あるもの探しの旅

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2014/09/23

沖田ナス&ヴィーノ。アッビナメント検証は続く。

揺るがぬサンジョヴェーゼ優位。そして
オルチャ渓谷にひっそりと佇む修道院への追慕


1-DSCF4090.jpg 「沖田ナスにはキアンティ・クラシコ」で、意外な好相性を発見した沖田ナスとキアンティ・クラシコ・リゼルヴァ。フルーツタウン櫛引・西荒屋での大玉ブドウ狩りの道すがら、産直「あさひ・グー」で買い求めた沖田ナスの自家製浅漬けが出来上がったので、今回は目先を変えてキアンティ・クラシコの骨格を成すサンジョヴェーゼ(グロッソ)と国際品種を混醸したトスカーナ産ヴィーノ・ロッソを取り出して組み合わせを試してみました。

【photo】沖田ナス自家製浅漬けとヴィーノとのアッビナメント第2ラウンドは、メルロ+カベルネ・ソーヴィニョン+シラーをメインに、15%程度のサンジョヴェーゼ・グロッソを混醸したヴィーノ・ロッソ「サンタンティモ・ロッソ」で検証。その相性やいかに

 Taverna Carloのセラーから取り出したるは、DOCG(統制保証原産地呼称)「ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ」のエリア内で栽培されたメルロ、カベルネ・ソーヴィニョン、シラーに樹齢の若いサンジョヴェーゼ・グロッソを加えて醸すヴィーノに対して1996年に新たに誕生したDOC(統制原産地呼称)「Sant'Antimoサンタンティモ」ロッソ。

fanti-brunello97-.jpg【photo】19世紀初頭から醸造所を所有するファンティ家。長期熟成のポテンシャルを秘めたブルネッロ・ディ・モンタルチーノ1997には手を触れず、ブドウとオリーブが育つ畑からはロマネスク様式の鐘楼を望むことができる修道院の名にちなんで名付けられた「サンタンティモ」のロッソ2004を抜栓

 造り手は「Tenuta Fanti テヌータ・ファンティ」。世紀のヴィンテージとセンセーションを引き起こした1997年産のブルネッロ・ディ・モンタルチーノが、ブラインドテイスティングにより20点満点で評価を行うワイン評価本L'Espresso「Vini d'Italia2003年版」で、イタリア全土の赤ワインで第3位に当たる17.5点のハイスコアを叩き出して一躍注目されました。

 評価対象となった14,000本の頂点となる19ポイントはモンテプルチアーノの雄「Avignonesiアヴィニョネジ」ヴィン・サント1992。375mℓ瓶でわずか2,995本しか生産されなかった稀少な1本と共に、Taverna Carloのセラーで眠りにつく世評高きブルネッロ・ディ・モンタルチーノ'97。こうしたお宝には手を付けず、沖田ナス浅漬けとのアッビナメント第2幕は、キアンティ・クラシコとはタイプが異なり国際品種を85%使用したサンタンティモ・ロッソに相伴を委ねました。

etichetta-santimo.jpg【photo】ブルネッロを含めて現在はモダンなデザインに変更されたファンティのヴィーノ。「サンタンティモ・ロッソ」2004年のエチケッタには、糸杉とロマネスクの鐘楼を備えた修道院が描かれる

 その結果は、メルロ+カベルネ・ソーヴィニョン+シラーがメインで、樹齢の若いサンジョヴェーゼの割合が15%に満たないサンタンティモ・ロッソでは、沖田ナスとの相性は今ひとつ。これは国際品種にはないサンジョヴェーゼの大きな美点である良質な酸味がベースにあるキアンティ・クラシコでは、ほのかな沖田ナスの甘味と青みがかった香りとが重なって見事に調和するということ。沖田ナスとの相性では、サンジョヴェーゼの優位は揺るぎのないものでした。

 ゲルマン的な秩序とは対極の自由(⇒無秩序ともいう)を好むイタリア人を法律の縛りから開放すると、いかに素晴らしい仕事をするかを立証した「スーパー・トスカーナ」と比べ、国際品種メインでありながら若干おとなしい印象のサンタンティモ・ロッソ。今回、庄イタの印象に残ったのは、ヴィーノと沖田ナスの組み合わせの妙ではなくヴィーノのエチケッタ。そこには1本の糸杉と聖堂が描かれています。サンタンティモという名前といい、描かれた聖堂といい、その絵には心当たりがありました。

