あるもの探しの旅

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2014/07/27

メロンまつり 好評開催中~ ♪

青森・津軽代表 つがる市 木造産 アムさんメロン
                               &
山形・庄内代表 酒田市 浜中産 アンデスメロン

 まだ気象庁は梅雨明けを宣言していませんが、夏本番を思わせる酷暑が東北でも続いています。ここは熱中症予防のためにも、こまめな水分補給を怠ってはなりません。とはいえ、ミネラルウオーターやスポーツドリンクばかり続いては、どこか味気ない。そこで積極的に摂取したいのが、ジューシーなフルーツです。

amu-san2014.jpg【Photo】これは7月12日に弘前で開催された品評会に出品された「アムさんメロン」。置いておくだけで、えもいわれぬ強い芳香が漂う。天候に恵まれた今年は6月5日の初競りで、秀2Lサイズ1箱(8kg入)が、過去最高となる20万円のご祝儀相場を付けた。品評会に出品されるアムさんメロンは糖度16度以上

 6月上旬~8月上旬にかけての旬を心待ちにしていたのが、時に18度を超える驚異の糖度に達する「アムさんメロン(品種名:ゆうかメロン)」。

 甘い香りに吸い寄せられるように出合った黄色味を帯びた少し風変わりな名前のメロンが放つ香りに「これは只者ではない」と直感。青森市内で購入して以来、見事にハマってしまいました。

 正直に言います。「アムさん、私はもうアナタの虜です」 ^_^;

amu2-san2014.jpg【Photo】黄色味を帯びた外皮ギリギリまで食べることができるのは完熟の証し。薄緑色のアムさんメロンの果肉は、あくまで香り高く、あくまで甘く、あくまでジューシー。その味と香りは、メロン好きには堪らないはず

 初出荷から1ヵ月あまりを経た7月10日前後に出荷のピークを迎え、そこから1週間程度の梅雨明け前が品質的には最も優れているというハウス栽培のアムさんメロン。

 五所川原の立佞武多(たちねぷた)を目当てに青森を訪れた昨年は、アムさんメロンのシーズン最終盤。そのためか、五所川原市内の某大手商業施設で購入したメロンの味には今一つ納得がゆきませんでした。

 このままで夏を終わらせるわけにはいかない!と7月中盤以降から出回るトンネル栽培の「ゆうかメロン」で溜飲を下げた経緯は、「ゆうかメロン」でリベンジマッチ(2013.9)で詳述しています。

2014-0713-a+marche.jpg【Photo】県が主催する「あおもり立志挑戦塾」と「若手農業トップランナー塾」の卒塾生が運営する産直市、あおもりマルシェ。青森の魅力発信と地産地消を通して、もっと青森が好きになる場所づくりを目指している

 弘前市で青果市場を運営する弘果弘前中央青果の統一商標「つがりあんメロン」の先陣を切るアムさんメロン。庄イタにとって絶好のリベンジマッチの機会に今年は恵まれました。それは7月13日(日)にJR新青森駅前で開催する「あおもりマルシェ」に、つがりあんメロン品評会に出品された秀品が販売されるという耳寄りな情報を、前日入りした青森市で偶然ラジオでキャッチしたからです。

a-marcato2014.7.jpg【Photo】品評会出品のアムさんメロンを目当てに午前9時のスタート時刻前に会場到着。多くの人出で賑わった9回目となる「あおもりマルシェ」会場

 「青森オリジナルメロン生産連絡協議会」で次世代育成事業を担当する同会青年部が主催する品評会。今年は22件の出品があり、荷姿(玉揃い)・形状・ネット張り・糖度・食味の5つの観点から50点満点で採点が行われました。今回で9回目の開催となるあおもりマルシェには、最優秀の金賞ほか銀賞・銅賞に輝いたアムさんメロンなど、入賞作や品評会に出品されたメロンが販売されるというではありませんか。これを見逃す手はありません。

a-marcato2014.7-1.jpg【Photo】前日に行われた品評会で、金・銀・銅の各賞や入賞を果たしたアムさんメロン(上写真)はじめ、品評会出品作(下写真)まで、いずれ劣らぬアムさんメロンが揃った第9回あおもりマルシェ

