あるもの探しの旅

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神通力ふたたび!? 鶴岡 前編

Road to 八丁堀・てんぷら小野@鶴岡

「神通力ふたたび!? 酒田編」より続き

 自動車に革命をもたらすとされ、Googleや内外の各メーカーが開発にしのぎを削る自動運転機能車。その実用化を待つまでもなく、目隠しのままで到着できるなどと大風呂敷は広げません。少なくとも断言できるのが、地図にもカーナビにも頼らずとも、庄内地方には辿り着き、欲するがまま駆け巡れるということです。

 雪解け水で笹濁りの赤川を遡上する「雪代鱒(ゆきしろます)」の別名を持つのがサクラマス。抱卵期ならではのプリプリ&トロトロな練乳さながらの岩ガキや、口細ガレイ、スルメイカが旬を迎えるのは夏の盛り。月光川や洗沢川などに母川回帰し、産卵を終えた鮭が一生を終える頃、最上川河口にはオオハクチョウが越冬のため飛来します。こうして季節が巡るごと、心もお腹も満たされる庄内へと心馳せる庄イタ。

shonaiheiya3751.jpg【Photo】宿坊が門前に並ぶ鶴岡市羽黒町手向(とうげ)付近。狩川方面の東田川から最上川を挟んで飽海(あくみ)の美田、さらに出羽富士の異名をもつ鳥海山まで広がる庄内平野を八咫烏(やたがらす)の目線で。彼の地へ惹かれる庄イタの衝動は、禁断症状が重症化する一方のイタリアに対する希求と同じく、もはや帰巣本能化している

 四季の表情が豊かで懐が深い食の都・庄内を巡るには、〝縦軸からの横展開〟が常道です。仙台から車をいつも利用する庄イタが推奨するこのセオリーは、「おいしい庄内空港」というドンピシャな愛称が昨年決まった庄内空港から庄内入りし、レンタカーで聖地巡礼をする方にも参考になるかと。行き先と目的によって、移動ルートは当然のこと使い分けるのが得策です。

 新庄から最上川左岸に沿って延びるのが国道47号。仙台から酒田以北を距離的に最短で結ぶのは、来年から待望の通年通行が可能となる国道347号鍋越峠を経由するこのルートです。現在の新庄市と戸沢村の境となる本合海(もとあいかい)から最上川を舟で下った松尾芭蕉が、羽黒山に詣でんがために上陸した立谷沢川との合流地点・清川に至ると、前方の視界が一気に開けてきます。

matsuyama-spa-kannonyu.jpg【Photo】最上峡から一気に視界が開けるのが清川から。清川橋を最上川右岸に渡ってすぐの高台にある一軒宿「松山温泉観音湯」からの庄内平野の眺望。強烈な局地風「清川だし」を逆手に取り、日本の風力発電の先駆けとなった大型風車が勢いよく回る。地平の果てに陽が暮れてゆく

 その地平こそ、藩制時代は米沢藩・新庄藩・上山藩・山形藩など、四方を山に囲まれた諸藩に分かれていた内陸部(最上・村山・置賜の三地域)とは、文化も、言葉も、気質も、全く異なる(⇒仕事で山形県内全市町村をくまなく回った経験則に基づく実感)藤沢周平の時代小説に登場する海坂藩のモデルとなった庄内地方への入口です。

 清川橋で最上川右岸に渡り、国道345号を北上するのは、作り手のたゆまぬ努力が、風土とあいまって素晴らしい味を生み出す平田赤葱や刈屋梨などの産地を目指す場合。

6075yuza-R345takase.jpg【Photo】田植えを終えて間もない水鏡に逆さ鳥海の姿が映る。国道345号線の遊佐町丸子付近。拙稿「香り米」(2009.8)冒頭にも登場した鳥海山のビューポイント

