あるもの探しの旅

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2014/08/23

Mosaico Fiorentino フィレンツェ・モザイク vol.1

永遠(とわ)に色褪せぬフィレンツェのアサガオ

cabinet-semipresious-inlay.jpg【Photo】庄イタ愛用のキャビネット・ボックスの蓋。黒い背景に浮かぶ西洋アサガオは半貴石の象嵌による。花や小鳥はフィレンツェで発達した伝統工芸「モザイコ・フィオレンティーノ」の絵柄として、しばしば使われるモチーフ

Francesco_Ferrucci_CosimoIde'Medici.jpg 盛期ルネサンスの立役者は? と問われれば、日本では豪華王の称号が付くロレンツォ・イル・マニーフィコ(1449-1492)を挙げずにはおけません。芸術を庇護したメディチ家の伝統を受け継いだ最後の直系がフェルディナンド1世・デ・メディチ(1549-1607)です。フェルディナンド1世は、第3代トスカーナ大公の座に就いた翌年の1588年、先々代のコジモ1世がピッティ宮殿やヴァザーリの回廊とともに建設した政庁舎(現在のウフィツィ美術館)の一角に貴石モザイクの工房を設立しました。

【Photo】16世紀の彫刻家フランチェスコ・フェルッチ作による貴石モザイク「コジモ1世の肖像」(1598)Museo dell'Opificio delle Pietre Dure a Firenzeフィレンツェ貴石工芸美術館蔵〈click to enlage

Stemma_Firenze_Capelle_Medicee.jpg シニョーリア広場から移されたミケランジェロのダビデ像を所蔵するアカデミア美術館近くのアルファーニ通りの現在地に移転したのが19世紀半ば。「Museo dell'Opificio delle Pietre Dure a Firenzeフィレンツェ貴石工芸美術館として、花の都フィレンツェで開花した石の芸術を展示しています。

【Photo】メディチ家礼拝堂の貴石モザイク「フィレンツェ共和国市章」〈click to enlage

 初期キリスト教の聖堂や古代ローマの神殿などのモザイクは、立方体の石やガラス小片から点描画のように文様を描きます。「モザイコ・フィオレンティーノMosaico Fiorentino 」と呼ばれる貴石モザイクは、従来のモザイクとは全く異なる技法を追求し、それを高めてゆきます。

 15世紀に始まり、トスカーナ大公国で独自の発展を遂げたこの石の絵画は、色の濃淡や陰影切断面の模様を生かして花や風景などの絵柄を作り出します。目地を残さぬよう隙間なく石をジグソーパズルのように組み合わせ、加工する高度な技能を要する貴石モザイクは、メディチ治世下で街全体が美の殿堂と化した花の都・フィレンツェの経済力が衰退してゆく17世紀から18世紀を経て、今日まで受け継がれてきました。

tavola_fiorentina.jpg【Photo】商港ブルージュにメディチ銀行の支店があったこともあり、調達したベルギー産黒大理石の背景にシチリア産ジャスパー、シエナ産アゲート(瑪瑙・めのう)、ピサ産アラバスター、カルセドニー(玉髄・ぎょくずい)、アメジスト、ラピスラズリなどを埋め込んだ花瓶の文様が浮かび上がるテーブルトップ。(1600-1650)〈上写真〉 17世紀にキャビネットの扉として作られた貴石モザイク。果樹にオウムと蝶が舞う絵柄〈右下写真/click to enlage〉 ともにフィレンツェ貴石工芸美術館蔵

pappagallo-su-ramo.jpg モザイコ・フィオレンティーノで用いるのは、ラピスラズリ(瑠璃)やフローライト(蛍石)、ジャスパー(碧玉)といった半貴石から色大理石までさまざま。稀少な原石の調達は、アルノ川沿いやフィレンツェ郊外など地元トスカーナのみならず、国外にも支店網を広げたメディチ銀行の政治力で、欧州一円からアジア・アフリカにまで及びました。

