あるもの探しの旅

« Febbraio 2014 | メイン | Aprile 2014 »

2014/03/23

庄イタ流 避寒術 vol.1

Ritorni a per sempre(=Return to Forever) 
ナポリの神髄、Passalacqua

 九州ではソメイヨシノが開花したという知らせが届いても、例年にない厳しい寒さが続く仙台。春分の日を迎えた週明けからは、やっと春めいた気温になるという週間予報が出ており、長かった冬の出口がようやく見えてきました。

 それにしても今年の冬は寒かったですね~。シベリア寒気団が居座るなか、2月に太平洋側を二度にわたって通過した南岸低気圧は、78年ぶりの35cmという積雪を仙台にもたらしました。真冬でも積雪の少ない仙台にしては珍しく、しばらく溶けないままで路肩に残っていた雪のため車道の幅が狭まっていました。そのため路面に積雪がない限りは通勤の足として使っているBianchiに乗る機会が少なく、カラダが幾分なまり気味の今シーズン。

positano_terazza.jpg【Photo】時間と懐に余裕があれば、南イタリアへの避寒旅行はいかが。そんな時はアマルフィ海岸の宝石と呼ばれるPositanoポジターノの青い海を見下ろすこんなテラス席へ。陽光降り注ぐ眼下の絶景を明るい南欧風の色彩で楕円形の陶板にハンドペイントで表現したピッツェリア・パドリーノ・デル・ショーザン特注の彩色タイル

piz2_padrino.jpg

 北風が身にしみる仙台に居ながらにして、温暖な南イタリアのリゾート気分に浸れるのが、勝山館の角を左折、北一番町通り沿いに昨年夏にオープンした「Pizzeria padrino del Shozan ピッツェリア・パドリーノ・デル・ショーザン」です。Link to backnumber

 大振りなレモンがたわわに実り、輝く蒼い海と切り立った急峻な岩肌に張り付く家並みが美しいコントラストを描く冬でも温暖なイタリア屈指のリゾート地、Positanoポジターノ。その郊外にある家族経営の陶器工房「Ceramiche Casola」に発注したハンドペイントの彩色タイル材を随所にちりばめた内外装の店では、ちょっとしたヴァカンツァ気分が味わえます。

piz_padrino.jpg【Photo】エントランスの壁面を飾るのは、ピッツァの故郷、ナポリ湾の風景。ハンドペイントによる特注品であることを示す手書きサインが記されている(上)  陽光溢れるナポリ湾をイメージした青系のタイルで装飾されたピッツェリア・パドリーノ・デル・ショーザンの薪窯(下)

piz1_padrino.jpg 勝山館1Fの「Ristorante Padrino del Shozan リストランテ・パドリーノ・デル・ショーザン」エントランス前で営業していた4年前から使用していたシックかつゴージャスな窯と同じナポリの工房「Gianni Acunto ジャンニ・アクント〈Link to website 〉」製の石窯は、明るいブルーのタイルモザイクでお色直しされました。それは震災発生直後、全国から駆けつけたピッツァイォーロの協力を得て8回実施されたナポリピッツァの炊き出しで、たくさんの笑顔を石巻に届けてくれた薪窯です。

piz5_padrino.jpg【Photo】通りに面したテラス席の内側テーブル席のスペース壁面の彩色タイル画(上) シラスをトッピングしたナポリ伝統のマリナーラ、「チチニェリ」(1,300円)。もはや向かうところ敵なしの絶品。お熱いうちにブォナペティート~♪(下)

piz6_padrino.jpg 2012年6月、石巻での8回目の炊き出しにイタリアから参加したマエストロ・ピッツアイォーロ、ガエターノ・ファツィオさんが、教え子である千葉壮彦チーフ・ピッツアイォーロと被災地に向けて贈った「BUONA FORTUNA(=幸運を祈ります)」という手書きのメッセージが窯の正面を飾ります。凝った内外装だけでなく、ピッツァを始めとするフード類の味も折り紙つき。昨年、秋田の「cosicosi(コジコジ)」が加わり、東北で4店舗となった〈*注1〉ピッツァ発祥の地ナポリに本部を置く「Associazione Verace Pizza Napoletana(真のナポリピッツァ協会)」が本場の味と認めた「VERA PIZZA」認定店の看板に偽りはありません。

piz3_padrino.jpg
【Photo】一昨年のカプート杯でブロンズメダルを獲得した証しのトロフィーが輝くカウンターに立つ千葉壮彦マエストロ・ピッツアイォーロ(右)