 イタリアきっての名醸地といえば、ピエモンテとトスカーナが互いに譲らぬ頂点を競います。イタリア全土で50番目となる世界遺産に今年認定されたのが、我が郷里「ピエモンテの葡萄畑の景観:ランゲ・ロエロ・モンフェラート」。万年雪を頂くアルプスの山並みを見はるかすブドウ畑の丘陵が広がるランゲ地方から比べれば、前回取り上げたフィレンツェの南に広がるキアンティ・クラシコのエリアは、「Collinaコッリーナ」と呼ばれる標高500m前後の小山の連なりと表現したほうがしっくりきます。

Monticchiello_Pienza.jpg【photo】世界文化遺産オルチャ渓谷。16世紀中葉のローマ教皇パウルス3世が偏愛した「Vino nobile=高貴なワイン」という名の歴史あるワインを産出するモンテプルチアーノとピエンツァ間にある村、モンティッキエーロに向かう糸杉の道(上写真)

 トスカーナの田園風景といっても、その姿は多様。オリーブとブドウの畑が山あいの森の間にパッチワーク状に点在するキアンティ・クラシコエリアからシエナを越えて南下すると、道沿いに列をなす糸杉が風景のアクセントとなる見渡す限りの牧草地が広がる世界文化遺産オルチャ渓谷へと至ります。

penza_vista2006.jpg【photo】当Viaggio al Mondo が参加している人気ブログランキングのアイコン画像として使っているのが、モンティッキエーロのすぐ北にある小さな礼拝堂。遥か地平から昇る朝日を受けて輝く霧がたなびく早朝、そこでは息をのむこんな光景と出合える

 360度の視界が開けるそこは、どこを切り取ってもそのままポストカードになりそう。太古は海の底にあり、塩分を含む土壌ゆえ13世紀までは不毛の地だったオルチャ。人々は700年あまりの時をかけ、荒野を絵のように美しい牧草地や耕作地に変えたのです。

1-Sant Antimo.jpg【photo】19世紀に誕生した銘酒Brunelloブルネッロの産地、モンタルチーノ中心部から南へ8キロあまり。12世紀の華美な装飾を排したロマネスク様式の聖堂には、グレゴリオ聖歌が響き、白衣姿の修道士が静かな祈りを捧げる〈clicca qui

 名醸地モンタルチーノの誇りであるブルネッロをグラスで試飲しながら購入できる「Enoteca La Fortezza」と地元っ子が多いトラットリアでモンタルチーノの夜を堪能した翌朝。宿を早めに引き払い、霧に包まれた道をFIAT PUNTOで南に向かいました。目ざすはモンタルチーノのチェントロから8キロほど離れた「Sant'Antimoサンタンティモ」の村はずれにある12世紀なかばに完成したロマネスク様式の美しい聖堂を備えた「Abbazia di Sant'Antimoサンタンティモ修道院」。

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【photo】明るい白石灰岩造りの聖堂の入口やファサードは未完。入口の壁面を支える左側の円柱では、頭が一つ、体が二つの化けネコ(?)が愛嬌たっぷりにお出迎え(右写真)聖堂の身廊部。ロマネスク様式の柱に光が射す(左写真)

 今回開けたサンタンティモ・ロッソの造り手、テヌータ・ファンティの醸造所前を通り過ぎると、谷間の草原とブドウ畑の中に建つ白亜のサンタンティモ聖堂が見えてきます。聖堂に隣接した修道院では、修道士たちが神への祈りを捧げる日々を送っています。

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【photo】時代が下って登場するゴシックやバロック・ロココの華美さとは無縁のロマネスク様式の聖堂内部。イタリア版の"陰翳礼賛"と呼ぶべき光と影が劇的な対比効果を生みだす聖堂を静謐が支配する