 チマブーエの磔刑図(サンタ・クローチェ教会)や、銀座に本店がある「サン・モトヤマ」が複製を寄贈したギベルティ作「天国への扉」(サン・ジョヴァンニ洗礼堂)など、1966年に発生したアルノ川の大洪水や第二次世界大戦で傷んだ歴史的文化財や美術品の修復を行うのが、フィレンツェ貴石工芸美術館のもう一つの顔となる「フィレンツェ修復研究所」です。

 古代ユダヤ神話に登場するのが、現在のパレスチナ自治区にあたるぺリシテとイスラエルの争いで、ぺリシテ軍最強といわれた巨体のゴリアテに投石で立ち向かったイスラエルの羊飼いダヴィデ。1440年作のドナテッロや1472年頃の作とされるヴェロッキオのブロンズ像を見ての通り、年端のゆかぬ少年を、筋骨隆々たる白大理石像に仕上げたミケランジェロの作風は好みではありません。アカデミア美術館には足が向かない庄イタにとっては、すぐ近くの貴石工芸美術館のほうが、よほど魅力的。

cabinet-semipresious-inlay2.jpg【Photo】貴石モザイクが施されていること、フィレンツェ貴石工芸美術館で作られていることを手書きの英文で記してあるカードが添えられたキャビネットボックス

 石の切断から研磨まで、全て手作業で行っていた16世紀以降のマエストロたちが残した作品には目を奪われます。心ゆくまで目の保養をした後で購入したのが、そこで作られたことを示す手書きのカードが入った18cm×9cmのキャビネットボックス。

 素材の石探しに始まり加工から仕上げまで膨大な手間がかかるフィレンツェ・モザイクは非常に高価な工芸品です。メディチ家の人々の居宅で、現在は至宝の数々を所蔵する美術館として公開されるピッティ宮には、16世紀から17世紀の貴石モザイクテーブルが展示されています。それらのレプリカはダイニングテーブルサイズでさえ、億を下らないといいますから、とても一般人には手が届きません。

tavola-pietre-dure-pitti.jpg【Photo】ピッティ宮が所蔵するPricelessな貴石モザイクテーブルの一例(部分)。テーブルトップを象嵌細工した職人技の素晴らしさをとくとご覧あれ〈click to enlage

 スーベニアショップで扱っていたこのボックスは、黒く着色した木地の蓋に貴石を埋め込んだもの。内張りだけでなく緑大理石に見える本体部分も木製です。もう10年以上も前のことで正確な値段は忘れてしまいましたが、値札の価格を見て少しばかり買うのを躊躇したことは記憶しています(笑)。

cabinet-semipresious-inlay3.jpg それでも"イタリアで買うかどうか迷ったら、購入すべし"という庄イタの鉄則を曲げることはしませんでした。フィレンツェの市章のモチーフはアイリスですが、永遠に色褪せることのないこのアサガオの絵柄の小箱は、庄イタにとっては、街そのものが美術館のごとき花の都へと誘(いざな)う玉手箱そのものです。

continua / to be continued.
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2014/08/10

Mare Nostrum, bonfanti.

地中海の風を運ぶトートバッグ

 Mare Nostrum マーレ・ノストゥルム。地中海世界を手中にした古代ローマ人は、地中海(イタリア語でMediterraneo)をラテン語で「我らの海」を意味するこの名で呼びました。

Civil_Ensign_Italy.jpg【Photo】イタリア商船が船尾に掲げるイタリア国旗(部分)。赤・白・緑のイタリアン・トリコローリの白地部分に聖マルコを象徴する有翼獅子(ヴェネツィア・左上)、聖ジョルジョの象徴たる赤の十字(ジェノヴァ・右上)、青字に白の八角十字(アマルフィ・左下)、赤字に十二使徒を表す12の円が付いた白い十字架(ピサ・右下)がモチーフとなる4つの海の共和国が描かれる