 今シーズンから「コボスタ宮城」となった楽天イーグルスのホームスタジアム一塁側フードストリートで、鶴岡「穂波街道 緑のイスキア」が、試合開催時間帯だけ営業する「赤のイスキア」を除けば、現在のところ仙台圏では唯一、ナポリで食するピッツァと寸分違わぬ、いや、下手なイタリアのピッツェリアよりもオススメできるピッツェリアだと断言します。リニューアルを機に、ピッツァのバリエーションが増え、南イタリアのアンティパストや「ババ」、スフォリアテッラに似た「コーダ・ディ・アラゴスタ」などドルチェ類も拡充しました。

piz7_padrino.jpg【Photo】1台ごとハンドメードされ、エスプレッソマシンのロールスロイスと称される「La Marzoccoラ・マルゾッコ」。安定した抽出温度を保つ2連モデル「FB/80」(左)

 アンティパスト類に合わせるよう、カンパーニャ州を中心にラインナップが増えたヴィーノともども見逃せないのが、カッフェ。ナポリっ子の支持を集める「Passalacquaパッサルアックア」の豆で淹れたカッフェを頂くことができるようになりました。しかし豆だけでは、ナポリで飲む「Barバール」の味を再現できません。マシンはフィレンツェ発祥の「La Marzoccoラ・マルゾッコ」社が 創業80周年を記念してリリースした「FB/80」がカウンターに鎮座します。

piz9_padrino.jpg【Photo】ナポリのカッフェ好きの間ではKIMBOと並んで支持の高いロースター、Passalacqua。アラビカ種とロブスタ種の絶妙なブレンドによるボディのある豊かな味わいは、まごうことなきナポリスタイル。ハンドペイントされたカップもポジターノの「Ceramiche Casola」製(右)

 研究熱心なバリスタ兼ソムリエの三瓶友和さんによるチューニングが加えられたLa Marzocco FB/80で淹れたカッフェは、昨年夏のリニューアル直後と比べて、焙煎豆の風味を凝縮させたストロングタイプの正統派ナポリスタイルの純血度が増しています。ここは迷わずイタリア式にエスプレッソ・シングルならスプーン2杯、ダブルのドッピオなら3~4杯のグラニュー糖を入れて頂きましょう。

piz11_padrino.jpg【Photo】バリスタ兼ソムリエの三瓶友和さん(左)

 北欧が主な発信地となったスペシャルティ・コーヒーが、コーヒーの最先端を行くような捉え方が、ここ何年か日本でもされています。なれど、豆の美味しさを高圧の蒸気で抽出するエスプレッソでも、特に凝縮感が高い南イタリア・ナポリのカッフェは、決して流行に流されることのない永遠不滅のスタイル。その神髄を伝えるPassalacquaの一杯は、南イタリア気分を味わえるピッツェリア・パドリーノ・デル・ショーザンでの時間を、より印象的にしてくれます。ナポリピッツァとカッフェとの至福の出合いがあなたを待っているはずです。

Continua / to be continued

〈*注1〉・東北の「VERA PIZZA」認定店(2014年3月現在・認定順)・・・鶴岡市「穂波街道 緑のイスキア」、盛岡市「Piace ピアーチェ」、仙台市「ピッツェリア・パドリーノ・デル・ショーザン」、秋田市「cosicosi コジコジ」
*******************************************************************
Pizzeria Padrino del Shozan ピッツェリア・パドリーノ・デル・ショーザン

住:仙台市青葉区上杉2-1-50 仙台勝山館
Phone:022-213-9220
営:11:30~14:00 (LO) 15:00 クローズ
   17:30~21:00 (LO) 22:00 クローズ
  月曜定休(祝日の場合は翌日) ※2014年4月からは年末年始を除き無休
●エスプレッソ シングル300円 ドッピオ450円 ●マッキャート400円
●カプチーノ450円 など

URL: http://www.shozankan.com/pizzeria/
baner_decobanner.gif

2014/03/16

無機と有機のカタチ

1a94646752251c584e497a57a7ba1bfb.pngニュートンも驚愕!! 
庄イタ、万有引力を発見せり? @陸前高田

 
 昨年12月、所用で大船渡に向かう移動の折、震災前は高田松原として知られた陸前高田の海岸線に沿って遥か彼方へと延びる建設中の架橋に目を奪われました。何故なら、それは横浜ベイブリッジはおろか、世界最長の吊り橋である全長3,900mの明石海峡大橋を彷彿とさせる巨大スケールゆえのこと。「命の道」として急ピッチで整備が進む復興道路こと三陸縦貫自動車道の唐桑高田道路区間が広田湾を跨ぐ雄姿かと思いきや・・・。