 後陣や身廊上部に穿たれた窓からは、朝日が光の筋となって聖堂内部に射してきます。そこでは朝の祈祷を終えた修道士たちが修道院に引き揚げるところでした。やがて人気(ひとけ)の無くなった聖堂内部は静寂を取り戻し、13世紀の素朴なキリスト磔刑像としばしの間、向き合うことができました。
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2014/09/20

沖田ナスにはキアンティ・クラシコ

庄内系イタリアンなワインのアンティパスト@Taverna Carlo

 個性豊かな在来作物の宝庫である庄内地方に「沖田ナス」を普及させたきっかけを作った小野寺政和さんとの偶然のなせる遭遇について記したのが6年前の夏。
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 在来系のナスとして知名度が高い「民田ナス」よりも沖田ナスは外皮が軟らかく、ナスにありがちなエグミを感じさせません。庄イタが食したあらゆるナスの中で、食味の良さは「萬吉ナス」の澄み切った味に次ぐものです。鶴岡市沖田地区に最も近い産直「あさひ・グー」では、秋口にかけて収穫したての沖田ナスのほか、浅漬け、ビール漬け、辛子漬け、粕漬けなどの加工品が並びます。
2014okita-nasu.jpg 発酵食品である漬物と醸造酒の相性の良さには体験的に気付いており、かねてよりタヴェルナ・カルロでは実践してきました。いまや「カマンベール+いぶりがっこ+日本酒」のコンビネーションは広く知られています。ワインラヴァーを自任する庄イタとしては、「カマンベール+いぶりがっこ+スモーキーなシャルドネやコクのあるピノ・グリージョなどの白ワイン」を合わせたいところ。

castello_fonterutoli_99.jpg【photo】「まだ少し早いかな?」と思いつつ抜栓したキアンティ・クラシコ・リゼルヴァ「Castello Fonterutoliカステッロ・フォンテルートリ」'99ヴィンテージ。案の定、熟成の途上にあることは口に含んだ途端に判明。岩手県山形村短角牛の相伴として、今年の春に開けてしまったのが、明らかな"お手付き"だったフラッグシップは現在ストック切れ(右写真)

【photo】かかる状況下、セラーから一掴みしたカステッロ・ディ・フォンテルートリのストックより。(下写真左から)フィネスを感じるマイ・フェイバリッツ「Siepiシエーピ」'98、今回'08ヴィンテージを開けた「Ser Lapoセル・ラーポ」'07、若飲みできるスタンダード・クラスでもハイレベルな「キアンティ・クラシコ」'06〈click to enlarge

vini-mazzei-carlo.jpg

 辛味が心地よい「藤沢カブ」の甘酢漬けとサンジョヴェーゼ50%+メルロ50%で上質なフィネスを感じさせるお気に入りの1本、シエーピとの酸味つながりな意表を突いた組み合わせの良さを記したのは、7年前に遡る2007年6月の「藤沢周平の故郷の味」。

 1970年代までは藁づとに包まれた安酒のイメージが強かったキアンティ。フィレンツェとシエナの間に広がる生産地域の中核をなし、さまざまな個性を備えるキアンティ・クラシコの品質向上に早い時期から取り組んだのが1435年創業の名門「Castello di Fonterutoliカステッロ・ディ・フォンテルートリ」です。

 つい先日、シエーピとは異なるカステッロ・ディ・フォンテルートリのヴィーノ・ロッソと沖田ナスとの香りつながりな最良のアッビナメント(=組み合わせ。マリアージュ)を見出しました。

 それはキアンティ・クラシコ・リセルヴァSER LAPO 2008。現在で24代目となるマッツェイ家のSER LAPOセル・ラーポ(1350-1412)が、1398年12月16日に記した公式文書に「キァンティ」という名が初めて登場していることから、キァンティの祖といわれる偉大な祖先に敬意を表して1983年から作られています。

mazzei-stampa.jpg【photo】エチケッタには、誉れ高きマッツェイ家の紋章を刻印した赤い封蝋とセル・ラーポが残した手書き文字があしらわれる(右写真)。E de' dare, a dì 16 diciembre, fiorini 3 soldi 26 denari 8 a Piero di Tino Riccio,per barili 6 di vino di Chianti ....li detti paghamo per lettera di Ser Lapo Mazzei =「マッツェイ家のセル・ラーポは、この書面をもって、キアンティ・ワイン6樽の対価として12月16日に3フローリン26ソルド8デナロ(⇒それぞれ中世フィレンツェ共和国の通貨単位)をピエロ・ディ・ティーノ・リッチョに支払うよう指示する」という1398年の記述(下写真)scrittaSerLapo.jpg