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 旧木造町(きづくりまち)出身の同僚からは、本場でメロンを購入するなら、つがる市木造近郊の生産者がメロンを持ち寄るJA直売所を薦めてもらっており、当初はそのつもりでいました。なれど品評会出品作が購入できるとあれば、予定変更です。

a-mercato2014.7-3.jpg【Photo】品評会で金賞に輝いたアムさんメロン(右写真)

 マルシェは9時開場でしたが、ラジオ放送されたこともあり、定刻前に会場入り。目指すアムさんメロンのブースでは、誇らしげに「金賞」「銀賞」・・・のタグの付いた化粧箱入りアムさんメロンが並んでいました。

 温度と水に関する徹底した品質管理のもと、1株4玉まで制限し15度以上まで糖度を高めるつがりあんメロンでも、アムさんメロンは完熟で出荷されるため日持ちせず、県外にはまず出回りません。仙台でも「アーバンデリシャス」や「ハニーゴールデン」といったつがりあんメロンは稀に見かけるものの、アムさんメロンは見たことがありません。

 割高なネット通販はさておき、味をしめた一昨年以降、地元の小売店を数軒回って相場をチェックしてありました。青森オリジナルメロン生産連絡協議会青年部の方にあれこれ質問しながら、カットされたカップメロンを味見。まだ雪が残る3月初旬に定植、5月の開花期・肥育期も安定した天候に恵まれた今年の作柄は大変良いとのこと。出品作はいずれも糖度16度以上の個体を揃えたといいます。

a-mercato2014.7-4.jpg【Photo】青森オリジナルメロン生産連絡協議会青年部の方のアドバイスを参考に、庄イタが購入した3個の跡がぽっかりと空いた青森マルシェのアムさんメロン販売ブース

 ディスプレーされたメロンは黄色味の強いものもあれば、グリーンの割合が若干強いもの、表面を覆うネットの目が細かく滑らかなもの、幾分目が浮き立ったものなど、微妙な違いがあります。登熟期間の違いによってこうした差が出るそうで、それぞれの違いによって糖度や日持ちが異なることなど、専門の立場から購入に際してのアドバイスを頂きました。

melone-amu&andes.jpg【Photo】期せずして東北のメロン産地の両雄が揃った津軽産アムさんメロン(写真右)と庄内産マスクメロン(写真左)

 9時の開場前に呼び物となる最優秀の金賞ほか入賞作を購入しては、アンフェアな抜け駆けの謗(そし)りを受けかねません。会場で購入したのは、色味の異なる出品作(1個1,000円)を3個。そして辛子漬けにすると美味な「メロン子」こと、摘果されたタカミメロン(6個入り100円)と十三湖特産の大和シジミすくい取り(1回400円)。こうして願ってもない秀品のアムさんメロンを入手したマルシェ会場では、ほかに津軽産リンゴ、サクランボ、田子ニンニクなどの青果品ほか、黒石つゆ焼きそばの飲食コーナーなど、多彩なブースが揃っていました。

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 3年目を迎え、知名度が向上したことも手伝って、主催者発表によれば物産市が開かれていた5時間で、10,000人が訪れたという今回の青森マルシェ。今年度は5回の開催を予定しており、今後は8月10日(日)・9月21日(日)・10月12日(日)13日(月・祝)に、今回と同じJR新青森駅前(無料P有)が会場となります。

【Photo】庄内砂丘産のアンデスメロンは庄イタにとって長年親しんだ味。食べる1時間前に冷蔵庫に入れ、冷え過ぎないところでパルマ産プロシュットと合わせる鉄板の組み合わせ

