あるもの探しの旅

« Settembre 2015 | メイン | Novembre 2015 »

2015/10/31

ザクロの香りで衣替え

Profumo di Melograno


 朝夕の冷え込みに秋の深まりを実感するこの頃。そろそろ冬物の出番ですね。

 人として内面を磨き、大人の立ち居振る舞いを求められる年齢になってなお、見てくれに心を砕くのがイタリア人。その常として、身につける物には気を使います。

 それは香りとて同様。オイシイ食べ物やお店には警察犬並みに鼻が利く庄イタではありますが、前世の習性からか身につける香りにも敏感なのであります。

     carthusia_mediterraneo.jpg       carthusia_via_camerelle.jpg       carthusia_io_capri.jpg

 重篤化する一方の南イタリア欠乏症を癒すべく、ナポリ沖に浮かぶ楽園、カプリ島で調合される「Carthusia カルトゥージア 」を常用する庄イタ。Viaggio al Mondo では 「I Profumi di Capri カプリ島の香り、Carthusia カルトゥージア」〈2011年11月拙稿〉に登場した3種類の香りMediterraneoVia CamerelleIo Capri (上写真)をその日の気分で使い分けています。

 あれはバブルの全盛期。ネオンが輝き始めた銀座並木通りでは、およそ10m前方をハイヒールで闊歩するお水系のお姉さんたちが発する芳香に、めくるめく眩暈を覚えたものです(笑)。香りは〝過ぎたるは及ばざるが如し〟。ゆえにフレグランスで気をつけたいのが、使う量とTPO。少し香る程度が鉄則です。

 これまでViaggio al Mondo で披歴してきた通り、前世でDNA に深く刻まれた庄イタの思考回路は100%イタリア人。スマートなイタリアオヤジがそうであるように、むさ苦しい加齢臭ではなく、華麗で清潔感が漂う香りに包まれていたいと願ってやみません。

pizzaiolo-marinara.jpg 先日、とあるピッツェリアのカウンター席で、マリナーラを食していた時のこと。すぐ隣り合わせになった女性客が席に着くやいなや、食事中でなければさほど気にならない程度に香る香水が、それまで味わっていた心地良い薪の香りが入り混じったピッツァの風味を打ち消してしまったのでした。

samourai-pour-homme.jpg 外食をする予定がある時は、香りは控えめに。これが大人のマナーというものです。

 偉そうな口をきいてしまいましたが、「Persol ペルソール」のサングラス「Film Noir Edition フィルム・ノワール・エディション」〈拙稿「Italian Film Noir di Persol」2015年9月〉に合わせ、この夏は清涼感があるアラン・ドロンSamouraï pour Homme サムライ・プール・オム(右写真)も使ってみるミーハーなりきりオヤジなのであります。


 イタリア人が好む香りの一つに、今が旬の「Melogranoザクロ」があります。キリスト教では多産と子孫繁栄、そして鮮血を思わせる実の色あいから、キリストの犠牲と再生・希望の象徴とされ、宗教画のモチーフとしても登場します。

mellograno2003.Ottobre.jpg【Photo】イタリアではごく一般的な植物であるザクロ。中部マルケ州の農家を秋に見学に訪れた際、屋外のテーブルに用意してあったザクロ

 ザクロに関してViaggio al Mondoでは、現存する世界最古の薬局「Officina Profumo di Santa Maria Novella サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局」のザクロをイメージした香りのバスソルトを過去に取り上げています。〈「ザクロの香りでFacciamo un Bagno!」2012.7拙稿参照〉

 また、河北新報社が仙台圏で発行する月刊誌Piatto7月号では、従来のオフホワイトの無地から昨年秋にガーリーな花柄にパッケージが変更となったサンタ・マリア・ノヴェッラの「Sali da Bagno(=入浴剤)」をご紹介しました(下画像)。

piatto201507_SMN.jpg 名付け親となったPiatto の編集現場から離れた今も、仙台市青葉区一番町の「サンタ・マリア・ノヴェッラ仙台」には取材で伺っています。これは余人の追従を許さない自負があるこのブランドへの愛着と知識をさらに深めるがため。7月号の取材でも撮影現場に漂う淡いオレンジ色をしたバスソルトの甘美な香りに心底魅了されました。

 人間の五感で最も記憶の奥底に刻まれるのが嗅覚なのだそう。ある香りを察知した途端、遠い過去の記憶が突如として鮮明に蘇った経験をお持ちの方は、庄イタならずとも少なくないのでは?