 対して最上左岸の国道47号を酒田まで直進するのは、新庄盆地から庄内平野に向かって最上峡から吹き出す局地風「清川だし」に背後から煽られるからではなく(笑)、現在の主要銘柄米の系図を遡ると源流にあたる品種「亀ノ尾」を選抜・育種した阿部亀治の遺徳に触れ、貴重な和辛子の原料となるカラシ菜の産地である庄内町の跡地区を通らんがため。

 鶴岡と酒田を行き来する場合、両市街地で信号機が多い国道7号を避ける傾向にある庄イタ。イタリア人だけでなく日本を訪れた外国人の多くが指摘するように、日本の道路には、やたらと信号機が設置されています。合理性を重んじる欧州人にとって、日本の都市部の道路は苦痛以外の何物でもありません〈※注〉

brera-hamanaca.jpg【Photo】遊佐町吹浦と鶴岡市湯野浜34kmの間に広がるクロマツ林は、冬の猛烈な北西風のため斜めに生育する。江戸中期以降の先人が、幾多の苦難を乗り越え、営々として植林を続けてきた努力の賜物。湿度が高い環境下において、山形内陸では頻発したエンジントラブルが、庄内では全く異常をきたさなかった〈2009.3拙稿「場の空気に関する一考察」参照〉alfa Breraを駆るにはもってこいの信号レスな国道112号。酒田市浜中にて

 山形自動車道と接続する日本海沿岸東北自動車道(略称:日沿道)の現在の終点は「酒田みなとIC」。仙台から高速を利用するこの時間的な最速ルートは、神泉の水や胴腹滝といった吹浦(ふくら)周辺の湧水スポットや、岩ガキを食するために秋田県境を越えて象潟(きさかた)を目指す場合に限られます。それほど沿道各地は、素通りするには勿体ない魅力に溢れています。

 日沿道が「あつみ温泉IC」まで延伸し、時間的に近くなった鼠ヶ関から、新潟県境を越えて国道345号沿いの景勝地「笹川流れ」まで足を延ばすのも一興かと。変化に富む海岸美と、澄みきった海水を薪火で煮詰めて作る珠玉の海水塩が待っています。

9406iwagachi.jpg【Photo】遊佐町吹浦から象潟(にかほ)にかけての岩礁のプランクトンが集まる滋養豊富な鳥海山の伏流水が海中に湧き出す周辺に群生する天然岩ガキ。事情通は豊かな森林に覆われた山が背後に迫る鼠ヶ関産が旨い、いや由良産も負けていないと熱く語る。いずれにしても産卵前のぷっくりとした剥きたてを頬張ると、至福の時を堪能できる

 世界一のクラゲ展示で人気の「加茂水族館」から湯野浜温泉を経てクロマツ林の中を行く国道112号の沿道に砂丘メロンの直売所が出る夏。酒田以北は道路事情が良い国道7号が海沿いの縦軸ルート。気温上昇とともに男鹿から遠征してくる「ババヘラ」<拙稿「トロける夏の誘惑 庄内編」(2009.8)参照>や、天候と時間帯によっては、西の空を染めて太陽が日本海の水平線に沈むドラマチックな光景と出合えます。

9327MuseoKenDomon.jpg【Photo】ライフワークの古寺巡礼やヒロシマなど、仏教の深い精神性とリアリズムを追求した酒田出身の世界的な写真家・土門拳の業績を展示する「土門拳記念館」(記念館内部は撮影不可。当画像の出典は山形県広報ライブラリーより)

 土門拳記念館がある酒田・飯盛山地区から出羽大橋を渡り、山居倉庫前の道をひたすら吹浦まで直進する県道353号「吹浦酒田線」も幾分道幅は狭いですが、海沿いのサブルートとして有効です。

 庄内平野の穀倉地帯を南北に貫く庄内東部広域農道(通称:庄内こばえちゃライン)は、月山と鳥海山がランドマークとなり眺望も良好。海側・山側いずれにも展開しやすくストップ・アンド・ゴーが少ない点は、JR陸羽西線狩川駅または清川駅付近から最上川右岸に移行して遊佐町吹浦まで北上するR345と並んで、庄内内陸部の縦軸としてお薦めします。

