あるもの探しの旅

« Febbraio 2013 | メイン | Aprile 2013 »

2013/03/30

Solo Nebbiolista

Solo Brunellista
Road to ネッビオーロ限定ワイン会
 
ちょっと長~いプロローグ 「ブルネッリスタの会」@弘前 続編


pizzeria_sasino2011.3.11.jpg【Photo】春分の日まで半月ほどとなった桃の節句。まだ昼の明るさが残る17時にネッビオーロ祭りが幕を開けた「Pizzeria DA SASINOピッツエリア・ダ・サスィーノ」。今年の豪雪とは対照的に積雪がないこの1枚は、2時間46分後に起きる事態を知る由もなかった2011年3月11日(金)正午すぎに撮影

 数多くのブドウ品種が存在し、複雑で覚えきれないといわれるイタリアワインを知る上で、ミラノ-ナポリ間を結ぶ高速道路「A1(アウトストラーダ・デル・ソーレ)」のごとくイタリア半島を北から南へと進む道筋で必ず出合うブドウといえば、北部山岳地域を除く全土で栽培されるヴィーノ・ビアンコ(白)用品種の「トレッビアーノ」、そしてヴィーノ・ロッソ(赤)用品種の筆頭格が「Sangioveseサンジョヴェーゼ」であることに異論を挟む余地はありません。

caroline_silvia.jpg 【Photo】アウトストラーダA1での今回の本題とは全く無関係なワンショット。こうもあけっぴろげに女性美を公道上でアピールする文化は、残念ながら日本には存在しない。スイス人モデルCaroline Salviaを起用したイタリアの女性下着ブランドRobertaを展開するPompea社のトラック。♫ いつまでもどこまでも~追尾して走っていたかったが、後ろ髪を引かれつつ抜き去った(笑)

Fonterutoli   Mazzei.png サンジョヴェーゼは、北部アルプス地域とシチリアを除き、ほぼイタリア全土で栽培される品種。アルプス以北の未開の地にブドウ栽培を広めた古代ローマ時代はおろか、紀元前8世紀~3世紀にイタリア半島中部で高度な文明を花開かせた先住民族、エトルリア人の時代まで遡る気の遠くなるような栽培の歴史において、環境に順応したクローン(亜種)が多数存在します。

【Photo】シエナ近郊のCastellina in Chiantiカスッテリーナ・イン・キアンティ南端にある醸造所「カステッロ・ディ・フォンテルートリ」。1435年からマッツェイ家が所有する畑で育つ樹齢20年ほどのサンジョヴェーゼ。例年9月中旬に収穫され、高品質のキアンティ・クラシコとなる

 その持てる美質が最も発揮されるのが、イタリア半島中部トスカーナ州。イタリアワイン法で最上位となるDOCGだけでも、北から順に「Carminagnoカルミニャーノ」、「Chianiキアンティ」、「Chianti Classicoキアンティ・クラシコ」、「Vino Nibile di Montepuicianoヴィーノ・ノビーレ・ディ・モンテプルチアーノ」、「Brunello di Montalcinoブルネッロ・ディ・モンタルチーノ」、「Morellino di Scansanoモレッリーノ・ディ・スカンサーノ」と、産地により特徴があり、醸造法により若飲みから長期熟成に耐えるものまでタイプは千差万別。

castello@barolo.jpg【Photo】手入れが行き届いたブドウ畑が色づく秋。なだらかな丘がどこまでも続くピエモンテ州ランゲ地方の典型的な風景。ブドウ畑に囲まれたバローロ村のランドマークであるファレッティ城(中央)は、膨大な数のBaroloを取り扱い、試飲と購入が可能な州立の「Enoteca Regionale del Baroloエノテカ・レジョナーレ・デル・バローロ」が設けられている(上写真)
晩秋のランゲ。アルプスから降りてくる北方の寒気と南のリビエラ海岸から入ってくる海洋性の暖気が、ランゲ丘陵一帯で出合うことにより、秋から冬にかけて視界を遮るほどの濃い霧がしばしば発生する(下写真)

nebbia@langhe.jpg

 一方、冷涼な北イタリア・ピエモンテ州南部のLangheランゲ丘陵で、旧来から名高い2つのDOCGである「Baroloバローロ」、「Barbarescoバルバレスコ」を産出するブドウ品種が「Nebbioloネッビオーロ」。例年ブドウ畑が濃いNebbia(霧)に包まれる10月中旬から収穫が始まり、白い粉をふいたような蝋質に覆われた果皮の色合いが似ていることからこの名が付いたとされるネッビオーロの誉れ高き名声は、サンジョヴェーゼに全く引けはとりません。サンジョヴェーゼとの最大の違いは作付け環境に対する適応性の低さ。原産地のトスカーナのみならず、ほぼ全土で栽培されるサンジョヴェーゼとは対照的に、ネッビオーロは栽培地域がごく限られます。

nebbiolo_vendemia.jpg 【Photo】ポー川の支流としてピエモンテ州を流れるターナロ川の北側に位置するロエロ地区のブドウ畑で収穫を間近に控えたネッビオーロ

 ネッビオーロはピエモンテ州南東部ランゲ丘陵のBaroloとBarbarescoを頂点に、バルバレスコの北に位置するロエロ丘陵では、2005年DOCGに昇格した「Roeroロエロ」を産出。ピエモンテ州北部では「Spannaスパンナ」の別称で、2つのDOCG「Gattinaraガッティナーラ」と「Gemmeゲンメ」を産します。スイス・フランス国境と接するイタリアで最小の自治州ヴァッレ・ダオスタでは、「Picotenerピコテネル」ないしは「Picotendreピコテンドレ」と呼称が変化。

 同様にロンバルディア州最北部のヴァルテリーナ渓谷では「Chiavennascaキアヴェンナスカ」と名が変わり、2つのDOCG「Valtellina Superioreヴァルテリーナ・スーペリオーレ」「Sforzato di Valtellinaスフォルツァート・ディ・ヴァルテリーナ」を産出。意外なところでは1861年に統一なったイタリア王国初代国王の座に就いたヴィットリオ・エマヌエレ2世の出身地、サルデーニャ島北部の標高500m前後の冷涼な地域でも、ピエモンテから移植されたネッビオーロからヴィーノが造られます。