 とりわけザクロの芳香に魅せられたのは、この香りを愛するイタリア人だった前世の記憶が呼び起こされたからでしょう。そこでこの秋の衣替えに合わせ、20世紀中葉にザクロをイメージし、起源が13世紀初頭のドミニコ会修道僧まで遡るサンタ・マリア・ノヴェッラの調香師が編み出したオーデコロン「Melograno メログラーノ」(下写真)を新調しました。

aqua-colonia-melograno.jpg【Photo】ひと頃の透明ガラスから、再び質感の高いフロストガラスのパッケージへと変更となったサンタ・マリア・ノヴェッラのAcqua di Colonia(=オーデコロン)Melograno (正面)

 ザクロとはいいますが、実際のザクロ果汁をベースにしたオーデコロンではありません。またザクロの香りといっても、すぐに思い浮かぶ方は少ないかと思います。

molograno-2011.jpg【Photo】フロストガラスとは印象が随分と違う透明ガラスだった頃のAcqua di Colonia Melograno (中央) とザクロをかたどったテラコッタ製のMelograno (右)

 自然由来の香料成分を用いた〝floreali orientali dolci〟と表現されるMelograno のほんのりと甘いオリエンタル・フローラルな香りは、バスソルトやオーデコロンだけでなく、ボディミルク・シャンプー・ソープ・キャンドル・テラコッタ製のザクロ型ルームフレグランスなど、多彩な商品展開をしているサンタ・マリア・ノヴェッラ。ザクロは時代を超えて愛される香りなのです。

colonia-molograno-back.jpg【Photo】フロストガラスへ戻したことが奏功し、クラシックなSMNのロゴが陰影と共に表情豊かに浮かび上がるオーデコロンMelograno (背面)

Escudo_provincia_Granada.jpg 地中海沿岸諸国で広く栽培されるザクロが、そのまま地名となっているのが、スペイン南部アンダルシア地方の「Granada グラナダ」。紀元前8世紀頃から人が暮らし始め、11世紀にはスペイン語でザクロを指すGranada と呼ばれるようになりました。

 人口20万あまりのグラナダを世界的に知らしめているのが、ユネスコ世界文化遺産に登録される壮麗なイスラーム建築アルハンブラ宮殿です。グラナダ県(左)とグラナダ市の紋章にはザクロがあしらわれており、この地とザクロの結びつきの強さを表します。

 そしてもう一つ、この町の名を大いに高める役割を果たしている歌曲「グラナダ」で本稿を締めくくることとします。

 メキシコ中部にあるスペインコロニアル様式の街並みが残る世界文化遺産の町、トラコタルパン出身の歌手で、作曲も手がけたアウグスティン・ララ(1897-1970)が、1932年に発表したこの曲は、本家筋スペインを代表するテノール歌手、ホセ・カレーラスやプラシド・ドミンゴ以外に、今世紀においても南米出身のファン・ディエゴ・フローレスローランド・ビリャソンなど、さまざまな歌い手によって取り上げられてきました。

 その歌詞では、太陽・闘牛・美女・薔薇・赤い血など、いかにもラテン系な内容を情熱的に歌っています。ただし、鼻血が出そうな歌詞に登場するのはザクロではなくリンゴ。

 それじゃ画竜点睛を欠くじゃん!!とダメ出ししたのでは、スペインを題材にした数々の作品を世に送り出した功績が認められ、1965年にグラナダに住居まで贈られたスペイン人の血を引くアウグスティン・ララに対して礼を失するでしょうか。

