あるもの探しの旅

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L'anima d'Italia イタリア魂

Faliero Sarti ファリエロ・サルティに垣間見る庄イタの精神構造


 秋分の日を過ぎ、めっきり秋めいてきましたね。季節の変わり目を迎え、ノーネクタイの夏場はイタリア人のたしなみとして、庄イタも第二ボタンまで外しているシャツの首元から、朝夕は冷たい風が吹き込むことも。そろそろワードローブから取り出すのが、今年で3シーズン目を迎える薄手なFaliero Sarti ファリエロ・サルティのストールと、長年愛用しているErmenegildo Zegna エルメネジルド・ゼニアのスカーフです。

Zegna-scalf2.jpg【Photo】シックで精緻なカシミール文様がプリントされたシルク特有の輝きを放つエルメネジルド・ゼニアの軽やかなスカーフ

 このスカーフは、ミラノ・モンテナポレオーネ通りの一角にあるセレクトショップで購入したもの。美しいカシミール模様に魅了されてバブリーだった時代にネクタイを常用していたETRO エトロと思いきや、1910年に創業した紳士服ファクトリーブランド、ゼニアの製品だったので意表を突かれた記憶があります。250年培ったアザミの実を使ってカシミアを起毛させる伝統の技が、服地の美しい光沢を生むPIACENZA ピアチェンツァの濃紺と茄子紺のコートを羽織るオンタイムの首元に巻いています。

 かたや今回メインで取り上げるのは、オフタイムにより顕著に表れる傾向があるイタリア魂みなぎる庄イタの嗜好が色濃く反映されたファリエロ・サルティの肌触りの良いストール。

sarti-sawl.jpg【Photo】さまざまな色彩の組み合わせがストールの巻き方によって表現される庄イタ愛用のファリエロ・サルティ。大判のストールを広げると現れる絵柄は、イタリアの偉大な作曲家が描かれた旧リラ紙幣がモチーフ

 メディチ家の繁栄と共に発展した絹織物の伝統を紡ぎ出してきたフィレンツェで、第二次大戦後間もない1949年にファリエロ・サルティが〝Lanificio Faliero Sarti e figli s.r.l ラニフィッチョ・ファリエロ・サルティ・エ・フィッリ〟を創業。Lanificio(=服地工場)と称するだけに、ジョルジオ・アルマーニ、シャネル、ジャンフランコ・フェレ、ダナ・キャラン、ジャン・ポール・ゴルチェなど名だたるメゾンのオートクチュールやプレタポルテに服地を提供してきました。

sarti-italia-logo.jpg【Photo】ファリエロ・サルティの国旗をモチーフにしたストール・コレクションより。地中海を舞台に覇権を競った海洋立国、ヴェネツィア・ジェノヴァ・アマルフィ・ピサの各国旗を組み合わせたイタリア共和国海軍旗

 現オーナーは創業者の息子であるロベルト。その娘でカルバン・クラインやダナ・キャランらを輩出したニューヨーク州立ファッション工科大学で造形を専攻後、美術史も学んだモニカがデザイナーとして1992年に就任。国外へも展開を図って以降、日本ではストールが広く知られるようになりました。自社ブランドのアパレルを含めて現在では売り上げの85%が米国や日本などイタリア国外におけるものといいます。

 欧州の有名ブランドが、人件費対策として生産拠点をアジアに移すことは珍しくありません。そんな中でファリエロ・サルティは、ファブリックの9割をイタリア国内で、その半数は自社生産しています。高品質のシルク、カシミア、ウール、コットンなどの天然素材に加え、モダール、ナイロン66、ヴィスコースといった新素材を巧みに取り入れた使い心地のよい生地作りは定評あるところ。

metro_sarti.jpg【Photo】ファリエロ・サルティの地下鉄路線図をモチーフにしたストール・コレクションより。これさえ身に着けていれば、フランス語が全くヒアリング不能な庄イタが、まかり間違ってこの画像のロケ地であるパリを訪れ、メトロの乗り継ぎに迷ってもダイジョーブ?