 果たせるかな、翌週末まで追熟期間を置いて食したアムさんメロンは、これまでの中ではピカイチの美味しさ。「糖度が高いのは概して色合いが緑がかってネットが盛り上がったアムさんですよ」と、教えて頂いたアドバイス通り。女性に接するのと同様、外見に惑わされないようにせねば、と認識を新たにしたのでした。

sweetruby&andes.jpg【Photo】今年で作付4年目となり、つがりあんメロンでは最も新しい品種、本日現在まだ追熟中の「スウィートルビー」(写真左)を購入したその日に、鶴岡在住の知人から贈られてきた庄内砂丘産アンデスメロン(写真右)

 青森オリジナルメロン生産連絡協議会の方が、アムさんメロン以外で特にお薦めのつがりあんメロンとして挙げた赤肉品種の「スウィートルビー」を、仙台で見つけて購入した先週日曜の夕刻、インターフォンで「宅急便で~す」の声が響きました。

 それは鶴岡在住の知人から贈られてきた庄内砂丘メロンではありませんか。産地は日本一の大地主といわれた酒田・本間家3代目本間光丘らが、私財を投じ、沿岸の砂が冬の強風で飛散するのを防ごうとクロマツを植林したことに端を発する見事な松林が広がる酒田市浜中。

hamanakaM_melon2007.7.jpg【Photo】海・里・山の豊富な食材が四季折々に揃う「食の都・庄内」にあって、マスクメロンの産地がここ庄内砂丘。鶴岡・湯野浜から酒田・最上川河口域までの海岸沿いの道沿いにクロマツ林とアンデスメロンや鶴姫レッドなどのメロンを栽培するハウスやトンネルが点在。クロマツ林の彼方に夕陽が沈む酒田市浜中「庄内夕日の丘オートキャンプ場」にて(上写真)、夏場の浜中では荷台いっぱいにメロンを積んだこんな軽トラと遭遇することも珍しくない(下写真)

melon_carry.jpg つがりあんメロンの一大産地である津軽半島南部の沿岸と同様、昼夜の寒暖差が大きく水はけの良い鶴岡市北部から遊佐町にかけての日本海沿岸の砂地は、土壌に余分な水分が残らないため、味が凝縮したメロンやスイカの栽培に適しています。

 届いたのはマスクメロンのオブジェがロードサイドにある庄内空港からほど近く、庄内夕陽の丘オートキャンプ場から撮影した上の1枚に写っている浜中乙に直売所がある高橋農園のアンデスメロンでした。図らずも、こうして3種類のメロンが我が家に揃い踏みしたのです。間もなく露地物の「ゆうかメロン」がベストシーズンを迎えます。そして桃で一番好きな品種「あかつき」が福島でたわわに実る本格的な夏の訪れを待つばかり。ということで、メロンまつりin SENDAI 2014、絶賛開催中!!!

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2014/07/21

山伏ポーク

Taverna Carlo タヴェルナ・カルロ
或る夜のテーブルより

 食の都・庄内は品質の高い豚肉の宝庫でもあります。庄内地域全体では、大小80の生産者が年産8万頭を出荷しています。地元産の飼料用米で育ったヘルシーな「こめ育ち豚」〈拙稿:「応援しよう!こめ育ち豚」(2009.7)参照〉に関しては、とんかつと豚肉料理 平田牧場仙台ファーストタワー店がオープンした2009年7月に既報の通り。無敵のコストパフォーマンスも相まって庄イタがイチ押しするのが「山伏ポーク」。ゴールドでもプラチナでもない知る人ぞ知るこの銘柄豚は、修験と信仰の山、月山・羽黒の麓で育ちます。

kobaecha-2014.9.jpg【Photo】頭を垂れた稲穂が黄金色に染まる実りの季節。月山山系の裾野を進む庄内こばえちゃラインの沿道からは、鶴岡・三川・酒田方面と鳥海山の眺望が手に取るよう。あまたの食材に恵まれた食の都・庄内では、蕎麦を決して売りにしないものの、山形県内では鶴岡市が最多の産出地となるソバの白い花が咲く標高が高い地域で、山伏ポークは飼育される。鶴岡市羽黒町川代付近にて