【Photo】味わい尽くした垂涎のネッビオーロ。収穫後45年以上を経た`67ヴィンテージのバローロ・リゼルヴァ、'70年代までは地元消費に支えられていたイタリアワインを一躍世界の檜舞台へと押し上げた功労者、GAJAのフラッグシップとなるバレバレスコおよびバローロの雄アルド・コンテルノのリゼルヴァ・グランブッシアは、それぞれ超優良年`90と良作年`00ヴィンテージ。海外需要が見込めない状況に陥った1980年頃、時代の潮流に沿った醸造法を取り入れることで、バローロ復権に大きな役割を果たした「バローロ・ボーイズ」の飲み頃クリュもの、地元ピエモンテでは誰しもが頂点に立つバローロと畏敬の念を抱くジャコモ・コンテルノのバローロ・リゼルヴァ・モンフォルティーノ'95など、マニアにとっては落涙ものの壮観なネッビオーロが揃った(下)
bottigli_nebbiolo.jpg

 ネッビオリスタの会に集ったのは、ピエモンテ州からは極め付きのバローロとバルバレスコ、ランゲ東部のDOC「Monferratoモンフェラート」、ランゲ丘陵域からタナロ川を挟んで北側のロエロ丘陵までの広いエリアを包含するDOC「Langheランゲ」、アルプスが間近かに迫る州北部のDOCG「Ghemmeゲンメ」。そしてバローロにアンデス山地原産の常緑樹キナの樹皮成分キニーネやハーブ類を加え、極甘口に仕上げるデザートワイン「Barolo Chinatoバローロ・キナート」。

bassen2_2013.3.jpg

【Photo】笹森シェフが一斉にコルクを抜栓。豪華なラインナップが揃ったネッビオーロフェスタ@弘前は幕を開けた(右)

 変化球として庄イタが持参した隣州ロンバルディア北部ヴァルテリーナ渓谷のDOCG「Sfursat di Valtellina スフルサート・ディ・ヴァルテリーナ」、そしてさらに意表を突いた津軽産ネッビーオーロの「Sasino Nebbioloサスィーノ・ネッビオーロ」。栽培環境をより好みする気難しいこの高貴なブドウ品種の栽培に笹森シェフが挑戦。カリフォルニアや南アフリカでは全く姿を変えてしまうネッビオーロの意外な可能性をうかがわせる一品です。

  taittinger_comtes.jpg monferrato_chiaretto.jpg
【Photo】乾杯の1杯。TAITTINGERテタンジェコント・ド・シャンパーニュ・ブラン・ド・ブラン2000」。コート・デ・ブラン地区から選りすぐりのシャルドネだけを使い、10年近い熟成を経てリリースする同社の最高級品。シードルをエレガントにしたような青リンゴのニュアンスを強く感じたのは、そこが弘前だったから?(上左) ネッビオーロのトップバッターはLe Formicheレ・フォルミシェモンフェラート・キアレット2008」。スプマンテで知られるAstiアスティから南のCanelliカネッリに向かう途中にある Costigliole d'Astiコスティリオーレ・ダスティにある造り手のDOC。一般に骨格がしっかりしたタイプが多いAlbaアルバ地域より「なで肩」の印象に仕上がる傾向のアスティらしいネッビオーロを若飲みに仕上げた気軽なロゼでまずは肩慣らし(上右)

  cascina_chicco.jpg clerico_pajana.jpg
【Photo】Cascina Chiccoカシーナ・キッコランゲ・ネッビオーロ2010」。白トリュフの町・Albaアルバ北方のロエロ地域は、品質の向上により新たなDOCGゾーンとなった。ロエロ中心部Vezza d'Albaヴェッツァ・ダルバの畑で産するネッビオーロは、タンニンが柔らかくソフトな仕上がり(上左) Domenico Clericoドメニコ・クレリコバローロ・パヤナ2000」。伝統的な大樽熟成のバローロの多くが市場で低迷していた1970年代後半の状況を打破すべく、バリック樽の導入に代表される世界市場を意識した醸造にシフトした「バローロ・ボーイズ」の1人。バローロ地区では最も南に位置するセッラルンガ・ダルバの特徴である力強いスケール感があり、収穫後12年を経てなお若々しい色合い。プラムやダークチェリー系の果実味がぐいぐい押し寄せてくる筋肉質タイプのバローロ(上右)

  vajra_barolo91.jpg vorzio_cerequio.jpg
【Photo】オフヴィンテージの2本。G.D.Vajraヴァイラバローロ1991」。'90年という偉大なヴィンテージの後、まずまずの作柄となった'93を除き、'94年まで天候に見放されたピエモンテ。にもかかわらず今回登場した顔ぶれの中で敢闘賞を献上したい1本。寒暖の差が大きい海抜400~480mのバローロ村で最も標高が高いVergneヴェルニェ地区の畑。2500~5000ℓ容量のスラヴォニアンオーク樽で42~48カ月熟成し瓶詰め。バリック由来の余計なバニラ香がなく綺麗に熟成した薫り高い伝統的なバローロの素晴らしいエレガンス!!(上左) Roberto Voerzioロベルト・ヴォエルツィオバローロ・チェレクイオ1994」。バローロ地区屈指の完璧を期する几帳面な仕事をする造り手の1人。1本の樹に5房程度を残し摘果する低収量が特徴。よって高価。収穫期に雨が降られたこの年は選果をより厳しくしたとみえて、薄っぺらな印象は皆無。しっとり透明感のある酸味を主調に多様なニュアンスが溶け込んだ液体は、熟成を重ねレンガ色に変化しつつあった(上右)

 「酔って味覚が麻痺する前に飲みましょう」と次に試飲したのが、'90年代前半を代表するグレートヴィンテージ1990年と、米国のワイン評価誌Wine Spectatorが早々に100点のヴィンテージ評価を献上するも、夏の酷暑で品質にばらつきが出た2000年のヴィンテージ違いの同じワイン。作り手は「Gajaガイヤ」と「Aldo Conternoアルド・コンテルノ」。いずれもバルバレスコとバローロを代表する醸造所です。昨年ブルネッリスタの会でソルデーラのブルネッロを提供して下さったオステリア・エノテカ・ダ・サスィーノの常連である村上さんのコレクション。Grazie milleeeeeeeeeeee!!!!

