あるもの探しの旅

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ゆきむすび 田植え交流会2014 〈前編〉

9年目を迎えた鳴子の米プロジェクト

 北海道を除いて全国的に梅雨の季節を迎えました。農作物には恵みの雨でも、当分うっとうしい日が続きますが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。

kobiru_2009.5.jpg【Photo】庄イタが直近で田植え交流会に参加したのが2009年。雨中で行われた田植えの後、地区の集会所に場所を移して行われた小昼(こびる)で挨拶に立つ今は亡き曽根清さん(写真左上)

 二十四節季で穂のなる穀物の種をまく頃を意味する「芒種」を過ぎました。平年比で1週間ほど早く入梅を迎える直前の5月25日(日)、宮城県大崎市鳴子で、NPO法人「鳴子の米プロジェクト」主催による田植え交流会が催されました。プロジェクトがスタートして2年後の2008年、稲刈り交流会から参加した庄イタ。2009年の田植えに参加して以来、交流会には5年ぶりの参加となりました。

kobiru2_2009.5.jpg【Photo】2009年田植え交流会より。参加者のために鬼首在住の県内唯一の桶作り名人お手製の桶に盛られ用意されたのは、食べてしまうのが勿体ないようなお母さんたち手作りのおむすびや漬物、そして特製どぶろく。モチモチした食感が冷めても失われないゆきむすびの味に感謝感激

 2009年は稲刈りにも参加。翌年は都合がつかず、やむなく不参加。震災が発生した2011年以降は、以前にも増して多忙となり、交流会には久しく参加できずにいました。

nakagawara2014.5-2onikobe.jpg【Photo】今年の田植え交流会が行われた大崎市鳴子温泉鬼首中川原地区では、菜種油を採取するため休耕田に植え付けた菜の花が、一面に咲き揃って参加者を出迎えてくれた

 輸入頼みの小麦を原料とするパン食が普及し、余剰米を抱える中で長年維持してきた減反廃止を打ち出したニッポンのコメ作り。経済界の後押しを受けてTPPを推進する政府は、農業経営の大規模化によって活路を見出そうとしています。そうした画一的な発想を当てはめるのが土台無理な条件下にある中山間地での持続可能な稲作に希望の光を当てたのが「鳴子の米プロジェクト」です。

 寒冷な中山間地でも作付可能な耐寒性を備えた食味の優れた品種として、古川農業試験場で開発された低アミロース米「東北181号」を、大崎市鳴子でも最も奥地にある鬼首(おにこうべ)で、3人の農家が試験的に栽培をしたのが、地域に希望を与えた物語の発端です。

nakagawara2014.5-1onikobe.jpg【Photo】国道398号線に抜ける県道248号線が開通する以前、さらに奥地の岩入(がにゅう)地区へと続く旧道沿いに集落が築かれ、山の豊かな雪解け水や湧水を引いてコメ作りが行われてきた中川原地区

 2007年に「ゆきむすび」と名付けられたこのコメの作り手と食べ手が、相互に支え合う関係構築のため、総合プロデューサーに民俗研究家の結城登美雄氏を迎えて発足したプロジェクトでは、田植えや稲刈り、杭掛けといった農作業に購入実績のある顧客を中心に参加を呼び掛けて相互交流を進めてきました。

shigetoshi-takahashi2014.5.jpg【Photo】9年前、ゆきむすびレジェンドが誕生したご自身の水田を前に手植えのコツを説明する高橋正幸さん

 それは日本人の主食であるコメ作りが、いかなる所で、どんな人たちが作っているかを都市生活者に知ってもらうことで、他人任せの人ごとではなく、我がこととして食べ物の大切さを知ってもらいたいという願いあってこそ。人間にとって最も根源的な食する行為を介して結ばれた人と人が、農作業を通して信頼を深め、強い絆を結ぶ場に我がこととして立ち会うため、庄イタも交流会には可能な限り家族を伴って参加してきました。

ueno-takeo2014.5.jpg【Photo】NPO法人鳴子の米プロジェクトの理事長を務める上野健夫さんも、参加者と共にゆきむすびを植え付けた

 寒湯(ぬるゆ)集落の高橋繁俊さんの水田に場所を移した昨年から、交流会を行う水田が毎年変わる方針が打ち出されています。そのため、5年前に交流会でお邪魔した岩入(がにゅう)地区の後藤錦信(かねのぶ)さんの水田から、今年は中川原地区の高橋正幸さんのもとでの交流会となりました。高橋正幸さんは、9年前にゆきむすびという名前が付けられる前の東北181号を試験栽培した岩入の曽根清さん(故人)、昨年の交流会が行われた高橋繁俊さんら、3人のうちの一人です。

taue2-narugo2014.5.jpg【Photo】のぼり旗に記された「つくる人と食べる人がつながり合い、みんなの力で地域の農を守りたい」という鳴子の米プロジェクトの理念通り、力を合わせて田植えを行う作り手と食べ手

 日中の最高気温が28℃にまで達するという天気予報が出ていた交流会当日。午前10時過ぎに鳴子公民館前に集合、プロジェクト事務局が用意したマイクロバスで中川原地区へと向かいました。鳴子の温泉街から鬼首までは、荒雄川を鳴子ダムでせき止めた人造湖である荒雄湖を左手に見ながら、カーブの続く道を30分ほど山あいへと入って行かなくてはなりません。ちょうど見ごろを迎えていた菜の花畑に囲まれた鬼首でバスを降りると、曇りの空模様のせいか、少しひんやり感じるほど。そこは紛れもない山あいの気候でした。

taue1-narugo2014.5.jpg【Photo】大人たちに交じって素足で水田に入った小さな男の子も、時折飛び入り参加するカエルと戯れながら一生懸命に田植えを行った

 冒頭、上野健夫理事長がご挨拶され、まだご自身の田植えを終えていないという作り手部会長の後藤錦信さん、そして水田の持ち主である高橋正幸さんの順にプロジェクトの作り手3名がご挨拶に立たれました。古川農業試験場で品種開発に携わった総括研究員永野邦明さんほか、仙台や東京などから参加した18名が、作り手の方たちと一緒に田植えをする5アールの水田は、9年前に初めて東北181号を植え付けした場所。そこには前もって木製の大きな熊手のような「タカサゴ」(⇒「梶棒」「ワク」「条板」など地方や農家によって用いる農具が異なる)」で線が引かれており、線に沿って3~4株づつ苗を手植えするよう高橋さんからご指示がありました。

taue3-onikob.jpg【Photo】写真奥から手前に向かってまっすぐ植えていたつもりが...。写真中央の4列が庄イタが植えた苗。長靴をはいた足元を深みにとられた参加者が悪戦苦闘するうち、次第に水が濁り始め、最初は真っすぐだった列が怪しくなる場所も。後日、高橋さんが植え直しをしたかも(^^;)

 カエルの合唱を聞きながら泥と格闘することおよそ1時間。長靴の泥を小川の清水で洗い流しました。心地よい汗を流して働いた後は、庄イタにとっては何よりの交流会の楽しみである農作業を終えた後の軽食タイム「小昼(こびる)」が始まります。その模様は、次回「ゆきむすび田植え交流会2014 〈後編〉」にて。
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特定非営利活動法人 鳴子の米プロジェクト事務局
住:宮城県大崎市鳴子温泉字要害字馬場3-3
Phone:0229-29-9436(土・日・祝日を除く平日9時~16時)
Mail:komepro181@yahoo.co.jp
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