yamabushi-shabu-2014.6.jpg 「庄内こばえちゃライン」の愛称で呼ばれる庄内東部広域農道からは、豊饒なる庄内平野と日本海が眼下に一望のもと。山伏豚は、月山の裾野に延びる庄内こばえちゃライン沿いの鶴岡市羽黒町地域の清涼な環境のもとで育ちます。その優れた肉質は、月山水系の滋養豊かな水と抗菌剤を使用しない穀物主体の配合飼料で180~190日をかけ、出荷に適した体重110kgまで肥育されることで育まれます。

【Photo】夏を元気に乗り切るため、積極的に食卓に取り入れたいのが豚しゃぶ。居並ぶ銘柄豚の中から庄イタがイチオシは山伏ポーク。新鮮な山伏ポークは、全くと言ってよいほどアクが出ない。ほんのり甘い脂と香りのよいキメ細やかな赤身のハーモニーが秀逸なバラ肉をぜひ!

 真っ白な良質の脂身とキメ細やかな肉質の山伏豚の魅力が発揮される部位の一つが、ほんのり甘く香りのよい脂身と淡いピンク色のシルキーなキメ細かい赤身との黄金比率を味わえるバラ肉。その美点を活かす山伏豚しゃぶで最強の共演者「平田赤ネギ」〈拙稿(2007.9)参照〉を得た山伏ポークは、飛ぶ豚、もとい飛ぶ鳥をも落とす無敵の風味で食べる人を魅了します。それは冷しゃぶとて同様。冬場が旬となる濃厚なネギの芳香が甘味に昇華する平田赤ネギとの共演は叶わぬものの、肉厚の「十三浜ワカメ」〈拙稿(2012.4)参照〉が脇を固め、堂々の主役ぶり。

yamabushi-roast-2014.6.jpg【Photo】肩ロース500gに対して岩塩7g、潰したホワイトペッパー3g、ニンニクスライス2片、ローリエ3枚で15時間マリネ。火を通しすぎないようローストすれば、たとえ藤沢カブはなくとも、雪がしんしんと降り積もるあの夜の感動が蘇るアル・ケッチァーノ風山伏豚のロースト

 バラ肉のカロリーを気にされる方でも、しゃぶしゃぶと湯煎して脂肪分を洗い落とすので安心。100gの豚肉には一日の必要量の半分を賄えるほどのビタミンB1が豊富に含まれています。ビタミンB類は糖質の代謝に関与してエネルギーを作り出すため、夏バテ予防にピッタリ。東北も梅雨明けまでカウントダウンとなったこれからの季節、独自の配合飼料を与えることでコレステロール分を通常比で2割カットしたという山伏豚の冷しゃぶで夏を乗り切りましょう!!

 肉の味がわかる方ならば、リピート必至の山伏豚との出合いは、もう10年以上前に遡ります。鮮烈な印象を残したのは、2004年(平成16)の暮れも押し迫った大雪の中、鶴岡「アル・ケッチァーノ」で食した在来作物フルコースの最後に「新作です」と奥田シェフが運んできた「山伏豚肩ロースマリネのロースト藤沢カブの焼畑仕立て」。料理の背景が見事なまでに表現されたその一皿で感涙に打ち震えた体験の顛末は、「奇蹟のテーブル」に記した通り。如才ないオーナーシェフがメディアの寵児と化し、店が変貌する以前の話で、ほぼ月3回の頻度で仙台から通っていた頃の事です。

rodano2004-con-yamabushi.jpg【Photo】山伏豚ローストには、ゲヴルツトラミネール+リースリング+シャルドネという珍しいセパージュの南トスカーナ・スヴェレート産ヴィーノ・ビアンコ「Lodanoロダーノ2004」をチョイス。「REDIGAFFIレデガッフィ」で知られるTUA RITAが年産3千本を極少生産

