでガラスの部品同士を固定します。ただしムラーノガラスは吹きガラスで形作られるハンドメード。アームの受けの角度と吹きガラスの大きさはすべて均一ではありません。そのため接着面を最大にすると、灯火部分の反対側の支点部分の高さがすべて違ってくるのです。そこで活躍したのが、高さに合わせて横積みした雑誌。これで待つことしばし。

   joint_ranpadari.jpg finito_riparazione.jpg  
【Photo】アームと灯火部分の固定を完了させた状態(左写真) 修復にあたって最大の難関を越えた状態(右写真)。配線の上で遅くとも来月には天井に再装着する運び。これで居心地が良いベッラ・ヴィスタな部屋に戻る予定

 室温が低いと硬化に要する時間が長いので、仕上げに温風ヒーターの暖気が届く位置に静置して実用強度に達するまで待ちました。そうして5本の接着は無事終了。あとは配線を終えてから再び天井に取り付けをすれば元通りのヴェネツィアンな明かりが戻ってきます。光源は世の趨勢に従ってLEDにするか、ここだけは光が柔らかい白熱灯のままで通すか、答えはまだ出ていません。インフルエンザで転んでも、タダでは起きない雪の休日が明けると、病み上がりでナマった体を押して社会復帰です。

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2013/01/06

新年明けまして女鶴餅

杵つき女鶴餅を仙台雑煮で味わう癸巳のお正月

 「今日餅が搗き上がったさげ・・・」

 暮れも押し迫った昨年の12月30日夕刻、酒田市布目に伝わる幻の糯米「本女鶴」の生産者、堀芳郎さんから電話を頂戴しました。それは不思議なめぐりあわせで昨年9月にお会いして以来、久しぶりに耳にする訥々(とつとつ)とした堀さんのお声でした。杭掛けを終えたばかりの女鶴を前に、年末には昔ながらのやり方で、杵と臼で餅を搗くと仰っていた堀さん。大晦日の前日に餅を用意する庄内の稲作農家の伝統に倣い、本女鶴を餅に仕上げたのでした。

nunome_inverno.jpg【Photo】杭掛けされた本女鶴が並ぶ布目地区(写真右手)を前回訪れた昨年9月の黄金色に染まった豊穣の風景に見とれた場所に立つと、モノトーンに包まれた冬景色を肌を刺す寒風が吹き抜けてゆくのだった

 家人の帰省のため気仙沼へと向かう前日の大晦日に酒田までの雪道を往復することを一度は躊躇したものの、私のことを気にかけて下さっていた堀さんに発送の手間をおかけしては申し訳ないと思い、「明日頂きに上がります」と申し上げて電話を切りました。

sankyo2009.inverno.jpg 冬期間は仙台‐酒田の最短ルートとなるR347鍋越峠が閉鎖となるため、距離的なロスがある山形自動車道経由ではなく、R48から東根を経て、R13で新庄から酒田を目指しました。関山峠から村山市までは穏やかな天候だったものの、豪雪地帯の尾花沢に差しかかる頃には、吹雪模様に。風雪のため最上川の対岸の風景が淡い水墨画のごとく霞むR47から酒田市内に入り、まずは山居倉庫の産直館で酒田女鶴の餅を購入しました。それはここ数年来、我が家の正月の雑煮に欠かせない酒田女鶴と今年初めて口にする本女鶴とで餅の食べ比べをするために他なりません。

【Photo】山居倉庫の欅並木も冬の佇まい

 昨年の11月初旬、堀さんとのご縁をつないで下さった酒田女鶴の生産者である渡部正弘さん・由美子さん夫妻のもとを訪れた際、加工場で真空パック詰めする直前の半生状態にある酒田女鶴餅を私に持たせて下さいました。渡部さんは頑としてその対価を受け取ろうとしないため、その再現ではかえって申し訳ないので、今回は産直館で渡部さんの餅を購入した次第。そこではこれまた2年前の夏に偶然お会いした新関貴美子さんが所属する「ミセスみずほの会」が、シーズン最後に出荷する在来種「鵜渡川原キュウリ」の粕漬と奈良漬もあわせて入手しました。