ponte1kibou.jpg【Photo】復元された奇跡の一本松を背景に車両が往来するR45の頭上を跨ぐ巨大な吊り橋。その正体は...。(別アングル拡大表示

 それは、旧市街南側にある標高120mの山を海抜40mの高さまで切り崩し、高台移転を果たすための宅地造成工事によって発生する土砂を、かさ上げを要する旧市街地域まで運搬する空中ベルトコンベヤー・プラント設備なのでした。3年前のあの日、出張先の青森から仙台へ移動するバスのカーラジオから繰り返し聞こえたのは「陸前高田の街が津波で壊滅した」という耳を疑うようなフレーズ。

ponte2kibou.jpg【Photo】高台移転用地となる背後の山から掘削した土砂を、かさ上げを要する高田地区などに運搬する架橋に設けられるベルトコンベヤーの出発点

 名取市閖上や女川などと同じく、原形をとどめないほどに根こそぎにされた陸前高田の惨状は、不足していたガソリンの供給が安定し、仙台の情況が少し落ち着いた同年6月、しっかりと目に焼き付けてきました。もはや枝先が枯れ始めていた奇跡の一本松近くのアスファルトの裂け目で懸命に咲く野の花に心救われたものです。

ipponmatsu_miracolo.jpg【Photo】猛威をふるう津波によって、ことごとくなぎ倒された高田松原のクロマツ林。唯一残った樹齢260年のこの巨木自身も、恐らくは予想だにしない形で、被災した陸前高田市民の心のよりどころとなった。塩害によって枯死し、根元から切り出される前、2011年6月に訪れた奇跡の一本松

 今は土煙が舞う茫漠とした更地となった旧市街地で、ひときわ目を引くこの吊り橋。支柱の高さ42.6m、橋脚の主塔間隔が220mあり、全長は3kmに及びます。ダンプカーによる搬出では10年以上を要する膨大な土砂を、3年で処理する能力を備えているといいます。大きな痛手を受けた陸前高田の将来を担う市内の小学生を対象に名前が公募され、応募総数236件から「希望のかけ橋」と名付けられました。稼働開始は3月24日(月)。架橋の名付け親となった9名と「ゆめちゃん橋」「がんばっぺし!ブリッジ」など、佳作に入選した児童も土砂搬送投入式典に招待されるそうです。

ponte3kibou.jpg 政府が最重要課題として掲げる「復興加速化」のシンボルとして陸前高田の人々が期待を寄せる竣工間近い希望のかけ橋を、日曜日に訪れました。コンベヤーは途中で枝分かれしており、高層の建物がない現在の旧市街地域で、圧倒的な存在感があります。それは郷土復活にかける陸前高田の人々の鋼(はがね)の意思を表すかのように、大地にしっかりと橋脚を据えています。陸前高田を新たに再生させる担い手となる子どもたちには、この吊り橋のように陸前高田にどっしりと根を下ろして、震災の記憶を末代まで語り継いでほしいものです。

ponte4kibou.jpg【Photo】陸前高田再生の足取りが加速することを期待される「希望のかけ橋」。左右に分岐した終点(上2点)からは、土砂を採掘する始点は遥か遠方(別アングル拡大表示

 震災犠牲者を悼み、教訓を後世に伝えるため、国は被害が著しかった東北3県に国営の「復興祈念施設」を設置する方針を打ち出しています。避難者の生活再建をまずは優先する福島は立地にまで話が及んでいませんが、国内最多の犠牲者・行方不明者3,961名が出た石巻が有力な候補地となっている宮城と同様、岩手県内最多の1,814名が犠牲または行方不明となった陸前高田が候補地に挙げられています。

ponte5kibou.jpg 奇跡の一本松と同じく震災遺構として市が保存を検討しているのが、建物内部の損傷が著しい道の駅「高田松原タピック45」。祈りの場としての復興祈念公園の整備もさることながら、そこで起こった想像を絶する出来事を何より雄弁に物語る震災遺構の保存は、焦眉の急だと考える庄イタ。慰霊碑と祭壇が設けられたそこには、盛岡中学(現・盛岡一高)の修学旅行で高田松原を訪れたことがある石川啄木の歌集「一握の砂」に収められた一節を刻んだ歌碑がありました。

 頬につたふ
 なみだのごはず
 一握の砂を示しし人を忘れず

意訳:「頬を流れる涙を拭おうともせず、浜辺から一握りの砂を手に取って差し示し、限りある人生を懸命に生きなさいと諭したあなたを私は忘れない」

 啄木の曾孫が揮毫したというこの碑によって、26歳で夭折した歌人が詠んだこの歌は、新たな意味を得て気仙地方の人々の癒しとなることでしょう。

muscat_cider.jpg 慰霊碑に立ち寄り、改めて震災犠牲者の冥福を祈ったのち、一部が先行して通行可能な三陸自動車道で、今月23日から供用開始となる陸前高田ICの先にあたる通岡IC近くの米崎(よねさき)を訪れました。そこは背後に緑豊かな北上山地が広がり、気仙川が鉄分などの養分を広田湾に運ぶため、カキ・ホタテ・ワカメなどの養殖が盛んで、定置網にかかる海産物にも事欠かない陸前高田にあって、リンゴやブドウの産地としての歴史を積み上げてきた地区です。