gaja_docg90e00.jpg【Photo】バルバレスコ頂上比較。GAJAガイヤバルバレスコ1990・2000」。黒地に白抜きでGAJAの4文字。名高いこの造り手がワインに注ぐ手間と情熱は比類を見ない。コルクひとつをとっても、最高の品質を求めサルデーニャ産の樫材を使用。材料段階と納品後にブショネ (=コルク臭)の原因となる化合物トリクロロアニゾールの排除や湿度管理などを徹底。ボルドー1級シャトーよりも長い6cmのコルクは、オーダーメードした専用機で充填する。ネッビオリスタの会では、貴重な1990年と10年の時をおいた2000年を比較試飲。'00ヴィンテージ(左)と比べて'90ヴィンテージ(右)はグラスのエッジが明るいレンガ色で時間の経過が見て取れる。偉大な年に偉大な造り手が手掛けた完成度の高いシルクのように優美なバルバレスコのエレガンスに魅了された
gaja_2000-1990.jpg

 すでに父ジョバンニの代に地元で一目置かれる存在だった醸造所を4代目の現当主アンジェロ・ガイヤが手伝うようになって8年目の1969年、イタリアでいち早く225ℓ容量のバリック樽を導入。ピエモンテの伝統である大樽との併用は現在も。父祖伝来のバルバレスコの名声を高めるため、市場で高値を呼ぶ畑指定のクリュもの5種を1996年から少量(5%程度)のバルベーラをブレンドし、軒並みDOC「Langhe Nebbiolo」へと変更した結果、唯一のDOCGとなったのが、旗艦としてのバルバレスコ。いささかのほころびすらない'90ヴィンテージの完成度は素晴らしく、さまざまな要素がフルオーケストラのように重なり合い、見事な調和を魅せます。熟成を重ねた今も全く衰えを知らない生き生きとした果実味があり、また10年後にも味わってみたいと思わせ、庄イタ的にはこの夜のNo.1。

  granbussia_1990.jpg granbusshia_2000.jpg
【Photo】クラシック・バローロ頂上比較。Poderi Aldo Conternoアルド・コンテルノバローロ・リゼルヴァ・グランブッシア1990・2000」。誰もが最高のバローロと賞賛する名門「ジャコモ・コンテルノ」の次男、アルド・コンテルノが、しっかりとした骨格をもつ芯の強いタンニンを伴ったネッビオーロとなるMonforte d'Albaモンフォルテ・ダルバで1969年に立ちあげた醸造所。ネッビオーロの個性を失うとしてバリックを嫌い、伝統的な造りを追求した極みが、作柄の良い年のみ造られるこのバローロ・リゼルヴァ・グランブッシア。樹齢50~55年のロミラスコはじめ、チカーラ、コロンネッロの3つのクリュをステンレスタンクで3~5カ月をかけて果皮を果汁に接触させる浸漬(マセレーション)後ブレンド。スラヴォニアン・オークの大樽で36カ月熟成後に瓶詰めし、都合7年をかけて8,000本ほどがリリースされる逸品。粘性の高い偉大な'90ヴィンテージ(上左)は、流通経路での保管に問題があったようで、残念ながら痩せ衰えていた。エチケッタのデザインが変わった'00ヴィンテージ(上右)は、抜栓後1時間ほど経過していたこともあり、非凡なネッビオーロの美質をわずかに垣間見せるが、持てるポテンシャルの全貌を明らかにするには更なる時間を要する未完の大器

  barolo_1967.jpg accomasso_2005.jpg
【Photo】Cantine Santa Rita サンタ・リータバローロ・リゼルヴァ1967」。今は存在しない造り手による46年を経たネッビオーロ。古酒ならではの鰹節や落ち葉のニュアンスなど"枯れた魅力"が味わえるクラシックな造り。円熟の極みを過ぎ、時の経過に伴って放物線を描く熟成のピークから下降線に入りかけた印象。'67ヴィンテージは、'60年代では傑出した'61に次ぐ'64と同様の良い年(上左)
Giovanni Accomasso e Figlio ジョヴァンニ・アッコマッソバローロ・ヴィネート・ロッケッテ2005」。直売以外にピエモンテで唯一入手可能なラ・モッラ村直営のエノテカ、Cantina Comunale di La Morra代表を長年務め、今年79歳になるロレンツォ・アッコマッソが、3haの優良畑Rocche dell'Annunziataロッケ・デル・アンヌィツィアータのネッビオーロから3種のバローロ「le mie vigne」「Rocche」「Rocchette」を造る。20~25ユーロという手頃な直売価格が信じられぬほど高品質かつエレガント。マセレーションでの抽出に2カ月近くをかけ、法定熟成期間の3年を越えじっくりと大樽熟成を行う。モダンな造りの生産者よりも市場に出回るのが1年遅い。事務一切を行う2歳上の姉エレーナと二人だけで運営される(上右)

  ghemme_coolis-breclemae2000.jpg cascinafrancia1999.jpg
【Photo】多様なネッビオーロ4本。Cantalupoカンタルーポゲンメ・コッリス・ブレクレマエ2000」 名峰モンテ・ローザ(4,634m)の氷河帯が源流域となり、ピエモンテ北部を流れ、ポー川に合流するセージア川。緑豊かな渓谷域から沖積地層となる中流域は、紀元前7世紀にはブドウ栽培が行われていた。ブレクレマは中世の戦略上の要衝であった村の名前。DOCG「Ghemmeゲンメ」はスパンナ(=ネッビオーロ)以外の品種を25%まで混醸が認められるが、スパンナ100%で醸されるこのヴィーノは15年の熟成が見込める。ネッビオーロ共通の高貴さがあり、キメ細やかなタンニンと長い余韻が心地よい(左上)
Nino Negriニーノ・ネグリスフルサート・ディ・ヴァルテリーナ・チンクエステッレ2002」。さらに北東へ移り、ロンバルディア州最北域ソンドリオ県ヴァルテリーナ渓谷の北風を遮る南向き斜面に拓かれた海抜450m近辺の3つの区画でキアヴェンナスカ(=ネッビオーロ)が育てられている。悪名高き天候不順の2002年ヴィンテージだが、ヴァルテリーナでは健全なブドウが生育し、収穫後に100日間陰干しした最良のブドウから、四半世紀以上に渡って品質の向上が見込める最高の作柄。レーズン・エスプレッソ・チョコレートなどの複雑な香り(左下)