 鶴岡市羽黒町の養豚農家が生産する(ランドレース×大ヨークシャー)×デュロックの三元交配による銘柄豚「高品質庄内豚」の中でも、鮮度が良く、肉塊が程よい大きさで身肉がしまっている個体に限定される山伏ポーク。かつて羽黒農協が所有していたこの銘柄を、1981年(昭和56)から独占的に扱うのが、元々は羽黒町でお兄さんと一緒に養豚農家を営んでいたという鶴岡市みどり町の精肉店「クックミートマルヤマ」の丸山完さん。

 余談ですが、調理師免許を持つ二代目の浩孝さんは、先日まで鶴岡まちなかキネマで公開されたドキュメンタリー映画「ある精肉店のはなし」上映実行委の中心的役割を果たした行動派の一面を持っています。

kan_maruyama.jpg【Photo】店を継いだご子息の浩孝さんが商品化するも、委託製造先の事情で残念ながら現在は休止中で復活が待たれる「庄内カレー」を手にするクックミートマルヤマの丸山完代表

 山形県下の養豚農家として、法人化にいち早く取り組み、生産と販売を分業化。当初から自動給餌器を取り入れ、豚舎への第三者の立ち入りを制限するなど、衛生面に配慮した生産現場は兄が、販売は弟の完さんが担当。現在の店舗がある鶴岡市みどり町に直売所を出したのが1971年(昭和46)。以来、丸山精肉店、クックミートマルヤマと店名は変わりましたが、品質第一を貫く姿勢は、確かな目利きによる仕入れと店頭での丁寧な仕事ぶりから伺うことができます。

 ご自身もかつては生コンのミキサーで飼料の配合をした経験をお持ちで、生産者の立場を心得ている丸山さん。1995年(平成7)に当時の庄内1市7町1村の農協が広域合併した「JA庄内たがわ」発足当時、広域化したことによる庄内豚の品質のバラツキに危機感を覚え、独自に設けた厳しい基準に沿った肥育を実践する羽黒地域の生産者のみに仕入れ先を限定しています。

ja-n-japan-feeds.jpg【Photo】山伏ポークの飼料を生産する「JA全農北日本くみあい飼料石巻工場」(写真中央)は、宮城県石巻港に面しており、震災の津波で大打撃を受け、被災直後は飼料の生産・供給が全面停止。周辺はいまだ津波の爪痕が痛々しいが、白煙を上げる日本製紙石巻工場(写真左奥)ともども現在は復旧し、山伏ポークの変わらぬ美味しさを支えている〈撮影:2014年3月〉

 庄イタが山伏ポークと出合った当時は、意識の高い12軒の養豚農家が山伏豚として店頭に並ぶ高品質庄内豚を生産していました。安定した供給が可能な輸入食肉の増加と、生産者の高齢化によって、生産農家の数は現在6軒にまで減少しています。これは山伏豚に限った話ではなく、私が庄内系にメタモルフォーゼした2003年(平成15)、山形県内で240戸だった養豚農家は昨年の農水省統計では120戸に半減。全国ベースでは過去10年で9,430戸が5,570戸に減少。みやぎ野ポークの産地、宮城県に至っては460戸が165戸まで激減しています。〈*注1〉参照

s-miali-selvatica2005.5.30.jpg【Photo】毎年5月を迎える頃、「スタジオセディック(旧「庄内映画村」)」庄内オープンセットに隣接する自然豊かな月山山麓の100ha近い広大な放牧地で委託放牧される丸山光平さんの緬羊たち。「放牧を始めたよ」という知らせを受た2005年(平成17)5月上旬、月山高原牧場では、ストレスフリーな環境のもとで羊たちが草をはんでいた

