あるもの探しの旅

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Mosaico Fiorentino フィレンツェ・モザイク vol.2

貴石で描いた風景画、絵のように美しい街ヴェルナッツァ

より続き

 水平線から青空に湧き立つ白い雲。ブドウの葉越しに垣間見えるのは、紺碧のティレニア海に抱かれたVernazzaヴェルナッツァの家並み。

mosaico-Vernazza.jpg【Photo】海から立ち上がる急峻な岩場の一角に小さな集落が5つ点在する世界遺産「Cinque Terreチンクエ・テッレ」。その中で最も風光明媚とされる「Vernazzaヴェルナッツァ」を、貴石の象嵌で表現したフィレンツェ・モザイク(天地210mm×左右160mm)は、古畑好恵さんによる作品(上写真)

 近年、日本でも認知度が上がった世界遺産チンクエ・テッレを訪れるなら、最も容易なアプローチ手段は間違いなく鉄道です。リグーリア州の州都ジェノヴァからティレニア海沿いに5つの小さな村が点在するチンクエ・テッレと港湾都市ラ・スペツィアを経てトスカーナ州ピサとの間を列車で結ぶ路線が、通称「Tirrenicaティッレーニカ」。

Vernazza.jpg【Photo】高速A12からVernazzaヴェルナッツァに向かう道は険しい山肌を縫うようにして進む(下写真)。果てしなくカーブが続くかに思われる見通しのきかない道の終点は、一般車両が入れる最終地点の駐車帯。そこから1kmほど歩みを進めると、海に突き出た岩の上に11世紀に築かれた円筒形の小さな要塞「ドリア城」と多層造りの家々が寄り添うように建ち並ぶヴェルナッツァにたどり着く(上写真)

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 背後に山が迫る切り立った岩場が続く東リビエラ海岸の28km区間に51ものトンネル工事を要した難工事の末、チンクエ・テッレと総称されるモンテロッソ・アル・マーレ、ヴェルナッツァ、コルニーリア、マナローラ、リオマッジョーレの村々が鉄路で結ばれたのが1874年のこと。現在も海沿いには道がない5つの村々は、鉄道が通る以前は絶海の孤島に等しい漁村でした。

Laspezia_mappa.jpg 例年の年間降雨量に匹敵する542mmの雨が、4時間あまりで降った豪雨により、ヴェルナッツァなどで大規模な洪水が発生したのが2011年10月。嵐が襲うたびに土が流出しやすい地理的な環境ゆえ、急峻な岩肌の土壌は決して肥沃ではありません。

 最大斜度が70度もの急斜面に砕いた岩を積み上げて段差を築き、そこに細かく砕いた岩を敷き詰め、畑に転用する。こうした気の遠くなるような努力の積み重ねによって拓かれたのが、チンクエテッレのブドウ畑です。チンクエ・テッレでは、過酷な条件下でブドウやオリーブを育ててきました。

【Movie】ヴェルナッツァやマナローラ周辺のおよそ300のブドウ生産者が組織する協同組合「Cantina Cinque Terreカンティーナ・チンクエ・テッレ」(1982年設立)。大きな農機が使えない手作業中心のブドウの収穫(0:55秒頃からヴェルナッツァの畑が登場)と、リオマッジョーレにある醸造所の模様

 そうした現実を知らずとも、絵のように美しいチンクエ・テッレに魅了されない人はいないはず。そこを鉄道ではなく、数倍の時間を要する陸路から訪れたのが8年前。その苦心惨憺ぶりは、コチラから⇒Link to backnumber

1-vernazza_su.jpg【Photo】足がすくむような切り立った山肌沿いの曲がりくねった細い道をFIATで走ることしばし。海面から吹き上がってくる海風に乗ったはずの潮騒すら掻き消される遥か高みからヴェルナッツァの家並みが眼下に見えてきた時の感動は今も忘れがたい

 芳醇なヴィーノ・ビアンコ「チンクエ・テッレ」とともに、苦心してヴェルナッツァを訪れた日の鮮やかな記憶を蘇らせてくれるのが、冒頭に登場した額装モザイコ・フィオレンティーノ。フィレンツェ旧市街、ペピ通りに工房があったロベルト・マルッチ工房で、フィレンツェ・モザイクの伝統技能を10年以上に渡って習得した鹿児島市出身の古畑好恵さんに、2010年末に制作を発注したものです。

yossy_trafolare.jpg【Photo】木材ではなく大理石や貴石を象嵌加工し、絵柄を生みだすモザイコ・フィオレンティーノ。ロベルト・マルッチ工房で半円形に湾曲させた極めて耐久性が高い木材であるクリに針金を張った金ノコ「アルケット」を使い、ヒマワリの絵柄を制作中の古畑好恵さん(画像提供:yossy)

 当時、郷里にレストランを開業する「サスライシェフ」こと、ご主人の圭一朗さんと帰国準備に慌ただしくしていた好恵さん。注文を受けてから完成まで半年近くを要するバックオーダー数件を抱える中、11年間に及んだフィレンツェ生活で、最後の最後に駆け込みで仕上げて頂いた風景画作品となりました。

 好恵さんが師と仰いだロベルト・マルッチ氏は、1946年生まれ。15歳で貴石モザイクの道に進み、自身の工房をフィレンツェのドゥーモやサンタ・クローチェ教会にほど近いチェントロ(=旧市街)に構えます。伝統的な絵柄である動植物やテーブルトップは勿論のこと、特にフィレンツェの街やトスカーナの田園風景を表現した風景の作品を数多く手掛けました。