  ninonegri5stelle_2002.jpg monforte_1995.jpg
【Photo】伝統的な造りを貫くGiacomo Conternoジャコモ・コンテルノバローロ・カッシーナ・フランチャ1999」(上段右上)、「バローロ・モンフォルティーノ・リゼルヴァ1995」(下段右下)。誰もが最も偉大なバローロだと口を揃え、畏敬の念を抱く造り手。鉄分の多い土壌から至高のバローロを産出するネッビオーロの聖地、セッラルンガ・ダルバに所有する畑で収穫される最良のネッビオーロを使用。ともに茶色が主調の枯れた色合い。モンフォルティーノは伝統的な熟成バローロの奥底に筋が通った強靭でクリーンな酸があり、通奏低音のように次々と複雑な旨味を呼び起こす

  sasino_nebbiolo2011.jpg cannubi_boschis1998.jpg
【Photo】Fattoria Da Sasino ファットリア・ダ・サスィーノサスィーノ・ネッビオーロ2011」。美酒の数々にご満悦の笹森シェフ(写真奥)が、岩木山麓で着手したブドウ栽培&ワイン醸造。栽培環境によって変容しやすいネッビオーロが、冷涼な津軽の風土のもとで、品種の個性をきちんと感じさせる仕上がり。樹齢が上がれば更に向上するはず。火山性土壌の岩木山は日本のランゲ丘陵かっ!!???(左上) Luciano Sandroneルチアーノ・サンドローネバローロ・カンヌビ・ボスキス1998」。あれよあれよと17本を空けた上でも、まだ飲み足りない一部メンバーの求めに応じ、予備のストックから更にもう1本。バローロ・ボーイズを代表するこの造り手のラインナップで最も評価が高いカンヌビ・ボスキス。しかも1998年は素晴らしい仕上がりとなった期待のヴィンテージだけに、溌剌としてまだまだ若々しい。嬉々として抜栓する弘前のレストラン「Point Rougeポワンルージュ」オーナーシェフ猪股誠治さん(右上)

tutti_nebbiolista2.jpg 【Photo】バルバレスコに醸造所を構え、樹齢の高いネッビオーロから非常に長命な素晴らしいバルバレスコとバローロを造るRoagnaロアーニャ渾身のデザートワイン「バローロ・キナートN.V.」も制覇。あまりの美味さと酔いで不覚にも画像を押さえるのを失念m(_ _)m。この1枚を撮影した猪股シェフを含め、一堂に会したネッビオリスタが深遠なるネッビオーロの世界を堪能した。このまま勢い余って全員で二次会に繰り出し、弘前の夜は更けてゆくのだった

baner_decobanner.gif

2013/03/17

Solo Brunellista

Road to ネッビオーロ限定ワイン会
 ちょっと長~いプロローグ
「ブルネッリスタの会」@弘前

nebbiorista_1.jpg【Photo】晴天の泉ICから大鰐弘前ICを目指し、東北自動車道を一路北へ。安代JCTから秋田県に入る頃から、路肩の積雪が次第にふえてゆき、青森県境では雪がちらつき始め・・・

 今月初旬、弘前市某所でバローロやバルバレスコに使われるブドウ品種「ネッビオーロ」だけを飲み比べするネッビオリスタの会が開催されました。八甲田山麓の酸ケ湯温泉で日本最深積雪記録となる566cmを観測するなど、豪雪に見舞われた今年の青森。開催日直前で1m30cmという尋常ならざる弘前の積雪量に怖気づき、参加を見送ろうとしたものの、垂涎の試飲ラインナップを知り、あっさり翻意したことをまずは告白せねばなりません(笑)。
pizzeria2013_sasino.jpg
【Photo】ネッビオリスタの会が催されたピッツェリア・ダ・サスィーノ

 忘れもしない震災当日の2011年3月11日(金)、前日から出張で訪れていた青森市から弘前に移動。昼にマルゲリータを食べて以来となる「Pizzeria DA SASINOピッツェリア・ダ・サスィーノ」が今回の試飲会会場でした。

 「食料自給率100%のレストラン」こと弘前の「Osteria Enoteca Da Sasino オステリア・エノテカ・ダ・サスィーノ」オーナーシェフの笹森通彰(みちあき)さんが主催するワイン会に参加するのは今回が2回目。前回は昨年7月に同店で行われたトスカーナで最も高値で取引されるDOCG「Brunello di Montalchinoブルネッロ・ディ・モンタルチーノ」でも孤高の存在で、入手困難な生産者「Case Basseカーゼ・バッセ」をヴィンテージ違いで垂直試飲するという空前絶後の企画でした。

degstazione_soldera1.jpg ダ・サスィーノのセラーと、店の常連客である村上氏ご提供によるBrunellistaブルネッリスタの会での試飲アイテムは以下の通り。オーナーのジャンフランコ・ソルデーラが、5年のスラヴォニアンオークの大樽熟成と9~12カ月の瓶熟を経てリリースする「ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ・リゼルヴァ'96・'01・'03・'04・'05」、1年だけ樽熟期間が短い「ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ`99」に加え、この造り手によるVDT「Intistietiインティスティエティ`91」とIGT「Pegasosペガソス'05」の計8アイテム。ブルネッロ以外の2本は、早く飲み頃を迎えたと判断した大樽をDOCGブルネッロではなく、VDTないしはIGTカテゴリーのテーブルワインとしてリリースしたものです。

   intistieti_91.jpg degstazione_soldera01.jpg
【Photo】グラスに注いでしばらくは可憐な香りを放つも、30分を過ぎる頃から次第に酸化が進み、1時間後には儚く散ったVDTインティスティエティ`91。熟成途上の試飲で、若飲みと判断されたこの年のカーゼ・バッセの畑2haからは、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノが生産されなかった。(左上) 素晴らしいブーケが口蓋から鼻腔へと広がり、血筋の良さを感じさせ、親しみやすいスタイルに仕上がったソルデーラ・リゼルヴァ'01。(右上) 夏の低温がブドウの作柄に影響した`05ヴィンテージは、通常より早い32カ月を経た時点で熟成が進んだ樽を瓶詰めした。インティスティエティ同様のコンセプトで造られたこのワインはIGTトスカーナ・ロッソ「ペガソス」としてリリースされたが、5年の大樽熟成を経たリゼルヴァ`05も後に発売された(左下) 素晴らしい天候に恵まれた`99ヴィンテージ。4.5haの単独畑インティスティエティのブドウはリゼルヴァに、熟成期間が1年短い通常のブルネッロとしてリリースされたのが、カーゼ・バッセ区画のブドウ。強靭さと偉大なスケール感を備えた素晴らしい味わいと長い長い余韻。庄イタ的には、この日のNo.1(右下)
   degstazione_pegasos05.jpg degstazione_soldera99.jpg

