あるもの探しの旅

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Mosaico Fiorentino フィレンツェ・モザイク vol.1

永遠(とわ)に色褪せぬフィレンツェのアサガオ

cabinet-semipresious-inlay.jpg【Photo】庄イタ愛用のキャビネット・ボックスの蓋。黒い背景に浮かぶ西洋アサガオは半貴石の象嵌による。花や小鳥はフィレンツェで発達した伝統工芸「モザイコ・フィオレンティーノ」の絵柄として、しばしば使われるモチーフ

Francesco_Ferrucci_CosimoIde'Medici.jpg 盛期ルネサンスの立役者は? と問われれば、日本では豪華王の称号が付くロレンツォ・イル・マニーフィコ(1449-1492)を挙げずにはおけません。芸術を庇護したメディチ家の伝統を受け継いだ最後の直系がフェルディナンド1世・デ・メディチ(1549-1607)です。フェルディナンド1世は、第3代トスカーナ大公の座に就いた翌年の1588年、先々代のコジモ1世がピッティ宮殿やヴァザーリの回廊とともに建設した政庁舎(現在のウフィツィ美術館)の一角に貴石モザイクの工房を設立しました。

【Photo】16世紀の彫刻家フランチェスコ・フェルッチ作による貴石モザイク「コジモ1世の肖像」(1598)Museo dell'Opificio delle Pietre Dure a Firenzeフィレンツェ貴石工芸美術館蔵〈click to enlage

Stemma_Firenze_Capelle_Medicee.jpg シニョーリア広場から移されたミケランジェロのダビデ像を所蔵するアカデミア美術館近くのアルファーニ通りの現在地に移転したのが19世紀半ば。「Museo dell'Opificio delle Pietre Dure a Firenzeフィレンツェ貴石工芸美術館として、花の都フィレンツェで開花した石の芸術を展示しています。

【Photo】メディチ家礼拝堂の貴石モザイク「フィレンツェ共和国市章」〈click to enlage

 初期キリスト教の聖堂や古代ローマの神殿などのモザイクは、立方体の石やガラス小片から点描画のように文様を描きます。「モザイコ・フィオレンティーノMosaico Fiorentino 」と呼ばれる貴石モザイクは、従来のモザイクとは全く異なる技法を追求し、それを高めてゆきます。

 15世紀に始まり、トスカーナ大公国で独自の発展を遂げたこの石の絵画は、色の濃淡や陰影切断面の模様を生かして花や風景などの絵柄を作り出します。目地を残さぬよう隙間なく石をジグソーパズルのように組み合わせ、加工する高度な技能を要する貴石モザイクは、メディチ治世下で街全体が美の殿堂と化した花の都・フィレンツェの経済力が衰退してゆく17世紀から18世紀を経て、今日まで受け継がれてきました。

tavola_fiorentina.jpg【Photo】商港ブルージュにメディチ銀行の支店があったこともあり、調達したベルギー産黒大理石の背景にシチリア産ジャスパー、シエナ産アゲート(瑪瑙・めのう)、ピサ産アラバスター、カルセドニー(玉髄・ぎょくずい)、アメジスト、ラピスラズリなどを埋め込んだ花瓶の文様が浮かび上がるテーブルトップ。(1600-1650)〈上写真〉 17世紀にキャビネットの扉として作られた貴石モザイク。果樹にオウムと蝶が舞う絵柄〈右下写真/click to enlage〉 ともにフィレンツェ貴石工芸美術館蔵

pappagallo-su-ramo.jpg モザイコ・フィオレンティーノで用いるのは、ラピスラズリ(瑠璃)やフローライト(蛍石)、ジャスパー(碧玉)といった半貴石から色大理石までさまざま。稀少な原石の調達は、アルノ川沿いやフィレンツェ郊外など地元トスカーナのみならず、国外にも支店網を広げたメディチ銀行の政治力で、欧州一円からアジア・アフリカにまで及びました。

 チマブーエの磔刑図(サンタ・クローチェ教会)や、銀座に本店がある「サン・モトヤマ」が複製を寄贈したギベルティ作「天国への扉」(サン・ジョヴァンニ洗礼堂)など、1966年に発生したアルノ川の大洪水や第二次世界大戦で傷んだ歴史的文化財や美術品の修復を行うのが、フィレンツェ貴石工芸美術館のもう一つの顔となる「フィレンツェ修復研究所」です。

 古代ユダヤ神話に登場するのが、現在のパレスチナ自治区にあたるぺリシテとイスラエルの争いで、ぺリシテ軍最強といわれた巨体のゴリアテに投石で立ち向かったイスラエルの羊飼いダヴィデ。1440年作のドナテッロや1472年頃の作とされるヴェロッキオのブロンズ像を見ての通り、年端のゆかぬ少年を、筋骨隆々たる白大理石像に仕上げたミケランジェロの作風は好みではありません。アカデミア美術館には足が向かない庄イタにとっては、すぐ近くの貴石工芸美術館のほうが、よほど魅力的。

cabinet-semipresious-inlay2.jpg【Photo】貴石モザイクが施されていること、フィレンツェ貴石工芸美術館で作られていることを手書きの英文で記してあるカードが添えられたキャビネットボックス

 石の切断から研磨まで、全て手作業で行っていた16世紀以降のマエストロたちが残した作品には目を奪われます。心ゆくまで目の保養をした後で購入したのが、そこで作られたことを示す手書きのカードが入った18cm×9cmのキャビネットボックス。

 素材の石探しに始まり加工から仕上げまで膨大な手間がかかるフィレンツェ・モザイクは非常に高価な工芸品です。メディチ家の人々の居宅で、現在は至宝の数々を所蔵する美術館として公開されるピッティ宮には、16世紀から17世紀の貴石モザイクテーブルが展示されています。それらのレプリカはダイニングテーブルサイズでさえ、億を下らないといいますから、とても一般人には手が届きません。

tavola-pietre-dure-pitti.jpg【Photo】ピッティ宮が所蔵するPricelessな貴石モザイクテーブルの一例(部分)。テーブルトップを象嵌細工した職人技の素晴らしさをとくとご覧あれ〈click to enlage

 スーベニアショップで扱っていたこのボックスは、黒く着色した木地の蓋に貴石を埋め込んだもの。内張りだけでなく緑大理石に見える本体部分も木製です。もう10年以上も前のことで正確な値段は忘れてしまいましたが、値札の価格を見て少しばかり買うのを躊躇したことは記憶しています(笑)。

cabinet-semipresious-inlay3.jpg それでも"イタリアで買うかどうか迷ったら、購入すべし"という庄イタの鉄則を曲げることはしませんでした。フィレンツェの市章のモチーフはアイリスですが、永遠に色褪せることのないこのアサガオの絵柄の小箱は、庄イタにとっては、街そのものが美術館のごとき花の都へと誘(いざな)う玉手箱そのものです。

continua / to be continued.
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