*****************************************************************

サンタ・マリア・ノヴェッラ仙台

・住:仙台市青葉区一番町4-4-27
・営:10:00-19:00 不定休
・Phone :022-398-8535  ・Fax :022-398-8210
・URL:www.santamarianovella.jp/


baner_decobanner.gif
ブログランキング・にほんブログ村へ

 

2015/10/18

山に聞き 牛に聞く

中 洞 牧 場 牛 乳
健やかで幸せな牛から おいしい牛乳
自然と共生する「日本の山地(やまち)酪農」
〈2015.7.18拙稿〉【 続 編 】

nakahora1-2015.7.13.jpg【Photo】今年は10月6日に初霜が降りたという中洞牧場。夏の盛り、爽風が吹き抜けてゆく山の稜線など、牛は思い思いの居心地の良いお気に入りの場所で青草を食む

 この夏に出合い、ススキの綿毛が秋風に揺れる季節へと移り変わった今、改めて噛みしめ直している言葉を今回のタイトルとしました。そう、あたかも牛の反芻のように。

casa-nakahora.jpg【Photo】中洞牧場の事務作業、牧場長の中洞夫妻・社員・研修生の住まい、見学者の宿泊などの役割を果たす研修棟(上写真・黒屋根の建物)完成記念として入口の壁に掲げられているのが、額装された下写真の言葉

sentile-monte&mucca.jpg

 盛岡から東へ車でおよそ2時間。すでに朝は氷点下の冷え込みになっているという岩手県下閉伊郡岩泉町で、年間を通して屋外で牛を放牧する山地酪農を実践。並外れた美味しさを体験できる牛乳と乳製品を生産する「中洞(なかほら)牧場」で、2012年6月に完成した研修棟の入口にこの言葉は掲げられていました。

 牧場長の中洞 正さんからサイン入りで頂戴した最新刊「山地酪農家 中洞正の生きる力」(六曜社刊)にも同じ言葉が記されています。

autograph-nakahora.jpg【Photo】最新刊の表紙裏にスラスラとサインをして頂き、落款を捺印された途端、中洞さんは頭をかきながら「あ゛っ~、押す向きを間違えちゃった」(笑)

 庄イタが中洞牧場を訪れたのは好天に恵まれた7月中旬。抜けるような青空からは真夏の日差しが降りそそいでいました。北上山地の標高710m~860mに拓かれた中洞牧場ですが、まだ昼前だというのに、車の温度計が示す外気温は、28℃を越えていました。

 日本の酪農ではごく一般的な濃厚飼料を与えるためのケージ飼いする牛舎が存在しない中洞牧場。生体リズムで乳が張ってくる朝夕2回、群れで行動する牛たちは総面積50haにおよぶ広大な牧草地から自発的に搾乳所へと集まってきます。

 通常、いずれ出荷する家畜には名前を付けません。牛には出生後すぐに10桁の数字からなる個体認識番号を記した耳標(じひょう)と呼ばれる黄色いタブが付けられるだけです。

 中洞牧場はその点でも違います。「大島優子」(!!)「悦子」「ゆかり」「すず」といったヤマトナデシコ系に加え、ニュージーランド生まれのジャージー牛は、青い目を連想させる「バーバラ」や「ニコール」。我が郷里・ピエモンテ州ランゲ丘陵の森の良い香りが漂ってきそうな「トリュコ」だっています。「きなこ」「みたらしこ」といった和風スイーツ系の「黒蜜」もいますが、「壇蜜」はいませんでした。

yco-e-nakahora.jpg【Photo】1999年8月生まれで現在16歳で最年長のY子。中洞さんが歩み寄ると、顎を中洞さんの膝に預け、安らいだ表情を浮かべ(⇒そう庄イタには見えた)、瞑目したままじっと動かなくなった