 10名の多彩な顔ぶれが揃っての乾杯は、村上氏がお好きなシャンパーニュの作り手「ドメーヌ・ユリス・コラン」の「ブラン・ド・ノワール・エキストラ・ブリュット」。いわゆる自然派には興味薄な庄イタでも、その名は知っているシャンパーニュの作り手、ジャック・セロスの薫陶を受けたというビオディナミ製法を取り入れた新星が、父から受け継いだ樹齢40年のピノ・ノワールだけで仕込んだ1本です。

IMG_8503.jpg 優しい泡立ちと繊細な果実味はさすがの仕上がりでしたが、我が関心はすでに抜栓してある黒いエチケッタにローマのトリトーネの泉のようなバロック様式の噴水などでよく目にするイルカが描かれたレアものブルネッロへと移行していました。モンタルチーノの頂点に君臨する造り手をヴィンテージ違いで8種類も試飲する贅沢極まりない饗宴の締めくくりには、庄イタが持ち込んだ至高のトスカーナ産デザートワイン「ヴィン・サンジュスト'96」で参加メンバーに昇天してもらおうというシナリオを描いていました。

【Photo】ヴィンテージ違いのソルデーラが並ぶテーブルは壮観の一言に尽きる

 毎年変わる美女が楽しみな「Le Pergole Torte ペルゴーレ・トルテ」にも共通するサンジョヴェーゼのエレガンスを引き出す天才醸造家ジュリオ・ガンベッリとの共同作業で、並外れた嗅覚を持つジャンフランコ・ソルデーラが造り出す官能的なまでに芳しいブルネッロ。小鳥やミツバチが飛び交う畑で、化学肥料や除草剤といった人為的アプローチを排して育てたブドウ「サンジョヴェーゼ・グロッソ」は厳しく選別されます。

bicchieri_soldera.jpg 更なる高みを目指して今回は供出を見送ったセラーで眠る世紀のヴィンテージ、リゼルヴァ1997年や、優良年の'99・'01・'04は勿論、1994年のように天候にそれほど恵まれた年でなくとも、ソルデーラは素晴らしく香るブルネッロを生み出します。これは剪定や摘果などの丹念な畑仕事と、厳しいブドウの選別の結果です。

【Photo】ほとんどの醸造所がブドウの一次発酵で使用する温度管理が容易なステンレスタンクではなく、ソルデーラでは天然酵母と昔ながらの木製の発酵槽で発酵後、7,500ℓと15,000ℓ容量の大樽をもって、40年~50年は輝かしい命脈を保つとオーナーが豪語する伝説のブルネッロが生まれる。いつもながら見事な仕上がりの自家製フォルマッジョ・プロシュット盛り合わせや、ペガソスつながりの馬のビステッカとこの日試飲した(上写真右から順に)'04・'99・'96・'03ヴィンテージのブルネッロ。 綺麗な酸味を主調に調和がとれ、峻厳な一面もある`99ヴィンテージとスタイルは違えど、5年若い優良ヴィンテージ`04はよりソフトな印象(下写真)

degstazione_soldera04.jpg サンジョヴェーゼから誰よりも優美に香るヴィーノを作り出した稀代の醸造家、ジュリオ・ガンベッリが86歳で亡くなったのが昨年1月3日。同年12月2日には、9月に解雇されたことを逆恨みした元従業員が、夜陰に紛れて醸造所へと忍び込み、大樽で熟成中の`07~`12ヴィンテージ626hℓ分すべてを開栓して廃棄する蛮行に及んだ前代未聞の事件が発生しました。瓶熟中だった優良年'06ヴィンテージ以前は無事だったものの、ソルデーラはリリース時点でも2万円前後で流通していた高級品ゆえ、推定被害総額は600~700万ユーロ(6億6,400万~7億7,500万円)。これは文化的損失にほかならず、文字通り"覆水盆に返らず"な出来事でありました。

 ブドウのピュアな甘さを純粋培養し濃縮させた蜜のごときヴィン・サンジュスト'96で夢見心地へと誘われたところでブルネッリスタの会がお開きになり、二次会へと移動するまでの間、笹森シェフとともに殿(しんがり)を買って出た数名の呑み助により、4本のディジェスティーヴォ(=食後酒)が空きました。

   sasino_rosato11.jpg obuse_sake.jpg
   regaliali_chardonnay09.jpg san_luigi00.jpg

 何でも自作してしまう笹森シェフが満を持してワイン造りに着手、イタリア原産のブドウ数種を岩木山麓で育てています。まだ着色が思うに任せないというサンジョヴェーゼをロゼとして瓶詰めしたチャーミングな「Sasino Rosatoサスィーノ・ロザート`11」、長野の小布施ワイナリーが少量造る純米吟醸原酒「Sogga Nagano Nostalgie ソッガ・ナガノ・ノスタルジー'11」、シチリアの優良生産者「テヌータ・レガレアリ」がシャルドネ100%で作るIGT「Chardonnayシャルドネ'09」、そして地中海に面したトスカーナ州ピオンビーノの造り手、「ポデーレ・サン・ルイージ」がカベルネとカベルネフランを混醸したボルドーブレンドのIGT「Fidensioフィデンシオ'00」のまだ若々しい印象だったお味は、残念ながらうろ覚えですm(_ _)m

 こうしてモンタルチーノの至宝を極めたブルネッリスタの会に続き、12名が集った今回のネッビオリスタの会でも、ピエモンテを代表するブドウ品種ネッビオーロの多彩なラインナップが用意されました。それもイタリアワイン好きなら、泣いて喜ぶ造り手の飲み頃アイテムが顔を揃えていたのです。

その全容は次回ご紹介の「Solo Nebbiolistaソロ・ネッビオリスタ」にて!!