 イタリアワイン界で引く手あまたの天才醸造家、(光栄にも私と同じ名前の)カルロ・フェリーニが手掛けるカステッロ・ディ・フォンテルートリのキアンティ・クラシコ3種の中では、ミドルレンジに当たるヴィーノです。1990年代前半には日本市場でも流通しており、その味は長らく記憶に残るものでした。

 ノーマルのキアンティ・クラシコやリゼルヴァとは違って、セル・ラーポは取り扱うインポーターが無くなって、長らく日本で姿を見ることはありませんでした。現在は首都圏を中心に9店舗を展開する「Eataly」の独占販売となっています。実勢価格で3千円そこそこと、デイリーユースにも無理のない値付けがされています。

SerLapo-okita2.jpg【photo】キアンティ・クラシコ・リゼルヴァ・セル・ラーポ2008と小野寺政和さん・太さん親子が育てた沖田ナス浅漬けの和洋折衷な組み合わせ@Taverna Carlo

 セル・ラーポは、例年ちょうど今頃の9月中旬に収穫が始まる樹齢10年~20年のサンジョヴェーゼ90%、9月上旬に収穫されるメルロー10%というセパージュ。標高220m~510mの間に広がる石灰岩土壌の畑で手摘みされたブドウは、除梗・破砕後にステンレスタンクで28℃~30℃に管理され、15~18日間のマセレーション(果皮と種を除かぬまま果汁に浸すこと)を行い、225ℓ容量のフレンチバリック樽(半数が新樽)で12カ月、瓶詰め後5カ月の熟成を経てリリースされます。

 今回抜栓したのは2008年ヴィンテージ。軽く10年は熟成するポテンシャルのヴィーノゆえ、更に作柄の良い2006年や2007年には手を触れず、まずまずの年だったこの年から開けた次第。サンジョヴェーゼ特有のスミレ香が心地よく、新樽由来の適度なロースト香がインクや黒ブドウ由来のスグリ、ビターチョコレートなどの複雑な構成要素の中に、血筋の良さを感じるカルロ・フェリーニらしさが綺麗に溶け込んでいます。フラッグシップに当たる「Castello Fonterutoli 」ほど目の詰まった凝縮感はありませんが、ミディアム~フルの体躯を備えています。

 イタリアワインの在庫が豊富なタヴェルナ・カルロには、この夜、南チロル地方アルト・アディジェ産のアロマティックな「Gewürztraminerゲヴュルツトラミネール/ Cantina Traminカンティーナ・トラミン'13」も抜栓して3日目で選択肢としてはありました。しかしフローラルでアロマティックな白ワインが好相性とは思えず、キアンティ・クラシコ・リセルヴァにお出まし願いました。

SerLapo-okita.jpg 主張しすぎないソフトなタンニンと上品なバランスの良さが身上のセル・ラーポ。抜栓後2日目で、初日よりも空気に触れた分、香りが開いています。そこで実感したのが、オーク樽熟成を経たキアンティ・クラシコ・リゼルヴァと沖田ナス浅漬けとの相性の良さ。キアンティ・クラシコの屋台骨となるサンジョヴェーゼのアロマと綺麗な酸味が、沖田ナスの青い印象の香りと重層的に響き合います。「これは素晴らしい組み合わせだっ!

【photo】醸造所を昼に訪れ、テラス席を希望すれば、カステリーナ・イン・キアンティの眺望とトスカーナの伝統料理を蔵出しのヴィーノとともに楽しめるカンティーナ直営の「Osteria di Fonterutoliオステリア・ディ・フォンテルートリ」。イタリア人も驚く好相性な沖田ナスの浅漬けをメニュー化するよう強く進言したいが、如何?