RobertoMarrucci.jpg【Photo】ロベルト・マルッチ氏の作例。題材として取り上げた中心は、フィレンツェの街並みや自然豊かなトスカーナの風景など

 本場フィレンツェで個展を開いたほか、世界50カ国以上の伝統工芸が一堂に会する「Mostra Mercato Internazionale dell'Artigianato(=国際手工芸品展示会)」や、日本橋三越イタリア展に自作の風景画やアクセサリーなどを凱旋出品するまでに腕を上げた古畑さんほか、多くの弟子を輩出。マエストロ(=名人・親方)と呼ばれたマルッチ氏は、2012年6月に急逝しました。現在は工房も閉鎖されましたが、貴石モザイクに人生を捧げた氏の功績は、その作品と同様、決して色褪せることはないでしょう。

vernazza-sheet.JPG【Photo】ヴェルナッツァの写真(左側)をもとに、一片ずつ色別に切り出す石の組み合わせを決める下絵を描く(右側)。 (画像提供:yossy)

 フィレンツェ・モザイクは、原石を足で探すことから始まります。下絵の型紙に従い石を刻むのは、直径1mほどの半円形に湾曲させた栗の木に針金を張ったアルケット(=金ノコギリ)。万力台に固定した厚さ5~3mm程度に切り出した石を割らぬよう、ダイヤモンドの次に硬いザクロ石や鉄を粉末にした研磨剤である金剛砂との摩擦で石を切り刻むのです。

【Movie】ロベルト・マルッチ工房での好恵さんによるアルケットを用いた作業の模様。モザイコ・フィオレンティーノが、いかに時間を要する手仕事であるかの片鱗がお分かりいただけるかと

 作業の労力軽減に大きく寄与したのが、ダイヤモンドを刃に配合した電動の丸ノコ。直線を切り出すにはこれに勝るものはありません。それでも無理な力を掛けずに石を刻むのにアルケットは最適。現在も細かな曲線の加工にはアルケットが使われます。

vernazza-back.jpg【Photo】色別に切り出した石片を接着剤で組み合わせ、ほぼ出来上がったヴェルナッツァの絵柄を裏側からみた状態。(画像提供:yossy)

 形を切り出した石は棒ヤスリを使って隙間が出ないよう形を揃え、1片ずつ嵌(は)め込んでゆきます。21世紀を迎えた今、石の接合には、合成樹脂製の接着剤と15世紀の発祥以来使われてきた蜜蠟と松ヤニを混ぜた飴色の接着剤を石の性質により使い分けるといいます。絵柄の裏面は、伝統的な松ヤニ接着剤とスレート板で補強。全てが組み上がったら、石膏でラバーニャと呼ばれる一枚板に貼り付けます。

portovenere25.jpg【Photo】日本橋三越のイタリア展に出品したポルトヴェーネレを回転式研磨機で磨く模様(画像提供:yossy)

 最後は研磨。目の荒いものから細かい順に回転式のヤスリを変える研磨盤と、金剛砂と水で表面に光沢を与える手作業とでは、石の種類によって使い分けるのだそう。表面にワックスをかけて乾燥後に布で磨けば、やっと完成です。絵柄は輝きと深みを増し、無機質の石に新たな生命が吹きこまれます。あとは題材によって好みの額装をオーダーすればOK。好恵さんは信頼のおける額装職人、フランコ・アームロ氏の工房にいつも仕事を頼んでいました。

 石を切り出す工程以外はすべて時間が掛る手作業ゆえに素材そのものが高価な金細工を除けば、数あるフィレンツェの伝統工芸でも、最も単価が高い部類の工芸品と言って差し支えありません。

vernazza_casa-carlo.jpg 日本語には多くの色の呼び名が存在し、それは日本人の繊細さの表れとされます。フィレンツェ・モザイクも同様で、海と空の色がさまざまに異なるように、マエストロの工房に保管されていた風景画で頻繁に用いる青や緑系統の多種多様な呼称の石は、それぞれ50種類以上。

 200ピース以上の貴石を嵌め込んだこの作品には、モザイコ・フィオレンティーノの伝統技法が随所に生かされています。空の部分に用いた多孔質で半透明のオニチェ(=オニキス)の裏側には、絵の具を塗ってあります。するとオニチェの密度が濃い白い部分が、雲のように浮き上がって見えてきます。

 フィレンツェでは、デジタル技術が登場する遥か以前から、いわば3D技術が編み出されていたのです。

 建物の窓は、先の細いドリルで長さ2mm、幅1mm程度の凹みを穿ち、絵の具に接着剤を混ぜて埋め込みます。乾燥後、余分な絵の具をヤスリでこそげ落とすと、窪みの部分にだけ色が残り、建物の壁面に窓が出来るという仕掛け。天然の石で絵柄を生みだすモザイコ・フィオレンティーノは、たとえ同じ型紙を使っても、二つとして同じ作品は存在し得ません。

mosaico@carlo.jpg ご主人がオーナーシェフの「リストランティーノ・イル・チプレッソ」ではサービス担当の好恵さん。モザイク職人としてフィレンツェで暮らした当時、ご主人が働いていたサンタ・マリア・ノヴェッラ駅近くのリストランテでフロア係を務めた経験が活きています。帰郷後モザイク制作は封印中。「2ヵ月ぐらい店を休み、また石と向き合いたい」と、冗談半分に語ります。

 2回目の訪問が鉄道で、それがあまりに楽勝だったため、二度と通ることはないであろう陸路から訪れたヴェルナッツァ。絵のように美しい小さな村で味わった感動を、永遠に変わらぬ色彩で蘇らせてくれるモザイコ・フィオレンティーノは、私のライティング・デスクの上にいつも飾ってあります。 

◆ 参考URL: 自転車娘フィレンツェを行く  http://lafanciulla.seesaa.net/
※モザイコ・フィオレンティーノ関連: La Fanciulla(ラ・ファンチュッラ)

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