************************************************************************
Azienda Agricola Case Basse di Giancarlo Soldera
醸造所への訪問は事前予約のみで可能
(ジャンフランコは偏屈で知られる人物ゆえ時間の余裕をもって行くべし)
Localita' S. Restituta, Montalcino, Si 53024 Italia
Phone: +39 0577 848567
Mobile Ph: +39 335 7727315
Fax: +39 0577 846135
E-mail: gianfranco.soldera@casebasse.it
URL:http://www.soldera.it/


baner_decobanner.gif

2013/03/10

Le Maschere Veneziane ヴェネツィアの仮面

p.sanmarco@aquaalta.jpg【Photo】パラッツォ・ドゥーカレ(総督宮)の華麗なヴェネツィアン・ゴシック様式の柱廊にラグーナの海水がひたひたと押し寄せる。ヴェネツィアで一番低い場所である「Piazzetaピアッツェッタ(小広場)」は、アックア・アルタが発生すると最初に冠水が始まる。そんな時はヴェネツィア市によって、主要な通りや広場に120cmかさ上げする高床式の通路パッセレーレが設置される

venezia_nebbia-001.jpg 世界中から押しかける観光客でごった返すヴェネツィアから、異郷人の姿が比較的まばらになる季節が冬。人の手で海上に築かれたこの街は、晩秋から4月初頭にかけて幾度となく「Acqua altaアックア・アルタ(=高潮)」に見舞われてきました。リアルト橋周辺や表通りは別にして、迷路のように入り組んだヴェネツィア特有の細い通路「Calleカッレ」からは、日が落ちると次第に人の気配がなくなってゆきます。海霧のヴェールに包まれ、ひっそりと静まり返った水の都は束の間、その素顔を見せてくれるかのよう。

【Photo】宵刻のサン・ポーロ地区。「Rioリオ」と呼ばれる小運河に架かる橋から人の気配が消えた冬のヴェネツィアに霧が立ち込める

 地中海貿易の覇権をめぐって都市国家ジェノヴァやアマルフィとの競争を制したヴェネツィア共和国。アドリア海の真珠と称えられる華麗な文化を開花させたヴェネツィアは、21世紀を迎えた現在、ひとえに観光だけで命脈を保っているかのようです。繁栄を謳歌した往時の残照を今も放つ海洋都市が、絶頂期を迎えたのが15世紀。オリエントのエッセンスが随所に見られるサン・マルコ寺院がそうであるように、西洋と東方が融合した歴史的遺構や文化遺産の数々は、今も多くの人を魅了します。

fasnacht_luzern2.jpg【Photo】1333年に創建されたヨーロッパ最古の屋根付き木造橋「カペル橋」で知られ、カトリック教徒が多いスイス中部のドイツ語圏に属する古都ルツェルンでは、カーニバルは「Fasnachatファスナハト」と名を変える。変装した楽隊が奏でるファスナハトに欠かせない吹奏楽曲「グッゲンムジーク」とあいまって、冬の化身である恐ろしい形相の化け物たちが、けたたましくカウベルを鳴らしながら我が物顔で旧市街を練り歩く(上写真)

maschera1-veneziana.jpg そのひとつが、キリスト教の最も重要な祭日である復活祭から数えて46日前の「灰の水曜日」に始まる肉食を控える節制の期間「四旬節」前に、大いに飲み食いをしてハメを外したことに端を発するカーニバル(謝肉祭)。ヨーロッパのカトリック文化圏では、冬の邪気を追い払う祭として代々行われてきました。

maschera2-veneziana.jpg【Photo】南ドイツ・シュヴァルツバルト地方のゲルマン民話を再現したアレマン風ファスネットの素朴で賑々しいカーニバルとは対照的に、文豪ゲーテが恋い焦がれた太陽が冬でも顔を出すことが多いヴェネツィアでは、アドリア海の真珠といわれた栄華を謳歌した都市にふさわしく、あくまで仮面の異形たちもエレガントで美しい

maschera3-veneziana.jpg
 今シーズンは1月26日から2月12日の18日間にわたって開催されたのが、ヨーロッパでは最も有名であろうヴェネツィアのカルナヴァーレ(カーニバル)。開催期間中に例年300万人もの観光客がヴェネツィアを訪れることから、下手をすると地盤沈下を加速させる要因になるのでは?と庄イタがいらぬ懸念をするほど。

 ヴェネツィアの観光客数は年間およそ2,000万人。その6.6%をカルナヴァーレの18日間だけで迎え入れる計算になります。このヴェネツィア最大の呼び物の起源は遠く12世紀まで遡ります。ナポレオンとオーストリアの統治下にあった18世紀に中断し、第二次大戦後の復興期を経て観光行事として復活したのが1979年。ヴェネツィアの観光産業は完全に売り手市場ゆえ、ただでさえ物価やホテルの宿泊代が高止まりの傾向にあります。ベニスの商人の末裔たちは、書き入れ時のカルナヴァーレ期間中、輪をかけて強気になるわけです。

maschera4-veneziana.jpg いかに物価が高騰しようと、たとえ観光客で溢れかえろうと、水の都が一段と輝きを放つ祝祭の時期にまた訪れたいと願う庄イタ。なれど安倍政権発足後の円安傾向もあって、夢がまた遠のいたと溜息をつくばかり。あぁ、どうせなら、ドゥーカレ宮と牢獄を結ぶ名高い「Ponte dei Sospiri(溜息の橋)」で深い溜息をつきたい・・・。

【Photo】14世紀中葉、シチリアから欧州に上陸したペストによって、欧州の全人口の1/3とも2/3ともいわれる2,000万~3,000万が犠牲となった。サンポーロ区に建つフラーリ聖堂で自身の傑作である聖母被昇天の祭壇画とともに永遠の眠りに就く壮麗な墓碑があるヴェネツィア派最大の画家ティツィアーノが、1576年8月に命を落としたのも前年から猛威をふるっていたペスト禍。カナル・グランデ(大運河)河口に建つバロック様式の「サンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会」は、当時の人口の1/3にあたる5万人の命を奪ったペストの流行が終焉したことを聖母に感謝して1630年に建築が決まった。皮肉にも健康を意味する「Salute」という言葉が選ばれたこの教会の献堂式が行われた1687年から間もない17世紀末から18世紀にかけてもペストは再び流行する。ペスト患者専門に治療を行ったのが特異な装束に身を包んだペスト医師。当時のペスト医師に扮したカルナヴァーレ参加者(上写真左側)