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【Photo】国道112号線「産直あぐり」の先、鶴岡市西荒屋の交差点を金峰山・青龍寺方向に左折。同市大宝寺から大鳥を経由し、「朝日スーパーライン」を越えて新潟県村上市に至る東日本で最も長い県道349号に。藤沢周平生誕之地と刻まれた石碑が残る高坂地区を挟んで母狩山・金峰山北側の谷定と滝沢地区から湯田川にかけては、孟宗筍の名産地。その旬に訪れた滝沢からは月山が一望のもと

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【Photo】国道112号線「産直あさひグー」がある鶴岡市落合交差点から、国指定重要無形民俗文化財黒川能で知られる黒川と、獅子踊りの里・藤島を経て酒田・遊佐方面へと延びる庄内東部広域農道(通称:庄内こばえちゃライン)。うららかな春風に菜の花が吹かれて揺れる春爛漫の陽気のもと、鳥海山を望む


 さて、前々回ご披露した神通力を酒田で発揮する前日。JR鶴岡駅にほど近く、仙台・山形間を往来するバスが発着する庄内交通バスターミナルに隣接する商業施設「S-MALLエスモール」に久方ぶりに寄りました。知らぬ間に立体駐車場が解体されていたこと以上に色めき立ったのが、販売元である精肉店クックミートマルヤマの店頭から消えて久しい「庄内カレー」が、食彩館に一袋だけあったこと。

 「おっ、いよいよ製造再開か!?」と庄イタが思ったのも無理からぬこと。3種類あった庄内カレーのうち、だだちゃ豆をはじめとする庄内産野菜と羽黒緬羊の旨味が響き合うキーマカレーは、まさに忘れ得ぬ味。

2015shonai-curry.jpg【Photo】2代目の奥さま絢子さんに「もう在庫はないので、残っているのなら私も欲しい」と言わしめた最後の1パックと思しき「山伏ポークこだわりトマトカレー」には、井上農場の樹熟トマトを使用(左)。以前にクックミートマルヤマで購入するも、勿体なくて食べられぬまま、今も庄イタ宅にあるキーマカレー(右)

 真相を確かめようと、このカレーを企画・製品化したクックミートマルヤマ2代目、丸山浩孝さんに電話しました。すると委託先の事情による製造再開の見通しは立っておらず、おそらく最終出荷分の残りではないか?とのこと。最後の1パックかもしれない7月末が賞味期限の庄内カレーは、こうして庄イタのものとなりました。〝残り物には福がある〟を地でゆく展開が、直後に待っていようとは露知らず。

 前編でご紹介した目的で酒田・本間家旧本邸に向かわんとS-MALLから酒田に移動するには、三川バイパスと国道7号線が距離的には最短ルートです。マニュアル車を乗り継いできた庄イタは、前述の通り混雑を避ける傾向にあります。16時30分の本間家旧本邸の最終入邸時刻までは余裕があったこともあり、日沿道ではなく、国道345号藤島バイパスと庄内こばえちゃラインを通るべく、三川橋で赤川を渡りました。

Inoue_farm20090125.jpg【Photo】鶴岡が大雪となった2009年1月末。降りやまぬ雪の中を訪れた井上農場のビニールハウスで、一年中で最も美味しい季節を迎えた小松菜の収穫を行っていた馨さん悦さんの井上夫妻を陣中見舞い(上)。作業中は石油ストーブで暖をとれるハウスの中で小松菜の収穫を行う馨さん(下左)。同年3月末、もはや大松菜と化した小松菜を手におどけてみせる悦さん(下右)

 inoue-farm2009.1.24.jpg inoue_farm20090329.jpg

 このルートを通ることが多いのは、庄イタ家では年間を通して定番となった「はえぬき」特別栽培米のほか、小松菜、トマト、商標権を有するJA鶴岡のエリア外ゆえ、だだちゃ豆とは名乗れないものの、品種は「白山」にほかならない「たかくんの茶豆」などの農産物をお世話になっている鶴岡市渡前「井上農場」があるがゆえ。