 仙台市北部郊外にあるJAみどりの直営の「元気くん市場」には、一ノ蔵農社など松山・美里町周辺の生産者直送の在来ナス「仙台長ナス」が置いてあります。添加物オンパレードの市販の漬け物を良しとしないタヴェルナ・カルロでは、夏の名残りのこの季節、沖田ナスだけでなく仙台長ナスの自家製浅漬けも登場します。ただし仙台長ナスではナス特有の苦み・エグミが残るため、それを洗い流すにはやはり日本酒ですね。

 キアンティ・クラシコを沖田ナスの浅漬けと組み合わせるのは、いわば変化球勝負。肉厚の遊佐町産パプリカ、玉ネギ、トマト、セロリなどの野菜と一緒に素揚げした沖田ナスを煮込んだシチリアンな「カポナータ」では、直球で相性の良さを実感できたことも申し添えておきます。
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2014/09/07

Mosaico Fiorentino フィレンツェ・モザイク vol.2

貴石で描いた風景画、絵のように美しい街ヴェルナッツァ

より続き

 水平線から青空に湧き立つ白い雲。ブドウの葉越しに垣間見えるのは、紺碧のティレニア海に抱かれたVernazzaヴェルナッツァの家並み。

mosaico-Vernazza.jpg【Photo】海から立ち上がる急峻な岩場の一角に小さな集落が5つ点在する世界遺産「Cinque Terreチンクエ・テッレ」。その中で最も風光明媚とされる「Vernazzaヴェルナッツァ」を、貴石の象嵌で表現したフィレンツェ・モザイク(天地210mm×左右160mm)は、古畑好恵さんによる作品(上写真)

 近年、日本でも認知度が上がった世界遺産チンクエ・テッレを訪れるなら、最も容易なアプローチ手段は間違いなく鉄道です。リグーリア州の州都ジェノヴァからティレニア海沿いに5つの小さな村が点在するチンクエ・テッレと港湾都市ラ・スペツィアを経てトスカーナ州ピサとの間を列車で結ぶ路線が、通称「Tirrenicaティッレーニカ」。

Vernazza.jpg【Photo】高速A12からVernazzaヴェルナッツァに向かう道は険しい山肌を縫うようにして進む(下写真)。果てしなくカーブが続くかに思われる見通しのきかない道の終点は、一般車両が入れる最終地点の駐車帯。そこから1kmほど歩みを進めると、海に突き出た岩の上に11世紀に築かれた円筒形の小さな要塞「ドリア城」と多層造りの家々が寄り添うように建ち並ぶヴェルナッツァにたどり着く(上写真)

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 背後に山が迫る切り立った岩場が続く東リビエラ海岸の28km区間に51ものトンネル工事を要した難工事の末、チンクエ・テッレと総称されるモンテロッソ・アル・マーレ、ヴェルナッツァ、コルニーリア、マナローラ、リオマッジョーレの村々が鉄路で結ばれたのが1874年のこと。現在も海沿いには道がない5つの村々は、鉄道が通る以前は絶海の孤島に等しい漁村でした。

Laspezia_mappa.jpg 例年の年間降雨量に匹敵する542mmの雨が、4時間あまりで降った豪雨により、ヴェルナッツァなどで大規模な洪水が発生したのが2011年10月。嵐が襲うたびに土が流出しやすい地理的な環境ゆえ、急峻な岩肌の土壌は決して肥沃ではありません。

 最大斜度が70度もの急斜面に砕いた岩を積み上げて段差を築き、そこに細かく砕いた岩を敷き詰め、畑に転用する。こうした気の遠くなるような努力の積み重ねによって拓かれたのが、チンクエテッレのブドウ畑です。チンクエ・テッレでは、過酷な条件下でブドウやオリーブを育ててきました。

【Movie】ヴェルナッツァやマナローラ周辺のおよそ300のブドウ生産者が組織する協同組合「Cantina Cinque Terreカンティーナ・チンクエ・テッレ」(1982年設立)。大きな農機が使えない手作業中心のブドウの収穫(0:55秒頃からヴェルナッツァの畑が登場)と、リオマッジョーレにある醸造所の模様