 こうした名前は、搾乳をはじめとする牛の世話や、製品の加工、灌木の伐採など、牧場の運営・管理作業を住み込みで行う社員や研修生が名付け親となって付けたものです。南部曲がり屋の一つ屋根の下で牛馬を家族同様に扱ってきたこの地方の伝統が、そうさせるのかもしれません。

nakahora2015.7.13.jpg

 広大な牧草地を中洞さんの案内のもと車で巡る中洞牧場の見学ツアーは、山を切り開いた地形そのままの急斜面もありスリル満点。運動豊富でいずれ劣らぬアスリート揃いの牛たちは、急斜面をものともせず移動し、食べ頃の野シバが生えている場所で時間を過ごすのだといいます。

nakahora2-2015.7.13.jpg 離乳後に独り立ちしたばかりのつぶらな瞳の仔牛ですら、トゲのある野バラほかアジサイ・ワラビなど食用として適さない植物には草食動物の本能から口をつけません(上写真)。ちょうど今頃の10月半ばには牧草を食べ尽くすため、採草地から採取した乾草やサイレージが飼料に切り替わります。
nakahora6-2015.7.13.jpg すると青草の水分とカロテン由来の緑がかった青白い色のさらっとした飲み口から、乾草中心の給餌によって乳脂肪分が増加し、色が黄色く濃厚な味に変化します。それでも超高温殺菌によるタンパク変性が起きない中洞牧場牛乳の飲み口は、後味に重ったるさが残りません。FOODEX JAPAN 2013において実施された「ご当地牛乳グランプリ」で、実質的な頂点に輝いた中洞牧場牛乳の卓越した風味に関しては既報の通りです。

【Photo】中洞牧場の研修棟に到着してすぐ出していただいたウエルカムドリンク。前日に搾乳して殺菌したコップ1杯のジャージー乳。温めて飲むとまた格別とはいうものの、牛たちを眺めながら頂くひんやり冷たい牛乳の美味しいのなんのったら!!

 牧場を巡る見学ツアーの途中、中洞さんは何度か車を停めてさまざまな話をして下さいました。牧場訪問直後のレポート「中洞牧場牛乳」では触れなかった内容を今回はご紹介します。

nakahora3-2015.7.13.jpg【Photo】牧草地の境界線に立つ中洞さん。1984年に11頭のホルスタインとともに入植した当初は、境界の先に広がるような灌木とクマザサなどが生い茂る手つかずの土地だったという

 牛を野に放つと木の葉や野草を食べながら徐々に日当たりの良い空間ができ始めます。上写真にある境界の手前側に生えている再生力に優れた在来の野シバが表土を覆うまでに3年ほどを要し、それで植生は安定します。

 一般的な日本の酪農では欠かすことのできない濃厚飼料の原料となる輸入穀物で常に問題視されるのが、遺伝子組み換えやポストハーベスト農薬。そうした不安要素とは無縁の無施肥・無農薬で育つ青草や自家製の乾草を食べる健康な牛の排泄物は、野シバの良き養分となります(下写真)

nakahota7-2015.7.13.jpg 放牧を初めて30年以上、外来種のカモガヤなど生育が早いために牧草地で導入されるイネ科の植物には投与される場合が多い化学肥料に頼らずとも、中洞さんは自然の摂理に寄り沿いつつ、牛と人の共同作業で緑なす健全な放牧地を作り上げてきたのです。

 野シバの上を歩いてみると、上質なカーペットのように弾力があり、フカフカであることに気付きます。これは長い年月をかけて幾層にも重なったランナーから出る根がびっしりと表土を覆っている証拠です。中洞さんの説明では、A3判の用紙大の面積に生えている野シバの根を繋ぎ合わせると、その長さはなんと20mから30mにも達するのだといいます。

nakahora4-2015.7.13.jpg【Photo】野シバは地上と地中にランナー(葡伏茎)を横に延ばしながら根を地中深くまで張って次第に大地を覆ってゆく。冬は枯れるが、春になると新芽を出して幾層にもそれが重なり合うことでバリアの役割を果たして他の植物の侵入を阻む