Maschera-Pietro_Longhi.jpg カルナヴァーレ期間中は、映画「犬神家の一族」に登場した犬神佐清(スケキヨ)さながらの無表情な仮面、あるいは山形県飽海郡遊佐町の奇習「アマハゲ」に紅白歌合戦で美川憲一が特注する衣装のように(?)きらびやかなパフォーマーたちが、立錐の余地がないほど観光客で埋め尽くされるサンマルコ広場などに集い、街中が独特の華やいだ雰囲気に包まれます。

【Photo】ヴェネツィア生まれの風俗画家ピエトロ・ロンギの代表作「香水売り」。マント姿の男女の顔を隠すのがBauttaバウッタ。昨年春、宮城県美術館で開催されたヴェネツィア展で公開された

 その中には16世紀のヴェネツィアで民衆や貴族に愛された仮面劇「コンメディア・デッラルテ」に起源を持つ仮面や、17世紀に貴族たちが賭博などに興じた社交場「リドット」で着用を義務つけられたマスク「Bauttaバウッタ」、カラス天狗のように長い嘴をもった「Medico della Pesteメディコ・デッラ・ペステ(=ペスト医者)」といった伝統ある仮面も見受けられます。会期中に行われる仮面と衣装の美しさを競うコンテストで、高下駄姿の鞍馬山から駆けつけたと思われる赤い面の天狗がエントリーしていたのが昨年のこと。 

  il_bautta.jpg medico_peste.jpg【Photo】ナポリ喜劇に欠かせない道化「Pulcinellaプルチネッラ」のポストカードとともに購入した「il Bauttaバウッタ」(左)、眼鏡をかけ尖った嘴の中に伝染防止に効果があると信じられていた香草・ハーブ類を詰め、患者に触れずに診察する木製の杖を手にした「Medico della Pesteメディコ・デッラ・ペステ」(右)

 話変わって、仙台市青葉区役所裏で期間限定のアンティーク・セレクトショップを出店していた「+R」で、先月イタリア製ポストカードを購入しました。仙台のこの手のショップは、フランスに心酔したオーナーが多く、庄イタとは趣味が合いません(^0^;)。そんな仙台にあって珍しいことにヴェネツィアで買い付けてきたというポストカードには、北イタリア発祥のコメディア・デッラルテや、カルナヴァーレとも結びつきが強いヴェネツィアの仮面劇に登場する役柄が描かれていました。

【Photo】DIYによる接着作業Link to backnumberと、業者による配線と取り付けを終え、久しぶりに庄イタ家に里帰りしたムラーノグラスのシャンデリアの明かりが灯った。元通りのイタリアンな空間に戻った部屋には、最近もうひとつヴェネツィアにちなんだアイテムが加わった

rampadari_pestemedico.jpg 絵の作者は風俗画家のモリス・サンド(1823-1889)。作曲家のフランツ・リストやショパンと浮名を流し、男装の麗人としても知られる19世紀フランスの女流作家、ジョルジュ・サンドの長男です。画家はフランス人でも、描かれているのはイタリアの伝統的習俗。その出典はモリス・サンドの代表的な画集のひとつ「Masques et bouffons comédie italienne(1862)」。額装して左右の壁にシンメトリーで飾ったのは、ヴェネツィアゆかりのバウッタとメディコ・デッラ・ペステ。そして先月末、やっとムラーノグラスのシャンデリアが戻ってきました。こうして以前にも増して国籍と所在不明になった我が居室。

めでたしめでたし。


baner_decobanner.gif

2013/03/02

お雛様めぐりは「日本海ひな街道」へ Piatto3月号こぼれ話

201303cover.jpg  
毎月第一土曜日発行のPiatto3月号は本日発行。仙台市区部中心エリアの河北新報読者の皆さまには、山形県山辺町ふるさと資料館所蔵の古今雛が表紙となった広告特集「山形百彩 山形春紀行雛物語」と同日配布となりました。

 春の観光シーズン幕開けを飾る催しが、ここ数年、東北各地で開催されるようになった「雛まつり」です。いち早く雛祭りを観光の目玉にしたのが、紅花商人が最上川交易で得た富で得た京都や江戸のひな人形を公開した山形県河北町谷地のひなつり。紅花の産地となる山形内陸には、そうした上方や江戸で作られた時代雛が今に伝えられ、各地で「雛街道」と称する観光行事が行われています。

【Photo】色とりどりの傘福と、辻村寿三郎氏の妖艶な創作人形「さかたの雛あそび」が展示される酒田市日吉町の国指定文化財「山王くらぶ」で撮影されたPiatto3月号表紙(上写真) 酒田きっての料亭だった相馬屋を改装した相馬樓。茶房くつろぎ処では、大型の雛段の上段で次郎左衛門雛(左)と享保雛(右)が並んで訪れる人をお出迎え(下写真)

1303-tokusyu1.jpg 谷地のほか各地の雛まつりをこれまで10年にわたって訪れてきた庄イタが、これぞ珠玉!!とお勧めするのが、最上川交易における内陸への中継地点として、そして北前船交易の拠点として「西の堺・東の坂田(=酒田)」と日本永代蔵で井原西鶴に繁栄ぶりを称えられた酒田と、徳川四天王に数えられる譜代大名の酒井家が治めた城下町・鶴岡を中心に珠玉のお雛様が伝わる庄内地域。現代に作風が受け継がれる時代雛、古今雛の祖とされる原舟月の作になる雛人形が数多く残るなど、いずれ劣らぬお雛様の質の高さと数の多さには圧倒されるほど。

 その象徴が、Piatto3月号日本海ひな街道特集の導入を飾った二対のお雛さま。それは「本間さまには及びもないが せめてなりたや殿さまに」とまでいわれた酒田を代表する豪商・大地主の本間家のお雛さまと、明治以降も旧領地に残った数少ない大名・酒井家伝来の由緒正しきお雛さまです。

本間家旧本邸_相生様.jpg【Photo】交易で大いに栄えた湊酒田を代表する豪商の並はずれた繁栄ぶりが伺える本間家旧本邸に4月上旬まで展示される「相生様(百歳雛)」