 遺伝子組み換え(GMO)やポストハーベスト農薬への不安が拭いきれない飼料で育つ外国産食肉は、国産と比べて安価ではあります。山伏ポークはNON-GMO、ポストハーベストフリーのトウモロコシや大豆を主体とする原料だけを使用する「JA全農北日本くみあい飼料(株)」石巻工場で生産される飼料を生育に合わせて与えられ育ちます。そのため、東日本大震災で同工場が津波で被災して以降、指定配合飼料による給餌ができず、山伏ポークの名が店頭から消えた時期がありました。食の信頼を裏切る事例に事欠かない時代にあって、こうした真摯な姿勢は、さすがですね、丸山さん。

maiali-haguro_2012.8.jpg【Photo】ジンギスカンブームが去った1980年代後半には羽黒町内で唯一の緬羊生産者となった丸山光平さんの羊舎ですくすくと育つサフォーク。いわゆる羊臭さを感じさせない素晴らしい肉質は、未体験の方には未知のもの。もはや異次元の美味しさは決して他の追従を許さない

 山伏ポークと並ぶクックミートマルヤマの看板が、食の都・庄内にして唯一無二、孤高の風味を誇る緬羊(めんよう)を飼育する丸山光平さんが代表を務める月山高原花沢ファームの羽黒緬羊。品種は英国原産のサフォーク種です。冬季を除き、一般向けに羽黒緬羊を扱うのもまたクックミートマルヤマだけ。春に月山高原牧場で放牧され、秋に山を下りる間、自然交配で種付けされたサフォーク羊のベビーラッシュは翌春。月齢12カ月に満たないラムは肉が柔らかですが、丸山さんが出荷するのは、摂取した餌による肉質の向上が顕著に表れる月齢15カ月前後のフォゲットが中心。

haguro-miale-al.che.jpg【Photo】「行ってみたいから案内して」というメンバーに付き添いで5年ぶり(!)に訪れた鶴岡アル・ケッチァーノにリクエストし、西田シェフが調理して下さった「羽黒緬羊のシンプルロースト」。初めてこの肉を食したメンバーは一様に「こんなヒツジの肉は初めて」と予想通りのリアクション

 青草中心の飼料では、クセの少ないラムでさえ特有の臭みが必ず残ります。丸山光平さんは、出荷前になると穀類中心の給餌に切り替え、稲ワラや庄内ならではのとある飼料を与えることでこの問題を克服しました。それは加工用に大量に発生し、廃棄されていた特産の「だだちゃ豆」の莢(さや)。給餌の様子を見せて頂いたことがありますが、羊たちはだだちゃ豆の莢を一心不乱についばみながら、口々に「ウメェ~」。

 生産履歴がつまびらかな国産肉を食することで、日本国内の食料生産者を支えることになります。鮮度を大切にするため、注文した部位を目の前でスライサーにかけてくれるクックミートマルヤマのような精肉店は貴重な存在。意欲的な生産者と二人三脚で品質向上に努めるこうした小売店と繋がることは、食の安心・安全に無頓着ではいられない私たちには心強い味方です。生産者と小売店と消費者が近しい関係にあることを感じさせてくれるこの店に、庄イタはこれからも通い続けることでしょう。

【備考】スライサーで冷しゃぶ用に薄くスライスして頂いた山伏ポークのバラ肉と、ロースト用の肩ロースの調理事例ロケ地は、ワインセラーに常時300本近いイタリアワインのストックを抱える仙台市青葉区某所の超穴場「Taverna Carlo タヴェルナ・カルロ」。食材調達に費やす労力は厭わないが、ボルドーやブルゴーニュのストックが圧倒的に少ないため、赤い表紙の某グルメ評価本の覆面調査員からは見向きもされない(爆)
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クックミートマルヤマ
住:鶴岡市みどり町20-35
Phone:0235-23-5246 FAX:0235-25-7724
営:9:00~22:00 日曜定休
1kgより代引きで宅配可。送料別途。
URL: http://www.tawarayasan.com/umai/cmm/index.htm