 
 ローマ帝国衰退後の長い空白を経た9世紀。都市国家が群雄割拠するイタリア半島で、大きく帆を張った船で海に繰り出し、地中海を舞台とする交易に活路を見出そうとした4つの都市がありました。それが、現在もイタリア商船やイタリア海軍の船舶が掲げる旗に紋章が描かれるヴェネツィア、ジェノヴァ、アマルフィ、ピサの4都市。

regata-bonfanti.jpg【Photo】イタリア商船旗と並び順は異なれど、地中海世界でかつて勇名を馳せた4つの海洋国家名、ヴェネツィア・ジェノヴァ・アマルフィ・ピサの名が記されたbonfantiのトートバッグ「Regata866110」

 問題先送りばかりの極東の某国と同じく、最高権力者が頻繁に交代し、てんで頼りにならないイタリア共和国の政権より、よほどまともと思われる統治能力を備えていたのがヴェネツィア共和国。ドージェ(元首)を頂点とする政府の庇護のもと、多くの漕ぎ手を乗せた軍用のガレー船でも発揮された優れた造船技術と商才とによって、東方交易で莫大な富を獲得します。18世紀末に共和制が瓦解するまで、オリエントの香り漂う華麗な海上都市は繁栄を謳歌します。

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【Photo】bonfanti2014春夏コレクションより。ボールドなストライプ柄が春夏の定番。カジュアルに振れすぎずラインナップされるバッグ類は、性別を問わず大人にも支持が高いという

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 アドリア海の真珠と称えられたヴェネツィアにとって最大の好敵手であったのがジェノヴァ。指導者層が自国内の政争に明け暮れ、ライバルと比べて国家としてのまとまりには劣るものの、持ち前の独立心の強さも手伝って、ヴェネツィアに伍して地中海世界で台頭します。

regata3.jpg 「奇蹟の広場」の別名を持つドゥオーモ広場に斜塔と並んで建つ壮麗極まりない白亜の大聖堂洗礼堂を見ても、十字軍遠征に乗じて地中海で勢力を拡大した往時の繁栄ぶりが偲ばれるのがピサ。

 占いの道具として宗王朝の中国で発明された方位磁針を航海用に独自に改良、羅針盤を欧州に広めたのがアマルフィ。地中海交易の先鞭をつけ、大航海時代への道筋をつけました。故国が12世紀前半にシチリア王の軍門に下った後も、アマルフィ商人は地中海世界で一定の影響力を保ち続けました。

【Photo】REGATAのラインでも、モデル866110は、持ち手や金具まわりに上質な牛革を多用しており、シックな印象を与える(右写真)

 例えば、捕虜としてジェノヴァで投獄されていた間の口述をもとにした「東方見聞録」で、13世紀末に黄金の国ジパングに関する伝聞を欧州に広めたマルコ・ポーロはヴェネツィア人。15世紀末に新大陸を発見したクリストフォロ・コロンボ(=コロンブス)はジェノヴァ人。15世紀半ばに無敵艦隊を擁するスペインが台頭する大航海時代を迎えるまで、二大勢力となったヴェネツィアとジェノヴァは、互いにしのぎを削りながらも大海原を舞台に歴史に名を残した人物を輩出しています。

regata4.jpg【Photo】肩掛け可能なトートバッグとして、上質な革製の持ち手は2段階に長さが調整可能。取り外しができるウオッシュ加工を施されたブルーのストラップが付属しており、ショルダーバッグとしても使える(左写真)

 こうした歴史を紐解くまでもなく、三方を海に囲まれたイタリアで海は身近な存在。グローバル経済に組み込まれた昨今、都市部では夏のヴァカンスが短縮化の傾向にあるとはいえ、今も昔もイタリア人にとっては日焼けした肌は自慢の種。貫禄充分のマンマでも、臆することなくビキニ姿で砂浜を闊歩します。ローマ神話における海の神「ネプトゥヌス(=ネプチューン)」の末裔であるイタリア人のDNAには、夏は海に心を馳せるよう、深く刻まれているようです。