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【Photo】暮れゆく2012年を締めくくった酒田の寿司割烹「こい勢」旬の地魚おまかせ握り(1人前3,150円)より。 烏賊(左上)・ノドグロ炙り(右上)・寒ダラ昆布〆(左下)は振り塩で・カワハギの上品な白身と濃厚な旨味が詰まった肝は自家製の煮切り醤油で(右下)

 訪問しようと電話した酒田市内のフレンチレストランが、すべからく年末休に入っていたこの日。年間を通してさまざまな山海の美味との邂逅があった庄内での有終の美を飾る腹ごしらえはJR酒田駅にほど近い相生町の「寿し割烹こい勢」のカウンター席へ。今回も親方に注文したのは庄内産ササニシキのシャリと季節ごと旬のネタ10貫が味わえる旬の地魚おまかせ握り。

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【Photo】鱈の白子の庄内での呼称ダダミの炙り(左上)・日本海側の各地でシロガスエビやドロエビといった可哀そうな異名を持つクロザコエビを庄内浜ではガサエビと呼ぶ。その身は甘エビ(ホッコクアカエビ)よりも美味(右上)・酒田沖産ホンマグロのトロ(左下)・ズワイガニ(♂)の庄内での呼称ヨシガニの軍艦(右下)

 振り塩と柚子の香りのイカに始まり、寒ダラの昆布〆と炙って香ばしさが加わった絶品ダダミ(白子)、トッピングの肝が旨味を増幅させる上品な白身のカワハギ、店一番の人気だというトロけるようなノドグロの炙り、ふっくらとした肉質が身上のヨシガニと庄内浜では称されるオスのズワイガニ、甘味が強いものの鮮度が失われやすいため生食は地元ならではのガサエビ・・・。お江戸ならば倍額の出費は覚悟せねばならぬでろう江戸前握りとコチのアラ汁で心底満たされたところで、堀さんのもとへと道を急ぎました。

 円能寺地区に向かう車窓から見る風景は、実りの季節に訪れた前回とは打って変わった厳しい冬の表情。雪雲に覆われて鳥海山はその稜線すら垣間見ることができません。車から降りて寒風吹きすさむ道端に建つ地蔵堂越しに、女鶴が命脈を保った堀さんの圃場を眺めました。車に戻る前、振り向きざまに視線を送った赤い頭巾と胴衣をまとったお地蔵様のお顔に目が釘付けになりました。
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【Photo】北西方向を雪囲いで覆われた県道367号線の道端に建つ布目地蔵堂

 何故なら、地蔵の口には誰かが何かを塗りつけた跡があったからです。茶色のそれはザラメ砂糖のように見受けられました。その布目地蔵を見て思い起こしたのが、民俗研究家の結城登美男先生の著書「東北を歩く」(2008・新宿書房刊)に登場する山形県新庄市の接引寺山門脇にあるという「まかどの地蔵」。東北の稲作の歴史は、凶作と飢饉との戦いの繰り返しでもありました。新庄のある最上(もがみ)地方は、豪雪と冷害に見舞われることが幾度となくあった地域。
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【Photo】黙して語らぬ口の周りに黒砂糖を塗られた布目地蔵

 天明・天保とともに江戸三大飢饉に数えられる宝暦の大飢饉(1755)では、夏の低温と長雨、そして冬の豪雪により、埋葬しきれぬほどの餓死者が出ました。その供養にと祀られたのが、まかどの地蔵。以来、地元の人々は餓鬼道に堕ちた者のため、春と秋の彼岸にぼた餅を地蔵の口に運んで食べさせるようになったのだといいます。布目の地蔵様まつりは4月と8月の地蔵盆の日(23日・24日)に行われています。これは田植えを行う直前と旧盆明けの時期にあたります。