 そうした現実を知らずとも、絵のように美しいチンクエ・テッレに魅了されない人はいないはず。そこを鉄道ではなく、数倍の時間を要する陸路から訪れたのが8年前。その苦心惨憺ぶりは、コチラから⇒Link to backnumber

1-vernazza_su.jpg【Photo】足がすくむような切り立った山肌沿いの曲がりくねった細い道をFIATで走ることしばし。海面から吹き上がってくる海風に乗ったはずの潮騒すら掻き消される遥か高みからヴェルナッツァの家並みが眼下に見えてきた時の感動は今も忘れがたい

 芳醇なヴィーノ・ビアンコ「チンクエ・テッレ」とともに、苦心してヴェルナッツァを訪れた日の鮮やかな記憶を蘇らせてくれるのが、冒頭に登場した額装モザイコ・フィオレンティーノ。フィレンツェ旧市街、ペピ通りに工房があったロベルト・マルッチ工房で、フィレンツェ・モザイクの伝統技能を10年以上に渡って習得した鹿児島市出身の古畑好恵さんに、2010年末に制作を発注したものです。

yossy_trafolare.jpg【Photo】木材ではなく大理石や貴石を象嵌加工し、絵柄を生みだすモザイコ・フィオレンティーノ。ロベルト・マルッチ工房で半円形に湾曲させた極めて耐久性が高い木材であるクリに針金を張った金ノコ「アルケット」を使い、ヒマワリの絵柄を制作中の古畑好恵さん(画像提供:yossy)

 当時、郷里にレストランを開業する「サスライシェフ」こと、ご主人の圭一朗さんと帰国準備に慌ただしくしていた好恵さん。注文を受けてから完成まで半年近くを要するバックオーダー数件を抱える中、11年間に及んだフィレンツェ生活で、最後の最後に駆け込みで仕上げて頂いた風景画作品となりました。

 好恵さんが師と仰いだロベルト・マルッチ氏は、1946年生まれ。15歳で貴石モザイクの道に進み、自身の工房をフィレンツェのドゥーモやサンタ・クローチェ教会にほど近いチェントロ(=旧市街)に構えます。伝統的な絵柄である動植物やテーブルトップは勿論のこと、特にフィレンツェの街やトスカーナの田園風景を表現した風景の作品を数多く手掛けました。

RobertoMarrucci.jpg【Photo】ロベルト・マルッチ氏の作例。題材として取り上げた中心は、フィレンツェの街並みや自然豊かなトスカーナの風景など

 本場フィレンツェで個展を開いたほか、世界50カ国以上の伝統工芸が一堂に会する「Mostra Mercato Internazionale dell'Artigianato(=国際手工芸品展示会)」や、日本橋三越イタリア展に自作の風景画やアクセサリーなどを凱旋出品するまでに腕を上げた古畑さんほか、多くの弟子を輩出。マエストロ(=名人・親方)と呼ばれたマルッチ氏は、2012年6月に急逝しました。現在は工房も閉鎖されましたが、貴石モザイクに人生を捧げた氏の功績は、その作品と同様、決して色褪せることはないでしょう。

vernazza-sheet.JPG【Photo】ヴェルナッツァの写真(左側)をもとに、一片ずつ色別に切り出す石の組み合わせを決める下絵を描く(右側)。 (画像提供:yossy)

 フィレンツェ・モザイクは、原石を足で探すことから始まります。下絵の型紙に従い石を刻むのは、直径1mほどの半円形に湾曲させた栗の木に針金を張ったアルケット(=金ノコギリ)。万力台に固定した厚さ5~3mm程度に切り出した石を割らぬよう、ダイヤモンドの次に硬いザクロ石や鉄を粉末にした研磨剤である金剛砂との摩擦で石を切り刻むのです。

【Movie】ロベルト・マルッチ工房での好恵さんによるアルケットを用いた作業の模様。モザイコ・フィオレンティーノが、いかに時間を要する手仕事であるかの片鱗がお分かりいただけるかと