〈*注1〉 「農林水産省畜産統計調査」による全国での豚の飼養頭数は、2003年(H15)9,725,000頭⇒2013年(H25)9,685,000頭。ほぼ半減している生産戸数と比して飼養数は、ほぼ横ばい。山形における飼養頭数は181,900頭(H15)⇒160,400頭(H25)宮城は233,100頭(H15)⇒211,800頭(H25)と各1割減。この数字から読み取れるように、養豚農家一戸あたりの平均飼養頭数が1,031.3頭(H15)⇒1,738.8頭(H25)と大規模集約化が進んでいる。
東北6県で目を引くのが福島県の推移。同年比での生産戸数は210戸(H15)⇒113戸(H23.2月調査)⇒81戸(H25)。飼養頭数が226,600頭(H15)⇒184,200頭(H23.2月調査)⇒141,400頭(H25)。過去10年で生産戸数が62%減、飼養頭数も6割ほどに減少。それもそのはず。東京電力福島第一原発から20km圏内で飼育されていた牛3,500頭、豚3万頭、鶏68万羽、馬100頭の多くは畜舎で餓死し、事故後に警戒区域や立ち入り制限区域とされた地域で今年1月までに人の手で安楽死処分された牛は1,692頭、豚は3,372頭にのぼる。飼い主の無念はいかばかりだろうか
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2014/07/12

第二十八共徳丸に思う

 沖縄から南東北の日本海側に深い爪痕を残した台風8号。空模様を気にしながら、津波防災関連の仕事で岩手県陸前高田市と宮城県気仙沼市に出張した日は、震災から3年4ヶ月目の月命日でした。

rikutaka-2014.7.11.jpg【Photo】高台に移転した陸前高田の仮庁舎から旧市街地に戻ると、およそ10mの嵩上げを要する旧市街中心部に土砂を運搬する「希望の架け橋」と名付けられたベルトコンベアーの巨大プラントが、さらにスケールアップして稼働中〈click to enlarge

 県境を越えて気仙沼に入ると、台風の接近による時化(しけ)から避難したと思われるカツオ一本釣り漁船が、魚市場脇の桟橋に多数停泊中でした。魚市場に併設される観光施設「海の市」は、建物2階にあるフカヒレ生産高日本一の気仙沼ならではの「シャークミュージアム」がこの春先行OPEN。津波の直撃を受けて休業中だった1階の物販ゾーンが、来週19日に待望の再出発を果たします。

porto_kesennuma2014.7.11.jpg【Photo】気仙沼魚市場脇の桟橋には、漁期を迎えたものの、水揚げが遅れていたカツオ一本釣り漁船が、台風を避ける為に多数停泊していた〈click to enlarge

 地盤沈下と津波の猛威に晒された魚市場付近の岸壁は、海中のがれき撤去と補修がほぼ終わり、今では大型の漁船が接岸できるようになっています。港に停泊中は、思い思いの時間を過ごす船員たちの姿が見られます。こうした何気ない営みに海と生きる町・気仙沼の日常が、ほんの少しでも戻ってきていることを感じることができました。

28er-kyotoku-maru.jpg【Photo】見覚えのある名前、青と赤の配色。「二」の文字がなければ、昨年10月末に解体された「第十八共徳丸」の残像と出合ったかのよう〈click to enlarge

 宮崎や高知停泊中の漁船の中で、庄イタが船尾に書かれた船名に目が止まったのが「第二十八共徳丸」。

 そう、気仙沼市鹿折地区の海岸から750mも内陸側に打ち上げられ、保存か解体かで議論を呼んだ大型巻き網船「第十八共徳丸」(330トン)と同じ福島県いわき市の水産会社「儀助漁業」が所有する漁船です。