 中間色の落ち着いた色遣いを基調としながらも、バリエーションのひとつとして今年タイアップしているのが、ディズニーとのコラボシリーズ。時にはポップアート的な遊び心のあるモチーフもストールのデザインに取り入れるのは、チーフディレクターを務めるモニカの女性らしい美的センスと言えるでしょう。

sarti-mappa.jpg【Photo】〝150 anni Unita d'Italia (=イタリア統一150周年)〟と記された2011年発表のストール。1861年のイタリア王国建国による国家統一150周年を記念したこちらのデザインは、建国当時首都が置かれたトリノがある北イタリアから俯瞰したイタリア半島の地図。とはいうものの、上下どちらに向けて巻くかはご自由に

 東京支社勤務時代は浦安からほど近い社宅で6年間を過ごしながら、当時は2回ほどしかディズニーランドを訪れていない庄イタ。イタリア人は概してアメリカ文化に関して食を除けば寛容ですが、庄イタはミッキーマウスやドナルドダックに心惹かれるキャラではありません。カプリ島発祥のフレグランス「Carthusia カルトゥージア」〈2010.11拙稿「I Profumi di Capri 」参照〉を置く仙台市青葉区大町のセレクトショップ「antelope アンテロープ」で、イタリア魂を呼び覚まされ、さらにハートを鷲づかみされたのが、コチラ。

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 19世紀イタリアが生んだ偉大な作曲家の1人、ジュゼッペ・ヴェルディ(1813-1901)の肖像が描かれた旧1,000リラ紙幣(下写真)表面の図柄がモチーフとなる肌触りの良いモダール(レーヨン)85%・シルク15%のふんわりと軽やかでボリューミーな大判(200cm×130cm)のストールです。

 18世紀末のナポレオン侵攻や19世紀中葉にかけてオーストリア・ハプスブルグ帝国の支配下にあった現在のイタリアで、リソルジメントと呼ばれる国家統一に向けた機運が急速に高まったのが1848年。その精神的な支えとなったと目されるのが、紀元前6世紀に実在したバビロン王を主人公としたG・ヴェルディのオペラ「Nabucco ナブッコ」。

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 ナブッコ第3幕第2場では、ユーフラテス河畔の地で捕囚の身となった民衆による祖国愛を込めた合唱曲「Va Pensiero(邦題:行け、我が思いよ、黄金の翼に乗って)」が歌われます。ヴェルディが祖国統一に向けた願いを込めたとされるこの作品は、1843年にミラノ・スカラ座で初演されるや、民衆の熱狂的な支持をもって迎え入れられました。

 「椿姫」、「アイーダ」、「リゴレット」などの作品を残し、英雄として敬愛されていたヴェルディは、1901年1月27日の夜半過ぎに滞在先のミラノで家族や知人に看取られながら亡くなります。翌朝その柩を乗せた馬車を見送ったのは、トスカニーニ指揮の800名を超す合唱隊と、偉大な作曲家の死を悼んで沿道に集った人々が口ずさむVa Pensiero でした。それは作曲家自身が創作した歌劇以上にさぞや感動的な光景だったことでしょう。

sarti_1dollar.jpg このシリーズには、アメリカ合衆国初代大統領ジョージ・ワシントンが登場する1ドル紙幣(上写真)や、若き日のエリザベス2世がほほ笑むポンド紙幣と並んで、千円札もラインナップ。しかし絵柄には現行の野口英世でも、先代の夏目漱石でもなく、千円札の裏側に描かれる富士山だけしか描かれていないのには、Fujiyama と比較した人物の世界的な知名度が影響しているのでしょうか? 肖像を取り入れなかった理由をモニカに訊ねてみたいものです。

 現世において庄イタがイタリアの地を初めて踏んだ1990年代前半は、ユーロの導入前。やたら桁が多くとも日本からの旅行者にとって、当時の通貨イタリア・リラは、ドイツ・マルクやフランス・フランなどと比べ、円交換レートが有利でした。当時の日本はまさにバブル。対日本円レートが最も有利だった'95年夏の訪伊時に至っては、物欲を激しく刺激するMade in Italy の数々に、つい財布の紐が緩む誘引効果が大きかったっけ。(...と、遠い目をしてみる)

sarti-cassa.jpg【Photo】ファリエロ・サルティの紙幣をモチーフにしたストール・コレクションより。(左から)日本円、イギリス・ポンド、イタリア・リラ、米ドル

 イタリア統一150周年で、さまざまな記念行事が行われた2011年。翌年のコレクションとして発表された紙幣シリーズで、モニカ・サルティが故国代表に選んだのは、イタリア国民がイメージする祖国を代表する偉大な作曲家G・ヴェルディの肖像が使用された旧1,000リラ紙幣でした。これと別の肖像画では1962年から1,000リラ札に登場していたヴェルディですが、この図柄を使用した1,000リラ紙幣が発行されたのは、1969年から1981年まで。

 ユーロ導入のため、2001年12月末を持って姿を消したイタリア・リラ。「♪ そんな時代があったねと...」という中島みゆきのデビュー作の一節が、過ぎ去った時代への感傷と共に蘇る庄イタなのです。