Inouefarm_2006.jpg【Photo】小松菜は春先にアブラナ科特有の黄色い花が咲く

 さらに現在、鶴岡では訪れる価値を見出せる唯一のイタリアン「穂波街道 緑のイスキア」〈2009.6拙稿参照〉が沿道にあるからでもあります。

 鶴岡ICから丙申堂への移動前、みどり町のクックミートマルヤマにも寄っていました。天下無敵の豚しゃぶ不動の主役「山伏ポーク」〈2014年7月拙稿参照〉のバラ肉を 、もとい脇を固めるのは、十三浜の肉厚ワカメ、平田赤葱、井上農場の小松菜。これはバイエルンのビール純粋令と同様の庄イタ家の絶対的な家訓です。

 平田赤葱は根付きのままで一冬分を酒田市飛鳥の後藤博さんのもとを訪れて購入するのが毎年の恒例。庭で冬を越した赤葱は、次第に固くなり始めていました。同様に寒中は肉厚で瑞々しさが際立つ井上さんの小松菜も、春の訪れとともに丈が伸びて薹(とう)が立ち、黄色い花を咲かせます。そんな旬を過ぎた小松菜を、井上さんは「大松菜」と呼びます。

 この日はクックミートの店頭で、しゃぶ用にスライスして頂くバラ肉を買い求めませんでした。何故なら春の訪れが早い今年は、肉以外の具材が旬を過ぎている可能性があったので。そのため赤川を越えて穂波街道を過ぎる頃までは酒田へ直行するつもりでいたのです。スタンレー鶴岡製作所の先に井上農場のビニールハウスが視界に入ってくるまでは。

alche-_zuppa-verde-komatsuna.jpg【Photo】井上農場の小松菜グリーンスープ。サザエまたはアサリでとったブロードで1cm大にザク切りした小松菜をさっと煮沸し、ミキサーに。濾した緑のスープに残りの小松菜を加え、煮立たぬよう加熱すると、目にも鮮やかな小松菜のスープの出来上がり(ロケ地:アル・ケッチァーノ2008年8月)

 庭の赤葱の状態からして、冷しゃぶ以外の具材で山伏しゃぶを食せるのはラストチャンスと思われました。ならば自ら確かめるのが確実。夜10時まで営業しているクックミートには酒田から仙台に戻る途中で再び立ち寄ればOK。大抵の場合、井上さんには事前に電話を入れて欲しい産品と数量をお伝えし、ご自宅か納屋あるいは自前の精米施設を備えたライスセンターのいずれか指定された場所に伺います。

 なれどこの日はノーアポ。目的は小松菜の状態の確認でした。勝手知ったる栽培用ビニールハウスに直行しようと農場に車を乗り付けると、一昨年完成した交流施設「i 庵銘田(→アイアンメイデン(^0^)」にご主人・井上馨さんの姿がありました。その刹那、思い起こしたのが12年前の初夏のこと。

alche-peperoncino_verde.jpg【Photo】これはサラダにあらず。「井上農場の小松菜ほか山伏豚ベーコンのペペロンチーネ」。パスタ料理を任されていた土田シェフに夏バテ予防にとリクエストしたのが、この井上農場の小松菜と青トマトを含め、何種類入っているのか察しもつかない特盛り夏野菜の食感を活かした特別仕様ペペロンチーノ(ロケ地:アル・ケッチァーノ2008年8月)