18er_kyotoku-2013.8.jpg【Photo】流出した燃料用の重油タンクに引火して焼け野原となり、気仙沼の中でも被害が著しかった鹿折地区に打ち上げられたまま、解体される間の2年半を陸で過ごした「第十八共徳丸」。現在、気仙沼市中心部の浸水域一帯では、大規模な嵩上げ工事が行われている〈click to enlarge 

 昨年夏に実施された気仙沼市民対象の意向アンケートでは、第十八共徳丸を保存すべきと考える人が16%に留まり、保存は必要ないとする意見が68%を占めました参考データ。被災地においてすら震災の記憶の風化は進んでいます。

 苦い経験を繰り返さぬよう、震災遺稿として船を残すべきだとする人々からの非難を承知で、「目にするのは苦痛だから撤去すべき」との声に配慮して解体という苦渋の選択に踏み切った船主の柳内克之社長(41)は、排水量375トンの同じ名前を付けた大型船を地元いわきで建造し、昨年1月に進水式を終えています。

18er-kyotoku_2013.8-2.jpg【Photo】3.11以降、打ち上げられた第十八共徳丸の船首部分には自動車が下敷きとなっていた〈another picture〉。紆余曲折を経て解体された後、気仙沼市全体でいまだに230人にのぼる行方不明者の捜索が行われたが、発見には至らなかった

 保存か解体かで物議をかもした船と同じ名前を新造船に付けた理由が、昨年末の河北新報に掲載された柳内社長のインタビュー記事で明かされていました。苦しい時に助けてもらった船が陸で朽ち果ててゆくのを見るのは忍びなかったこと。そして大海原に向けて出港した船は、大漁旗をなびかせて戻ってきたほうが、気仙沼が活気づき、気仙沼市民もまた嬉しいだろうこと。

2014.7-mercato_kesennuma.jpg【Photo】水揚げされたばかりのカツオ(写真手前)を手分けして保冷箱に詰める作業で活況を呈する復旧した気仙沼魚市場。隣接する海の市は7月19日(土)3年4か月ぶりの再OPENを果たす

 一方で、震災発生当時、チリ地震津波(1960年・昭和35)を体験した人の多くが存命し、昭和三陸津波(1933年・昭和8)や明治三陸地震津波(1896年・明治29)の教訓を刻んだ石碑が、三陸沿岸には317カ所も存在していたといいます。にもかかわらず、およそ2万人の人命が失われた事実を私たちは重く受け止めなければなりません。

 当初は後世のために船を保存すべきだと考えていた庄イタも、その船主の言葉に溜飲を下げました。かく申すものの、文字や映像などの記録だけでは、大津波の猛威を実感として感じることはできないと囁くもう一人の自分が、今も確かに存在します。

 理不尽にも突如として生命を絶たれた多くの犠牲を無にしないため、万が一への備えを怠ってはなりません。街の再生に欠かせない土地の嵩上げのため、第十八共徳丸を解体・撤去した気仙沼市民の選択に対する評価は、子や孫たちによって30年後・50年後になされることでしょう。

2014.7-mercato_kesennuma2.jpg【Photo】カメラのフラッシュ気付き、見学者デッキの庄イタに向かって高々と両手に持ったカツオを掲げて下さったサービス精神溢れる海の男が若干2名(笑)

 一回り船体が小さく、数字は異なっても先代と同じ青と赤の配色の第二十八共徳丸が、気仙沼に停泊する姿は、感慨深いものがありました。新造された共徳丸が、再び大漁旗を掲げて入港すること、そして一日も早い復興を願って第十八共徳丸の解体と新造を決めた船主と被災者の選択は正しかった、と後世まで言い伝えられるよう、切に願います。

 今回は自戒の念を込めて2000年前にユリウス・カエサルがガリア戦記第3巻18節に残した警句で締めくくりましょう。
   ・quod fere libenter homines id quod volunt credunt. 【ラテン語原文】
   ・えてして人は自らが欲する現実しか見ようとしない。【現代語意訳】

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