1000Lire_Montessori.jpg 当時のアルバムを紐解いて思い出したのが、ユーロ導入前最後の1,000リラ紙幣は、モンテッソーリ教育の創始者として後世に名を残したマリア・モンテッソーリ博士だったということ(上写真)

 蛇足ながら、庄イタ的に最も印象に残っているのが、ナポリ生まれの彫刻家であり建築家のジャン・ロレンツォ・ベルニーニ(1598-1680)が描かれた最後の50,000リラ紙幣(下写真)。

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 バチカンのサン・ピエトロ寺院の大改修、ナヴォ―ナ広場の四大河の噴水、サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会前のオベリスクを背負う象の彫刻、テヴェレ川に架かるサン・タンジェロ橋の天使像、50,000リラ紙幣にも描かれていたバルベリーニ広場のトリトーネの噴水などの偉大な足跡を残した天才芸術家です。

 ローマ市街に残した数々のモニュメントや彫刻作品と同様、50,000リラ札のベルニーニの風貌もまた、極めてバロック的だと思えるのですが、いかがでしょうか。

 教皇ウルバヌス8世の意向を受け、ローマを華麗な劇場都市へと変貌させた造形の天才ベルニーニが残した舞台装置ともいうべき作例のごく一部を最後にご紹介しておきます。

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【Photo】サン・ピエトロ大聖堂は全ての教会の母にあたるゆえ、両腕を広げて全てを受け入れる姿を表現したというサン・ピエトロ広場で140体の聖人像が参詣者を迎える二重構造の円形列柱や、この聖堂内の巨大な祭壇天蓋など、内外装の多くはベルニーニの設計による(上写真)

Ponte_Sant_Angelo_superscription.jpg Ponte_Sant_Angelo_crown_thorns.jpg

【Photo】ローマ教皇グレゴリウス1世は、590年に教皇の要塞上空に出現した天使から当時ローマで猛威をふるっていたペスト禍の終焉を告げられた。その故事から「Castel Sant'Angelo サン・タンジェロ城」と呼ばれるようになった。もともと自身の霊廟としてこの要塞建設を命じたハドリアヌス帝が、西暦138年に架けた橋には、ベルニーニ作の2体(上写真)を含め、弟子が制作した天使像が並ぶ。スペイン広場に近い「Basilica di Sant'Andrea delle Fratte サンタンドレア・デル・フラッテ教会」に原作が移されたため、レプリカが設置されている 

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【Photo】壁面に新たな窓を穿(うが)つことでドラマチックな陰影効果が得られた「Chiesa di San Francesco a Ripa サン・フランチェスコ・ア・リーパ教会」アルベルトーニ礼拝堂の「福者ルドヴィカ・アルベルトーニ」(上写真)。死の淵で神と邂逅し、恍惚とした表情を浮かべながら天に召される劇的な瞬間を表現している

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【Photo】4頭のイルカが支えるのが、女性の多産や聖ヤコブを象徴するホタテガイ。その貝殻の上にはヴィーナスではなく、半人半魚の海神トリトンが吹き鳴らすホラ貝から水が噴き出すという奇想天外な「トリトーネの噴水」。同じくベルニーニ作の「蜂の噴水」とバルベリーニ広場ですぐ隣り合う。(上写真)

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【Photo】ひとつの白大理石から人の手だけで造形したとは到底思えない超絶技巧を若くしてベルニーニが確立していたことを示して余りあるベルニーニ芸術の真骨頂。ダフネに恋をしたアポロから逃れようと、ダフネが月桂樹に姿を変えるというギリシャ神話が題材となった「アポロンとダフネ(上写真)は「プロセルピナの略奪」と並び称されるボルゲーゼ美術館所蔵の傑作

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【Photo】古代ギリシャ・ヘレニズム時代に製作されたヘルマプロディートス像が横たわるドレープが美しい褥(しとね)部分をベルニーニが制作したボルゲーゼ美術館所蔵「ボルゲーゼのヘルマプロディートス」(上写真)。15歳で泉に棲む妖精サルマキスに無理やり童貞を奪われた上、神によって官能的な両性具有とされた。眠れるヘルマプロディートスを題材とするベルニーニが携わった同様の作例は、ルーブル美術館国立ローマ博物館などにもみられる

 ドラマチックな肉体の動きと肌の質感を大理石で見事に表現したベルニーニの彫刻作品は、時に石造りであること忘れさせてしまうほど。動きを封じる魔法をベルニーニによってかけられたかのような白亜の石像に、ファリエロ・サルティのストールを纏(まと)わせても、恐らくは全く違和感を感じさせないはずです。


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