あるもの探しの旅

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苦難を乗り越え、かなえた夢の雫

鼎ヶ浦の美酒「酒也 鼎心(かなえ)

 皆さま、本年も「Viaggio al Mondo~あるもん探しの旅~」をご贔屓に預かりますよう、お願い致します。一陽来復。2016年の幕開けを飾るのは、穏やかな新年を迎えた宮城県気仙沼市本吉町大谷海岸からの初日の出の画像から。

alba-2016@oya.jpg 出合いから5年を経た今も鮮烈に記憶に残っている美酒にまつわる物語を2016年幕開けの話題として今回はご紹介します。発端は2011年に年が改まった日。それは東日本大震災発生が発生する2ヶ月あまり前のことでした。

fukuyoshi-otokoyama-daigin.jpg【Photo】キンキ(吉次)、唐桑産カキ、サンマなど、気仙沼で揚がった鮮度抜群の地物を丹念に火入れ。〝日本一の焼き魚〟を食べさせてくれる海鮮居酒屋「福よし」。ご主人の村上健一さんの筆になる福よしオリジナルラベルの伏見男山純米大吟醸の相伴は、絶品の烏賊腑味噌焼き

 気仙沼の地酒といえば、「金紋両国」・「船尾灯(ともしび)」・「別格」・「福宿(ふくやどり)」などの銘柄を醸す角星(明治39年創業)と、「伏見男山」・「蒼天伝」が二枚看板となる男山本店(大正元年創業)が両雄。

 2011年3月に発生した東日本大震災では、両社とも内陸部にあった酒蔵は大きな被害を免れました。しかしながら、ともに国指定有形登録文化財に指定されていた趣ある本社屋が津波で壊滅。震災発生から5年を迎え、嵩上げや防潮堤工事が進むなか、現地再建に向けてそれぞれ始動しています。

iwao-saya_okoshi.jpg【Photo】津波で店舗兼自宅が流失。現在も大谷小中仮設住宅で暮らしながら、親類宅の敷地に設置したコンテナの仮店舗で業務を続ける大越商店。2013年4月に訪れた店舗の中で宿題をしていた長女の彩弥ちゃん(当時小学3年生)と大越巌さん(当時46歳)。先日会った彩弥ちゃんは、お父さんの胸ぐらいの背丈まで背が伸びていた

 震災直前の5年前、初めて口にしたのが「鼎心かなえ」という気仙沼の酒。同市本吉町大谷(おおや)の酒販店「大越商店」の現当主・大越巌さんが、1993年(平成5)から栽培に取り組み始めた地元のコメと水だけを使い、男山本店に750ℓ容量のタンク1つ分だけ醸造を委託したという極めて稀少な純米吟醸酒でした。

 朱色のラベルは、大越さん自身による墨痕鮮やかな〝酒也 鼎心〟の揮毫。口に含むと完熟メロンに通じる上品な吟醸香が適度にあり、長い余韻を伴った芳醇なコメの旨みがどこまでも広がるのでした。

kanae_hiire.jpg【Photo】もろみを搾った生原酒を湯煎した「純米吟醸 鼎心 火入 無濾ろ過原酒」。大越巌さんの筆によるラベル

 気仙沼市本吉町大谷は、遠浅の海原に面した全幅1kmの砂浜が弧を描く白砂青松の地。「日本の水浴場55選」や「快水浴場100選」として、環境庁から認定を受けた大谷海岸には〝日本一海水浴場に近い駅〟といわれたJR気仙沼線の大谷海岸駅がありました。

 ピンク色のハマナスが浜辺を彩る季節、宮城だけでなく岩手県南や山形内陸から訪れる海水浴客で賑わいました。海沿いを並走するR45には道の駅「はまなすステーション」が併設され、定置網にかかったマンボウが、のんびりと水槽で漂う姿に和んだものです。

 しかしながら、地区の世帯のおよそ半数にあたる1,670棟の家屋が流失する大きな被害を受け、75名が犠牲となった震災を境に、こうした記憶の中の風景は全て過去形で語らざるを得なくなりました。

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【Photo】仙台でガソリンの供給が幾分なりとも改善し、生活物資や食料を積み込んだ車で気仙沼を被災後初めて訪れたのが2011年4月10日。20m超の津波で全壊した道の駅はまなすステーション展望台の最上部から心が折れそうになりながら撮影した1枚。大谷の人々の暮らしが無残に打ち砕かれた爪痕が痛々しい変わり果てた光景。瓦礫を取り除いただけで砂塵が漂うR45とJR気仙沼線の線路が延びる方角に大越商店があった(上写真)。同日撮影した下写真右手の建物が大越さんが地震と遭遇した「はななす海洋館」の一部

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 大谷海岸には9.8mの防潮堤が整備される計画で、黒い土嚢の仮堤防が築かれている現在は、ほとんど美しい海を眺めることができません。R45から大谷漁港に分岐する脇道沿いに、かつて酒類とLPガスを扱う大越商店はありました。

 あの日、大越さんは酒の配達に来ていた大谷海岸に面した「はまなす海洋館」で、体験したことのない強烈な揺れに遭遇します。6mの津波襲来をカーラジオのニュースが告げていたため、車で2分とかからない距離の海抜5m地点に建っていた店舗兼自宅に営業車で急ぎ戻りました。