 その保水力たるや、ブナにも引けを取らぬ相当なものでしょう。温暖化が原因とされる地球規模の気象の極端化によって、局地的な豪雨による土砂災害が頻発しています。表土が流出しやすい傾斜地の土壌保全に果たす野シバの力は想像を遥かに超えていました。

jimin-koyaku.jpg【Photo】3年前の年末総選挙で自民党が掲げた選挙公約ポスター(大笑)。当時政権の座にあった民主党への批判票で圧勝した自民党のどなたか、お得意の「丁寧な説明」をして下さいな

 およそ食糧自給の重要性など念頭にない経団連や産業界の後押しを受け、日本の食を支える心ある人々が被る損失は、補助金で穴埋めしようという安易な瀬踏みをしている現政権によって、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)に参加する道筋がつきました。

 秘密裏に進んだ妥結実態が次第に明らかになるに従って、一次産業従事者からは将来への不安の声が上がっています。現状でも歯止めがきかない耕作放棄地の拡大が懸念される中で、放牧地への転用を期待する声も聞かれます。

 安心して口にできる乳製品を届けたいという一心で歩み続けてきた中洞さんの30年におよぶ足跡は、資源に乏しい日本が、これから歩むべきひとつのロードマップと言えるのではないでしょうか。

nakahora-curry.jpg 見学終了後は、中洞さんと共同生活を送る牧場のスタッフの胃袋も満たす「牧場カレーライス」(上写真・1000円)を中洞牧場長とともに食しました。これは中洞牧場から岩手畜産流通センターに出荷され、食肉に加工された牛肉を使っているのだそう。面倒を見てくれた人たちの労働の糧となることで、牛は最後まで役目を立派に果たしてくれているのです。

nakahora-ice-milk.jpg 食後は中洞さんのご好意で地元の和グルミと絶品ミルクの風味、隠し味の生醤油の香りが混然一体となって調和する限定品カップアイス(上写真)がデザートで登場。これがまた結構なお味で。

 中洞さん、牧場の皆さん、ご馳走さまでした~。(^0^ 
大変お世話になりました。 m(_ _)m

*****************************************************************

中 洞 牧 場

住:岩手県下閉伊郡岩泉町上有芸字水堀287
・Phone:050-2018-0112
・URL: http://nakahora-bokujou.jp/index.html
・事業主体:農業生産法人 株式会社 企業農業研究所
       株式会社 山地酪農研究所
・見学随時:詳細はコチラ参照
・問い合わせ:https://nakahora-bokujou.jp/bokujou/mail.cgi


baner_decobanner.gif
ブログランキング・にほんブログ村へ


2015/10/11

Composta di fico con buon vino del casa

イチジクのコンポートと実力発揮のイタリアワイン


 イチジクが旬を迎えています。旧約聖書「創世記」では、楽園エデンで無垢な日々を送っていたアダムとイブが、蛇にそそのかされ、リンゴとイチジクのいずれかと考えられる禁断の果実を食べたことで、人は知恵を得たとされています。

 互いの裸体を恥じた2人が身につけたのは、かつて武田久美子が写真集My Dear Stephanieで、世の男性諸氏の目を丸くさせた貝殻ビキニではなく、(^ ^; イチジクの葉でした(⇒リンゴの葉はあまりに小さいゆえ当然かと)。知恵を手に入れた代償として楽園を追放された人類にとって、初めての衣装はイチジクだったのですね。

Otranto-cattedorale-faciata.jpg【Photo】ビザンティン帝国の拠点として聖地エルサレムへ向かう巡礼者や十字軍が行き交ったのが、イタリア最東端に位置する港町プーリア州Otranto オートラント。11世紀にノルマン人が初期キリスト教聖堂の遺跡があった地に創建したロマネスク様式の「Cattedrale 大聖堂」(上写真)