 個性を重んじる国ゆえ、自己表現の手段として、身だしなみに気を使うイタリア人は概してお洒落です。そんな彼女たち・彼らにとって、この季節の必須アイテムとなるのが、海と親和性の高いアイテム。この夏、庄イタが衝動買いしたイタリアンブランド、「bonfantiボンファンティ」の新作トートバッグもそんな一つに挙げられるでしょう。そこには前述した4つの海洋都市国家の名が刻印されています。

regata2.jpg【Photo】ヨットで使われる部品「シャックル」や、3つ打ちロープなど、海を連想させるREGATAモデル866110のパーツ使い。イタリアらしい遊び心を感じる(右写真)

 第二次世界大戦が終結した1945年、ミラノ郊外の小さな町、Gorla Minoreゴルラ・ミノーレでボンファンティ夫妻が創業した「BONFANTI Borse s.r.l. ボンファンティ・ボルセ」。現在はボンファンティ家三代目、マーケティング担当の兄アンドレア、デザイン担当の妹アンナのコンビが家業を受け継いでいます。

 ボールドなボーダー柄のバッグがブランドイメージとなるボンファンティは、春夏のコットン製キャンバス地、秋冬物のウール製フェルト地など特徴的なファブリック使いにも定評があります。

 有名ブランドの多くが、生産拠点を賃金の低い国外に移す中、ボンファンティは創業の地ゴルラ・ミノーレの自社工房での生産を貫いています。熟練のアルティジャーノ(=職人)の手による確かな縫製など、高い次元でデザイン性と品質を両立させているにもかかわらず、比較的リーズナブルな価格も魅力。

regata1.jpg【Photo】MADE IN ITALYの刻印がされた内ポケットのブランドタグ

 庄イタが一目惚れした今年の春夏モデル「REGATAレガッタ866110」は、ヨットの帆に使われるオフホワイトの薄いセイル生地のマリンテイスト溢れるプリント柄と、上質な皮革とのカラーリングが絶妙。Bianchiでの移動に必須となるブルーのストラップにはウオッシュ加工が施されており、ユーズド加工されたセイル生地の少しかすれ気味のプリントともマッチ。

 風を受けて海原を駆けるヨットに使われるだけあって、軽量なセイル生地は実用に耐える強度も確保されています。ヨットのシャックルや、3つ打ちロープを思わせるパーツ使いは遊び心もあり、そこもまた気に入ったポイントでもあります。

 用途は夏に限定されますが、オンオフを問わず活躍してくれることでしょう。

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2014/08/03

夏だ! 海だっ!! ウニだぁ~!!!

Porco Rosso @ Ofunato 大船渡 ポルコ・ロッソ

 郷土再生の槌音が響く南三陸に、深い地元愛を感じさせる1軒のトラットリアがあります。その名は「Trattoria Porco Rosso トラットリア・ポルコ・ロッソ」。1992年(平成4)に公開された宮崎駿監督の映画「紅の豚」主人公、ポルコ・ロッソをどことなく彷彿とさせる風貌のオーナーシェフ、山﨑純さんが1998年(平成10)に郷里の岩手県大船渡市で開業したイタリアン・レストランです。

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【Photo】「飛べねぇ豚はただの豚だ」 1920年代のアドリア海を舞台に、自ら魔法をかけて空飛ぶ豚ポルコ・ロッソに姿を変えた退役イタリア空軍パイロット、マルコの生きざまを描いた宮崎駿監督作品「紅の豚」イタリア語版「PORCO ROSSO」(左)
大船渡「トラットリア・ポルコ・ロッソ」のカウンターには、トレンチコートとボルサリーノのソフト帽で決めたポルコ・ロッソのフィギュアが一体(右)