 家族をワゴン車に乗せて高台に避難させ、業務用の車を移動させようと自宅に再び戻ったところで津波が大越さんを襲います。膝まで水につかりながら、かろうじて動いた車で高台まで避難し、紙一重で難を逃れることができました。

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【Photo】2013年5月。遠目には震災前とさして変わらぬ気仙沼湾を眼下に見渡す標高239mの安波山(あんばさん)山頂からの眺め。震災で発生した火災で焼け野原となった鹿折(ししおり)と南気仙沼は地表が露出している(両端)。外洋に面した沖合いに気仙沼大島があるため、波静かで天然の良港であるこの入江を「鼎ヶ浦」と命名したのは仙台藩学問所「養賢堂」指南役を務めた詩人・書家の油井牧山(ゆいぼくさん 1799-1861)

 千葉での会社勤めを経て家業を継いで間もない大越巌さんが、地元のコメと水だけで地元の蔵人が作った本当の地酒を自身の手で作ろうと一念発起したのが24歳のとき。

 酒造りや酒米に関する書籍をむさぼり読み、県内外の酒米生産者や農協・蔵元を訪問。種籾を手に吟醸酒の醸造に必要な1,500kgの酒造好適米の栽培に協力してくれる農家探しに明け暮れること数ヵ月。

shikomi-mizu_otokoyama.jpg【Photo】鼎心にも使用される男山本店の仕込み水は、北上山地の伏流水が湧出する旧JR大船渡線の上鹿折駅近くにある、この個人宅の井戸を使用している

 ようやく見つけた地元3軒の農家の水田で、支援者とともに気仙地域で初めてとなる酒造好適米「美山錦」を作付けしたのが1993年(平成5)の春。種籾の確保や田植えから始めた大越さんの挑戦に天は味方をしてくれませんでした。外米の緊急輸入に踏み切った「平成の大凶作」にあたったこの年の収穫はわずか360kg。初年度は酒造りを見送り、2軒の生産農家が加わった翌年は、猛暑による水不足と収穫期の長雨と台風の直撃に見舞われました。

 初年度の10倍にあたる3,600kgの美山錦と新たに「亀の尾」を収穫した2年目。男山本店の蔵人から指導を仰ぎ、1基の750ℓタンクに仕込んでから上槽。念願かなって初めて吟醸酒が仕上がったのが1995年3月。自身で本物の地酒を作ろうと思い立ってから4年の歳月が流れていました。

 「理想とは程遠い出来でした」大越さんは笑いながら、そう当時を振り返ります。田植えや稲刈りに参加した支援メンバー15名が考えた150もの候補から、その酒を「鼎心」と名付けます。

【Movie】岩手県境に近い気仙沼市北西部の山あいにある水清らかな廿一(にじゅういち)地区。初年度から酒米の植え付けに協力してきた農家のひとり千葉清幸さんの圃場。当初は信州生まれの酒造好適米「美山錦」を作付けしていたが、現在は平成9年に奨励品種に採用された宮城県古川農業試験場生まれの「蔵の華」を酒米としている

 蜂ヶ崎・神明崎・柏崎という3つの岬に内湾を囲まれた気仙沼湾は、別名「鼎ヶ浦」と呼ばれ、高校の校名にもなっていたほど地元では馴染みある言葉。もともと〝鼎〟は中国最古の王朝「夏」以来、王権の象徴とされた3本足の青銅製炊器の呼称です。鼎心とは栽培農家・蔵元・飲み手が三位一体となって、王位の称号にふさわしい酒を目指そうという気概を込めた名前なのです。

 以来、生産農家と支援者に支えられ、合計90アールの水田に作付を行ってきたコメ作り。理想の味を求め、男山本店の杜氏との二人三脚で鼎心の酒質を高めてきた大越さんにとって、二度目の大きな試練となったのが東日本大震災でした。

 避難所暮らしを続けていた2011年5月、大谷海岸から少し内陸部に入った本吉町寺谷の親類宅の敷地に現在の仮店舗を構えます。

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 不屈の精神で、震災発生の翌年から醸造を再開。一昨年からは、仕込みを大越さんと気心が知れた同級生の杜氏が担当するようになりました。その結果、鼎心の完成度が更に高まった印象があります。

 今醸造年度27BYは11月末に搾りを行いました。今年も納得の仕上がりだという搾りたての「純米吟醸 槽口(ふなぐち)無ろ過生原酒」を、大晦日に伺った仮店舗で購入しました。

 フレッシュな飲み口を堪能できる搾りたてを楽しむもよし。しばらくは冷蔵し、まろやかさが加わった円熟の味を堪能するもよし。

 今年7月には5年あまりを過ごした仮設住宅を出る予定という大越さん。その再出発のお祝いを兼ね、震災から5年を経る3月11日以降、貴重な新酒を開けるつもりです。

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okoshi-shoten_2013.jpg大越商店
・仮店舗住所:宮城県気仙沼市本吉町寺谷88-13
・Phone:0226-44-2701
・F a x :0226-44-2212
純米吟醸 酒也 鼎心(かなえ)
 1800mℓ 税込3,085円 / 720mℓ 税込1,644円


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