 庄内地域に6体が現存する即身仏は、飢饉や災禍で苦しむ衆生を救わんと、穀断ちの千日行の末に生きながらにして土中に籠り即身成仏を果たしたもの。(今日からNHKのBSプレミアムで全話再放送が始まった)明治末期に小作農家の貧しさゆえ年端も行かぬ7歳にして口減らしのため1俵の米と引き換えに年季奉公に出された「おしん」はフィクションですが、不幸にして先立った我が子、柳田國男が遠野物語で紹介したデンデラ野ほか各地に残る姥捨て山伝説など、日本各地には農村庶民史の暗黒部ともいえる伝承が残ります。飽食の時代といわれる今もなお、口に黒糖を塗られた布目地蔵に、亡者を想う施餓鬼の意味と食べ物を大切にする地元の心を見た庄イタなのでした。女鶴が命脈を保った田んぼの脇で寒風に耐えるようにひっそりと息をひそめる地蔵の姿に胸を打たれました。

shogatsusama_horitaku.jpg【Photo】お正月様をお迎えする堀家のお供え。氏神ほかの掛け軸、子孫繁栄を願うユズリハ、喜ぶにつながる昆布、長寿を願う干し柿、女鶴から作った鏡餅とチョポ餅(上写真) 本女鶴のチョポ餅を供えられた堀八十八さんの遺影(下写真)

yasohachi_hori.jpg 昨年9月に伺って以来となる堀さん宅には、お正月を迎える鏡餅が供えてありました。毎年30日に先祖伝来の臼と杵を納屋から取り出して餅を杵搗きするという堀さん。水回りほか家の各所にお供えする小さなチョポ餅もすべて本女鶴から作られたものです。お正月様を迎える祭壇脇の仏壇には、チョポ餅を供えられた先代の八十八(やそはち)さんの遺影もあり、線香を上げさせて頂きました。

 自身のお名前には一年届かず87歳で亡くなられたという八十八さん。大の餅好きで、酸化鉄粘土質土壌の布目と隣村の円能寺が白眉とされる女鶴の味に心底惚れ込み、田植えは一本植え、1m以上に及ぶ丈が災いして倒伏するため、手刈りせざるを得ないという手間のかかる農作業に汗を流していたそうです。女鶴は八十八さんが生まれて2年後の1911年(明治44)に地元の飽海郡全体で最多の772haが作付された記録が残ります。農業の機械化が進んだ昭和40年以降は、それまで庄内平野の糯米の主力であった彦太郎糯と同様、女鶴も近隣の圃場から急激に姿を消してゆきました。

88_meduru.jpg【Photo】農家の道楽と言いつつ、精魂を注いだ女鶴の刈り取りを行う存命中の堀八十八さん(上写真)  ご自身で杵搗きした本女鶴餅をご用意して下さった堀芳郎さん(下写真)

yoshiro_mochi.jpg 効率を度外視した農業経営など成り立たなくなった時代にあっても八十八さんは、穂先が二つに分かれ、その長さが揃っている女鶴糯の特徴を供えた個体を原種として3年ごと種籾を選別していたとのこと。そうして今は芳郎さんが受け継いだ20アールの圃場で自家用に命脈を繋いできた女鶴。1980年(昭和55)に酒田市の老舗菓子店「菓匠 小松屋」が桜餅の道明寺種として使い始めたことが地元紙山形新聞で報道されます。これによって戦後は姿を消したと思われていた女鶴が、農業試験場の保存種籾ではない地域の宝として、しっかりと大地で息づいていたことが世に知られます。

 栽培しやすいよう短稈(かん)化した後継品種「酒田女鶴」誕生に至る経緯は拙稿「酒田女鶴と本女鶴」を参照いただくとして、その恩人との対面を果たした後、菓匠小松屋の折箱にうやうやしく入れられた手ごねの丸餅を頂戴しました。「わざわざ仙台から来てもらったから」と、予想通り代金を受け取ろうとしない堀さんには、持参した白石温麺をお礼としてお渡ししました。

meduru_2013zouni.jpg【Photo】昨年は酒田女鶴の丸餅が主役を張った庄イタ家の仙台雑煮。今年はこの本女鶴の丸餅との共演が実現した

 こうして本女鶴と酒田女鶴をそれぞれ仙台雑煮に入れるなどして迎えた2013年癸巳(みずのとみ)の初春。堀さんが杵搗きした本女鶴餅と渡部さんの機械搗き酒田女鶴餅とでは、炊き方が異なるため粘りや食感が当然のごとく異なりました。とりわけ印象的だったのは、本女鶴の尋常ならざる粘り腰。贅沢極まりない餅の食べ比べで幕を開けた今年もどうぞ「Viaggio al Mondo~あるもん探しの旅」にお付き合い下さいますよう、よろしくお願いします。m(_ _)m

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