 本間家繁栄の礎を築いたのが本間光丘(みつおか)。幕府の巡見使を迎えるため、明和年間に光丘が建造したのが、武家屋敷と商家造りが合体した本間家本邸です。天井まで届きそうな高さ2m、幅1間半(約2m72cm)の赤い雛段に飾られる京都で江戸末期に作られた古今雛(男雛31cm、女雛27cm)を今月号ではご紹介しました。見逃してならないのは、古今雛と並んで微笑む白髪の「相生様(あいおいさま)」(男雛26cm、女雛22cm)。ともに白髪になるまで連れ添えるようにという願いが込められたお雛様です。

1303-tokusyu2-03.jpg【Photo】今年も酒田夢の倶楽で無料公開される加藤家古今雛(江戸後期・江戸製) 惜しげもなく金糸を使った刺繍が施された衣装、ガラスを組み込んだ優しげな眼差しと穏やかな表情、ともに40cm以上ある堂々たる見事な造り...。いずれを取っても訪れる価値十分  (写真協力:コマツコーポレーション)

 庄イタの意向で、一昨年のPiatto3月号でご紹介したため、今号では取り上げませんでしたが、酒田を訪れたならば是非ともご覧頂きたいのが、洛中洛外図屏風を背に柔和な微笑みを浮かべる江戸時代末期に江戸で作られた加藤家の古今雛(男雛43cm、女雛40cm)。華麗な鳳凰の刺繍を施した衣装と透かし細工の冠を戴くお雛様、端正なお顔立ちの内裏様、そして雅楽五人囃子は、今年も酒田の観光スポットとして外せない山居倉庫内の「酒田夢の倶楽」で出合うことができます。

sannnou_kasafuku2009.jpg【Photo】映画「おくりびと」がアカデミー外国語映画賞を受賞し、空前の賑わいとなった2009年に訪れた「山王くらぶ」の999個の飾りが下がる傘福。今回の取材で目にした下げ飾りは、4年前よりはるかに手が込んだ造りだった

 国登録文化財「山王くらぶ」は、料亭「宇八樓」であった時代、竹久夢二も訪れた1895年(明治28)築の風情ある木造建築。取材に訪れた日も地元の女性たちが下げ飾り作りに励んでいました。最近では4年前にも999の飾りが下がる大きな傘福を目当てに訪れていますが、当時と比べると一つ一つが、明らかに手の込んだ作りになっているのがわかります。リピーターの方でも決して見飽きることはないはずです。
 
 「鶴岡雛物語」として初公開された1995年(平成7)から18年目となる今年も、会期中は「致道博物館」の御隠殿に展示される酒井家伝来の有職雛(男雛20cm、女雛18cm)。今号の制作スケジュールの都合で、鶴岡を訪れたのは、まだ展示が始まる前。そのため、酒井家十八代当主の忠久氏・天美さんご夫妻のお宅に伺っての取材となりました。

hina-tool-hosokawa.jpg【Photo】徳川四天王筆頭格の酒井家伝来のお雛さまと同様、見逃せないのが、極小サイズの雛道具に精緻な蒔絵が描かれた逸品の数々。庄内藩酒井家酢漿草・熊本藩細川家九曜雛道具(上写真・江戸中期 致道博物館蔵) 田安徳川家葵雛道具(下写真・江戸後期 酒井家蔵)

hinatool-sakai.jpg

 お殿様のもとに参上するとあって、世が世なら"失礼があっては打ち首獄門"と緊張しきりだったこの日。前日スタッフで撮影前に昼食を頂いた酒田「ル・ポットフー」や投宿した湯田川温泉の宿などで、「酒井の殿様のご自宅に参上して取材する」と明かすと、かつての領民の末裔である皆さんから「へぇ~」ときまって感心されるのでした(笑)。2006年7月に酒田市産業会館で行われた「奇蹟のテーブル」出版記念パーティやその他の会合でご夫妻とはお会いしたことがあったほか、寒河江に嫁がれた長女の賀世さんに仲立ちをお願いしていたこともあり、忠久さん・天美さん夫妻は笑顔で出迎えて下さいました。

8th_tonohan.jpg 国の名勝に指定された庭の雪景を望むお座敷の床の間には、藤沢周平の小説「義民が駆ける」で描かれる幕府の三方領知替え案に対し、領民挙げての反対が巻き起こった10代藩主忠器(1790-1854)の筆になる立雛の掛軸が下がります。忠器公治世下の天保3年、酒田で創業した「御菓子司 小松屋」の精緻な芸術品のような雛菓子と、江戸後期に京都で作られた公家の装束の有職雛と愛らしい笑顔の稚児雛が、そこで待っていてくれました。それらが一般公開されるひな街道期間中は、田安徳川家から輿入れした姫君持参の見事な細工が施された必見の雛道具や、その小ささに感嘆する貝合わせもあわせて展示され、必見です。

【Photo】酒井忠器(ただかた)公が描いた立雛。封建時代ゆえ男雛の大きさが目立つが、形勢がすっかり逆転した現代では、女雛をはるかに大きく描かなくてはならないだろう(右上写真)
 
1303-tokusyu2.jpg【Photo】ひな街道開催期間中の4月3日(日)まで致道博物館の御隠殿に展示される酒井家の有職雛と稚児雛(上写真)

 荘内銀行の前身となる貸金業を営み、明治期の庄内では本間家に注ぐ大地主であった風間家の邸宅「丙申堂」。2005年に公開された映画「蝉しぐれ」で、牧文四郎(市川染五郎)とおふく(木村佳乃)の再会シーンの撮影が行われました。独自の発展を遂げた庄内の雛菓子作りを、この道60年の本間三男さんの手ほどきのもと、丙申堂で体験できるのが3月10日(日)。Link to backnumber翌週17日(日)に菓子作り体験が行われる鶴岡市本町の三井家蔵屋敷では、全国でも現存する人形が数えるほどしかない「古今斎」を名乗った名工・三代目原舟月(しゅうげつ)の内裏雛と雅楽七人囃子が穏やかな笑みを浮かべて出迎えてくれます。

 健やかな女児の成長を願う雛まつり。そんな優しい日本の伝統の精華の数々が、これだけ揃う地域は東北では他にありません。寒さが一段と身にしみたこの冬。水温む優しい春のきざしを探しに日本海ひな街道を訪れてみませんか。

baner_decobanner.gif

Marzo 2017
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

archive.gif

Copyright © KAHOKU SHIMPO PUBLISHING CO.