Cacciata-Paradiso-catedrale-Otranto.jpg【Photo】ロマネスク彫刻が施された柱頭を頂く円柱がアーチを支えるオートラント大聖堂の身廊部で見逃してならないのが、床一面に敷き詰められたキリスト教や土着の多神教から題材をとった生命の樹を中心とする12世紀のモザイク画。その一部、このアダムとイブが手にする禁断の果実は、まさにイチジク(上写真)

iwagaki-fukura2015.7.jpg  紀元前9400年頃にはヨルダンでイチジクが栽培されていた痕跡が発見されており、最も初期に食用とされた作物のひとつと考えられます。トルコ・エジプト・アルジェリアなど、イタリアを含む地中海沿岸で盛んに栽培されているイチジクですが、庄イタの行動エリアでイチジク産地といえば、その北限とされる秋田県にかほ市を挙げずにはおけません。

【Photo】今年7月19日、遊佐町吹浦で食した金浦産天然岩ガキ。ここ数年で最も岩ガキの身入りが良かったこの夏。殻付き特大(600円)を注文し、ヨダレを流しながら待つことしばし。ご覧の通りプックリとメタボな大トロ状態の身を口に含むと...。 口の中はトロけるようなハーレムと化し、その甘い至福の余韻はいつ果てるともなく延々1時間は続いた

 山形県最北の遊佐町と県境を接するにかほ市を毎年欠かさずに訪れているのは、滋養豊富な鳥海山の伏流水が育んだ岩ガキを食さんがため。2005年(平成17)、仁賀保町・象潟町と合併し、にかほ市の一部となった旧金浦町ほか、象潟・小砂川・吹浦と産地が密集するこの地域の岩ガキが旬を迎える夏だけでなく、鳥海山の南裾野には名水スポットが数多く存在しており、年間を通して庄イタの出没率が高いエリアです。

kaneura_onsuiro2007.jpg【Photo】獅子ヶ鼻湿原付近から湧出する膨大な量の伏流水は、夏でも水温7℃前後。太陽熱で水温を上げるため、浅く広く作られた金浦温水路 <拙稿「日本初の温水路 先人の英知が遺した日本初の太陽光温水装置『上郷温水路群』@ 秋田・象潟」2009.8参照>

 真夏でも手を切るほど冷たい鳥海山の伏流水を主に水田の農業用水として活用するため、先人が苦労して整備した日本初の温水路群の現地リサーチのため、にかほ市大竹地区を過去にも訪れています。そこはイチジク生産が盛んな土地でもありました。

s-suke69_nikaho.jpg【Photo】イチジク栽培の北限とされる秋田県にかほ市大竹地区の「いちじく屋 佐藤勘六商店」(http://ichijiku-ya.com/ )の看板商品「いちじく甘露煮」は、この地方の伝統的な味付け。R7道の駅象潟「ねむの丘」でも入手可

 旧金浦町大竹地区を中心に1世紀の歴史があるこの地のイチジク栽培。昭和40年代に栽培が本格化したのがホワイトゼノア種。寒冷地でも栽培可能で、小ぶりながら風味がよく型崩れしにくいため、完熟前に収穫して保存食として主に甘露煮に加工してきました。

 ところが、カミキリムシによる食害によって、この20年ほどで栽培面積が半減。現在およそ40の生産農家の高齢化もあいまって生産者数も激減しています。事態打開のため、生産者や地元の加工業者・自治体などで構成される「にかほ市いちじく振興会」が一昨年に発足。「プロジェクト九(←「イチジク」と読ませる)」と銘打った新たな販路拡大に向けた取り組みが始動しました。3軒の農家が鳥による食害防止ネットで木を覆って完熟させた生食用ホワイトゼノアの出荷も昨年から始まっています。