 南に向けて開けた大船渡湾は、開口部1km、奥行き6km。波穏やかな天然の良港です。南三陸特有の入り組んだリアス式内湾には、背後に迫る北上山地から滋養豊かな川水が湾内に流入し、ホタテ・カキ・アワビといった海の幸の養殖が盛ん。末崎半島の景勝地・碁石海岸の対岸に位置する長崎海岸や沖合の大ビラ磯・小ビラ磯といった岩礁などでは、5月末から8月中旬まで漁期となるキタムラサキウニが旬を迎えています。

cape-ozaki-ofunato.jpg【Photo】大船渡湾に突き出た尾崎岬から長崎海岸方向を望む。幼生を放流し、エサとなる昆布を増やすなどの地元漁師の努力によって、全国屈指の水揚げを誇る三陸のウニやアワビなどの漁業資源が守られてきた

 鉄路が寸断された現在は、BRT(バス高速輸送システム)が気仙沼との間を代行運行するJR大船渡線の終着駅、盛(さかり)駅から徒歩圏内のポルコ・ロッソ。盛駅は三陸鉄道南リアス線の始発駅でもあり、今年4月、運休していた釜石--吉浜間が復旧、全線運行再開を果たしました。実際の三陸鉄道の車両が登場したNHK連続テレビ小説「あまちゃん」冒頭の「きたてつ」こと北三陸鉄道開業シーンさながらの祝賀ムードに地元は沸きました。

 しかし沿線で暮らす住民が激減した今、その前途は復興への道のりと同様、楽観できるものではありません。沿線の風景は変わってしまいましたが、変化に富んだ海岸線と海の美しさ、無口でも情に厚い人たち、そして海の幸の美味しさは変わりません。

ofunato-onsen.jpg【Photo】末崎半島(右)と尾崎岬(左)に挟まれた大船渡湾の開口部付近には、ホタテやカキの養殖いかだが敷設される。湾を見下ろす高台の絶好のロケーションに大船渡温泉が先月末オープン(写真右下の建物)〈click to enlarge

 7月31日(木)には、大船渡湾を見下ろす高台に日帰り入浴可能な温泉を備えたホテル「大船渡温泉」が開業。そこで起きた現実を目に焼き付け、世界三大漁場に数えられる三陸の幸を味わい、肉厚の「恋し浜ホタテ」の産地・小石浜では、奉納されたホタテの絵馬が凄いことになっている駅舎が必見の「恋し浜駅」など、沿線をじっくりと訪れてはいかがでしょう。

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【Photo】盛駅からほど近いトラットリア・ポルコ・ロッソ。東日本大震災の津波は、2.5kmほど港から内陸にある店の階段まで遡上してきた(左) 山﨑純オーナーシェフ。開店前の仕込み中に伺ったこの日は、コックコートではなく赤いTシャツ姿。「出来すぎやん!」と内心突っ込みを入れつつ、ポルコ・ロッソ氏にハイ、チーズ(右)

 東日本大震災では、コンクリート製エントランスの1段目まで津波が到達したというポルコ・ロッソ。店は津波被害は免れたものの、多くの取引先や知人が被災しました。不自由な避難生活を送る市民のため、山﨑シェフは1日2回の食事をピーク時で1日2,000食、通算17万食も作って届けるボランティアを5カ月続けました。7カ月後、店の再開に至る経緯は「わわプロジェクト」サイトを参照願います。

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【Photo】殻の腹面中央にある口で海藻類を食べて育つ三陸のキタムラサキウニ。漁期の8月中旬までは鮮度の良い生ウニがメニューにオンリストされる(左) 7月下旬、陸前高田市米崎のリンゴ畑では、特産のリンゴが次第に色付き始めていた(右)

trattoria-porco-rosso.jpg【Photo】木の温かさが伝わるトラットリア・ポルコ・ロッソ店内。カウンター席からは厨房がすぐ目の前。気さくなオーナー・シェフのキャラクターもあいまって、オープンキッチンの開放的で気取らない雰囲気の中、素材の持ち味を活かした料理を楽しめる