 作業の労力軽減に大きく寄与したのが、ダイヤモンドを刃に配合した電動の丸ノコ。直線を切り出すにはこれに勝るものはありません。それでも無理な力を掛けずに石を刻むのにアルケットは最適。現在も細かな曲線の加工にはアルケットが使われます。

vernazza-back.jpg【Photo】色別に切り出した石片を接着剤で組み合わせ、ほぼ出来上がったヴェルナッツァの絵柄を裏側からみた状態。(画像提供:yossy)

 形を切り出した石は棒ヤスリを使って隙間が出ないよう形を揃え、1片ずつ嵌(は)め込んでゆきます。21世紀を迎えた今、石の接合には、合成樹脂製の接着剤と15世紀の発祥以来使われてきた蜜蠟と松ヤニを混ぜた飴色の接着剤を石の性質により使い分けるといいます。絵柄の裏面は、伝統的な松ヤニ接着剤とスレート板で補強。全てが組み上がったら、石膏でラバーニャと呼ばれる一枚板に貼り付けます。

portovenere25.jpg【Photo】日本橋三越のイタリア展に出品したポルトヴェーネレを回転式研磨機で磨く模様(画像提供:yossy)

 最後は研磨。目の荒いものから細かい順に回転式のヤスリを変える研磨盤と、金剛砂と水で表面に光沢を与える手作業とでは、石の種類によって使い分けるのだそう。表面にワックスをかけて乾燥後に布で磨けば、やっと完成です。絵柄は輝きと深みを増し、無機質の石に新たな生命が吹きこまれます。あとは題材によって好みの額装をオーダーすればOK。好恵さんは信頼のおける額装職人、フランコ・アームロ氏の工房にいつも仕事を頼んでいました。

 石を切り出す工程以外はすべて時間が掛る手作業ゆえに素材そのものが高価な金細工を除けば、数あるフィレンツェの伝統工芸でも、最も単価が高い部類の工芸品と言って差し支えありません。

vernazza_casa-carlo.jpg 日本語には多くの色の呼び名が存在し、それは日本人の繊細さの表れとされます。フィレンツェ・モザイクも同様で、海と空の色がさまざまに異なるように、マエストロの工房に保管されていた風景画で頻繁に用いる青や緑系統の多種多様な呼称の石は、それぞれ50種類以上。

 200ピース以上の貴石を嵌め込んだこの作品には、モザイコ・フィオレンティーノの伝統技法が随所に生かされています。空の部分に用いた多孔質で半透明のオニチェ(=オニキス)の裏側には、絵の具を塗ってあります。するとオニチェの密度が濃い白い部分が、雲のように浮き上がって見えてきます。

 フィレンツェでは、デジタル技術が登場する遥か以前から、いわば3D技術が編み出されていたのです。

 建物の窓は、先の細いドリルで長さ2mm、幅1mm程度の凹みを穿ち、絵の具に接着剤を混ぜて埋め込みます。乾燥後、余分な絵の具をヤスリでこそげ落とすと、窪みの部分にだけ色が残り、建物の壁面に窓が出来るという仕掛け。天然の石で絵柄を生みだすモザイコ・フィオレンティーノは、たとえ同じ型紙を使っても、二つとして同じ作品は存在し得ません。

mosaico@carlo.jpg ご主人がオーナーシェフの「リストランティーノ・イル・チプレッソ」ではサービス担当の好恵さん。モザイク職人としてフィレンツェで暮らした当時、ご主人が働いていたサンタ・マリア・ノヴェッラ駅近くのリストランテでフロア係を務めた経験が活きています。帰郷後モザイク制作は封印中。「2ヵ月ぐらい店を休み、また石と向き合いたい」と、冗談半分に語ります。

 2回目の訪問が鉄道で、それがあまりに楽勝だったため、二度と通ることはないであろう陸路から訪れたヴェルナッツァ。絵のように美しい小さな村で味わった感動を、永遠に変わらぬ色彩で蘇らせてくれるモザイコ・フィオレンティーノは、私のライティング・デスクの上にいつも飾ってあります。 

◆ 参考URL: 自転車娘フィレンツェを行く  http://lafanciulla.seesaa.net/
※モザイコ・フィオレンティーノ関連: La Fanciulla(ラ・ファンチュッラ)

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