 生活のあらゆるシーンが多分にイタリアナイズされた庄イタとしては、イタリアでもポピュラーな果実であるイチジクをコンポート(赤ワイン煮)で食するのが常道(下写真)。その相伴はヴィーノ・ロッソをおいてほかにはありません。

composto-fico.jpg

 先日訪れた仙台市青葉区国分町のワインバー「土筆」では、新潟・佐渡産のイチジクのコンポートにリコッタチーズを載せ、生ハムで包み込んだ一品が登場。酸味・甘味・塩味が絡み合い、北イタリアのエレガントなピノ・ネロ100%のヴィーノ・ロッソと絶妙なアッビナメントを体感できました。

 かたや、ワインセラーに常時300本以上のイタリアワインのストックを抱える仙台市青葉区某所の闇リストランテ「Taverna Carloタヴェルナ・カルロ」でも、この時季の定番はイチジクのコンポート。シナモンスティック・スターアニス(八角)・クローブ(丁子・チョウジ)で香り付けしたコンポートは、フレッシュチーズと軽めのヴィーノ・ロッソとの相性が抜群。

 コンポートの仕込みに用いるのは長期熟成に向くそれなりの価格のセラーアイテムではありません。そこで登場するのが、階段下のパントリーに無造作に置かれた「CO-OP ITALIA イタリア生協連合会」と「日本生協連」が提携し、日本市場では2011年から発売されているヴィーノ・ロッソ。ブドウ品種はサンジョヴェーゼが主体となります。

vino-rosso-coop-italia.jpg パルマハム、パルミジャーノ・レッジャーノ、アチェート・バルサミコ・トラディショナーレなど、珠玉の食材が揃う美食の州エミリア・ロマーニャ州で1963年に発足した生産協同組合「Cevico チェヴィーコ」。4,500軒あまりのブドウ生産者、15の醸造所が加盟するイタリア国内屈指の規模の生産組合です。

 イタリアワイン法で最上位にあたるDOCG(統制保証原産地呼称)を白ワインとして初めて認定された「Albana di Romagna アルバーナ・ディ・ロマーニャ」ほか、加盟する複数の醸造所が、DOC(統制原産地呼称)・IGT(典型的生産地表示)クラスのヴィーノを厳格な品質管理のもとで年間10万トン生産しています。

coop-italia-bianco.jpg CO-OP ITALIA では1紙パック入りを主力としてベストセラーを続けるというだけあって、デーリーユースにピッタリなイタリアの王道をゆく安定感のある味わい。日本市場には750mℓ 容量ボトルで輸入されています。みやぎ生協での実勢価格はなんと500円台。

 魅了される香りや多彩なニュアンスを感じる複雑味、長い余韻といった卓越したワインが持ち合わせる美質を求めるのは無理でも、守備範囲が広そうな親しみやすい「だし」系の旨味が広がります。たかがワンコイン+αの安ワインと侮るなかれ。気取らずにワインと共に日本の食卓を彩るのには、こうしたミディアム・ライトボディタイプはむしろ好都合。ヴィンテージ表記はありませんが、コストパフォーマンスに優れたチャーミングなヴィーノです。

 トレッビアーノ種が主体という白(左上写真)も試しましたが、赤はアルコール度数が11%、白は10.5%と低めなので、良い意味でスルスルと飲めてしまいます。イタリア人のソウルフードと言っても良いシンプルなトマトソースのパスタや白身肉には鉄板でしょうし、家族で囲む毎日の食卓で本領を発揮するイタリアワインの魅力が十分味わえます。

 今年も判で押したように決まり文句のグレート・ヴィンテージを吹聴し、11月第3木曜の解禁日に向けた商戦真っ最中の「某ージョレ・●ーボー」なんかより、よほど胸を張ってオススメできる魅力的な酒質を備えています。

baner_decobanner.gif
ブログランキング・にほんブログ村へ


Giugno 2016
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
Copyright © KAHOKU SHIMPO PUBLISHING CO.