 当時は本業以外に割く時間が、まだ少なかったアル・ケッチァーノ奥田シェフのもとで、井上さんの長女佳奈子さんがパティシェとして働いていました。(感覚と独自の理論が交錯するオーナーシェフの指導を直接仰いだ弟子は、知る限りにおいて実はそう多くはない) 佳奈子さんが愛車FIAT Panda141で出勤がてら毎朝届ける井上農場の樹熟トマトや小松菜は、2003年当時も店の欠かせない看板の一つでした。

 素材の生産現場を見てみたいと庄イタが言い出したある日のこと。夜の素材調達と仕込みとを優先した奥田シェフから、おおよその場所だけを聞き、ライスセンターの看板を目印に、初めて井上農場を訪れました。

 夏の庄内特有の強烈な日差しのもと、むせかえるような温度のハウスの中で、汗だくになって一人働いていたのが馨さん。汗を拭きながら仕事の手を休め、お話を伺ったのが井上さんとの初対面でした。その場所にこそ、現在i 庵銘田がまさに建っているのです。

kokomi_inoue200712.jpg【Photo】2007年12月。小松菜のハウスで、悦さんのそばを離れないのが、専業農家として農場を支える長男の貴利さんの娘ここみちゃん。鶴岡市藤島の産直「楽々(らら)」で、甲斐甲斐しく納品の手伝いをしていたのもこの頃。〝地方消滅〟など無縁。年を追うごとに家族が増え、一男二女の馨さん悦さん夫妻の孫は、今や10人!!

  小松菜の様子を見るために伺ったことを告げた庄イタに「今日はこの後どうするの?」と、井上さんは箒で部屋の掃除をしながら尋ねます。

 「酒田に行くつもりですが、特に予定は決めずに来ました」と応じる庄イタの返事を聞いた井上さん曰く「それにしても凄いタイミングで姿を現すね~。実はこれから、東京八丁堀『天ぷら小野』の志村さんがね...。」

 あの時、国道345号を移動しながら〝井上農場の畑に寄らなければっ!〟と、急に考えが変わったのは、どうやら神がかり的な庄イタの嗅覚と、井上農場のトマトを使った、やはり残り物には福があった庄内カレーのなせる奇跡だったようです。

「神通力ふたたび!? 鶴岡後編」に続く。
to be continued.

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 ※ 【脚注】 ロンドン・ピカデリーサーカスや、パリ・シャルルドゴール広場に英仏初のラウンドアバウトが登場する遥か1500年あまり前。ディオクレティアヌス帝(在位284~305年)が造った古代ローマ最大規模の浴場前に、欧州最古のラウンドアバウトが設置された。造営から1,800年の時を経て当時の石畳はアスファルトに変わり、現在はナイアディの泉を囲む「Piazza della Repubblica(共和国広場)」と呼ばれ、現役のロータリー式交差点として役割を果たしている。(下写真)

piazza-reppbrica-roma.jpg 規則に縛られることを是とする律儀な日本人と、(信号はあっても無きに等しいナポリのように)混沌とした無秩序の中にも暗黙のルールが存在するイタリア。化石燃料を動力とする限り、ストップ・アンド・ゴーの繰り返しは、加速時にCO2排出量を増やし、燃費を悪化させ、地球温暖化の一因にほかなりません。旧態然としたお堅い発想からの転換を、関係筋に切望するものであります。


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コメント

こんにちは、yuiyuiと申します。
私は九州の人間なので、写真のような自然豊かな風景を見ると阿蘇を思い出すのですが、東北にもあるんですねー!
東北は未進出なので絶対に行きたいです。

応援ポチさせていただきました^^

yuiyuiさん、応援ポチ、そしてコメントをお寄せいただきありがとうございます。仰せの通り九州も自然と緑が豊かですよね。そして海もキレイ。
昨年は鹿児島・錦江湾周辺から霧島を経て宮崎まで、以前には大分別府・長崎雲仙・佐賀・福岡にも行ったことがあります。阿蘇がある熊本だけ空白域ですが…。東北も自然が豊かなので、きっと気に入って頂けると思います。お待ちしてまーす(^^/〰

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