 1970年(昭和45)発売のロングセラー「マスカットサイダー」製造元である「神田葡萄園」をのちに創業する熊谷福松が、宮城県利府町から持ち込んだ和梨に次いでリンゴ栽培を米崎で始めたのが明治の中ごろ。これが岩手県におけるリンゴ栽培の嚆矢となりました。

 岩手は全国第3位のリンゴ産地で、その主産地は県南部から挙げると奥州市江差区、花巻および盛岡周辺、二戸など。そうした内陸部と比べて年間日照時間が長く、平均気温が高い陸前高田では、収穫の最盛期となる11月末でも比較的温暖ゆえ、糖度の高い蜜入りリンゴが収穫できるといいます。岩手でのリンゴ栽培の特徴は、脚立を使った高所作業を極力減らし、作業効率を上げるため、果樹の高さを低く抑制する矮化(わいか)栽培が普及している点。

pom_yonesaki.jpg【Photo】「奇跡のリンゴ」で知られる木村秋則さんの自然農法を実践するリンゴ畑ほか、日本一のリンゴ産地である弘前のリンゴ畑では見たこともないほど、枝が極端に下を向くよう剪定されたリンゴ果樹が見られる陸前高田市米崎町(写真上・下とも)

 米崎地区の高台では、150軒近くのリンゴ生産者が、およそ70haの栽培面積で、「ふじ」「ジョナゴールド」「王林」などの品種を栽培しています。高齢化が進むリンゴ農家にとって、矮化栽培は作業負荷を軽減するため歓迎されます。桜前線を追いかけるように北上するリンゴの芽吹きと開花に向け、訪れたリンゴ畑では枝の剪定と有機質肥料の施肥を終えていました。葉を落としたリンゴの果樹は、四半世紀前から導入された矮化栽培が徹底され、ほとんど全てが特異な姿格好をしています。

pom_yonesaki2.jpg 枝から落下するリンゴをもとに「全ての物体は互いに引き合い、その力は物体の質量の積に比例し、距離の2乗に反比例する」という万有引力の数式(banyuuinnryoku.jpg)につながる発想を得たのが、近代物理学への扉を開いた天才アイザック・ニュートンです。

 あたかも大地に引き寄せられるかのように、まるで稲妻のごとく下向きに枝を伸ばす米崎のリンゴ。ニュートンが米崎リンゴの極端に矮化した樹形を目のあたりにしたら、これも地球の引力のなせる業なのかと目を皿のように丸くして、「驚き桃の木リンゴの木!!!」と叫んだかもしれませんね。

baner_decobanner.gif

2014/03/09

謎の仕出し店@碇ヶ関

 以前から存在には気付いており、ずっと気になっていた店が青森にあります。その名も「ヘッチョ仕出し店」。津軽では「臍(へそ)」をヘッチョといいますが、青森県の中心に位置するゆえ、青森のヘッチョを自任している黒石市ではなく、そこは平川市碇ヶ関(いかりがせき)

heccio.jpg【Photo】風雪に耐えた看板に表記された電話番号は、もはや判読不能。電話して、「ハイ、ヘッチョ仕出し店です」と応じるのかを実際に確かめたい衝動に駆られる。店名の文字が一部が欠落したわけではないようなので、創業時よりこの店名で営業していると思われる

 今回は、この季節限定の温泉熱を利用した特産物(⇒近日公開予定)を大鰐温泉で入手するため、大鰐弘前ICで東北道を下車した途中、R7沿いにある店の前で車を停めて撮影した1枚のみご紹介。

 この日は、弘前で開催されたインポーター「エトリヴァン」の飲み頃イタリアワイン会に参加するため、先を急ぐ移動の途中でのことゆえ、店名の由来を尋ねることなく、そこを立ち去りました。

 モヤモヤを抱えたままR7を進むと、ほどなく「陽気ドライブイン」の看板を掲げるドライブインが出現。さぞラテン系の明るい性格の店主なのだろうと思いつつ、そこも通過。 深いぞ、碇ヶ関。

 謎は深まるばかり・・・。
baner_decobanner.gif

 

Giugno 2016
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
Copyright © KAHOKU SHIMPO PUBLISHING CO.