 東京とローマでの修行を経た山﨑シェフが、元々は銭湯だった建物の一角に現在の店を開いたのが1998年(平成10)。地元を離れて、改めて郷里の食材の価値を再認識したといいます。ポルコ・ロッソでは、昼夜ともに地元・南三陸の素材を積極的に取り入れており、夜はアラカルト、昼は4つのコース中心といったメニュー構成。

 大船渡の海の幸だけでなく、「無機と有機のカタチ」で特異な樹形に関して触れた陸前高田米崎特産のリンゴ、大船渡の西隣にある住田町「ありす畜産」の「ありすポーク」など、手書きの黒板メニュー(下写真。2014年7月中旬 click to enlarge)には、山﨑シェフが惚れ込んだ気仙地方の食材がふんだんに登場します。

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 前置きはこのあたりにして、春から夏にかけて庄イタが味わった「ランチコース(3,240円)」および「ドンナコース(コース名は女性コースなれど男性でも注文可。2,160円)」から一例をご紹介しましょう。(お手頃な「セットメニュー(1,300円)」とランチコースに魚料理か肉料理のセコンドピアットが付く「ポルココース(4,320円)」も選択可)

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【Photo】7月のある日、カウンターで頂いたランチコースより。〈アミューズ〉オーガニックなニンジンのムースとスカンピ(手長エビ)のジュレ、地物生ウニのトッピングカクテル(左)
5月。〈前菜盛り合わせ〉住田町ありすポークの低温ロースト・陸前高田市米崎町産細谷さんの無袋栽培完熟リンゴの無糖コンフィチュールのせ、自家製パンチェッタとサルーミ、カポナータのブルケッタ(右)

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【Photo】これも風薫る5月。〈温かい前菜〉真マスと米崎リンゴの重ね焼き、春野菜のアッロースト(左)
〈4種から選ぶ本日のパスタ〉春キャベツとアスパラ孟宗筍のスパゲッティ(右)

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【Photo】海が輝きを増す7月。〈温かい前菜〉キュウリウオ科の白身魚チカと米崎リンゴの重ね焼き、ナスとカボチャのアッロースト(左) 〈4種から選ぶ本日のパスタ〉地物焼きキタムラサキウニと活ホタテのクリームソーススパゲッティーニ。生ウニもオマケの大盤振る舞い特別バージョン(+800円)。悶絶必至(右)

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【Photo】クセになって再訪した8月初旬。〈4種から選ぶ本日のパスタ〉生ウニのクリームソーススパゲッティーニ。ふっくらとした生ウニの甘味が軽いガーリックとアンチョビの優しい生クリームと絡む(左手前) 焼きウニとホタテのクリームソーススパゲッティーニ。バターでソテーした活ホタテの旨味が加わった濃厚なクリームソース。絶品。(右手前)

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【Photo】セットメニューとドンナコースに組み込まれる「馬車に乗ったモッツァレラ」。パンでモッツァレラチーズを挟み焼きするナポリを州都とするカンパーニャ州の伝統料理「La mozzarella in carrozza モッツァレラ・イン・カロッツァ」(左)
〈ドルチェ盛り合わせ〉米崎・細谷さんのリンゴ果汁で作ったジュレ、大船渡牛乳と河内山さんの卵プルプルプリン、シェフに恋するカタラーナと、コクが増す順に食べるよう指定。プレートでは、スカーフを風になびかせたポルコ・ロッソ(山﨑シェフご本人かも?)が、グーサイン b(^ー°)(右)

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jun-yamazaki2.jpgTrattoria Porco Rosso トラットリア・ポルコ・ロッソ
住:岩手県大船渡市盛町字町10-1
  (ショッピングセンター「サンリア」並び)
Phone:0192-26-0801
営:11:30~15:00(L.O.14:00) 18:00~22:00(LO21:00)
火曜定休(ただし「年中夢中」) 18席 カード不可 
P:3台(店の前が満車の場合はご相談を)
最寄駅:JR大船渡線/三陸鉄道南リアス線 盛駅徒歩約4分

シェフの気まぐれブログ:
http://ameblo.jp/porcorosso-blog/  

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